鉄道ホビダス

2014年9月アーカイブ

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▲今日から始まった江戸東京博物館の特別展「東京オリンピックと新幹線」会場。'14.9.29
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明日10月1日は東海道新幹線開業50年。その記念すべき日を前に今日から東京・両国の「江戸東京博物館」で特別展「東京オリンピックと新幹線」が始まりました。昨日、オープンを前に内覧会にお呼ばれいたしましたので、その展示内容の一部をお目にかけましょう。

140930n103.jpg「ニッポン中が沸いた、夢がある」と本展のキャッチコピーにもあるように、今から50年前の1964(昭和39)年は東京オリンピック・パラリンピックの開催、そして東海道新幹線の開業と、焦土の中から立ち上がった日本が大きなターニングポイントを迎えた年です。開会レセプションの中で行吉正一学芸員も語っておられましたが、この年は終戦からわずか19年しか経っておらず、同じ時間軸を現代に当てはめてみると、1995(平成7)年、つまりは阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件があった年との歳月に相当します。このことからも、いかに戦後の19年が劇的に変貌したのかがうかがい知れます。
▲開会レセプションで今回の特別展の見どころを語られる江戸東京博物館の行吉正一学芸員。'14.9.29
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▲模型関係の展示も充実している。また別室ではレールクラブ千葉による模型運転会も開催されている。'14.9.29
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▲第1章では終戦から高度経済成長期までの東京の社会、市民生活の変化が具体的展示物でビジュアルに読み解ける。'14.9.29
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さて、展覧会は3部構成になっており、第1章で終戦から高度経済成長期までの東京の社会、市民生活の変化を紹介し、第2章で新幹線の計画から開業、そして今日まで、第3章で1964(昭和39)の東京オリンピック・パラリンピックが紹介されています。

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▲第2章の新幹線では0系の前頭部やシートなど懐かしい実物も数多く展示されている。'14.9.29
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140930n106.jpg興味深いのは東京オリンピックも新幹線もともに戦前にその萌芽があったことでしょう。東京オリンピックは1936(昭和11)年開催が決まっていながら返上、新幹線もご存知のように戦前の弾丸列車計画がその基礎となっています。本展では1940(昭和15)年当時の「新幹線建設概況図」など貴重な資料も数多く展示されており、当時の技術者の先駆性も垣間見ることができます。
▲ブッフェ内のスピードメータやタイフォン(実物)なども間近に見ることができる。'14.9.29
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▲1940(昭和15)年に作成された弾丸列車計画の図や、東海道新幹線計画に関わる手書きの書類などはこの機会でなければ目にすることがかなわない貴重なものも多い。'14.9.29
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新幹線やオリンピックばかりでなく、会場全体を通して「昭和」の時代が浮き彫りにされており、家族でも充分に楽しめる特別展となっています。
○会期
2014年9月30日(火)~11月16日(日)
※月曜日休館(月曜日が祝日の場合は翌日)
○開館時間
9:30~17:30(土曜は19:30まで、入館は閉館の30分前まで)
○観覧料
〈特別展専用券〉
 一般 1,340円
 大学生・専門学校生 1,070円
 中学生(都外)・高校生・65歳以上 670円
 小学生・中学生(都内) 670円
 ※その他〈特別展・常設展共通券〉〈特別展前売券〉などあり。
○会場
東京都江戸東京博物館 1階展示室
東京都墨田区横網1-4-1
TEL 03-3626-9974(代表)

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▲第3章は東京オリンピック。当時のポスターの数々は今日的に見ても見事なデザイン。'14.9.29
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▲開会式の制服や、マラソンの沿線警備図なども展示されている。ことに甲州街道の平面図は当時の鉄道事情も垣間見れて興味深い。'14.9.29
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なお、関連講座「えどはくカルチャー」として以下の講座や映画上映会も開催されます。
(1)「文学者たちの見た東京オリンピック・パラリンピック」
 10月7日(火)14:00~15:30
 講師:行吉正一(東京都江戸東京博物館学芸員)
(2)「新幹線と日本人の生活文化」
 10月21日(火)14:00~15:30
 講師:米山淳一(地域遺産プロデューサー)
(3)「1964年東京パラリンピック」
 11月8日(土)14:00~15:30
 講師:中村太郎(社会福祉法人 太陽の家理事長)

