鉄道ホビダス

2015年4月アーカイブ

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今月初旬に発売を開始した髙木宏之さんの『国鉄蒸気機関車史』が、たいへん好調な売れ行きで、3週間ほどで市場在庫がなくなってしまいました。一部オークション・サイト等ではプレミアムも付いてしまっているようで、まずはご購入になれなかった方にお詫び申し上げます。現在、再版の手配中ですので今しばらくお待ちください。ただし、製本が糸かがりの上製本ですので、通常の雑誌とは違って工程に時間が掛かり、再版分が流通し始めるのは5月下旬になります。その点は何卒ご了承ください。

20150427184414-2c44b1eee2fbb927107e76016357aec1dd9ff8a2.jpgそれにしても今回の増刷は著者の髙木さんはもとより、編集部にとっても実に嬉しい出来事でした。編集にかかる前から、担当の山下編集長とも「この本が売れないようだと、蒸気機関車に関する書籍もいよいよ先が見えてくるね」と話していたところでした。ご承知のように国鉄本線蒸機が消えて今年で40年。現役蒸機を同時代体験している方は当然50代以上となっているわけで、なおかつ本書のような工学的なアプローチを"面白い"と感じていただける方は極めて限られているに違いない...背景にはそんな懸念があったからです。

▲初版印刷立ち合い時の著者・髙木宏之さん(左)と編集担当の山下編集長(右)。通常は著者さんは印刷立ち合いまでしないが、これも髙木さんの拘り。
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▲『国鉄蒸気機関車史』誌面より。写真も納得のゆく形式写真を中心に、初出のものを優先的に掲載している。
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お寄せいただく感想を拝見していると、驚いたことに20代の方も少なくありません。しかも相応に読みこなさなければ出てこないような質問を添えられている方さえおられ、逆にこちらが勇気をもらう気さえいたします。税込4,800円もする(失礼...)決して口当たりの良くはない本書が、送り手の思いを超えて受け入れられた日本の鉄道趣味を、あらためて誇らしく感じる今日この頃です。

※連休中は不在のため小ブログは休載させていただきます。5月7日より再開いたしますので、あしからずご了承ください。

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▲五月晴れの大門沢。昭和47年のゴールデンウィークには定期貨物列車に客車1輌を付けた混合列車が運転された。'72.4.30 清里-野辺山(混183レ) P:塚本和也 (『国鉄時代』vol.10 塚本和也「C56が輝いた日々」より)
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あの"SLブーム"を同時代体験している方なら、塚本和也さんのお名前を知らないはずはないでしょう。1971(昭和46)年に読売新聞社から初の写真集『四季を往く高原列車』を上梓、同時に銀座の富士フォトサロンで個展「小海線のC56」を開催され、以後、小海線とC56のエキスパートとして、タイ国鉄のC56の帰還を実現させるなど多方面の活躍をされてきました。

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▲待機停車しているとすぐに火力が落ちる。停車中でも機関助士は火力維持に余念がない。'68.8.20 野辺山 P:塚本和也 (『国鉄時代』vol.10 塚本和也「C56が輝いた日々」より)
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そんな塚本さんの写真展が小海線全線開通80周年事業の一環として開催されます。地元の長野県南牧村が主催するもので、その名も「美しき郷土 小海線よ永遠に」。会場は野辺山の南牧村美術民俗資料館。4月29日(水曜日)からの開催で、11月30日までの中帳場が3期に分けられての展示となります。

20150424155621-5ae1058a4303df1d52e6f53e6c16fbda13dc170c.jpg■展覧会・特別企画展の内容
第1期「雲の上を行く高原鉄道」麗しの小海線 (4月29日~6月7日)
小海線が天下に名高いのは沿線景観が美しいことであるが、そこを走るC56の高原列車の愛らしさがファンの心を捉えて離さなかったからである。塚本和也氏は昭和39年頃から約50年間、この小海線を走る列車を追い続け、その時々の貴重な一瞬を作品にまとめている。
第2期「燦たり小海線80年史」C56からハイブリッドへ (9月19日~10月22日)
旧私鉄・佐久鉄道から始まる小海線。草創期にあった漆喰塗りのモダンな野辺山駅、太平洋戦争中に戦地へ赴いたC56蒸気機関車、高原野菜の輸送に大いに活躍した野菜臨貨、赤いディーゼル・トレインなど小海線には時代ごとに幾多のドラマがあり、決して立ち止まっていたわけではない。佐久鉄道から現在までの小海線の歴史をテーマにして、作者が『小海線の物語』を展示している。
第3期「四季を往く高原列車」小海線よ永遠に (10月31日~11月30日)
塚本和也氏は昭和46年2月10日~15日の間、東京銀座の富士フォトサロンにて、作品展を開催した。このとき、大好評を博し、プロに列せられた同氏は同年12月に読売新聞社から『四季を往く高原列車・小海線のC56』写真集を出版した。第3期展はそのオリジナル作品の展示であり、極めて貴重である。

▲「さようなら」「ごくろうさん」、挙げる手と手に心が通う。C56現役最後の日。'72.10.1 野辺山(194レ) P:塚本和也 (『国鉄時代』vol.10 塚本和也「C56が輝いた日々」より)
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▲ハイカーや登山客で賑わう初秋の小海駅2番ホーム。'69.9.22 小海(臨9174レ) P:塚本和也 (『国鉄時代』vol.10 塚本和也「C56が輝いた日々」より)
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C56関連の実物資料の展示も同時に行われる予定です。また、オープン初日の4月29日には塚本さんの基調講演も開催されます。ゴールデンウィークの八ヶ岳高原に足を向けてみられてはいかがでしょうか。

■「美しき郷土 小海線よ永遠に」塚本和也写真作品「野辺山特別展」
場所:南牧村美術民俗資料館
   長野県南佐久郡南牧村野辺山79-3
時間:9時~17時
休館:毎週月曜日及び祝日の翌日(7月~9月は無休)
料金:無料

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▲塚本和也写真作品「野辺山特別展」のフライヤー。
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▲「500系」のエクステリアデザイン(イメージ)。 (東武鉄道プレスリリースより)
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東武鉄道は、現在、東武本線を運行している特急「スペーシア」、特急「りょうもう」などに加え、特急列車のさらなる利便性の向上を目的に、2017年春に新型特急車輌「500系」8編成を導入することを発表しました。

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▲「500系」のエクステリアデザイン(イメージ)。車体基本色の「シャンパンベージュ」でおおらかで豊かな時の流れを、特急の格式と沿線の緑豊かな自然をイメージした「フォレストグリーン」で表現し、東武グループのグループロゴカラーである「フューチャーブルー」を窓下にあしらい、全体デザインを引き締めている。 (東武鉄道プレスリリースより)
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「500系」の開発コンセプトは、「さまざまな運行形態で運用可能な速達性と快適性を持った特急列車」で、1編成3輌固定の併結・分割を可能とした仕様となっています。これにより、途中駅で列車の併結・分割などを行い、利用者の目的地に合わせたシームレスな利用が可能となります。

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▲「500系」のインテリアデザイン(イメージ)。東京スカイツリーのイメージである「白」を基調としながら、雄大な大地や樹木のイメージである「木目」を配置し、天井は鬼怒川や隅田川の流れをイメージした柔らかな造形としている。また、江戸の伝統色「江戸紫」をモチーフとした配色を腰掛けに使用し、袖部分には江戸の伝統工芸である「印伝」をモチーフにした柄をあしらっている。 (東武鉄道プレスリリースより)
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車輌デザインは、数多くの鉄道や自動車などのデザインを手掛ける奥山清行氏が代表を務める「KEN OKUYAMA DESIGN」の監修により、エクステリア(外観)は東京スカイツリー(R)に代表される先進的でシンボリックなデザインとしたほか、インテリア(内装)は江戸の伝統色「江戸紫」をモチーフとした色を腰掛けに使用し、天井には鬼怒川や隅田川の流れをイメージした造形をあしらうなど、「沿線の魅力をつむぐ」デザインとなります。

