鉄道ホビダス

2015年6月アーカイブ

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▲昨年11月に開業したUAE・ドバイの全線架線レスLRT。P:服部重敬
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今週末と来週末、横浜と豊橋でLRT(次世代型路面電車)関連のふたつの講演会が開催されます。横浜(7月4日土曜日)では今年初めに横浜市が策定した「都心臨海部再生マスタープラン」に基づいてLTR導入の役割と効果を、豊橋(7月11日土曜日・12日日曜日)では第14回中部地区路面電車サミット2015としてLTRを活かしたまちづくりが議論されます。

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▲昨年9月に開業した南フランス・オーバーニュのLRT。一つ目小僧をキャラクターデザインとしている。P:服部重敬
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■2015年夏 LRTフォーラム「LRTで街はどう変わる?横浜都心臨海部導入でどう変える?」
横浜市は、都心臨海部の5地区の回遊性を高める交通手段として、LRTの導入を検討するため、調査予算を昨年度の750万円から今年度は3000万円に増額しました。今回のフォーラムでは「都心臨海部再生マスタープラン」に基づいて、横浜市は5地区の回遊性をどのように高めようとしているのか、LRTの導入でこの地区がどう変わるのか、市民がどのように考えているのか、一緒に考えます。

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▲開業を控え試運転中の米国ワシントンDCのストリートカー。P:服部重敬
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1.日 時 : 7月 4日(土) 13:30 ~16:30 (13:00開場)
2.会 場 : 横浜市開港記念会館 6号室
http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/kaikou/acces.html
3.テーマ :"LRTで街はどう変わる? 横浜都心臨海部導入でどう変える?"
4.内 容
<第1部>
基調講演
 「"まちづくり"におけるLRTの果たす役割とその効果」
 (一財)地域公共交通総合研究所研究員 服部重敬氏
講演2
 「横浜都心部における回遊性の向上について」
 國本直哉氏:横浜市都市整備局都市交通部都市交通課長
<第2部>
講演3
 「フランス人エンジニアが考える横浜のLRT路線」
 ジャン・ピエール ラガリュ氏:
 (株)アンジェロセックCTO(最高技術責任者)
講演4
 「横浜のLRTを走らせる会」からの提案
 古川 洋 :横浜にLRTを走らせる会副理事長
5.参加費: 999円(正会員・学生 500円) 事前申込み不要
6.主 催: 横浜にLRTを走らせる会 
       横浜の公共交通活性化をめざす会
7.問合せ先 : 電話 090-3801-6142
http://lrt.cocolog-nifty.com/yokohama/2015/06/2015-6e9f.html

※当初タイトルをシンポジウムと表記しましたが、講演会に訂正させていただきます。

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▲昨年8月に開業した中国・南京の全線架線レスLRT。P:服部重敬
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■豊橋市電開通90周年記念「第14回中部地区路面電車サミット2015 in 豊橋」
豊橋の路面電車開通90周年を記念し、中部地区の路面電車の愛好支援団体が集う「中部地区路面電車サミット」を下記のように開催します。
主催:とよはし市電を愛する会
共催:中部地区路面電車愛好支援団体協議会
後援:豊橋市、豊橋商工会議所、豊橋観光コンベンション協会、豊橋鉄道(株)
期日:7月11日(土)、12日(日)
場所:名豊ビル(豊橋駅から徒歩5分)
記念講演(豊橋市協力)
日時:7月11日(土)14:00~15:45
場所:名豊ビル8階/コミュニティホール
演題:「路面電車と都市の交通―世界の動きと日本」
講師:(一財)地域公共交通総合研究所 研究員 服部重敬
わくわく鉄道模型運転会、LRT写真展
日時:7月11日(土)、12日(日)10:00~16:00
場所:名豊ビル5階/イベントホール
・名古屋模型鉄道クラブ ジオラマ運転
・ミニほっトラム乗車運転会
・開通当時の市電のある風景画展示
・世界と日本のLRT写真展     ほか
*問い合わせ先
とよはし市電を愛する会事務局 Tel 0532-51-5610

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聖地 ダージリンへ。(9)

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▲グームに到着した"Joy Ride"は駅本屋を一周するように機回しを行う。上り方分岐を折り返して本線上を機回しする786号機。'15.5.2 Ghum
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20150625192012-c6bc916b14f74f5831b1be338d8a21cc47d52728.jpgグームにて
"Joy Ride"の折り返し点グームは標高2257mとインド国内の最高地点駅で、深い谷の崖っぷちに、まさにしがみつくように建っています。建設は1891(明治24)年といいますから、実に120年以上も経つ歴史的建造物です。ちなみにグームのスペルは歴史的には"Ghoom"と綴られており、駅名標などもそのように標記されていますが、最近では"Ghum"とされているようで、インド国鉄(インド鉄道)の公式サイトでも"Ghum"が用いられています。

▲30分ほどの折り返し時間を使って慌ただしく各部の給油が行われる。'15.5.2 Ghum
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▲ダージリンから勾配を登りつめてグームに到着した"Joy Ride"はまず火床整理を行う。といってもピットがあるわけではなく、線路脇に山となったアッシュは常駐の係員が片付けにくる。'15.5.2 Ghum
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"Joy Ride"はここグームに到着すると30分ほどでダージリンへと折り返します。乗車券には駅2階にあるミュージアムへの入場料も含まれており、列車が到着すると乗客はわらわらとミュージアムへ。このミュージアムについては次回ご紹介いたしますが、機関車の方はこの30分の間に火床整理、各部の点検・給油、そして機回しとかなり忙しい作業をこなさねばなりません。

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▲ダージリン側から見たグーム駅全景。左が本線で、右は博物館屋外展示場となっているかつての貨物ヤード。谷には"雲海"が広がっている。'15.5.3 Ghum
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このグーム駅からしばらく行ったところにダージリン屈指の観光名所「タイガーヒル」があります。ご来光とともにカンチェンジュンガをはじめとしたヒマラヤの山々を展望できるそうで、立派なレストハウスなども備えられているとのこと。ただ、初冬の条件が良い時ならともかく、この時期はよほど運が良くなければガイドブックのような眺望を得ることは不可能です。谷に面したグームの駅も霧が多く、日が射したかと思うや、あっという間に濃い霧に包まれてしまいます。グームの町外れに住んでいるという別のタクシー運転手が、「グームは年中霧さ」と嘆息していたのが印象的でした。

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▲火床整理後、上り方分岐を使って機回しを行う786号機"MOUNTAINEER"。駅本屋2階にあるミュージアムへの跨線橋より。'15.5.3 Ghum
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20150625192226-b90f14f1c045f5c1b036b7ad0c1ecf6709fdee68.jpgグーム駅はまさに模型のレイアウトをそのまま実物大にしたかのような実に魅力的な線形となっています。二階建ての駅本屋の両側にレールを支柱とした屋根を持つホームが備わり、谷側には側線群が広がっています。この側線はかつては貨物ヤードや荷扱いホームだったようですが、現在ではミュージアムの屋外展示場として利用されています。この屋外展示場と駅二階のミュージアムをつないでいる跨線橋がまた雰囲気もので、何度かの訪問でもこの跨線橋上から機回しの光景を見るのが至福の時間となりました。
▲グーム駅ホームにもチャイの売店がある。路上のチャイ屋は使い回しのコップだが、ここはプラ製のディスポーザブルで、その点は安心。ちなみに値段は5ルピー(日本円で10円ほど)。かなり甘いがジンジャーが効いていて美味。'15.5.3 Ghum
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▲併用軌道脇を進むブッダ・プルニマの祭列。タクシーの運転手によると、この日は西ベンガル州各地で大渋滞が発生しているとのこと。'15.5.3 Ghum
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ところで、訪れた5月最初の土日はブッダ・プルニマ(Buddha Purunima)と呼ばれる仏教徒にとって最も重要な祝祭の日でした。仏陀が生まれ、さらに涅槃に入ったとされるのがネパール公式歴(太陽太陰歴)のバイサク月(4〜5月)の満月の日。詳しいことは存じませんが、沿線にも祭の長蛇の列が続き、ただでさえ狭隘なヒル・カート・ロードは大渋滞。沿道の家々からは住人が出てきて、敬虔な振る舞いで見送っているのが印象的でした。

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日光軌道線跡で定点観測。

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▲国鉄日光駅前を走る日光軌道線の連接車200形203号。この車輌は現在でも東武博物館で保存展示されている。'67.6.25 P:三谷烈弌
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先週末は所要で日光方面へ。せっかく足をのばしたのに用件を済ませるだけでは面白くないので、わずかな時間を使って日光駅周辺の東武鉄道日光軌道線の軌道跡を"垣間見て"きました。

