鉄道ホビダス

2014年12月アーカイブ

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'14.9.21 ノイエンマルクト

皆さん、それでは良いお年を...
この一年、小ブログにお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。年末年始はしばし休載とさせていただきます。新年は5日(月曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか来年もかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。
皆さん、それではご家族ともどもよいお年をお迎えください。

編集局長:名取紀之 敬白

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▲"おいこっと"となったキハ110-235を後位側から見る。形式・車号は2位側と3位側の乗務員扉直後に標記されている。ちなみに同車はかつての眺望車"ふるさと"で、さらに元を辿れば特急〈秋田リレー号〉用のキハ110-313である。'14.12.23 長野 P:RM(伊藤真悟)
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20141225140602-bf612d3b510d0be11c20bccccdc6a6d16ad054f4.jpgJR東日本長野支社は、北陸新幹線の金沢延伸に伴い、"日本のこころのふる里"に相応しい多様な観光資源をそなえる飯山線沿線を楽しんでもらうため、"ふる里"のイメージを具現化した新しいコンセプトの列車"おいこっと"を登場させました。
▲側面の行先表示器は幕式からLED式に変更されている。'14.12.23 長野 P:RM(伊藤真悟)
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▲キハ110-235の前位側から見た客室内。前位側はソファタイプのロングシート。'14.12.23 長野 P:RM(伊藤真悟)
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"おいこっと"の車輌名は、ふるさと(田舎)をイメージしてもらうため、東京の真逆の意味でTOKYOの英文表記を反対にし、幅広い層に親しんでもらうよう、ひらがなで表現したものだそうです。

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▲ボックスシート部を見る。公式側(写真右側)は4人掛け、非公式側は2人掛けとなっている。また、4人掛け部には吊手は設置されていない。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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"おいこっと"は2輌編成からなりますが、今回登場したのはキハ110-235を改造した車輌で、車号の変更はされず、駆動機関や台車などの変更は行われていません。また2輌目はキハ110-236が対象となっていて、2015(平成27)年2月下旬の改造落成を予定しています。

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▲2人掛けボックスシートのテーブルを収納した状態。ロングシート、ボックスシートとも定期列車充当時はテーブルを収納して使用する。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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外観デザインは藁葺き屋根の民家の襖や障子などをイメージしており、側面には唱歌「故郷(ふるさと)」の歌詞に登場する「兎」などがアイコン化して描かれています。なお、前面貫通扉と及び側面に貼付される「雪ん子」をイメージキャラクターとした車輌アイコンは、2輌目が登場してからの貼り付けを予定しているとのことで、取材当日には貼り付けられていませんでした。

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▲車体側面に描かれている「兎」のアイコン(左)。アイコンは全部で8種類ある。客室内にもアイコンを使用した照明装置が備わる(右)。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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客室内は「古民家」風のこころ落ち着く内装デザインとして、前位側はロングシート、後位側は公式側4人席、非公式側2人席のボックスシートとなっています(座席数は1輌あたり38名)。
この"おいこっと"は、12月下旬以降に定期列車に導入を予定しているほか、2015(平成27)年春からは2輌編成での観光列車として、長野~十日町間で1日1往復の運行を予定しています。なお、定期列車として長野~十日町間以外を走行する場合もあるとのことです。

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▲飯山駅駅舎外観。飯山線の飯山駅は旧駅から約300m豊野方に移転し、去る11月9日に供用を開始した。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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▲長野・高崎・東京方面の11番線から上越妙高方を見る。プラットホームは白を基調として白い雪に包まれた風景を連想させ、頭上のケーブルラックは、飯山の街並みにみられる"雁木(がんぎ)"の下にいるような印象を与えるデザインとしている。先に見えるのは長峯トンネル。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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20141225140918-ed726111212da970d0ce0f85e8c40046860cce48.jpgまた当日は、飯山駅の新幹線ホームも取材することができました。残念ながら試運転列車は見ることはできませんでしたが、それでもほぼ完成されたコンコースやプラットホームを撮影することができるとともに、特別に新幹線ホームの発車メロディーを流していただき、開業に向けて準備が着々と進められている状況を確認することができました。
▲12番線に設置されている駅名標。駅名標の照明はLEDを採用している。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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▲新幹線コンコース内の待合室。地元産のカラマツやブナの木材を使用している。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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▲新幹線コンコース内には男子化粧室・女子化粧室・多機能化粧室が用意され、それぞれオストメイト用設備もある(左)。写真は女子化粧室内で、小児用小便器も備わっている。コンコースから新幹線ホームへ上がるエスカレーター部(右)。富山・金沢方面は12番線。'14.12.23 飯山 P:RM(伊藤真悟)
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▲クリックすると飯山駅新幹線ホームの発車メロディーをお聴きになれます。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社 長野支社

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『国鉄時代』創刊10周年。

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▲ご存知布原の三重連。左手に鉄道写真神社(手を合わせると鉄道写真が上達すると囁かれている)の鳥居が。P:広田尚敬(『国鉄時代』vol.40「ばりばり、ふわ~り」より)
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20141224180257-4ddaa5e5baa0e8ba509711cd29db2b452301ca2b.jpg早いもので『国鉄時代』は創刊10周年を迎えました。記念すべき40号の巻頭はお馴染み広田尚敬さんの、煙がテーマのグラフ。題して「ばりばり、ふわ~り」。広田さんは作品に添えたエッセーでこう記されています。
「コマ落しのように、うっすらと消えていくあのころの白煙は、風に浮かぶ絹のハンカチですら表現できない。バリバリと頭上を暗闇にする煙からは、風神雷神の去来を感じていた」。
流れる煙の尾の先に青春の夢を追っていた世代には、胸に染み入る"広田ワールド"です。

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▲C61 9〔青〕牽引の普通列車と交換するC60 8〔青〕。この名場面も《ヨン・サン・トオ》をもって見られなくなった。' 68.1.10東北本線千曳 P:佐竹保雄(『国鉄時代』vol.40「43・10改正とその周辺」より)
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特集は43・10改正とその周辺。国鉄における大きな転機となった昭和43年10月改正。東北本線全線電化で89輌の蒸機が淘汰、全国的には200輌前後の蒸機が影響を受けました。三大幹線における動力近代化は達成され、以後、蒸機は加速度的に消えていきます。常磐線電化から、鹿児島本線・呉線電化によるC59・C60消滅まで、《ヨン・サン・トオ》改正を分水嶺にした3年間の蒸機の動向を総合的に検証します。

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▲(右頁)浪打を通過するC60 4〔青〕牽引上り「第1十和田」。東北本線最後の非電化区間となった盛岡~青森間では盛岡区と青森 区のC60が43・10改正まで最後の活躍を続けていた。'68 P:樋口慶一
(左頁上)八甲田山系を背景に堤川を渡るC51+C60重連。東北本線尻内~青森間の補機などで活躍した青森区のC51もC60の投入で置き換えが進められた。'62 東北本線浪打-浦町 P:樋口慶一
(左頁下)秋の朝日を浴びて遥か上野を目指す上り「はつかり」。青森で盛り上げた石炭も十三本木峠でかなり消費しているのが分かる。岩手山の頂はすでに冠雪している。みちのくの冬はもうすぐ。' 60.10.28 東北本線好摩-渋民 P:佐竹保雄(『国鉄時代』vol.40より)

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また、この《ヨン・サン・トオ》改正で大打撃を受けたC60にもスポットを当てます。誕生から15年後、東北本線が全線電化開業したこのダイヤ改正までに総数47輌のうち80%が廃車となり、わずかに残った熊本・鹿児島区の9輌も、鹿児島本線が全線電化開業した2年後の45・10改正で廃車、形式消滅しました。ストーカー付きで常に優位に立っていたC61の陰にかくれ、地味な生涯送ったハドソン機の生涯を運用を中心に振り返ります。

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▲大晦日の夕方、貨物もほとんどないかと危惧していたが混845列車は堂々たる編成で夕日を浴びながらループ線を上って行った。'69.12.31 大畑-矢岳 P:堀越庸夫(『国鉄時代』vol.40「肥薩の道」より)
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「最後の幹線蒸機」では架線の下で奮闘するD51三重連やC60・C61を追った1968年の撮影記、「ダイヤ改正当日の東京・上野・赤羽界隈」は高校生が見た《ヨン・サン・トオ》、「磐越東線 阿武隈越えの煙」はこの改正で消えたD60・9600の話です。

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▲(右頁)腕木信号機が下がりやがて王子行き列車を牽いたEB10が車体を揺すりながらのんびりと現れた。踏切警手はシャツに腹巻き姿。遮断桿がわりのロープを引っ張って通行を遮断している。遠くの線路脇のオート三輪の脇では子供たちの姿。踏切右手の男性は立ち小便? なんとも微笑ましい光景。'61.6.23 P:宮澤孝一
(左頁上)EB10に牽かれた工場行き列車が砂埃を巻き上げてやってきた。これが王子四丁目の日常風景。'61.6.23 P:宮澤孝一
(左頁中左)大日本人造肥料王子工場の引き込み線で撮影された蓄電池機関車10形。絵葉書より。
(左頁中右)1927(昭和2年)12月17日付「鉄道広報」 資料提供:三宅俊彦(『国鉄時代』vol.40「須賀貨物線の日常」より)

