鉄道ホビダス

2015年5月アーカイブ

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▲ダージリン朝7時。保火状態で夜を明かした786号機が出庫し、初列車52546レの組成を始める。標高8,586mのカンチェンジュンガが一瞬朝日に輝いた。'15.2.3 Darjeeling
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先の連休は本当にひさしぶりにインドへ。先日はその道中で見かけたカルカ・シムラのZF形をご紹介しましたが(→こちら)、今回の旅の本当の目的はダージリンにありました。もちろん、ダージリンとはかの有名なダージリン・ヒマラヤ鉄道のことで、現地に連泊して、日常の中の蒸機2フーターを体感しようという目論見です。

20150528162557-3a039eb5ffc8e7b20caf21c7ba3b89c708ee0bb6.jpgご存知のようにダージリン・ヒマラヤ鉄道は1999年に、鉄道としては2番目に「世界遺産」に登録され、数多くのメディアでも取り上げられている世界的な有名路線。"Toy Train"という愛称からして遊園地然とした観光鉄道と思われがちですが、実はその実態は結構スパルタンで、生活路線としての一面も合わせ持っています。
▲デリーのメインバザールにあるベジタブル・マーケットの賑わい。喧騒と強烈な臭い、そして倒れそうな暑さは、容赦なくインドを実感させる。'15.5.4 delhi
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▲現在の運転状況。事前情報が二転三転して、手探り状態での現地入りであった。
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ただ、その厳しい自然条件ゆえたびたび災害に見舞われており、近年もモンスーンや地震で路線が寸断され、ここ4年半ほど全線が復旧したことは一度もありませんでした。ところが、英国のダージリン・ヒマラヤ鉄道専門サークルからの情報では、着々と復旧工事が進み、昨秋には懸案だったチンダリア(Tindaharia)の車輌工場脇の大崩落が復旧、これまたネックとなっていたマハナディ(Mahanadi)~カルシャン(Kurseon)間のパグラオラ(Pagla Jhora)付近の路盤流出も仮復旧して、今年の3月初旬からは土日限定で蒸気列車が復活するというではないですか。さらに最後に残されたガヤバリ(Gayabari)~マハナディ(Mahanadi)間も仮線を設置し、同じく3月にはチャーター列車の運転も始まるとのこと。これで全線87㎞が通しで運転できることとなったわけです。

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▲かつてはシリグリの町(画面奥の平野部)から線路と同じヒル・カート・ロードを登ったが、現在は西側のパンカバリを迂回する55号線(有料)がカルシャンまでを1時間半ほどで直結している。とはいえこれがとんでもない山道で、クルマに弱い方は撃沈必至。'15.4.30
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しかしそう言ってはなんですが、ルート変更して崖の中腹に設けられた仮線にしても、日本的感覚では完全にNGモノで、来たる6月以降の雨季にはまた分断されかねない状況です。つまり、現地入りするとすれば5月がラストチャンス...一か八か行ってみようというわけです。そんな背景があるだけに、今回は完全に一人旅。まずはインターネットで、セオリー通り最も駅から近いホテルを探すことにしました。

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▲宿泊ホテルから駅への道。いやはや、かつての九龍城(香港)を思わせる迷路のような路地が続いており、駅はこの直上にある。ただ、慣れとは恐ろしいもので、3日目くらいからはわが庭のように歩けるようになった。'15.4.30/'15.5.3
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夜討ち朝駆けはこの世界の基本。駐泊所の夜景から、早朝の出庫シーンまで見逃さないためには駅まで徒歩数分といった宿が最適です。例によって衛星地図で宿を捜索、HPにも"Nearest"と表記のあるホテルに決めたのですが、実はこれが大失敗。というのも、ダージリンは駅構内以外ほとんど平面のない坂と階段の街。二次元の衛星地図では駅の隣に見えたホテルの位置は、行ってみると隣は隣でも、駅の崖下ではないですか。直線距離は"Nearest"でも、毎日毎日とんでもない急坂と階段を上り下りするはめとなってしまったのです。

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▲今回の最大の目的はこんな路側軌道の情景。町の中心部は観光地化されたとはいえ、ちょっと歩くと決して"やらせ"ではないこんな光景がいたるところで展開されている。'15.4.30
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▲ダージリン手前の逆勾配区間を一気に登る52547レ。車齢100年を超えながらも"ブルーエンジン"はなかなかの迫力。'15.5.2 Ghoom-Darjeeling
※クリックすると動画(「今日の一枚The Movie」)にとびます。

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▲スイスから駆けつけた01 202を先頭に79.45キロポスト付近をゆく特別列車。'14.9.20 P:真柳哲也
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先日ご紹介した「ドイツの蒸機イベントに見た大人の鉄道趣味」(→こちら)をご覧になられた真柳哲也さんから、ノイエンマルクト周辺の撮影地に関する興味深い補足情報を頂戴しましたのでご紹介いたしましょう。オーストリアを拠点にさまざまな文化情報、さらに鉄道情報を発信する「ウィーンネット」を主宰されている真柳さんは、現地事情にも精通しておられ、昨年秋には私も現地ノイエンマルクトで再会を果たしております。

20150527170203-4c18514b4c2d756134ca108d96f77c92bc0c07c8.jpg25日の「編集長敬白」は懐かしく拝見しました。若干、補足の情報提供をさせて頂きます。まず、80キロポストの撮影ポイントが最も有名ですが、実は晴れると逆光になるという難点があります。あの区間で、唯一、順光になるのがノイエンマルクト側にある79.45キロポスト付近にある「お立ち台」です。
▲画面左に見えるのが79.45キロポスト付近の「お立ち台」。通過しているDCは定期列車。'14.9.20 P:真柳哲也
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▲昨年9月のイベント時にDDMが配布した立派なパンフレットには周辺の撮影ポイントが丁寧に記載されている。図中「08」が80キロポストの"Foto-Station"、「06」が79.45キロポストの"Foto-Station"。
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ここにはDeutsche Dampflokomotiv-Museum (DDM) によって金属製のお立ち台が設置されています。昨年、初日に私がお立ち台に到着した時は、先に来ていたファンで入る余地がありませんでした。なぜ、お立ち台があるかというと、実は、築堤になっている関係で、手前に手すりがあり、路盤と同じレベルだと、手すりが邪魔になってしまうためです。

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▲"トップスター"01 118を先頭にした01重連が79.45キロポスト付近のお立ち台横を通過。'14.9.20 P:真柳哲也
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20150527170251-f38db12f3f5f7640892da2063db63e0d11985fa3.jpgまた、今回、紹介されていたノイエンマルクトからマルクトショルガスト間の遊歩道はDDMが整備したようで、大規模なイベントが行われる際は、撮影ポイント間の移動は遊歩道を通るように指示されます。昨年、9月がそのパターンでした。また、設営ポイント以外の場所では、遊歩道の線路側のロープが張ってあり、その内側から撮影するように指示されました。そのため、撮影するファンが画像に入るというリスクはありませんでした。また、79.45キロポストから80キロポストまでは、線路際を歩いた方が遙かに早いのですが、そういった事情から、必ず遊歩道経由で移動するようになっていました。そのため、線路際から一旦下に降りて、再び坂を登る形になり、移動に時間が掛かりました。
▲列車内から80キロポストの撮影ポイントを見る。山腹には遊歩道が整備されている。'14.9.21 P:真柳哲也
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このほか、撮影ポイントは有料(15Euro)になっており、定期的にDDMのボランティアスタッフがパスの確認をしていました。私は2日間のパスを持っていたので、料金を別途支払うことはありませんでしたが...。

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▲遊歩道の案内やパスの確認を行っていたDDMのボランティアスタッフ。'14.9.20 P:真柳哲也
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また、スタッフの待機場所では、ドリンクを販売していましたが、さすがドイツ。ビールもしっかりと売っていました。同行した仲間は、撮影に専念していたので途中ではビールを飲みませんでしたが、ヨーロッパ生活の長い私は、ビールの誘惑に負けて、飲んでしまいましたが‥販売していたのは、当然、地元のビールでした。
80キロポスト前のスタッフ待機場所では、わき水でビールを冷やしていました。しかし、徒歩でしかこられない場所で、わざわざ瓶ビールを持ってきて販売するところに、ドイツ人魂を感じました。

