鉄道ホビダス

2016年7月アーカイブ

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▲普通客車列車を牽いて常磐線を駆けるEF80形。 1975.2 小木津-川尻(現・十王) P:浅原信彦 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』第12巻より)
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浅原信彦さんのライフワーク『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』は、戦後最大の白紙ダイヤ改正であった1968(昭和43)年10月ダイヤ改正、通称「よん・さん・とう」の時点を軸に、その当時に在籍した全ての車輌を解説するシリーズです。単行本は戦前型旧型国電を収録した第1巻を2004(平成16)年発売して以来、毎年巻を重ねてまいりましたが、いよいよこのたび、電気機関車編の完結巻である第12巻が完成しました。

20160729165632-085d1dac8ef14341b42f478afcccf295740e6bcc.jpg昨年発売の第11巻ではED75形をはじめ、ED73形、ED74形、ED76形の計4形式を収録しましたが、続く第12巻ではED77形、ED78形、EF70形、EF71形の交流電機4形式とともに、ED30形、ED46形、EF30形、EF80形の交直流機4形式を収録しています。交流機の4形式、特にED77形、ED78形、EF71形は、比較的新しい年度に製造された増備機もあり、それほど古く感じないものですが、交直流機4形式を含め、すべて現在では現役を退いており、時の流れの速さを思い知ります。

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▲"サイリスタ制御"という新時代の機関車であったED94形。量産機ではED78形という形式が与えられた。写真は日立製作所で落成後、常磐線土浦駅で報道公開された際の姿。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』第12巻より)
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もちろん、各形式とも概要から製造区分ごとの変化に至るまで詳細に解説しており、昭和30~40年代を中心に撮影された多くの写真とともに、若き日の交流・交直流電機たちの姿を見ることができます。なお、EF81形は、本書の掲載基準である「よん・さん・とう」の時点ではまだ試作機が製作段階であったことから、本書では取り上げていません。

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▲北陸本線の交直セクションであった米原~田村間の"中継ぎ役"として試作された交直流機ED30形。当初は増備が計画されたが、結局DE10形などで賄われることになり、1輌のみに終わった。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』第12巻より)
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■『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』第12巻掲載形式
ED77形(ED93 1/ED77 1〜14/ED77 901/ED77 15)
ED78形(ED94 1/ED78 1〜9/ED78 901/ED78 10・11/ED78 12・13)
EF70形(EF70 1 〜18/EF70 19 〜21/EF70 22 〜52/EF70 53 〜57・58 〜81/EF70 1001 〜1007)
EF71形(EF71 1 〜11/EF71 12/EF71 13/EF71 14・15)
ED30形(ED30 1)
ED46形(ED46 1)
EF30形(EF30 1/EF30 2 〜17/EF30 18・19/EF30 20 〜22)
EF80形(EF80 1 〜30/EF80 31 〜50/EF80 51 〜58・59 〜63)
付:諸元表

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▲常磐線用の交直流機EF80形。ファンには「ゆうづる」牽引の鮮烈な印象が残るが、活躍した期間は23年という短いものだった。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』第12巻より)
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ちなみに電気機関車編は直流旧型電気機関車を収録した2010年6月発売の第7巻からスタートしましたから、丸6年の月日をかけて完走したことになります。改めて当時の機関車のバリエーションの多さを実感させられるものです。なお、本誌の連載は、蒸気機関車編の中ほどに差し掛かっており、次号はC58形3回目、そして次々号ではC59形となり、ここからしばらく幹線用の大型蒸機が続くことになります。どうぞお楽しみに。

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▲加世田の車庫内で再塗装が進むキハ103。横には加藤製DLと2号蒸気機関車が見える。'16.7.15 P:清原正明
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北海道の話題が続きましたが、今日は一気に飛んで南国・鹿児島の話題をお届けしましょう。今年、鹿児島交通南薩線は廃止32年を迎え、8月11日(木/祝)に地元の南さつま市教育委員会が主催して鉄道遺構を巡るツアーが開催されます。通常は見ることのできない車庫内の車輌も特別公開されるとのことです。

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▲現在は加世田バスターミナルとなっている旧加世田駅跡。ロータリー中央にはDD1201が鎮座している。'16.7.15 P:清原正明
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南薩線の廃線跡については以前ご紹介したことがありますので(アーカイブ「今も残る南薩摩線の痕跡」参照→こちら)、今回は加世田の保存車輌について概観してみましょう。レポートをお送りくださったのは、前回に続いて清原正明さんです。

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▲一時は荒廃した姿だった1号蒸気機関車もすっかりきれいになって車輌庫内に保管されている。'16.7.15 P:清原正明
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▲同じくきれいになった2号機(左)と、1913(大正2)年製を示すハノマーク社の製造銘板(右)。'16.7.15 P:清原正明
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1号機、2号機
南薩鉄道開業の前年、1913(大正2)年にハノマーク社(ドイツ)から3輌を購入、1~3号機として使用されたものです。整備重量27tのCタンク機で、3号機は廃車・解体されましたが、1号機と2号機は加世田の車庫内で保管されています。

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▲DD1201とともにロータリー中央に置かれた4号機。日車製のCタンク機で、各地に同系機が見られた。'16.7.15 P:清原正明
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20160728131455-395b93904271aad22dba62739f2e90be5480c370.jpg4号機
大正末期の自社発注機で日本車輌の製造。キャブ助士側の後部に人差し指の太さの穴が開いていますが、これは太平洋戦争末期、米軍機の機銃掃射を受けた名残で、社員や乗客に死傷者が出てしまいました。現在は加世田バスターミナルで屋外展示されています。

▲4号機のキャブには戦時中に上日置付近で米軍機の機銃掃射を受けた際の弾痕が残る。'16.7.15 P:清原正明
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なお、同型機に薩南中央鉄道の1号機があり、同鉄道が戦時中に併合され知覧線となった際に9号機に改番されて使用されましたが、こちらは現存しません。

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▲あと一息で再塗装が完了するキハ103。国鉄キハ07系の兄弟車ながら相違点も多い。'16.7.15 P:清原正明
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キハ103号
1952(昭和27)年に川崎車輌で6輌製造されたうちの1輌です。国鉄キハ07の類似車ですが、車内のドア部分にステップが無く、いわゆる電車のような車体となっています。南薩線の低いホームに対応するため、引き出し式のステップを装備しているのが特徴で、駅に到着の際は車掌が操作していました。総括制御ができず、2輌以上の運転には複数の運転士を必要としました。

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▲引出式のステップ(左)も大きな特徴。右はその運転台。'16.7.15 P:清原正明
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▲車内には低いクロスシートが並ぶ(左)。さらに床の点検蓋を開けるとエンジンが真下に接近していることがわかる(右)。'16.7.15 P:清原正明
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南薩鉄道記念館がオープンし、車庫風の建物内に置かれたキハ103号は「ぽっぽ亭」という食堂に利用されていましたが、その後、車輌展示はバスローターリー内の2輌に留め、残りは現在置かれている車庫内に移されています。

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▲バスロータリー中央に展示されているDD1201。南薩線で最後まで活躍した機関車。'16.7.15 P:清原正明
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20160728131726-9b2aa85a6d8a613cc40d276cc7b7a467734fd70c.jpgDD1201、DD1202
運転整備重量36tのDLで、1961(昭和36)年にDD1201が、翌年DD1202が新三菱重工
で製造されました。エンジンには過給機を装備、台車まわりも全く異なり、国鉄DD11と比べて重厚な印象を受けます。正面に補助ラジエーターを装備していますが、オーバーヒート対策として後から取り付けられたものです。
現在はDD1201がバスターミナルで屋外展示、DD1202は車庫内で保管されているます。

▲DD1202は庫内で保存されている。本来のラジエータグリルの隣には増設されたラジエータコアが見える。'16.7.15 P:清原正明
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12号機
国鉄C12と同型ですが、国内唯一の戦時型スタイルとなっているのが特徴です。自社発注で汽車会社が終戦間際に製造、戦後増備された13~14号機は日本車輌製で、こちらは標準的なスタイルに戻されました。国鉄では簡易線向けの小型機という印象ですが、南薩線では大型機扱いで、線路状態の悪い加世田以南には入れず、伊集院~加世田間で運行されました。現在は南さつま市運動公園で保存されていますが、状態は極めて悪いと言えましょう。

