鉄道ホビダス

2016年3月アーカイブ

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▲クモハ225-5101を先頭とした225系2次車。新製時より編成間転落防止ホロを装備する。'16.3.14 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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JR西日本は、阪和線用に新型車輌225系2次車を投入しました。これは、「JR西日本グループ中期経営計画2017」における事業戦略のひとつとして掲げられていたものです。

20160331135355-bbcdac69e7190300b61f5e701f47e55ec274fce7.jpg今回落成した225系2次車は、天王寺方からクモハ225-5101+モハ224-5101+モハ225-5101+クモハ224-5101とクモハ225-5102+モハ224-5102+モハ225-5102+クモハ224-5102の4輌編成2本で、従来の5000番代に対して「100」が付加された5100番代となっています。

→クモハ225-5101の前面。先頭形状は227系と同様のデザインとなり、種別・行先表示器ともフルカラーLED化された。'16.3.14 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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外観は、先頭形状が227系と同様のデザインとなり、前面には新製時より編成間転落防止ホロを装備しています。また、これまでは前面・側面とも種別表示器は幕式、行先表示器は3色LED式でしたが、今回の2次車では種別表示器と行先表示器がフルカラーLED式となり、側面の表示器は一体化したものとなっています。

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▲クモハ224-5102の後位側から見た客室内。「関空快速」としても使用されることから、5000番代と同様に腰掛は2列+1列配置としている。'16.3.14 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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客室内は、5000番代と同様に2列+1列の転換クロスシート(車端部は2列+2列)ですが、客室照明をLED化するとともに、JR西日本の通勤車輌としては初めて車内Wi-Fiを導入しています。また、海沿いの区間も走る予定であることから、各車とも中ドア付近の腰掛背面に1ヵ所、津波などに対する避難用品(避難用はしご、非常灯)を収納するスペースを設けています。さらに、車内の貫通扉の取っ手にアシストレバーを設けて、女性でも容易に貫通扉を開閉できるようにしています。

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▲モハ225-5102の中ドア付近から前位側を見る。右側腰掛の背面が避難用品の収納スペース。'16.3.14 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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一方、システム面では、車両異常挙動検知装置や誤扱い防止装置、戸挟み検知機能を搭載しているほか、信頼性向上のため機器の二重化を行っています。

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▲車体側面の種別・行先表示器もフルカラーLED式となり、一体化されている(左)。車内貫通扉の取っ手にはアシストレバーが設けられた(右)。アシストレバーを握ると上下の部分から突起物が出て貫通扉がわずかに開く。このため少しの力で貫通扉を開くことができる。'16.3.14 近畿車輛 P:RM(伊藤真悟)
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この225系2次車(5100番代)は、2017(平成29)年度までに6輌編成11本、4輌編成14本の計122輌が吹田総合車両所日根野支所に投入され、阪和線をはじめ、関西空港線や大阪環状線で「関空快速」や「紀州路快速」などに使用される予定となっています。

取材協力:西日本旅客鉄道株式会社、近畿車輛株式会社

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▲集まった方々に見送られながら5434Dが新十津川駅を出発する。'16.3.25 P:渡辺康正
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19:22、新十津川駅の夜景にそれぞれに名残を惜しんだ26分間が過ぎ、地元のみなさんに送られて最後の5434Dが出発しました。出発時の乗客は11人でしたが、記念に乗車した地元の方々が浦臼までに下車すると、車内はファン3人のみとなってしまいました。その後、乗降が若干あったものの、結局3人の乗客を乗せて5434Dは石狩当別に戻って来ました。石狩当別駅では「新十津川からの最終列車をご利用くださり有難うございました...」とのアナウンスがありましたが、最後の新十津川発5434Dを意識したものだったのでしょうか。

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▲浦臼出発後の5434D、乗客はファン3名のみ。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲石狩月形で5435D浦臼行きと交換。'16.3.25 P:渡辺康正
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20160329145231-9c0b618cff7a4135eb3333526fb68fb4d1d4d2ff.jpg3月26日から浦臼-新十津川間は午前中の5425D・5426Dの一往復のみとなりました。かつて、旅客列車が一日一往復の路線としては国鉄清水港線が有名でしたが、それでも朝方の下りと夕方の上りの貨客混合列車各一本の間に何往復かの貨物列車が設定されたダイヤでした。しかし、札沼線は12分の停車時間で折り返す一往復だけです。何のため、といぶかる向きもありますが、以前、車内で耳にした地元の方のお話では、浦臼-新十津川-滝川間には路線バス(平日5往復・休日4往復)もあるものの、休日などは浦臼着発7時台の次が13時台なので、一往復でもその間の札沼線は貴重な足とのことでした。もっとも、私自身も改正前の新十津川行きの昼の5427D・5428Dを撮ってから13時22分浦臼発のバスで滝川に抜けたことが何度かありますが、こちらも乗客はほとんど乗っていませんでした。結局のところ、バスでも列車でも「住んでいる人はいるのだけれど、乗る人がほとんどいない。」といったところでしょうか。

▲到着した石狩当別で苗穂への回送の出発を待つキハ40 401。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲そしてダイヤ改正初日。始発列車で最終列車の5425Dを新十津川で出迎える人びと。'16.3.26 P:渡辺康正
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▲5425D、5426Dの1往復だけとなった新しい時刻表。'16.3.26 P:渡辺康正
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▲5426Dの乗務員と最初の乗客に花束が渡された。'16.3.26 P:渡辺康正
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▲1往復だけの南下徳富駅の時刻表(左)。右はフレームに入れられ25日夜に配られた「終着駅到達証明書」と、26日から配られた証明書と5434Dの整理券。石狩月形駅では乗車券や硬券入場券も発売しており、日付印字器も今なお現役。'16.3.26 P:渡辺康正
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そんな公共交通の悩み、その一方で「日本一早い終列車の停まる秘境駅」として新十津川駅を盛り上げ、鉄道を何とか残せないかという地域の思い、その両方を感じながら新十津川を往復しました。

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▲石狩当別駅で夕日に照らされる新十津川行き5433Dは25日でおしまい。'16.3.25 P:渡辺康正
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先日は「カシオペア」と「はまなす」の最終運行レポート(→こちら)をお送りくださった札幌の渡辺康正さんから、今度は3月26日のダイヤ改正で"究極の一日一往復"となってしまった札沼線新十津川方の、ダイ改前夜、そして改正当日のレポートを頂戴しました。

最近ご紹介した札沼線関連記事
アーカイブ「新十津川駅再訪」→こちら
アーカイブ「札沼線6月1日 第一次電化開業」→こちら

20160329141206-e63ff74b739aaf38ec7f51d94b0bf13792cf7de0.jpg2016年春のダイヤ改正を翌日に控えた3月25日、皆さんはそれぞれに最後を迎える列車や駅の名残を惜しみ、新たな列車や駅を想いながら過ごされたことと思います。最後の5433D・5434Dといってもピンと来ないと思いますが、今回の改正で短縮される札沼線浦臼-新十津川間の夕方の最終の一往復に、午後から休みをもらって乗ってきました。

▲石狩当別駅で出発を待つ5433D新十津川行き。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲5433D車内にて。運転時刻表には18:56新十津川着のダイヤが書き込まれている。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲新十津川到着直前の5433D車内。乗客は11名。'16.3.25 P:渡辺康正
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17時過ぎ、石狩当別駅では新十津川行きの最終5433Dが出発を待っています。夕日に照らされた新十津川行きも今夕限りです。17:27に出発した5433Dの乗客は11人。予想よりも大分空いています。途中、石狩月形での5432Dとの交換後スタフ閉塞区間に入った5433Dは新十津川を目指します。浦臼から先の鶴沼、於札内、南下徳富、下徳富の各駅に明かりが灯るのも今夜限りでしょう。

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▲石狩月形駅で5432D浦臼発石狩当別行きと交換。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲鶴沼(左上)、於札内(右上)、南下徳富(左下)、下徳富(右下)、浦臼~新十津川間の各駅が明かりで照らされるのも今夜限り。'16.3.25 P:渡辺康正
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途中で少しずつ乗降客があって、新十津川に到着した5433Dの乗客は11人。まだうず高い雪が残る新十津川駅にはこの倍以上の方々が列車の出迎え、見送りのために集まっていました。新十津川駅では観光協会からフレーム入りの3月25日版の「日本一かわいい終着駅到達証明書」も乗客にプレゼントされました。ヘルメットをかぶったJRの方は時刻表の掛け替えなどのために5434Dの発車を待っているのでしょうか。

