鉄道ホビダス

2015年9月アーカイブ

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▲「あれから30年 岩内線廃止とたら丸誕生」展が開催されている岩内町・木田金次郎美術館の企画展示室。P:木田金次郎美術館
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昨年10月に荒川好夫さんの写真展を開催し、荒れ放題だったニセコ駅の転車台を修復する(アーカイブ「荒川好夫写真展"北海道 冬"とニセコ町・有島記念館の取り組み」参照→こちら)などして注目を浴びた北海道ニセコ町・有島記念館の主任学芸員・伊藤大介さんから、岩内線廃止30年の記念企画など、最近の後志地域の話題をお送りいただきました。

20150930132833-02b06b1af0b5ebbfb5ad09441526f2d731412571.jpg大正期の小説家・有島武郎の歩みを紹介する北海道ニセコ町・有島記念館では、この3年間でニセコ駅にある旧新得機関区転車台の動態復元化や殖民軌道真狩線の歴史掘り起こし、鉄道写真家・荒川好夫先生の写真展開催など、鉄道遺産の利活用などに取り組んでいます。
▲企画展展示室奥には「たら丸」の姿も見える。P:木田金次郎美術館
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そして、同じ後志に立地し、有島武郎の代表作「生れ出づる悩み」のモデルである画家・木田金次郎の作品と歩みを紹介している岩内町・木田金次郎美術館でも、現在、鉄道関連事業が行われています。鉄道と無縁と思われる同美術館ですが、実は大変鉄道と深い繋がりがあります。それはこの美術館が旧岩内線岩内駅跡に建ち、またこの美術館の建物は駅がここにあったという記憶を留めるために、かつて駅構内にあった転車台をモチーフに建設され、上空から見ると転車台のように円形の建物になっているのです。

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▲「岩内線廃線跡探訪バスツアー」時に行われたギャラリートーク。12年前、2003(平成15)年に開催された岩内線廃線跡ツアーの模様も展示された。P:木田金次郎美術館
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ちなみに、両館を含む美術館・文学館の5館は「しりべしミュージアムロード」という全国的にも稀なネットワークを構成しており、年1回共同展を開催するなど活発な活動を行っています。また木田・有島両館学芸員とも鉄道を愛する者同士で、仲良しです。

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▲廃止時のさよならマークも展示されている企画展入口。左に立っているのが岩内町の誇るマスコットキャラクター「たら丸」。P:木田金次郎美術館
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木田金次郎美術館「あれから30年 岩内線廃止とたら丸誕生」展の開催
そのような木田金次郎美術館では、現在、「あれから30年 岩内線廃止とたら丸誕生」展が開催されています。今年は国鉄岩内線の廃止から30年という節目にあたることから、岩内町郷土館の企画展や「いわない怒濤まつり」での「さよなら岩内線30年鉄道まつり」といったイベントが開催されましたが、美術館では岡部卓学芸員により町内外で秘蔵されていた岩内線関連の資料が集められ、展示されています。同時に「たら丸」という、岩内線が廃止された1985年に誕生した岩内町名産の魚のタラにちなんだマスコットキャラクターについても合わせて紹介されています。それは、このキャラクターの登場の背景には鉄道廃止により空洞化が懸念される岩内の街を盛り立てたいという、町民の強い意志があったからだそうです。「ゆるキャラ」の嚆矢であるたら丸は、テレビ番組の「ゆるキャラ選手権」に2年連続準優勝したことで、全国的な知名度を得て、いまや町内外で大人気です。

20150930132941-b56a7009d03e021394162fe44483fb90b20aa3fb.jpg今回の展覧会では30年前に役割を終えた「岩内線」と、その直後に誕生した「たら丸」の歩みを、かつて岩内駅があった木田金次郎美術館で振り返ろうとするものです。岩内の歴史を作り、岩内を広くアピールしてきた「岩内線」と「たら丸」。観覧する方にとってその両者の様々な記憶を思い起こす機会となればという強い岡部学芸員の思いがあります。
▲運賃表や発着時刻表など岩内町郷土館所蔵の実物も展示されている。P:木田金次郎美術館
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▲岩内駅で使用された乗車券保管箱やダッチングマシーンなども現物を見ることができる。P:木田金次郎美術館
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展示会場に入り飛び込んでくるのは、岩内線廃止記念のヘッドマークと、小沢駅で用いられていた乗換案内看板です。まさに小沢から岩内線に乗って岩内へ旅立つような感覚になります。中に歩みを進めると、岩内町郷土館所蔵の岩内駅で用いられていた運賃表や時刻表、乗車券保管箱などの備品の数々や開駅50年記念アルバム(木田金次郎さんの署名入)をはじめ、岩内駅に勤務されていた山口賢三さん、渡部清二さんが所蔵されている記念乗車券、貴重な映画やテレビドラマのロケスナップなどが展示されています。

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▲展示室内でのギャラリートーク。熱心に目黒伸廣さんの写真を見る参加者の皆さん。P:木田金次郎美術館
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さらに圧巻なのは、共和町が保存して普段は見ることができない、「小沢」(岩内線が発着した1番線用)、「国富」、「前田」、「西前田」の共和町内各駅駅名標です。そのほか、岩内町の目黒伸廣さんが撮影していた岩内線の写真が展示されています。その作品の中には、この美術館のモチーフとなった転車台で2つ目の9600を手回し回転させる光景などがみられます。このような資料や作品が、旧岩内駅跡に建つ木田金次郎美術館に30年ぶりに「里帰り」したともいえる展覧会です。開催中の会場では、ファンの方をはじめ、岩内町民も多く来場し、展示された資料や作品をみて、当時の思い出話に花が咲いているそうです。
会期は10月18日(日)まで。ぜひこの機会に岩内線を振り返ってみていただければと思います。
※木田金次郎美術館ホームページ→こちら

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▲直方駅は伊田線、宮田線の乗り換えもあり、4番線まであるホームのどれかにはいつも乗客がいる活気ある構内だった。しばし休息するC55のスポーク動輪に朝日が射す。'71.11 直方 P:堀越庸夫(『国鉄時代』vol.43より)
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『国鉄時代』の新刊、vol.43「蒸気機関車と47・3改正」が好評発売中です。例によって山下編集長より今号の見どころをかいつまんでお知らせいたしましょう。

20150929133652-7a6bb7d4467e44a52bc47824469910735b60256e.jpg特集テーマの47・3改正は鉄道100年に湧く昭和47年3月15日に行われた、"よん・さん・とお"の次に行われた白紙ダイヤ改正で、新幹線初の延伸区間である新大阪〜岡山間の開業を機に実施されたものです。「ひかりは西へ」というキャッチフレーズに湧くその一方で、蒸気機関車の命運が定まった改正でもありました。

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▲凄まじい煙が谷間の空を焦がし3輌のD51が信号場を発車し鉄橋へ続く築堤をゆく。毎日のように繰り返されるこの光景にどれほど多くのファンが魅了されただろうか。'71.3.14 布原信号場-新見 (2492レ)P:藤山侃司(『国鉄時代』vol.43より)
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931輌。これが同年4月の国鉄における営業用蒸機の総数です。"よん・さん・とお"以前は2,000輌以上あったのですから、急激な動力近代化の進展ぶりがうかがえます。この47・3あたりから、蒸気機関車の広域転配が活発化します。犬山徹夫さんの「蒸気機関車と47・3改正」は複雑に絡み合った蒸機末期の広域移動を昭和45年度に行われた会計検査院の勧告による廃車基準の転換を軸にたどる興味深い記事で、これまで断片的になっていた事象を縫い合わせたものです。ちなみにこの蒸気機関車に関する会計検査院の決算検査報告は現在でもホームページで閲覧できます。(→こちら
http://report.jbaudit.go.jp/org/s45/1970-s45-0104-1.htm

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▲(右写真)C57 21〔鹿〕は美しい外観で機関車ファンの人気を集めていたが、青森区からのC61転入の影響を受けて、当初予定の全検が中止されて71年10月に廃車となった。'70.12 日豊本線南霧島(信)付近 P:犬山徹夫(『国鉄時代』vol.43より)
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▲羽前沼沢側から宇津峠越えに挑む老雄9600牽引の116レ米沢行き。沿線に残雪のあるこの季節が米坂線にとって一番美しい。'65.4.24 手ノ子-羽前沼沢 P:中島正樹(『国鉄時代』vol.43より)
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▲大野の大バンクに挑む夕方の混845レ。2輌のD51の噴き上げる煙から30.3‰を行くD51が渾身の力を振り絞っている様子が見て取れる。'72.3.5大畑-矢岳(混845レ D51 170+客貨+D51 477) P:成田冬紀(『国鉄時代』vol.43より)
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また、この改正で消えた伯備線「布原三重連」、肥薩線矢岳越えD51、米坂線の9600にもスポットを当て、迫力ある写真とともに当時の熱気に迫ります。
一般記事では「筑豊 蒸機王国の黄昏」「最後のC62三重連を追う」「あの日の飯田線」「ドイツ 01形三重連が走った日」など、幅広く展開。DVDは五能線8620・さようならED19・会津のC11の三本立てです。ぜひご覧ください。

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竹島紀元さん お別れの会。

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▲祭壇に掲げられた遺影は竹島さん若き日の姿。その遺影に語りかけるように弔辞を読まれるのは発起人でもあるJR九州元会長の石井幸孝さん。'15.9.27
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去る7月26日にお亡くなりになられた元鉄道ジャーナル社社長竹島紀元(としもと)さんを偲ぶ「竹島紀元さん お別れの会」が昨日、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで開催され、ご縁のあった150名余りの方々が集いました。

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▲会場には誌面を飾った写真の数々や海外取材時のスナップなどが展示されていた。'15.9.27
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竹島さんは1926(大正15)年のお生まれ。戦前は朝鮮半島で過ごされ、戦後はしばらく九州に住まわれてから上京、交通協力会で『交通技術』や『国鉄線』の編集に携われたのち、1965(昭和40)年に鉄道記録映画社を設立、続いて1967(昭和42)年に『鉄道ジャーナル』を創刊し、以後2006(平成18)年末に勇退されるまで実に40年にわたって編集長として采配を揮ってこられました。