【申込方法】こちらを参照
■映画上映会
(A)映画「東京オリンピック」
 (市川崑総監督/1965年/上映時間170分)
 10月26日(日)13:30~16:20(13:00受付開始)
 会場:江戸東京博物館1階 ホール(定員400名)
(B)映画「東京パラリンピック 愛と栄光の祭典」
 (渡辺公夫監督/1965年/上映時間63分)
 11月3日(月・祝)13:30~14:33(13:00受付開始)
 会場:江戸東京博物館1階 会議室(定員150名)

【申込方法】こちらを参照

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取材協力:江戸東京博物館

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▲2014年島秀雄記念優秀著作賞単行本部門を受賞した服部重敬さんのRMライブラリー『名古屋市電』。版元もご覧のような立派な盾を頂戴した。
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鉄道友の会が毎年1回、趣味的見地に基づき鉄道分野に関する優れた著作物または著作物に関わる功績を選定し、鉄道および鉄道趣味の発展に寄与することを目的として2008(平成20)年に創設された島秀雄記念優秀著作賞の2014年の贈呈式が、先週9月23日(火/祝日)に東京・市ヶ谷のアルカディア市ヶ谷(私学会館)で行われました。

140925n008.jpg今年の島秀雄記念優秀著作賞単行本部門は、浦田 慎さん(監修/貨物鉄道博物館)による『貨車車票の歴史』(アーカイブ「驚愕の『貨車車票の歴史』参照→こちら」)、服部重敬さんのRMライブラリー『名古屋市電』(→こちら)が、定期刊行物部門では斎藤 幹雄さんの「ミャンマーへ行った日本型気動車2013」(電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2013年5月号掲載)、北村 拓さんの「西武鉄道の旧型国電研究」(電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2013年12月増刊号掲載)の2作品が受賞、さらに特別部門として片野正巳さんによる長年の「車両側面のイラストによる一連の著作」が受賞の栄誉に輝きました。
▲受賞者を代表して挨拶に立つ浦田 慎さん。自費出版の苦労をエピソードを交えて語られた。'14.9.23
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▲鉄道友の会須田 寛会長から賞状を受け取るRMライブラリー『名古屋市電』の著者・服部重敬さん。'14.9.23
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式の冒頭、挨拶に立たれた鉄道友の会の須田 寛会長は「趣味は文化の入口」と語られ、7回目を迎えた島秀雄記念優秀著作賞の意義をあらためて語られました。続いて登壇された曽根 悟選考委員長からは、総評に続いて定期刊行物部門受賞作2作について、さらにこうすれば良かったというサジェスチョンが語られました。これまでにない異例の展開でしたが、定期刊行物部門でもっと若い方にどんどん頭角を現してほしいという選考委員会の思いの発露だそうです。

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▲受賞式後の懇親会で名古屋市電への尽きぬ思い、そして路面交通の未来像を熱く語られる服部重敬さん。'14.9.23
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単行本部門を受賞した服部重敬さんのRMライブラリー『名古屋市電』については、その選考理由が以下のように発表されています。
「本書は、上中下の全3巻で構成され、著者が実見した名古屋市電の廃止過程を中巻・下巻で解説し、それ以前を前史として上巻で紹介しています。特に中巻・下巻では、名古屋市電の廃止の経緯を路線別に時系列で並べ、それぞれの路線に関わった車両の解説を散りばめています。また、周辺の町並なども的確にとらえられ、鉄道史のみならず都市史の面からも得がたい資料になっています。世界のライトレールを国内に紹介する活動でも知られている著者が地元に密着したベテランとして名古屋市電を追い続け、随所に著者の持ち味が活かされた代表作として高く評価し、島 秀雄記念優秀著作賞にふさわしい作品として選定しました。」