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▲わき水で冷やされていた瓶ビール(左)はもちろん"地ビール"(右)。'14.9.20 P:真柳哲也
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比較的多くの人が撮影できるのは80キロポストですが、昨年9月も皆さん譲り合って撮影していたのが印象的でした。また、最近ではスチールだけでなく、ビデオを撮影している愛好家も多いため、撮影中は皆さん、静かにしていました。このあたり、趣味人としての成熟度合いを強く感じました。

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▲2015年ブルーリボン賞に決定した東日本旅客鉄道E7系・西日本旅客鉄道W7系。写真提供:東日本旅客鉄道
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先週、鉄道友の会から2015年ブルーリボン賞とローレル賞の発表があり、ブルーリボン賞には東日本旅客鉄道E7系・西日本旅客鉄道W7系、また、性能・デザイン・製造企画・運用などの諸点に卓越したものがあると選考委員会が認めた車輌を選定するローレル賞には,東日本旅客鉄道EV-E301系と箱根登山鉄道3000形が選定されました。
あらためてご紹介すると、ブルーリボン賞は鉄道友の会(会長 須田 寬、会員約3,200 名)が毎年1 回、前年中に営業運転に就いた新車および新車と見なせる車輌(改造車等)のなかから、会員の投票結果をもとにして選考委員会(鉄道車輌に精通する鉄道友の会会員8名)が優秀と認めた車輌に与えられるもので、今年は13形式がノミネートされていました。

ブルーリボン賞を受賞した東日本旅客鉄道E7系・西日本旅客鉄道W7系は、ご存知のように北陸新幹線用の新幹線車輌で、30‰の連続急勾配区間があり、また、50Hzと60Hzの電源周波数の切り換えが途中に3カ所あり、さらに、冬期の降雪に対しては、上越新幹線などのように地上側設備による完全消雪ではなく、車輌側での自力排雪走行が求められる厳しい線区条件の下、整備新幹線規格で設計・開発された車輌です。
1ユニット(2輌分)の主回路機器カットの条件でも30‰での勾配起動が可能なほか、30‰勾配区間の降坂時においても、260km/hから非常制動を可能とするブレーキ性能を有しています。また、地震発生時には停電を検知することにより、高速域で通常の非常ブレーキよりも強い制動力のブレーキを作用させて停止距離を短縮する停電検知ブレーキを導入するなど、高い安全性・信頼性を達成しています。さらに車輌内外のデザインは日本の伝統文化と未来をつなぐ意味から「"和"の未来」をコンセプトしたデザインを積極的に採用するなど、北陸への新しい大動脈となった北陸新幹線を強くアピールしていることなどから、ブルーリボン賞に選定されたものです。

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▲ローレル賞を受賞した東日本旅客鉄道EV-E301系。写真提供:東日本旅客鉄道
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ローレル賞に選定された東日本旅客鉄道EV-E301系は大容量のリチウムイオン電池(以下、「蓄電池」と記す)を駆動用電源として搭載し、非電化区間でも電気駆動が可能な車輌です。直流1500Vの電化区間では架線からの電力での走行と蓄電池の充電を同時に行うことができます。この蓄電池は、電化区間走行中の充電の他、非電化区間では減速時の回生電力と折り返し駅に設置された充電設備からの供給電力で充電されます。非電化区間では充電された蓄電池のエネルギーを用いて走行します。ディーゼルエンジンを搭載した気動車は電気駆動の車輌に比べると、振動・騒音が大きく、さらに排気ガスを生じるなどの課題があります。これらに対して,EV-E301系では,高性能二次電池であるリチウムイオン電池を駆動用電源とした電気駆動を採用したことにより、非電化路線の旅客サービスと車輌の環境適合性両方の向上が図られました。このように、架線と大容量蓄電池のハイブリッド方式により、非電化路線鉄道の新しい動力方式を具現化した点で、EV-E301系は極めて意義の大きな車両であることから、ローレル賞に選定されました。

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▲ローレル賞を受賞した箱根登山鉄道3000形。写真:鉄道友の会
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同じくローレル賞に選定された箱根登山鉄道3000形は、繁忙期における輸送力増強を目的として製造された25年ぶりの新形式車輌です。車体は、車輌の全方向から箱根の四季、自然景観を眺められるよう、運転台は大型の窓ガラスとし、乗務員室後方の展望窓と側引戸にはそれぞれ床面から天井近くまでの窓ガラスを採用、さらに性能的にも既存車輌に合わせた3段階の抑速制御機能を備え、電気ブレーキ(回生/発電ブレンディング)、電気指令式空気ブレーキ、保安ブレーキ(レール圧着ブレーキ)、手ブレーキの4種類を搭載するなど、斬新なデザインと最新の技術により、観光地・箱根のイメージアップの一助となった点から、ローレル賞に選定されたものです。

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▲会場はすっかりお馴染みの富士フイルムフォトサロン 東京 スペース1。都営地下鉄大江戸線六本木駅直結の東京ミッドタウン内にある。'15.5.26
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地元の湖西線をテーマにした写真展を開催するなど、これまでどちらかというと関西を中心に活躍してきた鉄道写真家・清水 薫さんの個展"春夏秋冬「鉄路の季節」"が、東京・六本木の富士フイルムフォトサロン 東京 スペース1で開催されています。先週金曜日からの開催ですが、私は所要が立て込んでしまい、本日ようやくお邪魔することができました。

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▲「昨今のデジタルカメラの高感度性能の向上は、作品の表現方法や撮影スタイルの変化に大きな影響を与えることとなりました」と清水さん。あらゆる時間帯で撮影された作品が出展されている。'15.5.26
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被写体は近畿地方の比率が高いのかと思いきや、さにあらず。清水さんは大手車輌メーカーのカレンダーも手掛けておられ、その関係もあって一年を通して全国に撮影に出掛けておられるとのこと。会場エントランスから時計回りに冬→春→夏→秋の順で展示された作品の数々は、季節ならではの情景を丹念に切り取ったものばかりで、多くのアマチュアカメラマンの羨望の眼差しを浴びるに違いありません。

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▲それぞれの作品に画題や撮影地、さらには短いコメントを添えたカードが付けられているのも嬉しい。'15.5.26
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▲一番お気に入りの作品の前で...と促したところ、「地元ですから」とライフワークとして撮り続けている湖西線の横で記念写真。ちなみに作品名は「琵琶湖の朝」。2012年1月志賀-蓬莱間での撮影。'15.5.26
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会場に展示されている作品は全紙で合計52点。おうかがいしたところ出展作品はすべてデジタル画像ながら、プリントは銀塩クリスタルプリントだそうで、プリンター出力にはない味わいにも注目です。

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ご紹介が遅れ、東京での会期は5月28日(木曜日)までと迫っておりますが、続いて7月には名古屋展、10月には大阪展が予定されておりますので、お近くの方は今から予定されてはいかがでしょうか。

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▲名所80kmポストをいく01重連。大幅に遅れたおかげで光線が半逆光の絶妙な状態になり、加えて無風で煙がまっすぐにあがり、最高のショットとなった。'15.4.16 P:服部重敬
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私も昨年秋に訪れたノイエンマルクト(アーカイブ「ノイエンマルクト...前夜」参照→こちら)。先月ドレスデンを舞台に行われた蒸気機関車の祭典にお出でになった服部重敬さんから、このノイエンマルクト周辺の最新情報をお寄せいただきましたのでご紹介いたしましょう。

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▲ベンチも整備されている80kmポストの撮影地。撮影場所の状況が分からず、多くの撮影者が居る場合に備えて日本から踏み台も持っていったが、ベンチがあって椅子の役割も果たせず、無用の長物となってしまった。'15.4.16 P:服部重敬
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4月中旬に友人と渡欧しました。目的はいつもの路面電車ではなく、ドイツの蒸気機関車です。ドイツの急行用蒸気機関車で、その整った外観から世界中にファンが多い01形が最初に製造されてから90年になることを祝って、4月17日~19日にかけて博物館になっているドレスデンのアルトシュタット機関区を中心に7回目の蒸気機関車集合(Dampfloktreffen)が開催されました。それにあわせて01牽引の蒸機列車が運転されることから、その撮影をしようというわけです。