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▲発起人代表として挨拶されるJR東海元会長の須田 寛さん。竹島さんとは交通協力会時代から実に50年来のお付き合いだったという。'15.9.27
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人気を博した「列車追跡」シリーズに代表されるように、人と鉄道の関わりに徹底的に拘られ、その情感溢れる記述が多くの読者を魅了してきました。また1971(昭和46)年には季刊誌『旅と鉄道』を発刊、とかく車輌趣味に傾倒しがちだった鉄道趣味誌に新風を吹き込まれました。

20150927224543-fc76988ff00c5d35676412bc2c8516890a605694.jpg原点でもある映画にも強い思い入れを持っておられ、ことに国鉄の協力のもと冬の函館本線C62重連を追ったドキュメント「雪の行路」はわが国の鉄道映画史に残る名作といえましょう。さらに、そのC62 3号機の動態復活にも尽力され、仕事を超えた情熱で東奔西走されていたのが今でも思い出されます。
▲献杯は学生時代に竹島編集長のもとで編集技術を学んだという笹本健次さんが務めた。'15.9.27
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歴史的鉄道車輌の保存は文化の保存・継承につながるという信念のもと、日本鉄道保存協会の顧問にも就任され、在任中は数々の提言も頂戴しました。思えばまだ交通博物館がある頃で、万世橋の交博の館長室で行われる顧問会議にもご多忙を押して参加されていたのが昨日のことのように思い出されます。

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▲会場のスクリーンでは名作「雪の行路」が上映された。画面に見入る見覚えある後ろ姿は、そう、カメラマンの中井精也さん。'15.9.27
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竹島さんといえば切っても切れないのが酒と煙草、それも缶ピースでした。今ではその姿を目にすることさえ稀な缶ピースですが、竹島さんはこよなく愛され、嘘か誠か、編集部近隣の煙草屋さんは竹島さんのためだけに缶ピースを常備していたと聞きます。

20150926220226-jpgそして何よりもお好きだったお酒。竹島さんとは幾度となく酒席をともにさせていただきましたが、二人だけでの席は正直、気詰まりでした。というのも、竹島さんは杯を重ねながらもほとんど召し上がらない、極端に言えば割り箸さえも割らないような酒豪ぶりでした。「気にせずどうぞお好きなものを召し上がって下さい」と言われても、30歳以上も年下の若輩としてはパクパク食べるわけにもゆかず、そのうちにどんどん酔いは回ってくるはで、最後は酩酊状態で飯田橋をあとにする有り様でした。
▲竹島さんは一時期、日本鉄道保存協会の顧問も務めておられた。顧問会議後、懇意にされていた飯田橋「房州っ子」にて。'07.9.21
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▲木曽森林鉄道にもひとかたならぬ思い入れをお持ちだった。旧田島停車場で行われた第一回王滝村森林鉄道フェスティバルにご一緒した際のひとコマ。'05.5.4
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あらゆるジャンルの錚々たる皆さんに囲まれて、「お別れの会」は名残が尽きないままお開きとなりましたが、「編集は人なり」のポリシーを貫かれた竹島さんの人の環の素晴らしさに圧倒される思いがした2時間あまりでした。あらためてご冥福をお祈りするとともに、仕事上ではコンペティティブな関係にあったにも関わらず親しく接していただいたご厚誼に心より感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。

宮田道一さんの訃報に...。

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▲筆まめな宮田さんは何かとお手紙をくださった。体調を崩されてからもそれは続き、個性溢れる筆致とあいまって、Eメールにはないお人柄が感じられるものだった。
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もと東急電鉄車両部長で鉄道友の会東京支部長もお務めになられた宮田道一さんが、去る9月22日永眠されました。弊社でもRMライブラリーをはじめ多くのご執筆をいただいたばかりでなく、公私ともにたいへんなお世話になり、訃報を耳にしてさまざまな思い出が去来してやみません。

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▲RMライブラリー『上田丸子電鉄』ご執筆当時の宮田道一さん。手にしておられるのは上田ゆかりの信濃国分寺の八日堂縁日で授けられる護符「蘇民将来符」。'05.7.25(再掲)

ご縁のあった方なら、宮田道一さんといえばまず思い出されるのが、あのフリーハンドで描かれるテクニカルイラストではないでしょうか。いかに車輌のメカに精通しておられるとは言え、まったくの白紙にまるで下絵があるかのようにさらさらと描かれるイラストは驚異的でした。しかもそのイラスト描画は場所を問わず、例えば呑み屋のカウンターで「あ、その台車はこんな構造...」とばかり箸袋の裏にささっと描いて説明されることも一再ではありませんでした。

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▲何の下書きもなくさらさらと書かれるテクニカルイラストは電車を熟知した宮田さんならではのものだった。これは東武鉄道5050系の貸切運転の際に解説用として描いていただいたもの。
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ご自身のお名前を"鉄道一筋"と読み替えて、お仲間とその名も「鉄道一筋展」を開催された(アーカイブ「"鉄道一筋"展始まる」参照→こちら)のも昨日のことのように思い出されます。鉄道関連ノベルティーグッズの蒐集にもご熱心で、さらには資料の整理方法も見習うべき見事なものでした。例えば月刊誌がお手元に届くと、ご興味のあるジャンルの記事は複数コピーを取り、関係するカテゴリー別(鉄道事業者別、車種別など)のファイルに入れるといった手法で、この整理があってこその縦横無尽なご執筆だったと思います。

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▲その構想時からお世話になったRMライブラリーは共著も含めて8冊をまとめていただいた。最後は98巻東急5000形で、その後もいくつも企画があったものの、ご体調もあって残念ながら実現しなかった。

宮田さんには共著も含めて8冊のRMライブラリーをまとめていただきましたが、実はRMライブラリーの誕生自体にも宮田さんが少なからず関わっておられました。時はシリーズがスタートする8か月ほど前、1999(平成11)年1月7日のことです。新年会を兼ねて宮田さんと関田克孝さんと一献傾けた際に、部外の方には初めてRMライブラリーの構想をお話申し上げました。大冊の書籍にはならないが、雑誌の一隅の記事に埋没させるには残念なテーマ、まさに語り継ぎたい昭和の鉄道の姿を毎月48頁の本として発行してみたい...そんな荒唐無稽な話に大賛成をされたのがほかならぬお二人でした。あんなテーマも、こんなテーマも、そうそう、碑文谷工場(第6巻として実現)なんかも面白いと、この時のお二人の後押しこそが間もなく200巻を迎えるRMライブラリーの原動力になったのです。その意味でもいくら感謝してもしきれない思いです。

宮田道一さん、享年77歳。まさに"鉄道一筋"のご生涯でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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▲西の機関車工場の名門、鷹取工場。国鉄末期には廃止された高砂工場の機能も集約され、電車、客車なども扱う様になった。 (RMライブラリー『国鉄工場めぐり(下)』より)
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7月よりお届けしてまいりました藤田吾郎さんによる『国鉄工場めぐり』は、いよいよ下巻が完成しました。本書は1976(昭和51)年当時に存在した国鉄の工場全29ヶ所について、国鉄時代の平面図と、訪ねたファンの記録から紹介するものです。

20150924164713-f5597de80ed78646a18085f2c38147025852b939.jpg上巻では国鉄工場の略史とともに、釧路、苗穂、輪西、旭川、五稜郭、盛岡、土崎、郡山、新津、新小岩、大宮、橋本の12ヶ所を、また中巻では大井、大船、長野、浜松、名古屋、松任の6ヶ所を収録しました。なお、上・中巻では全30ヶ所と表記しておりましたが、正しくは全29ヶ所です。お詫びして訂正します。

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▲陸軍の施設を転用した広大な敷地があった高砂工場。"サロンカーなにわ"の改造も担当したが、1985年に廃止された。 (RMライブラリー『国鉄工場めぐり(下)』より)
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さて、今回の下巻では残る西日本の11ヶ所を収録します。具体的には、関西地区の電車検修工場の名門である吹田、同じく機関車検修工場の名門である鷹取、主に客車を担当した高砂、山陰地区唯一の工場である後藤、四国地区唯一の工場である多度津、戦時中に蒸気機関車専門工場として発足した広島、山陽鉄道下関仮工場に端を発する幡生、九州鉄道以来の長い歴史を誇る小倉、筑豊炭田の石炭車をはじめとする貨車を多く手掛けた若松、南九州地区の検修の拠点であった鹿児島、そして新幹線の車輌基地と検修機能を一体化した博多まで、11ヶ所を収録しています。

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▲瀬戸内海を望む昭和40年の多度津工場。この後、埋め立てにより海岸線は工場から離れた。 (RMライブラリー『国鉄工場めぐり(下)』より)
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▲戦時中の輸送力増強に対応するため機関車専門工場として開設された広島工場。分割民営化ではJR貨物に引き継がれた。 (RMライブラリー『国鉄工場めぐり(下)』より)
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さて、続く10月発売のRMライブラリー第195巻は、本シリーズではお馴染みの小林正義さんによる『国鉄EF12形電気機関車』を予定しています。既刊のEF13形やEF18形と同様、その消長の解説とともに全17輌の写真を収録した、旧型電機ファンには必見の内容です。ご期待ください。

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糠南、幌延あのころ。

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▲今から41年前の糠南駅。駅といっても当時は隣の上雄信内とともに臨時乗降場扱いで、営業キロの設定はなく、下り4本、上り5本のみの停車だった。'74.3.30 糠南 P:名取紀之
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糠南...ほんとうにひさしぶりに懐かしい駅名を耳にしました。北海道・幌延町役場が、糠南駅をはじめ町内に8駅存在する"秘境駅"をまちおこしに活用しようという取り組みを始めており、なんと糠南駅の携帯クリーナーまで作ってしまったのだそうです(→こちら)。