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▲車体動揺防止制御装置(アクティブサスペンション)の動作イメージ。車体の左右方向の振動を抑制する装置(空圧式)を、全車輌に搭載し乗り心地の向上を図る。 (東武鉄道プレスリリースより)

車輌設備には、東武鉄道では初めてとなる車体動揺防止制御装置(アクティブサスペンション)を全車輌に搭載して乗り心地の向上を図るほか、高効率の永久磁石同期電動機(PMSM)やアルミ車体およびLED照明などを採用して、環境負荷を低減させています。また、車内でのWi-Fi環境やPC電源を整備するほか、AED・医療支援器具の据付け、車いすスペース・車いす対応トイレの設置を行うなどサービス向上・バリアフリー化が行われる予定です。

■新型特急車輌「500系」の概要
車輌形式名 500系
愛 称 未定
導入輌数 24輌(3輌固定×8編成)
導入路線 東武本線
導入時期 2017年 春(予定)
車輌仕様
・編 成...3輌固定(Mc1-T-Mc2)
・サイズ...車輌長20,000㎜、車体幅2,870㎜
・座席数...161席(3輌合計)※シートピッチ1,000㎜
・付帯設備...バリアフリートイレ、洋式トイレ、男性用トイレ
・前面形状...両運転台とも併結可能な構造(中央貫通方式)
製作会社 川崎重工業株式会社

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▲新緑に包まれた道後公園前を快走する14号機。'13.5.26 道後公園-道後温泉
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「坊っちゃん列車」の運行は2系統。"市駅"と通称される松山市駅と道後温泉駅を結ぶルートと、古町駅と道後温泉駅を結ぶルートで、後者は平日2往復、土・休日3往復と、"市駅"発着の半分ほどしか本数がありません。

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▲道後公園から終点の道後温泉へと向かう「坊っちゃん列車」を遠望する。D1形1号が牽引する第一編成。'13.5.25
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古町駅発着の列車は大手町で高浜線との平面交差を渡るため見逃せません。これまでにも何度かご紹介していますが、大手町駅の平面交差は、鉄道線と軌道線がほぼ直角に平面交差するものとしては現存唯一(アーカイブ「伊予鉄・大手町の平面交差」参照→こちら)。そこをレプリカとはいえ"蒸気機関車"が通過するのですから、これは必見のシーンといえましょう。

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▲鉄道線と軌道線が平面交差する大手町。高浜線の線路を「坊っちゃん列車」が慎重に渡ってゆく。'13.5.25 大手町
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▲「坊っちゃん列車」同士のすれ違い。街中でこんな光景が見られるのは松山ならでは。手前が1号機。'13.5.24
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「坊っちゃん列車」の編成は2編成あります。D1形ディーゼル機関車1号が客車ハ1形1・2号の2輌を牽く第一編成と、D2形ディーゼル機関車14号がハ31形客車31号1輌を牽く第二編成で、それぞれプロトタイプが違うため、機関車も細部が異なるなど心憎い演出が隠されています。

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▲復元された道後温泉駅を発車してゆく「坊っちゃん列車」。さながら映画のような時代を超越した情景が展開する。'13.5.25
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あれから2年。松山はまた新緑眩い季節を迎えているはずです。連休に松山方面にお出でになられる方は、ぜひこの「坊っちゃん列車」をスケジュールに組み込んでみてください。

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▲松山一の繁華街・大街道へと向かう道後温泉行きの「坊っちゃん列車」。'13.5.25 県庁前-大街道
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※これまでにご紹介した「坊っちゃん列車」関連記事
・越中島の「坊っちゃん列車」 →こちら
・愛媛県総合科学博物館の「坊っちゃん列車」 →こちら
・別子鉱山鉄道跡を垣間見る →こちら
・伊予鉄道のディーゼル「坊っちゃん列車」 →こちら
・梅津寺公園の伊予鉄道1号機 →こちら
・伊予鉄道本社の複製1号機 →こちら
・もうひとつの伊予鉄道1号機レプリカ →こちら
・晴海に来た「坊っちゃん列車」 →こちら
・子規堂の「ハ1」 →こちら

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▲所定のダイヤでは平日4回、土・休日3回、大街道で離合する「坊っちゃん列車」が見られるはずだが、そこは"路面電車"ゆえなかなかタイミングが合わず、ツーショットを収めるには結構根気が必要。'13.5.24 大街道
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松山の街に「坊っちゃん列車」が復活してから早いもので14年が経とうとしています。以前にもご紹介した(アーカイブ「伊予鉄道のディーゼル"坊っちゃん列車"」参照→こちら)伊予鉄道のD1形ディーゼル機関車と2軸客車で、遊園地鉄道ならともかく、実際の営業鉄軌道でこれだけ本格的なレプリカを定期営業列車として走らせている例は世界的にも稀有です。

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▲1929(昭和3)年に建設されたという愛媛県庁本館前を行く14号機の「坊っちゃん列車」。フェイク(失礼...)とはいえ、見事な歴史的景観を演出している。'13.5.25 県庁前
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ただ、趣味的にはやはり"際物"のイメージがあり、何度かの松山行きの際にも、どちらかというと軽んじてきたのは否めません。それが2年ほど前の5月、ひょんなことから掌を返したようにのめり込むこととなります。

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▲松山城の堀端は市内中心部とは思えない緑豊かな風景が続く。レトロバス(画面左端)も運行されている。'13.5.25
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▲片仮名の「イ」を4つデザインして「いよ」と読ませる判じ物の社紋(左)と、クラウスの代理店だった刺賀商会の銘板レプリカ(右)。'13.5.24
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というのも、よんどころ無い事情で数日にわたって松山市内に滞在せねばならなかったからで、しかも日中は基本的に市内中心部にいなければならないという"しばり"が掛かっています。それでは「坊っちゃん列車」でも撮ろうかと安易な動機で撮影を始めたのですが、これがどうしてなかなか面白い。結局、一日乗車券を手に数日間にわたって「坊っちゃん列車」を追い続けることとなりました。

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▲併用軌道から曲がり込んだところにある道後温泉駅は独特の雰囲気を湛えた伊予鉄道屈指の景観。'13.5.25 道後温泉
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▲道後温泉駅で給水ならぬ給油をする14号機。なんとも微笑ましい光景。'13.5.25 道後温泉
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▲電車に交じって2軸客車を連ねた「坊っちゃん列車」がゆく様は実に愉快。このゴールデンウィーク中は増便されて一日合計20本の「坊っちゃん列車」が走り回る。'13.5.24
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▲福岡・久留米で放置されていた軽便蒸機の廃車体。この写真を撮影してほどなく姿を消してしまった(アーカイブ「山下商店の"深川"」参照→こちら)。'04.9.9
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本誌の連載「トワイライトゾ~ン」が、来たる6月20日(土)発売の383号で連載300回を迎えることとなりました。スタートが1990(平成2)年(№82)ですから、25年もの歳月を、ご投稿いただいてきた読者の皆さんと過ごしてきたことになります。