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▲乗客より多い人々が出迎える新十津川に到着。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲新十津川駅では最後の5433Dに多くのカメラが向けられた。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲最後の5434Dを見送る方々が三々五々新十津川駅に集まる。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲間もなく交換される3往復の時刻表(左)。出発を待つ5434D(右)。'16.3.25 P:渡辺康正
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▲新十津川に停車する最終列車を見守る。'16.3.25 P:渡辺康正
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上総片貝駅のスタンプ。

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▲これが九十九里鉄道上総片貝駅のスタンプ。現代では考えられない重厚な作りで、試しに測ってみたところ214gもある。
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先日のRMライブラリー200巻記念トークショー・鼎談(ていだん)「1960年代・70年代の地方私鉄を語る」(→こちら)の際、ちょっとした"遊び"を仕掛けてみました。皆さんにお配りした冊子の見開きページに記念スタンプを押していただこうというのです。

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▲九十九里鉄道の掲示板に貼られる告知用紙に押されたスタンプ。日付は昭和36年7月30日で、軌道が最後を迎えたのは同年2月28日だから、バスになってからも使われていたということだろうか...。
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このスタンプ、実は九十九里鉄道の終点、上総片貝駅で実際に使われていたもので、直径43ミリほど。九十九里鉄道の文字は入っていないものの、上辺に上総片貝驛、下辺に九十九里濱の文字があり、中央に象嵌式の日付ゴム印が入っているというものです。

20160328163313-b0e55fe902e3a3556198e2d4941e0d9532252140.jpg絵柄は帆掛け船(?)が浮かび、カモメ(?)が群れ飛ぶ九十九里浜の情景と、名産の魚や貝をデザインしたもので、かつての駅掲示板に貼られていた用紙にもこのスタンプが押されていたのが確認されています。九十九里鉄道の軌道が消えてから55年、つまりこのスタンプはそれ以前から使われていたわけで、イベント参加者の皆さんにはまさに時空を超えて九十九里鉄道を体感していただこうという趣向でした。

▲日付は書泉グランデでのイベントに合わせて3月21日としてみた。象嵌式の日付ゴム印は専門家の小林隆則さんが誂えてくれた。
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▲イベントにご参加いただいた皆さんには記念の冊子をお配りし、その中の見開きページに直接ご自身の手でスタンプを押す体験をしていただいた。上総片貝駅最終日の心温まる情景は白土貞夫さん撮影によるもの。

ところが当日、予期せぬサプライズが起こりました。絵葉書の蒐集でも知られる講師役の白土貞夫さんが「このスタンプではないだろうか?」と古色蒼然とした絵葉書を差し出されたのです。「九十九里 作田川の雪」と題されたその絵葉書に押されているのは間違いなくあの駅スタンプではないですか。しかもその日付は「昭和10年8月7日」。当時と比べるとカモメやら魚やらの印影がすり減ってはいるものの、手もとのスタンプはなんと81年前にも現役だったのです。

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▲そして、白土貞夫さんがお持ちだった衝撃の絵葉書。まさにあの駅スタンプが昭和10年8月7日の日付とともに押されている。
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ところでこのスタンプが私の手元に来たのは昨年の正月のことでした。高校鉄研の後輩、千葉良樹君が新年会の際に、自分が持っていても役立てようがないから...と秘蔵のコレクションを託してくれたものです。実は彼はその時点ですでに不治の病にあり、今年の新年会を迎えることなく旅立ってしまいました。千葉君から託された齢80歳を超えるこのスタンプが、多くのファンの方々に押され、そして記憶に残ることになったのが、なんとも嬉しくてなりません。

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▲『アサヒカメラ』2月号(鉄道写真特集)の見開き扉にもなった雲海のなかの「カシオペア」。その奇跡的瞬間は会場でぜひ原画をご覧あれ。'16.3.24
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持田昭俊さんの写真展「星空列車 輝きの瞬間(とき)」が東京・銀座のキヤノンギャラリー銀座で開催中です(3月30日まで)。昨日はオープニングパーティーが開催され、たいへんな賑わいでした。

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▲長時間露光で捉えた豊原ー白坂間を行く「カシオペア」(右)。超高感度のデジタルが銀塩時代には実現できなかった夢をかなえてくれた。'16.3.24
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▲カシオペアスイートから青函トンネル最深部のネオン電飾をスローシャッター(1秒)で狙う(左)。一瞬の光を逃さない持田写真の真骨頂。'16.3.24
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持田さんとのお付き合いはかれこれ30年にもなります。まだアマチュアで進路に悩まれていた時期でもありました。そんな時代、大きな転換点となったのが1987年に開催された初めての個展「Train吹けば...」です。プロとして歩むことを決意した持田さんは、以後、本誌をはじめ幅ひろく作品を発表されてきました。「臨場感を伝えたい」を一貫したテーマに送り出される作品の数々は、光を巧みに操った持田ワールドとも言えるもので、多くのファンを生んできました。来年でプロ活動30年。最初の写真展が開かれた銀座のキヤノンでの回帰だけに、ご本人にとっても感慨深い今回の写真展に違いありません。

20160324233429-8a1a323f674691f4ffc85ed64ef6a554058da62f.jpgオープニングパーティーでは私がMCを務めさせていただきましたが、人懐っこい(失礼!)持田さんのお人柄を反映して、鉄道趣味界のみならず幅広いジャンルの方々が集まられました。写真界からも『アサヒカメラ』の佐々木広人編集長はじめ多くの来賓があり、30年になろうとする持田さんのプロとしても年輪を感じさせるパーティーともなりました。
▲今回の出展作品の中で一番のお気に入りという江差線釜谷ー渡島当別間を行く「カシオペア」の前に立つ持田さん。'16.3.24
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▲「カシオペア」の定期運行終了から一週間。ラストにはこれまで持田さんが撮り続けてこられた寝台特急の数々がコラージュとなって飾られている。'16.3.24
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明日(26日)には北海道新幹線が新函館北斗まで開業、日本列島は北海道から九州まで新幹線で結ばれます。新幹線も得意の被写体である持田さんとしては心中複雑でしょうが、本写真展は物心ついた頃からの憧れの対象であり続けた寝台特急への持田さんなりの渾身のレクイエムにほかなりません。今週末はぜひ会場にお運び下さい。

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▲持田昭俊写真展「星空列車 輝きの瞬間」は4月以降も福岡、梅田、札幌と全国を巡回する。
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▲書泉グランデ7階のイベントスペースは満員状態。窮屈な中で皆さん2時間余りの鼎談に熱心に聞き入っておられた。'16.3.21
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去る3月21日(月/祝)、東京・神保町の書泉グランデ7階特設会場においてRMライブラリー200巻記念トークショー・鼎談(ていだん)「1960年代・70年代の地方私鉄を語る」を開催いたしました。会場のキャパシティーの関係から事前予約制とさせていただきましたが、受付開始数日で満員御礼となる盛況ぶりで、編集部としても何ともありがたい限りでした。

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▲書泉グランデ7階特設会場では「RMライブラリーフェア」を開催。フロアがRMライブラリー一色に染まった。'16.3.18
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ご登壇いただいたのは第13巻の『東野鉄道』以来、共著も含めて7タイトル10巻をご執筆いただいている髙井薫平さん、同じく第37巻以来、5タイトル7巻をご執筆いただいている白土貞夫さんのお二人。ご高名なお二人に伍して鼎談というにはおこがましいのですが、MC役も兼ねた私も参加させていただきました。

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▲東横キハ1との出会いが鉄道趣味の出発点と語られる白土貞夫さん(左)。「常磐紀行」に触発されての常磐線沿線行脚を懐かしく語られる髙井薫平さん(右)。'16.3.21
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白土さん、髙井さんの出会いはなんと60年近くも前に遡るのだそうです。髙井さんが1958(昭和33)年に『鉄道模型趣味』(TMS)誌に「九十九里鉄道」を発表、それを見た白土さんが一度お会いしたいと手紙を出したのが発端だったのだそうです。ミーティング・ポイントは銚子電気鉄道。のちに白土さんがRMライブラリー『銚子電気鉄道』で島秀雄記念優秀著作賞を受賞されることを思うと、なにか不思議な縁さえ感じます。

いずれ劣らぬ幅広いフィールドをお持ちのお二方ですが、今回はこれまでにご執筆いただいた路線が集中している常磐沿線にフィーチャーしてトークを進めていただきました。白土さんからは鹿島参宮での東横キハ1との再会、髙井さんからは常磐炭田の三松炭礦での旧鉄聯タンク機との出会いなどが臨場感溢れる写真とともに語られました。

