鉄道ホビダス

2016年6月アーカイブ

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▲狸小路のアーケード前ですれ違う内回り(手前)、外回り(奥)のA1200形"ポラリス"。'16.5.26
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先月、半年ぶりに訪れた札幌で、ループ化なった札幌市電を見てまいりました。昨年12月20日の開業時の様子は、札幌にお住まいの渡辺康正さんのレポートでご紹介しておりますが(アーカイブ「札幌市電ループ化開業」参照→こちら)、私自身が実際に目にするのは今回が初めてです。

20160630165032-bc617afc054223b50729dfc1ebae70877da998f8.jpg新設された狸小路停留場を挟んだ西4丁目停留場とすすきの停留場の間約400mは駅前通りの両端に軌道が敷設されたサイドリザベーション方式を採用、「都心線」と通称されるようにすっきりとした近代的景観を見せています。列車の方向表示は「循環(内回り)」と「循環(外回り)」となり、山手線よろしく次から次へと同じ方向表示の列車がやってくるようになりました。このループ化によって利便性が大幅に向上、利用客も予想以上に増加していると聞きます。

▲ループ化区間周辺拡大図。(札幌市交通局HPより)
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▲新緑が眩い中央分離帯を挟んで駅前通りの両端を行く内回り(左)と外回り(右)。'16.5.26
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従来の道路中央の安全地帯による島式ホームと異なり、新設された狸小路停留場は歩道に直結した上屋付きのスタイリッシュな建物。車イス対応のスロープやリアルタイムな列車位置情報のディスプレーなど、その外観とともに従来の市電のイメージを大きく塗り替えるものとなっています。

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▲新設された狸小路停留場(内回り)。外回りも同一構造で、線路側は乗降口以外は透明のパネルで塞がれている。'16.5.26
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▲車イス用スロープ(左)と、歩道側から見た状況(右)。簡単なイスも備わり、待合室としての機能も有している。'16.5.26
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▲壁面には全線の列車位置情報がリアルタイムに表示されている。列車のアイコンも在来車とポラリスと分けられているのが嬉しい。'16.5.26
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▲狸小路停留場に到着した外回りの"ポラリス"A1203。こうして見ると電停建物とデザインがコラボレートしているようにも見える。'16.5.26
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▲8号車のクモハ323-1を先頭にした323系。オレンジ色を基調とした先進的な外観となった。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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JR西日本グループは、平成25年度に「大阪環状線改造プロジェクト」を立ち上げて、大阪環状線のイメージアップとお客様満足度の向上を図るため、さまざまな施策を展開していますが、このほど安全性とサービス水準を高めた、初めての大阪環状線・JRゆめ咲線用車輌となる323系が完成し、6月24日に近畿車輛で報道陣に公開されました。

20160629145831-0926e38c624885dacb7f476d17fc1ea87195fdca.jpg323系は8輌編成の片側3扉車で、外観は大阪環状線の電車として長年親しまれてきたオレンジ色を基調としたものとなり、先頭形状は227系や225系2次車と同様のデザインとなっています。また、先頭部及び側面に「大阪環状線プロジェクト」のロゴマークがデザインされているほか、ドアの位置や動作状況を分かりやすくするため、ドア上にプロジェクトのロゴマークにちなんだ表記がなされ、ドア先には黄色のラインが配置されています。
さらに、女性専用車をわかりやすくするために、戸袋部のカラーをオレンジからピンクとしています。

▲クモハ323-1の前面。貫通窓部に『大阪環状線改造プロジェクト』のロゴマークがデザインされた。なお、編成番号は「LS01」となっている。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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▲4号車のモハ322-3は女性専用車で、戸袋部のカラーをピンクにして明確している。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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客室内はドア間10人掛け、車端部3人掛けのロングシートで構成されていますが、8号車(大阪駅場面で天満方先頭車)は、混雑緩和のためドア間8人掛けとして出入口付近を広くしているとともに、立席客への配慮として袖仕切りには腰当が設置されています。また、各車とも優先座席には立上り補助用の肘掛け、車内の貫通扉には225系2次車でも採用されたアシストレバーが設けられています。

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▲ドア間10人掛けのロングシートとなっている7号車モハ322-1の客室内。なお、各車とも大型袖仕切りは斜めに取り付けられ、乗車時に車内に入りやすくしている。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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▲8号車クモハ323-1の客室内。ドア間8人掛けのロングシートとされ、出入口部のスペースが拡大されている。また、袖仕切りには腰当が設置されている。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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▲女性専用車のモハ322-3の客室内。照明は電球色LEDとなり、ドア上部や荷棚にも女性専用車であることを明示している。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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このほか、各車に車椅子・ベビーカースペースが設けられたほか、客室照明は昼白色LED(女性専用車は電球色LED)を採用。8号車には車内防犯カメラが試行設置されています。ちなみに、在来線車輌での車内防犯カメラ設置は、JR西日本では初めてのこととなります。

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▲優先座席には、立ち上がりやすいように肘掛が設置されている(左)。クモハ323-1には車内防犯カメラが試行的に設置されている(右)。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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システム面では、225系2次車などと同様に0.5M方式のオール電動車で、車両異常挙動検知装置や誤扱い防止装置、戸挟み検知機能が搭載されているほか、保安装置はATS-SW、ATS-Pに加え、EB-N形装置が初めて搭載されました。このEB-N形装置は、マスコン・ブレーキハンドルに設けたスイッチ等を押しながら運転し、スイッチ等を離すと警報が鳴動するもので、再度スイッチ等を押さなければ非常ブレーキが作動するというものです。

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▲車輌公開の前には、ゲストに斉藤雪乃さん(左から3人目)を迎えてお披露目式典が挙行された。'16.6.24 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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この323系は、2017(平成30)年度までに8輌編成21本の168輌が投入され、大阪環状線内で使用されている103系・201系のすべてが置き換えられる予定となっています。なお、本誌7月発売号で詳しくご紹介する予定です。

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▲ピーコック27号機が牽く東武鉄道熊谷線の混合列車。熊谷線は太田にあった中島飛行機への人員・資材輸送のために急造された路線であったが、ついに利根川を渡ることはなかった。なお、この写真が撮影された2年後、1954(昭和29)年にキハ2000形が新製投入されて客貨分離が図られている。'52.3.30 熊谷 P:三谷烈弌
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先週末、川口市のSKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ映像ホールで、埼玉県主催の映像公開ライブラリー「廃線物語 さいたまの鉄道」(アーカイブ参照→こちら)が開催され、募集人数を超える300人以上の方がお集まりになられました。

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▲上映会に続くトークショーも300人以上のご来場をいただき満員御礼。マイクを手にしているのが鉄道博物館の荒木副館長、右へ大石和太郎さん、そして私。'16.6.25 P:デジタルSKIPステーション
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このイベントは埼玉県が「彩の国デジタルアーカイブ」として積極的に推進している映画、TV番組、文化財写真、記録写真などをデジタル化して後世に残す取り組みのなかから、その膨大な収蔵作品の一部を公開し、関連するトークショーを行うもので、年に2回ほど鉄道関連のテーマが設定されます。

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▲一番熱気を帯びたのが日本煉瓦製造専用線。写真は深谷駅の今昔で、現在は出荷された煉瓦で建造された東京駅を模した駅舎(上)となっている。
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今回は2005年に埼玉県が制作した「追想 さいたまの鉄道 ~その姿を訪ねて~」(45分)の上映と、それに続くトークショーが行われ、トークショーでは鉄道博物館の荒木文宏副館長、鉄道映画制作で知られるもと国鉄運転士の大石和太郎さん、そして私が登壇いたしました。

20160627180239-32f733d8454e5ba90c85f71fa3a0393a2d7b6b03.jpgさて、映画「追想 さいたまの鉄道 ~その姿を訪ねて~」は、埼玉県内の消えた鉄軌道、日本煉瓦製造専用線、本庄電気軌道、武州鉄道、東武鉄道熊谷線、上武鉄道の5線を採り上げたもので、取材時の貴重なオーラルヒストリーなども盛り込まれています。しかし、残念なことに数箇所にエラーがあり、ことに上武鉄道の映像に磐城セメント(住友セメント)四ッ倉工場の800形が混入してしまっているのは痛恨の極みです。

▲日本煉瓦専用線での乗務経験を熱く語る大石和太郎さん(左)。'16.6.25 P:デジタルSKIPステーション
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トークショーはこの5路線を中心に縦横無尽に話が広がりましたが、なんといっても盛り上がったのは大石さんの日本煉瓦専用線の乗務体験でした。大宮機関区に助士として務めておられた大石さんはいく度か深谷駅から上敷免工場への専用線に乗務されており、実はこの仕業が大宮機関区屈指の難仕業だったと述懐されます。

