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2016年12月 9日アーカイブ

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▲南海電車と大阪市営バスとの出会い。鶴見跨線橋上は負担荷重からバスが通行できないため、側道踏切を通ることになる。'16.7.17 P:宮武浩二
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新阪堺電車を継承した大阪市電三宝線廃止後、軌道敷は道路として転用、車庫用地は隣接する企業に売却されて姿を消しました。その中で南海高野線(汐見橋線)をオーバーパスする鶴見跨線橋は撤去されないまま自動車道路に転用されました。2016(平成28)年現在も、新阪堺開業当時からの唯一の遺構として現存しています。なお、市電が走っていたころの画像はRMライブラリー№144『大阪市電最後の日々』の16-17頁にあるのでご参照下さい。

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▲「新阪堺電車御案内」。龍神通-浜寺間は目下工事中とある。所蔵:宮武浩二
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この鶴見跨線橋は架線柱の基礎部分が残っていること、鉄道線路跡に見られる鋳鉄シューの粉塵がこびりついていることから鉄道橋であったことを物語っています。現存する鶴見跨線橋の外観は石組みになっているものの、伝承では構造物は木造ということで、耐久性と道路幅で大型車の離合ができないことから、大型車の通行は禁止されています。よって大型車は側道の踏切を渡ることとなり、市電の後継者たる大阪市営バスも側道を運行しているのはなんとも皮肉なことです。

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▲鶴見橋商店街側から見た鶴見跨線橋。大阪市電三宝線ありしころはセンターポール区間で市電が往復していた。'16.7.17 P:宮武浩二
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▲鶴見跨線橋を側面から見ると緩やかな勾配で南海汐見橋線をオーバーパスするのがわかる。'16.7.17 P:宮武浩二
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▲踏切手前には架線柱の基礎が残り、わずかであるが架線柱が残っている。'16.7.17 P:宮武浩二
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▲これが新阪堺時代からの架線柱の遺構。'16.7.17 P:宮武浩二
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▲跨線橋は石組にも見えるが実は木造橋と伝承があり、強度が落ちていることと道幅が狭いことから大型車の通行は禁止されている。将来国道を拡張するときは撤去される予定である。'16.7.17 P:宮武浩二
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▲津守神社側の勾配は比較的角度がきつい(左)。右は津守神社側から見た鶴見跨線橋。RMライブラリー144巻18頁下段の写真と比較されたい。'16.7.17 P:宮武浩二
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▲こちら側にも架線柱の基礎が残り、架線柱の一部も残されている。RMライブラリー144巻19頁の写真と比較されたい。'16.7.17 P:宮武浩二
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架線柱が数カ所根元から切断されたためか一部が今も残っており、この架線柱は新阪堺時代からの貴重な遺構と言えましょう。南海線とのクロス部分は道路橋に転用する際に鉄道用では幅が狭いため作り直されていて、この部分は市電とは関係がありません。

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▲鉄橋そのものは市電廃止後の1969(昭和44)年に架け替えられている。'16.7.17 P:宮武浩二
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なお、この跨線橋にはひらがなで「つるみこせんきょう」と橋の名前が石材で彫り込まれていますが、人も自転車も通ることができないので車からのみ確認することができます。いずれにせよ、もともと鉄道橋であったため、橋の中央部分でカーブするなどしており、道路幅も狭いことから跨線橋としては使い勝手が悪いと言えます。ちなみに、この鶴見跨線橋も1927(昭和2年)に建設され来年で90年となるだけに、長寿跨線橋と言えましょう。ただしこの道路も拡幅計画があるため、その時はいよいよこの鶴見跨線橋も撤去されることとなるでしょう。

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