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20141224180510-db9b720b46a89e72c26d04c2295a9962b198e73d.jpg一般記事では、EB10が走っていた王子界隈を訪ねた「須賀貨物線の日常」、阿蘇を望む南郷谷の紀行「南阿蘇を巡る」、天嶮・矢嶽越えのD51を追った「肥薩の道」、電化前夜の鹿児島本線「南国ハドソンの終焉」、新製キハ47・50系客車などの回送を捉えた「EF58牽引甲種輸送」、非電化路線の〈サロンカーなにわ〉など、鉄道のよき時代の光景が甦ります。
▲付録DVDは「北海道蒸機紀行」「南部縦貫鉄道」「さようなら千葉の煙」の3本立て。
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年が明けると11年目を迎える『国鉄時代』、どうか来年も変わらぬご愛読をお願い申し上げます。

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▲デハ1002との協調運転中のデハ1001運転台。連結面を目前にノッチ操作をする様は何とも不思議な光景だ。P:名取紀之 撮影協力:銚子電気鉄道
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鉄道ホビダスの最新鉄道情報でもご覧になられた方が多いかと思いますが、銚子電気鉄道で20年あまりにわたって活躍してきたデハ1002号が引退することとなり、来年1月10日(土)に引退記念運行が行われます。

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▲団体貸切のデハ1002を先頭にした臨22列車が仲ノ町を目指す。一見した限りでは普通の2連にしか見えないが、実は唯一となってしまった協調運転中。'14.12.14 P:諸河 久
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当日は銚子~外川間全線で7往復が予定されていますが、注目なのがそのうち2往復に設定されているデハ1001号との「協調運転」です。同じ元営団地下鉄2000形のデハ1002とデハ1001だけに、ただ2輌編成となるだけと勘違いされがちですが、実はこの2輌、いわゆる総括制御はできず、連結運転する場合はそれぞれの車輌に運転士が乗り込む、昔ながらのアナログな「協調運転」となるのです。

20141221224016-b0bba3366fd78ebc0df10fcd448520d832f9a53e.jpg協調運転というと、古くは横軽でのEF63形と電車の協調運転、現在ではJR北海道の731系電車とキハ201系気動車、さらには「SL銀河」でのキハ141形700番代などが思い浮かびますが、ことに後二者はハイテクの極み。かつてはそれぞれの動力車に乗り込んだ乗務員が汽笛合図や長年の経験で"協調"を図るのが当たり前でした。多くの地方鉄道でも多客時には電車や気動車を連ね、それぞれに乗務員が乗り込んだ長大編成(?)が闊歩していたものです。なかにはDTD編成などと俗称される中間に客車を挟んだ気動車編成さえあったのですから驚きです。

▲銚子電気鉄道は仲ノ町~笠上黒生間が票券閉塞、笠上黒生~外川間がスタフ閉塞となっており、懐かしいキャリアの姿も見ることができる。P:名取紀之
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▲笠上黒生で交換するデハ1001(左)とデハ1002(右)。残念ながら今年4月のダイヤ改正で笠上黒生での上下列車の交換は朝間のみとなってしまった。'12.12.15 P:名取紀之
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それだけに今回の引退記念運行で行われる協調運転は歴史的にもたいへん貴重なものとなり、ひょっとすると旧来的意味でのこのようなアナログな協調運転は、保存鉄道を別とすれば二度と再び見ることはできなくなってしまうかもしれません。銚子電気鉄道ではこのデハ1002の引退に因んで12月24日から写真展(→こちら)も開催予定で、新年の予定に今から組み込まれてはいかがでしょうか。

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▲1月10日(土)に開催される「ありがとうデハ1002」号の運転計画。2往復がデハ1001との協調運転となる。 提供:銚子電気鉄道
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協力:銚子電気鉄道

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「北斗星」廃止へ。

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▲非電化複線、ディーゼル機関車重連による特急牽引、そして伝統のブルーの車体、「北斗星」は四半世紀にわたって北の大地に君臨し続けた。'14.11.8 礼文-大岸 P:大久保雅史 (「今日の一枚」より)
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一部報道で流れていた「北斗星」の廃止が本日正式発表となりました。毎年JR各社の3月ダイヤ改正の概要発表は12月の第3金曜日の14時と決まっており、本日JR貨物を含む6社(JR四国は今回改正なし)から改正概要が発表されました。

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▲EF510が牽引する「北斗星」。すっかり見慣れた光景だが、EF510が先頭に立つようになってまだ4年ほどしか経っていない。'14.11.3 片岡-蒲須坂 P:田中啓裕 (「今日の一枚」より)
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3月改正の最大のエポックはなんといっても北陸新幹線長野~金沢間の開業でしょう。首都圏では上野東京ラインの開業も大きな話題です。さらには武豊線の電化、広島地区での227系の運転開始など、本州各社のプレスリリースはいずれも十枚を超えるものとなっていましたが、とりわけJR東日本のそれは18枚にもおよぶ極めて情報量の多いものでした。その末尾、まさに「その他」の項目のそのまたラストに「寝台特急「北斗星」の運転を取り止めます」と題した一文が掲げられています。
曰く「北海道新幹線開業に向けた「総合監査・検査」等の実施による青函トンネルの夜間作業間合いの拡大や車両の老朽化に伴って、寝台特急「北斗星」(上野~札幌間)の運転を取り止めます。なお、「総合監査・検査」等を実施するスケジュールと調整を図り、運転可能な日は臨時列車として運転します」。

20141219191946-7515a454be9e24496a411ecbb25b2cba80e65c8a.jpg一方、同時に発表されたJR北海道のプレスリリースでは、逆にトップに「寝台特急「北斗星」(札幌~上野間)の定期列車としての運転を取りやめます」と項目が立てられています。先に紹介したJR東日本のリリースが「運転を取り止めます」としているのに対し、こちらは「定期列車としての運転を取りやめます」と若干ニュアンスが異なります。続く解説を見てみると、より具体的にその処置が理解できます。
「昭和63年3月より運行を続けてきました寝台特急「北斗星」(札幌~上野)は、北海道新幹線開業に向けた総合的な検査・試験及び訓練運転等の実施により、青函トンネルを含む津軽海峡線で列車の運行ができなくなる日が多くなることや、車両の老朽化などに伴い定期列車としての運転を取りやめます。なお、引き続き設定が可能な時期(8月下旬頃)まで、臨時列車として運転いたします」。
ちなみに、これに続いて「急行「はまなす」は、引き続き運休や時刻変更を実施する日がございます」と、「上野発、下り寝台特急「カシオペア」の北海道内の時刻(函館着~札幌着)を繰り下げます」との説明もあり、懸念された両列車はひとまず延命したようです。
▲夏までは「臨時列車」としてその姿を見ることができそうだ。'14.11.23 洞爺-有珠 P:岩本佑介 (「今日の一枚」より)
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すでに発表されている「トワイライトエクスプレス」の廃止(最終運転日は大阪発、札幌発とも改正前の3月12日発)に続いての「北斗星」の廃止...これで寝台特急はおろか、夜行列車にまで範疇を広げても、残されたのは「カシオペア」、「はまなす」、「ななつ星in九州」、「サンライズ瀬戸」、「サンライズ出雲」、「ムーンライトながら」、「ムーンライト信州」、それに東武の「尾瀬夜行23:55」、「スノーパル23:55」だけとなってしまいます。
※JRダイヤ改正の詳細は鉄道ホビダス「最新鉄道情報」→
こちら

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▲草生す大榮車輌敷地内に佇むのは銚子電鉄デハ201。更新工事のための入場だろうか。しかし、入場時にはすでに外板への鉄板貼り付けは済んでいたようだ。1966年頃 P:大庭幸雄 (RMライブラリー『大榮車輌ものがたり』中巻より)
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20141218170526-53d2f92b36596bfc7c5c9a6f851b74f5dd3a9663.jpgご高評いただいております、稲葉克彦さんによるRMライブラリー『大榮車輌ものがたり』の中巻が完成しました。大榮車輌について改めて説明しますと、戦後直後の1946(昭和21)年、東京都城東区大島町(現在の江東区大島)で創業、翌年より鉄道車輌の改造・修繕などを開始し、1952(昭和27)年には千葉県津田沼に移転、以後、車体の新造まで手掛けるようになった鉄道車輌メーカーです。上巻では創業から昭和30年代までの動きをまとめていただきましたが、続く中巻では昭和40年代の動きを解説していただきます。