20150525121825-71dbac0cb34bea895acd742f329ff7596b0f0f48.jpg蒸気機関車集合での01の運転は、ドレスデンを中心にチェコとの国境であるツィッタウや、エルベ川沿いに国境を越えてヂェチーンへと行われました。それとは別に、展示機関車の送り込みを兼ねて、01を動態保存している各地からの参加者を乗せた蒸機牽引のツアー列車も運転されました。なかでも、16日にはスイスで保存されている01 202とハイルブロンで保存されている01 1066がバイロイトで合流し、01重連となってドレスデンに向かうことになっていました。バイロイトからドレスデンへは、ノイエンマルクト=ヴィルスベルク駅南の短絡線を通り、マルクトショルガストにかけて、25‰の勾配が続く現役時代からの撮影名所を通過します。01重連をぜひ、この名所で撮影したい、と宿泊していたドレスデンから出かけていきました。
▲線路脇に整備された撮影ポイント。'15.4.16 P:服部重敬
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この区間一番の撮影ポイントは、80kmポストとして知られています。バンベルクを起点としたこの路線の80kmの距離標が建っているからです。01重連の運転とあって、この有名撮影地にどれくらいの撮影者が居るのか、また、撮影場所が確保できるのか、心配しながら万全の体制をして、現地に赴きました。

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▲80kmポストの撮影地に立てられている過去のイベントの様子や沿線の撮影ポイントを記したパネル。'15.4.16 P:服部重敬
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撮影ポイントへの到着は、列車通過の1時間前...日本的にいえば少々遅いけれど、大丈夫かな、と思って現地に行くと、なんとそこには誰も居ません。しかも、その場所には三脚が立てられるよう足場が整備されているだけでなく、ベンチがあり、さらには過去に行われた運転をドイツ語と英語で紹介したパネルも立てられています。撮影ポイントが撮影しやすいように、しっかりと整備されているのです。

20150525121907-b211d0898583aa6722e92cb9fa1ff937f1300d8b.jpg本当に01重連がやってくるのか、心配している内に、日本の方1名とドイツの方4名がやってきて、このポイントで待っている撮影者は7名になりました。予想していたよりも遙かに少ないですが、よく考えればこの区間では頻繁に蒸機運転が行われており、ドイツのファンにとっては今更、ということかもしれません。結局、01重連は、シュツットガルトからの01 1066に不具合が生じたため、3時間ほど遅れて撮影ポイントを通過していきました。

▲80kmポストへの道標。'15.4.16 P:服部重敬
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一緒に撮影していた日本人の方に伺うと、この撮影ポイントはノイエンマルクトにあるドイツ蒸気機関車博物館のホームページ(→こちら)に地図入りで紹介されており、それを参考にして来られたそうです。不勉強でそこまでは調べておらず、また、来るときには別の地図を見て歩いてきたので、帰路はその案内に沿って歩いてみることにしました。

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▲線路をくぐる道路トンネルの構造も説明されている。'15.4.16 P:服部重敬
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80kmポストの撮影ポイントには、道路から分かれ、線路の下をくぐり、斜面を登る必要があります。その箇所には、Foto-Stationの道標が立てられています。さらに歩いて行くと、別の撮影ポイントとして線路脇に綱を張って足場が整備されており、運転の様子を記したパネルや石積みの道路トンネルの構造を記したパネルもありました。そう、この勾配区間全体を鉄道の歴史的な史跡として位置づけ、整備しているのです。

20150525121952-94b63a8fa62869487e0c91dd5d0c401bb0c82940.jpgノイエンマルクト・ドイツ蒸気機関車博物館のHPでは、急勾配区間のマルクトショルガストまでの8km(駅間距離は6.2km)を鉄道の歴史的な史跡をたずねる自然歩道として整備している、と書かれています。実見したのは80km地点から81.8km地点にあるマルクトショルガスト駅まででしたが、おそらく全区間にわたり、こうしたパネルや道標が整備されているのでしょう。蒸機列車を最も美しい角度から撮影できるポイントの整備に加え、歴史的な鉄道史跡の保存と紹介。この整備状況を見ると、わが国の状況と比べて、なんとも羨ましく思えます。
▲マルクトショルガストの駅には、この勾配ルートの歴史を紹介したパネルもたてられている。'15.4.16 P:服部重敬
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こだわりの強いドイツ人は、歴史を大切にします。今回の蒸気機関車集合のテーマのひとつは東ドイツ時代の01の再現であり、参加した機関車は当時のナンバーだけでなく、所属もキャブに誇らしげに再現していました。もちろん、「祝・01誕生90年」などという無粋なマークなどは取り付けていません。極力、当時のオリジナルに戻して、分かる人にはその良さが分かる。と、まあ、こんな考えがベースとなっているのでしょうか。

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▲撮影ポイントへの下車駅であるマルクトショルガストの駅舎。'15.4.16 P:服部重敬
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観客に媚びるのではなく、歴史の重みを重視し、それを忠実に再現することで高みを目指していく...なにか芸術の世界の崇高さを思わせるような大人の鉄道趣味の醍醐味を感じさせてくれたドイツの蒸機イベントでした。

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▲本館1階に並んだ左から500系521-1、クハネ581-35、クハ489-1。(実写)提供:JR西日本
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来春の開業に向けて着々と準備が進んでいる京都鉄道博物館の収蔵車輌の全容がついに明らかになりました。収蔵車輌総数はなんと53輌。蒸気機関車から新幹線電車まで、日本の近代化を牽引した貴重な車輌が京都・梅小路の地に顔を揃えることになります。

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▲本館1階を鳥瞰する。(完成予想イラスト) 提供:JR西日本
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20150521153755-021ab17b9de394fbf9a39f5fd8b808997a3c6d9c.jpg現在、梅小路蒸気機関車館に収蔵されている20 輌の蒸気機関車を含む、53 輌の内訳は以下のとおりです。
・蒸気機関車:23輌
・電気機関車:5輌
・ディーゼル機関車:2輌
・電車:5輌
・気動車:1輌
・客車:9輌
・貨車:2輌
・新幹線電車:6輌
合計 53輌
▲旧京都駅上屋に並んだEF81 103の「トワイライトエクスプレス」とEF58 150。(完成予想イラスト) 提供:JR西日本
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▲京都鉄道博物館全体の車輌配置計画。提供:JR西日本
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これらの展示場所別収蔵数は以下のようになります。
・本館内:12輌
・プロムナード:12輌
・旧京都上家:6輌
・扇形車庫:20輌
・その他:3輌(展示引込線ほか)
合計 53輌

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▲展示車輌一覧(配置別)。提供:JR西日本
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また、京都鉄道博物館では「産学連携」の取組みとして、京都五芸大(京都嵯峨芸術大学、京都市立芸術大学、京都精華大学、京都造形芸術大学、成安造形大学)の学生を対象に公式キャラクターの募集を開始しています(6月15日応募締切。詳しくは→こちら)。オープンまで一年を切って、京都鉄道博物館からいよいよ目が離せなくなってきました。

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▲博物館本館屋上からの展望も必見。まさに実物大のジオラマが眼下に広がり、京都タワーや東寺の五重塔も見渡せる。(完成予想イラスト) 提供:JR西日本
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※展示車輌の詳細は京都鉄道博物館ウェッブサイト→こちら

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▲5月19日より営業運転を開始した10-300形4次車(第52編成)。3次車とほぼ同様ながら、腰部の帯色追加などの違いが見られる。'15.5.18 大島車両検修場 P:RM(伊藤真悟)
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東京都交通局では、都営地下鉄大江戸線12-600形2次車導入に続く、「人にやさしい車両」のデビュー第2弾として、都営地下鉄新宿線に10-300形4次車を導入、報道関係者向けの公開が5月18日に大島車両検修場で行われました。