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▲ホフマン輪窯をはじめ工場群がほぼ完全なかたちで残っていた1977(昭和52)年当時の上敷免工場内。480㎜ゲージの線路は倉庫内の運搬用。'77.7.19 P:名取紀之
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専用線の線路容量と、熊谷駅の転車台有効長の関係から入線できるのは9600形まで。ところが空車を運び込む下り列車は大宮(操)から熊谷まで無停車のダイヤが組まれており、給水ポンプを装備しない9600にとって罐水を維持するのが至難の業だったのだそうです。

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▲給水塔やアッシュピットなど蒸機時代の設備がそのまま残されていた妻沼駅の駐泊設備。1線の木造矩形庫は模型的にも魅力的なものであった。'77.7.27 妻沼 P:名取紀之
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群馬県太田町にあった中島飛行機太田製作所へ人員と資材を運ぶために軍部主導で速成されたのが東武鉄道熊谷線。熊谷~妻沼~西小泉~太田のルートは、利根川に橋脚を構築するまでで夢と潰えましたが、戦後もたびたび復活が取り沙汰されることになります。果たして利根川を渡れていたら...そんな「もし」も今回の「廃線物語」の余韻になったのではないでしょうか。

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N700系は"N700S"に進化。

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▲N700Aの形状から、性能を更に磨き上げるため、双対の翼を広げたような「デュアルスプリームウィング形」先頭形状となるN700Sのイメージ。なお、標識灯については今後の検討として描かれていない。 (提供:JR東海)
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JR東海はN700系以来のフルモデルチェンジとなる次期新幹線車輌に向けた確認試験車(16輌)の製作を決定し、その概要を発表しました。形式名は東海道・山陽新幹線車輌として定着した「N700」の名称に「S」を付けて「N700S」。「S」は、N700系シリーズ中、最高の新幹線車輌を意味する"Supreme スプリーム(最高の)"を表しています。

20160627171048-54afb663ea3d1fd074be761523fed98664bc75f7.jpg「N700S」の主な特長は以下のように発表されています。
【技術開発成果による新技術の採用】
①ATCとブレーキシステムを改良し、地震時のブレーキ距離を更に短縮する。
②小牧研究施設の走行試験装置を活用して実用化した「台車振動検知システム」の機能を更に向上する。
③駆動システムに、低損失かつ高温下での動作が可能な次世代半導体「SiC(炭化ケイ素)素子」を採用するとともに、JR東海が独自に進化させてきた走行風冷却の技術を組み合わせることで、駆動システムの大幅な小型・軽量化を実現する。
これらにより、より一層の安全性・安定性を向上しつつ、更なる省エネルギー化を図る。

▲「エアロダブルウィング形」先頭形状のN700A。 (提供:JR東海)
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【徹底した小型・軽量化による「標準車両」の実現】
・小型・軽量化を徹底し、これまで実現できなかった最適な車輌の床下機器配置を実現する。
・床下機器配置の最適化により、16輌編成の基本設計をそのまま用いて12輌、8輌などの様々な編成長の車輌を様々な線区に容易に適用させることが可能な「標準車両」を実現する。
・「標準車両」の実現により、一層高品質な車輌を、低コストかつタイムリーに、国内外問わず提供可能となる。

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▲様々な新幹線に適用可能な「標準車両」の実現。 (JR東海プレスリリースより)
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【更なる環境性能の向上】
・N700系の形状を踏襲しつつ、三次元形状を考慮したシミュレーション技術を活用して進化させた先頭形状(デュアル スプリーム ウィング形)の採用により、トンネル突入時の騒音を低減し、更に車体の平滑化や形状見直しにより走行抵抗の低減も図る。
・SiC素子駆動システムの採用、軽量化や走行抵抗の低減により、N700Aと比較して消費電力量を7%削減することを見込んでいる。

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▲小型・高性能「フルアクティブ制振制御装置」をグリーン車に搭載。 (JR東海プレスリリースより)
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◆その他の性能・機能の向上について
【更なる安全・安定輸送の実現】
①車輌に搭載している機器の状態監視機能を強化するとともに、車輌が記録したデータを地上へさらに大量に送信できるようにし、昨年車両所に設置した「車両データ分析センター」において、車輌の状態をさらに詳細に分析できるようにする。
また、検修省力化を図る仕組みを導入し、メンテナンス性を向上させつつ、更なる安全性の向上を実現する。
②車内での異常時には、車内防犯カメラのリアルタイム画像を新たに指令などで確認することで、セキュリティを向上させるとともに乗務員の対応を支援する。

20160627165545-151c06f46aa4b6e917b285ae642bb6a175563916.jpg【快適性・利便性の向上】
①より制振性能の高い「フルアクティブ制振制御装置」をグリーン車に搭載し、乗り心地を向上させる。
②グリーン車の全座席に設置していたモバイル用コンセントを普通車の全座席にも設置し、モバイル環境を更に充実させる。
③小型・大容量のリチウムイオンバッテリーを採用することで、これまで架線停電時に使用できなかったトイレが一部号車において使用可能となり、異常時の利便性が向上する。

▲モバイル用コンセント設置イメージ。 (提供:JR東海)
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この確認試験車では、次期営業車輌に反映する新技術の最終確認が行われます。また、その後は、東海道・山陽新幹線の更なるブラッシュアップを目指し、技術開発を推進する試験専用車として活用するとしています。完成時期は2018(平成30)年3月を予定。次期営業車輌(量産車)は、2020(平成32)年度を目途に投入する方向で検討が進められています。

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▲"門デフ"生誕の地・九州のなかでも最も輝きを放ったのが南九州だったのではなかろうか。桜島の噴煙をバックに鹿児島湾沿いを走るC57 175〔鹿〕。'72.8 日豊本線竜ヶ水 P:名取紀之
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今年も東京ビッグサイトの熱い夏がやってきます。第17回となった今年の国際鉄道模型コンベンションは8月19日(金)~8月21日(日)の3日間の開催(→こちら)。全国のアマチュア・モデラー、模型クラブ、模型メーカー等が魅力的なパフォーマンスを見せてくれます。そしてそのなかで昨年から始まったのがフォトコンテストです。昨年は「最後のブルートレイン~北斗星/トワイライト惜別の日~」をテーマに多くの作品が覇を競いましたが、今年のテーマはがらっと変わって「門デフの魔力」。時代を問わず蒸機ファンの胸をときめかせてきた「門デフ」のどんな作品が会場を飾るのでしょうか...。

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▲数ある"門デフ"装備機のなかでも不動の人気を誇るのがC55 57〔吉〕。その均整のとれた姿にどれほど多くのファンが引き付けられたことだろう。'72.8 日豊本線青井岳 P:名取紀之
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第17回 国際鉄道模型コンベンション フォトコンテスト
●テーマ:門デフの魔力
第17回 国際鉄道模型コンベンションでは、「門デフの魔力」をテーマに写真を募集致します。2008年にC57 180が小工式除煙板(通称:門デフ)に換装され大きな衝撃を与えてから8年...蒸機ファン垂涎の装備である「門デフ」はその後D51 498、C58 363、C11 190と伝播し大きな反響を呼んでいます。今年のコンテストでは近年の復活蒸機のみならず、現役時代の「門デフ」まで幅広く作品を募集致します。
●応募内容
・「門デフ」を装備した復活蒸機や現役時代まで幅広く募集します。
●応募期間
・2016年4月21日 (木) ~2016年7月20日(水)までの間。締切の当日消印まで有効。
・中学生以上より応募可能です。性別・国籍などは問いません。

20160623143140-c67c55852feed45d11a48ce97b9897b824f85454.jpg●応募規定
・1名2作品まで応募可能です。
※1作品ごとに作品名またはコメントを必ずつけてください。
・応募作品は応募者が著作権を有している未発表作品に限ります。
●応募形態
・プリント写真のみ
[プリント] カラープリント、またはモノクロプリント
[サイズ]" 六切"以上" A4 "サイズ まで
※スライドやデジタル作品の場合も必ずプリントして下さい。
※組写真は不可とします。
※額装、パネル・台紙貼り等が施された作品は不可とします。
※使用機材は問いません。携帯電話、スマートフォンで撮影したものでも可です。
※画像の合成および加工は不可とします。但し、明暗・彩度・コントラストの調整、トリミングは可とします。
(合成・加工とはデジタル、フィルムを問わず作品の表現上重要な要素となるような加筆や削除などの二次的画像加工処理を施したもの)