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▲特別賞は半世紀以上にわたって独自の車輌イラストを描き続けてこられた片野正己さんが受賞された。'14.9.23
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140925n205.jpgまた、特別部門を受賞された片野正巳さんの「「車両側面のイラストによる一連の著作」については、以下のように選考理由が発表されています。
「著者は、機芸出版社の定期刊行物である「鉄道模型趣味」誌で長期間にわたって活躍したベテランで、「陸蒸気からひかりまで」(機芸出版社/1965)、「私鉄電車プロファイル」(機芸出版社/1970)は車両側面のイラストの名著として知られています。近年も「吊掛賛歌」(ネコ・パブリッシング/2007)や「昭和鉄道見聞録」(ネコ・パブリッシング/2011)といった美しいカラーによる車両側面図を出版し続け、2013年にも「吊掛電車プロファイル」(ネコ・パブリッシング/2013)を出版されました。独特のタッチによる細密なイラストは味わい深いもので、特別部門として表彰するにふさわしい業績として選定しました。」
▲ペン画からコンピュータ・グラフィックに至る長い道のりを語られる片野正己さん。'14.9.23
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▲懇親会で語り合う受賞者の皆さん。左から浦田 慎さん、服部重敬さん、斎藤幹雄さん、北村 拓さん、片野正己さん。'14.9.23
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140925n203.jpgこれまでにも何回か小ブログでもご紹介しているように、服部重敬さんのRMライブラリー『名古屋市電』は、その研究内容もさることながら、ご自身が撮影された写真の素晴らしさも特筆されます。うかがうところでは多くは高校生時代の撮影だそうですが、地元の名古屋市電への愛情溢れるカメラアイは、この趣味の原点を思いださせてくれます。ぜひもう一度、そういった観点からもご覧いただければ幸いです。
▲出版社への記念盾を須田会長から受け取る私。ありがたいことに弊社は6年連続の受賞となった。'14.9.23
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▲恒例の受賞者全員での記念撮影。前列左側からから浦田 慎さん、服部重敬さん、斎藤幹雄さん、北村 拓さん、片野正己さん。'14.9.23
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また、70歳を過ぎてからコンピュータを用いてのイラスト製作を独学で開始したという片野正巳さんは、現在も旺盛な製作意欲で新作に取り組まれており、そのバイタリティーには頭が下がります。しかも、イラストソフトを用いての作画ではなく、画像処理ソフト「フォトショップ」を使っての製作と聞くと、多少なりともリテラシーのある方にとっては驚異的にさえ思えるのではないでしょうか。
栄えある2014年島秀雄記念優秀著作賞を受賞された皆さんに、あらためてお祝い申し上げます。

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ノイエンマルクト...前夜。

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▲遥々スイスから駆けつけた01 202(左)と、ニュルンベルクの博物館火災(アーカイブ「衝撃! DB博物館ニュルンベルク庫が全焼!」参照→こちら)で被災しながらも復活を遂げた01 150(右)が宵闇に浮かび上がる。'14.9.19
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先週は遅い夏休みをいただいてドイツ・チェコ方面へ行ってまいりました。メインは"本業"のインダストリアル・ナローですが、ちょうど同時期にバイエルン州のノイエンマルクト(Neuenmarkt)で"01er Dampf-Festival & Nacht der Sinne"というドイツ急客機の雄、01形が集合する一大イベントが開催されるとのことで、参加してまいりました。