20150621231015-3aca8a7de2044be61267b5952499e67e9fcf5106.jpg日光軌道線の痕跡についてはかつて安良川橋梁や田母沢橋梁をご紹介しています(アーカイブ「"パリダカ"の増岡さんと足尾・日光のトワイライトゾ~ンを巡る」参照→こちら)が、日光駅周辺は未紹介で、今回は三谷烈弌さんからいただいた往年の写真をもとに、その定点観測もしてみようという趣向です。ちなみに、あらためて昭和30年代の日光駅周辺の写真を見てみると、まだまだ戦後の雰囲気を色濃く残しながらも、たいへんな賑わいぶりであったことが知れます。今年は「日光東照宮四百年式年大祭」の年でJR日光駅も東武日光駅もそれなりに人出はありますが、自家用車での観光が主流になったためか、残念ながらかつての活気は感じられません。
▲上の写真の場所の同定を試みたが、背後の商店もすっかり変わってしまっていた。'15.6.20 P:名取紀之
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▲軌道の改良工事中なのか、ぬかるみの中を国鉄日光駅へと向かう203号。左奥に国鉄日光駅の本屋が見える。'55.3.9 P:三谷烈弌
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▲同地点の現状。1912(大正15)年竣功という木造洋風2階建ての駅本屋だけは変わっていない。'15.6.20 P:名取紀之
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まずはJR日光駅。日光駅は1890(明治23)年8月1日の開業で、現在の2代目駅舎は関東の駅百選にも選定されている由緒ある木造洋風駅舎です。2階には"ホワイトルーム"と通称される旧一等待合室があり(公開)、さらに一階には大正天皇が日光を訪れるに際して誂えられたという「貴賓室」(非公開)があります(アーカイブ「ひと足お先に新宿から日光へ」参照→こちら)。

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▲1/50000地形図に見る日光軌道線。東武日光駅前、日光駅前でループを描いた軌道は神橋を渡り、国道120号線の併用軌道を清滝精錬所へと進み、さらに馬返の終点で明智平ロープウエイと接続している。 国土地理院発行1:50000地形図「日光」(昭和37年資料修正/発行)に加筆転載)
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▲日光軌道線は大谷川に架かる神橋の横を抜けて国道120号線の併用軌道(画面前方)へと進んでゆく。'55.3.9 P:三谷烈弌
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▲その現状。観光名所の神橋はもちろん当時のままで、大谷川の両岸には軌道線の橋台がそのまま残されている。'15.6.20 P:名取紀之
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20150621231258-7774058610e0b0a55e73d8fb2bc22df5f1fbf03d.jpg在りし日の日光軌道線は東武日光駅から国鉄日光駅へとループを描いて結ばれており、なおかつ国鉄貨車との受け渡しのため日光線との連絡線や貨物ヤードも擁していました。JR日光駅構内にはいまだにかつての古河鉱業の広大な貨物ヤード跡地が残り、清滝精錬所への貨物輸送も盛んだった日光軌道線を偲ぶことができますが、路面軌道部分はさすがに跡形もなく、近隣で唯一痕跡を留めるのが御幸町付近に残る架線柱です。日光駅から大谷(だいや)川までは目視でもかなりの勾配で、この架線柱はその勾配途中に人知れず遺されています。

▲東武日光駅と神橋のちょうど中間地点に位置する御幸町では当時の架線柱を見ることができる。'15.6.20 P:名取紀之
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▲今から60年前、金谷ホテルへの坂の途中から見下ろした大谷川橋梁。左が神橋。'55.3.9 P:三谷烈弌
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▲現在では木が生い茂っており、同じポイントからの撮影は困難っだった。多少高度の低い右側よりからの定点観測。'15.6.20 P:名取紀之
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今回は神橋付近に架かっていた大谷川橋梁跡を確認するまでで時間切れとなってしまいました。
日光軌道線の廃止は1968(昭和43)年2月。いわゆる"ヨン・サン・トオ"以前に廃止となっており、実見することはかないませんでしたが、ぜひとも目にしたかった鉄道のひとつではあります。

※明日は不在のため休載させていただきます。

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▲九州の春3月とはいえ冷え込む日もある。雪をかぶった由布岳の威容を背に美しく磨かれた大分運転所のD60 61が見事な白煙を吐きながら鳥栖に向かう。D60 64 638レ '69.3.17 P:新井由夫 (『国鉄時代』vol.42より)
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『国鉄時代』では過去2回、東京をテーマとした特集と組んでいますが、大都市東京はとても語り尽くせものではありません。vol.42は横浜や京阪神も含めて昭和の香りをお届けいたします。例によって山下編集長から今号の見どころをご紹介させていただきましょう。

20150624152719-07eb57bf0732f29573a33afe20684e03c5691074.jpg大都市やその周辺の日常風景の中で息づいていた蒸気機関車、旧型電気機関車、旧型国電など、記録としての価値の高い温もりのある写真・記事で構成しました。山河の風景も確かに趣き深いものですが、時代を象徴するような光景は都市ならではの味わいです。
特集のトップを飾るのは三森康亘さんの名作"有楽町のC62"です。このC62牽引の列車は品川客車区からの回送で、東京駅から通客を乗せ、今年"上野東京ライン"として生まれ変わった連絡線を通って、上野から常磐線に入っていきます。宵闇迫る有楽町の喧噪の中、焼き鳥のにおいの漂うガードをゆくC62は、都市の中では地味な存在。今号の特集を象徴するような写真です。

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▲C62 21〔尾〕が東京発水戸行き列車の回送を牽引し、火灯し頃の有楽町を通過する。繁華街の喧噪の中、ブラストが響いていた。'60 P:三森康亘 (『国鉄時代』vol.42より)
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そんな時代を切り取った写真・記事で、同時代体験のある方には遠い日に思いを馳せていただければ幸いです。また、"佳き時代"を体験していない昭和30年代生まれの私の世代でも、そこはかとない懐かしさの漂う誌面となりました。

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▲(右頁)上野駅の高架線5番ホームで出発を待つ佐倉区のC57 59牽引の成田行き825レ。佐倉区には正面が形式入りナンバープレートのC57が4輌揃っていた。' 69.2.22 上野825レ C57 59〔佐〕P:成田冬紀
(左頁上)上野駅を出発して成田へと向かうC57 8牽引の825レ。成田線のDL化により20日後の3月15日を持って上野駅から蒸機牽引旅客列車は姿を消した。'69.2.23 上野 825レ C57 8〔佐〕P:成田冬紀
(左頁下)常磐線からハドソンが消えた後も、佐倉区のC57が成田線直通列車を牽いて上野駅まで姿を見せてくれていた。昭和43年には成田山新勝寺の御開帳でC57・C58の牽く臨客が多数運転された。'68.5.26 鶯谷付近 推回9825レ C57 77〔佐〕P:成田冬紀
 (『国鉄時代』vol.42より)
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「首都の機関車」は昭和40年代に東京に集った蒸機・電機の点描。煙漂う上野や両国・錦糸町、板橋のD51、EF57やEF15など都会の鉄道少年は毎日のように目にした光景です。「推進運転と『ラッパ屋さん』」も、頻繁に行き交っていたことがつい昨日のように思い出される昭和40年代の上野〜尾久客車区の客車推進回送の記録です。

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▲(右頁上)警報機付特殊制動弁。フライキ(手旗)や信号炎管など取り扱いに必要な器具一式が収められている。'68.8.18 P:新井由夫
(右頁下)上野駅0番線(当時)に推進で回送到着した青森行き125レ。'68.6.18 P:新井由夫
(左頁)推進回送前に特殊制動弁を試験する推進機関士。ブレーキ扱いは機関車上で本務機関士が行う。'68.8.18 P:新井由夫
 (『国鉄時代』vol.42より)
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20150624151919-e48090eb97034098057623efb4663749730fde78.jpg一般記事では巻頭の「名山と蒸気機関車」「天空の径C56と小海線」など季節感溢れた魅力的構成。特別付録DVDは宮内明朗さんの「C58の轍 昭和37年~昭和47年」、畑 暉夫さんの「御殿場線」、瀧藤岩雄さんの「京浜の煙」の三本立て67分を収録しております。

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▲未明の甲府盆地は前夜からの雨が残り小雨、小淵沢は晴れで周辺の山々は新雪で真っ白だった。大カーブから193列車を追いかけていると、4月10日にもかかわらず甲斐小泉を越えたあたりから線路周辺も数センチの積雪となっていた。'72.4 甲斐小泉-甲斐大泉 P:堀越庸夫 (『国鉄時代』vol.42より)
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▲「懐かしの緑色」、緑のツートーンの7000系7037F(左)と黄緑地に緑のラインを入れたカラーの10000系10004F(右)。'15.6.12 住ノ江車庫 P:高橋 修
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今年創業130周年を迎える南海電気鉄道では、先週6月13日(土)から特急サザン1編成(10000系4輌・7000系4輌)を「懐かしの緑色」に塗色変更して運行しています。

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▲10000系10004Fの「懐かしの緑色」は来年3月まで運用に就く予定。側面にはこれまた懐かしのウイングマークも復活している。'15.6.12 住ノ江車庫 P:高橋 修
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南海といえば緑の濃淡のツートーンと思われる方も少なくないかと思いますが、現在の塗色に塗り替えが始まったのは今から23年も前の1992(平成4)年のことで、緑色塗装はまさに"懐かしの..."といえましょう。このリバイバル塗装、南海の創業130周年記念ばかりでなく、1963(昭和38)年から南海線の顔として親しまれてきた7000系車輌が今秋運行を終了することを記念して実施されたもので、7037編成が栄えあるリバイバル塗装となりました。