▲装飾除煙板が見られたのも"門デフ"ならではの特徴。写真は79668〔行〕の「波と千鳥」で、1954(昭和29)年の行橋機関区60周年を記念してC50 58〔行〕に装備されたもの。79668への付け替えは1970(昭和45)年のことだが、ご覧のように磨き出しはすっかり輝きを失ってしまっていた。'72.8 田川線油須原 P:名取紀之
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●応募方法
専用応募用紙に必要事項を明記いただき、写真作品裏面に貼付けて作品を下記送付先へ郵送してください。
※Models IMON 各店店頭でも受け付け致します。(持ち込みのみ)
※専用応募用紙を貼付する際、天地が分かるように貼付けて頂くようお願い致します。
(氏名、年齢、性別、TEL、メールアドレス、住所、作品名、撮影場所、撮影年月日、撮影機材、撮影対象、応募情報・個人情報取り扱いに対する同意)
次の内容は必要な場合、判明している範囲でお願い致します。
(撮影場所、撮影時の思い出・エピソードなどのコメント)
※応募作品の返却はいたしません(プリント写真・応募用紙などすべて)
※応募用紙は記入漏れのないようお願いいたします。
※記入漏れまたは不明点がある場合、メールまたは電話にてお問い合わせさせていただく場合がございます。(応募期間中に連絡が取れなかった場合無効となります)

●審査
審査委員長 宮澤 孝一(みやざわ こういち) 氏
審査委員 大石 和太郎(おおいし かずたろう) 氏
審査委員 名取 紀之(なとり のりゆき) 氏
●賞品
・大賞・・・賞金 10 万円 (1点)
・入賞・・・賞金1万円(10点)
●結果発表
・大賞・入賞は第17回国際鉄道模型コンベンション会場にて発表。
※入選者(大賞、入賞)には審査後入賞を直接お知らせ致します。
また、当HPにて入賞発表を行います。

・国際鉄道模型コンベンション ホームページにも掲載いたします。
・第17回国際鉄道模型コンベンション (東京ビックサイト東3ホール) 会場にて展示。
・「JAM2016 公式記録集(仮称)」(2016年度中発行予定)誌上に掲載予定。
●作品送付先、問い合わせ先
〒140-0011
東京都 品川区 東大井 5-15-3 井門大井町ビル 3F
株式会社 井門コーポレーション内 国際鉄道模型コンベンション実行委員会
「門デフの魔力」フォトコンテスト 係
TEL : 03-3450-3499(直通), 03-3450-1111
※詳しくはこちら

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▲'74.7.17 羽幌線豊岬-初山別 P:広田尚敬(『国鉄時代』vol.46「通り過ぎた夏」より)
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『国鉄時代』vol.46が好評です。特集は客車急行。全国を縦横に駆けめぐり旅の主役だった頃の急行列車をクローズアップ、「まりも」「みちのく」「十和田」「おいらせ」「阿蘇」「つくし」...美しい響きの列車名とともに名場面の幕が開きます。山下編集長よりその見どころをご案内いたしましょう。

20160623180526-e6ab83087e15ede99cb70f2e6e9cdd8b663b587e.jpg今の尺度で見ると、上野朝9時半に発って、鉄路延々、15時間後の23時半頃に青森に辿り着くような急行列車など、よくもまあ昔の人は乗っていたものだと思う若い方もいるでしょう。でも、この急行列車が長旅の基本でした。エアコンもなく、トイレの孔からは枕木が見え、窓を開ければ煤煙に悩まされ、ゴミ箱はなくゴミは座席の下、手動のドアが開いているとデッキから振り落とされそうになったりもします。これが標準。

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▲東京〜熊本間の急行32レ「阿蘇」は寝台車の連結はなく、すべて座席車で編成されていた。郵便車・荷物車を含め15輌編成で、特別2等スロ51、2等オロ40、食堂車スシ28、3等はスハ43系である。宮原区のC62 41に牽引され山科のカーブを曲がり終えてストレート区間を驀進する。'55.12.11 京都-山科 P:佐竹保雄(『国鉄時代』vol.46「懐想の急行列車」より)
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夜行は発車時のショックで停車駅事に起こされ、酒とスルメや氷下魚の匂いが充満している空間です。そんな大らかさを懐かしめる世代にぼくもなってしまったのだと、嬉しくもあり寂しくもあり、といったところでしょうか。ともあれ、今号は貴重な写真と回想で汽車旅の主役が生き生きと甦ります。

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▲東北方面の客車急行にスポットを当てた成田冬紀さんの「思い出の客車急行」。(『国鉄時代』vol.46より)
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巻頭は「夏号」に相応しく、さいはての風と香りを広田尚敬さんに運んで来ていただきました。冬、厳しい自然に晒される地だけに、北のキューロクたちは短い夏を謳歌してのんびりと走っていました。最初の見開き羽幌線豊岬~初山別の断崖を行くキューロクの遥か上に、儚いぐらい小さく鳥が飛んでいます。利尻富士を望む豊富の平原では西風に煙がなびいています。澄んだ空気の中で吸い込む煙の香りはまた格別。汽車のいた頃の北の果ての風景を肌で感じてください。

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▲乗務員の立場から瀬野八越えを回想する宇田賢吉さんの「瀬野八越えの運転席から」は、最重量列車「玄海」を牽引するC59のキャブ内が生き生きと甦る。(『国鉄時代』vol.46より)
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▲C60二次改造車(18〜)が登場する前、1955年頃は青森にはC51が17輌配置され普通列車を中心に活躍していたが、急行増結時には尻内〜青森間の補機運用もあった。樋口慶一さん、樋口晃さんの「急行『おいらせ』と青森の記憶」はそんなよき時代を綴ったもの。(『国鉄時代』vol.46より)
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一般記事ではD52物語、呉線 瀬戸の浜路のC62・C59、豊の国紀行 久大本線のD60など。特別付録DVDは呉線のC62・C59、D51北から南まで、EF56荷41列車の3本立て。たっぷりとお楽しみください。

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▲木場駅に到着する県庁前行きのモハ11+クハ31。モハ11はいわゆる日車標準車体に更新される以前はこのような細面な小型電車であった。'65.6.6 P:田尻弘行 (RMライブラリー『新潟交通電車線(上巻)』より)
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20160621165326-04ea3781869dad1f04ad915bda4d0aa012e3a412.jpg今月のRMライブラリーは寺田裕一さんによる『新潟交通電車線』の上巻をお届けします。新潟交通の電車線というと、つい先日まで狭い白山浦通をかぼちゃのような色の電車が走っていたように思いますが、最後まで残った東関屋~月潟間の廃止が1999(平成11)年ですからもう17年の歳月が経過しています。さらに月潟~燕間の廃止は1993(平成5)年、白山前~東関屋間の廃止は1992(平成4)年ですので、あの白山浦通から電車の姿が消えてからもう四半世紀近くの月日が流れたことになります。

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▲全線開業時のダイヤグラムと1936(昭和11)年に完成した県庁前駅舎。道路中央に建つこの駅舎2階には新潟電鉄の本社が置かれた。 (RMライブラリー『新潟交通電車線(上巻)』より)
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そもそも新潟交通電車線のルーツである中ノ口電気鉄道は、その名の通り信濃川の分流である中ノ口川の水運に代わる交通手段として計画されたものでした。社名を新潟電鉄に改めて開業したのは1933(昭和8)年で、最初に東関屋~白根間が開業、続いて県庁前~東関屋間、最後に白根~燕間の順で開業しました。ちなみに、当初の計画では、起点を越後線白山駅前におくことで計画されていました。当時、越後線は新潟駅には乗り入れておらず、現在の白山駅とは白山浦通を挟んだ北側に位置していた旧・白山駅を新潟のターミナルとしていました。この白山駅前と新潟駅前との間の軌道特許は、電力会社である新潟水電が取得し、その後身である新潟電気、新潟電力に引き継がれており、中ノ口電気鉄道は新潟電力からこれを譲り受け、中心街の古町を経て萬代橋を渡って新潟駅前までの軌道線での乗り入れを計画しました。

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▲戦後1952年4月改正のダイヤグラムと、1956年に竣功したモハ16(二代)。戦後は国鉄や他社からの車輌譲受により増加する乗客に対応した。 (RMライブラリー『新潟交通電車線(上巻)』より)
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しかし、新潟駅前への乗り入れは、まだ都市計画が未決定であったという理由から、とりあえず1932(昭和7)年に移転したばかりの県庁の前まで暫定的に開業し、その後、新潟駅前への延伸を図ることになりました。この「仮」の起点が、結局59年にわたってターミナルとなる県庁前(白山前)駅です。新潟駅前への延伸計画は戦後も模索が続き、一時は電気動力ではなく新潟地区で産出される天然ガスを動力とすることも計画されましたが、結局1958(昭和33)年に特許失効となり、軌道が敷設されること見込んで掛けられたという萬代橋を、実際に電車が渡ることはありませんでした。