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▲トークには私も参加させていただいたが、お二人の深い知見には比肩できようはずもなく、ひたすらMC役に徹することに...。'16.3.21
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そしてお話は地方鉄道研究の手法にまでおよび、髙井さんは南薩鉄道や福島交通軌道線を例に、廃止後であろうとも現地調査の重要性を、白土さんはご専門の絵葉書から見えてくる公文書からは見えない事実を、具体例を示しながらご説明いただきました。対象路線が廃止されてしまってからだとどうしても文献調査に頼らざるをえず、今後はますますそういった傾向が強まると思われます。それだけに今回のお二人のお話は、今後の方向性を示唆する意味でもたいへん貴重なものとなりました。

2時間以上にわたるこの鼎談、当初予定していた3分の2程度しかご披露できませんでしたが、ご参加いただいた皆さんからは、またぜひこういった場を設定してほしいとの要望も頂戴しており、機会を見てまた計画してみたいと思います。

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▲雪晴れのS字カーブ。122.5㎞付近を行くD51 1072牽引の上り混合列車。この付近は1963年夏に土砂崩壊した。'65.2 根室本線新内-狩勝(信) P:臼井茂信 (『国鉄時代』vol.45より)
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『国鉄時代』vol.45が好評発売中です。特集は「北海道の峠」。例によって山下編集長より今号の見どころをかいつまんでお知らせいたしましょう。

20160323125902-e603b2979fd0d4177d61dd4a4d151f00921abeb8.jpg悲願の新幹線がいよいよ開業する北海道。この特集はその北海道に多くの蒸気機関車が生きていた時代の峠の魅力に迫ります。峠の筆頭は日本三大車窓のひとつ根室本線「狩勝峠」。新線が開通しこの峠から蒸機が消えて半世紀、厳寒の中、この峠に立った臼井茂信さん、広田尚敬さんの写真で日本随一の眺望の険しき鉄路を偲びます。広田さんの「春の午後 臼井茂信さんを偲んで」は、"文武両道"だった臼井さんの人柄が感じられる心温まる文です。

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▲山の木々に霧氷の花が咲く冷え込んだ朝、真っ白な煙とともに重連の貨物列車がやってきた。'68.2 石北本線生田原-常紋(信) P:堀越庸夫 (『国鉄時代』vol.45より)
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今なおDL撮影でファンが訪れる石北本線「常紋」も蒸機の汽笛とブラストが響き渡っていました。氷点下20度を下回る厳寒に耐えて撮影した堀越庸夫さんの雄渾な作品は、スイッチバックの信号場を頂点とした峠の印象が懐かしく甦ります。9600の補機は1972年にDL化されましたが、本務機は本線蒸機最後の年、1975年5月まで北見区のD51が担当していましたので、50代の方でも訪れたことがあることと思います。ここが蒸機による「峠越え」の我が国最後のものです。かく言う私も訪れた回数は延べ14回、山親父の出そうな山中で蒸機の奮闘ぶりを堪能しましたが、真っ黒になって懸命に後補機を務めるDE10 4の姿も忘れられません。

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▲函館本線渡島大野で上り急行「まりも」(右)の通過を待つ下り「まりも」(左)。上りはC62 27、下りはC62 2。C62同士の交換も渡島大野の見ものひとつだった。カメラの背後、下り「まりも」の編成後部では後補機D52が連結され満を持している。'65.9 P:原田伸一 (『国鉄時代』vol.45より)
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新幹線の開通で「新函館北斗」という駅名に変わる渡島大野から大沼にかけては、北海道の南端を扼す急勾配が立ちはだかっていました。この仁山越えと呼ばれる峠に活躍したC62、D52、D51、C55、C57の写真は比較的発表されておらず、今回大々的に展開する特集で、C55重連の急行「石狩」や渡島大野でのC62牽引急行「まりも」同士の交換など、秘蔵の写真の数々に撮影後約半世紀経ってなお新鮮なアングルに目を奪われるでしょう。撮影された原田伸一さんは当時函館在住で、早朝のC55重連の力闘を撮影せんものと片道20㎞、市内から自転車で挑んだとのことです。

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▲▲「北の大地の峠をめぐる」では、北海道各線の峠越えで原則として10‰を超える標準勾配区間が存在した場所をまとめ、おおむね昭和40年代の蒸機時代における牽引機と補機の有無、運転形態など、写真とともに解説。 (『国鉄時代』vol.45より)
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さらに、宗谷本線塩狩峠、函館本線倶知安峠・稲穂峠、名寄本線、天北線、千歳線、釧網本線、標津線、広尾線、瀬棚線などなど、北海道の主な峠越えを網羅し、貴重な写真とともに記憶の彼方の風景を今に甦らせます。
特別付録DVDは「筑豊の老兵」「西武E51形電気機関車」「米坂線の9600」の3本立て。春の一日、ぜひ『国鉄時代』でお楽しみください。

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▲最後の下り「カシオペア」(8009レ)が上野駅に入線。'16.3.19 上野 P:渡辺康正
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「北斗星」のラストランから7か月、北海道新幹線の開業を目前にして寝台特急「カシオペア」と急行「はまなす」がラストランを迎えました。札幌在住の渡辺康正さんから万感の思いを込めて惜別レポートを頂戴しました。

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▲苗穂を過ぎ、札幌に向け高架線への最後の上りにかかる「カシオペア」(8009レ)。'16.3.20 苗穂-札幌 P:渡辺康正
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20160322163037-1cd33a1935eb454ac4cfe0e056337df797a5b149.jpg3月20日(日)午前、時折小雪の舞う札幌に、前日16時20分過ぎに上野を出発した最後の下り「カシオペア」(8009レ)が約10分遅れで到着しました。これが夕方、最後の上り「カシオペア」(8010レ)として札幌を出発します。

▲最後の「上野行き」の電光掲示。隣には北海道新幹線の開業まであと6日の表示も...。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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15時32分過ぎ、「北斗星」の時と同じく1780M千歳行きの出発後に表示された「寝台特急カシオペア 上野行き」に注目が集まります。背後のスクリーンは北海道新幹線の開業カウントダウンが映し出され、時代の変換点をひしひしと感じます。

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▲にわかに降って来たなごり雪の中、上り「カシオペア」(8010レ)が入線。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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▲最後の「カシオペア」(8010レ)が札幌を出発する。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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16時03分、多くの人が待ち受け、にわかになごり雪が舞う中、最後の上り「カシオペア」(8010レ)がDD51 1143を先頭に4番線に入線してきました。それぞれに記念撮影をしたり名残を惜しんだりした9分間の短い停車時間の後、16時12分、「カシオペア」は出発してゆきました。これで、札幌開業後の北海道新幹線で上野止まりの列車でも設定されない限り、札幌駅での「上野行き」は見納めとなりました。ところで、JR北海道は「カシオペア」、「はまなす」のラストランでは特別なイベントは行わない旨アナウンスしていましたが、駅売店の記念グッズや期間限定の「はまなす」記念弁当が人気を集めていました。

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▲「カシオペア」、「はまなす」の乗車位置表示もいよいよ見納め(左)。札幌では12日から「はまなす」記念弁当も発売された(右)。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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▲特急、急行の運転系統図も26日から少し寂しくなる(左)。急行「はまなす」そして東室蘭行き臨時急行の電光掲示(右)。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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21時38分、今度は上り急行「はまなす」が4番線に入線してきました。今夜はDD51 1140を先頭にDD51の重連が14系寝台車+24系寝台車3輌と14系座席車8輌を牽引する長大編成です。14系寝台車の「はまなす」のエンブレムもいよいよ見納め。ファンが掲げたのでしょうか、6号車ドリームカーのラストランのプラカードが注目を集めます。

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▲多くの人に迎えられて最後の上り「はまなす」(202レ)が入線。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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▲「のびのびカーペット」車の独特のサイドビュー(左)。6号車ドリームカーには「はまなすラストラン」のメッセージが(右)。ファンが持ち込んだものだろうか? '16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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▲「のびのびカーペット」のマークも見納め(左)。最後の14系寝台車「はまなす」のエンブレム(右)。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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21時49分には「はまなす」を4分後に追いかける東室蘭行きの臨時急行が6番線に入線してきました。この臨時急行は、最後の「はまなす」が全席指定になったため、苫小牧から東室蘭までの最終列車としての「はまなす」を利用する乗客のための全席自由の救済列車です。ダイヤ改正後は「はまなす」後継として22時発の室蘭行き「すずらん12号」が運転される予定でもあり、電化区間なのでてっきり電車かと思っていたのですが、「ニセコエクスプレス」で運転されました。

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▲東室蘭行きの臨時急行には「ニセコエクスプレス」が充当された。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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▲急行「はまなす」が最後の一往復に出発する。'16.3.20 札幌 P:渡辺康正
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22時14分、遅れて到着した「スーパー宗谷4号」との接続を待って「はまなす」が最後の一往復に出発しました。この「はまなす」が22日の早朝に札幌に戻って来ると、JRの定期急行列車、そして、鉄道開業以来の定期客車列車の歴史がいよいよ幕を閉じることになります。