20150421143628-66989f3f65e08838bfcce9ea1d32f205b85668d5.jpg「20世紀もあと10年余りとなったというのに、世の中には得体の知れない線路や車輌がまだまだいっぱいあります」というB滝さんの前口上で始まった「トワイライトゾ~ン」は、読者の皆さんから寄せられた情報をもとに、溢れかえらんばかりの情報の洪水の中でポツンと取り残された"なんだかわからないモノ"に光を当てようという企画で、線路でも、車輌でも、はたまた面白い看板でも、なんだろう、どうしてだろうと思うことこそが趣味の原点にほかならないという思いからスタートを切りました。
▲連載トワイライトゾ~ンの記念すべき第1回は1990年9月号(№82)に掲載。今から実に25年、四半世紀前のことになる。ちなみにこの号のギャラリーはあの中井精也さんで、中井さんのメジャーデビューとなった記念すべき号でもある。
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20150421143751-1f500aa4fe03296c3f0b0a64198a61fc51613809.jpgビギナーもベテランもなく「トワイライトゾ~ン」のコーナーの中では皆が同居しているのも大きな特徴です。誌面紹介されたビギナーの方の疑問に、大ベテランの方までもが親切に応えられる...それは趣味が本来持っているはずの楽しさそのもので、「トワイライトゾ~ン」はそんな"原点"をもう一度思い返させてくれたとも言えましょう。連載のみならず、別冊「トワイライトゾ~ン・マニュアル」も現在までに16巻を数えています。

▲第1回のトワイライトゾ~ンは、東海道本線平塚から馬入川の河川敷へとのびる日本石油平塚油槽所専用線の現地レポート。土手下のか細い線路をDE11の貨物列車が一日一回出入りしていた。
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▲西武鉄道安比奈線はいつの時代もトワイライトゾ~ンの原風景だ。入間川を渡る道路橋・八瀬大橋をくぐった先は通路として利用されて、ほとんど併用軌道状態となった線路が入間川の河原を目指して続く。'13.3.9(再掲)
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あれから四半世紀。ポツンと取り残された"なんだかわからないモノ"は残念ながら急激に姿を消しつつあります。またそれを取り巻く環境も大きく変化しました。それでもまだまだ「トワイライトゾ~ン」は随所に存在しています。そこで今回の300回記念では、あらためて皆さんから広く「トワイライトゾ~ン」を募集させていただきます。専用フォームも作成いたしましたので、ぜひこの機会にご投稿いただければ幸いです。

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■「トワイライトゾ~ン」300回記念原稿募集
300回掲載用の原稿を広く募集いたします。廃線跡や廃車体といったものから、「変なもの」「怪しいもの」に至るまで、新旧に限らず、皆様からのご投稿をお待ちしています(締切:2015年5月20日(水)投稿分まで)。
※詳しくは上記バナーをクリックして専用サイト(投稿フォーム)をご覧ください。

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▲通勤客を満載し夜の川崎を駆け抜ける600形快速特急。'86.3.10 京浜川崎-八丁畷 P:佐藤良介 (RMライブラリー『京急初代700形』下巻より)
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佐藤良介さんによるRMライブラリー『京急初代700形』の下巻が完成しました。1956(昭和31)年に登場した京急初の高性能車700形、後の2代目600形を解説する本書、上巻ではその登場から昭和40年代中頃までの、非冷房車時代を解説しましたが、下巻では冷房改造からその終焉までを解説します。

20150420152247-859ef802356fa9740427fd87bb1894fb9911f215.jpg京急の車輌冷房化は、新造車では1971(昭和46)年登場の1000形増備車からでしたが、同年2代目600形の冷房改造も開始されました。新造冷房車の1000形の冷房装置は集中式で統一されていましたが、600形の改造にあたっては比較試験の意味から、屋上分散、屋上集中のほか、床下式の計3種類が試されました。床下式は、屋根上にはシンプルな通風機カバーのみが載る、非冷房車のような外観が特徴でした。

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▲3種類の冷房装置が試された600形の冷房改造。最初の2本のM2車は冷房装置が床下に設置されたため、屋根上は非冷房車の如くスッキリしたものであった。 (RMライブラリー『京急初代700形』下巻より)
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もともとは海水浴輸送やハイキングなど、三浦半島への行楽客の利用が多かった京急のクロスシート車ですが、昭和50年代に入ると海水浴輸送も以前ほどの賑わいがなくなり、通勤・通学輸送に重きが置かれるようになります。そうなると快速特急も3扉で加減速性能でも600形を上回る1000形が使用されることが多くなりました。1981(昭和56)年には新種別の「通勤快特」が登場しますが、これも主力は1000形や4扉の2代目700形でした。

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▲冷房改造により従来運転妻側に搭載されていたM1車のパンタグラフは連結妻側に変更された。佐藤さんご自身が描かれた細密な図面が随所に挿入されているのも本書の大きな見どころ。 (RMライブラリー『京急初代700形』下巻より)
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▲昭和40年代後半の活躍。「城ケ島」号、「南房総」号は週末の愛称付き快速特急で、昭和50年代初頭には姿を消した。丸い「マリンパーク号」の愛称板が登場するのはこの後、1983(昭和58)年のことである。 (RMライブラリー『京急初代700形』下巻より)
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1982(昭和57)年には待望の新クロスシート車2000形が登場し、600形は1986(昭和61)年までに順次引退しました。ちなみ京急でクロスシート車として登場した車輌は、初代700形の先輩である500形や、現在も活躍する2000形や3代目600形など、ほとんどが後年にロングシート中心の座席配置に改造されており、登場から引退までクロスシート中心の座席配置のまま京急での生涯を全うしたのは、現在のところ初代700形だけだそうです。幸いなことに初代700形のうちの1輌であるデハ601は現在も横須賀線沿いの逗子第一公園に静態保存されています。お近くにお出での際には見学に行かれてはいかがでしょうか。

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▲出発までの待ち時間に保線作業を行う。'66.7.4 P:田辺幸男 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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根室本線旧線の狩勝峠越えの要衝・狩勝信号場。今もって屈指の鉄道情景として語り継がれるこの狩勝信号場をテーマにした写真展が札幌で開催されています。

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▲折返線信号機が進行を現示し、引込2番線へ進入する下り列車。'66.7.4 P:田辺幸男 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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主催は狩勝高原エコトロッコ鉄道で、『国鉄時代』などでもお馴染みのベテランファン十数名が作品を提供するなど手弁当でこの写真展を応援しています。

20150415171318-bd3ace008a56fa615552dc44db0014af2a057914.jpg狩勝峠の落合側に位置する狩勝信号場は、1907(明治40) 年9月8日のこの区間の開通時に給水給炭所からスタートし、1922(大正11)年に信号場となりました。列車の行き違い設備は上り方に引込線2線と下り方折返線1 線を持っていました。また、峠の鉄路を保守する保線員などの詰所や官舎が立ち並び、鉄道員だけの集落があったのも大きな特徴でした。
▲職員が丹精込めた花壇に彩られた狩勝信号場駅名標。 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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▲狩勝信号場で交換する上下列車。狩勝峠の俯瞰は鉄道写真の世界でも伝説として語り継がれている。'66.1.2 P:三品勝暉 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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昭和30年代、狩勝信号場には駅員9名、保線区員21名と、職員だけで30名が家族とともに信号場内官舎に住み、その他トンネル改修工事などの工事関係者が一時的に住むなどし、総勢100名を越える人たちの一大集落が形成されていました。周囲には商店、学校等はなく、敷地内には共同浴場のほか神社や公民館などもあり、道内では一番大きかった信号場です。今回の写真展ではこの狩勝信号場にスポットを当て、在りし日の狩勝信号場を再現しています。

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▲愛用のモーターカーの前に集合した十勝線路班の面々(左)。狩勝信号場あげてのお祭り「狩勝明治神社祭り」(右)。 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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なお、狩勝高原エコトロッコ鉄道では鉄道歴史研究のひとつとして『狩勝旧線GUIDE BOOK』を作成しており、現在3巻まで発行されています。B5判16ページの冊子(300円)ですが、その内容は濃く、発掘されたアーカイブ写真の公開はもとより、廃線跡の探訪、駅周辺の集落再現から果てはハエタタキの豆知識にいたるまで実に興味深い内容となっています(写真展会場では販売しておりません)。
これからの連休の一日、ぜひこの写真展に足を運んでみては如何でしょうか。