▲角型ドームなど戦時設計を反映した12号機。残念ながら現状はかなり荒廃している。'16.7.15 P:清原正明
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▲車庫内には"カトー君"もいる。日通などで良く見られた10t機である。'16.7.15 P:清原正明
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南薩線廃線跡巡りツアー
1 日 時     8月11日(木) 祝日〔山の日〕
          受付 午前8時30分 出発 午前9時 到着 午後3時頃
2 集合場所   南さつま市民会館前 〔市マイクロバス利用〕
※ 南さつま市役所本庁舎道路向かい側
3 コ ー ス   南薩鉄道記念館見学→保存車輛見学→南薩線遺構
        (旧加世田駅~伊集院駅)15か所ほど見学→市民会館前
4 募集人員   先着60人 ※小学生以上
5 参 加 費   鉄道記念館入館料 中学生以上200円・小学生100円
6 お弁当・お茶  600円  ※ 希望者のみ
7 申込・お問合せ先  要電話予約   
  〒897-0003
            鹿児島県南さつま市加世田川畑2627番地1
            南さつま市教育委員会 生涯学習課 文化係
            電話番号 0993-53-2111
            内線2408・2409
※詳しくは →こちら

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▲サッシ化されずにしかも「手延べ板ガラス」が残る窓を掃除する参加者の皆さん。'16.7.23 P:横山貴志
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北海道の話題が続きます。今日は旧深名線「沼牛駅」木造駅舎の保存修繕活動をご紹介しましょう。ご紹介下さるのは音威子府村役場の横山貴志さんです。

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▲無人化が比較的早かったため、昭和初期の典型的木造駅舎の原型が良く保たれている沼牛駅本屋。'16.7.23 P:横山貴志
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昨年より地元や近隣の有志が集まり、旧深名線「沼牛駅」木造駅舎の保存修繕活動を行っています。その一環として、先週末の7月23日には「沼牛駅おそうじ会」を開催しました。当日は、おかえり沼牛駅実行委員会メンバーのほか、幌加内町民の方や近隣のレイルファンも参加し、駅舎内外の清掃活動をしました。

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▲昨年開催された「おかえり沼牛駅イベント」でのひとこま。深名線の駅名標なども"虫干し"された。'15.7.18 P:横山貴志
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▲沼牛駅の位置。日本国有鉄道運転局作成線路図(昭和53年3月現在)より。
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沼牛駅舎は、深名線が部分開通した1929(昭和4)年に建てられた典型的な木造駅舎で、今年で築87年が経つ歴史的建造物です。同年代の駅舎では、登録有形文化財にも指定されているJR西日本の因美線「美作滝尾駅」があり、基本的な作りなどは共通する部分も多くあります。沼牛駅舎で特徴的な点は、今も残る木製の窓が北海道らしい二重窓になっているほか、この地域の実情に合わせて駅舎に付随して居間や風呂場などが増築されており、沼牛駅長の住宅も兼ねられていたようです。

20160727123345-c3188fdac039379e30214f19de0b97bff7511fdb.jpg深名線の駅の中でも比較的早い段階で無人化になったこともあり、住宅部分は昭和30~40年代頃の雰囲気を残したまま長らく使用されていませんでした。そのこともあり、北海道の駅では珍しくアルミサッシ窓に取り換えられることなく廃止を迎え、現在も表面が波打っている「手延べ板ガラス」がいくつも残っています。

▲爽やかな夏の日差しを浴びて佇む沼牛駅ホーム。こうしてみると、深名線が生き返ってくるようだ。'16.7.23 P:横山貴志
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イベント当日は晴天で気温も上昇していましたが、カラッとした北海道らしい夏晴れの中、作業が行われました。参加された方は、昔ながらの窓を磨いたり、駅舎内のすす払いや掃き掃除をしながら、休憩のときにはお茶菓子を食べつつ深名線との想い出話などを話したりと、駅舎の懐かしい雰囲気の中のんびりと一日を過ごしました。

20160727123406-4fbf504b8cbca60444ebe31a65a79974c933b82f.jpgいまも現存する沼牛駅舎ですが、長年の雪の重みや雨風の影響もあって損傷も激しく、倒壊してしまう危険性もでてきています。昨年から継続的に修繕活動を実施しており、現在もさまざまな形で「幌加内町や北海道の貴重な地域の遺産」を守り残していくための取り組みを行っています。昨年度は、廃止後初めて「おかえり沼牛駅」という駅舎一般公開イベントを夏に開催し、1日で全国から約800名近くの方にお越しいただき、深名線や沼牛駅舎が持つ魅力や奥深さを感じました。今後は、まずは出来る限りの保存修繕を実施することを当面の目標とし、かつて人や物が集まり行き来した「駅」らしい"人々が集う活用"をさらなる目標としながら、地道に取り組みを進めていく予定です。

▲一時は駅長の官舎(住宅)も兼ねており、居室もそのまま残されている。'16.7.23 P:横山貴志
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▲昨年開催された「おかえり沼牛駅イベント」では各種グッズの販売も行われた。なかには「沼牛駅弁」(?)も...。'15.7.18  P:横山貴志
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深名線が廃止されてからこの秋で21年の歳月が過ぎ去ったことになります。1990年代には多くのファンが訪れ、趣味の原点として今なお大切に思っておられる方も少なくないかと思います。この沼牛駅の保存修繕活動、まだスタートを切ったばかり。今後どう発展してゆくのか注目したいと思います。

■お帰り沼牛駅facebook
https://www.facebook.com/okaeri.numaushieki/

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DE10 1660あのころ。

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▲緑~弟子屈間の上り貨物列車補機運用に就くちょうど40年前のDE10 1660。'76.12.27 川湯 P:古村 誠
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昨日の「道東の話題から」をご覧になった古村 誠さんから、「くしろ湿原ノロッコ号のDE10 1660は私にとって思い出深い機関車です」とメールを頂戴しました。

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▲美留和に向けて出発する上り列車。この日のDE10 1660は緑~弟子屈間の専用補機仕業。前補機、後補機と4駅区間をヘルパーとして往復していた。'76.12.27 川湯 P:古村 誠
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昨日の「道東の話題から」、興味深く拝見しました。くしろ湿原ノロッコ号のDE10 1660は私にとって思い出深い機関車です。大学に入り受験勉強から解放された1976(昭和51)年には、蒸気機関車はすでにいませんでした。それでも12月の冬休みには北海道に渡り...、たどり着いたのが釧網本線川湯駅でした。峠越えのため補機が付くこの区間を走るミキストになんとなくひかれたのです。

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▲師走の夜、下り混合列車の前補機を務めるDE10 1660。'76.12.27 川湯 P:古村 誠
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20160726123041-ebe7d88c9611e8858eded3c495e09bcf9f398072.jpg夜行「からまつ」を釧路で降り、釧網本線に乗り換え、川湯駅に着いたのはお昼過ぎ。日が暮れるまで駅周辺でのんびり過ごしました。
そしてこの日、補機の運用に入っていたのがDE10 1660。まだ新製されて3年目の若い機関車でした。
前補機あり、後補機ありで飽きずに時間を過ごしたのを覚えています。
あれから40年、今でも元気でいることを知りうれしくなりました。

▲停車中の下り補機。機関車とともに乗務員も緑~弟子屈間の補機仕業に一日を費やす。'76.12.27 川湯 P:古村 誠
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▲DE10 1660号機は1974(昭和49)年川崎重工製。同年3月に釧路機関区に配置されて以来、今日までずっと釧路の地を離れることなく活躍を続けてきた。'76.12.27 川湯 P:古村 誠
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古村さんありがとうございました。この趣味をやっていると、ひょんなことで特定機番が生涯忘れ得ないものとなることがあります。機会があれば、ぜひノロッコ号で活躍を続ける1660号機に会いにいってやってください。

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道東の話題から。

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▲DE10 1660を先頭にした今年の「くしろ湿原ノロッコ号」はオハテフ510-2が減車されて4輌編成に。'16.6.16 釧路 P:笹 正之

定期的に情報をお寄せいただいている釧路臨港鉄道の会の笹 正之さんより、道東の話題をいくつかお寄せいただきましたのでご紹介してみましょう。

20160720165257-a8970d0d94126fa6c932fef535d2a5c9b9eb12e6.jpg5月の大型連休から今年度の運転が始まった釧路本線の「くしろ湿原ノロッコ号」は、今年から展望自由席車オハテフ510-2が減車されてDE10 1660+客車4輌となり、自由席車は機関車次位のオハ510-1(電源車)のみとなっています。