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▲そして今朝(3月22日)、昇りくる朝日の中を最後の下り201レ急行「はまなす」が札幌に到着。'16.3.22 札幌 P:渡辺康正
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▲昔ながらの方向幕「急行 はまなす 札幌」もついに見納め。'16.3.22 札幌 P:渡辺康正
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▲降車を終え、名残のテールサインに多くのファンがシャッターを切っていた。'16.3.22 札幌 P:渡辺康正
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▲そして、歓声の中を札幌運転所へと引き上げてゆく「はまなす」。'16.3.22 札幌 P:渡辺康正
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渡辺康正さん、ありがとうございました。上野と札幌をつなぐ寝台特急、そして定期の「急行」までもが北海道新幹線開業を前に歴史の彼方へと消えてゆきました。

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▲1列車"つばめ"の最後尾に連結され、東海道本線国府津付近を下るマイテ39 1。"青大将"の愛称で知られるこの淡緑色の塗色だが、運転期間はわずか4年間のみであった。P:河村かずふさ (RMライブラリー『日本の展望客車』(上)より)
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1999(平成11)年8月にスタートを切って以来足掛け17年、ついにRMライブラリーが200巻に到達しました。これも一重にご執筆いただいた著者の皆様、また写真・資料のご提供などご協力いただいた夥しい協力者の皆様、そして何よりも本シリーズを支えて下さった読者の皆様あってこそと、あらためて感謝申し上げます。

20160318194505-5d07ba931191912adf27b64144dab60ef57160f1.jpgさて、第200巻を迎えた記念すべきRMライブラリーは、第150巻に続き鉄道友の会客車気動車研究会の方々による『日本の展望客車(上)』をお届けします。
日本の展望客車の歴史は1912(明治45)年、新橋~下関間で運行が開始された特別急行1・2列車に連結されたステン9020形まで遡ります。山陽鉄道が国有化されてから6年後のことで、客室は1・2等のみで編成されたこの列車は、下関で関釜連絡船に接続し、朝鮮半島から大陸、そしてヨーロッパへの連絡ルートの一環をなすものでした。そしてこの日本の代表する列車は、後に「富士」と命名されることになります。

ちなみにこの1・2列車の所要時間は25時間超。山陽本線内は夜行列車で、夜行区間には展望車は不要ということから、1927(昭和2)年から1・2列車では新橋~神戸間のみの連結となり、その代わりに山陽本線内を昼に走る新橋~下関間の急行7・8列車の京都~下関間で連結されることになりました。
そして1930(昭和5)年には"超特急"と謳われた「燕」が東京~神戸間で運転開始され、翌年には展望車の連結が開始されます。
その後、東京~神戸間の「鷗」運転開始、関門トンネル完成による「富士」長崎延伸と7・8列車の展望車連結中止と続きますが、やがて太平洋戦争の激化に伴い、特急列車の運行は中止され、展望車の使用も中止されました。

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▲日本初の展望客車ステン9020形の車内。曲面ガラスが使用されていることにも注目されたい。 (RMライブラリー『日本の展望客車』(上)より)
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戦時中は一部3等車への改造も計画された展望車でしたが、終戦を迎えると展望車を取り巻く状況は一変。当時在籍していた特急用展望客車11輌のうち7輌が進駐軍の専用車として接収され、また1輌がGHQの要人専用車となりました。この状況のさかな、冷房化も進められますが、その一方で特急列車の復活も計画され、1949(昭和24)年には接収を免れて改装されたマイテ39形3輌を使用して東京~大阪間特急「へいわ」の運転が再開され、翌年には「つばめ」と改称、さらに接収を解除された展望車も加わって同区間での「はと」の運転も開始されました。そして1956(昭和31)年には東海道本線の全線電化が実現、展望車を含む「つばめ」「はと」用の客車・機関車は淡緑色に塗られました。これが展望車を連結する特急の最期の姿となったのです。

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▲戦後、進駐軍による接収を免れたマイテ38 2は、特急復活の一番手として復旧され、マイテ39 21に改番されて復活した。 (RMライブラリー『日本の展望客車』(上)より)
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本書の上巻ではステン9020形に始まる、特急用の展望客車各形式はもちろん、"或る列車"のブトク1や視察目的で展望室が取り付けられた一部の職用車も含め30タイプを解説するとともに、その定期運用の系譜や、軍用車時代、帯色の移り変わり、知られざる営業とサービス、そして独特の照明器具まで、多角的に昭和30年代までの日本の展望客車について解説するものです。なお、特別職用車については本シリーズ第95巻『特別職用車』で詳しく解説しておりますので、本書ではその概略を紹介するに留めております。

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▲"或る列車"の殿を務めた展望車ブトク1。 (RMライブラリー『日本の展望客車』(上)より)
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続く下巻では、1980年代以降の「サロンエクスプレス東京」に代表される展望室を持つ団体用客車や「ノスタルジックビュートレイン」などの観光用列車、さらに「トワイライトエクスプレス」などの豪華寝台車まで、JRの展望客車と、私鉄の展望客車について収録する予定です。

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▲書泉グランデでは現在「RMライブラリーフェア」を開催中。7階特設会場はご覧のようにRMライブラリー一色に! '16.3.18
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▲リニューアルのうえ新塗装となった9000系9703編成を横浜方から見る。リニューアルに際し、スカート形状が変更され、連結器カバーが未取り付けとなっている。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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相鉄グループは2017(平成29)年に創立100周年を迎えますが、ブランドイメージと認知度の向上を図るプロジェクトの一環として、9000系9703編成にリニューアルを実施しました。

20160317130450-d2f5b8f03d066f08633f97d40b06c456f29687a1.jpgエクステリアは、都心への乗り入れを意識して、横浜の海をイメージした新塗装の「YOKOHAMA NAVYBLUE」(ヨコハマ ネイビーブルー)とするとともに、前照灯を上部に移設し、前面・側面の種別・行先表示器をフルカラーLED化しています。

→横浜方先頭車クハ9700R形9703号の前面。もちろん、相模鉄道キャラクター「そうにゃん」の表示も可能となっている。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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▲ボックスシートを設置したモハ9100R形9109号の客室内。グレーを中心に構成され、袖仕切り板が新設されている。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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▲モハ9100R形9108・9109号に設置のボックスシート(写真は9109号)。腰掛の形状を変更し、表地を本革に貼り替えている。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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20160317130555-e5f898d70aecc9a238bd9fd28959ea2377b3805f.jpgインテリアは、キーカラーをグレーとして落ち着いた雰囲気の車内にするとともに、腰掛にバケットシートを導入し、袖仕切りの新設等を行っています。さらにボックスシートには大手私鉄の通勤型電車では初となる英国スコットランド製の本革を採用しています。このほか、昼と夜で色調が変化する調光機能付照明を搭載し、車内案内表示装置をLED式から液晶式に交換しています。

▲側扉上の車内案内表示装置は液晶式に変更され、2画面準備工事が施されている。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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▲クハ9700R形9703号の乗務員室背面。各車とも車端部の化粧板は黒を基調としている。なお、上部中央の銀色の箱は車内WiFi用機器箱(取材時は機器未設置)。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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▲海老名方先頭車クハ9500R形9503号の運転台(左)と非リニューアルのクハ9700形9706号の運転台(右)。2ハンドル式は変わらないが、リニューアルに際して防護無線スイッチなどがパネル内に移設されている。'16.3.9 厚木/かしわ台 P:RM(伊藤真悟)
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▲リニュアールに際して照明に調光機能を搭載しており、時間帯と季節により色調を変える予定。左が昼光色状態で右が電球色状態。なお、右写真の電球色は色温度3000Kであるが、2700Kまで下げることが可能である。'16.3.9 厚木 P:RM(伊藤真悟)
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▲かしわ台構内で並ぶ9000系。左から現行塗装(相鉄グループカラー)で幕車の9701編成(種別表示に「そうにゃん」が表示されているのに注意)、リニューアル新塗装(YOKOHAMA NAVYBLUE)の9703編成、現行塗装(相鉄グループカラー)の9706編成、旧塗装(赤帯)の9705編成。9000系リニューアル車の2本目は、一番右の9705編成を予定している。'16.3.9 かしわ台 P:RM(伊藤真悟)
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9000系リニューアル車は、既存車輌との変更点が多いことから形式変更を実施しており、横浜方からクハ9700R(Tc2)+モハ9100R(M1)+モハ9200R(M2)+サハ9600R(T2)+モハ9100R(Ms1)+モハ9200R(M2)+サハ9600R(T1)+モハ9100R(Ms1)+モハ9200R(M2)+クハ9500R(Tc1)と「R」が付加されており(車号は変更なし)、今回リニューアルされた9703編成は、4月上旬より営業運転を開始する予定となっています。また今後、9000系は7本中6本のリニューアルが計画されており、リニューアル2本目は9705編成に対して実施される予定です。