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▲7000系用の円形デザインと、10000系用の楕円形デザインの記念ヘッドマーク。なお、ヘッドマークの掲出は8月一杯までの予定。'15.6.12 住ノ江車庫 P:高橋 修
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総計90輌が製造された7000系も現在では残すところ18輌。それもこの秋にデビューする8300系(→こちら)に後任を託して引退する予定で、このリバイバル塗色の7000系を目にできるのも9月(7月9日~21日までは7000系現行塗色車使用)までとなります。

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▲運転初日、記念ヘッドマークを掲げ和歌山へ向かう「懐かしの緑色」サザン。'15.6.13 粉浜 P:郷路紘史 (「RM News」より)
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南海電鉄ではこの「懐かしの緑色」サザンの7月までの運用を自社ホームページで公開しています(http://www.nankai.co.jp/traffic/info/130anniversary/→こちら)。
取材協力:南海電気鉄道

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聖地 ダージリンへ。(8)

20150616113408-077473616d5e2da9526e70c2bd8d1df385f1c305.jpg▲カルシャンの機関庫で"水浴び"中の780号機(1892年シャープスチュワート製)。有火で整備状態も良いようで、当然この機関車がマハナディ便の先頭に立つものと思われたのだが...。'15.5.2 Kurseong
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痛恨の"Mahanadi"
新車の話題などが続いてすっかり気の抜けたビール状態となってしまいましたが、5月のダージリン訪問記の続きをご覧いただきましょう。

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▲カルシャンの機関庫は本線の横に建てられた極めて小規模なもの。本線マハナディ方線路上からカルシャン駅方面を見る。庫から780号機が顔を出しているのが見える。'15.5.2 Kurseong
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最初に記したように、今回ダージリン行きを思い立ったのは、3月には仮復旧ながら5年ぶりに全線で運転が再開されるという事前情報をキャッチしたからでした。実際、3月に入るとチンダリア(Tindhria)~カルシャン(Kurseon)間にBクラス牽引による試運転列車が運転され、英国のサイトではその様子が写真入りで紹介されるに至りました。これは期待が持てると5月の訪問を決断したのですが、実はこれが大きな誤算だったのです。

20150616113508-cd44f87077865b437f6183ce2364f45e7218b64e.jpg4月に入ってからの情報では、全線の営業運転再開はないものの、カルシャンと土砂崩れがあったマハナディ(Mahanadi)間7キロほどを使って、週末ごとに"Himalayan on Wheels"と称するBクラス牽引の特別列車が新設されたことがアナウンスされました。これは吉報、少なくとも定期の"Joy Ride"以外にもこのマハナディ便だけは見ることができるはずです。
▲カルシャン駅の賑わい。沿線随一の「町」で、ヒル・カート・ロードとバイパスの合流点でもあるためバスやジープタクシーの発着も多い。'15.5.2 Kurseong
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▲カルシャン駅前後にはバザールが広がり、本線線路上にも人やモノが溢れる。'15.5.2 Kurseong
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果たして期待の5月2日土曜日朝、ダージリンからタクシーをチャーターして勇躍カルシャンへと向かいました。所要一時間。すっきりと晴れたカルシャンは絶好の撮影日和です。まずは駅より少し先にある機関庫へ様子を見に行くことにし、タクシーを待たせて本線脇の庫へ。折しも出庫準備(...と勝手に思った)中の780号機が煙を上げています。庫の奥には現存最古の779号機(1892年シャープスチュワート製)がロッドを下して整備中で、しばし庫内を探索。それではとばかり詳しい運転予定を聞きに駅へと向かいました。

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▲そしてこれが非情な告知。'15.5.2 Kurseong
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悲劇はその駅で待っていました。出札窓口の横に貼られた紙片に書き込まれていたのは"CANCELLED TODAY"の非情な一文。ナローゲージ・レイルウェー・ソサエティー(私も入っている)のメンバーだという英国紳士が係員に詰め寄っていましたが、状況が覆ろう筈もありません。いったい庫で煙を上げていた780号機は何だったのでしょうか...。

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▲カルシャン駅構内からマハナディ方向を見る。本来はこの本線(画面右側)をBクラスの牽く"Himalayan on Wheels"が走るはずだった。'15.5.2 Kurseong
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残念無念。まさか同じタクシーで再びダージリンへと戻る羽目となろうとは...思いもかけぬ痛恨の一日となったのでした。

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▲結局何の成果もなく、カルシャン構内で"動いて"いたのは子供たちの遊び道具と化した仮台車だけ。'15.5.2 Kurseong
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▲土讃本線で試運転に挑む初のF級ディーゼル機関車、DF40。横圧の問題では苦しんだが、DF50とともに試作機としては長く四国の地で活躍した。'56.4 P:西尾源太郎 (RMライブラリー『国鉄F級ディーゼル機関車』より)
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今月のRMライブラリーは岩成政和さんによる『国鉄F級ディーゼル機関車』をお届けします。

20150619163818-f0ef9db1b3295e2f3a368ab35c80ed7cdde56c45.jpg国鉄におけるディーゼル機関車は、戦前は試験的な輸入やDB10の製作などはあったものの、本格的に実用化されたのは戦後、1950年代に入ってからのことです。まず1953(昭和28)年に三菱グループの製作によるDD50が登場、その結果が良好であったことから、その実績を下敷きにDF50形が製作されることになりました。機関はDD50に引き続きスイス・スルザー社のエンジンを新三菱重工がライセンス生産したものを使用し、100kWの主電動機6基を駆動する電気式となりました。

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▲国鉄の本線用ディーゼル機関車としては初めて本格的に量産されたDF50形。しかし、以後の量産機はD級やE級となり、F級ディーゼル機はJR貨物DF200形まで大きな空白期間が空くことになった。 (RMライブラリー『国鉄F級ディーゼル機関車』より)
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実はDD50とDF50の間には本線用F級試作機として川崎グループによるDF40、日立によるDF90が製作されていますが、これらとDF50の大きな違いは、DF40とDF90の軸配置がC-C配置だったことです。旅客列車の無煙化に大きな期待を持たれて土讃本線に持ち込まれたDF40は、営業開始前に線路にかかる横圧が想定以上に大きいことが判り、改良のため一旦工場に戻されるなどしていました。DF50の投入が想定される線区も土讃本線のように峠越えやカーブが多いことから、この対策としてDF50では国鉄初のB-B-B配置が採用されました。これはその後、EF60以降の新型電気機関車で主流となることになります。

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▲日立製作所が独自に製作した試作機DF90形。本格的な本線列車牽引用として試作されたもので、試用した国鉄ではC62に替えて常磐線での急行「北上」の牽引に投入した。 (RMライブラリー『国鉄F級ディーゼル機関車』より)
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こうして三菱グループにより製作が開始されたDF50でしたが、後を追う様に川崎・日立でも並行して製作されることになり、こちらにはDF40やDFF90でも使用したドイツ・MAN社の機関をライセンス生産したものが搭載され、500番代に区分されることになります。結局、DF50形は0番代65輌、500番代73輌の138輌が製造され、日本で初めて本格的に量産された本線用ディーゼル機関車となりました。しかし、1962(昭和37)年には液体式の純国産機DD51が登場し、これ以降、国鉄では在来線用F級ディーゼル機関車が量産されることはありませんでした。

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▲国鉄最大・最速というスペック、そしてその流麗な外観に対して、あまりにも地味な生涯を送った新幹線用ディーゼル機関車911形。 (RMライブラリー『国鉄F級ディーゼル機関車』より)
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本書は、本誌『レイル・マガジン』303号で発表された「DFものがたり」とベースとしながら、なぜ「日本の国鉄ではDFではなくDDが主流になったのか」という疑問を導入部に、DF50形と、その前後に登場した試作機5形式(DF40→二代目DF91、DF90、初代DF91→台湾国鉄R0、DF41→DF92、DF93)、そして新幹線用911形について解説するものです。試運転当時のDF40形や台湾に輸出されたDF90(初代)の登場当初など、多数の貴重な写真とともに、国鉄における「DF」を通観する一冊です。

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▲2016年春に登場する「観光電車」外観イメージ。国内のみならず、訪日外国人を視野にいれた多様なニーズの貸切運行も予定しているという。提供:西武鉄道
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来年(2016年)春、西武鉄道に全席レストラン車輌という「観光電車」がデビューします。昨日同社が正式に発表したもので、「観光電車の開発は2015年度までの西武鉄道100年アニバーサリーの集大成であり、つぎの100年に向けて新たに運行を開始する」としています。

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▲3号車「厨房車輌」のオープンキッチンスペースのイメージイラスト。提供:西武鉄道
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種車となるのは現在、飯能~西武秩父駅間を中心に運行している4000系。現在はセミクロス・シートの車内は、「乗って楽しい」「食べて美味しい」をテーマに、すべての座席で食事が楽しめるようになります。4輌編成の定員は実にわずか52名。2号車と4号車をオープンダイニング車とし、両車に26名ずつの定員が割り振られておりますが、挟まれるかたちとなる3号車はオープンキッチンスペースの厨房車輌、1号車は多目的スペース車輌と、定員は設定されておらず、利用者が自由に楽しめる空間が用意されます。