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▲3次車と同様にユニバーサルデザインを採用した客室内。'15.5.18 大島車両検修場 P:RM(伊藤真悟)
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20150521141307-934672f056ab3de76acc85096a355c1bbd6219ef.jpgこの10-300形4次車は、混雑緩和と輸送力増強を目的として、従来の8輌編成を10輌編成に置き換えるために導入されたものです。外観は10-300形3次車とほぼ同様ですが、前面運転士側窓下に標記の東京都シンボルマークが白から緑色に変わるとともに、「10CARS」標記を表示器横から貫通扉窓上に移設しています。また、車体側面腰部のラインカラーに緑を追加するとともに、乗務員扉と側扉部分にも帯を追加しているのが特徴です。機器面では、空気圧縮機にオイルフリー式のものを搭載しています。
▲側扉上部の液晶式案内表示器は2画面とされ、左側の表示器で交通局や東京都の事業PRや告知などを行う。'15.5.18 大島車両検修場 P:RM(伊藤真悟)
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▲編成中に1ヶ所だけハート型の吊手を設置している(左)。乗車したら探してみていただきたい。ドアステッカーには"とあらん"を起用。'15.5.18 大島車両検修場 P:RM(伊藤真悟)
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客室内も基本的に3次車と同様に室内灯をLED化し、縦握り棒・吊手を増設していますが、すべての側扉上部に液晶式案内表示器を2画面(3次車は1画面)配置し、交通局や東京都の事業PRや告知など、案内情報を充実させています。このほか、空気清浄機能付き空調装置を採用したほか、扉開閉の注意を子どもにも親しみやすくわかりやすいように、荒川線のマスコットキャラクター"とあらん"を用いたステッカーを側扉窓下に貼るとともに、編成中に1ヶ所だけハート型の吊手が取り付けられています。

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▲乗務員室内は3次車と同様で、運転台のモニタは3画面。'15.5.18 大島車両検修場 P:RM(伊藤真悟)
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この10-300形4次車は今年度3編成が導入され、まず1編成目が5月19日に営業運転を開始しました。続いて、6月、7月に1編成ずつ順次営業運転を行う予定となっています。
取材協力:東京都交通局

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▲国鉄の電気式気動車たち。右上から時計回りにキハ二36450形(1931年)、キハ43000形(1937年)、キハ44000形(1952年)。(国鉄工作局編『車両の80年』より)
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JR東日本は昨日、新潟・秋田地区に、同社としては新方式となる新型電気式気動車を投入する計画を発表いたしました。

20150520154829-fb6f11c62eed8b3c48728820047665849902816e.jpg同社は2003(平成15)年に鉄道総合研究所と共同でハイブリッド気動車キヤE991形(NEトレイン)を試作、その成果を踏まえてキハE200形やHB-E300形を営業運転に投入してきましたが、今回発表されたのは純然たる"電気式気動車"で、国鉄→JRとしては1953(昭和28)年製造されたキハ44100・44200形以来、実に64年ぶり(2017年登場として...)の電気式気動車の誕生となります。

黎明期の国鉄気動車の歴史は電気式の挫折の歴史でもありました。キハ二5000形に次ぐ2形式目の気動車、しかも初の本線対応の大型気動車として電気式のキハニ36450形が誕生したのが1931(昭和6)年。この時は池貝製作所製の直列6気筒ガソリン機関と芝浦製作所製発電機を何と床上に置き、逆端の2軸台車側を駆動するという方式でした。戦前は小型高性能の内燃機関は開発されておらず、荷物室を挟んでいるとはいえ、客室と同レベルに巨大なエンジンと発電機が唸りを挙げているという、今となっては信じられない車輌でした。

20150520154359-70e9a9e1fa373c77413b12909407d17fa30871a6.jpg次いで1937(昭和12)年に流線型の3輌編成キハ43000形(キサハ43500形)が誕生。数々の新機軸を盛り込んだ高速列車用車輌でしたが、初期のディーゼルエンジンだけにトラブルが相次ぎ、さらに時代が戦争へと進んでゆくなかで、ほとんど活躍しないままに頓挫してしまいました。
戦後は1952(昭和27)年にキハ44000形4輌が試作されました。DMH17Aを床下に懸架し、後位側の台車を駆動する方式でしたが、何と駆動方式は直角カルダンで、実はこのキハ44000形が電車を凌いでわが国初のカルダン駆動方式採用量産車輌でした。翌1953(昭和28)年には増備車ともいえるキハ44100、44200形が製造されたものの、同年には液体式(液圧式)変速機の実用化が本格化し、キハ44000と同形の液体式キハ44500形が誕生するに至って、国鉄電気式気動車の系譜はこの時点で途絶えたのでした。
▲わが国初の電気式気動車キハ二36450形の誕生を告げる『機械学会誌』昭和6年9月号。
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今回の発表によると、投入時期は新潟地区は2017~2019 年度、秋田地区は2020 年度を予定、投入輌数は1輌編成を19 編成(19 輌)、2輌編成を22 編成(44 輌)、合計63 輌が新造されます。なお、運用区間は以下の通りです。
羽越本線(新津~酒田)
信越本線(新津~新潟)
米坂線 (米沢~坂町)
磐越西線(会津若松~新津)
津軽線 (青森~三厩)
五能線 (東能代~川部)
奥羽本線(秋田~東能代、弘前~青森)

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▲電気式気動車と液体式気動車の駆動システムの違い。JR東日本プレスリリースより
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さらに注目されるのは、「弊社では今後、約150~250 両(新潟・秋田地区の63 両を含む)の新型電気式気動車を新造し、既存気動車を置換える予定です。」と付記されている点で、将来的には液体式気動車の姿は東日本管内から消えてゆくのかもしれません。なお、今回の新造に関しては「公募調達」が実施され、世界中の企業がそれぞれのノウハウを競って応札できるシステムとなっています(→こちらPDF形式)。はたしてこの新型電気式気動車、どこの国のメーカーが製造することになるのか、今からおおいに注目されます。

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▲ずらりとタクシーが並んだ昭和39年の夏の金屋口駅。入口左手には「冷暖房完備」と書かれた構内食堂、待合室には大勢の人影が見える。'64.7 P:風間克美(RMライブラリー『有田鉄道』より)
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RMライブラリー今月の新刊は寺田裕一さんによる『有田鉄道』をお届けします。有田鉄道というと、つい先日まで動いていたかのような感がありますが、最後の列車が運行されたのは2002(平成14)年の大晦日ですから、実に12年余りの歳月が経ったことになります。

20150519190427-9d5e3f51571766f4e0e5bd88a8381a584270e4cf.jpg有田鉄道について改めて概要をご紹介しますと、紀勢本線と接続する藤並駅から有田川沿いに沿って、金屋口駅までの5.6kmを結んでいた鉄道です。といっても、最初から紀勢本線に接続していたわけではなく、1915(大正4)~1916(大正5)年にかけての開業した当初は湯浅港近くの海岸駅を起点としており、路線長も9.1kmでした。当時はまだ紀勢本線の前身である紀勢西線はなく、有田鉄道の目的は、有田川流域で採れるみかんを湯浅港へ運ぶためのものであり、後に起点となる藤並駅もまだありませんでした。

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▲有田川流域からのみかんの出荷のために敷設された有田鉄道だが、起点は有田川の河口である箕島とせずに湯浅を選んだ。(RMライブラリー『有田鉄道』より)
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しかし、紀勢西線が1926(大正15)年に藤並、そして1927(昭和2)年に紀伊湯浅(現・湯浅)まで伸びたことで地域の交通事情は一変します。有田鉄道も藤並駅を設置して紀勢西線と接続、藤並~湯浅間は紀勢西線と並行することになりました。当然、みかんの出荷も海路から鉄路へと移り、海路への接続という当初の目的を失ったことで、藤並~湯浅~海岸間の存在意義は次第に薄らいでいったようです。結局、戦時下の1944(昭和19)年12月には不要不急路線として藤並~海岸は休止となり、線路は撤去、以後、復活することはありませんでした。そして、その代替措置としての意味もあって、1949(昭和24)年に紀勢西線紀伊湯浅駅までの乗り入れ運転を開始。以後、車輌を替えつつもこの運転形態が長く続けられることになりました。