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▲1980年代は、乗客が減少傾向であったとはいえ、依然として通勤・通学輸送に欠かせぬ存在であり、新駅開業などの積極策も講じられていた。 (RMライブラリー『新潟交通電車線(上巻)』より)
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本書は上下巻の2巻に分けて、この新潟交通電車線の歴史、施設、車輌などを解説します。上巻では、その計画から全廃までを、ダイヤの変遷を交えつつ解説します。また、下巻では駅・施設、車輌を紹介する予定です。新潟交通電車線は同時代体験された方も多いかと思います。ぜひ本書であの時代を振り返ってみてください。

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▲改修前は元町方面にのびていた2番線は現在三宮折り返し運転の列車が使用する。天井の梁は開業当時のもの。'16.6.11 P:宮武浩二
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大規模改修工事のなかで1933(昭和8)年当時の天井の梁が出現したことを受けて、阪神電鉄も建設当時の姿を生かす形で駅構内の改修をすることに計画を変更、2014(平成26)年に昭和初期の雰囲気を生かしたモダンな駅が完成しました。

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▲今から4年ほど前の状況。まだ化粧直しは行われていない。'12.3.4 P:宮武浩二
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▲長らく隠されていた梁が姿を現したが、創建当時の人びとはそこに止まっている電車は近鉄電車とは想像できなかったことだろう(左)。改修工事の途上で露出した天井の梁(右)。P:宮武浩二
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▲壁面にはカラータイルの模様があり、その中央部にカタカナで「コウベ」の駅名表記が発見された。この時点では文字部分にマスキングが施されている。'12.3.4 P:宮武浩二
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▲1番線の西口改札に続く通路には阪神電車のメモリアルコーナーが設置されていて三宮駅の歴史を知ることができる。'16.6.11 P:宮武浩二
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▲阪神電車メモリアルコーナーには1933年当時のタイル、駅名標に使用されていたカラータイル、開業当時の写真パネルが4枚、三宮駅のあゆみが記された年表が設置されている(左)。三宮駅の歴史を記した年表も必見(右)。'16.6.11 P:宮武浩二
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▲カタカナ表記の「コウベ}の駅名標の両側にあったモザイクタイルも保存されている(左)。ホームから地下一階改札に通じる階段エスカレーターの天井には美しく整備された照明が取り付けられている(右)。'16.6.11 P:宮武浩二
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▲ホームにある柱も美しく化粧直しが行われている。'16.6.11 P:宮武浩二
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これを記念して地下二階の1番ホームの西側通路横にメモリアルコーナーを設置して、1933(昭和8)年当時の写真パネルやモザイクタイルを展示しています。一方で駅ビルについても駅出入口として原型をとどめている階段室をリニューアルしました。また、現在では見ることのできない一階部分の出札口については建設当時の図面で偲ぶことができます。ビルは外観こそ近代的に改装されておりますが、先年改修で美しい姿を取り戻した南海電鉄難波駅や東武鉄道浅草駅のように古い姿が戻ればと願っております。

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▲神戸市瀧道(現在の三宮駅前)に1933(昭和8)年に建設された三宮阪神ビル。瀧道から神戸税関まで直線でまっすぐ伸びる道路を走るのは神戸市電気局の400形単車。市電乗り場には先進的に地下への入り口が設置されている。この三宮阪神ビルは外観こそ姿を変えているものの、現在も駅機能を有したままそごう神戸店として盛業中。絵葉書所蔵:宮武浩二
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三ノ宮駅東口駅前に建つ「そごう神戸店」。正面に掲げられた阪神電車三宮駅の巨大な案内表示から知れるように、地下一階は三宮駅として機能していますが、この建物、実は今から83年も前、1933(昭和8)年に建てられたもので、随所に昭和初期の駅の面影が残されています。今回も宮武浩二さんのレポートをお届けしましょう。

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▲現在の三宮阪神ビル。滝道の地名は三宮という駅名が有名となり、今では地元でも聞かれなくなった。P:宮武浩二
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三宮阪神ビルは1933(昭和8)年に開通した元町から三宮(瀧道)間の地下線開通時に建設されたビルで、地下二階地上七階、延床面積3500坪という三宮界隈でも初めての大型ビルでした。

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▲建設時の姿を留める駅出入口。前掲の戦前の絵葉書で見る左から三つ目のアーチの場所にあたる。当初は鉄製の扉が取り付けられていたが現在は百貨店店舗の拡張で駅構内の踊場へ抜ける通路は閉鎖され、地下に降りる階段の入り口として残されている。P:宮武浩二
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▲改修前の階段室はレトロな照明が残されていた(左)。画面右にステンドグラスが見える。今回の改修で天井照明が設置されたステンドグラス(右)。P:宮武浩二
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一階部分は出札口と駅長室があり、ターミナルとしての機能も備わっていました。その後、そごう神戸店の増床のため地下一階に駅機能を移し現在に至りますが、2007(平成19)年に始まった三宮駅大規模改修工事が開始されると、地下二階部分のホームから1933(昭和8)年当時の天井の梁が出現、地元新聞などでも大きなニュースとなりました。

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▲美しく整備された階段室。梁や壁面の意匠に昭和初期の面影が色濃く残る。P:宮武浩二
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▲建設当時の一階部分の平面図 階段室の付近は広い踊り場であったことがわかる。現在は階段室を除き百貨店の売り場に改装されている。所蔵:宮武浩二
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▲地下に降りる通路は大理石と共に昭和初期のデザインが残されている(左)。地下一階から地上に続く階段は建設当時のまま(右)。P:宮武浩二
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▲四季島スイート(メゾネットタイプ)の2階部分の原寸大模型。畳敷きになっており掘りごたつタイプのテーブルとイスが備わる。'16.6.16 P:RM(大池真一)
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昨日、総合車両製作所で、来年5月にデビューを予定しているJR東日本のクルーズトレイン「TRAIN SUITE四季島」(トランスイート しきしま)の客室原寸大模型が報道公開されました。

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▲四季島スイート(メゾネットタイプ)2階居間部。内装材には木材や和紙、漆、箔、鋳造の金具などが用いられている。'16.6.16 P:RM(大池真一)
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▲四季島スイート(メゾネットタイプ)の2階部分。提供:JR東日本
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今回公開されたのはフラッグシップたる「四季島スイート」(メゾネットタイプ)と「デラックススイート」(フラットタイプ)の2種類。それぞれ檜風呂付きのバスルームを備え、高級旅館の特別室を思わせます。

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▲四季島スイート(メゾネットタイプ)の浴室は木製(檜)の湯船と洋式トイレ、洗面台を備える。デラックススイート(フラットタイプ)にも同じものが備わる。'16.6.16 P:RM(大池真一)
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▲檜風呂(左)とデラックススイート(フラットタイプ)の居室。提供:JR東日本
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▲デラックススイート(フラットタイプ)の居間。ソファを引き出すことによりベッドが2つ並ぶ仕掛けとなっている。床面が下げられているため天地が広くとられている。'16.6.16 P:RM(大池真一)
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▲四季島スイート(メゾネットタイプ)の1階部分は寝室となっておりベッドが2つ並ぶ。'16.6.16 P:RM(大池真一)
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今回の客室原寸大模型報道公開に合せて、これまで発表されていた完成予想図等もさらに詳細にアップデートされましたので、その一部をご覧いただきましょう。

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▲ダイニングカーの室内イメージ。提供:JR東日本
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▲展望車室内のイメージ。提供:JR東日本
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▲「TRAIN SUITE四季島」のロゴ。提供:JR東日本
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▲エクステリアデザインのイメージ。提供:JR東日本
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▲編成概要。提供:JR東日本
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▲室内見付。提供:JR東日本
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▲計画されている3泊4日コースと1泊2日コースの行程。(「TRAIN SUITE四季島」パンフレットより)
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「TRAIN SUITE四季島」の運転開始は来年5月1日。3泊4日コース(四季島スイートで1人94~95万円)、1泊2日コース(同じく1人45万円)ともにすでに予約を開始しており、多数の応募が寄せられているとのことです。

取材協力:株式会社総合車両製作所
資料提供:東日本旅客鉄道株式会社

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▲丸瀬布いこいの森はまさに新緑眩い季節。本日の主役・鶴居村営軌道のDLがイベントの開始を待つ。'16.5.28 P:笹 正之
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いささか旧聞となってしまいましたが、去る5月28(土)に開催された釧路市立博物館企画展「釧路・根室の簡易軌道」のプレイベント「鶴居村営軌道DLを学ぶ会」の様子を、釧路臨港鉄道の会の笹 正之さんからお送りいただきました。

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▲会場となった農村集落多目的共同利用施設(左)。「鶴居村営軌道DLを学ぶ会会場」の看板が見える。右は講演に熱心に聞き入る参加者の皆さん。これは遠軽町役場の只野さんによる保存鉄道の解説。'16.5.28 P:笹 正之
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▲現車を囲んでのレクチャーが始まった。小さなDLを取り囲んで、大勢の参加者が解説に聞き入る。'16.5.28 P:笹 正之
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この「鶴居村営軌道DLを学ぶ会」は10月29日(土)から開催予定の釧路市立博物館創立80周年企画展「釧路・根室の簡易軌道」にちなみ、唯一簡易軌道の機関車が動態で活用されている遠軽町丸瀬布森林公園いこいの森で、現車を実見しながら講演に耳を傾けようというもので、全国各地から50名近い参加者が丸瀬布の地に集いました。