取材協力:相模鉄道株式会社

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▲京王電鉄初座席指定車輌として注目される5000系外観イメージ。提供:京王電鉄
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京王電鉄株式会社は本日、2018年春に有料の座席指定列車の運行を開始すると発表しました。注目の新型車輌は「5000系」。クロスシートからロングシートへ転換できる座席を採用し、座席指定列車の時はクロスシート、その他の時はロングシートにして運行されます。

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▲座席指定列車として運行する際のクロスシート時の車内イメージ。提供:京王電鉄
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座席指定列車は平日・土休日の夜間帰宅時間帯に、新宿発・京王八王子行き、新宿発・橋本行きで運行を予定しており、勤務先や外出先から帰る際、長距離区間利用者の着席ニーズに応える朗報となりましょう。

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▲座席指定列車として運行しない際のロングシート時の車内イメージ。提供:京王電鉄
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【座席指定列車サービスの概要(予定)】
(1)開始時期
  2018年春
(2)行先
  ①新宿発・京王八王子行き、②新宿発・橋本行き
(3)時間帯
  平日・土休日の夜間帰宅時間帯
(4)投資額
  約100億円
(5)料金
  未定
(6)愛称
  未定
【新型車輌の概要】
(1)車輌形式
  5000系
(2)導入輌数
  50輌(10輌固定×5編成)
(3)製作会社
  株式会社総合車両製作所
(4)車輌の特徴
①新たなサービスに合わせてデザインを一新
外観はシャープな正面形状を採用し、既存車輌との違いを明確にするとともに、正面のカラーリングに黒を用いることにより、スマートな列車を表現。
また、内装は沿線にある「高尾山」の木々の深いブラウンと、「繊維の街・八王子」の絹糸をモチーフに華やかな室内空間を表現し、上質さを演出。
②京王初、クロス/ロングシート転換座席の導入
座席指定列車として運行する時はクロスシート、その他の時はロングシートに転換できる座席を導入。
③車いすスペース・ベビーカースペースを各車輌に設置
車いすやベビーカー利用者にも安心・快適に利用できるよう、各車輌に車いすスペース・ベビーカースペースを設置。
④車内案内表示器の充実
クロス/ロングシートのどちらの状態でも画面が見やすいよう、ドア上に加えて天井部にも液晶画面を用いた車内案内表示器を設置。
⑤快適性向上の車内装備
乗客が快適な移動時間を過ごせるよう、空気清浄機や無料公衆無線LAN、電源コンセントなどの各種装備を搭載。
⑥さらなる省エネの推進
消費電力の削減を図るため、新型VVVFインバータ制御装置やLED照明、新技術の車上蓄電池システム(※)を導入。
※車上蓄電池システム
電車がブレーキをかけた際に発生する回生電力を車輌に搭載した蓄電池に充電し、電車が走行する際の電力として供給するシステム。導入により回生電力の利用効率を高め、電車の走行電力のさらなる削減を図るほか、停電時は自力走行にて橋梁などの場所から移動させることが可能。


資料提供:京王電鉄株式会社

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▲西武鉄道が新たに導入する新型特急車輌イメージ。 画像提供:西武鉄道
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西武鉄道株式会社が昨日、新型特急車構想を発表しました。これは、2012年度より実施してきた西武鉄道100年アニバーサリーの集大成である観光電車「52席の至福」、新型通勤車輌40000系とともに、次の100年に向けたこれからの西武鉄道のフラッグシップトレインとなるもので、2018~2019年度に56輌が導入される計画です。ちなみに特急車輌の新造は、現在運行している10000系車輌"ニューレッドアロー"の登場から25年ぶりとなります。

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▲西武鉄道の歴代特急車輌。左から初代5000系、現在の10000系。 画像提供:西武鉄道
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新型特急車輌は、これまでにない新しい発想の特急車輌をつくるために、世界で活躍する建築家・妹島和世さんにデザインコンセプトの策定、外観・内観のデザインを依頼しています。妹島さんが鉄道車輌のでデザインを担当されるのは初めて。車輌デザインは、通勤・通学や観光利用などさまざまな場面で活躍できる特急車輌を目指し、乗車することはもちろん、風景に溶け込んでゆく車輌の姿を見るだけでも楽しくなるような新型特急車輌を実現するとしています。

西武鉄道新型特急車輌概要
(1)導入輌数
 56輌(8輌×7編成)
(2)運行開始
 2018年度(予定)※具体的な運行開始日は決まり次第発表予定。
(3)製作会社
 株式会社日立製作所
●デザインコンセプト
(1)都市や自然の中でやわらかく風景に溶け込む特急
 従来のようなデザイン(シャープさや格好良さ)より、やさしさややわらかさを表現。風景と共にあるような特急を目指す。
(2)みんながくつろげるリビングのような特急
 いろいろな人が一緒にいながら思い思いに自由な時間を過ごせる空間を表現。新しいパブリックスペースの提供を目指す。
(3)新しい価値を創造し、ただの移動手段ではなく、目的地となる特急
 特急で過ごすことが目的となるような空間・雰囲気・たたずまいのデザインを目指している。
●デザイナ―
 妹島和世氏
新型特急車輌のデザインコンセプト策定、外観、内装デザインを担当する。主な建築作品として、金沢21世紀美術館(石川県金沢市)やルーヴル=ランス(フランス、ルーヴル美術館・ランス分館)などを手掛けている建築家。

資料提供:西武鉄道株式会社

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▲テストショットを組み上げた試作組立見本。流麗な先頭部の再現にあたっては、3D-CAD図上での検討をしつこいほど行なった。
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「鉄道ホビダスショップ」のアカウント名でのFacebookでもたびたびご紹介しておりますので、すでにご承知の方も多いかと思いますが、間もなく鉄道ホビダスのオリジナル、名鉄7000系(1/80スケール)が発売となります(詳しくは→こちら)。日本の電車史に残る名車中の名車ですが、その前頭部形状は実に微妙で、シンパシーを感じる方が多い分、その模型再現にもシビアな目が向けられるはずです。正直ひやひやしながら試作の行方を見守っていたのですが、ご覧のように納得の仕上がりとなりました。今回は昼夜兼行でこのプロジェクトに取り組んでいる開発担当者から、鉄道ホビダス7000系の見どころをご紹介いたしましょう。

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▲先頭下部は連結器の違い2種を好みで選べるよう、別パーツとなっている。写真左が6連用、右が4連用(名鉄式自動解結装置付き)。
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まずは、今回「編集長敬白」の場をお借りして、改めて鉄道ホビダスの模型商品事業の意義と目的をお伝えしたいと思います。本来メディア企業である弊社ですので、様々なメーカーや流通系企業とお近づきになる機会があります。一方では普段の雑誌作りを通じて、ファンの方が潜在的に何を求めているのか...そんなセンスも自ずと養われるものです。そこから...「○○社と××社の技術を組み合わせると、模型マーケットに新風を吹き込んで、ユーザーにも刺激的な商品を送り出せるのではないか...?」という考えが出てきました。一言でいうと、「現在のマーケットにはまだない商品」「他のメーカーがやりそうもない商品」であるからこそ、弊社が取り組む価値がある企画だと考えているのです。

20160309193346-8bcafe4c0aac72a6398d12142ede935c6e8b5abd.jpg1:80のプラキットシリーズはその中でも大規模なプロジェクトで、これまでにキハ40、京王5000系、マニ50の3種を送り出し、今回の名鉄7000系で4種目となります。プラモデルの世界で一流の金型メーカーである秋東精工という会社が、金型製作だけでなく外形設計から担当しているプロジェクトです。鉄道模型の設計にはまだ経験が浅く、まずは実車取材の場で担当が逐一「ここのこの形が重要なんです!」「この曲面をよく見ておいて、CADに反映してください!」というようなサジェスチョンをしております。担当はCADを使えるわけではありませんが、自分自身長年模型製作と収集をつづけており、「良い模型・そうでもない模型」を見分ける目はそれなりに身に着いているつもりです。

▲名鉄舞木検査場で保存されている実車を取材させていただいたことで、正確なモデリングが実現した。
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▲主要パーツの構成。ボディ関係パーツは赤色成型となるので、無塗装でも最低限のイメージは再現可能。なお、写真で白く見える屋根・床板パーツは実際の製品ではグレー成型となる。
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そしてこのキットの商品価値を高めているのが、専用の動力・ライト関係のオプションパーツ。これらを設計・製作している相模ピーシーアイという会社は、本業はプリント基板関係の専門メーカーで、その技術力とアイデアは模型業界の範疇に収まるものではありません。室内灯とヘッド・テールライトのLED基板を柔らかい1枚のフレキシブル基板にまとめるというアイデアは、まさに既成概念に囚われない、他業種メーカーだからこそ実現した技術だと思います。

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▲オプションのT車ユニットとライトユニットを組み込むと、リアルな夜景走行が楽しめる。チップLEDの特性をフルに活用し、ヘッドライトだけで4灯、テールライトで2灯、ヘッドマーク、室内灯(5~6灯)と、多数の光源が設置されている。
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その他にも、塗料メーカー、ステッカー/インレタメーカー、パッケージメーカーおよび印刷所、設計に協力いただいたモデラーさん、許諾や取材でお世話になる鉄道会社など、弊社がこれまでに培ったコネクションをフル活用したのが鉄道ホビダスのキットです。16番ユーザーだけでなく、出戻りモデラーの方、Nゲージからのスイッチを検討している方、普段模型はやってないけど、パノラマカーなら話は別...という方。広い層に喜んでいただける商品になりつつあります。鉄道ホビダスの名鉄7000系プラキットは、3月末発売を目指して、スタッフ一同、鋭意製作中です!