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▲天塩川の崖っぷちに架かる錦川橋梁を行く音威子府行き1396レ。先頭にたつのは稚内機関区の49601。'74.3.30 上雄信内−糠南 P:名取紀之
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宗谷本線糠南駅を初めて訪れたのは今から41年前のことでした。当時、宗谷本線音威子府以北には琴平(佐久-天塩中川間)、糠南、上雄信内(糠南-雄信内間)、南下沼(幌延-下沼間)と営業キロが設定されていない「臨時乗降場」がいくつもありました。道内時刻表には記載されているものの、全国版の時刻表にはその存在さえ記されておらず、東京から見知らぬ北の大地を目指す者には何とも神秘的に思えたものです。そんな糠南臨時乗降場に降り立ったのは、糠南-上雄信内間の天塩川沿いを行く321列車を撮影するためでした。321列車とは、旭川機関区のC55の牽く稚内行きで、全国的にも最後に残されたC55牽引の定期列車でした。

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▲幌延駅3番線。この当時はまだ羽幌線が健在で、幌延駅はその分岐駅としての重責を担っていた。構内で待機しているのは稚内保線区の排モ「008」、富士重工業製TMC100BS形初期型。'75.3.31 幌延 P:名取紀之
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管理局長権限で設置された臨時乗降場も、国鉄分割民営化とともに「臨時駅」となり、糠南もこの時点で晴れて営業キロが設定されることとなります。幌延町のホームページによると、現在の糠南駅はホームと物置を流用した待合室があるだけの無人駅ですが、その素朴さゆえ根強い人気があり、訪ねてくるリピーターも少なくないとのこと。そこで町ではこの糠南駅を基軸に鉄道によるまちおこしを図ろうとさまざまな企画を練っており、10月にはフォトコンテストも計画されています(→こちら)。

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▲DD51 30〔旭〕の牽く324レが到着。稚内発旭川行きの324レは前年まではC55牽引で、趣味的には宗谷本線の白眉とも言える列車だったが、1974(昭和49)年12月にDL化されている。画面左後方に給水・給炭設備が見える。'75.3.31 幌延 P:名取紀之
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先般もご紹介したように、留萌本線留萌~増毛間の廃止(アーカイブ「留萌本線留萌~増毛間廃止へ」参照→こちら)、来春廃止予定の8駅(アーカイブ「鷲ノ巣駅は今...」参照→こちら)など、北海道新幹線新函館北斗開業とは対照的に道内のJR在来線は再び大きな岐路に立たされています。去る6月の第三者委員会「JR北海道再生推進会議」が発表した提言書では、幌延町を含む宗谷本線名寄~稚内間も輸送密度(1キロあたりの一日平均輸送人員)500人未満の「利用の少ない区間」と名指しされてしまっており、沿線自治体としても安穏としていられない状況となりつつあります。

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▲幌延駅2番線下り本線先頭の給水スポート。C55こそ消えたものの、9600の貨物はまだ健在で、火床整理用のピットでは手作業でアッシュの掻き出しが行われていた。'75.3.31 幌延 P:名取紀之
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ところで、幌延の隣町、豊富からは日曹炭砿専用鉄道が出ており、9600形の最若番9615号が活躍する路線としても知られた存在でした。この日曹天塩鉱業所の専用鉄道は全長18.1㎞。豊富駅構内の南東から分岐した専用鉄道は現在の豊富温泉から幌延町境の「登龍峠」の33‰勾配を越えて駅逓先の一坑へと至っていました(1972年廃止)。何とも印象深い名称の「登龍峠」ですが、地理院地図で検索してみたものの、すでにその名前自体がなく、専用鉄道とともに記憶の彼方へ消えていってしまったようです。

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▲日立製No.1(泰和改造)の牽く幌延町営軌道問寒別線のミキスト。客車(ハ1もしくはハ2)は前任地の当別線時代のままの姿。1964(昭和39)年にバス窓に更新改造されているので、それ以前の撮影と思われる。所蔵:小林隆則
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そして幌延町といえば忘れてならないのが町営軌道の存在です。問寒別駅から二十線(上問寒別第二)までを結んでいた幌延町営軌道問寒別線は、1971(昭和46)年に廃止されるまで自走客車(気動車)を導入せず、機関車が客車を牽引する形態を維持し続けた唯一の簡易軌道でした。私は実見することがかなわなかったものの、歌登町営軌道とともに道北の憧れの簡易軌道のひとつでした。幌延町内の名林公園で機関車(No.50)と客車(ハ1もしくはハ2)が保存されていましたが、残念ながら1991(平成3)年に解体されてしまっており、現在では町内にその名残を留めるものは残されていないようです。

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▲国鉄問寒別駅前の幌延町営軌道起点には転車台を備えた車庫が設けられていた。日立製No.1の右側は当別線から転入した加藤製作所製No.10。左には自家製のラッセルとロータリーの姿も見える。所蔵:小林隆則
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幌延町には実はもう1線簡易軌道(殖民軌道)がありました。まさに幌延駅前から出ていたその名も幌延線で、この軌道は馬力ながら最終的には天北線の沼川駅を起点に延伸してきた沼川線と接続し、なんと宗谷本線と天北線を結ぶルートを形成します。昭和30年代初めには運転されなくなってしまったようで、ほとんど写真・資料も残されていない、まさに幻の簡易軌道でした。今回の"まちおこし"を契機として、幌延町にはぜひこの簡易軌道幌延線の再調査も期待したいものです。

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▲いこいの森の短い夏...蝉しぐれの中、井笠客車を牽いて雨宮21号が行く。'15.7.19 P:名取紀之
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秋の大型連休直前の情報となってしまいましたが、9月23日(水・祝)に丸瀬布森林公園いこいの森で今年も「雨宮21号夢サービス運行」が行われます。

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▲87歳を迎えた雨宮21号。遠軽町の皆さんに護られて素晴らしい状態に保たれている。'15.7.19 P:名取紀之
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「雨宮21号夢サービス運行」は遠軽町丸瀬布のまちおこしグループ「夢里塾」(むりじゅく)が毎年実施しているもので、通常では実施されていないサービスが盛りだくさん企画されています。例えば、雨宮21号機関室同乗体験(1名様限定)、機関室での記念撮影、車掌の服装をした「夢里塾」メンバーが車内で雨宮号の歴史を解説し、乗車記念として特製の硬券切符をプレゼント...等々です。

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▲昨年の「夢サービス運行」で幸運にも雨宮21号機関室同乗体験をする親子。P:夢里塾提供
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また、雨宮21号の着ぐるみ「あめまるくん」との軌道自転車乗車や雨宮21号のPR展・写真展なども行われます。さらに、イベントの締めくくりに雨宮21号の87歳を祝う安全旗取り付け走行も実施されるそうです。

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1 日 時
  平成27年9月23日(水祝) 10:00 ~ 14:00
2 場 所
  丸瀬布森林公園いこいの森
3 主催/夢里塾
4 後援/遠軽町
5 実施内容等
(1) 夢サービス1・・・雨宮21号機関室乗車体験(1名様限定、12:00発を予定)
(2) 夢サービス2・・・雨宮21号機関室での写真撮影
10時始発から午後1時発までの1時間毎の4便に乗車後実施。
※10:00、11:00、12:00、13:00、発の便
(3) 夢サービス3・・・車掌乗車による雨宮号の歴史等の解説
10時始発から午後1時発までの1時間毎の4便において実施。
   ※10:00、11:00、12:00、13:00、発の便
(4) 夢サービス4・・・乗車記念証明書~特製硬券切符のブレゼント
上記の車掌乗車便に乗車のお客様にブレゼントします。
(5) 夢サービス5・・・丸瀬布イメージキャラクター着ぐるみ「あめまるくん」と①北海道遺産看板前での記念撮影会を実施。②「あめまるくん」と一緒に軌道自転車に乗車。( 12:00発を予定、抽選で数名を無料招待、ただし雨天中止 )
(6) 夢サービス6・・・雨宮21号87歳 ( 翌9/24誕生 )を記念した安全旗・テールマーク取り付け走行を実施します。撮影者に喜んでいただけるよう、今年も見せる工夫を凝らしました。
  ※13:00、13:30発の2便限定
(7) 夢サービス7・・・ 雨宮21号PR展並びに雨宮21号写真展(武利意森林鉄道現役時代の写真多数含む)及び珊瑚模型店寄贈の模型走行展示。
その他、森林鉄道廃線跡の現状報告( 図説写真付き )、雨宮21号ポスター無料配布、特製キーホルダー等の販売など

▲人気の「あめまるくん」との軌道自転車乗車体験。P:夢里塾提供
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▲丸瀬布駅近くに建立されている武利意森林鉄道起点跡の碑。画面左側の切通がJR石北本線。'15.7.18 P:名取紀之
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「夢サービス運行」を終えると、丸瀬布の秋は急速に深まり、長い冬へと向かってゆきます。道内のファンの方、また大型連休に渡道する計画のある方は、この機会にぜひ丸瀬布の地を訪れてみてはいかがでしょうか。また、クルマ利用の方は丸瀬布から30分ほどの位置にある旧上藻別駅逓所と鴻紋軌道跡(アーカイブ「鴻紋軌道跡を訪ねて」参照→こちら)もあわせて訪ねられることをお薦めします。

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▲五井駅構内で試運転中の「里山トロッコ」。キハ200形の定期列車がその横を発車してゆく。なお、ドーム横公式側サイドに見える汽笛がB10 4から取り外したもの。'15.9.15 五井
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小湊鐵道期待の新車「里山トロッコ」の初めての構内試運転が昨日行われ、私も立ち会わせていただきました。「里山トロッコ」は先週もご紹介(アーカイブ「小湊鐵道"里山トロッコ"お目見え」参照→こちら)したように、かつて在籍したコッペル製Cタンク4号機を模したディーゼル機関車が牽く2軸客車4輌編成で、11月初旬からの営業運転を目指しています。