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▲1960年代の有田鉄道。湘南スタイルのキハ250は有田鉄道にとって戦後、唯一の新造車であったが、これは水害で休止を余儀なくされた山鹿温泉鉄道がキャンセルしたものであった。(RMライブラリー『有田鉄道』より)
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▲戦後も車輌の入れ替えが頻繁に行われた有田鉄道。左上は1970年に国鉄から入線したキハ07 206・207。国鉄での最後の運転線区は樽見線であったが、24年後にはその後身である樽見鉄道から右下のハイモ180形が転入することになった。(RMライブラリー『有田鉄道』より)
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本書ではこれら開業から廃止に至る顛末を、輸送人員や貨物輸送量などの詳細データ、そして昭和40年代以降の乗車ルポとともに解説します。また各駅の紹介、車輌群についても、多数の貴重な写真とともに紹介します。有田鉄道の魅力が満載の一冊、ぜひ、書架にお揃えください。ちなみに「有田」の読み、関西地方以外の方ですと意外に「ありた」と読まれる方が少なくないようですが、正しくは「ありだ」です。お間違えの無いように...。

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▲ちゃやまちアプローズ・ガレリアに置かれた段ボール製の阪急北野線36号。"実物大"だけにその存在感は抜群。'15.5.16 P:宮武浩二
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この土日の二日間、大阪・梅田のちゃやまちアプローズに、なんと段ボール製の阪急北野線34形36号が出現しました。これは街全体をステージに見立てた回遊型イベント「チャリウッド2015」の催事のひとつとして行われたもので、「車輌」の製作は、やはり段ボール製の実物大D51の製作で注目を浴びている段ボール工芸家の島 英雄さんが担当されました。

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▲阪急ちゃやまちアプローズ前。このあたりを阪急北野線が走っていた(左)。阪急本社の隣、阪急ちゃやまちアプローズ正面入口(右)。ガラス越しに阪急36号が見える。'15.5.16 P:宮武浩二
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▲阪急北野線に関する説明板。大変貌を遂げたこの地に、路線延長わずか800mの路面電車が走っていたことを覚えておられる方は少ないだろう。'15.5.16 P:宮武浩二
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阪急「北野線」と言ってもご存じない方も多いでしょうから概要をご説明いたしましょう。1910(明治43)年に阪急電鉄の前身の箕面有馬電気軌道梅田~宝塚・箕面間が開通した際、梅田~北野間は路面併用となっていました。のちに梅田~十三間が高架複々線化された際に、在来の路面軌道の梅田~北野間が撤去されずに「北野線」として存続することになったものです。つまり、梅田の高架下から本線とほぼ並行して旧態依然とした路面電車が出ていたわけです。同区間は1949(昭和24)年に休止されていますので、1926(大正15)年から1949(昭和24)年までのわずか23年間、梅田の街を走った路面電車が北野線だったのです。

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▲画面の左手にはこの電車と北野線の由来を紹介した説明板がある。'15.5.16 P:宮武浩二
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段ボール工芸家の島 英雄さんは一昨年、段ボールだけで実物大のD51を製作したことで一躍有名となりました。模型と同様にあくまで実物に忠実に製作する手法は、もともと鉄道模型を趣味としてきた方ならではのもの。ディメンションもディテールもまったく破綻のない1分の1の段ボールD51は、長崎県東彼杵町を皮切りに巡回展で全国を回り、どこでも驚嘆の声が上がっています。

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▲台車、車輪はもとより、レールもダンボール製というは驚き。'15.5.16 P:宮武浩二
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▲窓越しに見た車体躯体(左)。実物車輌を彷彿するような構造となっているのがわかる。右は段ボール製の阪神急行電鉄社紋。'15.5.16 P:宮武浩二
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▲ダブルルーフ構造も見事に再現、ヘッドライトももちろんダンボール製。'15.5.16 P:宮武浩二
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今回の北野線34形36号の製作はかなりタイトなものだったようです。前作のD51が製作期間255日を費やしたのに対し、今回のオーダーは製作期間わずか45日。この限られた時間の中で設計、切り出し、組み立てとすべてを完了せねばならないのですから、まさに神業です。

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▲ちゃやまちプラザ・ロビーで公開されたD511162。もちろんすべてダンボール製である。'15.5.16 P:宮武浩二
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▲今回、炭水車はスペースの関係で持ち込まれなかったものの、エンジン部だけでもその精緻な構造は見ごたえ充分。'15.5.16 P:宮武浩二
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果たして完成した36号は「チャリウッド2015」のメイン展示として、多くの来場者の皆さんに驚きを持って受け入れられたそうです。パンタグラフなど時間切れで未完成の部分もあったようですが、60年余りの時を超えて「北野線」の地に甦った36号は、きっと多くの方の記憶に刻まれたに違いありません。

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▲HB-E300系リゾートしらかみ「橅(ブナ)」編成の外観イメージ。デザインは「KEN OKUYAMA DESIGN(代表:奥山清行氏)」が担当する。提供:JR東日本
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五能線の観光列車として人気を博している快速「リゾートしらかみ」には、HB-E300系ディーゼルハイブリッド車輌を用いた「青池」編成と、在来のキハ40系を改造した「橅(ブナ)」編成、「くまげら」編成の3本がありますが、このたびJR東日本は「橅(ブナ)」編成の後継車輌として、HB-E300系を用いた新しい「橅(ブナ)」編成を製作することを発表しました。
■「リゾートしらかみ」のあゆみ
・1997年 4月 「リゾートしらかみ」デビュー
・1999年 4月 沿線の観光メニューを楽しめる「蜃気楼ダイヤ」を実施
・2003年 4月 「橅(ブナ)」編成デビュー※初代編成を「青池」編成とし、2編成で運転開始
・2006年 3月 「くまげら」編成デビュー 3編成での運転を開始
・2010年12月 「青池」編成ハイブリッド車を導入
・2011年10月 乗車人員100万人達成(2014年度末現在134万人)

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▲中間車に設けられる、ソファータイプBOX席とフードカウンターのイメージ。提供:JR東日本
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新造されるHB-E300系のリゾートしらかみ「橅(ブナ)」編成は、2010年12月より営業運転を開始しているリゾートしらかみ「青池」編成(アーカイブ「HB-E300系"新型リゾートしらかみ"誕生」参照→こちら)と同じく4輌編成。外観は「橅(ブナ)」の木立をグラデーションで表現し、ナチュラルなグリーンの濃淡で優しい木漏れ日を感じさせるデザインとし、客室内は雄大な白神山地や夕陽の沈む日本海などの美しい風景を車内から楽しめる開放感のある空間、窓として、沿線のシンボルである橅や杉などの木材を取り入れて温かみと安らぎを演出する計画です。

また、中間車輌には新たにソファータイプBOX席やフードカウンターを設置し、フードカウンターでは沿線の「食」も提供されます。このHB-E300系リゾートしらかみ「橅(ブナ)」編成は、来年(2016年)7月から9月に実施される「青森県・函館デスティネーションキャンペーン」にあわせて営業運転を開始し、奥羽本線・五能線(秋田~東能代~川部~弘前・青森)で運用される予定です。

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▲レトロな佇まいの多宝塔駅の乗車口。左の小窓が出札口ならぬ「御寄付」の受付。'15.5.9 P:宮武浩二
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現在の鞍馬山鋼索鉄道はH鋼を用いた軌間800㎜の軌道上をゴムタイヤ式の車輌が走る「重錘交走式」で、車輌は1輌のみ。車輌と重錘車が釣瓶式で交互に上がり下がりするものです。営業距離は207m、高低差90m、勾配約27度。運転速度は2.05m/秒で、所要約2分という実にささやかな乗車体験です。

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▲鞍馬山仁王門の左手の柵は以前使用されていた鋼索線のレールを再利用したものと思われる。'15.5.9 P:宮武浩二
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それでも山門駅8時25分発を始発に、毎時4往復、通常期(9月1日~5月31日)16時47分発、夏の繁忙期(6月1日~8月31日)は17時17分発までダイヤが組まれており、なかなかのフリークェンシーぶりです。