14日(月曜日)は不在のため休載させていただきます

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東日本大震災から5年。

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▲津波および福島第一原発事故に伴い運転を見合わせた区間の復旧状況。 JR東日本プレスリリースより
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あの東日本大震災から5年が経とうとしています。先日、JR東日本は太平洋岸7線区の復旧状況と大規模地震対策の進捗状況を発表しました。3月2日現在、未だに運転見合わせとなっているのは福島第一原発事故の影響による常磐線約69㎞区間をはじめとして124㎞あまり。震災後の2011年4月4日時点では約400㎞が不通となっていましたので、BRTでの仮復旧を含めると、7割近い区間がなんらかのかたちで輸送手段を確保したことになります。しかし、関係者の皆さんのご努力とは別に、人知の及ばぬ原発事故の影響は大きく、鉄道路線図が一日も早く震災前の姿に戻ってほしいとの願いは、残念ながらまだ当分かなえられそうもありません。

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▲2011年4月時点での運転見合わせ区間の現在の状況。 JR東日本プレスリリースより
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今日はこのJR東日本のリリースから、あらためて各線区の復旧状況を記録に残しておきたいと思います。

すでに運転再開している線区
1:八戸線(階上~久慈間)
・2011年8月までに階上~種市間で運転再開
・2012年3月の種市~久慈間の運転再開により、全線での運転を再開
2:石巻線(前谷地~女川間)
・2013年3月までに女川駅の一つ手前の浦宿駅まで運転を再開
・甚大な被害を受けた女川駅を含む浦宿~女川間については、女川町の新たなまちづくりと合わせ、線路のかさ上げや駅の内陸移設を行い、2015年3月に全線で運転を再開
3:仙石線(東塩釜~石巻間)
・2012年3月までに東塩釜~高城町間、陸前小野~石巻間で運転を再開
・高城町~陸前小野間は、特に甚大な津波被害を受けた東名駅~野蒜駅を含む区間について、東松島市が進める新たなまちづくりに合わせルートを移設し、2105年5月に全線で運転再開
・同時に、仙石線沿線市町への復興支援の一環として、石巻~仙台間の所要時間短縮を図り、仙台圏域公共交通ネットワークの充実を目的とした「仙石東北ライン」の運転を開始
現在工事中の区間、復旧方針を検討中の区間
1:山田線(宮古~釜石間)
・三陸鉄道株式会社による南北リアス線と山田線(宮古~釜石間)の一体運営について沿線自治体等と合意
・2018年度内の開業をめざして復旧工事中
2:常磐線(いわき~亘理間)
・2011年9月の緊急時避難準備区域の解除の後、同年10月に久ノ浜~広野間、12月に原ノ町~相馬間で運転を再開
・津波被害を受けた相馬~亘理間のうち、浜吉田~亘理間は2013年3月に運転再開
・広野~竜田間は2014年6月に運転再開
●ルートを移設して復旧する区間について
・相馬~浜吉田間は、新地駅・坂元駅・山下駅を含む区間について、新地町や山元町の新たなまちづくりに合わせ、内陸側にルートを移設して復旧することとし、2016年末までに運転再開の予定
●福島第一原発20㎞圏内で今後復旧する区間について
○避難指示解除準備区域
・小高~原ノ町間は2016年春運転再開予定、浪江~小高間は2017年春までの運転再開をめざして復旧工事中
・竜田~富岡間は2017年内に運転再開予定
○帰還困難区域を含む富岡~浪江間
・空間線量率が高い箇所があり、線量低減が運転再開へ向けての重要な課題
・2015年8月より除染試験施工を実施し効果的な除染方法を検証
・また、地震により損壊した橋りょうの設計、撤去工事を並行して行うなど、運転再開に向けた検討・準備を実施中
3:BRT運行区間: 大船渡線(気仙沼~盛間)、気仙沼線(前谷地~気仙沼間)
・気仙沼線前谷地~柳津間は2011年4月に運転再開
・早期に安全で利便性の高い輸送サービスを提供する観点から、BRTによる仮復旧
気仙沼線BRTは2012年8月より運行
大船渡線BRTは2013年3月より運行
・2015年7月の第2回沿線自治体首長会議(国土交通省主催)において、「被災地の復興まちづくりが本格化する中、地域が更に発展していくために、復興に貢献する持続可能な交通手段」としてBRTを継続して運行(本格復旧)することを提案
・同年12月の第3回会議において沿線自治体から回答
・大船渡線については、沿線自治体全てと、BRTでの本格復旧を受け入れる事で合意
・気仙沼線については、南三陸町・登米市と、BRTでの本格復旧を受け入れる事で合意

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▲明治駅から見た"チンチン電車"。なかなかの雰囲気だ。'16.3.6 P:宮武浩二
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京都の観光スポットとして人気の東映太秦映画村。そのなかの「明治通り」エリアに京都電気鉄道第七号を模したレプリカが置かれています。記念撮影スポットとしても人気のこの「京電七号」を宮武浩二さんがつぶさに検証されました。

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▲東映太秦映画村の京都電気鉄道第七号レプリカの現状。窓枠は失われており救助網も破損している。以前の写真と比較するとポールの向きが変わっているのでポール自体可動式なのであろう。'16.3.6 P:宮武浩二
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▲1993(平成5)年当時の姿。当時はまだ窓枠がついていた。現在はレンガ風の明治駅という建物が背後にある。P:宮武浩二
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▲23年間の今昔。背景の映画村セットは現在も変わらない。'16.3.6/'93 P:宮武浩二
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▲車内は木製。室内灯具は付いていない(左)。右は直接制御器。ステップは網目入の鉄板張りとなっている。'16.3.6 P:宮武浩二
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▲制御器の天板(左)。陽刻が見えるが本物かレプリカは不明。運転台には呼び鈴(右)が付いているが、引きひもが無いので鳴らすことはできない。'16.3.6 P:宮武浩二
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▲幕板にある謎のプレートらしきもの(左)。反対側にもついている。右は車内にある"チンチン電車"の説明板。'16.3.6 P:宮武浩二
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▲台車は鋼製で角材を溶接して台車らしくみせたもの。'16.3.6 P:宮武浩二
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▲スポーク車輪には刻印が残る。どこかの鉄道の廃品だろうか? 車軸には吊り掛け様の歯車も残されている。'16.3.6 P:宮武浩二
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▲さいたま市の鉄道博物館に展示されている京都電気鉄道の台車。背景の絵を見ると、太秦映画村の第七号に似ている。'16.3.6 P:宮武浩二
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映画の中の市電レプリカというと、「ハチ公物語」の東京市電4000形が思い浮かびます。趣味的には"突っ込みどころ"満載ながら、昨今のひたすらリアルなCGによるものと比べると、大道具さんが見よう見まねで作り上げたのであろうレプリカは、なんとも味わい深く感じられてなりません。

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DD11の遊星歯車装置。

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▲「KSK DIESEL LOCOMOTIVE 32-38T B-B TYPE」と銘打たれた汽車会社の英文カタログ。海外への販路を意識した作りであることが知れる。
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昨日の「日光製紙の"DD11もどき"」をご覧になられた方から、「遊星歯車を用いた変速機構」とはどんなものか...というお問い合わせをいただきましたので、手元の資料を用いて簡単にご紹介してみましょう。