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▲1973(昭和48)年には新京成に譲渡されていた京成の元クロスシート車1500形4輌も大榮車輌で車体を新造された。  (RMライブラリー『大榮車輌ものがたり』中巻より)
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1955(昭和30)年に完成した大榮車輌の自社工場は、現在の新京成線新津田沼駅付近、京成電鉄津田沼第二工場と総武本線に隣接する位置にあり、どちらとも線路が通じていました。昭和30~40年代は京成・新京成の半鋼製車を全金属車体に載せ替える更新工事が進められており、この時代に更新工事を受けた車輌の多くは津田沼・大榮車輌で製作された新造車体となって出場していったのです。

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▲昭和40年代後半から50年代初頭にかけては関東鉄道の車輌の改造も多数手がけた。 (RMライブラリー『大榮車輌ものがたり』中巻より)
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大きな転機となったのは1968(昭和43)年、新京成線のルート変更でした。新京成電鉄は当時、前原駅から国鉄接続の新津田沼駅と、京成接続の京成津田沼駅へ、2つの路線を分岐させていました。これを一本化することになり、新ルート上に位置する大榮車輌の自社工場(第一・第二工場)は、その機能を第三工場に移転・集約することになったのです。この第三工場は1963(昭和38)年に完成したもので、新京成線と総武線が交差する付近にありましたが、線路は通じておらず、移転以降の車輌の出入場は京成津田沼第二工場から短距離ながらトレーラーによる陸送が必要となりました。

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▲大榮車輌製側窓スタイルの変遷。一見、同じように見える側窓も改良が重ねられていた。 (RMライブラリー『大榮車輌ものがたり』中巻より)
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本書では、昭和40年代に大榮車輌で行われた京成・新京成の車体更新の解説を中心に、1964(昭和39)年から3年間、大榮車輌・京成電鉄津田沼第二工場に隣接した千葉工業高校に通学され、毎日その様子を観察されていた山口正文さんによる当時の記録を収録。また、巻末では大榮車輌製の京成・新京成電車の車体の特徴についての解説も収録しています。また、上巻と同様、各年度の受注実績も掲載しており、そのひとつひとつが大変興味深いものとなっています。なお、続く下巻では昭和50年代以降について収録の予定です。

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▲最後の奮闘をするD51 444。'75.3.16 石北本線金華-常紋(信) P:広田尚敬 (広田尚敬写真展「鉄道ものがたり」より)
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この一年、本誌誌上では広田尚敬さんの新旧作品をたっぷりとご覧いただくべく「広田尚敬の視線」と題した連載を組んでまいりました。奇数月が撮りおろしの新作、偶数月がモノクロームの旧作で綴ってきたこの連載も今月20日発売号で大団円を迎えます。そのフィナーレと日を同じくして、広田さんの大規模な写真展「鉄道ものがたり」が始まります。

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▲よんよんれい。'58.6.19 東武伊勢崎線北千住―牛田 P:広田尚敬 (広田尚敬写真展「鉄道ものがたり」より)
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「すべての鉄道写真の源と今が、ここにある」のキャッチコピーのもと、東武百貨店船橋店で開催されるこの広田尚敬写真展「鉄道ものがたり」は、青年時代に撮影した厳冬期北海道から、国鉄全盛時代の各地の代表車輌、古き良き時代の東武鉄道、そして最新鋭の現代車輌など、時代の流れを回想できる構成となっており、展示作品数はカラー約160点、モノクロ約60点の計約220点が予定されています。

●概要
展覧会名:広田尚敬写真展「鉄道ものがたり」
会  期:2014年12月20日(土)~30日(火)
会  場:東武百貨店 船橋店6階イベントプラザ
時  間:午前10時~午後7時30分
     最終日は午後5時閉場 入場は各日閉場の30分前まで
入場料(税込):一般・大学生500円/中・高校生300円/小学生以下無料
主  催:広田尚敬写真展「鉄道ものがたり」実行委員会
協  賛:キヤノンマーケティングジャパン株式会社
協  力:株式会社堀内カラー
企画制作:クレヴィス
お問い合わせ:東武百貨店船橋店 
       TEL代表 047-425-2211
       千葉県船橋市本町7-1-1
       http://www.tobu-dept.jp/funabashi/
■展覧会内容
・構成
第1章 永遠の蒸気機関車たち   カラー約20点
最後の時に向かって走り続ける各地の蒸気機関車の姿を鮮やかなカラー作品(コダクロームKⅡ・KR)でご覧いただきます。
第2章 蒸気機関車を追って   モノクロ約40点
広田作品の真髄とも言えるモノクロ蒸気機関車作品で構成します。
前半では、驀進する名機C62の姿や、雪の狩勝峠(根室本線)を越える蒸気機関車の姿をご覧いただきます。
後半では、現役蒸気機関車の姿を追って厳冬の北海道を旅する若き広田の足取りを辿ります。この昭和34年2月(1959年)の撮影行では旅先の人々との心温まるエピソードが生まれました。
第3章 僕と鉄道   カラー・モノクロ 約50点
のどかな各地のローカル線の味わい、人と鉄道との関わりなど車輌写真だけではない鉄道写真の持つ別の魅力を感じていただきます。
80年代を中心に、近年の作品も含めた展示となります。
また、モノクロの「動止」作品、古き良き時代の東武鉄道「4-4-0」作品を展示いたします。
第4章 鉄道のくに   カラー 約100点
広田は70~80年代を中心に北海道から九州までの国鉄全線を撮影しました。第4章ではこれらの作品群を中心に展示します。
日本の四季を背景に各地を走る列車の姿、鉄道を通して見えてくる当時の人々の暮らしなどをご覧いただきます。
現代に甦る保存蒸気機関車作品の他、一部に特急、ブルートレイン、広田泉撮影の新幹線作品を含む展示となります。
・映像作品放映予定
・広田尚敬使用機材展示予定

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●広田尚敬ギャラリートーク&サイン会
12月20日(土)午前11時 午後2時
12月27日(土)午前11時 午後2時
各回約30分程度のギャラリートーク後、当日広田尚敬のオリジナル写真集をお買い上げの方各回先着100名様を対象に、サイン会を開催いたします。
※ギャラリートークご参加には入場券が必要となります。
※都合により、イベントの内容が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
●写真集先行発売
広田尚敬写真集『鉄道ものがたり』(1月中旬発売)
を船橋展会場にて先行発売いたします。
広田尚敬写真集『鉄道ものがたり』
本体2,200円+税
ISBN 9784904845462
http://www.amazon.co.jp/dp/4904845463
●自慢の鉄道写真大募集!
募集期間:12月20日(土)~12月26日(金)
受付場所:東武百貨店船橋店 6階会場受付
広田尚敬写真展「鉄道ものがたり」の会期中、ご応募いただいた写真を会場横に展示させていただきます。写真は通常のL判・2L判プリントに限ります。
ご応募頂いたお客様には「オリジナルポストカード(1枚)」をプレゼントいたします。
※ご応募はお一人様1枚限りとさせていただきます。
※写真は返却いたしませんのであらかじめご了承ください。
※被写体に人物が入る場合は必ずご本人の承諾を得てください。
27日(土)には応募写真の中より、広田尚敬お気に入りの写真を発表いたします。
◎関連リンク
写真展「鉄道ものがたり」
http://crevis.co.jp/exhibitions/exhibitions_039.html
写真集『鉄道ものがたり』2015年1月中旬刊行予定
http://www.amazon.co.jp/dp/4904845463
◎次回巡回先
八戸市美術館 2015年7月18日~8月16日(予定)

※明日は不在のため休載させていただきます。

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▲500分の1スケールで京都工芸繊維大学が製作した1964(昭和39)年の丸の内ジオラマの夜景。ジオラマベースは1800×1200㎜とかなりの大きさ。'14.12.12
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いよいよ12月20日は東京駅開業100周年です。先週末より東京駅丸の内駅舎内にある東京ステーションギャラリーでこれを記念して「東京駅100年の記憶」展が開催されています。

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▲東京ステーションギャラリーは東京駅丸の内駅舎内にあり、煉瓦の壁面を活かした落ち着いた空間となっている。'14.12.12
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先日はさいたま市の鉄道博物館で開催中の特別展「東京駅開業100周年記念 100年のプロローグ」をご紹介しましたが(アーカイブ「鉄道博物館"東京駅開業100周年記念 100年のプロローグ"開催中」参照→こちら)、東京ステーションギャラリーの「東京駅100年の記憶」展は会場自体が東京駅丸の内駅舎、つまり100年の歴史の真っただ中なだけに、格別な趣に包まれています。また、旧新橋停車場 鉄道歴史展示室で開催中の「東京駅開業とその時代」展とあわせ、3展覧会が連動して互いに補完しあうものとなっており、その面でもかつてない規模の展覧会です。