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▲4000系「観光電車」の編成概要。(西武鉄道プレスリリースより)
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エクステリアデザインも従来の通勤車輌や特急車輌とは趣きを変え、西武線の代表的な観光地である「秩父」をモチーフとして、自然を貫く荒川の水の流れを表現するなど、これまでにない斬新なものとなるようです。同様にインテリアも沿線の伝統工芸品や地産木材を一部に使用、車内演奏会や映画上映会、各種体験コーナーの設置、さらには結婚式や披露宴などの開催も可能なスペースも設けられる予定です。

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▲2号車のオープンダイニングのイメージ。このレンダリングでは2+1の座席配置が描かれている。提供:西武鉄道
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■西武鉄道「観光電車」概要
◇仕様
(1)車輌形式 4000系車輌(4輌1編成をリメーク)
(2)車輌愛称 未定
(3)編成定員 4輌編成/52名
(4)運行開始 2016年春以降を予定
 ※具体的な運行開始日はあらためて告知する予定
(5)運行区間 池袋~西武秩父間・西武新宿~西武秩父間・西武新宿~本川越間などを予定
(6)運行日 臨時電車として、土休日を中心に年間100日程度の運行を予定

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▲4号車のオープンダイニングのイメージ。2号車とはシートの色調や天井部の意匠が異なるのがわかる。提供:西武鉄道
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◇食事内容
 新しい食と旅のスタイルを優雅に楽しんで頂ける内容を予定している。
 具体的な食事の内容はあらためて告知する予定。
◇クリエイティブ
 西武鉄道観光電車は各方面のスペシャリストの意見や協力により、乗客に新しい旅のスタイルを楽しんで頂けるよう努めていく。
 ◆総合プロデュース・オペレーション 株式会社NKB
 ◆エクステリア・インテリアデザイン 隈研吾建築都市設計事務所 隈 研吾
 ◆シンボル・ロゴデザイン      フレイム 古平正義
 ◆ネーミング・キャッチコピー開発  谷山広告 谷山雅計
(敬称略)

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▲発表された東京メトロ13000系の完成予想図。(東京地下鉄・東武鉄道プレスリリースより)
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03系18m車の牙城となっている東京メトロ日比谷線に新型20m車を投入する計画は昨春に発表されていますが、本日、東京地下鉄と東武鉄道連名でその新型車輌の基本仕様が発表されました。導入時期は2016年度から2019年度。東京メトロ日比谷線・東武スカイツリーラインの相互直通運転は、ホームドアの設置を含めて大きく変貌を遂げることになります。

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▲仕様共通化によって兄弟車となる東武鉄道70000系。(東京地下鉄・東武鉄道プレスリリースより)
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車輌形式は東京メトロが13000系、東武鉄道が70000系で、もちろん20m車。現在、3扉車と5扉車(前2輌・後2輌)が混在する相互直通車輌のすべてを4扉車輌(20m化7輌編成)に統一し、車輌機器や車内の主要設備について仕様の共通化を進められています。

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▲東武鉄道70000系の車内装備イメージ。ドア上の車内表示は17インチワイド液晶の3画面搭載となる。(東京地下鉄・東武鉄道プレスリリースより)
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エクステリアデザインは、東京メトロ13000 系の方は歴代の3000 系や03 系の系譜を踏襲しながらも、近未来的な形状アレンジを加えたものとなります。カラーリングは路線イメージを意識した配色とし、これまでのデザインを一新した車輌を表現しています。一方の東武鉄道70000 系は、現行の日比谷線直通車輌20000 系のコンセプトカラー「ロイヤルマルーン」をもとに、「赤」と「黒」の2つの原色に再精製することで、現代の先鋭的なカラーリングに昇華させ、日比谷線直通車輌の刷新を表現しています。

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▲在来車輌との比較。(東京地下鉄・東武鉄道プレスリリースより)
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今回の仕様共通化により、2社で異なる車輌機器や車内の主要設備が統一化され、フリースペースや優先席の位置なども統一化されることから、より利便性・快適性の向上が図られることとなります。また、車内1 人あたりの座席幅の拡張や座席横仕切りの大型化等による座り心地の向上、車いす・ベビーカーご利用のお客様や手荷物の多いお客様に配慮した全車輌フリースペースの設置、および車端部の座席を全て優先席とするなど、さまざまな配慮もなされる予定です。

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▲編成形態の概念図。編成は、03系の18m車8輌編成から、20m車7輌編成となる。電動軸と付随軸の分布に注目。実力3.5M+3.5Tとなる。(東京地下鉄・東武鉄道プレスリリースより)
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■車輌の設備について
【車内快適性の向上(共通仕様)】
●車内空間を快適にするため、58.0kW の冷房能力を持った冷房装置を導入。
●座り心地を向上させるために、1人あたりの座席幅を広げ、クッション性を改良。
●曲線走行時のレールと車輪から発せられる騒音を低減するため、操舵台車を採用。
●混雑時に手荷物などが着座されているお客様に接触しないよう座席横の仕切りを大型化。
●開放的な車内空間とするため、連結面や座席横の仕切り、荷棚に透明な強化ガラスを採用。
【環境負荷低減(共通仕様)】
●永久磁石同期モーター(PMSM)の採用により、現行の東京メトロ03 系VVVF インバーター制御車輌と比較して約25%、現行の東武鉄道20050 型VVVF インバーター制御車輌と比較して約25%の駆動系消費電力量を削減します。
【車内装備(共通仕様)】
●海外からの利用客が増加している状況を踏まえ、乗換案内や駅設備案内を多言語に対応するとともに、ニュースや天気予報等、より多くの情報を見やすく、きめ細やかに提供するため、各ドア上部に17インチワイド液晶の車内表示器を3画面搭載。
●車いす・ベビーカーをご利用の方、旅行等で手荷物が多い方に配慮し、全車輌にフリースペースを設置。
●車端部の座席を全て優先席とする。

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▲束の間の梅雨の晴れ間、初夏の日差しを浴びて7403レが武川へと向かう。'15.6.13

先週末は趣味の大先輩方のお誘いでひさしぶりに秩父鉄道へ。といっても今回のメインは秩父本線ではなく、武川(たけかわ)駅と熊谷貨物ターミナルを結ぶ「三ヶ尻線」を訪ねてみようという趣向です。

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▲秩父鉄道三ヶ尻線の概念図。三ヶ尻線は秩父本線の武川駅から太平洋セメント熊谷工場(三ヶ尻)を経由してJRの熊谷貨物ターミナルまでを結んでいる。(国土地理院「電子国土」に加筆)
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秩父鉄道三ヶ尻線は武川-太平洋セメント熊谷工場-熊谷貨物ターミナル間7.6㎞を結ぶ貨物線で、専用線・専用鉄道ではなく正規の秩父鉄道の路線です。『鉄道要覧』によれば運輸開始は1979(昭和54)年10月1日。上越新幹線建設にともなってそれまで熊谷で承継していたJRとの貨物連絡が新設される熊谷貨物ターミナルに移行することから、その連絡線として新設されたものです。

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▲熊谷貨物ターミナル側から太平洋セメント熊谷工場を見る。本線に比べて新しい三ヶ尻線は全区間にわたってコンクリート製の門型架線柱が建植されている。'15.6.13
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▲三ヶ尻線とJR高崎線の合流部。しばらく併走するかたちとなり、熊谷貨物ターミナルへと続く(右写真奥が熊谷貨物ターミナル)。'15.6.13
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影森や武州原谷から出荷された鉱石は、この三ヶ尻線を経由して太平洋セメント熊谷工場に送り込まれるわけですから、輸送量もそれなりに多く、おしなべて一時間に一往復程度の列車密度となっています(本誌7月号付録ダイヤ参照)。

20150615125609-77d5cf46027ee9917c720e95b14b0379461dc3dc.jpgところが、武川-太平洋セメント熊谷工場間は、「今日の一枚」にも数多くのご投稿があげられていることからも知れるように広く知られるところですが、熊谷工場-熊谷貨物ターミナル間となると意外にその実態が知れません。それもそのはず、多くの貨物列車は熊谷工場までの運用で、熊谷工場-熊谷貨物ターミナル間の列車本数は極端に減ってしまうからです。実は同区間の定期列車は扇島から来る燃料輸送の石炭列車を引き継いで熊谷工場に出し入れするのみで、ダイヤ上の設定でも3往復だけとなっています。
▲途中で見かけた間接式遮断竿の踏切。'15.6.13
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▲三ヶ尻線の起点となっている武川駅(左)は、秩父鉄道の貨物輸送にとっていわば下流側の要衝で、構内には何輌もの電気機関車が駐機している。ちなみにこの跨線橋はモデラーにとっては屋根上観察の絶好ポイント。'15.6.13
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武川駅からも熊谷駅からも徒歩ではアプローチしにくいこともあってか、この熊谷工場-熊谷貨物ターミナル間の様子はなかなか伺いしれません。ただし、東武鉄道東上線への新車搬入ルートとしても機能しており、甲種輸送の際は注目の区間となるようです。
残念ながら今回は土曜日ということもあって、熊谷工場-熊谷貨物ターミナル間の走行シーンを目にすることはできませんでしたが、次の機会にはぜひとも同区間を行く石炭列車の姿を見てみたいものです。

