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整備・移転した鶴居村の保存車輌。

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▲「ふるさと情報館みなくる」前に整備・移転されたもと鶴居村営軌道のディーゼル機関車と自走客車(気動車)。塗色も大きく変更された。'14.8.14 P:奥山道紀
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昨年秋、釧路を訪れた際に鶴居村に残されている簡易軌道雪裡線・幌呂線の保存車を見て回りました(アーカイブ「道東の鉄道遺産を巡る」参照→こちら)。その際に、新設された立派な「ふるさと情報館みなくる」に対して、かつての郷土資料館前に取り残されたようなかたちとなっている機関車と自走客車も何とかならないものだろうか...と記しましたが、思いが通じたのか、先ごろ両車ともに「ふるさと情報館みなくる」前に整備・移設されたそうで、釧路の奥山道紀さんから写真をお送りいただきました。

140910n002.jpg美しい姿となって安住の地を得たのは泰和車輌製ディーゼル機関車と自走客車と呼ばれるディーゼル動車の2輌。新設された展示場には立派な屋根も設置されて、これまでのうらぶれた(失礼...)雰囲気とはうって変わって、素晴らしい保存状態となっています。
▲「ふるさと情報館みなくる」館内の簡易軌道関係展示パネル。'14.8.14 P:奥山道紀
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ちなみに整備された車輌は、長らく郷土資料館前で展示されていた時とイメージが異なりますが、軌道やメーカーOBの意見を参考に塗装・整備したとの事ですので、こちらの方が現役時代により近いのかも知れません。

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▲上幌呂に残る簡易軌道時代の車庫。地上設備の多くが跡形もなく消えてしまった今、貴重な建造物。'14.3.13 P:奥山道紀
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▲鶴居村営軌道の起点であった現在のJR新富士駅前(左)。もちろん軌道の面影は見いだせない。右は釧路湿原探勝路案内板で、一部が「殖民軌道雪幌線」の線路跡であることを説明している。'14.8.14 P:奥山道紀
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今回、奥山さんは再び釧路から鶴居村営軌道の痕跡を辿ってくれました。根室本線新富士駅前と鶴居村を結んだ鶴居村営軌道(雪裡線・幌呂線・1929年~1968年)は、当初は馬力でしたが、戦後は次第にガソリン機関車、ディーゼル機関車、自走客車と動力が近代化されました。路線は現在のJR新富士駅前から北上し、今では国立公園となった「釧路湿原」の西縁部に沿って鶴居村を目指します。

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▲雄別鉄道との立体交差地点に今なお残る鶴居村営軌道の橋台。'14.8.21/'14.8.14 P:奥山道紀
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起点の新富士駅周辺に軌道の痕跡を求めるのは困難ですが、雄別鉄道との交差地点には橋台が残り、温根内ビジターセンター付近は廃線跡1.1㎞程が「釧路湿原探勝路」として整備されています。また、今回機関車と自走客車が整備・移転した鶴居村中心部の「ふるさと情報館みなくる」のほかにも、上幌呂には車庫も残されています。
道東に路線を張り巡らした簡易軌道の痕跡も年を追うごとに消えゆくなかで、残された車輌がこうして歴史遺産として後世に伝えられてゆくのはなんとも嬉しい限りです。

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▲釧路湿原探勝路となっている軌道跡。かつてはこの細い路を村営軌道の列車が往来していた。'14.8.14 P:奥山道紀
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