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▲多宝塔駅のホーム(左)と、正面(右)。ケーブルカーに乗るためには階段を降りたところにある乗車口に行かなければならない。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲ほぼ直角の座席(左)。右は唯一の車輌である牛若號Ⅲの車内(右)。扉はホーム側片側のみで車体は1996年に大阪車輌工業で製作されたもの。システムは安全索道。'15.5.9 P:宮武浩二
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20150513135657-3c3b84f194faf6eaf9ccd79cde446603de1c32e1.jpgこの鞍馬山鋼索鉄道は1957(昭和32)年に開業、当初は軌間762㎜の鉄軌道で、車輌も2輌交走式だったそうです。その後、1975(昭和50)年に2代目車輌に交換され、さらに1996(平成8)年に軌道そのものを改修(軌間800㎜H鋼)して車輌も現在の「牛若號Ⅲ」となりました。愛称名の「Ⅲ」は三代目の車輌という意味のようです。ちなみに「牛若」は鞍馬寺で修業したと伝えられるあの「牛若丸」に由来しています。
▲簡素な運転台機器。左のメーターは圧力計。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲車体側面の牛若號Ⅲの愛称板(左)。右は鞍馬鋼索鉄道のシンボルマーク。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲車内には大阪車輌工業の製造銘板のほか、1号の番号板がついている(左)。右は車体外板に取り付けられている標記板と検査証。'15.5.9 P:宮武浩二
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今週から運休に入った鞍馬山鋼索鉄道。来年3月末までかけて全面的改修工事が行われるそうで、来春、果たしてどんなふうにリニューアルされてお披露目となるのでしょうか。そしてどんな新車輌「牛若號Ⅳ」が誕生するのか、今から楽しみです。

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▲鞍馬鋼索鉄道の車輌としては三代目となる牛若號Ⅲ。この車輌も設備の更新対象であり、新しく四代目が誕生するとのこと。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲多宝塔駅を出発する牛若號Ⅲ。改修工事のための長期運休に入ってしまうため、これが見納めとなった。'15.5.9 P:宮武浩二
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先週末、高瀬川二条苑で食事をするため京都を訪れた宮武浩二さん。せっかくなので出町柳から叡山電車で鞍馬山鋼索鉄道を見学に行こうと足を伸ばしたものの、現地に着いてびっくり。なんと鞍馬山鋼索鉄道は本年度施設改修工事が予定されており、5月10日(日曜日)の運行を最後に来年3月31日まで運休するというではないですか...。つまり訪れたのは最終運行前日。聞けば今回の改修工事で唯一の車輌「牛若號Ⅲ」も引退するとのこと。幸運にも最終運行前日に乗車することとなった宮武さんからのフォトレポートです。

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▲全面的な改修のため来年3月末まで運休となる旨の告知。山門駅。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲軌道はH鋼材を使用(左)しているが、これも今回の改修で取替えられる。山門駅から見る軌道敷(右)。右側が集電用の架線。'15.5.9 P:宮武浩二
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鞍馬山鋼索鉄道は叡山電車の終点・鞍馬駅から200mほどの山門駅と多宝塔駅を結ぶ鋼索鉄道ですが、実は隠れた「日本一」に輝く鉄道でもあります。それは営業距離の短さで、普通鉄道だけに限っていえば芝山鉄道線の2.2㎞が最短ですが、鋼索鉄道も含めるとこの鞍馬山鋼索鉄道の0.2㎞がダントツに短いことになります。

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▲山門駅のケーブル受付。ここで一口「御寄付」をすると片道の乗車が可能。決して乗車券を販売しているわけではない。'15.5.9 P:宮武浩二
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さらにこの鉄道には「唯一」がいくつもあります。まずはその運営主体。『鉄道要覧』をひもといても、事業者は「鞍馬寺(宗教法人)」とあります。宗教法人が運営する鉄道はここ鞍馬山鋼索鉄道が唯一です。

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▲かたや多宝塔駅の改札口。御寄附の御礼として一口100円で乗車できると但し書きがあるのが見える。奥に見えるのがケーブルの操作板。'15.5.9 P:宮武浩二
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20150513134724-56f8b2f1604d64f4a7fe647cc9235e3f32110e97.jpgそして驚きなのは、運賃の設定がないことです。つまり無料なわけですが、これには少々からくり(失礼...)があります。つまり一口100円の「御寄付」をすると、「ご待遇」としてケーブルカー片道を利用できるというものです。もっとも鞍馬寺では歩いて参拝するのが本来の姿であり、できれば歩いてほしいと説いているそうで、鉄道事業法に則りながらも積極的に乗車を勧めない鉄道というのもほかにないでしょう。
▲「乗車券」の裏面には趣旨が書かれている。曰く「ご待遇として、ケーブルカーをご利用していただきます」。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲山門駅の時刻表(左)と、同じく山門駅改札口横に掲出されている鋼索鉄道の概要(右)。結構専門的な表示だ。'15.5.9 P:宮武浩二
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▲山門駅構内に設置されている鞍馬山のジオラマにもケーブルカーが再現されている。右手斜面がケーブルカーの線路。
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▲1905年頃の"K"形をベースにタンク容量を増大するなどモディファイを加えたのが"ZF形"。そしてその最大の特徴はポペット弁を使ったカプロッチ式バルブギアの採用だった。'15.5.4
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先週末にご紹介したインド・ニューデリー駅前に展示してある"ZF形"について、思わぬ反響を頂戴しました。お送りくださったのは誰あろう、あの『国鉄蒸気機関車史』の著者、髙木宏之さん。わずかな写真から縦横無尽に考察を加えられるのは流石としか言いようがありません。

20150511122908-f7936d666230b940c6813340cef4e9e61edc28e3.jpg貴ブログ、いつも興味深く拝見しております。
今回取り上げられたインド国鉄"ZF形"の弁装置ですが、自在軸が中央1本の初期カプロッチ式と思われます。外側2本のものは、第二次世界大戦後のブリティシュ・カプロッチ式と通称されるものです。
▲インド系文字による看板が建てられているが、英文の説明看板も設置されている。'15.5.4
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カプロッチ式弁装置はご存知の方も多いと思いますが、ごく簡単に説明します。
国鉄蒸機ではシリンダーの給排気に滑弁(スライドバルブ)を用いますが、海外蒸機ではポペット弁(キノコ弁)を用いるものがあります。
特長は...
・給気口と排気口を独立に開閉可能
・バルブイベント(給気・締切・排気・圧縮)を理想的に設定可能
・弁が小開せず全開←→全閉のため給気・排気とも絞り損失が少ない
・その結果、シリンダー内の平均有効圧が高まる
・従って指示馬力当り蒸気消費量が少ない(燃費が改善)
・弁駆動力が小さく弁装置の軽量化が可能(上記とあいまって重量対出力比が改善)
・弁の潤滑が楽で高過熱度に対応可能

等です。
一方、欠点は...
・構造がやや複雑となる(自動車エンジンの整備技術があれば充分対応可能)
・ブラストが瞬発的となりボイラー内通風の脈動が大となる(カムプロファイルやダブルブラストやノズル・カウリングで対策可能)

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▲竣功時の"ZF形"75(新104)号。シリンダー上のカムカバーとカプロッチ式弁装置の一部がよくわかる。車体標記のNWRは"NORTH WESTERN RAILWAY"の略。提供:髙木宏之
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ポペット弁の弁装置にはレンツ式(1905年)、カプロッチ式(1920年)、コサール式(1933年)、フランクリン式(1941年頃)など数種類存在しますが、いずれもシリンダーと直角に置かれたカム軸により、シリンダー前後に1個ずつ配置された給気弁と排気弁を駆動します。
カム軸は、
1.動軸より歯車と自在軸で回転するもの=レンツRC式、カプロッチ式、フランクリンB式
2.動軸よりクランク機構で回転するもの=コサール式
3.ワルシャート弁装置などで揺動するもの=レンツOC式、フランクリンA式
があります。
カプロッチ式はイタリアの発明ですが、1940年代に英国で改良され、英国鉄標準形式のクラス8・クラス5MTなどで好成績を収めています。

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▲シリンダー上のカムボックスとリバースギアボックス。カムは動軸からユニバーサルシャフトを経由して駆動される。シリンダー内に破線で描かれた鼓形の部品がポペット弁(複座)。 提供:髙木宏之
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▲平面から見たカプロッチ式弁装置。自動車のディファレンシャルのように見えるのが動軸に設けられたギアボックスと回転を伝えるユニバーサルシャフト。提供:髙木宏之
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▲横から見たブリティシュ・カプロッチ式弁装置。"DRIVING SHAFT"が外側2本のタイプ。提供:髙木宏之
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ところで、第2動輪の浮きは左側だけのようですので、おそらく左側の担バネorバネ吊が折れ、荷重抜けとなり、外側台枠のため右側第2動輪を支点としたシーソー状態となっているものと思われます。従輪も担バネが折れたりバネ吊が欠損したりしていますね。
機関車本体が沈んでいるため、先台車も後傾しているようです。あと、クロスヘッドは原形のレヤード式よりアリゲーター式となっていますが、スライドバーサポートがいい加減(下側は存在せず)で、クロスヘッドピンも無さそうなので、保存展示のため紛失部分をでっち上げたようにも見えます(スライドバーが断面一様で木材臭い)。サイドタンク側面のステップ(窪み)は現地改装でしょうか。
ともあれ、珍しい"釜"のご紹介有難うございます。今後とも楽しみにしております。