140926n006.jpgこのイベント、動態の01形が自国のみならずオーストリア、スイス、さらにはオランダからも駆け付けて、合計6輌の01が走り回るという夢のような企画です。開催は9月20日(土)と21日(日)の二日間。走行区間はノイエンマルクトから隣駅のマルクトショルガスト(Marktschorgast)の一駅区間10キロほどながら、各日12往復の01牽引列車が設定されており、さらに20日には夜間撮影会も計画されています。ただ、残念ながら私は21日ドレスデン発の便で帰国せねばならず、見ることができるのは20日のみの"はず"でした。
▲わずかな明かりの下で整備が続く01 1533-7(左)と、白眉ともいえる01 118(右)。さながら現役時代を彷彿させる情景に言葉を失う。'14.9.19
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▲後補機役を務めるのは64 491。右手前は01 164でこちらは残念ながら無火。'14.9.19
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その前に訪れたチェコ国内のインダストリアル・サイトがとんだ空振りに終わり、期待していただけにこれにはガックリ。やむなくイベント前日ではあるものの、ビールでも飲みながら開催地の博物館をゆっくり見て回ろうと、ノイエンマルクトの"DEUTSCHES DAMPFLOKOMOTIV-MUSEUM"(DDM)にやってきたのは19日昼前のことでした。見ればチケット売り場ですでに翌日からのイベントチケットを販売しており、当日混みあうなかで買うよりはと事前購入することにしました。一日券、二日券、さらにはイベント毎の単品売り(?)と各種のチケットがありますが、私は20日(土)のフルコンプリート券(博物館入場、イベント列車乗車フリー、撮影地までのシャトルバス、夜間撮影参加...等々/30ユーロ=5,500円ほど)を入手。クレデンシャルカードを胸に昼食をとっていると、なにやら機関区の方で動きが...。

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▲明日に備えての点検が続く。それにしても見渡す限り有火の01...、しかもこういった現場まで自由に撮影できるのにはただただ感動。'14.9.19
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140926n004.jpg前日なので当然機関区には立ち入れないだろうと思いつつも、設営準備中の受付でクレデンシャルを見せるとすんなりOK。これが夢のような時間の始まりでした。すでに整備中の01 0509-8を横目に、14時過ぎには01 150、さらに01 202がそれぞれ自走で客車を牽引して到着。18時には補機を務める38 1301、さらに30分後には真打01 118とロッテルダムからやってきた3シリンダーの01 1075が重連で到着して、機関区は夜の帳とともに一気に賑わいを増してゆきます。
▲オイル缶をベンチ代わりに2m動輪の前で点検を続ける検修掛。乗務員はもちろん、検修担当も各地から添乗してきており、まさに愛機を愛でるように時間を見ては各部を磨いている姿が印象的だった。'14.9.19
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18時50分に最後の参加機01 1533-7と補機役の64 491のプッシュプル編成が到着し、夕闇の機関区には無火の2輌(01 164、01 1061)を含めて実に8輌の01が集結。まさに四方八方、見渡す限り01だらけといった光景です。しかも翌日に備えて給水・給炭、整備と、まるで大型蒸機現役時代にタイムスリップしたかのような構内を自由に歩き回り、撮影することができるのですからこれはまさに至福の時間。もちろん、同様にパスを胸にした現地のファンも何人かはいたものの、イベント本番とはまた違った「前夜」の雰囲気に、偶然の幸いを噛みしめたのでした。

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▲21時19分、ようやく明日の準備も一段落し、構内にも静けさが戻ってきた。最後に到着した01 1533-7が給水を受ける。それにしても現地のファンの切り上げの速さは驚きで、最後の最後までこの現場で見届けたのは、私と、20時前に到着した大学生の松岡秀樹さんの日本人二人だけだった。'14.9.19
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▲審査はもちろんおなじみの広田尚敬さんと矢野直美さんのお二人。7年目ともなると呼吸もぴったり。'14.9.24
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今年で7回目となる「タムロン鉄道風景コンテスト」(株式会社タムロン主催、さいたま市、さいたま市教育委員会、さいたま商工会議所後援、そごう大宮店、レイル・マガジン協力)の審査が、昨日から二日間にわたって、さいたま市見沼区のタムロン本社会議室で行われています。