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▲50分の1スケールで製作された新旧ドームの比較模型。(工学院大学蔵)'14.12.12
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▲石膏で精密に再現されたドーム断面(1/50・左)と、復原工事の進行過程で製作された北端部のスタディ模型(右)。'14.12.12
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▲500分の1スケールで3大学が再現に取り組んだ丸の内ジオラマ(左)。手前から鹿児島大学製作の1914(大正3)年、京都工芸繊維大学製作の1964(昭和39)年、日本大学製作の2014(平成26)年。後者2点は内部照明が組み込まれている。右は2017年完成を予定している駅前広場の完成予想模型。'14.12.12
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鉄道博物館の特別展が東京駅創建以前、市街線計画やバルツァーの中央停車場計画などを詳しく紹介しているのに対し、この「東京駅100年の記憶」展では設計者である辰野金吾により重点を置き、若き日のフィールドノートや、その作品群を丹念に紹介しているのが特筆されます。また、各種の模型が展示されているのも見どころのひとつで、いわゆる建築模型ながら「鉄道模型」の視点で見るとまた別の発見があり、その面でも必見です。

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▲残された写真を手掛かりに作られたドームの干支レリーフの石膏原型、亥(左)と戌(右)。ドームは八角形で十二支の4つの干支があぶれるが、実は残りの4つは辰野金吾が手がけた佐賀県武雄温泉の楼門天井にある。一世紀以上前の遊び心なのだろうか...。'14.12.12
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▲深谷の日本煉瓦製造で作られた創建当時の構造煉瓦(左)。東京ステーションギャラリーの階段室壁面には創建時の煉瓦壁面が露出しており、これも見どころ(右)。黒く見えるのは木煉瓦(もくれんが)で、戦災の際に炭化してしまったもの。'14.12.12
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▲復原工事の過程で発見された階段のブラケット(左)と、回廊のブラケット(右)。後者は南北ドーム3階の回廊部を支えていたもので、回廊の八辺にそれぞれ7個ずつ取り付けられ、しかも各辺ごとに月の満ち欠けを表現していたという。'14.12.12
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▲戦災復興時の南北ドームなどを支えてたトラスの一部。敗戦後の資材不足の中で「新興木構造」と呼ばれる端材を組み合わせて大きなスパンの小屋組みを可能とするわが国独自の工法が活用された。'14.12.12
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もうひとつ興味深かったのは「1㎡の施工に必要な分数」の変遷グラフです。これは延べ床面積を施工期間から割り出したものですので、あくまで概算ではありますが、1894(明治27)年竣功の三菱1号館が「259.79分」だったのに対し、東京駅(1914年)は「174.12分」、旧東京都庁舎(1957年)は「65.68分」、東京都新庁舎(1990年)は「7.14分」、六本木ヒルズ(2003年)はなんと「4.15分」で、東京駅に対しても約42分の1に短縮されたことになります。

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▲時系列でみる「1㎡の施工に必要な分数」。建築技術の急速な進化が実にわかりやすく理解できる。'14.12.12
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100年を迎える東京駅丸の内駅舎はその歴史の中でたびたび"危機"に見まわれてきました。関東大震災しかり、東京大空襲しかり...しかし、最大の危機は実は国鉄分割民営化後の再開発計画だったといいます。それが一転、耐震補強工事はもとより、復原までして残ることになったのは、ご案内いただいた学芸員さんの言葉を借りればまさに"奇跡"でした。そんな奇跡があったからこそ、「東京駅」は今週末、その威容を変えることなく100年を迎えます。

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▲東日本鉄道文化財団による3つの東京駅展ではそれぞれ立派な図録が作成されている。左から旧新橋停車場鉄道歴史展示室の「東京駅開業とその時代」(会期:2015年3月22日まで)、東京ステーションギャラリーの「東京駅100年の記憶」、鉄道博物館の「東京駅開業100周年記念 100年のプロローグ」(会期:2015年2月16日まで)。
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この東京ステーションギャラリー「東京駅100年の記憶」展ではB5判192頁にもなるたいへん立派な図録も作成されております。100年を迎えた東京駅探訪にお出でになられた際は、ぜひこの「東京駅100年の記憶」展をご覧になられることをお薦めいたします。
取材協力:東京ステーションギャラリー

■東京ステーションギャラリー
東京駅開業百年記念 東京駅100年の記憶

【会期】2014年12月13日(土)~2015年3月1日(日)
【休館日】月曜日(1月12日を除く)、12月29日(月)~1月1日(木・祝)、1月13日(火)
【開館時間】10:00 - 18:00
※金曜日(1月2日を除く)は20:00まで開館
※入館は閉館30分前まで
【入館料】一般900円 高校・大学生700円 中学生以下無料
※20名以上の団体は100円引き
※障がい者手帳等持参の方は100円引き、その介添者1名は無料
【主催】東京ステーションギャラリー(公益財団法人東日本鉄道文化財団)、読売新聞社
【特別協力】三菱地所株式会社、株式会社三菱地所設計

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▲修理前と比較すると、扉に見られた凹みが復元されていたり、取っ手の真鍮金具が新調されていたりと細やかな配慮がなされている。'14.11.9 P:宮武浩二
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浜寺公園内交通遊園の阪堺130号を再訪して、今回まず一番驚いたのは窓枠です。面取りされているうえ真鍮金具もすべて修復されていました。扉も同様で、腰板部の凹みも再現されているほか、防水加工もしっかり施されて、扉も軽く開け閉めできるようになっていました。車内のベンチシートも塗り替えられており、もう動くことのない保存車をここまで手をかけて修復しているのには驚くばかりです。

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▲行先幕は板ばりながら正規の書体で書かれており違和感は全くない。願わくば130の車体標記がほしいところ。後ろに見えるのは同じく保存されているD51 469。'14.11.9 P:宮武浩二
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▲車内も美しく復元されて現役当時に近くなっている。扉の内側もしっかり復元されている。'14.11.9 P:宮武浩二
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▲運転台。窓枠はすべて新調されている。保存車輌としてはとても丁寧な作業が行われており驚くばかり。'14.11.9 P:宮武浩二
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なお、この130号と同形の大阪市電1601型は現在市電保存館に1輌1644号が保存されています。1644号は戦災で全焼した不運な歴史もありますが、現在では大阪市の指定文化財として年1回、市営交通フェスティバルの際に見ることができます。もちろん浜寺公園の130号の方はいつでも見ることができますので、機会があれば美しくなった姿を見に行かれてはいかがでしょうか。

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▲新しいポリカボードになり外の景色が美しく見える(左)。窓の金具もしっかり取り付けられているほか、窓枠はなんと面取り加工までされている。中扉もこのとおり真鍮金具、戸当たりゴムも本格的な加工がされており、現役車以上に美しくなっている(右)。'14.11.9 P:宮武浩二
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▲傍らには由来を示す説明板があるが、残念ながら元大阪市電の記述は省かれている(左)。右は「浪花」号の解説で軌間は762㎜、自重13.9tのDLであることがわかる。'14.11.9 P:宮武浩二
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宮武さんありがとうございました。写真を拝見するに、博物館ならともかく公園の保存車輌としては異例の厚遇のようです。浜寺公園の最寄駅は阪堺の浜寺駅前駅と南海の浜寺公園駅で、浜寺公園駅の方はあの辰野金吾が東京駅より先に設計したという由緒ある白木・白壁造りの洋風建築駅舎で、国の登録有形文化財ともなっています(アーカイブ「浜寺公園駅を訪ねる」参照→こちら)。綺麗になった130号を訪ねる際は、ぜひこちらもご覧になってください。

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▲なかなかの雰囲気の園内を走る「浪花」号。一見の価値はある。'14.11.9 P:宮武浩二
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【補遺】
昨日のブログをご覧になった古村 誠さんから、南海軌道線時代の130号の写真をお送りいただきましたのでご紹介いたしましょう。「この頃はまだ阪神国道線もあり大阪の路面電車めぐりが楽しい時代でした。阪堺線ではどちらかというと205形の方に興味があり、大型車の面々には申し訳なかったと思っています。」と古村さん。撮影は1971(昭和46)年8月。平野線ありし頃の思わず見入ってしまう情景です。

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▲天王寺駅前で発車を待つ南海軌道線時代の130号。前には平野線へ行く小型車210号の姿も見える。'71.8 P:古村 誠
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▲阿倍野交差点を左折、平野線へと入ってゆく130号。画面手前が天王寺方、画面奥が住吉方である。'71.8 P:古村 誠
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▲すっかり整備されて、今にも走り出しそうなぐらい保存状態が良くなった130号。元大阪市電1601型(1694⇒1639)で、同車は昭和4年堺市にあった梅鉢鉄工所製の生粋の浪花っ子でもある。台車は南海の101形のブリル台車を流用している。'14.11.9 P:宮武浩二
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精力的に保存路面電車の訪問を続けておられる大阪の宮武浩二さんから、今回は浜寺公園に保存されている阪堺電気軌道130号に関するレポートを頂戴しました。