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▲17時過ぎ、満載のヲキ、ヲキフを連ねて7106レが工場を目指す。土曜日とはいえ、三ヶ尻線武川-熊谷工場間の鉱石輸送は21時過ぎまで続く。'15.6.13
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阪神5700系登場。

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▲地球への優しさと人へのやさしさをテーマに開発された5700系。ステンレス車体に普通用車伝統のブルーを配色。'15.6.12 尼崎車庫 P:高間恒雄
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普通用ジェットカーとしては実に20年ぶりのフルチェンジ車となる阪神5700系が誕生し、先週末に報道公開が行われましたのでさっそくお目にかけましょう。

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▲豊かな摂津灘の海をイメージし、床、座席にきらめく水模様をアレンジした客室内。'15.6.12 尼崎車庫 P:高間恒雄
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5700系はMc1+M1+M2+Mc2の4輌編成。車体は急行系で近鉄・山陽および神戸高速線乗り入れ対応の1000系に準じたステンレス製レーザー溶接構体を採用。普通用車は阪神線内と神戸高速線運行のため(仕様上は山陽電鉄須磨浦公園まで乗り入れ可能)、搭載機器が少ないことから乗務員室後部の客室が広くなっているなどの相違があります。新たに誕生した5700系は、正面は1000系をベースとしながら、裾部分を絞ったように見えるようなデザインとなっています。ジェットカー伝統のブルーを扉部に大きく丸くあしらったデザインも特徴となっています。

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▲形状を「く」の字形にすることで安全性と快適性を両立した座席端部の仕切板(左)。阪神としては初めて乗客が操作できる扉開閉ボタンを設置(右)。'15.6.12 尼崎車庫 P:高間恒雄
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インテリアもブルー基調のイメージで、床と座席にきらめく水模様をあしらい、吊り手と出入口の取手もブルーとなっているなど、1000系とはかなり異なるイメージとなっています。また、座席端部にはくの字形の大型仕切りを採用して、出入口に立つ乗客がもたれやすい配慮もなされています。普通列車では停車時間が長いケースも多いことから、保温・保冷を考慮して乗客自身で操作できる扉開閉ボタンが初めて設けられたことも特筆されます。

20150615132208-16dfde78b5e21fc5adad8097e8072eb59d30a6ac.jpg全電動車の編成ですが、両先頭車は主電動機2個を後ろよりの台車のみに装備していて、全体として3M1Tと同等の駆動軸数としています(5500系増備ので3M1Tの5550系と同等)。主電動機は永久磁石同期電動機(PMSM)を採用していますが、VVVFインバータ制御装置とともにグループ会社の阪急電鉄の新1000系と共通のものを使用しています。先頭車と中間車で1組を構成し、制御装置は中間車に自車の4M分の2群、先頭車の2M分の1群を設置しており、いわば阪急新1000系のものから2M分をとった設計となっているのも特徴です。
▲出入口上部に設けられた32インチハーフサイズの液晶式車内案内表示器は4か国語(日・英・中・韓)を表示。'15.6.12 尼崎車庫 P:高間恒雄
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▲優先座席付近の座席、吊手は緑色に統一してスペースを明確化している。'15.6.12 尼崎車庫 P:高間恒雄
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補助電源装置(SIV)はSiC素子を適用した高効率のものを両先頭車に設置しています。また、台車はボルスタレス式からボルスタ付に変更されています。パンタグラフは回生電力が増えたことから編成で3基(M1に2台、M2に1台)となっています。なお車内に設けられた32インチの液晶式車内案内表示器も阪急電鉄新1000系と共通のもので、4か国語が表示可能です。

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▲ジェットカー伝統のブルーを扉部に大きく丸くあしらった先頭車側面。側面行先表示器はフルカラーで、関西では初めて行先に加えて次停車駅の情報も表示。'15.6.12 尼崎車庫 P:高間恒雄
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現在営業に向けた調整中で、営業運転開始は8月頃の見込み。本年度は1編成が導入され、今後5001・5131・5331形青胴車を置き換えて、これらと同数の13編成を製造する計画で、まずは5131・5331形電機子チョッパ制御車から先に姿を消すと思われます。
取材協力:阪神電気鉄道株式会社

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▲トゥーンは駅舎もなく、ヒル・カート・ロードの崖側に小さな待合室があるだけの乗降場のような駅(画面には写っていない)。7時33分、朝陽を浴びて登ってきたダージリン行きのレギュラー・トレイン52587レが、数人の客の待つトゥーンに到着しようとしている。'15.5.4 Kurseong-Tune
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もうひとつのダージリン"NDM6"
今や"ブルーエンジン"Bクラスによる定期列車はダージリンとグームの間を走る"Joy Ride"だけとなってしまったダージリン・ヒマラヤ鉄道(DHR)も、カルカ・シムラ(Kalka-Shimla Railway)やマテラン(Matheran Hill Railway)など他の山岳鉄道から比較するとディーゼル機関車の導入は遅く、2000(平成12)年になってからのことでした。

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▲NDM6形に牽かれてダージリンを後にグームへと向かうカルシャン行き52544レ。'15.5.1 Darjeeling-Ghum
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NDM6形と称するエンドキャブのB型機は、1997(平成9)年からマテランに導入されて実績を積んだもので、604号機が1999(平成11)年末に、続く605号機が翌2000(平成12)年2月にニュージャルパイグリに到着し、ダージリンでのディーゼル運転が開始されました。ちなみに、導入当初はマテランと同様に赤く塗られていたそうです。

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▲"Joy Ride"を牽いて折返しを待つNDM6形601号機(右)とカルシャン発の52587レを牽く604号機がグームで顔を合わせた。なお、NDM6形のトップナンバーは600号機で、こちらはマテランで活躍中。'15.5.3 Ghum
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20150611182005-50d3dd7ae96d0594fe82bbdae33ed22e10a526f8.jpgこの両機が無煙化の先鞭をつけたかたちでしたが、なぜかDHRは蒸気機関車に拘り、ほぼ同時期に既存のBクラスをオイル焚きに改造する試みを始めます。実験台となったのは787号機(1913年ノース・ブリティッシュ製)で、2002(平成14)年に無様な姿のオイル専燃機に改造されてしまいます。2005(平成17)年にも2輌のテスト機を導入、なぜ内燃化ではなく外燃のままオイル・バーニングに拘ったのかはわかりませんが、いずれの試験も成果を収めることができず、結局、2008(平成20)年にはこのプロジェクトはすべて取りやめとなってしまいました。
▲NDM6形のキャブに貼られたインド鉄道(インド国鉄)のロゴ・ステッカー。'15.5.3 Darjeeling
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▲NDM6形のプロフィール。ホイールベース間に500ℓの燃料タンク、その左右に砂箱が備わり、さらに脱線復旧時のリフティング・ポイントが標記されているのがわかる。'15.5.3/'15.5.1 Darjeeling
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一方、堅実に実績を積んできたNDM6形は2006(平成18)年に601号機と602号機をマテランからコンバート、601、602、604、605の4輌体制が確立しました。

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▲斜面にびっしりと密集した住宅街をバックにダージリン行きのレギュラー・トレイン(52545レ)が行く。ちなみにヒル・カート・ロードはかなりの交通量で、よほど運が良くなければクルマやバイクが画面に入ってしまう。'15.4.30 Ghum-Darjeeling
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このNDM6形はバンガロールにあるSAN(Suri And Nayar Engineering & Locomotive Co.)が製造した17t機で、搭載機関はカミンズ製の6気筒ディーゼルエンジン。ロスターによれば335hpの出力を持ち、最高速度は30㎞/hとされています。形態的にはあまり触手の動くものではない気もしますが、模型の世界では結構人気があり、イギリスでは19分の1スケールのラジオコントロール大型模型も含めて各スケールで模型化されています。

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▲グームを発車、バザールの中の併用軌道を縫うように走る52544レ。線路内立ち入りどころか、飛び出し、直前横断とまさにカオス状態。'15.5.3 Ghum-Sonada
※クリックすると動画(「今日の一枚The Movie」)にとびます。

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▲暮れなずむ石狩月形駅で交換する583D(右)と5430D(左)。札幌近郊の札沼線非電化区間でもいまだにキハ40形(400番代)が活躍中。'11.11.8 石狩月形
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先月、JR東日本が新潟・秋田地区に、新型電気式気動車を大量投入する計画(アーカイブ「JR東日本 新型電気式気動車を大量投入へ」参照→こちら)を発表いたしましたが、JR北海道でもキハ40形の老朽取替用として、やはり電気式気動車の試作車(量産先行車)を製作することが発表されました。

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▲札沼線豊ヶ岡駅に到着する5428D。かつての臨時乗降場を思いださせる1輌分だけのホームと、なぜか離れた位置にある赤い屋根の小さな待合室が微笑ましい。キハ40形の中で2輌だけの400番代は客室扉が萌黄色に塗られているのが特徴。'11.11.8 豊ヶ岡
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JR北海道所有のキハ40形は現在140輌。製造年はいずれも1977(昭和52)年から1982(昭和57)年と、すでに車齢32~37年を経ており、早晩取り替えが必要となってきます。そこでJR北海道では試作車(量産先行車)を製作し、走行試験等による二冬期の検証を行ったうえで2019(平成31)年度以降に量産車の製造を予定しています。