▲多客対応の臨時便(奥に停車中)の案内表示。左の柱には臨時列車運転の告知が貼ってある。'16.6.16 釧路 P:笹 正之
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ところが大型連休中の多客期に自由席車に混雑が発生し、通常の列車で行われる「指定席誘導」が展望客車の特性上不可能なことから、6月10日以降の運転では多客対応の続行便1往復が釧路~塘路間に運転されています(釧路11:45発→塘路12:16着、塘路13:28発→釧路13:57着)。なお、この列車は途中客扱いなしの直行列車となっています(塘路行きは閉塞方式の関係で東釧路駅で運転停車あり)。

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▲すっかりきれいになった標津町文化ホールのC11 224号機。同機は標津線に転じる前は長年、青森県大湊線で活躍した機関車で、複線用スノープラウが装備されている。'16.6.19 P:笹 正之

20160720165343-0c9fa47a2b0d659da2e99f9edcd0bff360cc20b0.jpg国鉄からJR北海道に移行後、1989(平成元)年4月29日まで運行された標津線(標茶~根室標津/中標津~厚床)で、1975(昭和50)年まで使用され廃車後、標津町文化ホール前庭に静態保存されているC11 224号機が全面的に再塗装されてきれいな姿となって披露されました。

▲標津町教育委員会による解説看板も整備された。'16.6.19 P:笹 正之
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▲標津町指定文化財となっている転車台への案内看板。忽然と「転車台入口」の看板が建っている。'16.6.19 P:笹 正之

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▲旧根室標津駅構内に残る手動式の転車台。かつてはこの転車台でC11が方向転換していた。'16.6.19 P:笹 正之

このC11 224号機が保存されている標津町文化ホールからもほど近い、標津町役場裏にひろがる旧根室標津駅敷地の一角に、手動式の転車台が今も残されています。蒸気機関車の廃止40年以上を経た今も、標津町の手により大切に保存されています。

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▲厚床駅駅舎。現在はバス営業拠点として利用中。'16.6.19 P:笹 正之

20160720165513-8b435224112fc639f61f6316b2d19c391f63ef43.jpg今年3月のJR北海道ダイヤ改正で運行本数が削減された根室本線(花咲線)では、根室市内の花咲駅廃止のほか、最西端の厚床駅も上り本線が使用休止になり、本屋寄りの1番線(下り本線)のみとなり、列車交換が不可能になってしまいました(信号装置は存置されたので折り返しは可能)。

▲使用休止となった上り本線ホーム。以前は中線もあり標津線が発着していた。'16.6.19 P:笹 正之

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▲1番線ホームより釧路方をのぞむ。左側の旧上り本線出発信号機は使用休止で横向きとなっている。'16.6.19 P:笹 正之

笹さんありがとうございました。いよいよ本格的な観光シーズンを迎えた道東地方ですが、3月改正での普通列車の減便に続いて、名物「くしろ湿原ノロッコ号」の減車などネガティブな話題が続き残念でなりません。いっぽうで、個人的には大湊線時代に親しんだC11 224号機が再整備されて公開されるなど、嬉しい話題もお伝えいただきました。

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▲開業から廃止まで、唯一の電動貨車として孤軍奮闘を続けたモワ51の牽く貨物列車。'65.6.6 木場-板井 P:田尻弘行 (RMライブラリー『新潟交通電車線』下巻より)
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今月のRMライブラリーは、先月に引き続き、寺田裕一さんによる『新潟交通電車線』の下巻をお届します。上巻ではその沿革を紐解きましたが、下巻では各駅の紹介とともに、歴代の車輌群を解説します。

20160721160154-a9080cd18635f2099534b2ffaa0e1fe4e41820a3.jpg新潟交通と言えば、正面2枚窓の、いわゆる日車標準型電車が思い浮かびますが、1933(昭和8)年の開業時に導入された電車もまた、日本車輌製でした。内訳はボギー電動客車4輌(モハ11~14)、同制御客車2輌(クハ31・32)、軌道線内折り返し用の2軸電動客車2輌(モハ1・2)、それに電動貨車1輌(モワ51)です。ボギーの電動客車4輌と制御客車2輌は、最後まで残ったモワ51と同じ意匠の正面を持つ、鉄道線にしては細面な印象の車体長12mほどの小型車でした。

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▲各駅の紹介。燕は唯一の他線との接続駅であり、「終点」であったが、運転上は燕発の列車が下り列車とされていた。 (RMライブラリー『新潟交通電車線』下巻より)
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その後、乗客は増加するものの、時代は戦時下へと移っていき、車輌の増備も思う様にできなくなります。1944(昭和19)年には軌道線の折り返し運転を中止し、モハ1・2を川崎市電へ譲渡することと引き換えに制御車2輌を購入するなど、苦しいやり繰りが続きました。戦後はモハ63形を導入した東武鉄道から車輌を譲り受けたり、国鉄から買収国電の払い下げを受けるなど、他の多くの地方私鉄にも通じる動きがありました。1960(昭和35)年初頭の時点では、電動客車9輌、制御客車8輌、電動貨車1輌の態勢となっていました。

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▲右上はクハ36+二代目モハ16(更新前)の編成。クハ36は初代モハ16を電装解除したものであり、両者とも後に元小田急の車体に更新されている。 (RMライブラリー『新潟交通電車線』下巻より)
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そして1960(昭和35)年からは、木製車体だったモハ19を皮切りに、日車標準車体への更新が始まります。これは1969(昭和44)年までの9年間にわたり、電動客車9輌が登場しました。さらに1967(昭和42)年からは小田急電鉄から1400形などの車体を譲り受ける形での更新も開始され、こちらは1970(昭和45)年までに制御客車7輌、電動客車1輌が登場。これにより、元鉄道省キハ41000形のクハ37と元西武のクハ39、そして電動貨車モワ51以外の電車はすべて更新されました。これらの更新では旧番号を引き継いだもの、車籍を引き継ぎながら新番号となったもの、新造扱いとなったものなど様々でした。中でもモハ16は日鉄自による新造車の初代と元伊那電の買収国電だった二代目があり、二代目の後に小田急車体に更新されていることから、「モハ16」というだけで3つの形態があるという状況になったのです。

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▲国鉄からの払い下げ車も3輌在籍した。元キハ41000形のクハ37は正面2枚窓の姿が有名だが、入線当初は国鉄時代に近い4枚窓の姿で、台車もTR11であった。 (RMライブラリー『新潟交通電車線』下巻より)
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本書ではこのように複雑な変遷を辿った車輌群について、最後の増備車となった元小田急2220形まで、貨車も含めて解説していきます。ご存知の通り、開業以来、奇跡的に姿を変えることなく廃止まで在籍し続けたモワ51は、今も月潟駅跡でモハ11・キ116とともに大切に保存されています(アーカイブ「新潟交通の保存車輌を訪ねる」参照→こちら)。夏休みの一日、本書を片手に訪ねてみてはいかがでしょうか。

※明日は不在のため休載させていただきます。

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▲ブエノスアイレスから大黒埠頭に到着した旧丸ノ内線500形車輌。 (東京地下鉄プレスリリースより)

本日、東京地下鉄(東京メトロ)から、アルゼンチン共和国ブエノスアイレスで活躍していた丸ノ内線旧500形車輌について、東京への里帰りが発表されました。

20160720182202-b141c6fe811013894aeb1461377d7548defa9329.jpg500形車輌は、1957(昭和32)年から製造された車輌で、赤い車体にサインカーブを施したデザインが特徴で、40年近くにわたって丸ノ内線の顔として親しまれていました。今回里帰りする車輌は、1996(平成8)年にアルゼンチン共和国ブエノスアイレスに渡り、彼の地で20年以上活躍していたものです。

▲営団時代の500形車輌。合計234輌が製造され、丸ノ内線の主力車輌として活躍した。 (東京地下鉄プレスリリースより)
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海外での役目を終えて、日本に里帰りすることになった電車は、東京メトロではこの500形車輌が初めてで、7月11日に横浜港大黒ふ頭に到着した里帰り車輌は順次中野車両基地に搬入される予定となっています。

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▲ブエノスアイレスで活躍する500系。 (東京地下鉄プレスリリースより)

中野車両基地などで車体などの補修を行い、鉄道技術発展に貢献した車輌として保存することにより、教育の充実を図るとともに、各種イベントでも活用していく予定だそうで、今後が楽しみです。