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▲1992(平成4)年1月1日に綾之町で撮影した現役時代の130号。'92.1.1 P:宮武浩二
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▲「トラム130」という愛称をもらい貸切電車仕様に改造された当時の130号。P:宮武浩二
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▲「トラム130」の車内は座席がすべて撤去され、新たにベンチタイプの座席が設置された。中央部には楕円形のテーブルが置かれている。P:宮武浩二
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浜寺公園内交通遊園に保存されている阪堺130号こと大阪市電1639号の近況を見てまいりました。この130号は交通遊園の中にあるため管理も行き届いているのですが、窓ガラスに使用しているポリカボードが長年の屋外展示のため茶色に変色して気になっておりました。ところが先月ひさしぶりに訪ねてみると、外観の塗装はそのままなのに対して窓枠、ガラス、扉は全て新しいものに交換されており、見違えるぐらい美しい姿を取り戻していました。

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▲廃車後、貸切電車そのままの設備で浜寺交通遊園に保存されることになった。その際に青色の雲電車塗装に塗り替えられた。'00年 P:宮武浩二
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この阪堺130号は元大阪市電1694号で、1929(昭和4)年に堺市にあった梅鉢鉄工所(のちの帝国車輌大阪工場)で製造された生粋の浪花っ子です。今里車庫をねぐらとして大阪市内のメインストリート堺筋、四つ橋筋を走っていました。幸い戦災にも遭わず戦後の番号整理で1639号に変更になった以外は大きな事故もなく1965(昭和40)年に引退。幸運にも南海電鉄の大阪軌道線で活躍できることになりました。

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▲2010(平成22)年には大阪府立佐野工科高校の生徒さんがボランティアで車体を塗装した。'11.7.23 P:宮武浩二
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▲残念ながら窓ガラスの変色のためかくらい雰囲気がただよっていた。この時点ですでに車体標記はいっさいなくなってしまっている。'11.7.23 P:宮武浩二
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南海では130号になり、阪堺電気軌道となったのち、1994(平成6)年に車内を大改造して貸切電車に改造されています。2000(平成12)年に廃車となり、この浜寺公園にやってきました。つまり、この交通遊園に来てからもう14年もの歳月が流れていることになります。

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▲ウィーン生まれのDL 199 030が牽引するミューゲルン~グロッセン間の区間列車。といっても両駅の間はわずか4.6㎞ほどしかない。ちなみにこのサイディングの先からケンムニッツへの路線が分岐しているが、現在では使用されていない。'14.9.14
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デルニッツバーンは基本的に平日はDL牽引でオーシャッツ~ミューゲルン間3往復とミューゲルン~グロッセン間2往復。土日と祝日はこれが時変が掛けられて蒸機牽引に変わるというダイヤです。

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▲Preßnitztalbahn(プレスニッツタールバーン)から130周年のお祝いに駆け付けた(?)Cタンク機99 4511。東独国鉄が1966(昭和41)年に新製したもので、メイヤーから比べると半世紀以上も後輩にあたる。'14.9.14
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20141210085759-02371027523c45bb0163cd0198600c95c62e969d.jpg今回のミューゲルン駅開業130周年記念イベントは、デルニッツバーン自体の設立20周年も兼ねているだけあって、9月13日(土)と14日(日)の両日はオーシャッツ~ミューゲルン間6往復とミューゲルン~グロッセン間8往復もの列車が設定され、ファンにとっては実にありがたい列車密度となっていました。ちなみにオーシャッツ~ミューゲルン間6往復中、メイヤー牽引が2往復、助っ人の99 4511牽引が2往復、DL牽引が2往復、ミューゲルン~グロッセン間は99 4511が4往復と設定列車数の半分を受け持っていました。
▲記念列車にはヒストリック・バスが伴走していた。側面のロゴからするとこのバスもデルニッツバーンが保存しているものなのかも知れない。'14.9.14
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▲1B1という奇妙な軸配置が目を引く1940(昭和15)年製の199 030。デルニッツバーンにはもう1輌同形(199 031)がいる。'14.9.14
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メイヤーもさることながら、もうひとつ興味を引いたのがディーゼル機関車199 030号機です。どう見てもBBと思える外観ながら、よくよく足回りを見てみるとその軸配置は1B1。極端に短い固定軸距の動軸2軸に対し、前後にアームを伸ばすように先従輪(?)が付いています。極めてプリミティブな心皿でボンネット中心の荷重を受けていますが、極端なオーバーハングになっており、よく主台枠がねじ曲がってしまわないものだと感心することしきりでした。

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▲その先輪の懸架部。輪径はφ620。連結面間全長が10,800㎜もあるのに対し、固定軸距はなんと2,400㎜しかなく、オーバーハングとなったボンネット部はほぼこの先従輪で支えられている。'14.9.14
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この機関車、もとを正すとオーストリア連邦鉄道(BBÖ)の2041/s形で、戦後ÖBBとなってからは2091形となっています。オリジナルは760㎜軌間ですので、750㎜軌間のデルニッツバーンへは1997年の入線の際にわずか10㎜の改軌を行っています。奇妙な形状にも関わらず自重23t、出力210PS/155kWと使い勝手が良いのか、現在でも各地の保存鉄道で裏方として活躍しており、かつて私もオーストリアのWälderbähnleで同形機を撮影したことがあります。

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▲ミューゲルン駅構内に留置されていたロールボック(ロールワーゲン)。オーシャッツからの標準軌貨車をケンムリッツの工場へ出入りさせるためのもので、まさに"子亀の上に親亀が乗る"構図。もちろん現在ではデモンストレーション用。'14.9.14
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訪問したのは日曜日だったにも関わらず、見回す限りミューゲルン駅構内を訪れたファンは百人程度でしょうか。わが国のイベントとは比較にならないささやかなものでしたが、構内はもちろん庫内まで規制線が張られることもなく自由に歩き回ることができ、実にのびのびとした時間を過ごすことができました。
ところでこの日の訪問は、実はミューゲルン駅130周年イベントは行きがけの駄賃(失礼...)でして、本来の目的は別にあったのですが、そちらについてはまた日をあらためてご紹介いたしましょう。

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▲デモンストレーション用のロールボックを従えた"メイヤー"99 1574の横をCタンク99 4511の牽く12234レがグロッセンへと発車してゆく。'14.9.14
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東京駅は今月20日に開業100周年を迎えますが、先日ドイツに行った際には、ザクセン・ナローの要衝ミューゲルン(Mügeln)駅の130周年記念イベントをのぞいてきました。

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▲ミューゲルン(Mügeln)が要衝として機能していた20世紀初頭のザクセンナロー網。 (Railway network of the Royal Saxon State Railways 1902)
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▲この日の主力は1912年製のメイヤー式99 574(1574=1000番代は750㎜軌間用機を示す)。伝統の"ひもブレーキ"(へーバーラインブレーキ=アーカイブ「リューゲン島に残る"ひもブレーキ"」参照→こちら)も装備され矍鑠たる姿。'14.9.14
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20141208151601-552e6ba90c5af994dff2cf7845c15056a6b834f3.jpgミューゲルンはオーシャッツ(Oschatz)とケンムニッツ(Kemmlitz)、グロッセン(Glossen)を結ぶ750㎜軌間の路線の中間駅ですが、かつては大路線網を誇ったザクセン・ナローの主要駅のひとつで、運転面でも機関区や工場を擁していました。相次ぐ路線短縮と旅客営業の廃止で、東西ドイツ統一後は貨物専用線として細々と生き延びていましたが、趣味的には決してあなどれないたいへん魅力ある路線でした。それはこのミューゲルンにメイヤー式のタンク機が集中配置されていたからで、かつて本誌の"World Steam Report"でもその魅力を特集したことがあります(1991年8月号/№94)。

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▲ミューゲルンの煉瓦積み矩形庫は、古くからオーシャッツ-ケンムニッツ線の象徴的被写体でもある。'14.9.14
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ケンムニッツにある粘土鉱山からの貨物輸送で辛うじて運転を続けていたこの路線ですが、1993年には観光路線として再起する路を選び、鉄道名もデルニッツバーン(Döllnitzbahn)となって今日に至っています。もちろん"目玉"でもあるメイヤーは観光鉄道化してからも健在で、現在でも3輌が所属しています。

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▲矩形庫内の工場設備。天井クレーンなどはなく、リフティングジャッキだけで大がかりな検査まで行われている。'14.9.14
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▲検修庫の奥にはメイヤーの足回りが止め置かれていた。シリンダーブロックは真新しく見え、ひょっとすると新製されたものなのかも知れない。'14.9.14
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20141207231210-edf16e891faf8f35f25cf11390201076cc422bc7.jpgオーシャッツからここミューゲルンを経由してデーベルン(Döbeln)までの路線が開通したのが1884(明治17)年。数あるザクセンのナローにあって3番目に開業したたいへん由緒ある路線で、このミューゲルン駅も開業130周年を迎えることになります。
▲130周年イベントといっても実にのんびりとしたもの。記念グッズ売り場(画面左)やベンダーワゴン(右)を往来するギャラリーをかき分けるように鐘を鳴らしながらメイヤーがやってきた。'14.9.14
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▲入換え中の99 1574。メイヤー(Meyer)はマレー、ガーラットと並び称されるアーティキュレーテッド(関節式機関車)で、前後の動台車がさながらボギーのように独立しているのが大きな特徴。IV Kクラスと呼ばれる同形96輌のうち22輌が保存されており、しかも半数の11輌が動態にあるというから驚き。'14.9.14
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開業130年というからにはそれなりに大きな記念イベントかと思いきや、子ども用馬車の運行やら、近隣消防署の消防車展示やらと、実際はさながら村祭りの様相。駅構内も飲食(ソーセージやピザ)のベンダーが並んだ程度で、これにはちょっと拍子抜け...。以前、英国の保存鉄道で見たハロウィン(アーカイブ「レイトン・バザードのハロウィン」参照→こちら)を思い出してしまいました。とはいえ150キロほど南のチェコ国境にあるPreßnitztalbahn(プレスニッツタールバーン)から99 4511号機がゲストとして駆けつけたり、趣味的にはそれなりに見どころのあるものでした。