注目すべきは、この新製車輌が「同時期に投入を予定している東日本旅客鉄道株式会社の車両と主たる仕様が同一の電気式気動車」(プレスリリースより)としている点でしょう。JR北海道は電気式のメリットとして、推進軸や自在継手等の落下につながりやすい部品をなくすことで安全性が向上するほか、故障しやすい機器(変速機等)をなくすことで信頼性が向上し、なおかつメンテナンス時の負担を軽減するとともにコスト低減が図れるとしています。

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▲変速機式(上)と電気式(下)の駆動システムの模式図。(JR北海道プレスリリースより)
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試作車の製作輌数は2輌(予定)で、2017(平成29)年度の投入を予定。単行運転可能な両運転台を備えたワンマン車で、冷房装置のほかに車いすスペースや車いす対応トイレを備えたバリアフリーな車輌となりますが、最終的な製作輌数は従来車輌の保有数140輌より下回る見込みと発表されています。なお、JR東日本では新型電気式気動車の製造を「公募調達」方式によって発注するとして注目を浴びていますが、JR北海道の同仕様車調達がどのようなかたちになるのか、その点も注目されます。

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▲上野駅構内に設けられる専用ラウンジ「PROLOGUE 四季島」のイメージ。提供:JR東日本
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再来年(2017年)春の運行開始を目指して着々と準備が進んでいるJR東日本の新しいクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」(トランスイートしきしま)。その専用ラウンジが始発駅となる上野駅に設けられることが決まりました。

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▲「TRAIN SUITE 四季島」のエクステリアイメージ。提供:JR東日本 (再掲)

「TRAIN SUITE 四季島」の始発駅が上野駅となることが正式に発表されたのも初めてで、「北斗星」なきあとのあの上野駅に、ふたたび新たな寝台列車の仲間が戻ってくることとなります。

20150610141312-0026944b31f2c3ed9e572996dedc8f209a5179ff.jpg上野駅構内に、出発前の待合わせスペースとして、利用客専用のラウンジ「PROLOGUE 四季島(プロローグしきしま)」を新設、飲み物や茶菓を楽しみながら、出発前の特別なひとときが楽しめる空間となります。デザインは車輌と同様にKEN OKUYAMA DESIGN(代表 奥山清行さん)が担当されます。以下、昨日JR東日本から発表された専用ラウンジの概要です。
▲専用ラウンジ「PROLOGUE 四季島」のロゴ。提供:JR東日本
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○名 称:「PROLOGUE 四季島(プロローグしきしま)」
○名称由来:「TRAIN SUITE 四季島」の乗車前にお客さまにくつろいでいただく空間であるとともに、これから始まる「Golden Experience(感動体験)」の序章として、お客さまの期待感、特別感を感じていただく空間をイメージし命名いたしました。
○設置個所:上野駅構内
○設置時期:「TRAIN SUITE 四季島」運転開始時(2017 年春)
○予定している主なサービス
・出発時のチェックイン・お手荷物のお預かり
・出発までのひと時をくつろいでいただく飲み物や茶菓の提供
・上野駅でのバレーサービス(お車の駐車場回送サービス)
・ご自宅や宿泊先等から上野駅までのハイヤーサービス
・上野駅構内でのポーターサービス

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▲先頭車の展望エリアのインテリアイメージ。提供:JR東日本 (再掲)
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また、この発表と同時に「TRAIN SUITE 四季島」の車内で提供される料理の監修・料理人も発表されています。料理の監修は、日本人として初めてミシュラン一つ星を獲得した中村勝宏さん(JR東日本グループ「日本ホテル株式会社」取締役統括名誉総料理長)。その中村勝宏さんに師事し、2008年の北海道洞爺湖サミットでは料理制作に参加した「ホテルメトロポリタン丸の内Dining & Bar TENQOO(テンクウ)」の料理長を務める岩崎均さんが、「TRAIN SUITE 四季島」の車内調理における総料理長として腕をふるうこととなります。

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▲先頭車(展望エリア付き動力車)2輌、パブリックスペースとしてラウンジ車1輌、ダイニング車1輌、パーソナルスペースとして客室のデラックススイート車1輌、スイート車5輌の10輌編成となる「TRAIN SUITE 四季島」編成イメージ。提供:JR東日本 (再掲)
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なお、これらの発表と合わせて「TRAIN SUITE 四季島」に乗務するトレインクルーの募集も開始されました(→こちら)。2年前のちょうど6月に新たなクルーズトレインの構想が発表された際は、まだまだ先のこと...と思っておりましたが、気づいてみると誕生まで二年を切っており、これから「TRAIN SUITE 四季島」の話題がますます盛り上がってくるに違いありません。
■「TRAIN SUITE 四季島」専用ホームページ→http://www.jreast.co.jp/shiki-shima/

※列車編成イメージやイメージパースは昨年6月に発表されたのものであり、変更になる可能性があります。

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Westpoint Watering Pointのこと。

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▲ウエストポイントで給水中の794号機。本機は数ある英国製Bクラスの中にあって、米国ボールドウィン製(1917年)という異色機。'94.12 Westpoint P:高橋卓郎
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先週末にご紹介した"Westpoint Watering Point"をご覧になられた高橋卓郎さんから、今から21年前、1994(平成6)年12月にダージリンを訪問された際の同給水ポイントの写真をお送りいただきました。

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▲同じく"Westpoint Watering Point"で給水中の上り列車。現在の写真と比べてみると、円形のポリタンク状の水槽は当時はまだ鉄製角型のしっかりしたものだったことがわかる。背後の住宅も階段の手すりに面影を残すものの、すっかり変わってしまっている。'94.12 Westpoint P:高橋卓郎
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もちろん当時はまだ全線で"ブルーエンジン"が活躍しており、写真の列車はカルシャンとダージリンを結ぶいわゆるスクールトレインだそうです。牽引機は794号機。高橋さん訪問時にはスクールトレイン専用機になっていたようですが、同機はその後、ダージリンの地を離れ、2001年に同じインドの2フィート山岳鉄道=マテラン鉄道(Matheran Light Railway)に移籍しています。

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▲廃レールを組んだ櫓の上に水槽2基が並んでいるだけの給水設備。水利が良くないダージリンでは、こういった小規模な給水設備が随所に見られた。'94.12 Sukna P:高橋卓郎
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▲まるで樋のようなものをサドルタンクの給水口に差し込んでの給水。コールバンカには溢れるほどの塊炭が積まれており、ダージリンまでの道のりの長さを物語る。'94.12 Sukna P:高橋卓郎

「水利が良くない沿線では各所に簡易な給水所が設けられており、有名なトゥーン(Tung)先の給水ポイント以外にも、線路端に給水タンクがある地点がいくつかありました」と高橋さん。チンダリア(Tindharia)工場から見えた給水タンクの写真(下)も添えて下さいました。

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▲チンダリア付近を行く列車。画面右下の斜面に張り付くように小さな給水設備が見える。'94.12 P:高橋卓郎
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「起点のニュージャルパイグリからダージリンへ向かう列車は、ひと抱えもある"塊炭"を積み、コールマンがハンマーで割りながら丘を越えて行くのですが、その石炭もカルシャンに到着する頃にはクズ炭のみになり、カルシャン駅では給水・給炭風景が見られました。」(高橋さん)
20年以上の歳月を経て、ダージリンも大きく変わってしまったようですが、細々とながらも20年前とさほど変わらぬ給水風景が見られるのは奇跡的とも思えます。

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聖地 ダージリンへ。(6)

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▲ダージリン駅2番ホームに停め置かれたFH-14展望サロンカー「エベレスト」。全長8mほどのボギー客車。'15.5.3 Darjeeling
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その名も「エベレスト」
ヒマラヤ山脈に連なる尾根に位置するダージリンにとって、もっとも身近な高峰が世界3位の標高を誇るカンチェンジュンガ(8586m)です。この季節はなかなかその姿を見せてはくれませんが、まさに"聳える"その存在感は、3000m級の山しか知らない私たち日本人にとっては、いわばカルチャーショックともいえるものです。

20150606234253-5641ab51a1284a28c4b5465ebdb8e10111ae8d13.jpgしかし、ヒマラヤと言えばやはり世界の最高峰「エベレスト」(標高8848m)が思い浮かぶのではないでしょうか。近年では英語のエベレストより現地チベット語の「チョモランマ」の方が汎用されるようになっていますが、英国が植民地時代に避暑地として切り拓いたダージリンでは、いまだにエベレストと呼ぶのが一般的なようです。その「エベレスト」と名付けられた展望サロンカーが今回ご紹介するFH-14です。1943(昭和18)年製といいますから車齢70歳以上、古くから文献では見知っていましたが、まさか実物を目にできるとは思いもしませんでした。日常的に運用されている車輌ではありませんので、ひょっとすると土砂崩れによって路線が分断されたためにチンダリアの工場に戻れなくなってしまって、やむなくダージリン駅構内に停め置かれたままとなっているのかもしれません。
▲車体側面に描かれた"EVEREST"の車体標記。'15.4.30 Darjeeling
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▲その客室内。中央の出入口を挟んで11席のソファーが並ぶ。画面後方右奥にはトイレが備えられている。'15.5.3/'15.4.30 Darjeeling
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▲展望室と逆側の車端には窓はなく、手ブレーキのリンケージ・ロッドが目につく。'15.5.3 Darjeeling
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▲展望室側車端にはささやかな尾灯が備わる(左)。前後それぞれの車端部には検査標記などがレタリングされている。'15.5.3 Darjeeling
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余談ながら、ガイドブック等では、クリアに晴れていればダージリンからでもカンチェンジュンガの遙か西方にエベレストが見えると書いてはありますが、地元タクシーの運転手に聞くと「ダージリンからエベレストは見えないよ」とにべもない返答でした。

