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岩内線廃止30年を振り返る企画展。(下)

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▲今から44年前、1971(昭和46)年夏の小沢駅全景。下り方から構内を見た状況で、手前の線路が岩内線。1番線には発車を待つ岩内行きキハ22の姿が見える。'71.8.22 小沢 P:名取紀之
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岩内線廃線跡探訪バスツアーの開催
「あれから30年 岩内線廃止とたら丸誕生」展がオープンした9月12日には、関連事業として「岩内線廃線跡探訪バスツアー」が開催されました。現在、岩内線の跡地の大部分は、「岩内共和道路」として利用されています。その工事は2005年から進められ、昨年12月には国富までの全線が開通し、岩内線の跡は道路としてふたたび岩内への重要な交通路となりました。しかし、この道路建設から外れた小沢と国富の間はいまだに路盤が残っています。今回のツアーは、そこを中心としながら小沢から岩内までの岩内線跡を辿りました。

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▲小沢駅1番線の現状。小沢駅も無人化されて往年の活気はないものの、跨線橋だけは岩内線ありし日の面影を伝えている。P:木田金次郎美術館
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まずは、美術館から岩内線の起点・小沢駅までバスで向かいました。小沢駅では、岩内線が発着した旧1番線跡や当時から残る跨線橋などを、岡部学芸員の解説を受けながら見学しました。今は無人化されていますが、跨線橋内には往時の小沢駅駅員一同が描いた歓迎看板が残っています。岡部学芸員によると、これは油絵具で描かれており、画家・西村計雄を生み出した共和町らしいということです。ちなみ、現在も小沢駅前で販売されている「トンネル餅」は、この西村の父が考案したものです。

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▲小沢駅跨線橋に残る歓迎看板。油絵具で描かれているため、今でもはっきりと色彩が残っている。P:木田金次郎美術館
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20151001141908-e634fdcfd56b8124739079e62bb510a7cee928ae.jpg一行はバスに乗り、小沢駅と旧国富駅の中間あたりから今も残る路盤を辿りました。岩内線が函館本線から離れるセトセ集落の踏切跡から廃線跡を歩き、国道5号の跨線橋をくぐり、旧国富駅に至る約1.2kmの廃線跡は、草が茂っているものの歩行には支障なく、あいにくの雨天でしたが一同ハイキングを楽しみました。岩内線の車窓から眺められるようにして掲示されていた農家の納屋の琺瑯看板や「瀬戸川支流橋梁」など、当時の名残がみられました。
▲小沢―国富間の線路跡を歩く。背後のツアーバスには「たら丸」がラッピングされている。P:木田金次郎美術館
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▲かつての線路に向かって今も掲示されている琺瑯看板。P:木田金次郎美術館
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▲瀬戸瀬川支流橋梁(左)と、線路跡に沿って繁茂する外来種・オオハンゴンソウ。車輌で種子が運ばれてきた名残だろうか。P:木田金次郎美術館
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旧国富駅はホームが残っており、かつて住友金属鉱山国富鉱山へ延びていた専用線のトロッコに乗って通学したという、参加者のお話が飛び出したりと、思いがけない証言も得る機会となりました。

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▲国富駅跡を往年の写真と現地を比較して解説。P:木田金次郎美術館
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▲国富跨線橋を見学する参加者(左)。右は国富駅付近の線路跡の状況。P:木田金次郎美術館
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次の旧幌似駅は「幌似鉄道記念公園」として、岩内線で唯一、駅舎や貨物上屋、スハフ42やワフが保存されているところです(「岩内共和道路」工事のため十数m移設されている)。ここでは私、伊藤が、駅舎などに用いられている古レールの解説を行いました。100年以上前の外国製レールもあるという話に、一同驚きの声が上がっていました。ちなみに、駅舎の補強材や貨物上屋の支柱には、1910年代前後のイギリスのBarrow Steel、アメリカのCARNEGIE、それにドイツや、国産レールが多く使用されています。