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▲東武蒸機最後の活躍の場は佐野線だった。蒸機惜別記念列車を牽き、通い慣れた葛生駅で機回し中の34号機と40号機。左下に見えるゼロキロポストは会沢線の起点を示すもの。'66.6.26 葛生 P:三谷烈弌
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鬼怒川線でのC11 207号機運転(アーカイブ「C11 207東武鬼怒川線で復活へ」参照→こちら)に向けて着々と準備が進む東武鉄道は、この6月で無煙化50年を迎えました。大手私鉄のなかでは異例に遅い無煙化は、佐野線の終点・葛生を起点とする会沢線とさらにその先の大叶線(ともに貨物線)が非電化だったためで、館林機関区に残された5輌の"4-4-0"が佐野線での貨物仕業に就いていました。

20160717003305-35b844c3b37a39c4ea282884cc1fa80ad1825605.jpg東武蒸機の最期を飾るラストランは1966(昭和41)年の6月26日。磨き上げられ、装飾を施された34号機(ピーコック)と40号機(シャープ・スチュワート)が多くのファンに見守られて佐野線館林〜葛生間を走りました。ことに34号機は電車4輌を連ねた"旅客列車"を牽引するという晴れ舞台を演じています。ちなみに東武鉄道の蒸機牽引旅客列車は1959(昭和34)年に路線そのものが廃止された矢板線を最後に途絶えていたものです。

▲34号機のテンダーには鉄道友の会による惜別のモールが取り付けられていた。'66.6.26 館林 P:三谷烈弌
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▲最終日の朝、館林機関区で出区を待つ40号機。白く塗られたエンドビームとGood Byeの大きなヘッドマークが目を引く。'66.6.26 館林 P:三谷烈弌
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この盛大な惜別列車イベントののち、6月30日に葛生駅構内でほんとうに最後の蒸機廃止記念式典が挙行され、同日付けで全機が廃車処分、東武鉄道から蒸気機関車の煙が"永遠に"消えたのでした。もちろん、この時点では誰もが"永遠に"消えたと信じ、まさか半世紀後に東武鉄道の線路上に蒸気機関車が戻ってきようとは想像さえしなかったはずです。

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▲葛生駅で惜別列車の入換えを行う34号機。ちなみに、画面右端に看板が写り込んでいる中華屋さんは今も健在。'66.6.26 葛生 P:三谷烈弌
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▲すでに客車がなくなっていたため、惜別列車は電車4輌で組成され、補助電源確保のためかパンタグラフ1基が上げられていた。'66.6.26 葛生 P:三谷烈弌
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そんな東武鉄道蒸気機関車廃止50年を記念した写真展が、東武博物館で開催されます。
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写真展「東武鉄道 蒸機の記憶~蒸気機関車廃止50年記念~」
東武鉄道の蒸気機関車の歴史は、1899(明治32)年の開業に備え、イギリスから輸入した12輌から始まった。以降、直接購入した車輌や他社の合併による移籍、鉄道院からの譲渡など、12メーカー85輌が在籍し、1946~47(昭和21~22)年には最多の60輌が活躍し、東武鉄道は車輌数と種類の多さから「蒸機王国」と呼ばれた。しかし、1966(昭和41)年6月をもって、東武鉄道の蒸気機関車は姿を消した。
近年、各地で改めて蒸気機関車が注目を集めており、東武博物館でも2輌を保存しているが、東武鉄道でも来夏に鬼怒川線で蒸気機関車復活運転が計画されている。

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▲業平橋(現・とうきょうスカイツリー)駅構内。'63.9 P:花上嘉成

■開催期間
 2016(平成28)年7月20日(火)~10月10日(月・祝)
■開催場所
 東武博物館内 記念物保存物展示コーナー
■展示内容
・東武鉄道に在籍した代表的蒸気機関車の写真
・蒸気機関車の活躍する様子を収めた写真
・蒸気機関車銘板
・蒸気機関車の映像
■入場料
 無料(ただし、博物館の入館料は必要)
【東武博物館】
・開館時間 10:00~16:00(入館は16:00まで)
・休館日  毎週月曜日(月曜が祝休日の場合は翌日)
・入館料  おとな200円・こども(4歳から中学生)100円
・交通案内 東武スカイツリーライン東向島駅下車(駅となり)

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▲世界鉄道博2016で最も大きな面積を占めているのが、原信太郎さんが生涯の夢を託した「シャングリ・ラ鉄道」と同名を冠した巨大レイアウト。必見! '16.7.15
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明日(7月16日)から横浜みなとみらいのパシフィコ横浜で「世界鉄道博2016」が開幕します。前日の今日は内覧会が行われ、私もお招きいただき、ひと足はやく会場の様子を拝見してまいりました。

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▲会場は横浜みなとみらいのパシフィコ横浜。エントランス(写真)を入ると、プロローグとして世界の鉄道がビジュアルに解説されている。'16.7.15
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20160715170754-f6ad8a1c42317364a5f791fb41993160f0187e32.jpgこの世界鉄道博2016は読売新聞社、BS日テレ主催によるもので、同じ横浜の原鉄道模型博物館が全面的に協力し、鉄道模型を軸に世界の鉄道の魅力を広く伝えようという博覧会です。2014年にお亡くなりになった原信太郎さんの膨大なコレクションと、写真・映像などのアーカイブが惜しみなく公開されており、これまで原鉄道模型博物館にお出でになったことのある方にも新鮮な驚きがあるに違いありません。

▲内覧会に際し挨拶される原鉄道模型博物館副館長の原 健人さん。右は館長代理の針谷朱美さん。'16.7.15
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▲圧巻なのがZONE-1の全長50mもの展示ケースに並べられた世界の鉄道模型。原信太郎さんの6000輌にものぼるコレクションの中から、今回はこれまで未公開のHOスケール1150輌が展示されている。'16.7.15
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会場のパシフィコ横浜展示ホールAは大きく4つのエリアに分けられ、ZONE-1が「世界の鉄道模型コレクション」、ZONE-2が「世界の鉄道物語」、ZONE-3が「シャングリ・ラ鉄道」、ZONE-4が「鉄道ワンダーランド」となっています。

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▲プロローグに相当するエントランス部の世界の鉄道写真ギャラリーはお馴染の櫻井 寛さんの作品。'16.7.15
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▲世界の鉄道ランキングや、全世界の鉄道路線図も掲出されている。国別の路線図は思わず見入ってしまう面白さ。'16.7.15
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▲世界の鉄道物語と題したZONE-2はヨーロッパ、アメリカ、そして日本の3エリアに分かれ、それぞれOスケールの模型で代表的な列車が紹介されている。'16.7.15
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▲原信太郎さんは写真や映像を自ら撮影し、膨大なアーカイブを築かれた。写真左はイタリア・スペインの名列車誕生にまつわる解説だが、1960(昭和35)年にマドリッドで捉えられたタルゴのカラー写真は驚き。ほかにも戦後直後の国電(右)など、じっくり見たい写真が数多い。'16.7.15
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何よりも必見なのがZONE-3の「シャングリ・ラ鉄道」でしょう。実に線路延長650mにもおよぶこのシャングリ・ラ鉄道は、28のエンドレスを含む壮大なレイアウトで、レイアウト上の車輌数はなんと560輌(うち外国型160輌)。実際に260輌もの車輌が同時に走るさまはモデラーにとってまさに理想郷(シャングリ・ラ)といえましょう。

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▲幅約30m、奥行き約10m、線路延長約650m、28のエンドレスを含むシャングリ・ラ鉄道。中央正面には全線を見渡せるディスパッチャー・ルームがある。'16.7.15
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20160715171123-a5c342af7771154391260b9e9e95d3a644961b51.jpg内覧会で目を引いたのが、DD51重連による長大な貨物列車。よくぞ牽引できるなと感心するほどの輌数で、思わず目視で輌数を数えてしまいました。その結果、現車で84輌。このうちボギー貨車が20輌含まれていますので、その換算輌数たるや想像を超えるものとなっているはずです。模型とはいえ、これだけの輌数となると連結器強度が大きなネックとなってくるはずで、まさに実物の世界を思い起こさせます。ちなみに、長大な線路延長にともなう電圧低下については、10mごとにフィーダーを入れて対処しているとのことです。

▲見事な長大編成を牽引し、スケールスピードによる重厚な走りを見せてくれていたDD51重連による貨物列車。'16.7.15
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▲最後のZONE-4は鉄道ワンダーランドと称してファミリーで楽しめるアトラクションが用意されている。右は日本鉄道模型連合会の協力による乗用模型で、今回新製されたH5系。'16.7.15
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いよいよ開幕した「世界鉄道博2016」、9月11日(日)までの会期となっており、夏休みの一日、横浜散策と合わせてお出でになってみられてはいかがでしょうか。