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▲鶴居村営軌道でこの機関車を実際に運転していたという小野正彦さん(右)も駆け付けてくださった。リアルなオーラルヒストリーに聞き入る講師役の九州大学清水一史教授(左)。'16.5.28 P:笹 正之
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20160616102111-c2157eca22776a1ef0fb167dba3eecbafd023182.jpgオープニングは農村集落多目的共同利用施設を使っての講演会で、この日のためにわざわざ日本列島を縦断してきてくださった九州大学の清水一史教授による講演「鶴居村営軌道の運輸鉱業製ディーゼル機関車(DL) -唯一の簡易軌道の動態保存機-」、鶴居村で実際に運転士をされていた小野正彦さんによる講演、そして地元、遠軽町丸瀬布支所の只野博之さんによる保存鉄道に関する講演が行われました。

▲普段は見ることのできないエンジンルームも公開された。まるで新車のように整備が行き届いているのがわかる。'16.5.28 P:笹 正之
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続いて場所を車庫に移し、いよいよ主役の運輸工業製DLとの対面です。実は小野さんにとってはこの機関車と対面するのは鶴居村営軌道が廃止となって以来。つまりは39年ぶりとなり、文字通り感激の対面となりました。

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▲岩崎レール製客車のミキストを牽いて快調に走る雨宮21号。この日ばかりは脇役に徹していた。'16.5.28 P:笹 正之
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盛況に終わったこのプレ企画を端緒に、釧路市立博物館ではいよいよ"本展"に向けての準備が始まっているようです。10月からの企画展、そして関連イベントの数々が今から楽しみです。

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▲もと鶴居村営軌道のDLに牽かれていこいの森を巡る特別列車。'16.5.28 P:笹 正之
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小樽築港時代のB20 1。

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▲C62 2号機と並んだB20 1。戦時下の車輌統制会の系列設計機というと立山重工業製がまず思い浮かぶが、B20の場合、1~5号機は試作的に郡山工場が製造している。ちなみにC62 2が小樽築港にやってきたのは1957(昭和32)年。B20 1は1949(昭和24)年より小樽築港に在籍しており、なりは小さいが大先輩に当たる。'70.11.26 小樽築港機関区 P:向山賢一郎
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一昨日の「朝日駅跡のB20」をご覧になられた向山賢一郎さんから小樽築港機関区時代のB20 1号機の写真をお送りいただきましたのでお目にかけましょう。

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▲その非公式側。区名札差しには「築」の文字が見える。なお、本機はなぜかサイドタンク部と後部のナンバープレートが付けられていなかった。'70.11.26 小樽築港機関区 P:向山賢一郎
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20160615113628-f223108b11a9a5ea55f0859728253a21d762a713.jpg「小樽築港に同居していながら、意外とかの有名人(?)と一緒に写っている写真を見かけませんがどうしてなのでしょうか」と向山さん。たしかにC62 2号機とのツーショットはあまり見かけません。浅原信彦さんの連載・ガイドブック最盛期の国鉄車輌「蒸気機関車編」の初回(№380)のタイトル見開きでは、小雪舞う構内で両機が並んだ姿が披露されていますが、これは遠路訪問してきたファンのためのサービスだったとのことです。


▲ナンバープレートはC62と同じ200㎜幅のAD66398図面によるものが取り付けられている。ただし、煙室戸に対して大きすぎるため、取り付けボルトがBの文字と0と1の間2箇所のみとなっており、前者は文字にボルトが掛かってしまっている。'70.11.26 小樽築港機関区 P:向山賢一郎
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向山さんがこのツーショットを撮影されたのは1970(昭和45)年11月。折しも糸崎から苗穂工場にC62 15号機が送り込まれ、改造待ちをしている時だったそうです。ちなみに肝心のB20 1号機は1967(昭和42)年10月に廃車されていますので、この時点ではすでに車籍はなく、保存前提の保留状態だったことになります。

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▲B20 1のチャームポイントでもあったドームのベル。下部に「昭和参拾参年四月」の刻印がある。また、上部には小さなハト(?)が飛んでいるのがわかる。'70.11.26 小樽築港機関区 P:向山賢一郎
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今回お送りいただいた写真を拝見すると、これまで気付かなかったいくつかの発見があります。ドームに取り付けられたベル(?)状のレリーフもそのひとつです。真鍮の切り抜きと思われるこの装飾、下部に昭和33年4月の刻印があり、しかも上部には小さなハト(?)が飛んでいます。恐らく何らかのエポックに取り付けられたものなのでしょうが、その真相は今となっては知る由もありません。

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▲ふたたびC62 2と並んだB20 1。15輌の仲間のうち現存するのは本機と梅小路の10号機の2輌のみ。'70.11.26 小樽築港機関区 P:向山賢一郎
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▲「中之島駅ホーム酒場」のホーム(イメージ)。提供:京阪電気鉄道
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これまでにも「京阪ミュージアムトレイン」の展示などさまざまなイベントに活用されてきた中之島駅に、来週6月22日(水)から4日間限定でその名も「中之島駅ホーム酒場」が出現します。

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▲なんとこちらは「ちゃぶ台席」(イメージ)。提供:京阪電気鉄道
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これは通常は営業運転に使用されている2200系(2262-2216の7連)を3番ホームに停め置き、電車内に「立ち飲み席」「テーブル席」「ちゃぶ台席」「囲炉裏席」「野点席」などさまざまな空間を演出、ホーム上のテーブル席と合わせて一帯を文字通り"酒場"にしてしまおうというこれまでにないイベントです。

20160613154352-da4c0b14bb44cb3b92a3e03efca9244a1e1a0c27.jpg期間は6月22日(水)から6月25日(土)の4日間(17:00〜21:30/入場は21:00まで。25日は14:00〜)。この4日間は1・2番ホームから直接3番ホームに入ることはできず、いったん改札を出てから入場料1,000円を支払って特設入口から入場することになります。この1,000円は100円券×10枚綴りの飲食チケットとなっており、結局は"元が取れる"という京阪さんの粋なサービスです。

▲意表を突いた「野点席」(イメージ)。提供:京阪電気鉄道
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▲こちらは「立ち飲み席」(イメージ)。提供:京阪電気鉄道
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▲そしてこちらが「囲炉裏端席」(イメージ)。提供:京阪電気鉄道
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出店店舗はサントリー・ザ・モルツや、京都伏見の中畝酒店が厳選した日本酒、さらには京阪電車大津線の「おでんde電車」で大人気の名物おでん、新梅田食道街大阪屋の名物「どてミックス」など合計10店舗。停まったままとはいえ、2200系の演出する異空間はすでに前評判も上々とのことです。

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▲「中之島ホーム酒場オリジナルラベル」。右が片野正巳さんのイラストが描かれた限定ラベル、その名も「特急酒」。提供:京阪電気鉄道
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注目なのが会場で販売されるキンシ正宗特別純米酒「中之島ホーム酒場オリジナルラベル」です。純米酒大賞2014・2015特別純米酒部門金賞に輝いた銘酒で、この4号瓶(1,800円)が、月刊島民の表紙デザインなどでおなじみの奈路道程さんがこの中之島駅ホーム酒場のために描きおろしたオリジナルラベルとなります。そしてさらに注目は、6本のうち1本がお馴染みの片野正巳さんが『京阪電車 車両の100年』で描かれた歴代の京阪特急の前面が勢揃いしたその名も「特急酒」ラベルとなっていることです。残念ながらラベルデザインは選べないそうですが、6本セットには必ず片野さんの「特急酒」ラベルが入っているそうです。
4日間限定の「中之島駅ホーム酒場」、お仲間と鉄道談義に花を咲かせるのも一興ではないでしょうか。

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朝日駅跡のB20。

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▲旧朝日駅は「万字線鉄道公園」として見事に整備されている。廃止から31年、経年とともに荒廃してゆく例が多いなかで、行き届いた手入れは特筆される。'16.5.27
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国鉄末期、第一次特定地方交通線に指定された多くのローカル線が廃止されましたが、室蘭本線志文駅と万字炭山駅間23.8㎞を結んでいた万字線も、やはりこの第一次特定地方交通線に指定され、1985(昭和60)年3月31日限りでその70年余の歴史に幕を閉じました。