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▲幌似駅で古レールをみるツアー参加者の皆さん。P:木田金次郎美術館
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▲岡部学芸員によるレールのフロッタージュ。P:木田金次郎美術館
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終着岩内の一駅手前にあった旧西前田駅では、考古学が専門の、とまりん館学芸員・吉田玄一さんから、「岩内共和道路」の工事の際に、この駅付近まで岩内線と並走していた、「茅沼炭砿鉄道」の路盤跡が縄文遺跡の上から出土したという興味深いお話も。札幌方面から参加された方もおり、当時岩内線を利用していた地元の参加者の皆さんからは、笑顔や昔話が絶えない2時間のバスツアーでした。

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▲幌似鉄道記念公園全景。実物車輌としてはスハフ42 502とワフ29587の2輌が保存されている。P:木田金次郎美術館
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▲西前田駅跡で茅沼炭鉱鉄道の路盤跡発掘の話を聞く。P:木田金次郎美術館
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木田金次郎美術館では、2003(平成15)年にもお隣の共和町・西村計雄記念美術館と共同で廃線跡を徒歩で辿るというツアーを開催しています。この際はほぼ全線にわたり路盤が残っていたとのことでした。なお、この時の様子は展示室内に展示された写真で振り返ることができます。

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▲運転室の破損していた窓が復元されたニセコ駅構内の旧新得機関区転車台。P:伊藤大介
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ニセコ町鉄道遺産の最近の取り組み
昨年、鉄道写真家・荒川好夫先生のご尽力によって動態化に成功した旧新得機関区転車台ですが、その後、管轄するニセコ町役場商工観光課の尽力により破損していた運転室窓ガラスの修復などが行われました。今後、再塗装なども計画しています。こうなってくると鉄道車輌を保存したいと思うのですが、難しいことでありますので、まずは小樽市総合博物館のご協力を得て軌道自転車をお借りし、実際に転車台を含めた線路上を体験運転してもらうイベントを11月1日午後から予定しております。またこの際には、転車台も稼動させるほか、転車台や旧真狩線、隣接する旧でんぷん工場などの産業遺産の解説も予定しています。「C62ニセコ号」の運行が終了し、この転車台が使用されなくなって20年目になりました。ニセコ町では、わずか5年の稼動期間で、現役当時を知る方も年々少なくなってきています。このようなイベントを通して、鉄道遺産などへの理解を深めていただき、保存活動への賛同者を増やしていきたいです。そしていずれは、鉄道車輌を保存できれば...と夢描いています。

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▲ふたたび44年前の小沢駅。銀山方から構内を遠望したところで、左側が函館本線、右が岩内線の線路。ちなみに、この頃からオオハンゴンソウが群生していた。'71.8.22 小沢 P:名取紀之
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伊藤大介さんありがとうございました。岩内線が廃止されて30年とうかがって、あらためて時の流れの速さに圧倒される思いです。私が岩内線に最後に乗ったのは、まさにその30年前の1985(昭和60)年の正月のことでした。岩内駅から盃温泉へ、学生時代の仲間との温泉旅行での往復が乗り収めとなってしまいました。ところで、岩内といえば忘れてならないのが茅沼炭化工業の専用鉄道。岩内と発足(はったり)を結ぶこの専用鉄道は、晩年は8100形の活躍で知られ(広田尚敬『昭和三十四年二月北海道』参照)ますが、もっと重要なのは、この茅沼こそが日本最初の「鉄道」敷設の地だったことでしょう。『トワイライトゾ~ン・マニュアル』第一巻巻頭でも『茅沼炭化礦業開礦百年史』所収の墨絵をひいてトワイライトゾ~ン幕開けの辞としておりますが、官設鉄道新橋~横浜間開業の実に3年前、1869(明治2)年にこの茅沼の地にお雇い英国人の指導で敷設された2.2㎞(軌間762㎜)の鉄道こそが、営業・非営業を問わなければわが国最初の「鉄道」でした。つまり見方を変えれば岩内は日本の鉄道発祥の地ともいえるわけです。

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