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2016年2月23日アーカイブ

最晩年の美唄鉄道。

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▲東美唄構外側線での入換を終え東美唄信号場で停車中の4号機。4110形と同形の三菱造船製の自社発注機で、このように間近で見るとその量感に圧倒される。'72.4.3 東美唄(信)
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Eタンク機4110形とその同形機が活躍することで知られた美唄鉄道が廃止となったのが1972(昭和47)年6月1日。私が訪れたのは廃止まで二カ月を切った4月初めのことでした。前年に三菱大夕張炭礦と合併して三菱大夕張炭礦美唄鉱業所となった美唄炭礦はこの時点でまだ辛うじて出炭を続けていましたが、今さら振り返れば閉山が4月29日でしたから、運炭鉄道として本当に最後の姿であったといえましょう。

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▲廃線まで残すところ二カ月ほど、旅客列車はついに一日1往復となってしまっていた。それにも関わらず4号機の牽くオハフ8(混12レ)に乗客の姿はない。左後方の煙は函館本線貨物列車のもの。'72.4.3 東名ー美唄
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お目当ての4110形4122号は一年ほど前に廃車、最後に換装された煙室扉の円型ナンバープレートを付けたまま庫内に眠っていました。車籍があるのはいずれも自社発注の2号機と4号機の2輌のみで、実際に運用に就いていたのは4号機だけでした。(アーカイブ「4110との再開」参照→こちら

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▲混12レが美唄に到着、機回し後、客車を留置線へと移動する4号機。背後の機関区には6号機の姿が見える。'72.4.3 美唄
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それでも初めて目にするEタンクは存在感が圧倒的で、やはり有火で構内にいたもと69603の6号機の姿が霞んでしまったのはやむを得ないでしょう。ただ、美唄の機関区は決して活気が感じられるものではなく、閉山・廃線が目の前に迫ってきていることがひしひしと感じられました。

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▲6号機も最後まで有火で使用されていた。本機は戦時中に美唄へ払い下げられた69603。'72.4.3 美唄
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国鉄からキハ05形3輌を譲り受けて客貨分離していた美唄鉄道ですが、1970(昭和45)年に気動車運転自体を廃止、以後、廃止までの2年間は蒸機牽引による混合列車が旅客輸送を担っていました。しかし私が訪れた最晩年にはついにそれも1往復のみとなってしまい、朝7時に終点の常盤台から降りてきて、夕方16時半に美唄を出て常盤台に戻るスジだけでした。
この日の訪問では早朝の美唄から東美唄、東名、盤の沢と移動し、その後、バスで2500形の働く南美唄(三井美唄)の三美運輸へと抜けました。今回は最近になって初めてスキャンしたカラー(ブローニー)分をお目に掛けます。

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