世界鉄道博2016
会期:7月16日(土)~9月11日(日) ※会期中無休
   10:00~16:30(入場は閉場の30分前まで)
場所:パシフィコ横浜 展示ホールA(横浜市西区みなとみらい)
特設ウェッブサイト:http://event.yomiuri.co.jp/train2016/ (→こちら)

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▲淡路鉄道の沿線案内に見る当時最新鋭のキハニ5とキハニ1。戦後鉄道線が電化される際にキハニ5はモハ2008に改造、さらに淡路交通が開発した垂直軸カルダン方式の高性能電車に足回りのみ生まれ変わり、鉄道線廃止まで活躍した。所蔵:宮武浩二
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洲本から宇山に向かうと道路の両側が広く開けたところがあります。ここが旧淡路鉄道時代からの本社と宇山車庫があった場所ろで、最初に開通したゆかりの地でもあります。

20160714110107-1e412b3d8bd377d912f7ae8364ea2d958438e653.jpg現在はバス車庫として整備されていますが、本社が移転するまでは道路左側にあった淡路交通旧本社横に創業者の賀集新九郎氏の表功碑が置かれていました。この碑は現在は賀集八幡神社に移設されています。表功碑には賀集新九郎氏の功績が記されており、淡路交通の歴史に興味を持たれた方には是非訪ねてほしいところです。

▲1938(昭和13)年に発行された淡路鉄道の沿線案内表紙。所蔵:宮武浩二
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▲主要駅のみ記載された沿線案内の路線図。。所蔵:宮武浩二
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▲宇山駅跡(左)。左手の駐車場が宇山にあった工場の跡で、道路は鉄道線の後を整備したもの。右は宇山車庫の向かい側の旧本社跡。現在バスの駐車場として使用されている。'16.6.4 P:宮武浩二
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▲賀集八幡神社にある淡路鉄道の創立者・賀集新九郎氏の表功碑。もとは宇山駅横にあった旧淡路鉄道本社に隣接して設置されたが、鉄道線廃止に伴う宇山車庫の整備で賀集八幡神社に移設された。正面に賀集新九郎氏のレリーフがあり、左側面には当時の淡路交通社長土屋恒治氏による顕彰文がある。'16.6.4 P:宮武浩二
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▲淡路鉄道株式会社の建立名(左)。1940(昭和15)年10月に建立されている。右は裏面に記された賀集新九郎氏の足跡。'16.6.4 P:宮武浩二
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20160714110330-e7e96f39cd77a339a304cc9843add6dd9253f2e4.jpg宇山から先は賀集あたりまでは線路跡の残るところや消滅しているところがありますが、賀集から福良までは道路転用されていて、御陵東駅跡を過ぎると右手に給水塔が見えてきます。これも数少ない淡路鉄道の名残で、蒸気機関車当時はここで給水していたとのことです。

←福良駅から洲本側に少し戻った上り勾配の途中の軌道跡に残る給水塔。'16.6.4 P:宮武浩二
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1960(昭和35)年製作、和田幸治主演の「くたばれ愚連隊」という日活映画で、淡路交通の電車が御陵東付近を走る姿がカラー映像で残されています。昭和30年代の淡路島の雰囲気がよく伝わってくる映画です。また御殿のような屋敷が出てきますが、それこそがロケ地となった賀集新九郎氏の自宅です。昭和40年代に火事で焼失したそうですが、とても立派なお屋敷で賀集新九郎氏の生活が見えきます。電車の撮影地は福良から賀集の間と思いますが、淡路交通の全面的な協力があったことをうかがい知ることができます。

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▲福良駅の現状(左)。鉄道線があったころはここから駅構内に入っていた。右は福良駅跡で、バスターミナルとして整備されており、鉄道当時の名残は土地の地形だけ。'16.6.4 P:宮武浩二
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終点福良駅跡も建物こそ変わっていますが、淡路交通のバスターミナルとして現在も高速バスが頻繁に発着しています。

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▲リニア・鉄道館に保存されている蒸気動車の螺旋型連結器は、蒸気動車が明治村に保存される際に淡路交通から名古屋鉄道に寄贈されたもの。明治村では12号蒸気機関車と蒸気動車の復元に使用した。よって明治村に展示されていた当時は螺旋型連結器の由来と淡路交通寄贈の説明板が設置されていた。'12.7.5 P:宮武浩二
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20160714110458-59d763629d93dc392b1f791d19b8a6ccaa5f5805.jpg淡路交通を偲ぶことができるものとして、淡路文化資料館以外のものをご紹介しましょう。まずはリニア・鉄道館に保存されている蒸気動車の螺旋型連結器。これは蒸気動車が明治村に保存される際に淡路交通から名古屋鉄道に寄贈されたもので、明治村では12号蒸気機関車と蒸気動車の復元に使用しました。もうひとつは直接淡路交通とは関係ありませんが、現在「加悦SLひろば」に保存されている旧長門鉄道の103号というアメリカ、ポーター製の機関車があります。この103号は淡路鉄道の4号機関車と全くの同形機であり、淡路鉄道創業時の面影を偲ぶことができる貴重な存在といえるのではないでしょうか。

▲淡路交通由来の螺旋型連結器。'12.7.5 P:宮武浩二
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▲加悦鉄道sL広場に保存されている長門鉄道のポーター。この機関車と淡路鉄道の機関車はぼぼ同形であった。'11.10.2 P:宮武浩二
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▲福良駅から洲本側に少し行った登り勾配の途中元線路わきに残る給水塔。廃止半世紀を経ながら残る最大の遺構といえよう。'16.6.4 P:宮武浩二
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先般はRMライブラリー『琴平参宮電鉄』をご執筆いただき、四国地方、近畿地方の失われた鉄軌道探訪を勢力的に続けておられる宮武浩二さんから、淡路島の鉄道として親しまれながらも、ちょうど半世紀前の1966(昭和41)年に廃止となった淡路交通鉄道線の現状レポートを頂戴いたしました。

20160713105500-6c18c25a479bba91231c1d05c455b266454fb5cb.jpg先日、淡路島の福良までに行く機会がありましたので、少し時間を割いて洲本から国道28号線を経由して福良まで淡路交通鉄道線(淡路鉄道)の名残を探してみることにしました。
淡路交通が鉄道線を開業したのが1922(大正11)年11月26日で、洲本口(現在の宇山)から市村まで蒸気機関車で開業、1925(大正14)年には宇山から東に向けて洲本市街地となる洲本間、市村から南に向けて福良間が開業、当初の目論見の通り本州からの船の寄港地となる洲本港から四国への連絡港となる福良港まで一直線の輸送経路が完成しました。

▲淡路交通鉄道線概念図。(『トワイライトゾ~ン・マニュアルⅡ』所収「淡路島を走った電車」より)
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昭和になり内燃動車を積極的に導入して近代化を進めました。淡路鉄道の建設については資金的に大変な苦労があり、地元の素封家で南淡路に居を構えていた賀集新九郎氏が淡路島の発展のために自身の資産をつぎ込んで建設しました。

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▲健在だった頃の淡路交通鉄道線。キハニ3を電動車化したモハ2009と南海からやってきたタマゴ型電車モハニ1000形の2連。'61.3.7 P:中谷一志
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淡路鉄道の開業により地元の特産品と陶磁器や農作物の輸送、また観光地として本州から鳴門観潮など観光客の呼び込みも可能となりました。
戦後。鉄道線の電化を進めて気動車改造の電車たちが活躍、垂直カルダン駆動を自社で開発するなど話題を提供しましたが、乗客輸送量という点では戦前戦後を通じて成績が悪く、1966(昭和41)年10月1日で鉄道線は廃止、島内の輸送機関はバスに統一され現在に至ります。

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▲洲本城から見下ろした市街地。左手中ほど(矢印)に淡路交通本社旧洲本駅が見える。'16.6.4 P:宮武浩二
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鉄道線の廃止からちょうど50年という節目でもあり、洲本から福良間で鉄道線の名残を探してみることにしました。まず洲本ですが、洲本駅跡はバス駐車場と本社が残っています。駅に隣接している二階建てのレストランを営業していた洲本観光会館は三階建てに建て増しされて本社として残っています。ホーム跡はバス駐車スペースになり、鉄道線跡は道路に転用され現在は洲本バスターミナルを発着する高速バスが頻繁に走っております。