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▲同じくその中面。トップはDD11の解説に割かれており、遊星歯車変速装置についても「Two-Stage Speed Transmission」の項で概念図入りで紹介されている。
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▲国鉄が配布していた公式パンフレットにもDD11が取り上げられている。ただし、本文文面からすると2次型も出揃ってからのもの。
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20160308141901-5a44c157abce435a2feb90a2b420d39d4b2e8525.jpg国鉄がローカル線無煙化を主眼に戦後初めて製作した小型ディーゼル機関車DD11は、すでに気動車で実績のあるDMH17B形ディーゼル機関とTC-2形液体変速機(各2基)を手堅く採用しましたが、機関車だけに低速域でのトルク確保も大きな課題でした。そこで、液体変速機だけでは大きな変速比を得られないため、減速比の変更が簡単に行えること、直結運転の利用範囲をより広くできることなどから、副変速装置として遊星歯車装置が採用されました。遊星歯車(プラネタリ・ギア)自体についてはなかなか文字と図ではその動きをご理解いただけないかと思いますが、検索サイトなどで探るとアニメーションが公開されていますので、そちらをご覧になると容易に理解できるかと思います。
▲工作局のDD11形説明書表紙(昭和29年9月)。付図も一冊となって綴じ込まれている。
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▲DD11の場合、機関と動軸の位置が非常に近く、また台車と車体の相互運動もあるため、動力伝達装置は比較的複雑な構造となっている。機関(1)からの動力は液体変速機(2)に加えられ、さらに短いプロペラシャフト(3)によって補助歯車(4)に伝えられる。伝達軸は補助歯車により折り返され、かつその高さを低くされて遊星歯車変速機(5)、逆転機(6)を経て第2動輪を駆動する。補助歯車、遊星歯車変速機、逆転機は一体に組み立てられ、第2動軸と台車後端梁に吊り掛けられている。
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遊星歯車装置は常時かみ合せである点、入力軸と出力軸が同軸上にあるためコンパクトなのが大きな特長で、多段の減速を容易に行え、変速時に速度低下を生じずにスムースに変速でき、さらに常に液体変速機の最も効率の良い範囲が使用できるメリットがあります。本機の場合は2組の遊星歯車装置を組み込んで「高速」「低速」2段の切り換えができるように設計されており、高速段の減速比は1.954、低速段の減速比は4.571(25‰勾配時に直結運転が可能)となっています。

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▲DD11形台車組立図。自動連結器の付いたエンドビームが台車枠と接合されているのが特徴。(工作局DD11形説明書より)
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▲遊星歯車装置組立図。(工作局DD11形説明書より)
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列車牽引時の高速域、入換え時の低速域を自在に使い分けられるのが理想であったこの遊星歯車装置の採用ですが、結局DD11形は営業列車牽引用として常用されることはなく、2次型(4~9)は入換専用を前提に、遊星歯車装置の継続採用は見送られてしまいます。コスト面やメンテナンス面での問題もあったのかも知れませんが、結局、DD11で遊星歯車装置を持つものは1次型3輌だけとなってしまいました。

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▲遊星歯車装置の分解写真。遊星歯車、太陽歯車、内歯車がよくわかる。(工作局DD11形説明書より)
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高崎製紙の"DD11もどき"。

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▲工場の大煙突をバックに材料線で待機するTD1。背後には廃車となったTD2の姿が見える。'82.8.10
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東北本線の岡本駅から北西に4㎞ほどのびていたのが高崎製紙日光工場の専用鉄道でした。開設は1922(大正11)年とたいへん古く、戦時中には大宮工場の疎開地として大宮工場岡本分工場が途中に設けられていたことでも知られます。さらに汽車会社(川崎重工業)の専用線もこの高崎製紙専用鉄道から分岐しており、専用線の世界ではかなり"濃度"の高い路線だったと言えましょう。

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▲ロッド式BB、台車枠と一体になったエンドビーム、汽車会社特有の上部を絞ったキャブ等々、DD11を彷彿させるTD1。'82.8.10
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この高崎製紙専用鉄道で主力として働いていたのが、一見DD11を近代化したような外観を持つTD1でした。製造はもちろん汽車会社。DD11から遅れること実に13年後の1970(昭和45)年製(760ps/製番3487)ながら、駆動は旧態依然としたロッド式を踏襲しており、なんとも不思議な存在でした。ちなみに汽車会社が川崎重工業と合併してその名称が消えるのが1972(昭和47)年ですから、汽車会社製ディーゼル機関車としても最末期の製品になります。

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▲キャブ裾には懐かしい汽車会社の製造銘板が付く。ちなみにTD2やTD3より製造年が新しい本機がなぜTD1なのかは不明。'82.8.10
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この時は川崎重工業宇都宮工場専用線も掛け持ちしていたため、図面類を見せていただく時間もなく早々に退散してしまいましたが、今さら見直してもこのTD1、模型化するには絶好のプロポーションではあります。

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▲キャブのドアは妻面左右にはなく片側のみ。その分前面窓は左右に広がっている。ラジエータシェルには汽車会社のKSKロゴが誇らしげに輝く。'82.8.10
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この高崎製紙専用鉄道が廃止となったのは訪問から2年後の1984(昭和59)年。TD1は廃材業者に引き取られてしばらく保管されたのち、たこ焼き屋さんのディスプレーとなっていたそうで、その後、2010(平成22)年に那珂川清流鉄道保存会に引き取られ動態に復元されたと聞きます。

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▲TD1とともに現役だったTD3は1956(昭和31)年日立製の25tC型機。各地で同形機が見られた。'82.8.10
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▲プレート類も外された廃車のTD2は1953(昭和28)年汽車会社製の17tB型機。このまま解体されてしまったようだ。'82.8.10
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ところで、DD11といえばその最大の特徴は遊星歯車(プラネタリ・ギア)を用いた変速機構でした。このTD1がどんな変速機構を持っているのか、機会があればぜひ現車を調べてみたいものです。

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▲ナローゲージ・レイルウェイ・ソサエティーの会報の数々。中央の『THE NARROW GAUGE』№235が最新号。
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かれこれ20年来所属している英国のナローゲージ・レイルウェイ・ソサエティーでは各種の"会報"を発行しており、国際郵便で届くこれらを見るのがプライベートタイムの大きな楽しみにもなっています。隔月で発行されているのが『NARROW GAUGE NEWS』。会報ですので、MTGの予定や事務連絡のほか、各地のナローゲージ最新情報が簡単に紹介されています。そして年4回発行されるのが『THE NARROW GAUGE』。『NARROW GAUGE NEWS』には収まりきらないレポートをまとめたもので、こちらはすべて会員からの投稿です。
(アーカイブ『NARROW GAUGE NEWS最新号より』参照→こちら

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▲『THE NARROW GAUGE』№235(最新号)に掲載された私のレポート。日々編集の仕事に携わっていながら、やはり"投稿"が掲載されると嬉しいもの。
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この『THE NARROW GAUGE』最新号の№235に私のレポートが3ページにわたって掲載されています。立山砂防工事専用軌道に関するもので、同軌道がいかに国際的にも特筆されるべきものであるかを説いたつもりですが、つたない英語で果たしてどれほど意図は伝わったでしょうか。立山砂防工事専用軌道については2000(平成12)年6月に開催された国際サミットの際に実行委員を務めさせていただいたご縁もあって、多少なりともその存在意義を世界に知らしめられればと努めてきたつもりです。ちなみにこのサミットを前に、世界一のスイッチバック段数をキーワードにギネスブック登録を目指したことがありましたが、これは残念ながら果たせませんでした(当時は中国・撫順炭礦の大露天掘りのスイッチバックの方が段数が多いというのが理由だったようです)。

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▲こちらは最近の『NARROW GAUGE NEWS』誌面から。右下の屋内転車台を備えた機関庫はなんとあのスタッフォードバーン(アーカイブ「憧れのスタッフォードバーンへ」参照→こちら)に新設されたもの。
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バイマンスリーの『NARROW GAUGE NEWS』の方は会務連絡のほか、"British and Irish" 、"Industrial,Agricultural and Military" 、"Oversea"、"Miniature"のカテゴリーに分けて読者短信的に最新情報が掲載されており、ネット時代とはいえこれが結構役立ちます。

20160304140025-0f7e9e72c5a2da3e70ba499ce991888c71c2a720.jpgところでこの『THE NARROW GAUGE』、たまに丸ごと一冊ワンテーマの号があり、№234に相当する特集号では"The STRONACH-DUTTON ROADRAIL SYSTEM"なるものを徹底研究しております。毎度この特集号では未知の鉄道システムがいかに多いかを思い知らされますが、今回もまさかこんな奇妙なシステムが存在していようとはまったく知りませんでした。軌道を案内としてのみ使用し、実際の駆動はタイヤによって直接地面を踏むもので、いったいなんのメリットがあるのかと思いますが、軌道踏面のアドヒージョンだけでは突破できない急勾配などに有用のようです。"RAILROAD"ではなく、"ROADRAIL"を名乗っているところもユニークです。
▲『The STRONACH-DUTTON ROADRAIL SYSTEM OF TRACTION』表紙。235×172版64頁の研究書。
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▲"The STRONACH-DUTTON ROADRAIL SYSTEM"。軌道案内輪を持つトラクターが貨車を牽引する何とも不思議なシステム。
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ところで、創刊50数年の歴史を誇る『THE NARROW GAUGE』は、季刊ペースゆえ次号で236号目。翻ってわがRMライブラリーは今月発売の『日本の展望客車』で記念すべき200巻を迎えます。別に競っているわけではありませんが、計算上では東京オリンピックが行われる2020年には追い抜けることになります。