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▲『狩勝旧線GUIDE BOOK』の表紙。左からvol.1、vol.2、vol.3。 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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▲『狩勝旧線GUIDE BOOK』誌面より。地元ならではの緻密な調査が出色。 提供:狩勝高原エコトロッコ鉄道
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■狩勝峠 鉄道写真展「狩勝信号場の詩」
場所:サッポロファクトリー3条館1F ウォールギャラリー
  〒060-0032 北海道札幌市 中央区北2条東4 TEL 011-207-5000
期間:2015 年4月14 日から5月31 日まで。
時間:10:00 ~ 22:00
  (無休・入場無料)
主催:狩勝高原エコトロッコ鉄道 協力:サッポロファクトリー
出展者(敬称略):大崎和男、川本紘義、齋藤晃、杉江弘、髙井薫平、瀧脇収二、田辺幸男、堀越庸夫、松尾為男、三品勝暉、村樫四郎、村松功

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▲和歌山県立交通公園に保存されているモ217号。わかやま電鉄の沿線にあり、電車からも良く見える。'11.3.13 P:宮武浩二
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続いて平野線と運命を共にしたモ205形の保存車輌の現状を見てゆきましょう。モ205形の保存車は3輌。まずは和歌山県立交通公園に保存されているモ217号です。わかやま電鉄の交通センター前駅に隣接する公園に保存されているこの車輌については、かつて小ブログでも紹介したことがありますが(アーカイブ「南海大阪軌道線モ217を訪ねる」参照→こちら)、今回の宮武さんのレポートはそれから4年ほど経ってからのもので、驚かされたのはその傷みようです。小ブログで紹介した際は車体外板の塗装もすっきりと綺麗でしたが、今回の写真を見るに、さながらパッチワークのように傷んでしまっています。現在はどうなっているのか気になります。

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▲モ217号の正面(左)。運転台にはゼネラルエレクトリック社製の制御器が残る(右)。'11.3.13 P:宮武浩二
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続いてご紹介するのは大阪産業大学の正門横に保存されているモ229号。南海カラーに塗られた本車は、大学の保存物品ということもあって状態は良好で、展示用の軌道も本格的なものです。私はまだ目にしたことがありませんが、機会があればぜひ訪ねてみたいものです。

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▲南海軌道線時代の姿を保つモ229号。'15.4.4 P:宮武浩二
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▲大阪産業大学正門横の自転車置き場に保存されている229号。道路のすぐ横にあり、外から見ることも可能だ。'15.4.4 P:宮武浩二
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▲モ229号の台車はKS45Lで大阪市電1501型用。大正13年に製造されたもので、住友製鋼所(現在の新日鐵住金)が初めて製造した鋳鋼式(一部組み立て式)台車で同社の廣田寿一氏が設計した。現在1台が製鋼所正門脇に住友台車第一号台車として展示されている。大阪市電で使用後南海電鉄が購入し、モ205形20輌分を履き替えさせている。'15.4.4 P:宮武浩二
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最後は天王寺区逢坂にある四恩園学園のモ237号。車体のみがいわゆる"ダルマ"状態で利活用されており、建造物の屋根のような立派な屋根が載っています。

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▲一心寺西隣の四恩園学園にはモ237号が車体のみ保存されている。園内には立ち入れないが道路からは見ることができる。車体は改造されており南海時代の面影は正面部のみとなっている。'13.7.31 P:宮武浩二
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2回に分けて今はなき平野線の遺構と保存車輌をご紹介いただきましたが、このように、なにか自分なりのテーマを決めて探訪するのも有意義なことではないでしょうか。ちなみに宮武さんはかつて平野線の敷石があの法善寺横丁で使われているのもレポートしてくれております(アーカイブ「法善寺横丁に生きる大阪市電」参照→こちら)。

【訂正】
四恩園学園のモ237号ですが、中村滋人さんからご連絡をいただき、本年2月初旬に撤去され更地となってしまっているそうです。

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▲旧平野駅跡。線路に見立てたタイルが良い雰囲気を醸し出している。'13.7.31 P:宮武浩二
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相変わらず精力的に路面電車や鋼索鉄道の探求を続けておられる宮武浩二さんから、今度は南海電気鉄道平野線の遺構を巡ったフォトレポートを頂戴しました。

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▲平野線廃止当日のモ235号。'80.11.26 P:宮武浩二
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平野線は現在の阪堺電気軌道阪堺線の今池停留場付近から分岐し、平野停留場までを結んでいた延長5.9㎞の軌道線でした。阪堺線や阿倍野停留場で接続する上町線と直通運転を行っており、恵美須町~平野間、天王寺駅前~平野間の列車設定となっていました。

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▲旧平野駅前から線路跡を見る。古レールで作られた藤棚が昔ここに鉄道があったことを思い出させる。'13.7.31 P:宮武浩二
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残念ながら大阪市営地下鉄谷町線の延伸でその任を譲り、1980(昭和55)年11月27日に廃止、以後、南海軌道線(現在の阪堺電気軌道)は阪堺線と上町線の2路線のみとなってしまいました。
では、まずはその路線を辿ってみることにいたしましょう。

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▲車止めなど終点駅であったことを示す遺構も残されている(左)。平野駅舎はプロムナード平野として整備され、駅舎建物をイメージしたあずまやとモニュメントが設置されている(右)。'13.7.31 P:宮武浩二
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▲プロムナード平野にあるモ223号のモニュメント(左)。西平野駅から平野駅の間は遊歩道として鉄道線路跡をイメージした工夫がなされている(右)。'13.7.31 P:宮武浩二
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▲阪堺電気軌道恵美須町駅から新今宮駅方向を見る。左側の駐車場が平野線のホーム跡。'12.2.4 P:宮武浩二
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▲阪堺線の歴史は複雑怪奇。戦前の旧阪堺電鉄は通天閣本通りの左側の三階建てのビルの場所にあった。'11.12.16 P:宮武浩二
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▲通天閣内で展示されている旧阪堺電鉄本社ビルの在りし日の模型(左)。モダンな外観は新世界の入り口にふさわしかった。通天閣内に展示されている恵美須町駅の模型と電車(右)。'11.12.16 P:宮武浩二
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▲天王寺動物園の隣、一心寺の本坊に続く通路には平野線の敷石が再利用されている。'13.7.31 P:宮武浩二
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▲飛田付近には架線柱が連続して残っている。'13.7.31 P:宮武浩二
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34年前のホールン。

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▲今から34年前、ホールンを発車、国鉄線横を走るストームトラムの30号機。客車は旧オーストリア国鉄の2軸車。1981年 P:高橋 滋
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先週ご紹介した北オランダのスチームトラム(アーカイブ「北オランダのスチームトラム」参照→こちら)をご覧になった高橋 滋さんから「まだ走っているのですね! 私は34年前の1981年に訪問しました」と写真をお送りいただきました。
1981年といえばまだ昭和真っただ中の昭和56年、国鉄本線蒸機消滅からまだ6年しか経っておらず、よくぞそんな時代にオランダの北の外れまでお出でになったものだと感心することしきりです。そこで当時の状況をうかがってみました。

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▲30号機は1908(明治41)年ユンクのBタンク機で、今日でも在籍している。1981年 P:高橋 滋
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日本の蒸機がなくなってからは、海外に残った蒸機を追い始めていました。ボイラーが太いC62が好きだった私はどうしても01が見たくて、ヨーロッパ行きを計画しました。当時はDDRスチームサーベイくらいしか情報が無く、高校時代の鉄研の先輩の情報が唯一の頼りでした。同行する相棒もいなく一人旅でした。英国に14日、東独に8日、西独、オーストリー、スイス、イタリア、オランダ、デンマーク、ルクセンブルグ、フランス、インドを回るブリットレイルパス、ユーレールユースパスを使った約7週間の旅でした。