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▲プレス発表と同時に、例によって大阪環状線のプロモーションムービーも公開されている(→こちら)。
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JR西日本では昨年度「大阪環状線改造プロジェクト」を立ち上げ、大阪環状線のイメージアップとお客様満足度向上を図るため、「安全快適な駅づくり(駅美装・改良)」、「駅構内および高架下の開発・リニューアル」、「車輌新製」、「地域や他交通事業者との連携」の4つの重点施策を掲げ、さまざまな施策を展開していますが、本日、次期大阪環状線車輌323系の概要が発表となりました。

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▲新しい大阪環状線の顔となる323系の完成イメージ。 提供:JR西日本
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323系は輸送品質の確保と先進的なサービスによる快適性の向上、大阪環状線のイメージアップを図るため、以下の4点をコンセプトとして定めて開発が進められています。
・安全・安心の向上
・機器の信頼性向上(安定輸送)
・情報提供の充実
・人に優しい快適な車内空間

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▲側扉の視認性向上が図られるとともに、先頭部と側面に、「大阪環状線改造プロジェクト」のロゴマークが入れられる。 提供:JR西日本
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車輌の基本仕様は、最高運転速度時速100キロメートル、車体構体はステンレス製車体、3扉ロングシート車で、以下のような特長を備えています。
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▲323系(8号車=大阪駅での天満方先頭車)の客室内のイメージ。 提供:JR西日本
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▲大型の袖仕切りや立席用の腰当てが目新しい客室内(8号車)。 提供:JR西日本
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車輌デザインは大阪環状線の電車として長年親しまれてきたオレンジ色を基調とした先進的な外観とし、「大阪環状線改造プロジェクト」のロゴマークを先頭部および側面にデザイン、さらにドアの位置や動作状況をわかりやすくするために、ドア上へ「大阪環状線改造プロジェクト」のロゴマークにちなんだ表記とドア先へ黄色のラインを配置しています。

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▲クラッシャブルゾーンにより衝撃加速度を軽減するほか、側面・オフセット衝突対策も一層強化される。 提供:JR西日本
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▲在来の103系、321系との比較。 提供:JR西日本
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この323系は平成28年度から平成30年度にかけて8輌編成21本、合計168輌が大阪環状線・JRゆめ咲線に投入される計画で、これによって大阪環状線内の103系・201系はすべて置き換えられることとなります。

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▲新型車輌の外観イメージ(カラーリングは現在検討中。) 画像提供:静岡鉄道
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静岡鉄道株式会社が約40年ぶりに新型車輌を導入することとなりました。1973(昭和48)年初導入以来、約40年間にわたり親しまれた静岡清水線の鉄道車輌1000形に代わるもので、運行開始は2016(平成28)年春と発表されています。

静岡鉄道は新型車輌導入の目的を「都会的なデザインに一新し、より魅力的な街づくりに貢献すること」とし、静岡の歴史と共に歩んできた静鉄グループとして、人口減少と高齢化社会に対応するこれからの街づくりの一翼を担い、新型車輌が静岡のさらなる賑わいを創出し、地方鉄道の新たなシンボルとして輝く存在となることを目的としています。

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▲新型車輌の車内イメージ。 画像提供:静岡鉄道
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新型車輌の外観デザインは都会的で親しみやすいものとされ、内装はユニバーサルデザインに配慮し、すべての人に利用しやすい快適な車内空間を追求したものとなります。具体的には、車内に液晶画面を新設、座席端部に仕切り板を新設、使いやすい吊り手やポールを採用、ベビーカー、車いすスペースの新設などで、広く、明るく、清潔感のある室内となる予定です。

車体はステンレス鋼製、さらなる安全性の向上を図るべく、高強度化した車体や車輪の滑走防止機能の付与、故障発生時の早期復旧が図れるような機器構成を図り、さらに安全で安心な車輌を目指しています。また、現行車輌比で約50%の省エネルギー性能を追求し、以下のような施策によって環境負荷の低減を図るとしています。
・ステンレス材採用によりリサイクル性、軽量化を実現
・効率の良いモーターなどの採用と照明のLED化による省エネルギー化
・全閉構造、通風構造を見直したモーターの採用による騒音の低減

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▲同じく新型車輌のベビーカー、車いすスペースイメージ。 画像提供:静岡鉄道
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2016(平成28)年春の運行開始以降、8年計画で全12編成(2輌1編成)が導入される計画です。
■現行車輌1000形との比較
      〈新型車輌〉     〈現行車輌〉
編成      2輌編成      2輌編成
定員      119名 ※1       140名
営業最高速度  70km/h       70km/h
加速度    3.0km/h/s ※2      2.5km/h/s
制御方式   VVVF制御 ※3      抵抗制御
       回生ブレーキ ※4    発電ブレーキ
       交流誘導電動機 ※5   直流電動機

※1 日本工業規格の1人当たり床面積が現在は0.30㎡になっており(現行車輌導入当時は0.285㎡)定員数が数字上少なくなっているが、利用できる広さは現行車輌と同じ。
※2 加速度は踏切が鳴り始めてから車輌が踏切に到達するまでの時間に関係するため、全12編成導入後に新しい加速度での運用を予定。
※3 制御方式とはモーターに流れる電気をコントロールする方法。抵抗制御とは抵抗を変化させることにより流す電気の大小を調整するもの。VVVF制御とは交流の電圧が一定周期で変化することを利用して流す電気を調整するもので、エネルギー効率やメンテナンス性、耐久性に優れている。
※4 回生ブレーキとは、走行用のモーターをブレーキ時に発電機として作用させ、発生した電力を架線(電車に動力用の電気を送る線路上方にある電線)に戻しほかの電車が再利用することで省エネルギー化を図るもの。
※5 交流誘導電動機とは、モーターを回転させるための消耗部品を必要とせず簡単な構造であるため、直流電動機に比べ故障が少なく軽量で、メンテナンス性や耐久性に優れている。

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E129系まもなくデビュー。

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▲新津駅1番線ホームに停車中のE129系100番代。報道公開に使用された編成は100番代トップナンバーのA1編成。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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JR東日本では、E129系一般型車輌の2輌編成を30編成(60輌)、4輌編成を25編成(100輌)新造することを発表していますが、このうち2輌編成の報道公開が11月28日(金)に新津駅1番線ホームで実施されました。

20141204155249-dfaa9d5b20b8039bc5cb94c5c58f4d7ca97b67be.jpgE129系は、E233系をベースとしており、コンセプトは「人にやさしい」と「新潟の風土に適応」。「人にやさしい」は、ユニバーサルデザインに配慮した車内設備、拡幅車体とし、戸挟安全装置を採用していること。「新潟の風土に適応」は、新潟地区の気候に対応した耐寒耐雪構造とし、115系電車の約5割の消費電力で走行できることとLED照明を採用していることからです。

→貫通幌を装備したクモハE129-101の前面。耐寒耐雪仕様のため、ホイッスルカバーが備わる。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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▲クモハE128-101の前位側から見た客室内。前位側の腰掛はロングシートとなっている。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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2輌編成は、新潟方からクモハE129-100代+クモハE128-100代(新津駅場面)で、100番代を冠しています。両先頭車とも前位側が付随台車、後位側が動力台車となっており、2輌編成では1M1Tとなります。

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▲クモハE129-101の後位側から見る。後位側はセミクロスシートで、ボックス席が4区画備わる。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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外観は前面貫通型で、貫通扉上にLED式の行先表示器を設置。その両サイドに前照灯と後部標識灯を配しています。また、側面幕板部は朱鷺色帯、前面下部と側面腰部には朱鷺色帯と黄色帯を纏っています。

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▲ボックスシートは115系に比べてシートピッチを広げている。なお側窓は扉間片側1箇所が下降式となっている。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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車内はユニバーサルデザインを考慮したものとなり、快適性向上のための座席幅拡大等を行っています。腰掛は車体を中心にして前位側がロングシート、後位側がセミクロスシートとなっており、クモハE129-100代の後位側には優先席を、クモハE128-100代の後位側には車椅子スペースと車椅子対応の大型トイレを設けています。