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クモハユニ44との邂逅。

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▲霊峰・富士をバックに飢鍋川橋梁を行くクモハユニ44802を先頭にした富士発甲府行き635M。'79.12.27 西富士宮-沼久保
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国鉄最長の車種記号として知られるのが「クモハユニ」と「マイロネフ」(スイロネフ)です。私鉄まで含めると伊那電気鉄道の「サロハユニフ」という冗談のようなものもありましたが、マイロネフもサロハユニフも戦前の世界で、とても同時代体験できようはずもありません。その点、私たちの世代でも目にすることができたのがクモハユニ44形とクモハユニ64形でした。ちなみに先日KATOからクモハユニ64がNスケールで模型化されましたので、若い方にも多少は親近感があるかもしれません。

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▲クモハユニはその独特のサイドビューで異彩を放っていた。写真は44801で、ペアを組んでいるのはクハ68109。'79.12.27 甲斐常葉-市ノ瀬
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1978(昭和53)年版の車輌配置表を紐解いてみると、沼津機関区(富士電車区常駐)にクモハユニ44形の800番代車800~803の4輌が、静岡運転所にクモハユニ64形の000が生き残っており、低屋根の前者は身延線、後者はのちに伊那松島に転じて飯田線で最期を迎えます。1970年代後半、身延線ではいわゆる"旧国"が最後の活躍を続けていましたが、数ある車種の中でもクモハユニは常に注目の的でした。

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▲国鉄工作局の1953(昭和28)年版「電車形式図」のトップにはクモハユニ44(100~)の形式図が収録されている。
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そんな身延線のクモハユニ訪問で禍根を残してしまったのは、なぜかついにまともな形式写真を撮らなかったことです。浅原信彦さんの『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』(1:戦前型旧性能電車)を見ると、客室内はもとより、郵便室・荷物室内も撮影されておられ、私のような"一見さん"とは根本的に違うことを思い知らされます。

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▲当時の身延線にはこんな珍車もいた。一見するかぎりは113系に見えるが、実は73系に新性能近郊型電車の車体を載せたれっきとした"旧性能電車"62系。先頭はクハ66000で、こんな編成が吊り掛け音を響かせながら山間を走っていた。'79.12.27 下部ー波高島
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そんな身延線のクモハユニ44ですが、1981(昭和56)年夏の全線新性能化完了にともなって引退、ふたたび見(まみ)えることはかないませんでした。ちなみに飯田線の新性能化は身延線より2年後の1983(昭和58)年6月。身延なきあと、旧国最後の牙城・飯田線にはさらに多くのファンが訪れることになります。

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嵐電鳴滝 桜の季節。

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▲桜のトンネルとして知られる鳴滝-宇多野間を行くモボ2001。'15.3.31 鳴滝-宇多野
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カレンダーは早くも3月、数週間後には桜の便りも聞こえてくるに違いありません。「今日の一枚」も桜前線とシンクロするようにしばらく鮮やかに彩られてゆきますが、残念ながら私自身はさほど関心はありません。にもかかわらずご紹介するのは京福電気鉄道北野線"嵐電"の、通称桜のトンネルです。

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▲鳴滝駅に到着する帷子ノ辻行きのモボ21型26号。鳴滝-常盤間は複線で、桜のトンネルがある宇多野方はここ鳴滝から単線となっている。'15.3.31 鳴滝
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北野線鳴滝-宇多野間は軌道の両側200mほどの区間に70本あまりのソメイヨシノが植えられ、満開時にはさながら桜のトンネルとなることで知られています。今や一大観光スポットにもなっており、ライトアップが行われるなど、京都の桜名所のひとつとしてガイドブックにもたびたび登場しています。もちろんこの桜と嵐電をカメラに収めようと多くの方が鳴滝-宇多野間を訪れますが、近年では"お立ち台"がきちんと整備され、係員の方も配置されるなど手厚い配慮がなされています。

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▲千鳥式2面ホームの宇多野駅も独特の雰囲気を持つ小駅。鳴滝とともに京都電燈時代に開業した由緒ある駅で、桜は北野線の全通を記念して植えられたものという。'15.3.31 宇多野
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誘われるままにコンパクト・デジカメ片手に現地を訪ねてみました。鳴滝から宇多野に向かって絶妙なカーブを描く軌道は、まさに桜のトンネルを抜けるが如くで、多くの方が魅了されるも納得です。残念ながら小一時間いただけで帰らねばなりませんでしたが、再訪してみたいと思わせる魅力に溢れています。あと数週間、今年もあの桜のトンネルの季節がやってきます。

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▲車内から見た鳴滝-宇多野間の桜のトンネル。ライトアップされる夜間はさらに幻想的な光景が見られるという。'15.3.31
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▲下り(多度津・琴平→大歩危)〈そらの郷紀行〉の編成イメージ。 提供:JR四国
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2017(平成29)年春から土讃線の多度津・琴平~大歩危間に投入される新たな観光列車の列車名、車輌デザイン等がJR四国より発表されました。

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▲上り(大歩危→琴平・多度津)〈しあわせの郷紀行〉の編成イメージ。 提供:JR四国
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列車名は「四国まんなか千年ものがたり」。琴平~大歩危間は四国山地を横断する土讃線の中間で、地理的にも四国の"まんなか"あたりに位置すること、沿線に弘法大師の生誕地善通寺や古くから海の神様として信仰を集めるこんぴらさん、平家落人の秘話や伝説が今なお残る秘境祖谷地方など、"千年"を超える歴史的な文化や景観が残されていることからの命名だそうです。

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▲インテリアのイメージ。 提供:JR四国
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さらに上り、下り列車毎にそれぞれの目的地をイメージした愛称名が付けられています。
●下り(多度津・琴平→大歩危)午前運転
〈そらの郷(さと)紀行(きこう)〉
徳島県の人々は自分たちが住む場所より標高の高い地域のことを「そら」と呼ぶことがあり、「そらの郷」は徳島県西部の険しい山岳地帯のことを指します。
●上り(大歩危→琴平・多度津)午後運転
〈しあわせの郷(さと)紀行(きこう)〉
「そらの郷」からの旅は険しい山々や渓谷を越え、いつしか穏やかな山容の讃岐平野に至ります。「しあわせさんこんぴらさん」で親しまれている「こんぴらさん」の玄関口「琴平駅」へ向かうイメージを表現。

20160301165449-42c2d6451e034f7aac8fa59c7106a739c7e72ffc.jpgその昔、徳島の人々は桃の節句になるとお弁当を持って近くの山や浜へ出かけて1日を過ごしました。この行事を「遊山」(ゆさん)と言い、弁当箱は「遊山箱」(ゆさんばこ)と呼ばれてきました。「四国まんなか千年ものがたり」はこれにちなんで"おとなの遊山"をコンセプトとして誕生します。使用車輌はキハ185系3輌。外観デザインは春夏秋冬、1年の四季の移ろいを車輌毎の色どりで表現するものとなります。
・1号車:春萌(はるあかり)の章
・2号車:夏清(なつすがし)の章
・2号車:冬清(ふゆすがし)の章
・3号車:秋彩(あきみのり)の章

▲種車となるキハ185系。 提供:JR四国
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そしてインテリアは、重ねた時の深遠を映す褐色木材の凜とした室内空間、外観デザインにあわせた色どりのソファ椅子、反対側の車窓も楽しめる座席の配列などが用意され、さらに「火棚(薪を使う囲炉裏の上部に吊られる棚)」をモチーフにした天井デザインで古民家の味わいが演出されます。

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▲「四国まんなか千年ものがたり」の運転区間イメージ。 提供:JR四国
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本年8月頃から車輌の改造工事を開始、12月頃には完了し、来年1月~3月頃に走行試験・訓練運転などを行って、2017(平成29)年4月1日(土)から運行を開始する計画です。運転区間は土讃線、多度津・琴平~大歩危間(列車は多度津~大歩危間を運転するが、主なサービスは琴平~大歩危間)。土日、祝日に1日1往復(年間120日程度)のほか平日には貸切(年間50日程度)運行もする予定です。

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レイル・マガジン

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