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▲現在のホールンで入換え中の5号機。駅周辺は近代的に整備されているが、構内は昔ながらのイメージがしっかりと残されている。'13.9.21 P:名取紀之
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少ない情報の中にオランダの保存鉄道の情報が含まれていました。アムステルダムの近くに美しい機関車が走っているという話から訪れてみたのです。当時のメモを見返したら、スイスから夜行でアムステルダムに朝着き、30分ほどでホールンに着いています。土曜日だったのにお客さんは誰もいなかったように記憶しています。その日は昼過ぎまでホールンで過ごし、午後から夕方まではハーグに行きマドローダムに行っていたようです。そしてその晩は夜行でデンマークに向かいました。かなりの強行軍だったようです。

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▲終点メーデムブリク全景。堤防上は地元の人たちの恰好の散歩コースとなっている。'13.9.21 P:名取紀之
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「ピッカピカに磨かれた機関車が印象的でした。とても懐かしいです」と高橋さん。それにしてもヨーロッパに蒸気機関車を追って単身7週間...その情熱には脱帽です。

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▲多くのファンが待ち受ける中、池袋駅4番線7番ホームに到着する記念列車送り込み回送。'15.4.12 池袋 P:名取紀之
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西武鉄道池袋線の前身である武蔵野鉄道が池袋~飯能間で開業(1915年4月15日)してから100周年になるのを記念して、昨日、池袋駅で「池袋線開業100周年記念セレモニー」が行われました。

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▲記念列車に充当された30001Fの両先頭車には駅舎の移り変わりや車輌の変遷がラッピングされている。'15.4.12 池袋 P:名取紀之
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これに合わせて記念ヘッドマーク付きの臨時電車が池袋~飯能間で運転されましたが、この記念列車は開業当時の12駅【池袋、東長崎、練馬、石神井公園(石神井)、保谷、東久留米、所沢、西所沢(小手指)、狭山ヶ丘(元狭山)、入間市(豊岡町)、仏子、飯能/( )内は開業時】に停車するという趣向が凝らされ、しかも通常の乗車券(定期券含む)を持っていれば誰でも乗車できるという粋な計らいがなされていました。

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▲池袋駅7番ホームで実施されたテープカット。左より西武鉄道・若林 久取締役社長、飯能市・大久保 勝市長、西武鉄道・後藤高志取締役会長、豊島区・高野之夫区長、台湾鉄路局・黄 振照(ファン ゼン ザァオ)氏、西武鉄道・土屋敏行池袋駅管区長。'15.4.12 P:RM(伊藤真悟) 取材協力:西武鉄道株式会社
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今回の池袋線開業100年については、『写真で見る西武鉄道100年』のご縁で少々お手伝いさせていただいたこともあって、私もこの記念臨時列車に乗車させていただきました。11時22分に池袋駅を発車した臨時電車車内では、女性車掌さんの案内放送で、今はなき上り屋敷駅(池袋-椎名町間)や長江貨物駅(東長崎-江古田間)などの解説もされ、熱心に録音されるファンの姿も見受けられました。

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▲臨時電車は池袋11時22分発。終点の飯能へは12時23分に到着。開業時には蒸気機関車牽引で2時間近く掛かっていたという。'15.4.12 P:名取紀之
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▲地上コンコースに特設された売り場では記念乗車券やグッズが販売された。'15.4.12 池袋 P:名取紀之
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▲30001Fの各車には開業時からある12駅の新旧の写真が中吊りとなって掲出されている。'15.4.12 池袋 P:名取紀之
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▲側面の種別表示は「臨時」とだけ表示された(左)。車内のモニター表示は「臨時 飯能ゆき」(右)。残念ながら途中停車駅の表示はなされなかった。'15.4.12 池袋 P:名取紀之
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▲『写真で見る西武鉄道100年』所収の列車写真もラッピングされている。左は村松 功さんの作品で練馬駅を発車する新塗色(ローズレッド/ベージュ)に塗り替え直後の501系(1960年)。右は宮松金次郎さん撮影の武蔵野鉄道時代の準急飯能行き(デハ3323)。1938(昭和13)年に富士見台-石神井公園間で撮影。'15.4.12 池袋 P:名取紀之
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通常は10輌編成が停車することはない東長崎駅に停車したり、100周年の横断幕で迎えたり、通過駅でもホーム端で駅員さんが最敬礼で見送ったりと、まさに池袋線が一丸となった思いが伝わってくる臨時電車でした。

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▲練馬駅では駅員一同が記念の横断幕を広げて歓迎。小旗(?)には練馬駅の歴史写真の数々が...。'15.4.12 練馬 P:名取紀之
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西武鉄道ではこの池袋線開業100周年に合わせて、専用台紙に硬券乗車券4枚がセットになった記念乗車券の発売、開業当時から営業している12駅でそれぞれ1枚売りの硬券乗車券の発売、記念グッズとして「新2000系ネクタイ・ネクタイピンセット」と「池袋線停車駅案内スポーツタオル」が発売されています(詳しくは→こちら)。また、今週土曜日(4月18日)より、6000系1編成(6057F)の車体が黄色に変更されます。西武電車のイメージでもある「黄色い電車」が相互直通電車として渋谷・横浜方面に運行されるわけです(詳しくは→こちら)。

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▲石神井公園に到着した記念列車。ヘッドマークの色調は旧西武鉄道時代から1960年代初頭まで車体塗色として使われた茶色と黄色の塗り分けを模している。'15.4.12 石神井公園 P:名取紀之
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▲各停車駅では記念列車の発着時のみ駅名標を開業時の駅名に戻すサプライズも。隣接駅も開業時にする拘りよう。残念ながら記念列車発車と同時に剥がされてしまった。'15.4.12 石神井公園 P:名取紀之
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ところで、RM本誌では先月(380号)より北村 拓さんによる「武蔵野鉄道100年」を連載しております。同時に小池武史さんの膨大な西武鉄道関連乗車券コレクションをご紹介しており、来週発売号(381号)ではいよいよ後編=戦後編となります。ぜひご覧下さい。

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▲来週発売の本誌誌面より。特別企画「武蔵野鉄道100年」はいよいよ後編。小池武史さんの乗車券コレクションも戦後の「西武農業鉄道」から西武鉄道へとご紹介。それにしてもこれは氷山の一角で、そのコレクションは気の遠くなる膨大な枚数...。
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髙木宏之さんの労作『国鉄蒸気機関車史』が好評発売中です。本書は季刊『国鉄時代』に7年間にわたって連載を続けていただいている「蒸気機関車四方山話」をベースに加筆、多くの写真、図面を追加して再編集したもので、連載とはまったく趣を異にしたまさに愛蔵版と呼ぶに相応しい体裁となっております。

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▲川崎造船所兵庫工場で産声を上げる9600形のトップナンバー。煙室戸周囲のクリート(止金)が見え、後方や隣線にも同形機が並んでいる。P:筆者所蔵 (『国鉄蒸気機関車史』より)
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本書は9600形からC63形まで日本国鉄(帝国鉄道庁・鉄道院・鉄道省・運輸通信省・運輸省・日本国有鉄道)が計画したいわゆる「国鉄制式蒸気機関車」を、設計・製造のプラクティス(手法体系)を検証することによって体系化し、再評価しようとするもので、従来良く見られた形式順の解説とはまったく意味合いの違う切り口となっています。

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▲各種試験装備についても従来見られなかった視点で詳細に紹介されている。 (『国鉄蒸気機関車史』より)
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正直申し上げて、本書は簡単に読みこなせるものではありません。蒸気機関車はもとより、機械工学の基礎的知識、いやそれ以上がないと100%理解することは難しいかもしれません。ただ、髙木さんは随所に助けの手を差し伸べられておられ、初めからすべてを理解しようとせず通読すると、これまでになかった国鉄蒸気機関車史が、さながら大河のごとく浮かび上がってくるはずです。