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▲現在の洲本。右手の建物が淡路交通本社、バスが停まっているあたりにホームがあった。'16.6.4 P:宮武浩二
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▲現在の淡路交通本社(左)。鉄道線時代からのもので洲本駅と観光会館としてレストランやお土産売り場があった。、のちに3階部分が建て増しされた。右は淡路交通本社横のバスターミナル跡。もとの鉄道線の改札口や待合所があった場所である。'16.6.4 P:宮武浩二
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▲旧洲本駅から宇山方面を見る。線路跡と川跡は道路として整備され、現在は自社バスが運行している。'16.6.4 P:宮武浩二
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ここ洲本で必見なのが、淡路交通の本社から徒歩5分でいける洲本城跡にある市立洲本文化資料館(月曜日休館)です。ここには旧淡路鉄道時代の写真パネルの他、鉄道線廃止まで使用されていた「洲本~福良間」の運行板が保存展示されています。また洲本バスターミナルに隣接する洲本市立図書館には『淡路交通三十五年の歩み』『淡路交通創立五十年並鉄道線全通四十年の歩み』など関連図書が蔵書されているので訪ねてみるのも良いでしょう。

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▲洲本城跡に建てられた「淡路文化資料館」には淡路交通鉄道線時代の運行板が古い鉄道線の写真パネルと共に常設展示されている(左)。ちなみに、三熊山山頂の洲本城天守台跡には模擬天守閣に似せた展望台が見える。右は淡路交通本社の向かい側にあるカネボウ洲本工場の跡地に建設された洲本市立図書館。'16.6.4 P:宮武浩二
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北海道開拓の村 再訪。

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▲軽快な足取りで漁村群の池端を行くアラシ牽引のソーケシュオマベツ駅逓所前行き。'16.5.27
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先日の渡道の際、会議の合間を縫って再び北海道開拓の村を訪れました。これまでにもたびたび訪問し、小ブログでもご紹介しておりますが(アーカイブ「北海道開拓の村の馬車鉄道」→こちら、「北海道開拓の村の保存車輌を見る」→こちら)、今回もお目当ては馬車鉄道で、開園直後のひと気のない時間帯を見計らって見学しようという目論見です。

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▲開園直後の旧浦河市庁庁舎前。静まり返った市街地群とポツンと営業開始を待つ馬車鉄道の客車は、遥か昔にタイムスリップしたかのような情景を見せてくれる。'16.5.27
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馬車鉄道の"初電"は9時20分旧浦河支庁庁舎前発。月曜から土曜は40分間隔の運転、日曜・祝日は30分間隔の運転で、後者は2列車での運行となります(冬季は運休)。

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▲旧浦河市庁庁舎前に到着しようとする上り列車(?)。市街地群の直線部は複線となっており、土日の2列車運行ではすれ違いも見られる。'16.5.27
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さすがに平日の開園直後とあって旧浦河支庁庁舎前は静まり返っており、薄く立ち込めていた霧が晴れるにしたがって、市街地群の歴史的建造物が姿を現してくる様は感動的でさえありました。

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▲1981(昭和56)年日本車輌製の客車。おそらくわが国で新製された最後の馬車鉄道用客車となろう。(詳しくは→こちら) '16.5.27
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20160710173254-f69d8051266259dfc398bdf318bd450175bb06e8.jpg時間の関係で2往復ほどの運行を見学しただけでしたが、定期運行されている馬車鉄道はここ北海道開拓の村と、岩手県の小岩井農場(アーカイブ「馬鉄は小岩井農場」参照→こちら)だけで、一見の価値は充分にあるといえましょう。
ちなみに当日の"牽引機"の名前を聞くと「アラシ」号とのこと。思えば9年前に訪れた際も「アラシ」号でした。後日、写真を見比べてみると、馬の鑑定は門外漢ながら、どうやら同じ白馬のようです。馬の寿命は20〜30年だそうで、ひさしぶりに再会したアラシも、文字通り馬齢を重ねてきたことになります。

▲ソーケシュオマベツ駅逓所前には立派な煉瓦造りの矩形庫がある。アラシも折返し列車発車まで機関庫前で腹ごしらえ。'16.5.27
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▲1886(明治19)年頃の建造とされる茅沼の廻船問屋・旧武井商店の酒造部建物の前をゆく旧浦河市庁舎前行き。パカ、パカッという"走行音"は馬鉄ならではのもの。'16.5.27
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▲京都駅「ホテルグランヴィア京都」の15階に常設される専用ラウンジ(イメージ)。提供:JR西日本
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JR西日本では、来年春の運行開始を予定している"TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)"の乗車駅(京都、大阪、下関)に専用ラウンジやモニュメントを設置すると発表しました。デザインは車輌インテリアを監修している浦一也さんによるもので、特別な旅の出発にふさわしいおもてなしとなります。
まず、京都駅には、隣接している「ホテルグランヴィア京都」の15階に専用ラウンジが常設されます。
(1)設置場所
ホテルグランヴィア京都15階フランス料理「ラ・フルール」跡。
(2)提供するサービス
"TWILIGHT EXPRESS 瑞風"乗車前におけるチェックイン、荷物の預かり、ドリンク・スイーツの提供など。

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▲大阪駅では"TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)"の出発時に「ホテルグランヴィア大阪」の20階にラウンジが用意される(イメージ)。提供:JR西日本
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大阪駅には、隣接している「ホテルグランヴィア大阪」の20階にラウンジを列車の出発時に用意する。
(1)設置場所
 ホテルグランヴィア大阪20階「クリスタルルーム」。
(2)提供するサービス
 "TWILIGHT EXPRESS 瑞風"乗車前におけるチェックイン、荷物の預かり、ドリンク・スイーツの提供など。

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▲下関駅のホームにはモニュメントやベンチが設置される(イメージ)。提供:JR西日本
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下関駅では、"TWILIGHT EXPRESS 瑞風"の車輌を早期に入線させ、出発まで車内でくつろげるようにする。また、ホーム上においても出発までの時間を楽しめるよう、モニュメントやベンチなどを新設する。
(1)設置場所
 下関駅8、9番のりば。
(2)車内で提供するサービス
 チェックイン、荷物の預かり、ドリンク・スイーツの提供など。

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▲宮島をイメージした色調とされる宮島口駅(イメージ)。 (JR西日本プレスリリースより)
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"TWILIGHT EXPRESS 瑞風"の途中の停車駅についても、駅改修や美装を行う計画で、広島・山口エリアの立ち寄り駅の改修計画が発表されています。

20160711183148-008bed3a66070ffa7a89d86bfdc626df7a2052e5.jpg■立ち寄り駅「宮島口駅」について
宮島では、嚴島神社において神職の案内による参拝や舞楽の奉納などの特別な体験、鑑賞を予定しており、これに合わせ、最寄り駅となる宮島口駅では、以下の改修を行われます。(1)外観・コンコースの美装化・装飾
宮島をイメージした色調とし、ガラスを活かした美装化を行う。駅構内のデザインに使用する木材は、廿日市市産のものを使用する。
(2)専用出入口の設置
瑞風の乗客が乗降の際に使用する専用出入口を設置する。

▲宮島口駅に設置されるおみやげ街道外観(イメージ)。 (JR西日本プレスリリースより)
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また、訪日外国人の方を多く迎える宮島口駅の特性を踏まえ、上記の改修に加えて以下の取り組みがなされます。
・駅構内に設けていた売店を駅前(駅舎外)に移転し、「おみやげ街道」としてリニューアルオープンする。
・駅構内に待合室を設置するとともに、大きな荷物を持つ方のために手荷物預かり機能の強化を行う。
・駅構内にて外国語での案内ができる係員を配置する。

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▲萩城下町の風景を想起させる「格子」や「なまこ壁」の装飾を施した東萩駅外観と専用入口(イメージ)。 (JR西日本プレスリリースより)
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■立ち寄り駅「東萩駅」の改修および「萩駅」の追加について
萩では、松陰神社における神職の特別講話や萩焼名窯元「不走庵 三輪窯」への訪問といった特別な体験が予定されています。これに合わせ、最寄り駅となる東萩駅では以下の改修が行われます。
(1)外観・コンコースの美装化・装飾
萩城下町の風景を想起させる「格子」や「なまこ壁」の装飾を施した外観へと改装する。
(2)専用出入口の設置
また、萩での立ち寄り観光を終えた後は、国の登録有形文化財であり、JR西日本の登録鉄道文化財にも指定された駅舎を持つ「萩駅」より乗車します。「鉄道の父」と呼ばれる井上 勝ゆかりの地である萩市で、1925(大正14)年の開業当時の姿を復元・保存する駅舎を持つ「萩駅」の風情を楽しむことができます。