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▲コッペル製Cタンク機を模して新製された「4号機関車」。見事に蒸気機関車を装っているが、ディーゼル機関車である。'15.9.15 五井
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昨日午後、初めて編成状態となった「里山トロッコ」は構内を往復、メーカー立ち会いのもとさまざまな確認作業が行われました。注目の「4号機関車」は一見するには蒸気機関車そのものの外観で、舞台等で用いられる発煙装置によって煙を出すことも可能です。
なにより嬉しいのは五井駅構内で静態保存されているB10 4号機の汽笛が"移植"されていることで、常用のAW-2と別に圧縮空気でこのB10の汽笛を吹鳴することもできます。B10といえばその出自はあのピーコック・テンダー5500形(B10 4は1894=明治27年製の5507)。試しに吹鳴していただきましたが、ちょっと甲高く透き通るような音色は、明治の古に誘ってくれるような魅力に溢れています。

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▲そのリアビュー。数々のハイテク機器を搭載し、退行時には編成後部の制御客車から遠隔操作できるようになっている。'15.9.15 五井
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▲制御客車クハ101を先頭にした「里山トロッコ」編成。機関車を含むこの5輌が固定編成となって運転される。'15.9.15 五井
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▲編成上り方の制御客車クハ101(左)と展望中間車ハテ101(右)。'15.9.15 五井
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▲展望中間車ハテ102(左)と機関車側に連結されるハフ101(右)。'15.9.15 五井
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2軸客車の乗り心地もしばらく忘れていた独特のものです。試運転線が30㎏/m・10mレールということもあってその乗り心地は恐らく営業運転以上にスパルタンに感じられましたが、フルオープンの側面から吹き込む秋風は実に心地よく、錦秋の養老渓谷を行く姿が待ち遠しく感じられてなりませんでした。

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▲展望中間車ハテ102からハテ101側を望む。側面は完全な吹き抜けで、あえて雨天時の配慮はされていない。'15.9.15 五井
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▲ハフ101の車内。ハフとクハは下段上昇式の側窓を持ち、エアコンも装備されている。UVカットの天窓は全車共通。天井のスピーカーからは放送時にあの懐かしい「客車チャイム」が流れる。'15.9.15 五井
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▲小湊鐵道の大工さんが試作し、それを基に量産に入ったという木製の椅子(左)。養生シートが貼ってあるが、床面も木製で、格子状の側面下部と合わせて町屋のような雰囲気を醸し出している。妻面には本邦初となる「ハテ」の形式称号が燦然と輝く(右)。'15.9.15 五井
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▲上り方制御客車クハ101の運転台(左)。在来のキハ200形と操作系を可能な限り共通化したという。右はハフ101の下り方妻面で、こちらは貫通路がなく横長のベンチシートが設けられている。'15.9.15 五井
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▲21世紀に誕生した2軸客車の固定軸受け。担バネにリンク装置というきわめてプリミティブな構造。'15.9.15 五井
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それにしても中間車の展望車ハテは完全な側面吹き抜けで、その割り切りの良さはお見事です。ご案内いただいた石川晋平社長は、皆さんに体感していただきたいのは沿線の里山の姿で、「里山トロッコ」はあくまでその道先案内人。自分と里山が一つになる不思議なひと時を感じていただくために、あえて削ぎ落せるものはすべて削ぎ落とし、車輌もその原点である単車に拘られたとおっしゃっておられました。

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▲真新しい小湊の社紋と4号の番号板が誇らしげ。煙突からたゆたう煙は発煙装置のもので、ほのかにバニラの匂いがするが、これは乗客に有害な煙ではないことをアピールする意味合いもあるとのこと。'15.9.15 五井
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▲第2動輪はフランジレスで、ディーゼルエンジンのトラクションはこの第2動輪に掛かっている(左)。シリンダーにはドレインコック(?)も設けられており、コックを開くと実際には必要ないピストンで押されたエアーが噴出する拘りよう。'15.9.15 五井
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▲外観とは裏腹に4号機関車のキャブ内はハイテク機器満載。ことに前方視界確保のための先頭部カメラによるモニター映像は蒸気機関車時代には考えも及ばなかったもの。'15.9.15 五井
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▲票券閉塞区間を走るためタブレットキャリアー掛けが用意されている(左)。磨き出された安全弁や発電機はもちろんダミー(右)。'15.9.15 五井
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ところで、小湊鐵道は先日の豪雨により4か所で路盤流出や落石などの大きな被害を受け、本日現在でも月崎~上総中野間が不通となっております。なかでも法面が崩落した一か所は復旧までにかなりの時間を要するようです。一日も早い復旧と、「里山トロッコ」が計画通り紅葉の沿線にデビューできることを願ってやみません。

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▲初の試運転を終えて庫に戻る4号機を夕陽が照らす。
「里山」が日本人のこころのふるさと、原風景であるならば、この光景は地方鉄道ファンにとってのこころのふるさと、原風景に違いない。'15.9.15 五井

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▲新しい観光特急の外装(イメージ)。外装は落ち着いた色調となる。提供:近畿日本鉄道
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近鉄は南大阪線・吉野線において、「上質な大人旅」をコンセプトとする観光特急(3輌1編成)を、来年秋から運行すると発表いたしました。

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▲近鉄南大阪線・吉野線の新しい観光特急の運転経路。提供:近畿日本鉄道
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南大阪線・吉野線沿線には、日本遺産に指定された「明日香村」、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録された「金峯山寺」をはじめとする由緒ある寺社仏閣、美しい自然景観を誇る「みたらい渓谷・洞川温泉」や「大台ケ原」など、豊富な観光資源があり、また、昨今人気が高まっているワイナリー(羽曳野市一帯)、地酒蔵元(吉野町・御所市など)が立地するほか、フルーツの名産品が多いのも特徴です。

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▲1、3号車は横3列のゆったりとした座席配置で、全席DXシート、座席指定となる。提供:近畿日本鉄道

今回導入される観光特急計画では、既存の6200系3輌編成を大幅に改造し、落ち着いた上質な内外装を施した上で、1・3号車には全席2列+1列のデラックスシートを採用、中間車の2号車には大型のバーカウンターを設けて沿線の特産品を活かしたメニューを提供するとともに、ラウンジスペースも設けられます。また、専属のアテンダントが乗車し、軽食や飲料の販売、沿線の名所・ビュースポットの案内放送などのサービスを行う計画です。

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▲2号車はバーカウンターを備え飲食物を販売。ソファー、イス等が配置される。提供:近畿日本鉄道

運行開始時期は来年秋を予定しており、大阪阿部野橋駅~吉野駅間を以下の昼間時間帯(1日4便、2往復)を中心に運行(所要時間約1時間20分)する計画です。
大阪阿部野橋駅発:(1便)10時頃、(3便)14時頃
吉野駅発:(2便)12時頃、(4便)16時頃
運行日は週6日(週1回運休。春休み、夏休み、ゴールデンウィークなど運行する日もあり)、停車駅は現在の特急停車駅と同様、以下の各駅となっています。
大阪阿部野橋・尺土・高田市・橿原神宮前・飛鳥・壺阪山・吉野口・福神・下市口・六田・大和上市・吉野神宮・吉野の各駅

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▲編成外観イメージ。投資額は約2億円と発表されている。提供:近畿日本鉄道
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座席数は全席座席指定で70席程度、料金は大人720円、小児370円(ともに特急料金+特別車輌料金、別途、普通運賃が必要)。
なお、設計・デザインは近鉄グループの建設コンサルタントである全日本コンサルタント株式会社が行い、デザイン監修は株式会社IMOデザインの飯田英二さんが行うと発表されています。

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南海電気鉄道8300系登場。

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▲車輌先頭部の角を大きく丸め、車体上部から下部にかけて一体感のあるデザインとなった8300系。'15.9.2 住ノ江車庫 P:高橋 修
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20150913212443-c7ca52d4f9428e4b2f37d5b4e2ffc89e091ead3b.jpg南海電気鉄道は、8000系(紹介記事は→こちら)の基本設計を踏襲しながらも、車輌先頭部や内装をリニューアルするとともに、最新機器の採用や多言語対応の設備を備えた8300系を導入し、9月2日に報道陣に向けて車輌の公開が行われました。
8300系はステンレス車体(前頭部は鋼製)で、なんば寄りからモハ8300形(Mc1)+サハ8600形(T1)+サハ8650形(T2)+モハ8400形(Mc2)の4輌編成(2M2T)となっています。
外観は、車輌先頭部の角を大きく丸め、車体上部から下部にかけて一体感のあるデザインとし、前照灯にはLED灯を採用しています。
▲和歌山市寄り先頭車モハ8400形(Mc2)の前面。貫通扉上の前照灯はLED化された。'15.9.2 住ノ江車庫 P:高橋 修
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▲なんば寄りから見たサハ8650形(T2)の客室内。車内照明はすべてLED灯とされ、1輌あたり先頭車は24台、中間車は26台設置されている。'15.9.2 住ノ江車庫 P:高橋 修
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客室内は、車内照明をすべてLED灯として、均一な配光となるように連続的なデザインを採用するとともに、腰掛には質感の異なる2種類のクッション材を組み合わせて座り心地の向上を図っています。また、シートデザインは従来よりもはっきりとした大きなドット柄として明るく楽しい感じを持たせるとともに、袖仕切板は腰掛(一般席)と色調を揃え、個室にいるような空間を演出します。