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▲結局、滞在期間中「エベレスト」はダージリン2番ホームに停め置かれたままで微動だにしなかった。ちなみに、画面右奥に見えるのは構内売店で、飲料やスナックのほか、いれたてのチャイや、温かいモモ(チベット餃子)など軽食も提供している。'15.5.3 Darjeeling
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▲NDM6形の牽く"Joy Ride"52546レがヒル・カート・ロードの路側軌道を行く。スピードの割に客車内の振動はかなりのもの。'15.5.3
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続"Joy Ride"に乗る
"Joy Ride"のエクスカーションは所要2時間。ダージリンを出た列車はグームまで6㎞ほどの道のりを実に50分を掛けて走ります。単純計算では表定速度7㎞/hほどとえらく遅く感じられますが、この所要時分の中には先述のようにバタシア・ループでの10分間の観光停車が含まれています。

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▲バタシア・ループで小休止中の52546レ。大気の澄んだ秋であれば、日中でもここから標高8,586mのカンチェンジュンガが望めるという。'15.5.3
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▲鉄道写真の世界でも古くから数多くの名作が生み出されてきたバタシア・ループだが、今ではすっかり観光名所となってしまい、かつての面影は薄れてしまっている。'15.5.3
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▲ループ内は公園として整備され、土日には出店も並ぶ。驚いたことにツツジ、それも日本でもお馴染みのオオムラサキが満開だった。'15.5.3
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そしてもうひとつ、実はダージリンとグームのちょうど中間地点付近に給水所があり、蒸機列車は上下を問わずことごとくここで給水停車をします。ダージリンに給水設備がないこともあって、ダージリンへ戻る下り列車もここで水槽を満タンにしておく必要があるようで、それぞれ10分程度の運転停車となります。

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▲ダージリンとグームの中間地点にある給水所では上下列車いずれもが給水停車する。水利の良くないダージリンにあって、ここウェストポイントの給水所は潤沢な水量を確保できる貴重な場所だ。'15.5.1
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▲"Westpoint Watering Point"の表札が掲げられた路側の給水所(左)。とりたてて立派な設備ではなく、ポリタンクのようなものが2基備えられているだけ(右)。'15.5.1
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バタシア・ループならまだしも、とりたてて変哲のない路傍の設備横で待たされる乗客にしてみると、いったい何のために停まっているのか理解に苦しむようではあります。ただ、外から見ている者にとって、この"Westpoint"給水所からの上り列車の発車はたいへんな迫力で、まさに必見です。動画を下記「今日の一枚 The Movie」にアップしておりますので、週末のひととき、ご覧いただければ幸いです。

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▲スポートもただのパイプ。サドルタンクの給水蓋を開けてこのパイプを移動、元栓をひねると給水といった実に簡単な仕掛け。'15.5.2
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▲ウエストポイントで給水を終えた"Joy Ride"がグームに向けて発車。逆行するキャブから半身を乗り出して給炭する助士もたいへんな苦労だ。'15.5.1
※クリックすると動画(「今日の一枚The Movie」)にとびます。

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聖地 ダージリンへ。(4)

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▲2番列車以降、3往復の"Joy Ride"はBクラスの牽引。ホームに据えつけられた2輌の客車に牽引機がゆっくりと連結する。'15.5.3 Darjeeling
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"Joy Ride"に乗る
レギュラー4往復の"Joy Ride"はすべてファーストクラス2輌編成ですが、牽引機によって料金が変わるところが面白い点です。蒸機牽引の列車は1090ルピー(日本円で2000円強)、DL牽引の場合は625ルピー(日本円で1200円強)で、実に倍近い差があります。

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▲小さなターンテーブルの上に載ったセカンドクラス客車0801。ダージリンの客車は極端に"短足"で、ボギー台車さえ見えない。'15.5.3 Darjeeling
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▲セカンドクラス客車0801の車内。"Joy Ride"も多客臨にはセカンドクラスが連結される。左奥は便所。'15.5.3 Darjeeling
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座席はすべて事前予約の指定席で、この申し込みがまた厄介です。もちろんインターネット予約も可能ですが、駅窓口で申し込もうとすると延々と列に並ぶことを覚悟しなければなりません。

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▲ダージリンの出札窓口で順番を待つ人びと。一応コンピュータ発券だが、決して手際が良いとは言えない。'15.5.3 Darjeeling
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▲出札窓口にベタベタと貼られた注意書きの数々。蒸機1090ルピー、DL625ルピーのチケット代は今年2月18日に改定されたものらしい。'15.5.2 Darjeeling
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20150604123724-fd54067e865cef4844aa4d1da24f9b1bb127dcde.jpgしかもその購入申込書がえらく細かく、住所・氏名・年齢・性別はもとより、パスポート番号やら携帯電話番号やら、まさに入国審査カード並み。さらにはベジタリアンかノンベジか(これはインドでは最重要要件のひとつ→アーカイブ「デイビッドに会いにインドへ行く」参照→こちら))まで項目が並んでいます。しかもこの申込用紙がカウンターに置いてあればまだしも、いちいち出札窓口に申し出なければ受け取ることができません。つまりわざわざ列に並んで未記入の用紙をもらい、記入後にまた並ばねばならないという苦行を強いられることになります。
▲ようやく申込用紙に記入していざ出札窓口へ...。'15.5.1 Darjeeling
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▲申込用紙の裏面の英文表記。というのも表面はベンガル語で書かれていてさっぱりわからない。最下段のN.F.Railwayおよび車体標記のNFは、インド国鉄(インド鉄道)北東辺境鉄道(Northeast Frontier Railway)管理局の略。
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▲"Joy Ride"52546レのコンピュータ発券チケット。号車と席番の指定も入っている。
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さらに驚いたのは、この出札窓口の業務開始は8時。ということは8時発の始発"Joy Ride"(52546レ)には間に合わないのです。8時発に乗ろうと早めに駅にやってきても切符を買うことができないのですから、事情を知らない旅行者は茫然とするに違いありません。それでもこの始発"Joy Ride"、いつも満席に近く、どうやらほとんどのお客さんが旅行社経由で事前予約しているようです。

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聖地 ダージリンへ。(3)

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▲ダージリン駅構内に到着しようとする"Joy Ride"52547レ。標高が高い(2077m)ため売店のスナック菓子の袋がパンパンに膨らんでいる。それにしても売っている炭酸飲料のビンの容量が揃っていないのは...?。'15.5.2
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3往復の"Joy Ride"
現在デイリーで運転されている蒸機牽引列車は、ダージリンとグーム間6㎞ほどの区間を走る"Joy Ride"と称するエクスカーション列車だけです。つい数年前まではスクールトレインと通称されるダージリン~カルシャン間の定期列車も蒸機牽引でしたが、現在では基本的にDL(NDM6形)が充当されており、検査入場時などに代走する程度となってしまっています。

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▲ダージリンを発車する"Joy Ride"52549レ。グームまでは180mあまりの標高差があり、ブルーエンジンは逆機で力行してゆく。'15.5.3
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さてこの"Joy Ride"、一日4往復が設定されており、いずれもファーストクラス客車2輌の編成で全席指定席となっています。しかもエクスカーションを目的とする列車だけに片道の販売はなく、チケットはすべてダージリン起点の往復券のみ。途中の沿線随一の名所、バタシア・ループで10分間の停車時間がとってあり、さらにグームでの折り返し30分間に同駅2階にあるミュージアムを見学できるという特典付きです。

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▲さまざまな事前情報を基に持参した手作りのダイヤ。Darjeeling-Ghoom間の赤線3往復がBクラスによる"Joy Ride"。緑で書き加えている2往復は"多客臨"で、DLによる続行運転。
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20150603130607-c0215e41c771c40b0714245385d0f63f5507140e.jpg往復で1トリップとなっているため、列車番号も上下で同一番号となっており、3本目(52549レ)、4本目(52547レ)は下りを示す奇数番号のままダージリンを発車してゆくかたちとなります。ちなみに4本中最初の1本、8時ちょうどにダージリンを発車する52548レはDL牽引が基本で、蒸機牽引は都合3往復のみということになります。それにしてもこの"Joy Ride"、聞きしに勝る人気ぶりで、訪問時にもほぼ全列車満席。土日には"多客臨"とも言える続行列車2往復(DL牽引)が仕立てられるほどでした。