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▲生産の振り分けについては視覚的に理解しやすいチャートを多用して解説。形式ごとのメーカー比率も本書を読み解くうえで重要な要素となっている。 (『国鉄蒸気機関車史』より)
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▲言葉だけが独り歩きしてきた感のある「重」→「軽」改造だが、本書を読めばその本質が理解できるはず。 (『国鉄蒸気機関車史』より)
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■内容
序章:島安次郎、節約路線を確立す ― 国鉄制式機前史
第1章:右と言えば左の「武士道機関車」― 9600形
第2章:「万能機」元をただせば急客機 ― 8620形
第3章:広軌への果てしない憧れ ― 大正前期の計画形式と満鉄機
第4章:広軌に匹敵する狭軌機関車 ― 18900(→C51)形
第5章:国鉄初の制式ミカド君臨す ― 9900(→D50)形
第6章:正調ワルツのリズムに乗れず ― 8200(→C52)形・C53形
第7章:ライト・パシフィック三姉妹 ― C54形・C55形・C57形
第8章:テンダー機からタンク機へ ― C50形・C10形・C11形
第9章:タンクとテンダーの長短姉妹 ― C12形・C56形
第10章:国鉄代表スタンダード・ミカド ― D51形
第11章:国鉄最後のヘビー・パシフィック ― C59形
第12章:不発に終わった「弾丸列車」 ― HC51形・HD53形
第13章:国鉄ヘビー・ミカドの皇統譜 ― D52形
第14章:国鉄5動軸機の系譜 ― 4110形・E10形
第15章:国鉄初のハドソン登場 ― C61形
第16章:国敗れてハドソンあり ― C62形
第17章:2軸従台車の眷属 ― D62形・D60形・D61形・C60形
第18章:両用並び立たず ― C58形・C63形
第19章:機関車の性能評価手段 ― 定置試験台と試験車
第20章:ショート、ロング、カットオフ ― 弁と弁装置の基礎
第21章:水は方円の器に従う ― 給水加熱器
第22章:馬には乗ってみよ ― 機関車の動揺
第23章:それは石炭節約から始まった ― 重油の併燃と専燃
コラム:18900(→C51)形における各種除煙装置と下関庫の18993による各種試験

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▲機関車の性能評価のために大井工場内に「定置試験台」が設けられて各種試験が行われたことはあまり知られていない。本書ではこの定置試験台や試験車についても言及している。 (『国鉄蒸気機関車史』より)
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収録写真点数は278点。図面は原則として一次資料を使用し、形式図81点、組立図・配管図など136点、表は166点にもおよびます。国鉄本線無煙化から40年、21世紀もひと回り以上経ってからの「名著」の誕生です。書架に寝かせるのではなく、ぜひ苦悶しながら読みこなしてみてください。

■『国鉄蒸気機関車史』
髙木宏之 著
定価:本体4,444円+税  B5版 上製本 240頁

※明日は不在のため休載させていただきます。

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▲この日の定期列車は1往復のみ。メーデムブリクのホームで折り返しのホールン行きが発車時間を待つ。なお、ホールンへ向かう列車がチムニーファーストとなる。'13.9.21
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20150408120832-07af9cb2baf984928179f4bac4280a94a9f76a9b.jpgこのストームトラムは財団法人が管理し、運営会社が実務を司っており、スタッフの大部分はボランティアだそうです。現在、1887(明治20)年ホーエンツォレルン製のオランダ鉄道(NS)6513号機の動態復元に取り組んでいて、すでに15万€のドーネーションが集まっているとのことでした。
▲メーデムブリクの駅は歴史博物館も兼ねており、荷扱い場なども再現されている。建物の煉瓦の積み方は当然ながら「オランダ積み」。'13.9.21
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▲ホールンに折り返すべく入換えを行う26号機。先には5号機の牽く古典客車編成が退避している。左のアパートの後ろにはいかにもオランダらしい風車が見える。'13.9.21
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運行期間は3月下旬から11月中旬まで。12月にサンタ・スペシャルの運転があるものの、基本的に冬季は運休となります。訪問時にはちょうど折よく団体専用列車の運転があり、2列車を見ることができましたが、7・8月の繁忙期(一日三往復)以外はほとんど一日一往復の設定となっています。

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▲客車AB8は1916(大正5)年にロッテルダムで造られた木造客車。モニタールーフと大きな側窓が目を引く。'13.9.21
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▲一方、こちらのAB6は1902(明治35)年にハーグで製造された古典客車。"ダルマ"状態で放置されていたものをボランティアがレストアしたのだという。'13.9.21
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▲荷物車として使用されている2軸貨車NTM P1はなんと1888(明治21)年製。まるで新品の模型のように美しい。'13.9.21
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20150408122611-48f1e12623ba1afb602f4d091690bc156b36857d.jpgところでなにゆえスチームトラムを意味するSTOOMTRAMを名乗っているのかが気になっていました。現在の路線には路面併用区間もほとんどなく、蒸気トラムが必要な状況ではまったくありません。現地で購入したオランダ語のガイドブックによると、どうやら全盛期はこの半島各地に軌道網があり、その多くが併用軌道となっていたようです。今となっては市街の併用軌道をゆく蒸気トラムの姿を見ることはできませんが、ストームトラムはその残り香を多少なりとも感じさせてくれる存在なのでしょう。
▲全盛期のSTOOMTRAM。(MUSEUM STOOMTRAM発行『DAAR KOMT DE STOOMTRAM!』より)'13.9.21
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▲ホールン駅で見かけた「蒸気機関車とは?」といった感じの展示。壁面の小さなボードには蒸気機関車の構造の簡単な解説あるが、いかんせんオランダ語なのでお手上げ。それにしても気になったのは手前のナローの動輪で、これはどう見ても遊動輪装置では...。'13.9.21
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▲終点メーデムブリクに到着する5号機の牽く団体専用列車をビュッフェカーのおばさんが手を振って迎える。画面右の堤防の先は北海へと続くワッデン海。'13.9.21
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ホールンから20㎞、終点のメーデムブリク駅はワッデン海の堤防下にあります。街そのものも想像していた賑わいはなく、どうやら市内観光(?)するような場所ではなさそうです。実際、到着した列車から降りてきた乗客の大半はホームからそのまま遊覧船の桟橋へと進んでしまい、駅前に降り立つ人は稀でした。

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▲堤防上から見た終点メーデムブリク駅構内の全景。左に見えるのがエクスカーション・ルートとなっている遊覧船で、列車を下りた乗客の多くは桟橋を通ってこの船へと乗り込んでゆく。'13.9.21
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昨日もご紹介したように、このストームトラムはメーデムブリク~エンクホイゼン間に就航している遊覧船と連絡しており、さらにエンクホイゼンとホールンの間はオランダ鉄道(NS)が連絡するという3者によるフォーメーションが構築されています。つまり時計回り、反時計回りどちらでもエクスカーションが可能なわけで、実に効果的な旅客誘致策と言えましょう。ちなみに、山国のわが国に多い、いわゆる「どん突き」に位置する保存鉄道は苦戦を強いられがちです。来た道を戻らねばならないのは一般客にとっては決して魅力的ではなく、抜けられるルート、もっと言えばこのストームトラムのようにエクスカーション・ルートの構築が大きな集客ツールとなります。

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▲メーデムブリクには給水設備がないため、折り返し時の機関車への給水は留置したタンク車から行う。給水を受けているのは26号機。バッファーの当て面が"グー"と"パー"になっているのに注意。(アーカイブ「グーとグー、再びバッファーの話」参照→こちら)'13.9.21
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ホールンからメーデムブリクまでの乗車時間は1時間20分ほど。連絡船航路の所要時間は1時間30分ほどで、乗換え時間等を含めるとホールン出発から帰着までほぼ一日がかりの旅程となります。

