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2015年9月28日アーカイブ

竹島紀元さん お別れの会。

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▲祭壇に掲げられた遺影は竹島さん若き日の姿。その遺影に語りかけるように弔辞を読まれるのは発起人でもあるJR九州元会長の石井幸孝さん。'15.9.27
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去る7月26日にお亡くなりになられた元鉄道ジャーナル社社長竹島紀元(としもと)さんを偲ぶ「竹島紀元さん お別れの会」が昨日、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで開催され、ご縁のあった150名余りの方々が集いました。

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▲会場には誌面を飾った写真の数々や海外取材時のスナップなどが展示されていた。'15.9.27
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竹島さんは1926(大正15)年のお生まれ。戦前は朝鮮半島で過ごされ、戦後はしばらく九州に住まわれてから上京、交通協力会で『交通技術』や『国鉄線』の編集に携われたのち、1965(昭和40)年に鉄道記録映画社を設立、続いて1967(昭和42)年に『鉄道ジャーナル』を創刊し、以後2006(平成18)年末に勇退されるまで実に40年にわたって編集長として采配を揮ってこられました。

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▲発起人代表として挨拶されるJR東海元会長の須田 寛さん。竹島さんとは交通協力会時代から実に50年来のお付き合いだったという。'15.9.27
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人気を博した「列車追跡」シリーズに代表されるように、人と鉄道の関わりに徹底的に拘られ、その情感溢れる記述が多くの読者を魅了してきました。また1971(昭和46)年には季刊誌『旅と鉄道』を発刊、とかく車輌趣味に傾倒しがちだった鉄道趣味誌に新風を吹き込まれました。

20150927224543-fc76988ff00c5d35676412bc2c8516890a605694.jpg原点でもある映画にも強い思い入れを持っておられ、ことに国鉄の協力のもと冬の函館本線C62重連を追ったドキュメント「雪の行路」はわが国の鉄道映画史に残る名作といえましょう。さらに、そのC62 3号機の動態復活にも尽力され、仕事を超えた情熱で東奔西走されていたのが今でも思い出されます。
▲献杯は学生時代に竹島編集長のもとで編集技術を学んだという笹本健次さんが務めた。'15.9.27
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歴史的鉄道車輌の保存は文化の保存・継承につながるという信念のもと、日本鉄道保存協会の顧問にも就任され、在任中は数々の提言も頂戴しました。思えばまだ交通博物館がある頃で、万世橋の交博の館長室で行われる顧問会議にもご多忙を押して参加されていたのが昨日のことのように思い出されます。

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▲会場のスクリーンでは名作「雪の行路」が上映された。画面に見入る見覚えある後ろ姿は、そう、カメラマンの中井精也さん。'15.9.27
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竹島さんといえば切っても切れないのが酒と煙草、それも缶ピースでした。今ではその姿を目にすることさえ稀な缶ピースですが、竹島さんはこよなく愛され、嘘か誠か、編集部近隣の煙草屋さんは竹島さんのためだけに缶ピースを常備していたと聞きます。

20150926220226-jpgそして何よりもお好きだったお酒。竹島さんとは幾度となく酒席をともにさせていただきましたが、二人だけでの席は正直、気詰まりでした。というのも、竹島さんは杯を重ねながらもほとんど召し上がらない、極端に言えば割り箸さえも割らないような酒豪ぶりでした。「気にせずどうぞお好きなものを召し上がって下さい」と言われても、30歳以上も年下の若輩としてはパクパク食べるわけにもゆかず、そのうちにどんどん酔いは回ってくるはで、最後は酩酊状態で飯田橋をあとにする有り様でした。
▲竹島さんは一時期、日本鉄道保存協会の顧問も務めておられた。顧問会議後、懇意にされていた飯田橋「房州っ子」にて。'07.9.21
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▲木曽森林鉄道にもひとかたならぬ思い入れをお持ちだった。旧田島停車場で行われた第一回王滝村森林鉄道フェスティバルにご一緒した際のひとコマ。'05.5.4
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あらゆるジャンルの錚々たる皆さんに囲まれて、「お別れの会」は名残が尽きないままお開きとなりましたが、「編集は人なり」のポリシーを貫かれた竹島さんの人の環の素晴らしさに圧倒される思いがした2時間あまりでした。あらためてご冥福をお祈りするとともに、仕事上ではコンペティティブな関係にあったにも関わらず親しく接していただいたご厚誼に心より感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。

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