20150913212631-99a6a41e3e7296c22920977f1beed12f23aceea3.jpg優先席は各車とも和歌山市寄りに設けられ、一般席と区別するために腰掛の表地を青色、吊手を黄色にするとともに、吊手の高さを一般席部よりも50mm低くしています。また、車イススペースも各車輌の和歌山市寄りに1ヶ所設け、車イススペース部には非常通報装置と暖房装置を設置しています。
乗降口上部には、液晶ディスプレイ式の車内案内表示器を1車輌に4台を千鳥配置し、日本語・英語・中国語(簡体字)・韓国語の4ケ国語による多彩な情報案内を行います。このほか、側窓およびドア窓に複層ガラスを採用して保温性・遮熱性を高め、車輌間の連結貫通路は扉の開口幅を従来よりも拡大し、通行を容易としています。
▲各車とも和歌山市寄りの1ヶ所に車イススペースを設置している。'15.9.2 住ノ江車庫 P:高橋 修
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機器面では、主電動機は狭軌用としては国内初の本格採用となる全閉内扇式かご型誘導電動機で、騒音の低減を図り、軸受はオイル潤滑構造としています。制御器はIGBT素子を使用した速度センサレスベクトル制御のVVVFインバータ制御装置となっています。
台車は動力台車がSS179M、付随台車がSS179Tのモノリンク式ボルスタレス台車で、動力台車と付随台車で異なるバネ定数の軸ばねを採用して乗り心地を向上させています。また、先頭台車には増粘着材噴射装置を、第5編成のサハ8650形(8655)には軌条塗油装置を搭載しています。

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▲客室内の案内表示器は、17インチワイドの液晶モニタを千鳥配置。表示は4ヶ国語対応。。'15.9.2 住ノ江車庫 P:高橋 修
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8300系は4輌編成×5本の20輌が製造され(製造担当は近畿車輛)、今年秋より南海線(南海本線、空港線、和歌山港線)で営業運転を開始する予定となっています。
なお、この8300系につきましては、本誌次号(9月19日発売号)で速報としてお届けする予定です。
取材協力:南海電気鉄道株式会社

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▲クレーンを使って上総山田駅の側線に降ろされるハフ101。下り里見行きのキハ200形がその様子を横目に見ながら通り過ぎてゆく。'15.9.11 上総山田 P:RM(名取紀之)
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小湊鐵道に新車! しかも"SLスタイル"のディーゼル機関車が牽く可愛らしい2軸客車4輌編成の列車、その名も「里山トロッコ」。本日、現車が搬入され、その様子を拝見しに行ってまいりました。

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▲メーカーの北陸重機で製造中の「4号機関車」。舞台装置等に用いられる発煙装置を装備しており、蒸気機関車さながらに煙突から煙も出る。また、汽笛も保管されていた当時のものを圧縮空気で吹鳴するという凝りよう。全長8,450㎜×全幅2,850㎜×全高3,500㎜、運転整備重量約26t。P:小湊鐵道提供
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20150911191616-d797e4587a6d7f742be66500cb8cf5346c693546.jpg機関車は1950(昭和25)年まで所属していた4号蒸気機関車(1924年コッペル製Cタンク)をプロトタイプとしたディーゼル機関車で、エンジンは世界的な第三次ディーゼルエンジン排出ガス規制(Tier3)をクリアしたボルボ社製348PSエンジンを搭載しています。
▲ヘッドカバーに「VOLVO」のロゴが輝く348PSディーゼルエンジン。P:小湊鐵道提供
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▲側面が吹き抜け構造となっている中間車ハテ101と102。車体塗色は伝統の小湊カラー。P:小湊鐵道提供
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▲天井も広い天窓が備えられている。なお、ハテ101と102にはエアコンは装備されていない。P:小湊鐵道提供
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20150911191733-528e3008a1328263507c9fa271766f3361050b42.jpg一方、客車は2軸単車で、五井側からクハ101、ハテ101、ハテ102、ハフ101の4輌(定員144名)。中間のハテは側面窓のない開放感あふれる展望車輌で、UVカット機能を備えた天窓も設けられています。ちなみに現在、3フィート6インチ軌間の私鉄の営業用2軸客車はほかに伊予鉄道「坊つちゃん列車」用の3輌のみ。この「里山トロッコ」の誕生で、楽しい仲間が一気に4輌も増えることになります。

▲ハテ101と102に備えられている木製のベンチ風の椅子。P:小湊鐵道提供
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▲トレーラーから降ろされるハフ101。機関車と連結する妻面には貫通扉はない。'15.9.11 上総山田 P:RM(名取紀之)
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上り方先頭車が「クハ」であることからおわかりのように、下り列車は機関車が先頭、上り列車は運転台付制御客車クハ101を先頭に、機関車が後部から推進する運転形態となります。

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▲いよいよ機関車も小湊の線路上に。手前から「4号機関車」、ハフ101、ハテ102、ハテ101、クハ101が上総山田駅の側線に揃った。'15.9.11 上総山田 P:RM(名取紀之)
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20150911191840-3e6d35065d9d176007a1b4700f6a1122196beaf1.jpg運転区間は里見-養老渓谷間(9.2km/約30分)ですが、里見駅の「里山トロッコ」の起点としての整備が済むまでは暫定的に上総牛久-里見-養老渓谷間(18.5km/約54分)となるそうです。速度は所要時間からも類推できるように、通常列車の約半分、時速30㎞弱、これまでにないスローな列車となります。それは、沿線の里山文化の案内人=小湊鐵道としてのネーミングの由来でもあります。
▲トレーラーの積載長さの関係で取り外されていた機関車前部の自動連結器が取り付けられる。'15.9.11 上総山田 P:RM(名取紀之)
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▲帰路の五井行き列車最後部から上総山田駅構内を振り返る。側線にちょこんと顔をのぞかせるクハ101の姿が、小湊鐵道の新しい時代の幕開けを予感させる。'15.9.11 上総山田 P:RM(名取紀之)
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さて、注目の運転開始日ですが、詳細は未定ながら本年11月を予定しており、12月下旬から3月上旬を除く各月土休日、及び指定日等、年間約180日間の運行。平日は2往復、土休日等は3往復が設定されます。なお、料金は普通運賃にトロッコ料金(未定)が加算されます。
取材協力・資料提供:小湊鐵道株式会社

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▲「ニセコ1号」通過前になるとなぜか決まって雲が湧き、風が起こる。幸運なことにこの日は完全無風で通過時刻を迎えた。'70.12.25 目名-上目名 C62 2+C62 16 104レ急行「ニセコ1号」 P:成田冬紀 (『国鉄時代ARCHIVES C62形蒸気機関車 2』より)
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『国鉄時代アーカイブズvol.6 C62形蒸気機関車 2』がご好評いただいております。この本は『国鉄時代』の絶版の号も含めテーマ別に再編集したもので、C62の魅力を凝縮した永久保存版ともいえる構成です。

20150910191844-6018a487de49444c373abf71059584e6818d5cf9.jpg広田尚敬さん撮影による急行「ニセコ」の名作が、表紙から巻頭カラーに続きます。鮮やかな作品は撮影当時のエピソードを添えて「SLブーム」の熱き時代を今に伝えます。
「しかし三重連の場合は別である。三脚にリンホフを設置し、小沢で発車を待っていたときは、煙の微妙な変化に気をもんだ。先頭の2号機の煙が、わずかでも手前に巻けば、3輌目のC62が隠れないとも限らない。お祭り列車といえども、やはり三重連であることは見せたい。3つの発車合図の汽笛が鳴ってからも、近くの雑草をちぎって空に投げた」
これは小樽〜倶知安間で運転されたC62三重連の回想です。空に雑草を投げる広田さんの姿...まさに藁にもすがりたい思いだったに違いありません。

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最後の夏 野に出た重連。低く流れる煙に列車の高速が記録されている北国の短い夏。P:広田尚敬 (『国鉄時代ARCHIVES C62形蒸気機関車 2』より)
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緑溢れる夏とは打ってかわって、厳冬期のC62重連撮影の記録、成田冬紀さん「風雪の重連急行」は、まさに"戦記"とも言うべき「ていね」「ニセコ」との戦いが迫力ある写真とともに甦ります。忍の一字で寒さに耐えて待ったにも関わらず、無情にも煙が巻いて前補機の前半分が写っただけだった...、幾度もそんな返り討ちに遭いつつ、C62重連の姿を追い求めた若き日。多くの蒸機ファンを魅了した山線の冬がダイナミックに甦ります。

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▲函館から韋駄天走りで駆けてきた3号機の前に、2号機が静々とバックしてがっちりと重連を組む。夕方の光が2輌の巨人機の姿を逞しく浮かびあがらせた。'70.3.13 長万部 P:大谷眞一 (『国鉄時代ARCHIVES C62形蒸気機関車 2』より)
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昭和40年代半ば、函館本線と双璧をなした呉線。「安芸」を筆頭にしたC62の活躍を捉えた「呉線 そのよき時代」は広島の写真の達人、故・細川延夫さんの作品に元 糸崎機関区機関士の宇田賢吉さんが解説を加え、さらに宇田さんご自身が運転席で加減弁ハンドルを握っていた頃の回想も綴られた興味深い記事です。

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▲広島を出て最初の停車駅岩国を発車する下り「かもめ」。C62 40〔関〕は小郡(現・新山口)で給水するのみで広島から下関まで223.4㎞を走破し、関門トンネルを抜けるEF10にバトンタッチする。C59の牽く待避列車はちょうど24時間前に東京を出た普通列車の門司行きである。'60.11.27 P:宇田賢吉 (『国鉄時代ARCHIVES C62形蒸気機関車 2』より)
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齋藤晃さんの呉線、村松功さんの常磐線、河杉忠昭さんの山陽本線など、同世代の方々には懐かしさが共感とともに漂う蒸機ファン撮影記も盛りだくさん。
「103列車怒濤の疾走」は『「SL甲組」の肖像』でお馴染みの椎橋俊之さんによるドキュメンタリー。下り「ニセコ3号」の長万部発車から小樽までのキャブ内を、元乗務員の方々への綿密な取材をもとに迫力ある筆致で再現したものです。