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▲1929(昭和4)年ラ・ムーズ製の5号機。これまた信じられないほどに磨き抜かれている。'13.9.21
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▲"ENKHUIZEN"と名付けられた5号機のプレート類。メーカーのラ・ムーズはわが国では馴染みが薄いが、ベルギーの有力メーカーである。'13.9.21
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現在このストームトラムに在籍している蒸気機関車は10輌。1887(明治20)年ホーエンツォレルン製Cタンク機を筆頭に、いずれ劣らぬ古典機ばかりで、うち8号機と18号機がフルカウリングのいわゆる屋台店となっています。残念ながら今回の訪問では両機ともに目にすることはできず、それだけは心残りでした。

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▲終点メーデムブリク手前では運河に架けられた跳開橋を渡る。先頭に立つのは鏡のように磨き上げられたハノーバー製Bタンク機。'13.9.21
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20150406150902-a2613aa9f2fb4bde84194d8682c54e80c34363f6.jpgオランダはアムステルダム中央駅からインターシティーで北に向かうこと30分あまり、マイケル湖沿いの田舎町ホールン(HOORN)からささやかな蒸気鉄道が出ています。その名もずばりストームトラム(STOOMTRAM)=蒸気トラムと通称されるこの路線は、ホールンからメーデムブリク(MEDEMBLIK)までの延長20㎞ほどの標準軌で、開通は1879(明治12)とたいへん由緒あるものです。
▲ストームトラムは半島を縦断するようにホールンとメーデムブリクを結ぶ。メーデムブリクとエンクホイゼンの間は"汽船"、エンクホイゼンとホールンの間はオランダ鉄道(NS)が連絡しており、左右どちら回りでもエクスカーションが楽しめる。
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▲起点のホールン駅構内。正面奥に見える3線の矩形庫には多くの蒸機が収められている。右側に見えるのはオランダ鉄道(NS)の列車。'13.9.21
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実はこの鉄道にはいわゆる屋台店スタイルのスチームトラムが2輌在籍しており、あわよくばその姿を拝めるのではと期待をしての訪問でしたが、残念ながら火が入っていたのはCタンクの5号機とBタンクの26号機の2輌だけ。それでも団体臨時列車の運転もあって短い時間ながらそれなりに楽しむことができました。

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▲オランダはどこに行っても自転車天国。牽引機の次位には無蓋車が連結され、乗ってきた自転車が何とも無造作に放り込まれてゆく。'13.9.21
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▲掛員の誘導で踏切を渡りウォヌム(Wognum)駅構内に入る下り列車。ウォヌムは沿線最大の途中駅で、列車はここで15分ほど停車する。'13.9.21
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沿線はポルダーと呼ばれるオランダ特有の低湿地で、堤防に護られた海面下の干拓地が広がっています。それだけに勾配もほとんどなく、小さなタンク機でもそれなりの輌数を牽引することが可能なようで、26号機の牽く定期列車も、単車とはいえ13輌の"長大編成"でした。

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▲見渡す限りの草原を26号機の牽く列車がやってきた。この草原、実はチューリップ畑とのことだが、残念ながら季節柄ただの空地にしか見えない。'13.9.21
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▲2軸の客車内。2+3の座席配置で、シートは木製。スタンダードゲージだけに結構ゆったりとしている。'13.9.21
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▲乗車時間は1時間20分ほどしかないが、編成にはビュッフェ車が組み込まれている。しかもビュッフェは結構な回転率だ。'13.9.21
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▲26号機は1922(大正11)年ハノーバー製のBタンク機。インサイドシリンダーで、なおかつ足回りに半分カウリングがあるため遊園地のフェイク遊具のような外観。'13.9.21
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20150405232413-2ea49205b7e1513ea01369317f18ced084dc1731.jpgこの保存鉄道で目を見張ったのは、何と言ってもその車輌の美しさです。まさにミュージアムコンディションで、車体はもとより足回りに至るまで、まるで舐めたように磨き抜かれています。客車や貨車も同様で、聞けばすべてボランティアによる整備とのこと。日本から来たということで26号機のキャブにも入れてもらいましたが、その美しさには絶句。実運用に入っているにも関わらず、まるでモデルルームのインテリアでも見ているかのような美しさでした。
▲磨き上げられたハノーバーの銘板。1922年製造番号9862。'13.9.21
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▲26号機のキャブ内。バルブ類も見事に磨き上げられている。運転台は右側で、一見サイドタンクに見える部分に向かってドアが開く(右)。'13.9.21
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▲新製されるSL「やまぐち」号用客車のエクステリアイメージ。提供:JR西日本
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JR西日本はSL「やまぐち」号の持続的な運転のため、蒸気機関車全盛時代の、いわゆる旧型客車を模した客車を新製すると発表いたしました。

20150403145200-4db6fc051ea375228c30c459c5570ce59e0f8491.jpg新製客車のコンセプトとして以下が発表されています。
・SL全盛期の旧型客車であるマイテ49、オハ35、オハ31を復刻
・SLの音や煙を体感できるよう開放型展望デッキや開閉窓の設置
・SLを体験、学べるフリースペースを設置
・バリアフリー対応、ベビーカー置場、温水洗浄機能付きトイレなどにより快適性を向上

▲マイテ49形の復刻モデルと位置づけられている1号車の展望室イメージ。提供:JR西日本
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新型客車は5輌1編成で、1号車は1938(昭和13)年製の1等展望客車マイテ49形を模したグリーン車で、端部に展望デッキと展望室が設置されます。2~4号車は1939(昭和14)年から製造が始まった3等客車のオハ35形をモチーフにした普通車で、いずれも4人用ボックスシートが設置されます。3号車には「SLを体験・学べるフリースペース」と販売カウンターを設置。5号車は1927(昭和2)年から製造された、3等客車のオハ31形をモデルにした普通車で、4人用ボックスシートのほか、車いす対応席を設け、端部には展望デッキが設置されます。

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▲同じく1号車インテリアイメージ。提供:JR西日本
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▲オハ35形をモチーフとした2~4号車インテリアイメージ。提供:JR西日本
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▲オハ31形をモチーフとした5号車インテリアイメージ。二重屋根も再現されている。提供:JR西日本
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この新製客車の投入は、「山口デスティネーションキャンペーン」が開催される2017(平成29)年9月が予定されており、これに合わせてSL「やまぐち」号の一部停車駅をレトロ調などに改修するリニューアルも実施されます。具体的には、新山口駅は停車するホームの床面を昭和初期レトロ調に改修、仁保駅はホーム待合室を移設し見学スペースを確保、地福駅は駅舎の内外装を昭和初期レトロ調に改修、津和野駅はコンコース・トイレなどの改修が予定されています。

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▲新製されるSL「やまぐち」号用客車の編成概要。提供:JR西日本
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梅小路運転区に新設が進む蒸気機関車の解体検査に特化した専用検修庫に象徴されるように、JR西日本は少なくとも数十年程度は安定的に蒸気機関車の動態保存を継続できるよう、持続的な動態保存に取り組んでゆく方針を明確にしており(アーカイブ「D51 200が本線復帰へ」参照→こちら)、この客車の新製もその延長線上にあると言えましょう。

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▲クシ718-701を先頭にした"フルーティア"。外観は赤煉瓦や黒漆喰壁をイメージしたカラーリングに。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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JR東日本は、「ふくしまデスティネーションキャンペーン」にあわせて、福島県産フルーツなどを使用したスイーツやくつろぎの時間を楽しむことができる、"走るカフェ"をコンセプトとした新たな車輌"フルーティア"を投入しました。