髙木さんありがとうございました。こんな内燃機関のような弁装置を持つ"ハイテク機"が、よくぞカルカシムラの地で40年近くも活躍し続けたものだとあらためて驚かされます。

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▲前回第7回一般の部大賞作品「カラフルシャワー」。樋口精一さん作品
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8回目となる タムロン鉄道風景コンテスト「私の好きな鉄道風景ベストショット」(株式会社タムロン主催、さいたま市、さいたま市教育委員会、さいたま商工会議所後援、そごう大宮店、レイル・マガジン協力)の作品募集が始まりました。

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▲前回第7回小・中・高校生の部大賞「光と影とカメラ女子」。養田純奈さん作品
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このコンテストの最大の特徴は「私の好きな鉄道風景ベストショット」の副題が示すように、鉄道の風景写真を通して、全国のレイル・ファンのみならず、一般の方々にも写真の楽しさを広く知っていただこうという趣旨のもと、鉄道とその周辺を写し込んだ写真であれば、風景・スナップなどでも応募可能で、使用機材メーカー名も問わない、きわめて門戸の広いコンテストとなっている点です。カテゴリーは「一般の部」のほかに「小・中・高校生の部」があり、それぞれ大賞(「一般の部」はさいたま市長賞、「小・中・高校生の部」はさいたま市教育委員会教育長賞)、準大賞、審査員特別賞、入選、佳作が選定されます。さらに、タムロン賞のほか、さいたま商工会議所会頭賞として「ユーモアフォト賞」、「車輌写真賞」も設定されています。

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▲応募作品数は実に7000点を超える。昨年からは一日で審査が終わらず、2日間かけての審査が行われている。P:RM
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審査員はお馴染みの広田尚敬さんと矢野直美さん。なお、例年より募集期間、発表ともに例年より一ヶ月ほど早まっていますのでご注意ください。
■第8回タムロン鉄道風景コンテスト「私の好きな鉄道風景ベストショット」
○応募期間
 2015年5月1日(金)~8月20日(木)※消印有効
○賞・賞品
【一般の部】
 大賞(さいたま市長賞) 1名 30万円 副賞 タムロンレンズ
 準大賞 3名 5万円 副賞 タムロンレンズ
 審査員特別賞 3名 2万円
 入選 15名 1万円
 佳作 20名 5千円
【小・中・高校生の部】
 大賞(さいたま市教育委員会教育長賞) 1名 10万円 副賞 タムロンレンズ
 準大賞 3名 3万円 副賞 タムロンレンズ
 審査員特別賞 3名 1万円
 入選 15名 5千円
 佳作 20名 2千円
【全応募作品より選出】
 ユーモアフォト賞(さいたま商工会議所会頭賞) 1名 10万円 副賞 タムロンレンズ
 車輌写真賞※ 1名 5万円 副賞 タムロンレンズ
 タムロン賞  1名 5万円 副賞 タムロンレンズ
 ※車輌写真賞について:「形式写真」や「編成写真」に代表される、車輌そのものの美しさや様式美を表現した作品に対する賞
○応募規定
 鉄道風景写真、鉄道のあるスナップ写真など、鉄道とその周辺を入れ込んだ写真であれば、風景、スナップ問わず応募可能。カメラ、レンズの機種、撮影地域も問わない。渾身の一作から、家族の記念写真まで、広く募集する。
【一般の部】
【小・中・高校生の部(2015年8月20日現在で高校生までの方)】
(小学生未満の方もこの部で応募受付。また、小中学生以下の方の応募には保護者の同意が必要となる)
○応募形態
 キャビネサイズ(2L)~四ツ切りワイドプリントまで[B6、A5、B5、A4、B4サイズは範囲内となる]
 カラー・白黒問わず。デジタルホームプリント可。
※規定以外のサイズでの応募、台紙貼り、スライド、パネル貼りのものは審査の対象外とする。
○発表
 2015年9月中旬 入賞者本人に直接通知
・タムロンホームページにて発表。
・2015年10月そごう大宮店にて入賞作品の写真展を開催。
・上位入賞作品を『レイル・マガジン』2015年12月号(2015年10月21日発売)誌上にて掲載。

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▲真剣な表情で審査に臨む矢野直美さん(左)と広田尚敬さん(右)。今年もこの名コンビでの審査が行われる。P:RM
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○応募方法
 5月1日に開示する応募用紙をダウンロードするか、応募用紙を自作すること。
 下記の「記入事項」をすべて楷書で記入し、作品1点ごとに応募用紙1枚を作品裏面にテープで四辺を貼付し、下記「作品の送り先」まで郵送すること(宅配便は不可、郵便局は宅配便を受け付けない。レターパックも不可、支店局留め扱いでも10日を過ぎると差し出し人に返送される)。 ◆簡易書留による送付を推奨。
 尚、テープはメンディングテープや両面テープなど粘着質がはみ出ないものをお勧めする。
〈記入事項〉
(1)応募部門(一般部門、小・中・高校生部門)のどちらかを明記
(2)画題(ふりかな)
(3)郵便番号・住所
(4)氏名(ふりかな)
(5)年齢
(6)性別
(7)電話番号・FAX番号・メールアドレス(お持ちの場合)
(8)撮影機材名(カメラ名、レンズ名、スマートフォン名など)
(9)撮影データ(絞り値やシャッタースピードなどわかる範囲で可)
(10)撮影場所(都道府県/市郡区)
(11)撮影場所や被写体の一言コメント
(12)(応募者が小・中学生以下の場合)保護者の同意サイン
(13)このコンテストを何で知りましたか?
1. タムロンHP 2. 他のHP (HP名:) 3. 知人から 4. 記事 (媒体名:) 5. 募集チラシ (入手先:) 6. その他
(14)タムロンからのコンテスト情報や今回の写真展情報の送付を希望しますか? 希望する/しない のいずれかで回答する。
(15)よくご覧になられる写真専門誌や写真系サイトをご記入ください。
(16)天地の明記
※個人情報は本コンテストの運営目的でのみ使用し、本人の許可なしに第三者に提供・開示いたしません。
○1人10点まで応募可能(単写真に限る)。
詳しくはタムロン ウェブサイト→こちら

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▲ニューデリー駅前に保存展示されているインド国鉄のナローゲージ用制式タンク機の中で最大のZF形。よくよく見ると肝心の煙突がない...。'15.5.4
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この連休はひさしぶりに単身インドへ。いずれ近いうちに詳しくご報告したいと思いますが、まずはニューデリー駅で見かけた保存蒸機の話題をば...。

20150508143843-5a54a32acea50d015e1bc0e6d95b9169089d76e4.jpgインディラ・ガンディー国際空港からニューデリー駅までは、4年ほど前に開業したデリー・エアポート・メトロ・エクスプレス(Delhi Airport Metro Express、DAME)が最高速度130㎞/hで結んでおり、極めて快適。ただし、いったん駅を出れば、摂氏40℃を超える熱気と喧騒、まさにカオスが襲ってきます。ここでたじろごうものなら前には進めませんが、印象としてはひと昔前のインドと比べるとかなりマイルド(?)になってきており、リキシャ―の車夫やら子どもやらに取り囲まれるといった状況は過去のもののようです。驚いたのは路上に座り込んでチャイを売っているおばさん。何やら聞き慣れない音楽が鳴り始めたと思ったら、やおら懐からiPhoneを取り出すではないですか...いやはやカオスはカオスでもどんどん時代は進んでいるようです。
▲駅正面逆側にはニューデリー駅の改築記念(?)で誂えられた本線蒸機(W?形)の張りぼてのモニュメントもある。'15.5.4
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さて、そんなニューデリー駅西口で見つけたのがこの弁当箱のような保存蒸機です。なにゆえこの地に保存されているのかは定かではありませんが、ナローファンにとっては垂涎のカルカシムラ鉄道の蒸気機関車にほかなりません。シムラはデリーの北西約400キロ。麓のカルカとを結ぶのが2フィート6インチ(762㎜)軌間のカルカシムラ鉄道です。ダージリン、ニルギリとともにインドの山岳鉄道群として世界遺産にもなっているカルカシムラですが、他2路線が現在でも蒸気機関車を有しているのに対し、カルカシムラは1970年代初めに無煙化されてしまっています。