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▲1919(大正8)年建造の朝日駅駅本屋もそのまま保存されている。階段を上り正面入口へと入るスタイルは道内各地で見られたもの。なお、駅舎内は公開されていない。'16.5.27
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▲改札からホームへはさらに6段の階段を上る(左)。駅名標(右)は後年書き換えられたもので、その書体は...。'16.5.27
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この万字線、残念ながら私は乗車したことのない路線のひとつでした。というのも、他線と比べて無煙化が早く、ジャンクションである志文はたびたび通っていながら、ついに乗り換える機会がありませんでした。

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▲岩見沢市による万字線鉄道公園の解説掲示。周辺には遊具や池も備えられている。踏切警報機は朝日町炭山通り踏切で使われていたものという。'16.5.27
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ひと世代前の方であれば、美流渡駅から分岐していた北星炭礦美流渡礦の2700形や8100形を訪ねてお出でになられることも多かったはずで、広田尚敬さんや臼井茂信さんがこの地で名作を残しておられます。

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▲岩見沢方の車止め前にはなぜか9600の第3動輪が保存されている。'16.5.27
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そんな万字線の志文から2駅目、朝日駅に「万字線鉄道公園」があります。旧朝日駅駅舎とホームを利用して、万字線の歴史を後世に伝えようと岩見沢市が整備したもので、興味深いのはなぜかここにB20 1号機が保存されていることです。

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▲最近再塗装されて美しく甦ったB20 1。長らく小樽築港機関区のアイドル的存在として構内入換えに活躍してきた機関車で、ドームのベルを模ったプレートは残念ながら塗装によって再現されている。'16.5.27
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20160604235609-f61cbb37d7b1fcb9a74d77aba9c3296e9ff7781f.jpgB20 1号機は戦後一貫して小樽築港機関区に所属し、C62の巨体の間を縫うように扇形庫の入換えに従事してきました。鹿児島のB20 10号機とともに北と南に1輌ずつ残された最後の現役B20形でしたが、1967(昭和42)年10月に廃車、1971(昭和46)年に岩見沢市が借り受けて市内の東山総合公園に保存展示しました。その後、1999(平成11)年になってここ万字線鉄道公園に移設されたのだそうですが、万字線と縁のない同機がこの地に移ってきた真相は不明です。

▲ボイラに残る苗穂工場(NH)の検査証。「昭和27年3月」の打刻が見える。'16.5.27
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▲キャブ内もほぼ欠品なく残されている。加減弁ハンドルはテコ式で、加減弁引棒がボイラ内部を通るタイプ。'16.5.27
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▲爽やかな初夏の陽射しを浴びてホームに佇むB20 1。ほかの遺構がほとんど姿を消したなかで、万字線を後世に伝える貴重な空間となっている。'16.5.27
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意外と知られていないこの万字線鉄道公園、この日は平日ということもあってか、滞在中にひと気はまったくなく、その見事な整備状況からして何とももったいなく思えました。場所的には三笠鉄道村から車で30分弱、この夏、渡道される計画をお持ちの方はプランに入れてみられてはいかがでしょうか。

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▲暮れなずむ熊谷線をキハ2000形の2連が駆け抜けてゆく。1983(昭和58)年まで妻沼の地に東武最後の気動車列車が残されていた。'77.7.27 妻沼-大幡 P:名取紀之
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再来週の土曜日(6月25日)、川口市にあるSKIPシティで、「彩の国ビジュアルプラザ映像公開ライブラリー 廃線物語 さいたまの鉄道」(埼玉県主催/鉄道博物館後援→こちら)が開催されます。埼玉県は「彩の国デジタルアーカイブ」として映画、TV番組、文化財写真、記録写真などの貴重資料をデジタル技術を用いて劣化することなく保存しており、日本でも屈指のデジタルアーカイブとなっています。今回はその中から2005年に制作された「追想 さいたまの鉄道 ~その姿を訪ねて~」(45分)の上映と、それに続くトークショーが計画されております。

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▲妻沼方からの写真は良く見るが、こちらは延伸するはずだった対岸・群馬県側の東武仙石河岸貨物線の突端、大塩組仙石工場から妻沼方を見たところ。利根川を渡る橋脚がずらりと並んでいるのがわかる(赤▼)。なお、この橋脚群はこの写真を撮影してから2年後の1979(昭和54)に撤去されてしまった。'77.7.19 P:名取紀之
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「追想 さいたまの鉄道 ~その姿を訪ねて~」は埼玉県が企画、(株)デジタルSKIPステーションが制作したもので、埼玉県内の消えた鉄道、日本煉瓦製造専用線、本庄電気軌道、上武鉄道、東武鉄道熊谷線(妻沼線)、武州鉄道の5路線をフィーチャーしたものです。

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▲日本煉瓦製造上敷免工場の巨大なキルン。東京駅駅舎をはじめ、首都圏の歴史的建造物の多くはこの上敷免工場が生産し、深谷への専用線で運ばれた煉瓦で形作られていった。'77.7.27 P:名取紀之
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上映後のトークショーでは、鉄道博物館副館長の荒木文宏さん、元国鉄運転士で鉄道映画制作でも知られる大石和太郎さん、そして私が、5路線をはじめとする埼玉県内の消えた鉄道をさまざまな視点から語り合います。

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▲丹荘駅で組成を終えて発車を待つ上武鉄道DB102。左はDD51 813〔高一〕牽引の八高線下り貨物列車。'81.1.6 丹荘 P:名取紀之
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彩の国ビジュアルプラザ映像公開ライブラリー 廃線物語 さいたまの鉄道  主催:埼玉県、後援:鉄道博物館
6月25日(土)14:00~16:30
・彩の国ビジュアルプラザ4階映像ホール(300人定員)入場無料
・スケジュール
 13:30     開場
 14:00~14:45 上映「追想 さいたまの鉄道 ~その姿を訪ねて~」
 14:45~14:55 休憩
 14:55~16:30 トークショー
ゲスト:荒木文宏氏(鉄道博物館副館長)
大石和太郎氏(元国鉄運転士、東海道新幹線上り一番列車運転士)
名取紀之氏((株)ネコ・パブリッシング編集局長、日本鉄道保存協会顧問)

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▲「廃線物語 さいたまの鉄道」のフライヤー。
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■お申し込み・お問い合わせは下記まで
株式会社デジタルSKIPステーション。 定員300名(先着順)
TEL:048-260-7777 FAX:048-265-2628
メールでのお申し込み
http://www.eizou.pref.saitama.lg.jp/library/OnCpf20 →こちら
メールでのお申し込みがエラーになってしまった場合は、
お手数ですがお電話でお申し込みください。

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▲「彩の国ビジュアルプラザ」があるSKIPシティ。川口駅東口、西川口駅東口、鳩ヶ谷駅西口からバスの便がある(→こちら
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▲我々の乗車した4人乗り17号車。ピンリンク式(?)カプラーが見える。'16.4.21 P:村樫四郎
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桶里までは、かつてのインクライン跡に新設されたケーブルカーで結び、桶里からチュチュステーションまでは「レールバイク」と名付けられたレール自転車(4人乗り70台、2人乗り30台)で自ら戻るアトラクションとなっています。実に30‰の勾配をブレーキをかけながら7.7Kmダウンヒルするわけで、これはなかなかの体験です。

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▲桶里駅(廃駅)で客待ちするレールバイク。画面右が4人乗り、左が2人乗りで、4人乗りレールバイクは35000ウォン。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲サイドにあるのがブレーキレバー。シートベルトは必須(左)。これが頼りの手動ブレーキのブレーキディスク。4人乗りには3組、2人乗りには2組装備されている。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲いよいよ桶里駅構内を出発。ホームを外れても平坦部が少しあり、漕がないと進まない。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲右から側線が合流するといよいよ連続下り勾配の始まり。ブレーキテストの看板が見える。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲小トンネルに続く小トンネル、ブレーキで抑速しつつ下る。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲一部のトンネル内では奇抜なアート(?)や照明が見られる。'16.4.21 P:政野俊介
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▲ケーブルカーの下をくぐる最後の左回りオメガカーブトンネル。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲レールバイクは左に入り終点。本線正面には回送用の機関車が待機している。'16.4.21 P:村樫四郎
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このレールバイクは勾配を一方的に下るため漕ぐ必要がなく、それが「売り」なのですが、チュチュステーションに下って来た大量のレールバイクはどうやって桶里に戻すのだろうと疑問でした。ところが現地に行ってみてびっくり、終業時刻になるとチュチュステーションにたまったバイクを纏めて専用ディーゼル機関車が牽引して桶里へ戻していたのです。桶里駅には側線・機回線が残っているからできることですが、専用機を持っているとは驚きです。

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▲レールバイク回送のためだけに使用されている機関車。'16.4.21 桶里 P:村樫四郎
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▲ケーブルカーと当日桶里から下って来て留置されたレールバイク群。ケーブルカーも標準軌であることが判る。手前には小さなターンテーブルが設置されている。'16.4.21 P:荻原俊夫