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▲上り列車は安芸川尻を通過すると呉線のハイライトである連続16‰勾配に差しかかる。徐行信号機が見えるので25㎞/hの速度制限があることがわかる。制限通過後に空転を警戒しつつ最大出力を発揮しても16‰での加速は容易ではない。積み上げた枕木があるので徐行の理由は枕木交換であろう。交換のため枕木を1本抜いた状態では徐行で列車を通過させる。このC62 15の動輪は東京駅動輪広場に展示されている。安芸川尻-安登 P:細川延夫 (『国鉄時代ARCHIVES C62形蒸気機関車 2』より)
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さらにC62が大幹線で特急牽引機として輝いていた時代、名手・高橋 弘さんの関ヶ原の「つばめ」、宇田賢吉さん、細川延夫さんの「かもめ」など、名シーンが半世紀以上の時を越えて輝いています。
資料頁は三宅俊彦さんの「函館本線 C62の時代」で、運用表、編成順序表をはじめ豊富な資料と貴重な写真で、北のC62を語り尽くします。巻末には函館本線 昭和42年3月改正、昭和44年10月改正のダイヤを収録いたしました。

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▲「ベル・モンターニュ・エ・メール」用に改造されたキハ40 2027。1・3位側の側窓は固定化され、2枚の大型窓が特徴である。'15.9.8 金沢総合車両所松任本所 P:RM(伊藤真悟)
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「北陸デスティネーションキャンペーン」の開催にあわせて、七尾線ではキハ48形の観光列車「花嫁のれん」が運転されますが(車輌の紹介は→こちら)、城端線・氷見線では「ベル・モンターニュ・エ・メール」が運転されます。この「ベル・モンターニュ・エ・メール」に使用される車輌が完成し、9月8日に金沢総合車両所松任本所で報道公開が行われました。

20150909162850-b34c23fe8e95b03ced9b85215bc871ed6c6f8f39.jpg「ベル・モンターニュ・エ・メール」とはフランス語の「美しい山と海」で、城端線・氷見線エリアの特徴を表しています。また、この個性的な名称を親しみ持って呼んでもらうために、愛称を"べるもんた"としています。
車輌は金沢総合車両所富山支所のキハ40 2027を改造したもので、改造に際して駆動機関などの足回りは変更なく、改番は行われていません。
車輌コンセプトは「走るギャラリー」。窓枠を額縁に見立て、城端線・氷見線の一番の魅力である山と海の変化に富んだ美しい車窓を一枚の絵画のように演出します。
外観塗色はモダンで品格のあるダークグリーンとメタリックゴールドを配し、山や田園、海沿いを走る貴婦人をイメージしています。
▲キハ40 2027の後位側前面。ロゴは貫通扉部と車体側面に貼り付けており、方向幕部には愛称を表示する。'15.9.8 金沢総合車両所松任本所 P:RM(伊藤真悟)
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▲後位側から見たキハ40 2027の客室内。富山湾を眺めるカウンター席とボックス席とで構成。定員は39名。'15.9.8 金沢総合車両所松任本所 P:RM(伊藤真悟)
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客室内は、氷見線走行時に富山湾側となる1・3位側の座席を窓向きに配置し、窓を一部大型化(天地840mm×左右2520mm)していますので、車窓をダイナミックに楽しめることができます。一方、2・4位側は2人掛け、4人掛けのボックスシートに加え、車端部はロングシートとなっています。また、パーテション部には富山県南砺市の伝統工芸品である「井波彫刻」を1・3位側に2作品、3・4位側に6作品を展示しています。

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▲2・4位側の4人用のボックス席。テーブルは固定式であるが、天板は折りたたみが可能。'15.9.8 金沢総合車両所松任本所 P:RM(伊藤真悟)
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「ベル・モンターニュ・エ・メール」は、2015(平成27)年10月10日~2016(平成28)年2月28日の土・日に運転予定(1月2・3日は運休)で、土曜日は新高岡・高岡~氷見間2往復、日曜日は高岡~城端間2往復と、曜日によって運転区間が異なります(別表参照)。なお、2016(平成28)年3月以降も運転が予定されていますが、運転日・運転ダイヤは別途発表とアナウンスされています。

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なお、今回の報道公開でも2つの食のサービスが発表されました。1つ目は「ぷち富山湾鮨セット」で、富山湾の新鮮な海の幸を使った鮨5貫と氷見はとむぎ茶のセットで、価格は2,000円(税込)。土曜日の「ベル・モンターニュ・エ・メール1・2号」、日曜日の「ベル・モンターニュ・エ・メール53・54号」で提供されます。「ぷち富山湾鮨セット」は要予約で、「visit富山県」(着地型ツアーサイト/http://toyama.visit-town.com/)で9月18日からの予約販売となります(車内でも数量限定で発売予定)。

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▲地魚と富山県産米を使った「富山湾鮨」5貫と氷見はとむぎ茶がセットになった「ぷち富山湾鮨セット」。提供期間は2016(平成28)年2月28日までで、3月以降は別途発表となる。'15.9.8 金沢総合車両所松任本所 P:RM(伊藤真悟)
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2つ目は「ほろ酔いセット」。こちらは城端線・氷見線沿線4市のおつまみ(4種類)に沿線の地酒がセットになったもので、価格は1,500円(税込)。予約の必要はなく、車内で希望者に対しての販売となり(数量限定)、「ベル・モンターニュ・エ・メール」全列車が対象となります。

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▲こちらは予約不要の「ほろ酔いセット」。地酒は1種類を選択する。なお「ぷち富山湾鮨セット」とも、提供会社は富山きときと株式会社。'15.9.8 金沢総合車両所松任本所 P:RM(伊藤真悟)
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この「ベル・モンターニュ・エ・メール」につきましては、本誌次号(9月19日発売号)で詳しく紹介する予定です。
取材協力:西日本旅客鉄道株式会社

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消える住吉公園駅。

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▲住吉公園駅ホームで発車を待つ天王寺駅前行きの165号。昨年春のダイヤ改正で朝8時24分(平日)発の列車が「終電」という超閑散駅となってしまった。ちなみに手前の菰が掛かっているのは戦時中からある防火用水で、現在も金魚の池として使われている。'11.1.13 P:名取紀之
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阪堺電気軌道上町線住吉~住吉公園間(0.2km)が来年1月31日に廃止されることが決まりました。住吉公園駅は天王寺駅前駅と上町線の両端を担っており、南海電鉄軌道線時代から主要駅として重責を担ってきましたが、天王寺駅前~住吉公園間の運行のほとんどが天王寺駅前~我孫子道間となったことで、住吉~住吉公園間はその存在意義を失いつつありました。

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▲頭端部側から見たホーム。1面2線の構造で2輌分の有効長があり、折り返しの電車で溢れていた時代もあった。'11.1.13 P:名取紀之
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昨年春のダイヤ改正からは、なんと住吉公園駅発着の列車は朝のみ5往復(平日、土休日は4往復)という信じられない状況となってしまっています。これでは利用者に不便では...と思われるかも知れませんが、実は住吉公園駅から阪堺線の住吉鳥居前駅までは約70m、つまり歩いても指呼の間なのです(アーカイブ「阪堺電車 住吉界隈」参照→こちら)。

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▲住吉公園駅の正面。さながら公民館のような駅本屋で、正面の通路を進んでゆくとホーム頭端部に出る。左側の高架下は南海線の住吉大社駅。'14.4.22 P:高橋一嘉
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▲ホーム端から住吉方を見る。急カーブの途中にシーサースクロッシングが設けられている。左頭上の高架は南海線。'11.1.13 P:名取紀之
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▲住吉公園-住吉間はわずか200mほど。住吉公園駅を発車して急カーブの専用軌道を走った列車はすぐに上町線と阪堺線の交差地点である住吉へと進む(左)。初詣の時期は住吉大社の乗降客で大混雑するため、路側には待合室を兼ねた古風な駅舎(?)も残されていた(右)。'11.1.13 P:名取紀之
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20150908192053-d2cd77f90fe4d3e3bad59acadeee8d83a5375032.jpg阪堺電気鉄道は同区間の軌道事業廃止の理由を「住吉~住吉公園間は、大正2年(1913年)7月に、当時の南海鉄道株式会社が、上町線の住吉神社前(現:住吉)から南海本線住吉公園駅(現在の住吉大社駅)まで延伸し開通したのが起こりで、以後上町線は、天王寺駅前~住吉公園間を運行していましたが、平成26年(2014年)3月のダイヤ変更で、天王寺駅前~住吉公園間の運行の殆どを天王寺駅前~我孫子道間に変更したことにより、現在は朝の7・8時台(平日上下5本、土休日上下4本)のみ運行しています。一方、住吉~住吉公園間の線路は、敷設後60年近く経過し、住吉交差の併用軌道や住吉公園停留場構内のポイント部は老朽化が進行し、今後も安全運行を継続するためには、抜本的改修が不可欠ですが、改修には数億円規模の費用が必要となり、当社の経営に大きな影響を及ぼします。以上の状況から、この度、住吉~住吉公園間の軌道事業を廃止せざるを得ないとの決断に至り、廃止申請書を提出することとなりました。」としています。
▲朝の「終電」が出てしまうとホームへの通路は封鎖されてしまう。それにしても表示されている平日5本、土休日4本の列車本数は都市鉄道とは思えない。'14.4.22 P:高橋一嘉
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▲ガラガラと盛大な通過音とともに平面交差を渡る住吉公園発天王寺駅前行きの列車。この平面クロスも歴史の彼方へと消えて行ってしまう。'11.1.13 P:名取紀之
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「また、老朽化が著しい住吉交差部の軌道の改修を行い、阪堺線の電車運行及び道路交通の安全性向上をはかります。」としており、上町線と阪堺線の平面交差も見納めとなります。なお、廃止日が1月31日(日)ですので、最終運転日は1月30日(土)となりますので注意が必要です。