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▲応募作品数は年々増加の一途。一昨年から審査が二日にわたるようになったものの、審査にあたるお二人は終日大わらわ。'14.9.24
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審査に当たるのはお馴染みの広田尚敬さんと矢野直美さんのコンビ。7年目ともなると手慣れたものかと思いきや、実は応募総数が昨年を上回り過去最高となったこともあって、一瞬たりとて気を抜けない緊迫感漲る審査となりました。しかも、応募作品のレベルも明らかにアップしてきており、この分では来年はひょっとすると審査日をさらに増やさねばならなくなるかも知れません。

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▲広田さんの選別はまさに芸術的。瞬間的に見所を峻別して作品を分けてゆく。'14.9.24
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このコンテストの最大の特徴は「私の好きな鉄道風景ベストショット」の副題が示すように、鉄道の風景写真を通して、全国のレイル・ファンのみならず、一般の方々にも写真の楽しさを広く知っていただこうという趣旨のもと、鉄道とその周辺を写し込んだ写真であれば、風景・スナップなどでも応募可能で、使用機材メーカー名も問わない、きわめて門戸の広いコンテストとなっている点です。カテゴリーは「一般の部」のほかに「小・中・高校生の部」があり、それぞれ大賞(「一般の部」はさいたま市長賞、「小・中・高校生の部」はさいたま市教育委員会教育長賞)、準大賞、審査員特別賞、入選、佳作が選定されます。さらに、タムロン賞のほか、さいたま商工会議所会頭賞として2年前に新設された「ユーモアフォト賞」も他にないユニークなお楽しみとなっています。

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▲矢野さんの審査には女性らしい視線が注がれる。広田さんが選外としたものを矢野さんが復活させる一幕も...。'14.9.24
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審査を傍らで拝見していて感じた今年の特徴は、海外で撮影された作品が明らかに増加したことでしょう。「小・中・高校生の部」でもその傾向は明らかで、鉄道写真がよりグローバルになってきた証左なのかもしれません。さらに、広田さん、矢野さん審査員お二人は作品裏面に添付してある応募票を見ないことになっていますので、審査段階ではお二人にはわからないのですが、女性の応募が増えてきているのも大きな特徴です。
ちなみに被写体で圧倒的に多いのが小湊鐵道。大井川鐵道の「きかんしゃトーマス」が目立ったのも今年の傾向と言えましょう。

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▲第7回「タムロン鉄道風景コンテスト 私の好きな鉄道風景ベストショット」のフライヤー。今年は過去最高の応募数を記録した。
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審査結果は10月中旬、タムロンホームページで発表の予定で、11月には関連写真展がそごう大宮店で開催されるほか、上位入賞作品は本誌『レイル・マガジン』2015年1月号(2014年11月21日発売)誌上でご紹介する予定です。果たして今年はどんな作品が大賞を射止めるのか、はたまた話題の「ユーモアフォト賞」は...どうかご期待ください。

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▲東京駅と姉妹駅関係となっているオランダのアムステルダム中央駅。1889(明治29)年開業と、東京駅より四半世紀も先輩にあたる。'13.9.19 P:名取紀之
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本年12月20日に東京駅が開業から100年を迎えるにあたり、駅構内をはじめ各所で記念イベントが開催されます。前日の12月19日(金)には東京ステーションホテル4階 アトリウムで、姉妹駅締結を結んでいるオランダのアムステルダム中央駅駅長、アメリカ合衆国のグランドセントラル駅(ニューヨーク市)を所管するメトロノース鉄道社長を招いて東京駅開業100周年記念式典が開催されます。

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▲東京駅の若手社員によるデザインを元に制作された東京駅開業100 周年ロゴ。今後、東京駅開業100 周年に関する制作物や記念商品等に使用される。提供:JR東日本

また、記念式典に先立ち、姉妹駅関係者及び東京駅長による「101年目の出発式」が行われます。出発する列車は、2009(平成21)年3月に定期運転が取りやめになった寝台特急「富士」。運転区間は東京~伊東間で、団体臨時列車として一日限りの特別な復活運転となります。