チュチュトレインは現役の道渓駅に作られたいわば0番線ホームで乗降します。道渓駅を出ると嶺東線(ヨンドンセン)に合流し数百メートル本線上を走り本線ループトンネルの手前で旧線に分岐しますが、この現役本線上を遊覧列車が走るというのもびっくりでした。

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▲道渓駅全景。ホームに停車しているのは清涼里行き上り列車。チュチュトレインの発着は左端の0番線(?)ホーム。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲道渓駅駅舎(左)と、チュチュパーク内に展示してあるナロー用蒸気機関車(右)。ただ、どう見ても中国のC2形である。'16.4.21 P:荻原俊夫

列車はダミー蒸気機関車のテンダーに隠されたディーゼル機関が動力車。遊覧客車は台車から旧型客車の改造と判りました。というわけで車輌は本格的な物ですが、毎日定期的に本線上を走る、先のレールバイク回送用ディーゼル機関車といいKorailも相当力を入れていることが判ります。うらやましい限りですが、こんなに投資してペイしているかどうか、貧乏性なものですからついつい余計な心配をしてしまうのでした。

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▲これがチュチュトレイン! 一見蒸気機関車風のこの機関車の正体は...? '16.4.21 P:荻原俊夫

この雄大なオメガループとスイッチバックに魅せられて何回か足を運びましたが、その際にも新線開通後は廃線跡を利用してレジャー施設が建設されると耳にしておりました。そしてその噂が現実のものとなったのが2014年で、(株)ハイウォンチュチュパク(High 1 ChooChoo Park)によりたいへん大掛かりな鉄道遊覧施設がオープンしました。

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▲桶里方からチュチュパークを俯瞰する。旧線はこの高低差を大ループで下る。手前に見えるのはインクライン跡に新設されたケーブルカー。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲現地の案内図に地名を挿入してみた。トンニが桶里、シンボリが深浦里、ナハンジョンが羅漢亭、フンジョンが興田、トゲが道渓。
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本部を日本時代の深浦里ヤード跡地に設け、宿泊施設・車庫・遊戯施設を併設。深浦里は「チュチュステーション」と称し、ここから道渓まで9.2Km区間に、機関車を入れ4輌編成の遊覧列車「チュチュトレイン」(166席)が走り始めました。

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▲道渓駅に到着するチュチュトレイン。発煙装置のようなものが備えられているようで、一応煙も出る。'16.4.21 P:政野俊介
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▲そのサイドビュー。ほとんど台枠がなくスケルトン状態なのは驚き。メインロッドはない。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲既存の旧型客車を改造したと思われるチュチュトレイン用客車。最後部展望デッキ部に推進運転用の運転台が備えられているのがわかる。'16.4.21 P:荻原俊夫

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▲チュチュトレインの客車内(左)。標準軌だけにゆったりしている。'16.4.21 P:荻原俊夫/えらく窮屈な推進運転用運転室(右)。'16.4.21 P:政野俊介
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▲本線から非電化の旧線が分岐する。チュチュトレインはここまで本線を堂々と走ってきて、旧線へと入る。'16.4.21 P:村樫四郎
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▲羅漢亭駅構内(左)と駅舎(右)。チュチュトレインはここ羅漢亭でスイッチバックする。'16.4.21 P:荻原俊夫

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▲嶺東線の道渓駅。観光列車の折り返し駅とあって綺麗に整備されている。'16.4.21 P:荻原俊夫

20160607185055-fc6819030a6c4377ea2dd5217c40dfd7a8ff7619.jpgこの区間に限ったことではありませんが、かつて列車で通った時は客車最後部の閉鎖された通路ドア窓はパンタグラフから飛散した金属粉で汚れて視界が効かず、客席窓からサイドを眺めることしかできませんでした。今回、遊覧列車の機関車は道渓側に連結されていますので、スイッチバック区間は推進で登ることになります。つまり最後部に乗ればガラス無しの前面展望を楽しみことができるわけです。もちろんレールバイクの場合は前面丸見えで、初めてこの区間をレールを見ながら走破したのは感激でした。余談ですが、実際に走ってみて「写真撮影のロケハンは進行方向も見ておかないとダメだったのだなぁ」と痛感した次第です。

▲チュチュステーション周辺の概念図。レールバイクは桶里方面から30‰の下り勾配を一気に深浦里へと下る。作図:村樫四郎
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▲ありし日の興田駅スイッチバック。下り客車列車が進入してくる。'11.5 P:村樫四郎
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隣国でありながら、台湾などと比べて趣味的な鉄道情報に乏しい韓国ですが、この4月に村樫四郎さんがお仲間の政野俊介さん、荻原俊夫さんと現地の遊覧鉄道を訪ねられ、その様子をお寄せくださいました。

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▲今から4年前、新線開業直前の深浦里ヤード跡をゆく貨物列車(上)。下は現在の同地点で、巨大なチュチュパークができている。'12.4/'16.4 P:村樫四郎
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日本では横川や保津峡をはじめ、各地で廃線跡を活用した本格的な鉄道施設が開業しておりますが、韓国でも初の、それも本格的な施設が2014年に開業しました。

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▲1939(昭和14)年発行の観光地図より。墨湖から道渓までが予定線として記載されている(駅名加筆)。所蔵:村樫四郎
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その昔、朝鮮半島の東側は南北に縦断する太白山脈で隔てられ、京釜線の走る西側に比べ鉄道が発達していませんでした。1939(昭和14)年発行の観光地図にも、日本海に面する墨湖(ムッコ)から道渓(トゲ)までが予定線として載っているだけです。道渓には炭砿があり、当時の情勢からそこで産する石炭を積み出す路線として開通が急がれていました。

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▲KORIA Railway Map(South & North)に見る道渓スイッチバック。所蔵:名取紀之
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20160607111609-1d786a839ecee8f41f2b439542fa405c6f6f57f8.jpgこの区間は1941(昭和16)年に完成しましたが、この奥、太白(テベク)近辺にも炭砿があり、道渓から先、鉄岩(チョラム)まで区間が延長され、1944(昭和19)年に一応開通しています。一応と言うのは、時は日本の敗色濃厚で資材調達も労力調達もままならない状況だったでしょうから、大築堤や橋梁の建設が不要な経路、すなわち道渓から渓流沿いに羅漢亭(ナハンジョン)まで進み、そこでスイッチバックし興田(フンジョン)で正位に戻り、オメガループのトンネル等を経て深浦里(シンポリ)まで通常の鉄道で進み、そこから峠上の桶里(トンニ)まで一気にインクラインで登り、そこから先はまた通常の鉄道で鉄岩に至るというとんでもないルート選択となったのです。開通が終戦前年の1944(昭和19)年ということからも、いかに突貫工事であったことを想像できる区間です。インクラインも前後区間は単線であるのにも関わらず複線標準軌というところからもこの線の重要度が判りましょう。

▲戦後の道渓スイッチバック概念図。インクラインはすでにない。作図:村樫四郎
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▲ありし日の深浦里・桶里間インクライン(左)。手前に貨車が見える。(ループトンネル新線のリーフレットより)。右は同じく深浦里・桶里間インクラインだが、客車らしきものが写っている。朝鮮戦争後、深浦里・桶里間の鉄道開通までの間に客車運行(勿論本線と通し運転ではなく)が行われていたのかも知れない(チュチュパークHPより)。提供:村樫四郎
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▲新線開業直前の道渓・羅漢亭間。画面上に下り列車、下に上り列車が見え、両列車は羅漢亭スイッチバックで交換する。'11.11 P:村樫四郎
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やっと建設した複線インクラインでも輸送のネックであることは明白で、朝鮮戦争後、深浦里・桶里間はオメガカーブと急勾配線で結ばれ、後年更に電化されました。しかし東海岸と太白山脈西側を結ぶ産業路線としての重要度は一層増し、2012年にこれら羅漢亭・興田・深浦里・桶里をバイパスする長大ループトンネル線に付け替えられ、スイッチバックは解消されました。

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▲新線の位置関係。巨大なループ線はすべてトンネルの中である。道渓駅待合室の案内看板より。P:村樫四郎
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▲モ261を先頭にした新260系3連が四日市あすなろう鉄道八王子線を行く。ブルーとアイボリーの塗装も新鮮。'16.6.3 西日野-日永
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先週末は所要で大阪へ。せっかくだからと早朝に東京を出立し、わずかな時間ながら、四日市あすなろう鉄道に"新車"新260系を見に行ってまいりました。