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▲ほとんど矩形の箱のような外観のZF形。キャブ正面からの前方視界はほとんどないに等しい。それにしてもナローとは思えない巨大さ。'15.5.4
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▲ZF形最大の特徴はポペット弁を採用したカプロッティ式弁装置。内燃機関にも通じる特殊なバルブギアを用いていたものの、残念ながら保存機ではその一部が失われている。'15.5.4
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20150508143946-fd5467f913f80004f822c780e60f9f5dde0368e9.jpg保存されているのはZF形と称するインド国鉄制式ナロー蒸機最大のタンク機関車。The Continental Railway Circle発行のインド蒸機のバイブル"INDIAN LOCOMOTIVES"(1994年)によれば、1934(昭和9)年に№75~№77、翌1935(昭和10)年に№78・№79の合計5輌がドイツのヘンシェルによって製造されています。第一次世界大戦後、1925(大正14)年にインドの2フィート6インチ軌間用蒸気機関車は6種(ZA形~ZF形)に標準化され(ただしZA、ZC、ZD形は実現せず)、その中でも唯一最大のタンク機関車が、さながら碓氷峠の3950形のような形態のこのZF形でした。
▲軸配置は2-6-2(1C1)。アウトサイドフレーム外側のカウンターウエイトが目立つ。ちなみになぜか第2動輪は浮いてしまっており、逆にそのおかげでフランジレスとなっているのがよくわかる。'15.5.4
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▲先従輪は板バネを用いたもので、こちらも設置時点でのミスか、かなり定位置を逸脱してしまっている。'15.5.4
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▲剥がせるものはすべて剥がされてしまったという感じのキャブ内(左)。もちろん右側運転台。エンドビーム(右)には脱線復旧用のジャッキが搭載されている。'15.5.4
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形態はともかく、このZF形は先進的な技術を満載した機関車でもありました。スーパーヒーター(過熱器)を組み込んだのはもとより、当時としては最新のポペット弁を採用、しかもバルブギアはイタリア由来のカプロッティ式を取り入れるなど、製造年次からすればそれなりの"ハイテク機"だったことになります。

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▲保存されている個体はパサンコット機関区所属のZF107(旧番78)号機。一応立派な説明看板も建てられており、来歴はもとよりスーパーヒーター形式やら火床面積やら一般人にはまったく意味のないようなスペックまでもが記載されている。余談ながら手前の手押し車は「情景再現」ではなく実用品。'15.5.4
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ところで、インド国鉄は今もってパーミッションがなければ撮影禁止。駅前であろうと同様で、記念写真に興じる観光客に機銃を携えた鉄道警察が「NO PHOTO!」と駆け寄ってゆく姿は珍しくありません。このZF形が保存されている場所も構内といえば構内。しかも警察詰所の目の前とあって、万一を考えて物陰でメモリーカードを新品に交換(すべて消去しろと言われたらたまりませんから...)。詰所に向かって身振り手振りでこの機関車を撮りたいと意思表示をしてから撮影開始。さすがに記念物として保存してあるだけにどうやら黙認してくれたようです。それよりも手ごわかったのがあのカオス状態の中で通行人を入れずにシャッターを切ることでした。通りかかる人をこれまた身振り手振りでストップをかけシャッターを切る...恐らくあの瞬間はニューデリー駅駅頭で最も変な人物と思われていたに違いありません。

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▲駅前のバザールの喧騒は相変わらず...。'15.5.4
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▲再会 二ツ目のC11 210が小牛田機関区へ転属したという噂を聞きつけ、早速出かけた。小牛田駅を降りるとキハ10系の普通列車の向こうに姿が...。かつて北海道の日高本線で撮影しただけに懐かしさとともに、行き場がなくなり最後の働き場としてここまで流れてきたのかと思うと、もう蒸機も終わりだなという、一抹の寂しさを感じた。それでも、発車を見送ると懐かしさが溢れ、ここで出会って幸い、と丸一日追いかけた。'73.11.17 石巻線小牛田 P:長津 徹 (『わが国鉄時代』vol.14より)
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鉄道ホビダス読者投稿ブログから生まれた青春記『わが国鉄時代』も2009年1月のvol.1から丸6年、多くの方々に支えられてvol.14が5月7日発売となりました。今回も山下編集長から見どころをお伝えいたしましょう。

20150507180738-e143752c8cad829247d46fba54e467fbdef17e28.jpgまえがきは『国鉄時代』でも数々の名作をご発表いただいている元糸崎機関区機関士・宇田賢吉さん。今回の特集は「パシフィック機礼讃」「連絡船」です。パシフィックの中でも"ライト・パシフィック"と呼ばれるC51・C54・C55・C57は、美しいスタイルでファンの間でも古くから根強い人気のあるグループ。ことに九州では終焉近くまで"駿馬"にも例えられる行き届いた整備の精悍なC55・C57が活躍していました。南国空の下、吉松-都城-隼人の三角形を構成する吉都線、日豊本線、肥薩線に彼らを追った日々を綴った大谷眞一さん、C51・C54・C55とスポーク動輪に惚れ込んで全国を巡ったベテランファンの村樫四郎さんの生き生きとした撮影記は、時を超えて彼らが甦ります。

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▲スポーク動輪の輝き 門司港発、鹿児島本線・肥薩線経由で吉松に着いた1121レは、C55に付け替えられ都城に向かう。川内川橋梁を渡るC55 26。美しいスポーク動輪が南国の陽光にきらめく。'69.8.15 吉都線吉松-鶴丸 P:大谷眞一 (『わが国鉄時代』vol.14より)
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▲C51 249(左) 新津機関区の外れにいたら信越線の上り各停が来た。好きな角度ではないがC51であるし、とカメラ構える横で同行長谷川進吾氏が興奮している。畏れ多くもかつて沼津機関区でつばめ限定運用機であらせられた機関車であるぞ。'61.5 新津 P:村樫四郎 (『わが国鉄時代』vol.14より)
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第2特集の「連絡船」は桟橋の風景を中心に構成。控車を連結した9600・8620などの入換機が忙しく働いていた旅情溢れる函館、青森、宇野の写真が中心となりました。青函トンネル、瀬戸大橋の開通でこういった光景が消えて既に四半世紀以上が経ってしまいました。潮の香りの中、期待に胸を膨らませ、あるいは長旅を振り返りつつ再来を期して桟橋を渡った日を思い出す契機になると思います。

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▲初代大雪丸(左) 第1岸壁に停泊する初代の大雪丸(3886トン)を背景に、19675が第2岸壁の入換え作業を行う。初代大雪丸は1964年に終航となった。4本煙突が古色蒼然としている。'57.8.21 P:佐竹保雄 (『わが国鉄時代』vol.14より)
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一般ページは今回も多くの方からご投稿いただいた単写真を組み合わせ、小さなセクションを作っています。特集と一般ページ合わせて283作品というボリューム。雪原のC55から南国のハドソンまで、記憶の彼方に息づいている懐かしい光景とともに甦えります。

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▲乗り納め 不通になっていた五能線が暫定ダイヤで動くことになり、蒸機運転も復活した。これで乗り納めとなった帰りの列車にはいつも通りのにぎわいが戻ってきたようだ。'73.1.28 五能線八森 P:中島正樹 (『わが国鉄時代』vol.14より)
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また、「あなたの『国鉄時代』を護る デジタル化のABC」では、アンチニュートンアクリル板装備フィルムホルダでフィルムの平面性が格段に向上したフラットベットスキャナー EPSON GT-X980によるスキャン入門。ネガの劣化が進む中、今後、スキャンは避けては通れない作業となるだけに、簡単ながら実践的なこの記事は大いに役に立つと思います。

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