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▲R西日本の登録鉄道文化財にも指定されている萩駅駅舎。 (JR西日本プレスリリースより)
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立ち寄り駅「岩国駅」については、現在駅橋上化工事を行っていることから、瑞風の乗客をスムーズに観光地へ案内するため、2018(平成30)年春の工事終了までの間は「南岩国駅」で乗降することとなります。

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▲今年もひたちなか海浜鉄道に"熱い"夏がやってくる。P:ローカル鉄道・地域づくり大学
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ローカル鉄道・地域づくり大学が主催する夏の恒例イベントが7月最後の週末にひたちなか市で開催されます。7月30日(土)に開催されるのが、第4回終着駅サミットと第3回ローカル鉄道サミット。前者は終着駅が持つ魅力と役割を再認識し、終着駅を活かしたまちづくりについて考えるもので、これまで3回、北陸の地で開催されてきました。

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▲昨年のローカル鉄道サミットの様子。パネルディスカッションでは熱い議論が交わされた。P:ローカル鉄道・地域づくり大学
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一方、ローカル鉄道サミットはこれまでもひたちなか市で開催されてきたもので、ローカル鉄道と地域づくりの未来について熱い議論が交わされてきました。

20160706152449-9c8948282ae4028de4ab9eee42a0be6ac3a9e609.jpg今回はゲストに終着駅からの"延伸"を計画しているひたちなか市・本間市長をはじめ、ローカル鉄道・地域づくり大学理事長であるひたちなか海浜鉄道・吉田社長、現役ローカル鉄道経営者であり、ローカル鉄道・地域づくり大学サマースクール出身者である若桜鉄道・山田社長、終着駅を抱える岡山電気軌道/和歌山電鐵・礒野専務、最先端の公共交通研究で知られる京都大学・中川教授、そしてレイルファンとして精力的な活動を展開する、音楽プロデューサー/株式会社音楽館代表取締役・向谷実さんの基調講演が予定されています。

▲サマースクールではフィールドワークとして那珂湊機関区を訪問。P:ローカル鉄道・地域づくり大学
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▲ベーシックコースにプログラムされている米屋こうじさんによる鉄道写真講座。P:ローカル鉄道・地域づくり大学
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進展を見せるひたちなか海浜鉄道の延伸問題、サマースクール出身の初の公募社長が就任した若桜鉄道、地方私鉄である岡山電気軌道が経営を担う和歌山電鐵などの具体的なテーマについて討論し、ローカル鉄道のあるべき姿や地域づくりにおける役割を模索します。

20160706152533-f446ec75528975a6b05fc51a612672427799a36f.jpg【ゲスト】
本間 源基 ひたちなか市長
吉田 千秋 ひたちなか海浜鉄道 代表取締役社長/ローカル鉄道・地域づくり大学 理事長
向谷 実 音楽プロデューサー/株式会社音楽館代表取締役
山田 和昭 若桜鉄道 代表取締役社長(ローカル鉄道・地域づくり大学OB)
礒野 省吾 岡山電気軌道・和歌山電鐵 代表取締役専務
中川 大 京都大学大学院工学研究科・教授 交通政策研究ユニット長
司会 久野 知美 フリーアナウンサー・女子鉄
【開催日程】
7/30(土)13:40~15:40 ※12:40開場
【費用】
無料
※サマースクール参加者もサミットに参加いただきます
※サミットのみの参加ご希望の場合は、事前申込は不要です(当日定員になり次第受付終了となります)
【定員】
300名

▲「座学」ではみっちりと専門知識を学ぶ。P:ローカル鉄道・地域づくり大学
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▲ローカル鉄道を持つ地域行政のご担当者や住民の方はもちろん、将来の鉄道経営者を夢見る方にとっても価値ある週末となるはず。P:ローカル鉄道・地域づくり大学
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また、ローカル鉄道・地域づくり大学・夏の恒例イベント「サマースクール」が本年も7月30日(土)・31日(日)の両日、茨城県・ひたちなか市で開催されます。これまでの4年間で、累計240名ほどが参加したサマースクールですが、5年目となる今年は、初めてサマースクールに参加する方、鉄道趣味が好きなレイルファンの方向けの「ベーシック」と、鉄道経営・地域づくりを学びたい方、およびリピート参加者のための「アドバンス」の2コースが開設されます。詳しくは下のフライヤーを拡大してご覧ください。

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▲ローカル鉄道・地域づくり大学・夏のイベントのフライヤー。提供:ローカル鉄道・地域づくり大学
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※明日は不在のため休載させていただきます。

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▲1号車のHB-E301-5を先頭にした新型"リゾートしらかみ"「橅」編成。先頭車の前頭部はグリーンで後位側に向かって木立がグラデーションで表現される。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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キハ40系改造の"リゾートしらかみ"「橅」編成の後継車輌である、HB-E300系の新型"リゾートしらかみ"「橅」編成の報道公開が、7月1日に秋田車両センターで行われました。

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▲HB-E301-5の前面(左)。先頭部側面には「橅」のロゴが大きく標記されている。写真右はHB-E302-5の2位側。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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先に登場した「青池」編成(アーカイブ「HB-E300系"新型リゾートしらかみ"誕生」参照→こちら)と同様に4輌編成で、形式・車号は秋田・青森方の1号車からHB-E301-5+HB-E300-105+HB-E300-5+HB-E302-5となっています。

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▲"リゾートしらかみ"「橅」編成の編成内容。
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▲3号車(HB-E300-5)の後位側から見た客室内。天井や床などに木材がふんだんに使用されている。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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外観は「橅」の木立をグラデーションで表現し、ナチュラルなグリーンの濃淡で優しい木漏れ日を感じさせるデザインとなっています。なお、車輌デザインは「KEN OKUYAMA DESIGN(代表:奥山清行さん)」、車輌製作は1・2・4号車が総合車両製作所 横浜事業所、3号車は車体構体を同事業所が製作のうえ、実際の車輌製作は秋田総合車両センターが担当しています。

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▲3号車(HB-E300-5)の前位側に設置されている「ORAHO(おらほ)カウンター」。カウンターでは沿線の地酒やスイーツなどが販売される。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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客室内は、雄大な白神山地や夕日の沈む日本海などの美しい風景を車内から楽しめる開放感のある空間とされ、天井や床には秋田産の杉、3号車に設置の「ORAHO(おらほ)カウンター」などには青森ヒバが使用されています。さらに、1・4号車の展望ラウンジと「ORAHO(おらほ)カウンター」には秋田産・青森産の橅を使用したシンボルツリーが設置され、沿線のシンボルである木材がふんだんに取り入れられているのが特徴です。

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▲1・4号車の展望ラウンジ。シンボルツリーや固定式のスツール(椅子)が設置されている。写真は4号車(HB-E302-5)。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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また、腰掛は、東北の夏祭りをイメージしたデザインで、1・3・4号車は2人掛けの回転リクライングシート(1号車に車イス対応席を設置)、2号車は「青池」編成と同様にボックスシートとされ、ボックスシートの一部区画(1・2・8・9番)は、腰掛をフルフラットにすることができます。

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▲2号車のHB-E300-105は、ボックスシートで構成されている。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲ボックスシートの一部区画は、フルフラットの状態にすることが可能である。'16.7.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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この新型"リゾートしらかみ"「橅」編成は、7月9日に一般公募による完成記念試乗会が予定され、7月16日の快速「リゾートしらかみ1号」(秋田8:20→青森13:30)と快速「リゾートしらかみ4号」(青森13:51→秋田18:56)から営業運転に投入される予定となっています。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社秋田支社

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▲東山駅を後にする4834D。線路の左側の築堤は信号場時代のスイッチバックの加速線跡。ホームは枕木が敷き詰められた簡単なもの。'16.6.5 P:渡辺康正
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20160701192252-31a7a6d06ea109076ed1d53402c29b082a62b3a7.jpg続いて4834Dで訪れた隣の東山駅は、枕木を敷いて造ったホームが1面だけで待合室もありません。周りは森・畑と資材置き場が点在する程度で人家はまったく見当たりません。しかも道路から駅へのアクセスは犬走りの通路だけで、安全のためパイプで柵が設けられています。