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▲クモハE128-100代の3位側には車椅子対応のトイレを、4位側には車椅子スペースを設置する。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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▲クモハE129-100代の後位側車端部は優先席とし、E233系と同様に優先席エリアをわかりやすく表示している(左)。クモハE129-100代の運転台背面(右)。写真はワンマン運転時の設定で運賃箱を出した状態。上部には液晶式の案内表示・運賃表示器が備わる。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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定員はクモハE129-100代が140名、クモハE128-100代が133名となっており、115系と比べて定員が約1.5割増加しています。また、制御装置とパンタグラフはクモハE129-100代に、補助電源装置(SIV)はクモハE128-100代に搭載、保安装置はATS-PとPsを搭載しています。

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▲室内側扉上の鴨居部にはLED式の案内表示装置が千鳥式に備わる(左)。車体側面に設置するフルカラー液晶式の種別・行先表示器。右上部は行先と路線名を交互表示する。なお「ワンマン」表示はピンク地だが、「普通」表示は青地となる。余談だが、前面・側面とも種別・行先表示器の文字をきれいに写すにはシャッター速度1/80秒以下を推奨。'14.11.28 新津 P:RM(伊藤真悟)
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このE129系ですが、11月30日(日)には長岡駅、新津駅、新潟駅で展示会が開催されましたので、ご覧になられた方もいらっしゃるかと思います。
なお、営業運転開始は12月6日(土)の新潟駅10:45発新津行き(2530M)からを予定しており、当日は新潟駅9番線ホームで出発セレモニーが開催されます。
ちなみにE129系は、全車輌が(株)総合車両製作所新津事業所で製造されることになっています。
取材協力:東日本旅客鉄道株式会社 新潟支社

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H5系 木古内駅に初入線。

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▲13時32分、氷雨を突いて初めて木古内駅へと進入するH5系総合監査・検査試験列車。'14.12.2 P:日本旅行鉄道プロジェクト(瀬端浩之)
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12月1日からJR北海道と鉄道建設・運輸設備整備支援機構による北海道新幹線H5系の試験運転が始まり、昨日、12月2日(火)にはついに木古内駅まで試験運転が行われました。

20141203124756-11856ebf6f7fc934d4b2bcac32a5b30de3f546cd.jpgこの試験走行は新幹線施設の建設・保有主体である鉄道・運輸機構が、営業主体であるJR北海道の協力を得て実施するもので、実際の営業用車輌を使用して構造物等が走行上問題がないかどうかを確認するための試験で「総合監査・検査」と呼ばれるものです。初日の12月1日(月)には函館総合車両基地から新函館北斗駅までの約2㎞を試験走行、2日には新函館北斗-木古内間で試験運転が行われました。
▲木古内駅コンコースでは北海道新幹線木古内駅観光駅長の「キーコ」も参列して歓迎セレモニーが開催された。'14.12.2 P:日本旅行鉄道プロジェクト(瀬端浩之)
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▲地元の「みそぎ太鼓」や知内高等学校吹奏楽部の演奏が響くなか、木古内駅ホームに滑り込むH5系試験列車。'14.12.2 P:日本旅行鉄道プロジェクト(瀬端浩之)
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▲木古内駅上りホームに到着した試験列車。町長はじめ町民約400人が歓声で出迎えた。'14.12.2 P:日本旅行鉄道プロジェクト(瀬端浩之)
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11月にレール締結式が行われたばかりの営業区間をH5系が試験走行するのは初めてとあって、地元の木古内町はたいへんな盛り上がりようだったそうです。試験列車は函館総合車両基地を出区し、午前10時半に新函館北斗駅を出発、地上設備や変電設備の確認等を繰り返しながら、両駅の間約35㎞を3時間あまりをかけて走行、歓迎ムード一色の木古内駅に無事に到着しました。

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▲E5系と同系ながら独自の「彩香(さいか)パープル」の帯が目を引くH5系のサイドビュー。'14.12.2 P:日本旅行鉄道プロジェクト(瀬端浩之)
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20141203125106-89d1c9e9526503439a0a8a4835405da0aca03fa6.jpg木古内駅では試験列車の到着に先立ち、昼過ぎから一階コンコースで盛大にセレモニーが行われ、北海道新幹線木古内駅観光駅長の「キーコ」も登場して初めての"新幹線"の到着を歓迎しました。低気圧の接近であいにくの天候でしたが、地元の皆さんによる「みそぎ太鼓」の演奏や、木古内町特産の"はこだて牛"を使った郷土料理「こうこう汁」が振る舞われるなど、木古内駅は終日お祝いムードに包まれたそうです。
▲総合監査・検査を目的としての試験列車のため、先頭部台車の一部カバーが外された珍しい状態が見られた。'14.12.2 P:日本旅行鉄道プロジェクト(瀬端浩之)
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協力:北海道渡島総合振興局地域政策部地域政策課新幹線推進室

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▲「第10回特別企画展 東京駅開業100周年記念 100年のプロローグ」の展示室入口。鉄道博物館2階スペシャルギャラリーで開催中。'14.11.20 鉄道博物館 P:RM(小野雄一郎)
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来る12月20日の東京駅開業100周年を控えて各種関連行事が実施予定であることは皆さんご存知かと思いますが、鉄道博物館でも東京駅開業100周年を記念した特別企画展が開催中です。その名も「東京駅開業100周年記念 100年のプロローグ」。11月20日に報道関係者向けの内覧会に参加してまいりましたので、展示内容の概要をご紹介したいと思います。

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▲第1部「東京駅開業前史」のスペース。左側の掲出パネルは1885(明治18)年から1935(昭和10)年までの東京駅周辺の鉄道網の変遷が描かれており、視覚的に当時の路線網を捉えることができる。'14.11.20 鉄道博物館 P:RM(小野雄一郎)
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▲第2部「東京駅誕生」の展示スペース。フランツ・バルツァーの設計案をもとにして再現された中央停車場の模型(右側)と、辰野金吾の設計した図面をもとにした中央停車場の模型(左側)。設計にあたっては、バルツァーはいわば"和風"の趣向を盛り込んだのに対し、辰野のそれは"洋風"を志向したものであり、近代化=西洋化を急いでいた当時の我が国の雰囲気がうかがえよう。'14.11.20 鉄道博物館 P:RM(小野雄一郎)
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この特別企画展は、「東京駅開業前史」「東京駅誕生」「東京駅開業後」の三部構成となっていますが、おもに"東京駅ができるまで"に主眼を置いた構成となっています。すなわち、1872(明治5)年の新橋〜横浜間の開業を嚆矢とする我が国の鉄道路線網は年を追うごとに充実の一途をたどっていきますが、こと東京に関しては新橋、上野、万世橋、両国と方面別にそれぞれターミナル駅が設けられており、それらの相互連絡を図ること、ならびに首都としての「東京」の都市計画に沿ったかたちでのインフラ整備の一環として中央停車場、のちの東京駅が建設されたことを、当時の資料をもとに歴史的経緯について解き明かしています。

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▲同じく第2部「東京駅誕生」の展示スペース。復原工事に伴い製作された東京駅南北ドーム部のレリーフの石膏原型などが展示されている。中央の三角形の展示物は「回廊ブラケット」といい、ドーム3階回廊下部に持送りとして取り付けられていたもので、月の満ち欠けをモチーフにした遊び心溢れる装飾品でもある。'14.11.20 鉄道博物館 P:RM(小野雄一郎)
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▲第2部「東京駅誕生」の展示スペースを先ほどの写真と逆側から撮影。左に見える青写真は初公開となる中央停車場建物建築図で、その下の木材は基礎に用いられていた松杭。復原工事で撤去されるまで約100年間にわたって東京駅を支えてきた松杭11,050本のうちの1本。右奥に見える絵は縮尺1/100の「中央停車場建物展覧図」。'14.11.20 鉄道博物館 P:RM(小野雄一郎)
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この特別企画展は11月22日から来年2月16日(月)までの開催です。鉄道博物館に来館された際には、ぜひ一度目を通しておきたい展示といえるでしょう。

■鉄道博物館 第10階特別企画展
東京駅開業100周年記念 100年のプロローグ

開催期間:2014年11月22日(土)〜2015年2月16日(月)
開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日:毎週火曜日ならびに年末年始(12月29日〜1月1日)
入館料:一般1,000円・小中高生500円・幼児(3歳以上未就学児)200円
【企画展関連イベント】
●東京駅 開業100周年記念ジオラマ特別解説ショー
期間:2014年11月22日(土)〜2015年2月16日(月)
場所:2階ジオラマ室
内容:東京駅を発着した思い出の列車からE7系まで東京駅の100年をジオラマで紹介
●東京駅 100年3つの東京駅展
日時:2015年1月10日(土) 13:30〜14:30
場所:2階ステンドグラス前
講師:冨田章(東京ステーションギャラリー館長)
   河野真理子(旧新橋停車場鉄道歴史展示室学芸員)
   川野敬子(鉄道博物館学芸員)
モデレーター:誉田匠(旧万世橋駅担当学芸員)
内容:東日本鉄道文化財団が運営する鉄道博物館、旧新橋停車場鉄道歴史展示室、東京ステーションギャラリーの3館はそれぞれ東京駅開業100周年記念展を開催しており、それぞれの担当学芸員が登壇するトークセッション
●プラレール 見る、撮る、知る、キッズ東京駅フォトラリー
期間:2015年2月11日(水・祝)〜2月16日(月)
フォトラリー定員:各日約100名
内容:東京駅の情景が組み込まれたプラレール走行ジオラマの展示ならびにプラレールカメラを用いたフォトラリー
協力:株式会社タカラトミー