20150401174033-1cdbbd39d595e325f69c5b5b0e5ec6908e8b95e9.jpg車輌愛称の"フルーティア"は、オリジナルフルーツに使う「FRUIT(果物)」と、この列車の基本コンセプトである「カフェ」をイメージさせる「TEA(お茶)」を組み合わせて命名されています。
車輌は719系のクモハ719-27+クハ718-27を改造した2輌編成で、会津若松方からクモハ719-701(座席車輌)+クシ718-701(カフェカウンター車輌)と、新たに制御食堂車クシが誕生した点が興味深いところです。なお、改造は郡山総合車両センターが担当しています。
▲クシ718-701の前面。編成番号は「S-27」。貫通扉部分には"フルーティア"のロゴを貼り付けている。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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20150401180418-f0d62e65b589f4252b86846f2055905866440052.jpg外観デザインは、赤煉瓦や黒漆喰壁、明治大正時代の西洋モダンが織りなす磐越西線沿線の独特な街並みや、雄大な自然との調和を表現。また、建築外板に使用されるような質感表現を車輌デザインに取り入れ、新しいイメージを創出しています。室内デザインは、明治大正時代の近代建築や会津塗のもつ豊かな質感を基本としてデザインし、くつろぎのひとときを提供します。

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▲郡山方先頭車で1号車のクシ718-701。2・4位側にカウンターを設置したことで、中央部分は側窓と側引戸を埋め込み、後位側は側引戸部を側窓化している。定員は0名。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲会津若松方先頭車で2号車のクモハ719-701。中央部と後位側の側引戸部は側窓化されている。後位側屋根上のパンタグラフはシングルアーム式のPS109に換装。定員は36名。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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改造概要ですが、共通仕様としては、側引戸を片側3扉/輌から車輌前位側のみの片側1扉/輌とし、客室内後位側に仕切壁を設置して静粛性を確保するとともに、号車間をスムーズに移動できるように自動仕切扉を採用しています。また、カフェの雰囲気を出すために、吊り天井内に設置したLEDによる間接照明とダウンライトにより、照度を保ったうえで落ち着いた雰囲気を演出しています。

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▲クシ718-701の室内を前位側から見る。車輌全長にわたった大型のカウンターテーブルが特徴。なお、カウンターテーブル下には冷蔵庫×4台、冷凍庫×1台を設置する。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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カフェカウンター車輌のクシ718-701は、車輌全長にわたる大きく伸びやかなカウンターを2・4位側に配置。天板には人工大理石を採用し、磨き上げることでピアノのような質感(ピアノブラック)を再現しています。また、カウンターには自由に利用できる簡易な座席を6席配置しているとともに、後位側車端部には面発光照明を採用したパウダールーム、温水洗浄便座付きの洋式トイレ、自動水栓採用の洗面台を設置しています。

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▲クシ718-701の後位側には、カウンター席を6席用意する。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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座席車輌のクモハ719-701は、すべての座席から車窓を眺めることができる配置となり、より良い車窓を楽しんでもらうことを目的に高床構造を採用。座席はソファーとして、包み込まれるような座り心地を目指しています。また、テーブルはカウンターと同じ人工大理石を採用して質感を統一しています。

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▲クモハ719-701の客室内。2人掛け・4人掛けボックスシートをメインに構成。座席は窓側に角度が付けられている。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲クモハ719-701の前位側にある1人掛けシート。なお、旅行商品では1名での利用はできない。'15.3.27 郡山総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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このほか、積雪が多い磐越西線でも安定輸送を確保するために、パンタグラフをPS16からシングルアーム式のPS109に換装するとともに、台枠下部おおい形状の変更などの対策を施しています。

20150401175948-bbb7ce8ec84702c8eef266e3ac8605ebe8d9d498.jpg"フルーティア"は、〈フルーティアふくしま〉の列車名で、4月25日からの土・日・祝日に郡山~会津若松間での運行を予定しており(7月以降の運転日は決まり次第発表)、全席が「スイーツセット」付の旅行商品のみの発売となります(申込みは大人1名を含む2名以上)。気になる料金ですが、デビュー記念として郡山~会津若松間は片道おとな1名4,200円、こども1名3,600円(5/2~6は大人1名4,600円、こども1名3,800円)の料金が設定されています(郡山~猪苗代間などの設定もあり)。また、列車は定期列車(普通列車または快速列車)の郡山方に併結して運転される予定です。

▲〈フルーティアふくしま〉の運転時刻表。
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なお、719系700番代"フルーティア"については本誌次号(4月21日発売号)にて、諸元表など含めて紹介する予定です。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社

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梅小路 春爛漫。

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▲まさに春爛漫! 満開の桜をバックにC61 2の煙が春風に揺らめく。'15.3.31
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昨日は納品立ち会い(?)でふたたび梅小路へ。折しも構内の桜がまさに満開で、期せずして眼福の一日となりました。

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▲まるで模型のジオラマを見ているような景観が広がる。扇形車庫裏の山陰本線の築堤に沿って見事な桜並木が...。'15.3.31
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空き時間には例によって区長のご案内で運転区屋上へ。昨年夏から半年以上にわたって続けてきたこの屋上からの定点観測(アーカイブ「建設進む京都鉄道博物館」参照→こちら)ですが、あれよあれよという間に博物館本館は完成、旧京都駅上屋の移設も完了して、博物館とSL検修庫を結ぶペデストリアンデッキもその姿を現しました。

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▲本館手前の旧京都駅上屋は交通科学博物館から移設されたもの。すでに展示用線路の敷設も完了しているのがわかる。'15.3.31
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▲本館からSL検修庫を結ぶペデストリアンデッキもその姿を現した。完成の暁にはこのデッキから検修庫内の実作業を見学することができるはず。'15.3.31
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▲建設たけなわのSL検修庫の眼下には搬入を待つ博物館展示車輌が見える。'15.3.31
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あらためて目を見張るのがSL検修庫の規模の大きさです。すでに60t天井クレーンの設置も完了し、検修場面積765.00㎡とされる建屋が全容を現しました。「持続的なSL動態保存の体制の整備」のための、蒸気機関車の解体検査に特化した専用検修庫が、夢、幻ではなくいよいよ現実のものとなろうとしています。

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▲美しくレストアされて博物館への搬入を待つクハ103-1、EF65 1、EF58 150。これから扇形車庫を"通過"して所定の展示場所へと搬入されてゆく。'15.3.31
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構内を見渡すと、美しく整備されたクハ103-1、EF65 1、EF58 150なども博物館入りを待っているのが見えます。これらは順次転車台で方転のうえ、扇形車庫12番線の裏に仮設された線路上を慎重に移動、博物館へと収蔵されてゆく予定です。

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▲1972(昭和47)年の開館以来掲げられてきた「梅小路蒸気機関車館」の文字(左)もこの夏まで。来春以降は京都鉄道博物館と一体運営されることとなる。右は現在のエントランスで、この入口も機能を終える。'15.3.31
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▲現在開催中の運行終了メモリアル写真展「トワイライトエクスプレスの時間」。写真以外にも、「トワイライトエクスプレス」に関するさまざまなアイテムも展示されている。'15.3.31
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▲旧二条駅企画展示コーナー(左)ばかりでなく、扇形車庫内の随所に写真展示スペースが設けられている。'15.3.31
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▲扇形車庫内ではフォトラリーも行われている。展示作品に添えられたQRコードをスマートフォンで撮影すると写真とメッセージが表示される仕掛け。'15.3.31
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ところで、8月に閉館(アーカイブ「梅小路蒸気機関車館 8月30日閉館」参照→こちら)を控えた梅小路蒸気機関車館では、現在「トワイライトエクスプレス」の運行終了メモリアル写真展「トワイライトエクスプレスの時間」が開催されています(4月7日まで)。JRPSメンバーを中心としたプロカメラマンによる作品が旧二条駅企画展示コーナーや扇形車庫内に展示されています。お越しの際はお見逃しなきように。

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▲蒸気機関車館の通路より。万朶の桜を潜るように山陰本線の下り普通列車が行く。'15.3.31
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