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▲那珂湊機関区ではJR東海から購入した3輌のキハ11が整備中。吉田社長のお話では就役時には新たな塗装となる予定だという。'15.9.5
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この土日はローカル鉄道・地域づくり大学主催のサマースクールに講師として招かれ、2年ぶりにひたちなか海浜鉄道に行ってまいりました。

20150907162229-e55f0fba98ec2f8a3ee46c0ca27b7cdeb0616706.jpgローカル鉄道・地域づくり大学は、国土交通省任命の地域公共交通マイスターでひたちなか海浜鉄道の吉田千秋社長を理事長に、「強いローカル鉄道経営を実現する」、「地域のシンボルとしてのローカル鉄道の意義を守り育てる」、「単純な成長と経済合理性だけを拠り所としない社会をつくる」を趣旨に、さまざまな活動に取り組んできています。「サマースクール」もそのひとつで、ローカル鉄道を持つ地域行政の担当者や住民、将来の鉄道経営者を夢見る方など幅広い参加者に、鉄道運営の実践を模擬体験し、それを通じてローカル鉄道経営の現場を体験してもらおうと、座学とフィールドワークを組み合わせた二日間のカリキュラムが組まれています。
▲まずは勝田駅前の市民交流センターでオリエンテーション。座学で「ひたちなか海浜鉄道のこれまでとこれから」を学ぶ。'15.9.5
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▲続いて「ガイド付き湊線全線乗車」。勝田14時38分発の135列車で阿字ヶ浦へと向かう。「ガイド」はなんと吉田社長(画面右手前)自らが務める。昨年新設された高田の鉄橋駅を解説。'15.9.5
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▲昨年3月改正から最高速度が50㎞/hから60㎞/hに向上。ひさしぶりの青空の下、軽快に終点阿字ヶ浦を目指す。'15.9.5 金上-中根
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今年で4年目を迎えるサマースクールですが、2回実施されるうちの後半、第2回は従来とは少々趣を変えて鉄道趣味にシフトした内容にしたいと吉田社長からご連絡をいただきました。場違いの感は否めないものの、せっかくのお話ですので、鉄道趣味の歴史をさまざまな資料を実見しながら学んでいただける講座を設定させていただくことにしました。

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▲阿字ヶ浦駅で発車を待つキハ2004+キハ3710-01の2連。画面左側には蒸機時代の名残のコンクリート製給水塔が見える。'15.9.6 阿字ヶ浦
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▲阿字ヶ浦駅の終端部。正面の林の先は斜面となって海岸へと続く。「おらが湊鐵道応援団」ではこの先、国営ひたち海浜公園への路線延伸を夢描いている。'15.9.5 阿字ヶ浦
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初日はひたちなか海浜鉄道の概要と鉄道事業再生までの軌跡を吉田社長自らの解説で学び、引き続いて全線に体験乗車したのち、那珂湊の駅と機関区でさまざまなフィールドワークが行われました。車輌の構造解説をはじめ、キヤノンから貸し出された最新のEOS 7D MarkⅡを使っての一眼レフ撮影体験、駅事務室内に臨時に設置された4台のカラープリンターによる撮ったばかりの作品出力、そして講師を務めた写真家の米屋こうじさんの講評と、参加者の皆さんは時間を忘れて没頭していました。

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▲那珂湊機関区で休むキハ205(手前)とキハ2005(奥)。キハ2005はすでに運用離脱しているが、キハ205の方はまだまだ"現役"を続行するという。'15.9.5 那珂湊
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▲那珂湊機関区のフィールドワークでは区長さん自らがDMH17形機関の構造を解説。しかも実際にエンジンをかけて下さるサービスも。指差しているのは噴射ポンプ調速機。'15.9.5 那珂湊
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阿字ヶ浦の旅館での懇親会の翌朝、何と米屋さん率いる"朝練"チームは5時起きで中根駅へ。朝の2連の運用に入る旧型車(キハ2004)を狙おうというのです。

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▲二日目は那珂湊駅にほど近い釈迦町集会所に移動して座学の続き。「ローカル鉄道を支える地元・行政に聞く」では廃止必至だった湊線がどうやって生き延びたのかを、最当事者の生々しい証言でうかがうことができた。'15.9.6
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那珂湊駅で毎月第一日曜日に開催されている「朝市」を見学したのち、再び座学へ。パネルディスカッション「ローカル鉄道を支える地元・行政に聞く」では、古くは筑波鉄道にはじまり、日立電鉄、鹿島鉄道と県内のローカル私鉄がなぜ消えて行かねばならなかったのか、存続の可能性はなかったのか、それに対して湊線の優位性はどこにあったのかなど、非常に興味深いお話をうかがうことができました。

20150907162554-0444b1350b33ed72ae350aae59fe13f67bdb9824.jpg引き続いて私の講座、そして午後は締めくくりの吉田社長による「ひたちなか海浜鉄道ダイヤ改善事例と増収効果」の講演が行われました。たった数分既存のダイヤをいじるだけで、確実に定期収入をあげることができ、ひいては年間の輸送人員にも大きく貢献することなど、まさにローカル鉄道ならではの視点で、参加された皆さんも熱心に耳を傾けておられました。現在、湊線は阿字ヶ浦4時49分始発の最終0時05分那珂湊着。田圃の中のローカル線でそんな時間帯に誰が乗るのか...との声もあったそうですが、実は潜在需要は多く、震災時の落ち込みはあったものの、輸送人員は毎年見事に右肩上がりで増加しています。
▲カリキュラムのひとつ「鉄道趣味の歴史と現状」では私が講師を務めさせていただいた。'15.9.6 P:米屋こうじ
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▲那珂湊といえば駅猫として今や全国的に有名な「おさむ」くん。駅事務室の継電連動機制御盤の上が定位置。'15.9.5
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このところ雨模様が続くなか、幸いにも好天に恵まれた今回のサマースクール。遠く九州や四国からの参加者もあり、皆さん二日間の収穫を胸に、再会を約してそれぞれの家路につかれました。

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鷲ノ巣駅は今...。

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▲草いきれの中、ひっそりと佇む鷲ノ巣駅。人の気配はまったくない。'15.7.5 P:渡辺康正
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先日は10月で廃止と報道されたことでにわかに注目を浴びている室蘭本線の小幌駅をご紹介いたしましたが(アーカイブ「小幌駅は今...」参照→こちら)、9月1日付けのNHK(札幌)の報道によれば、「地元の豊浦町が観光資源として存続させることを強く希望したことから、今回の廃止は持ち越され」たそうで、新たに来年3月廃止方針の駅として4路線8駅が公表されました。

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▲何かの詰所かと思いきや、これが鷲ノ巣駅の待合室。扉を開けるのもちょっと勇気がいる。'15.7.5 P:渡辺康正
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函館本線鷲ノ巣、石勝線東追分、十三里、根室本線花咲、石北本線上白滝、旧白滝、下白滝、金華の計8駅で、先般の小幌駅に続いて札幌在住の渡辺康正さんが函館本線鷲ノ巣駅の現状をレポートして下さいました。

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▲「カシオペアクルーズ」が通過。夏雲の下にDD51重連のエンジン音が響き渡る。'15.7.5 P:渡辺康正
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鷲ノ巣駅を訪れたのは全くの偶然、思い付きでした。7月初め、昼前に八雲駅で途中下車したものの、次の普通列車まで3時間ちょっと。八雲でゆっくり食事とも思ったのですが、隣の鷲ノ巣駅までは3.1km。どうせ暇なら、とスマホの地図を頼りに道道1029号を歩いてみました。

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▲上りホームから八雲方を望む(左)。下りホームへの構内踏切(右)。'15.7.5 P:渡辺康正
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鷲ノ巣駅の界隈は畑、点在する農家、八雲酪農記念公園の看板、ホテルが1軒あるだけで閑散としています。駅近くのバス停の名前は「鷲の巣信号所前」。まさか駅としての営業をやめたわけではないだろうと思いながら、道道から草深い小道をたどった奥に「鷲ノ巣駅」の看板が見えてきました。

20150903180051-d1ce07eb73b3d1d43fd6b1821a3b2559fb96c09c.jpgけれども、看板が掛かっている建物の道路側に窓はなく、入口にもカーテンが掛かっていて待合室というよりは信号場の詰所のようです。一寸躊躇しましたが、思い切って中に入ってみると、やはり待合室で、椅子には毛布、座布団、枕? ティッシュ、トイレットペーパー、ノート、雑誌、目覚まし時計、うちわなどなどがきれいに置かれ、造花やほおずき、カレンダーなどもあちこちに飾られています。入り口近くには帽子、傘や手提げ袋がかけられていたり、水が入っているペットボトルが置かれていたり...。外見とはうらはらにとても大切にされているようではありましたが、きれいを通り越して、生活感?いっぱいで、荒れた無人駅とは逆の意味で、一見ではちょっと入りにくい不思議な雰囲気でした。
▲何とも生活感が溢れる待合室内。まるでどこかのアパートの一室のよう。'15.7.5 P:渡辺康正
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▲待合室入口側。運賃表や時刻表はともかく、ペットボトルの水やビニール傘、さらには帽子まであるのは謎...。'15.7.5 P:渡辺康正
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待合室の他は簡易なホームが上下に互い違いに1面ずつ。ほとんど利用者がなさそうな場所にありますが、函館本線は鷲ノ巣駅から長万部方向が単線になるので、駅としてもよりも信号場として重要な機能を担っているといったところでしょうか。

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▲函館行き2844Dが到着。待合室内から見るとこんな感じ。'15.7.5 P:渡辺康正
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草いきれの中、特急列車や貨物列車、そして、やって来るまですっかり失念していたのですが、カシオペアクルーズも通過して行きました。長万部行893Dに乗るまでの二時間ちょっとの間、私以外の駅への訪問者は一人だけ。列車の音だけが響く静かな夏の午後のひとときでした。