取材協力:鉄道博物館
※企画展展示会場は撮影禁止です。これらの写真は報道関係者向け内覧会時に係員立会いのもと撮影したものです。

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▲第3部「東京駅開業後」の展示スペース。東京駅に縁のある思い出の列車・車輌の模型やヘッドマークなどが展示されている。'14.11.20 鉄道博物館 P:RM(小野雄一郎)
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■これまでにご紹介した主な東京駅関連のアーカイブ
・東京駅開業100周年記念イベントを発表→こちら
・「上野東京ライン」2014年度末に開業→こちら
・東京駅丸の内駅舎まもなくグランドオープン→こちら
・復原進む東京駅丸の内駅舎→こちら
・E5系新幹線東京へ→こちら
・さらば「富士・はやぶさ」、ついに最後の日→こちら
・「富士・はやぶさ」明日ラストラン→こちら
・東北・高崎・常磐線が東京駅へ乗り入れへ→こちら
・急行「銀河」を想う→こちら
・いよいよ始まる東京駅舎復原工事→こちら
・"あの日"から20年...→こちら
・「出雲」ついにラストラン→こちら
・東京駅ルネッサンス→こちら
・時ならぬ賑わいの東京駅→こちら
・東京ステーションホテル「バー・カメリア」のこと→こちら
・レストラン「ばら」4番テーブル→こちら 

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▲広田尚敬さんと広田 泉さんによる講演「鉄道写真の昨日、今日、明日」。親子共演はたいへん珍しく、しかも広田さんの模型談議は本邦初? 泉さんが手にしているのは1951(昭和26)年版のTMSスタイルブック。'14.11.29 P:植松一郎
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先週もご案内した「ベストオブレイルコンテスト」がこの週末ホビーセンターカトー東京店で開催され、多くの来場者の皆さんで賑わいました。

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▲2階ではコンテスト上位入賞作品が見やすいディスプレーで展示された。写真は企業クラブコンテスト最優秀賞に輝いたポポンデッタクラフトの作品。'14.11.29 P:名取紀之
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夏に開催された全国高等学校鉄道模型コンテストの優秀作品を間近にもう一度見てもらおうと企画されたこの「ベストオブレイルコンテスト」ですが、模型の枠を超えて鉄道趣味を語れる場、学べる場にしようとさまざまな講演やフォーラムディスカッションが行われたのが特筆されます。それでは、二日間のプログラムの中から、私が拝聴できたいくつかをご紹介いたしましょう。

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▲フォーラムディスカッションはタイトルにもなっている「01逢いたや」の著者・齋藤 晃さんによる講演で幕を開けた。'14.11.29 P:伊藤真悟
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29日(土曜日)の15時からは「01逢いたや」と題してフォーラムディスカッションが行われました。フォーラムディスカッションとはひとつのテーマを複数の演者が独自の視点で公開討議を行うもので、今回のテーマはドイツの名機01形。1970年代から01に惚れ込んで現地へ足を運ばれた皆さんをはじめ、6名の方々かその思いのたけを披露されました。

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▲フォーラムディスカッションに登壇された皆さん。右から齋藤 晃さん、長谷川進吾さん、井門義博さん、山下修司さん、杉江 弘さん、関 良太郎さん。'14.11.29 P:伊藤真悟
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▲長谷川進吾さんはコンピュータナンバー導入以前の本物のナンバープレートをご披露された(左)。しかも数字は「01234」。井門義博さんはまだ東独時代の01との出会いを貴重な動画で解説(右)。'14.11.29 P:伊藤真悟
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続いて行われたのが広田尚敬さん、広田 泉さんによる講演「鉄道写真の昨日、今日、明日」。広田さん親子による"共演"は非常に珍しく、多くの鉄道写真ファンが詰めかけました。そして何よりも興味深かったのが鉄道写真の神様=広田尚敬さんの原点が鉄道模型であったというお話。魚籃坂のカツミ模型店に入り浸っていた広田少年は、自作の電車を作るために田町駅へ。側面は鯨尺(!)を当てて窓寸法を測ったものの、正面は計測できず、そこで考えたのがお父様から借りたベビーパールで写真を撮って寸法を割り出すこと。なんとそれが広田さんの鉄道写真の"原点"だったのです。当日はボロボロになってしまったために自作のイラスト表紙を付けて持ち歩いていたという1947(昭和22)年版TMS『スタイルブック』もご持参されて来場者に回覧。これには皆さん感激なさっていたようです。

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▲広田さんの講演は17時からで秋の陽は落ちて辺りは宵闇に。ブラインドを開けたままにして、新宿副都心を見渡すレセプションルームは落ち着いた雰囲気に包まれていた。'14.11.29 P:伊藤真悟
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▲MC役は私が務めさせていただいた(左)。広田さんが手にしているのはご自身の鉄道趣味との出会いでもあった1947(昭和22)年版TMSスタイルブック(右)。表紙はすっかり破れてしまい、自ら描いたイラストの表紙を付けたという逸品。'14.11.29 P:伊藤真悟/植松一郎
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翌30日(日)、私がMC役を務めさせていただいた東武博物館の花上嘉成名誉館長の講演もたいへんな反響を呼びました。8111号編成動態復活までの秘話や、先ごろ復元展示された伊香保電車にまつわる苦労話はまさにMCの私まで引き込まれてしまう面白さでした。残念ながらここでは書けないような超のつく裏話も次々と飛び出し、これは会場にお出でになった方ならではの"特典"となりました。

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▲東武博物館名誉館長の花上嘉成さんの講演は東武博物館収蔵車輌のレストアから、直近の81107編成ツートンカラー化まで、リアルなトークショーでなければ聞けないお話に会場大盛り上がり。'14.11.30 P:伊藤真悟
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日本旅行鉄道プロジェクトマネージャーの瀬端浩之さんは「汽車旅のトレンドとその楽しみ方」を講演。JRの貸切列車の実際などは、具体的な金額も詳らかになってこれまた聞き入ってしまうものでした。そしてもうひとつは小田急電鉄沿線事業部の濱崎勝明さんによる小田急ロマンスカーNSE3100のお話。KATOから同形が模型化されたのを受けての講演ですが、濱崎さんご本人が長年にわたってNSE3100のマスコンハンドルを握っており、いわば"愛車"を語るだけにその熱の入りようはお見事でした。

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▲日本旅行鉄道プロジェクトの瀬端浩之さんは鉄道旅行のプロならではのお話を披露してくださった(左)。右は小田急電鉄の濱崎勝明さんによるNSE3100形の解説(右)。ご自身もハンドルを握っていただけに、迫真のお話の連続。'14.11.30 P:伊藤真悟/名取紀之
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そして何よりも感動的だったのが全国高等学校鉄道模型コンテスト上位入賞校によるプレゼンテーションです。各校パワーポイントを使って、いかにわかり易く、見易く"人に伝えるか"を考え抜いたプレゼンで、単にコンテスト会場に模型をエントリーするだけでなく、こうして不特定多数の皆さんにプレゼンテーションする機会があってこそ「全国高等学校鉄道模型コンテスト」が真の意味で完結するとあらためて実感いたしました。

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▲全国高等学校鉄道模型コンテスト上位入賞校のプレゼンテーションはどこもパワーポイントを駆使した見事な発表だった。写真は優秀賞を受賞した共立女子高等学校のプレゼンで、モチーフとなった棚田の「巡検」を行った際の報告。'14.11.30 P:名取紀之
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▲一生懸命さが伝わってきた白梅学園清修中高一貫部のプレゼン(左)。作品は来場者が選ぶベストワン賞に輝いた。右は期末試験の合間を縫って一人「のぞみ100号」で駆けつけたという兵庫県の滝川中学・高等学校の発表。交通科学博物館をモチーフとした作品はフジサンケイビジネスアイ賞を受賞している。ちなみに試験勉強のため午後までおられずすぐに新幹線で帰らねばならないと残念そうだった。'14.11.30 P:名取紀之
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実行委員長の水沼信之さんによれば、今回の「ベストオブレイルコンテスト」はあくまで来年以降のさらなる発展を見据えてのトライとのこと。果たしてこの「鉄道趣味を語れる場、学べる場」がどう発展してゆくのか期待されます。

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▲最後は講演を終えて控室に戻られた東武博物館の花上名誉館長。手前のED11は壊れてしまってはいるがご自身の"原点"ともなっている模型。昭和世代の皆さんはどなたも模型に親しまれた経験をお持ち。'14.11.30 P:名取紀之
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