▲今や一大観光地と化したバタシア・ループにさしかかる"Joy Ride"。'15.5.2
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▲上りの"Joy Ride"はバタシア・ループで10分ほどの停車時間があり、乗客は記念撮影に興じる。'15.5.2
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この"Joy Ride"の折り返し駅グーム(Ghoom)は標高2257mとインド国内の最高地点駅で、ダージリン・ヒマラヤ鉄道(DHR)のサミットともなっています。つまり、グームからダージリンへは下り勾配で、蒸機列車は基本的に上り列車が力行、下り列車が惰行となり、"Joy Ride"がチムニーファーストで力行する姿は原則見られません。

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▲バタシア・ループ周辺を除いてダージリン-グーム間はすべて路側軌道。エクスカーション・トレインとはいえ、ブルーエンジンの牽く客車列車が街中を行く姿は充分に魅力的。'15.5.2
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この"Joy Ride"のほかにもシリグリ・ジャンクションとチンダリア間を結ぶエクスカーション・トレイン、その名も"Jungle Safari"が設定されています。手書きダイヤの52551レがそれで、DL牽引ながらこちらも結構な人気を博しているようです。ただ1月には、どういった状況かは定かではありませんが、この"Jungle Safari"に乗車していたコルカタから来ていた女性乗客が崖下に振り落とされて死亡するという事故が発生しています。世界遺産となった観光路線ながら、ヒマラヤン・2フーターはいろいろな意味でまだまだスパルタンなままのようです。

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▲グームの街中を行く52548レ。スチルで見る限りおとなしく見えるが、実際は割れんばかりのブラスト音が響き渡っている。ちなみに左の店は何でも食料品店のようで、手前には生魚(鯉?)も...。'15.5.2
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▲201レ「かもめ」を牽引して「西の箱根」東斜面の連続10‰を駆け上るC62 14〔広二〕。'60.3.23 本郷-河内 P:宇田賢吉(『国鉄蒸気機関車史』より)
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8月に閉館(来春「京都鉄道博物館」として再スタート)を控えている梅小路蒸気機関車館では、「SL館トーク」と題するトークショーをこれまで33回にわたって行ってきましたが、今回、閉館するにあたり、特別に2ヶ月連続で最後の「SL館トーク」が開催されます。

20150602150019-6a21e07c442d7ec4935d5865c321ad5565e5c039.jpg今月、6月13日(土曜日)に開催される「第34回SL館トーク」の講師は、『わが国鉄時代』最新刊(Vol.14)の巻頭言もお書きいただいている宇田賢吉さん。あらためてご紹介するまでもないかと思いますが、宇田賢吉さんは1941(昭和16)年広島県のお生まれ。1958(昭和33)年に国鉄糸崎機関区に入られ、1965(昭和40)年からは機関士としてC62やC59をはじめとした蒸気機関車各形式の加減弁を握ってこられました。その後、岡山機関区、岡山運転区で電気機関車や電車にも乗務、JR移行後も岡山運転区、府中鉄道部、糸崎運転区の第一線で活躍をされてきました。その経験を活かして『鉄路100万キロ走行記』(グランプリ出版刊/2004年交通図書賞受賞)や『電車の運転』(中央公論新社)を執筆され、大きな反響を呼びました。
▲ゴーグルも勇ましくC59 164〔糸〕の上でポーズをとる機関助士時代の宇田賢吉さん。'60.12.11 糸崎機関区 所蔵:宇田賢吉
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また、卓越したカメラアイで鉄道写真を撮り続けられるなど、ファンとしての側面もお持ちで、弊社『「SL甲組」の肖像』や、『国鉄時代』ではたびたび名作を発表していただいております。

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▲C59 102〔岡〕牽引の234レとすれ違うC62 43〔広二〕牽引の201レ「かもめ」。'61.4.24 備後赤坂-福山 P:宇田賢吉
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今回の「SL館トーク」は扇形車庫西側の特設会場を舞台に、宇田さんご自身の乗務体験を語っていただこうという企画で、扇形車庫に並ぶ数多の形式を実際に"乗りこなして"こられた方からの生のトークはまさに必聴です。

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▲姫路文学館で開催された特別展『鉄道と旅と文学と』では私とのトークショーも開催されたことがある。'10.10.31 姫路文学館 P:田路和男
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■第34回 SL館トーク
○会場
 梅小路蒸気機関車館 扇形車庫西側 特設会場
○開催日時
 2015(平成27)年6月13日(土)14:30~(所要時間:約45分)
○備考
・SL館トークには無料で参加可能(入館料は別途必要)。
・当日は椅子を50席ほど用意するが、満席の場合は立席となる。
・座席は全て自由席。事前の予約は受け付けていない。
※参考
 「第35回 SL館トーク」は2015(平成27)年7月4日(土)に開催予定。

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聖地 ダージリンへ。(2)

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▲ダージリンの庫に駐泊する"ブルーエンジン"は3輌。矩形庫と呼ぶには憚られるほど簡易なロコシェッドながら、石炭の匂いが充満した空間は離れ難い魅力だ。'15.5.1 Darjeeling
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ダージリンの庫
結果としてチョイスを失敗したものの、駅から最も近い宿に拘ったのはダージリンの駅というよりは、庫に通いたかったからでもあります。本来、ダージリン・ヒマラヤ鉄道(DHR)の機関庫は、大規模な工場設備のあるチンダリア以外は、いずれも機関区というよりは駐泊所といった感じの小規模な施設です。

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▲暮れなずむダージリン駅構内。庫内には保火状態となった3輌が佇む。画面後方のビルが駅本屋。'15.5.2 Darjeeling
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部分不通となっている現在、運用目的の有火の蒸気機関車が常駐しているのはダージリンだけで、"ブルーエンジン"に親しく接しようとすれば、ダージリンの庫に貼りつくしかありません。インド国鉄(インド鉄道)はパーミッションなくしては撮影禁止ですが、幸いなことに同じ国鉄傘下にありながらダージリン・ヒマラヤ鉄道の撮影には特に制限なく、初日に現場長らしき方に来意を告げ、4日間にわたってこの庫の内外をうろうろさせてもらうことにしました。

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▲52549レで帰投した795号機(右)が不調をきたし、急遽786号機(左)が代走を務めることに。両機を並べ、40分ほどの折り返し時間に人力で石炭の積み替えも終えなければならない。'15.5.2 Darjeeling
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20150601000059-888e9bfc50e59b26000a8e7403a65fb18ee81947.jpgダージリンの庫はピット線を持つ2線の矩形庫で、煙出しの屋根はあるものの、側壁に相当する囲いはなく、言うなれば吹き抜け状態の奇妙な建物です。ただ、それだけに外光が庫内にまで入り、時間とともにさまざまな表情を見せてくれもします。
この庫に駐泊している"ブルーエンジン"は3輌。786号機(1904年ノース・ブリティッシュ製)、795号機(1919年自社製)、802号機(1927年ノース・ブリティッシュ製)で、実際の運用は1輌使用、1輌予備ですが、DLの故障対応を含めて3輌全機が有火状態となっています。

▲塊炭を細かく砕いて使っているためか、シンダの噴出量は尋常ではない。チューブ突きも頻繁に行う必要がある。'15.5.3 Darjeeling
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▲795号機のサイドビュー。数あるBクラスの中でもチンダリアの自社工場製(1919年製)という異色機。'15.5.2 Darjeeling
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ところで、気づけばこの庫には給水設備がありません。もともと標高が高く、なおかつ傾斜地ばかりのダージリンにとって生活用水の確保は困難を極め、市街もいたるところにビニールホースの束が這い回っています。それゆえかこの庫にも給水スポートはなく、何と夕方になるとタンクローリーがやってきて、ホースで給水をしてゆくのです。同様に給炭設備もなく、ボイラー上の特徴的なコールバンカへの石炭積み込みには、地上からスコップで投げ入れるという気の遠くなるような作業が日々繰り返されています。

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▲795号機(左)から786号機(右)への石炭積み替えはすべてスコップによる人力。すくい口は焚口左側のため、コールバンカにも左に寄せて積み込まれる。
石炭の積み替えもようやく完了する頃、カルシャン行きの最終列車52588レがDLに牽かれて発車してゆく。786号機が充当される52547レの発車まであと5分、延発は免れそうもない。'15.5.2 Darjeeling

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▲乗務員に列車毎に仕業表が手渡されるのはダージリンとて同じ。これは機関士用で、すべての交差部やカーブで汽笛を吹鳴すること、など当日の運転心得が記入されている。
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滞在期間中、この庫を撮影し続けていたのは私一人。3日目あたりからは係員も皆顔見知りになってしまい、庫内を自由に撮影できたのは幸運でした。世界遺産=観光鉄道といったステレオタイプな見方で語られることの多い昨今のDHRですが、この庫にいる限り、一世紀以上も絶えることなく続いてきた蒸気鉄道の"日常"をひしひしと実感できるのでした。

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▲18時05分に最後の52547レが戻ってくると庫は最後の賑わいを見せる。カマ替えをし、グリースアップも済ませる頃には宵闇が迫ってくる。'15.5.2 Darjeeling
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▲すべての整備を終え、3輌のブルーエンジンは保火状態となって一夜を明かす。帰宅を前に手を洗う検修担当たちからも笑顔が漏れる。'15.5.2 Darjeeling
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