▲ホーム上の駅名標と時刻表。東山駅には待合室設備はない。'16.6.5 P:渡辺康正
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▲駅側から踏切で交差する道路へのアクセス通路を見る。この犬走り横の狭い通路だけが駅へのアプローチ。背後に聳えるのは駒ケ岳。'16.6.5 P:渡辺康正
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▲東山駅を通過するキハ183系の団臨。右がホームへの通路。'16.6.5 P:渡辺康正
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また、函館本線と畑の間には築堤跡があり、終端にはコンクリート製の橋台のような構造物も残っています。これは東山駅がスイッチバック式の信号場だった時代の名残で、函館方向に向けて上り勾配に挑む列車のための加速線が道路を越えて延びていた跡といわれています。

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▲東山駅脇の築堤と道路の交差部分。コンクリート製の橋台が残る。'16.6.5 P:渡辺康正
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なお、国土地理院から提供されている昭和22年米軍撮影の航空写真(USA-M569-40)によれば、スイッチバック時代の配線は少し変わっていて、この加速線ともう一本の引き上げ線はともに本線下り方(札幌方面)に向かって右側、カーブの内側に設けられていたようです。

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▲東山駅の信号場時代(昭和22年米軍撮影航空写真USA-M569-40/国土地理院)を部分拡大のうえ加筆。提供:渡辺康正
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はじめは何もない駅でどうしようかと思ったのですが、流石に函館本線だけあって、30分おきぐらいに何かしら列車が通過し、しかもトワイライトゾ~ンもありの2時間余を過ごし、16時25分発と明るいうちに上り最終列車大沼行き4836Dで東山駅を後にしました。

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▲東山駅に到着する上り最終列車4836D。'16.6.5 P:渡辺康正
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なお、今回話題の5駅のうち、蕨岱・北豊津・桂川は下車こそしていませんが、昨秋、やはり道南に山線回りで出かけた際に、偶然、車窓から駅を写していましたので合わせてご覧下さい。

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▲函館本線普通列車車内から見た蕨岱駅。車掌車を利用した待合室が備わる。'15.10.17 P:渡辺康正
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▲北豊津駅(左)と桂川駅(右)。桂川駅の駅舎はホームよりも低い位置にある。'15.10.18 P:渡辺康正
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渡辺康正さん、ありがとうございました。来春のダイヤ改正で俎上にのせられていると聞く5駅ですが、蒸機時代の函館本線の賑わいを実体験した世代にとっては、その寂寥感漂う現状に涙せざるを得ません。

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▲姫川駅に停車中の4835D(左)の横を通過する10D「スーパー北斗10号」。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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今春のダイヤ改正で普通列車79本の減便や、4線区8駅の廃止など、まさに大ナタが振るわれたJR北海道ですが、12月4日が最終運転となる留萌本線留萌~増毛間に続いて、早くも来春のダイヤ改正に伴う変化が聞こえ始めてきました。札幌の渡辺康正さんからのレポートです。

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▲下りホームから見た姫川駅駅舎。駅舎は上りホームから階段を上がった位置にある。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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去る6月3日、『北海道新聞』紙上で、函館本線の道南5駅(東山・姫川・桂川・北豊津・蕨岱)を2017年3月ダイヤ改正の際に廃止する方向で地元と協議中と報じられました。ちょうど直後の6月5日に道南方面に出かける機会があり、札幌にまっすぐ戻ってくるのも勿体無いと、姫川駅と東山駅を訪問しました。

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▲取り付け道路側から見た姫川駅舎。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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姫川駅は函館本線大沼-森間の駒ケ岳回りの区間(大沼・大沼公園・赤井川・駒ケ岳・東山・姫川・森)の森側に位置しています。2面2線の交換可能駅で、線路から一段高いところに駅舎が設けられています。下りホーム(札幌方面)はそれなりの長さですが、上りホーム(函館方面)は短く、普通列車のキハ1輌でも後部はホームにかかりません。

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▲綺麗に整備された待合室内。窓(右)にはなぜかパンダのぬいぐるみが...。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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階段を上がってみると、駅舎には木製・墨字で雰囲気のある駅名看板が掲げられています。待合室は小さいながらも清潔ですが、パンダのぬいぐるみがぶら下がっているのが一寸不思議です。

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▲墨痕鮮やかな姫川駅駅名標が一段下がった位置にあるホームを見下ろしている。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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▲駅舎(右)の周辺。左側がアクセス道路、手前側が保線用道路。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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▲姫川駅に到着する4834D。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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20160701192936-3d657714fdffe55dab7597a6d5415374ffe37f6b.jpg駅前からはダートの道が左と右前方に伸びていますが、左側の道を進んでも保線用の道のため通行止めになっており、実質は右側の道が駅までのアクセス道路です。今回は、非常に効率が良く、下り4835D森行きで駅に着いてから逆方向の函館行き4834Dまで30分しかなかったので駅周辺を充分に歩くことはできませんでしたが、google mapでもしかとは出てこないこの道は、森の中を通って姫川の集落方面へ続いているようです。なお、姫川駅のほど近くには国道5号線も通っていますが、駅から国道側へのアクセス道路はありません。

▲上りホームはキハ1輌でも後部ドアが外れてしまう。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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▲森の中に消えてゆく駅へのアクセス道路。'16.6.5 姫川 P:渡辺康正
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▲『賛歌 千頭森林鉄道』のカバー。路線延長44㎞を超えた東京営林局最大の森林鉄道の賑わいが伝わってくる。 (『賛歌 千頭森林鉄道』より)

もと東北森林管理局長で現在は石巻専修大学の客員教授をお務めの矢部三雄さんから、7月1日発売の谷田部英雄さんの新刊『賛歌 千頭森林鉄道』をご恵送いただきました。

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▲全盛期の千頭貯木場。大井川鐵道千頭駅に隣接したこの貯木場は、今では体験型ミュージアム「音戯の郷」や駐車場となっている。 (『賛歌 千頭森林鉄道』より)

本書の著者、矢田部英雄さんは1948(昭和23)年に林野庁に奉職されて以来、伐採事業所主任から生産係長、事業課長、そして営林署を統括する次長と、4回も千頭営林署勤務を経験され、まさに千頭森林鉄道とともに半生を歩んでこられました。本書は自ら撮影された写真や関係資料を駆使して、在りし日の千頭森林鉄道を活き活きと甦らせるものです。伐木造材作業の実際や、山泊生活や入下山の様子など、森林鉄道を取り巻く日常も豊富に盛り込まれており、趣味書の域に留まらず、千頭森林鉄道の役割をより立体的に理解することができる構成となっています。

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▲千頭森林鉄道路線図と所属機関車のプロフィール。現在でも寸又峡温泉に機関車(DB12)と客車、運材台車が保存されている(アーカイブ「寸又峡温泉の保存車たち」参照→こちら (『賛歌 千頭森林鉄道』より)

寸又川の流送に頼っていた千頭御料林の運材に大きな転換をもたらしたのは第二冨士電力の千頭ダム建設でした。ダムによって流送が不可能となった帝室林野局は、ダム工事が完成した1938(昭和13)年、その代償として工事用資材運搬軌道を無償で譲り受けて軌道による運材を開始しました。

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▲作業軌道で使用されていた珍しい酒井工作所製3.5t機(左上)も掲載されている。 (『賛歌 千頭森林鉄道』より)

戦後、東京・神奈川・千葉・埼玉・静岡の各都県を管轄下に置く東京営林局管内最大の森林鉄道(1級)となった千頭森林鉄道は、廃止が1968(昭和43)年と管内他路線に比べて遅かったことから、これまでにもファンによるレポート(RMライブラリー96『大井川鐵道井川線』所収、橋本正夫「千頭森林鉄道を行く -昭和37年6月千頭~大根沢間往復」など)はいくつか発表されていますが、本書はいわば"プロ"の目から見た記録と解説で、森林鉄道ファンにとっては必見といえましょう。

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▲空車引上げ列車の行程を写真で追ったグラフ。千頭森林鉄道の列車運行の実態がよくわかる。 (『賛歌 千頭森林鉄道』より)

また、「森林鉄道事故」に1章を割いているのも特筆されます。日本の鉄道趣味書の場合、事故記録は掲載を回避するのが一般的ですが、本書では発生状況から原因対策までを記載しており、その面でも実務者ならではの実体験に基づく記録となっています。
巻末には森林鉄道建設規程、同保安規定、千頭森林鉄道運転規則なども収録されており、臨場感溢れる本編の内容とあいまって、資料価値の高い一冊となっています。
■『賛歌 千頭森林鉄道』
A4判、172ページ
著:谷田部英雄/発行:文芸社
定価:本体1,800円+税

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