140911n004.jpgまた、10月11日(土)からは山手線1編成に開業当時の東京駅と現在の東京駅の姿を並べ、赤レンガ色にラッピングした「山手線ラッピングトレイン」が登場します。運行期間は2014年10月11日(土)~2015年3月31日(火)まで。うち2014年12月18日(木)~2015年1月1日(木)の期間は、東京駅にまつわる過去から現在の写真等を展示して、100年の歴史を振り返る車内装飾も実施される予定です。
▲寝台特急「富士」のイメージ。(定期運転時の写真) 提供:JR東日本

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▲山手線ラッピングトレインのイメージ。提供:JR東日本
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この東京駅開業100周年に合わせて、鉄道博物館、東京ステーションギャラリーおよび旧新橋停車場鉄道歴史展示室でも特別企画展が開催されます。
【東京駅開業100周年記念展(仮題)】
○期間:2014年11月22日(土)~2015年2月16日(月)
○場所:鉄道博物館
○内容:東京駅が計画・建設された過程や、これらに携わったフランツ・バルツァーや辰野金吾ほかの鉄道技師等を紹介。

【東京駅開業百年記念 スペシャル・オープン・ウィーク】
○期間:2014年11月18日(火)~2014年11月30日(日)
○場所:東京ステーションギャラリー
○内容:建築的に特徴のある東京ステーションギャラリーの空間としての面白さを体感していただく機会として、東京駅プロジェクションマッピングの模型上映や講座などのイベントを多数開催する。

【東京駅開業百年記念 東京駅100年の記憶】
○期間:2014年12月13日(土)~2015年3月1日(日)
○場所:東京ステーションギャラリー
○内容:東京駅開業の意義をこの1世紀の近代建築の展開の中で検証するとともに、東京駅を描いた絵画や写真、保存・復原工事で発生した部材や装飾などを展示。

【東京駅開業とその時代】
○期間:2014年12月9日(火)~2015年3月22日(日)
○場所:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
○内容:開業当時の東京駅と鉄道旅行を紹介しながら、当時の旅の楽しみと東京観光を紹介する。

※企画展はすべて、公益財団法人東日本鉄道文化財団が運営。

※来週は遅い夏休みをいただくため、小ブログは休載させていただきます。25日(木)より再開予定ですので、どうかご了承ください。

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▲「ふるさと情報館みなくる」前に整備・移転されたもと鶴居村営軌道のディーゼル機関車と自走客車(気動車)。塗色も大きく変更された。'14.8.14 P:奥山道紀
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昨年秋、釧路を訪れた際に鶴居村に残されている簡易軌道雪裡線・幌呂線の保存車を見て回りました(アーカイブ「道東の鉄道遺産を巡る」参照→こちら)。その際に、新設された立派な「ふるさと情報館みなくる」に対して、かつての郷土資料館前に取り残されたようなかたちとなっている機関車と自走客車も何とかならないものだろうか...と記しましたが、思いが通じたのか、先ごろ両車ともに「ふるさと情報館みなくる」前に整備・移設されたそうで、釧路の奥山道紀さんから写真をお送りいただきました。

140910n002.jpg美しい姿となって安住の地を得たのは泰和車輌製ディーゼル機関車と自走客車と呼ばれるディーゼル動車の2輌。新設された展示場には立派な屋根も設置されて、これまでのうらぶれた(失礼...)雰囲気とはうって変わって、素晴らしい保存状態となっています。
▲「ふるさと情報館みなくる」館内の簡易軌道関係展示パネル。'14.8.14 P:奥山道紀
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ちなみに整備された車輌は、長らく郷土資料館前で展示されていた時とイメージが異なりますが、軌道やメーカーOBの意見を参考に塗装・整備したとの事ですので、こちらの方が現役時代により近いのかも知れません。

