鉄道ホビダス

2014年10月 7日アーカイブ

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▲花岡で産出された鉱石を満載し、小坂を目指す混合列車。すでに改軌間近で、道床は改軌準備されている様子がうかがえる。'62.5 岱野-雪沢鉱泉 P:髙井薫平 (RMライブラリー『小坂鉄道(上)』より)
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国外に出ていたりしてすっかりご紹介が遅れてしまいましたが、RMライブラリーの新刊、第182巻『小坂鉄道』上巻が発売中です。著者は『消えた轍』をはじめ地方私鉄探訪ではすっかりお馴染みの寺田裕一さん。ご自身のリアルな体験をベースに、公文書等を駆使して小坂鉄道の100年にわたる歴史をひも解きます。

RML182_h1sn.jpg小坂鉄道、同和鉱業、小坂製錬と何度か社名が変わったこの鉄道の旅客営業が廃止されたのは1994(平成6)年ですから、今年でちょうど20年が経ったことになります。とはいえ、貨物営業の終了は6年前の2008(平成20)年3月でしたから、DD13タイプの三重連などつい昨日のように思い出される方も多いのではないでしょうか。

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▲1950(昭和25)年には小雪沢まで電化区間を延伸。さらに大館までの全線電化も目論んでいたが、その後、全線改軌に合わせ内燃動力で統一することになった。 (RMライブラリー『小坂鉄道(上)』より)
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この鉄道について改めて概要をご紹介しますと、十和田湖の西に位置する小坂とその西側の奥羽本線大館駅の間23.3kmの小坂線、そして大館と花岡の間4.8kmの花岡線からなる鉄道です。もともと銅山として発展していた小坂と大館を結ぶ目的で1908(明治41)年に小坂鉱業所の専用鉄道として開通したものでしたが、その後、小坂の銅鉱が枯渇してきたことから、大館に近い花岡から産出される銅を小坂で製錬することになり、大館~花岡間が1914(大正3)年に開通しました。

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▲右は大館駅構内。改軌後の大館駅構内は広大なヤードが特徴だったが、軽便時代は非電化区間の車輌の拠点として機関庫があった。 (RMライブラリー『小坂鉄道(上)』より)
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この鉄道の特徴は日本の近代化に合わせたかのように変貌を続けたことで、開業時は全線762mm軌間、蒸気動力の軽便鉄道でしたが、当初から新造の蒸気機関車とボギーの客車を揃え、1927(昭和2)年には勾配のきつい小坂~茂内間を電化、電気機関車を導入しました。戦後は電化の延伸とともに改軌を目指し、1951(昭和26)年に花岡線を改軌、その後両線相次いでディーゼル機関車を導入し、そして1962(昭和37)年には小坂線も改軌され、車輌も一新されたのです。

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▲開業時に用意された8輌のボギー客車をはじめ、軽便時代の小坂鉄道には述べ15輌の客車が足跡を残した。 (RMライブラリー『小坂鉄道(上)』より)
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本書は上下巻に分けてこの小坂鉄道の歴史と車輌群を紹介するもので、上巻では専用鉄道の開通から1962(昭和37)年の小坂線改軌までの歴史を解説するとともに、その車輌群を多数の竣功図とともに解説しています。なお、今月発売の下巻では、1067mm軌間に改軌後の歴史と車輌について解説する予定です。折しも終点・小坂駅構内は昨秋より「小坂レールパーク」として整備され、鉄道末期を支えた車輌たちが動態で保存されています。本書をご覧になってから、秋の一日、小坂レールパークに足を向けてみられてはいかがでしょうか。

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