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▲高架下にひっそりと佇むあすなろう四日市駅。この風情は近鉄本線が高架化されて以来変わっていない。'16.6.3 あすなろう四日市
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20160605233416-463789885fdd7e7260fc1e4d70af60f513043766.jpg今年の鉄道友の会ローレル賞を受賞(アーカイブ「2016年ブルーリボン賞は阪神5700系」参照→こちら)した新260系は昭和50年代、近鉄時代に製造された先頭車(モ261・ク161)を徹底的にリニューアルし、既存の中間車サ123はまったく新しいサ181に置き換えることによって、3輌編成の近代的な車輌に生まれ変わらせたものです。今回のローレル賞も、762㎜軌間という制約の中で、車内環境の整備やメンテナンス性の向上など現代の車輌として要件を充分に備えている点が高く評価されての受賞です。

▲車内や駅の掲示板には、四日市あすなろう鉄道の一周年を祝うポスターが掲げられている。四日市あすなろう鉄道は「公有民営方式」で、車輌や施設は四日市市の所有。社名は「明日」と「ナロー」をかけた造語。'16.6.3
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▲八王子線の終点・西日野駅。かつてはここから1.5㎞先の伊勢八王子駅まで線路があり、それが路線名の由来ともなっていたが、1974(昭和49)年に水害で休止となり、結局復活することはなかった。'16.6.3 西日野
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新260系はこの日は八王子線運用に就いており、あすなろう四日市駅と西日野駅との間3㎞あまりを30分間隔で往復していました。車内幅1920㎜と狭小なだけに、通路を挟んで一人掛けシートが並ぶ光景は相変わらず独特(アーカイブ「近鉄内部・八王子線を訪ねる」参照→こちら)のものがありますが、既存車輌と比べると明るい車内とハイバックの座り心地の良いシートが新時代の到来を感じさせてくれます。

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▲モ261の車内。ブルーのシートは優先席。クーラーは車内の一隅に置かれている。'16.6.3
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▲ク161の運転台(左)。情報端末も備えられているのがわかる。右はシートに備えられたハート型の手すり。'16.6.3
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▲もちろん在来の260系も主力として活躍中。三岐鉄道に譲渡された北勢線とともに、かつて「特殊狭軌線」と称された近鉄ナローは全線が近鉄の手を離れたことになる。'16.6.3 日永-赤堀
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存廃に揺れながらも、四日市あすなろう鉄道が発足してから一年。残念ながら極めて短時間の訪問のため、内部線側には足を向けることができませんでしたが、いつか機会を見てゆっくりと新生内部線も訪問してみたいものです。

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▲八王子線のジャンクション日永駅に進入する新260系西日野行き(右)と、その到着を待って発車する内部線あすなろう四日市行き(左)。2フィート6インチの2路線が離合する光景はもちろん全国唯一。'16.6.3 日永
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▲「2016年 日本写真協会賞」表彰式で功労賞の受賞理由が読み上げられる中、スクリーンにはあの『SL夢幻』の1カット(本誌369号「広田尚敬の視線」で再録)が投影された。'16.6.1 笹川記念会館
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6月1日は65回目を迎えた「写真の日」。毎年この日には日本写真協会による協会賞表彰式が開催されており、今年はなんと広田尚敬さんが功労賞を受賞されました。東京・三田の笹川記念会館鳳凰の間で催されたレセプションには、日本の写真界を代表する方々が集われ、一種独特のオーラが立ち込めていました。

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▲檀上に並んだ「2016年 日本写真協会賞」受賞者の皆さん。後列左から作家賞の畠山直哉さん、同じく山岸 伸さん、新人賞の新井 卓さん、同じく初沢亜利さん、学芸賞の小原真史さん。前列左から国際賞の「崔仁辰と『韓国写真史1631-1945』翻訳チームのお二人、功労賞の桑原史成さん、おなじく㈱写真弘社・柳澤卓司社長、そしてわれらが広田さん。'16.6.1 笹川記念会館
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20160602141251-bbbc3d757e35d675705b0f8d0340bad9c1303391.jpg功労賞の受賞理由を選考委員で広田さんと同じ年の写真家・齋藤康一さんは「学生時代の名作「川越線の旅」を見ると電車や駅は無論だが、その周辺を歩き回っているルポルタージュ。彼の原点は列車であるが、あくまで人との繫がりがあっての鉄道といった表現が多い。約50年前に発表した「蒸気機関車たち」は評判となり、その後も彼独自の表現も含めた鉄道写真の先駆けとしてこの世界を牽引する一人となり、日本鉄道写真作家協会の初代会長を務めるなど、この世界に大いに貢献している(後略)」と記しておられます。

▲万雷の拍手の中、功労賞を受賞される広田さん。'16.6.1 笹川記念会館
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いち早くデジタルに転換した広田さんは、近年は4K動画に"はまって"おられ、次々と新作を発表されています。一方、『国鉄時代』では無煙化直前の懐かしい広田写真を惜しみなくご披露下さっており、齢80とは思えない八面六臂の活躍をされております。
権威ある日本写真協会賞の受賞は、広田さんの栄誉であることはもちろん、日本の鉄道写真が写真界から認められた証左でもあり、記念碑的一日であったともいえましょう。

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▲東京写真月間2016『「人と鉄路」心をつなぐみち』写真展出品者の皆さん。左から米屋こうじさん、村上悠太さん、宇井眞紀子さん、矢野直美さん。'16.6.1 笹川記念会館
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さて、この「写真の日」に合せて開催されている「東京写真月間」も今年で21年目を迎えました。期間中に数々の写真展が開催されますが、今年はその基幹となる「国内展」のテーマが『「人と鉄路」-心をつなぐみち』とされ、4人の写真家が都内4か所の会場で、それぞれオリジナリティーに溢れた鉄道写真展を開催中です。ぜひ各写真展を"つなぐ"散策に出てみられては如何でしょうか。

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▲東京写真月間2016『「人と鉄路」心をつなぐみち』写真展はすでに開催中。矢野直美さんの「人あかりの路」は6月1日が最終日であったが、ほか3展は今からでも観覧可能。
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※明日は不在のため休載させていただきます。

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▲すっかりリニューアルされた山門駅ホーム。以前は軌道左側に集電用架線が設置されていたが今回の更新で撤去された。'16.5.21 P:宮武浩二
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昨日もご紹介したように、この鞍馬山鋼索鉄道はわが国の鉄道事業者の中で唯一「宗教法人」によって運営されています。しかも驚くべきことに"事業者"である鞍馬寺では、本来の参拝は歩いてするものなので、出来れば歩いてほしいと説いているそうです。ケーブルカーは年配の方や体の不自由な方のための、いわばエレベーター代わりの位置づけなのかも知れません。

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▲集電用架線が撤去されたことで保守用の階段が整備されて以前よりすっきりとした。はるか先には重錘車が降下しているのがわかる。'16.5.21 P:宮武浩二
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▲新型車輌「牛若號Ⅳ」。今回から乗降口は外吊引き扉となった。正面の上窓は通風口。なお、鞍馬山鋼索鉄道は車輌と重錘車との釣瓶方式なので、車輌はこの1輌のみ。'16.5.21 多宝塔駅 P:宮武浩二
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▲多宝塔駅の操作盤(左)と降車口。以前あった木製のラッチは撤去され、乗車口と降車口が完全に分けられた。写真右は降車口。'16.5.21 P:宮武浩二
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そしてさらに驚くのはこの鞍馬山鋼索鉄道には「運賃」の設定がないことです。宗教法人鞍馬山が"事業者"である以上、営利目的ではないということなのでしょうか...運賃の代わりに「御寄進」として200円(小学生100円)を収めると片道乗車することができます。鞍馬山内の諸堂や施設の維持のための寄進だそうで、乗車料金ではないところが特筆されます。

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▲新しく導入された券売機(?)2台。これは山門駅のもので、多宝塔駅の券売機は1台のみ。「領収書」ボタンもある。'16.5.21 山門駅 P:宮武浩二
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▲「ケーブルご乗車にあたって」と題された注意書き。200円(小学生100)円は乗車料金ではなくあくまで「御寄進」。'16.5.21 P:宮武浩二
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▲御寄進票と記念札。乗車の際には寄進票(画面左)は回収され、かわりに記念札散華(画面右)が配られていた。'16.5.21 P:宮武浩二
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この「御寄進」、改修前は古色蒼然とした"出札窓口"で支払っていた、いや託していたのですが、今回の改修で何と自動券売機(!)が導入されました。しかも以前は100円だった「御寄進」は200円となっています。窓口で手渡ししていた時代が懐かしく感じますが、そのかわりに今度は「御寄進票」と引き換えに「記念札散華」がいただけるようになりました。

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▲多宝塔駅からはわずかながらケーブルカーの全景をとらえることができる。'16.5.21 P:宮武浩二
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営業距離わずか0.2㎞、日本で唯一宗教法人が運営する「鉄道」、しかも運賃が存在しない不思議な鉄道に、ぜひお出でになってみてください。もちろん、鞍馬寺の参拝もお忘れなく...。

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