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▲道道1029号線から鷲ノ巣駅へのアプローチ。この先に「駅」があるとはとても思えない。'15.7.5 P:渡辺康正
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▲製作途中の川越工業高校電気科「電車班」のチャレンジ車輌。極小車輪のボギー台車を履く木造車体。もちろん最終的には塗装が施される。'15.9.3 P:RM(高橋一嘉)
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昨年秋、錦繍の単線非電化線路を見たことのない小さな小さな単車がとことこ走るコマーシャルに釘付けになった方も多いのではないでしょうか。そう、秋田県の旧小坂鉄道線を使ったパナソニックの乾電池「エボルタ」による「廃線1日復活チャレンジ」で、走っていたのは99本の単一アルカリ乾電池を動力源とする「エボルタ電車」。約8.5㎞の線路を走破して地元の皆さんをはじめ多くの人々に迎えられるフィニッシュシーンは何とも感動的でした。

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▲紅葉に包まれた旧小坂鉄道の廃線跡にエボルタ電車が走る。昨年大きな感動を呼んだエボルタチャレンジより。P:パナソニック株式会社(『RM MODELS』236号より)

その「エボルタチャレンジ」が今年も行われます。本日プレス発表されたのは、川越工業高校電気科「電車班」製作によるまったく新たなチャレンジ車輌。全長約4,000㎜×全幅約1,500㎜×全高約2,900㎜のボギー式の電車で、自重は約1.1t、人を乗せて約2tの車輌が単一乾電池エボルタのパワーのみでギネス世界記録に挑みます。そしてその舞台に選ばれたのが、由利高原鉄道。昨年は廃線となった小坂鉄道線を利用しましたが、今年はなんと営業鉄道を使ってのチャレンジです。

20150903185821-c254dce8bad6667a671e985a4b66ae24fab09a26.jpgこのチャレンジには「ギネスルール」というものが定められています。要件は5点あり...
①市販の乾電池のみで車輌を動かすこと。
②車輌だけで700㎏以上を要すること。
③挑戦中、車輌を修理してはならない。
④「上り坂」方面でスタートすること。
⑤20㎞を走りきること。

このレギュレーションのもと、チャレンジは来たる11月3日(火)に由利高原鉄道前郷駅をスタート地点として行われます。

▲由利高原鉄道は今年10月1日で開業30周年を迎える。その記念すべき年にエボルタチャレンジが行われる喜びを語る同社の春田啓郎社長。'15.9.3 P:RM(高橋一嘉)
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▲エボルタ電車のエクステリアデザインを発表する川越工業高校デザイン科の皆さん。'15.9.3 P:RM(高橋一嘉)
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▲エボルタ電池鉄道2015の車輌デザイン。デザインは川越工業高校デザイン科の手によるもの。'15.9.3 P:RM(高橋一嘉)
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▲今回予定されている走行ルート。由利高原鉄道のタブレット閉塞区間、前郷~矢島間をエボルタ電車が走る。片道10㎞、往復20㎞が課せられたテーマ。注目のスタート予定は12時10分。
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ちなみに製作にあたる川越工業高校電気科「電車班」は2011年より「川工電鉄」としてパンタグラフ集電など実際の電車と同様の構造を持つ電車製作を行ってきており、昨年11月には鉄道博物館の「工業高校生がつくる鉄道展」で実際に訪れた親子連れなどを乗せて披露されました。それだけに今回のチャレンジも充分に可能性のあるものとなるはず。本日時点ではまだ完成まで遠いように見えるエボルタ電車ですが、11月3日、紅葉の鳥海山麓でギネス記録を打ち立ててくれるに違いありません。

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▲果たして「乾電池のパワーで世界最長距離鉄道走行チャレンジ」が成功するか...チャレンジ当日まであと2か月、頑張れ川越工業高校。'15.9.3 P:RM(高橋一嘉)
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※記事中、前郷〜矢島間を「スタフ閉塞」と記述いたしましたが「タブレット閉塞」の間違いでした。訂正させていただきます。

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▲一般の部の第一次選考は初日夕方まで掛かっても終わらなかった。広田さんの選考モーションはそれ自体が芸術的!? '15.8.31
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今年で8回目となりすっかり全国区の写真コンテストとして定着した感のある「タムロン鉄道風景コンテスト」(株式会社タムロン主催、さいたま市、さいたま市教育委員会、さいたま商工会議所後援、そごう大宮店、レイル・マガジン協力)の審査が、一昨日、昨日と二日間にわたって、さいたま市見沼区のタムロン本社会議室で行われました。審査はもちろんおなじみの広田尚敬さんと矢野直美さんのお二人。私も第一次選考から第三次選考までお付き合いさせていただきました。

20150902140940-2d1ac3683a8a3687ac2cf8bd00032095146a40ef.jpg今年は入賞作品による写真展を「鉄道の日」に合わせるためスケジュールが全体に一か月ほど前倒しとなっており、自動的に募集期間も昨年より短くなってしまっているだけに応募状況が気になりましたが、最終的には応募総数は昨年とほぼ同じ、「小・中・高校生の部」にいたっては昨年を上回る応募作品が集まり、たいへんな盛況となりました。
▲タムロン本社は現在は「東武アーバンパークライン」と呼ばれる東武野田線七里駅が最寄駅。'15.8.31
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ただ、そうなるとたいへんなのは審査にあたるお二方。3年前から審査が二日間にわたるようになったものの、実に7000点近い作品すべてに目を通し、最終的に87名の入賞者を選出せねばならないのですから、極めて密度の高い二日間となります。

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▲机上に平置きされた第二次選考の状況。審査員お二人が第三次選考に残したいと思う作品をピックアップしてゆく。'15.9.1
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初日はまずタムロン担当者が整理番号順に差し出す作品を最初は広田さん、次に矢野さんが見て選別を行います。これが第一次選考で、この時点で総数の10分の1以下に絞られます。次に第二次選考。今度は広い会議室の机の上に平置きされた第一次選考通過作品を歩きながら再審査。この時点でお二人どちらかがピックアップしない作品は残念ながら選外となってしまいます。このあたりからが"行きつ戻りつ"の選考となり、「やはり選んでおこう」とばかり引き返す場面も一再ではありません。

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▲このコンテストならではの「ユーモア賞」選考も楽しみのひとつ。候補作品を見つけて、矢野さんも思わず笑顔。'15.8.31
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第三次選考では一般の部は100点以下に絞られます。選出作品はほぼ拮抗した作品力となり、この時点で係の方が応募者名の重複の確認を行います。複数応募の場合でも最終的に代表作と目される一枚に絞られるわけです。ちなみに審査員のお二人は作品の裏面に貼られている応募票は最後まで見てはならず、何か疑問点が生じた場合は係員に見てもらうという厳密さです。

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▲そしていよいよ第三次選考へ。ハイレベルな作品で埋め尽くされた机上から、一枚、また一枚と最終選考へと選出されてゆく。'15.9.1
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私は別件があって、二日目のこの第三次選考の途中で失礼せねばならず、肝心の最終選考は拝見できなかったのですが、果たしてどんな作品が今年の大賞となったのか、今から発表が楽しみでなりません。なお、審査結果は9月中旬、タムロンホームページで発表の予定で、10月には関連写真展がそごう大宮店で開催されるほか、上位入賞作品は本誌『レイル・マガジン』2015年12月号(2015年10月21日発売)誌上でご紹介する予定です。

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▲アイルランドに伝わる美しいメロディと、様々なリズムのダンス曲、オリジナル曲などを中心に幅広いレパートリーを持つデュオ・RINKAの演奏。写真は昨年のもの。P:川合宏幸
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毎年この季節になるとご案内している旧三菱大夕張鉄道・南大夕張駅跡を会場として行われる「汽車フェスタ」が、今年も次の日曜日9月6日に開催されます。本格的秋の訪れを告げる風物詩ともなってきた「汽車フェスタ」。ご案内をいただきましたのでさっそくご紹介いたしましょう。

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▲1960年頃の大夕張駅ホーム。客車には緑かがった白線が巻かれていた。P:三菱大夕張鉄道保存会
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秋の空が高い北海道ですが、今年も9月6日(日)に旧三菱大夕張鉄道・南大夕張駅跡を会場として「汽車フェスタ」を開催します。南大夕張駅跡には、炭鉱とその地域を支えた鉄道の貴重な車輌が保存され、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されています。

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▲側面に帯を巻き、1950年代の姿となった客車。P:川合宏幸
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「汽車フェスタ・2015」では夕張市が炭都として栄えた時代の客車塗装を再現、ヤマで栄えた往時の賑わいを偲びます(大夕張鉄道では誤乗防止の為、1961年まで窓下に白線が入っていた。RMライブラリー『三菱鉱業大夕張鉄道』参照)。

20150828135320-687410a04b6fae9dc008b0be07908e30c237e8bf.jpg当日の開催時間は10時から15時まで。ホームのステージではRINKAのライブも行われます。例年通り保線車輌の乗車体験や軽食の露店、鉄道模型の運転、グッズ頒布などを予定しております。また、前日5日(土)の18時より「前夜祭」として列車のライトアップを行います。こちらもぜひお運びください。
▲「汽車フェスタ」の開催に合わせてさまざまな新グッズも登場。P:三菱大夕張鉄道保存会
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なお、汽車フェスタに合わせて新作のDVD「惜別!三菱石炭鉱業鉄道(旧 三菱大夕張鉄道)」もリリースいたします。6時間半分の膨大なVTRから、内容を廃止の年の1987年6月から廃止当日の「さよなら列車」までの車内、走行シーン、沿線風景、運転席添乗シーンなどで構成・編集して72分にまとめました(厚さ1センチの標準透明DVDケース入り)。ほかにも汽車フェスタ限定グッズの販売を予定しています。

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▲ひさしぶりに湖面に姿を現した大夕張鉄道の旭沢橋梁。P:下平浩司
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シューパロダムに水没していた「旭沢橋梁」も、現在は湖面から姿を現しています。初秋の休日、今年も多くの皆様の来場を期待しています。
※三菱大夕張鉄道保存会ホームページこちら

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レイル・マガジン

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