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▲上幌呂に残る簡易軌道時代の車庫。地上設備の多くが跡形もなく消えてしまった今、貴重な建造物。'14.3.13 P:奥山道紀
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▲鶴居村営軌道の起点であった現在のJR新富士駅前(左)。もちろん軌道の面影は見いだせない。右は釧路湿原探勝路案内板で、一部が「殖民軌道雪幌線」の線路跡であることを説明している。'14.8.14 P:奥山道紀
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今回、奥山さんは再び釧路から鶴居村営軌道の痕跡を辿ってくれました。根室本線新富士駅前と鶴居村を結んだ鶴居村営軌道(雪裡線・幌呂線・1929年~1968年)は、当初は馬力でしたが、戦後は次第にガソリン機関車、ディーゼル機関車、自走客車と動力が近代化されました。路線は現在のJR新富士駅前から北上し、今では国立公園となった「釧路湿原」の西縁部に沿って鶴居村を目指します。

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▲雄別鉄道との立体交差地点に今なお残る鶴居村営軌道の橋台。'14.8.21/'14.8.14 P:奥山道紀
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起点の新富士駅周辺に軌道の痕跡を求めるのは困難ですが、雄別鉄道との交差地点には橋台が残り、温根内ビジターセンター付近は廃線跡1.1㎞程が「釧路湿原探勝路」として整備されています。また、今回機関車と自走客車が整備・移転した鶴居村中心部の「ふるさと情報館みなくる」のほかにも、上幌呂には車庫も残されています。
道東に路線を張り巡らした簡易軌道の痕跡も年を追うごとに消えゆくなかで、残された車輌がこうして歴史遺産として後世に伝えられてゆくのはなんとも嬉しい限りです。

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▲釧路湿原探勝路となっている軌道跡。かつてはこの細い路を村営軌道の列車が往来していた。'14.8.14 P:奥山道紀
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▲森之宮検車場に勢揃いした5000形(50系)。御堂筋線のシルバーカー化に伴い、ATC改造され正面窓がウインクした顔つきとなり、中央・谷町・四つ橋線に転用された。1976年 提供:宮武浩二
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6014号
60系は1969(昭和44)年12月に開通した堺筋線用に新製された車輌で、5連18本の90輌が登場しました。この車輌は相互直通乗り入れする阪急京都線千里線でも走るために従来の地下鉄車輌とは異なり架線集電になったほか、1500ボルト車(地下鉄は750ボルト)となりました。60系は正面のデザインが斬新であったことから登場当時からファンの人気が高く、1970(昭和45)年に鉄道友の会からローレル賞を受賞、先頭車全車にプレートが取り付けられました。

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▲今年の森之宮検車場の公開時に展示された堺筋線6014(60系)。非冷房のまま引退した当時の姿で保存されている。'14.8.24 P:髙間恒雄
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140908n202.jpg1990(平成2)年から66系に代替されることになり、一部の車輌は冷房改造され残されることになりました。当初、6014号は30系同様ウレタンフォームのクッションにレザーを上張りした座席を採用しており、6014の編成にはセパレート型のシートが試用されました。後年モケット張のシートに交換されていますが、それ以外は新製当時の姿を保っています。廃車後は東吹田検車場にスペースが無いことから森之宮で保存されていますが、最近になり万博当時に付けられていたサボ掛けが復元されています。
地下鉄車輌の保存車は室内灯なども点灯するようになっており、現役当時の姿を彷彿させる姿で公開されていました。
▲同じく森之宮検車場の公開から。右は直前に中央線を引退した20系(2601)。左は四つ橋線から中央線に転出し新23系から24系50番代に改造更新中の24656。'14.8.24 P:髙間恒雄
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▲4色が並んだ50系。大阪市営地下鉄は各線別ラインカラーを制定。昭和50年代には車輌もラインカラー化された。提供:宮武浩二
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▲50系は地下鉄冷房化の進行により廃車が進み、1994(平成6)年4月、最後に残った千日前線の2編成の引退によって全廃された。提供:宮武浩二
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140909n501.jpgさて、このように森之宮で保存されている車輌をご紹介してまいりましたが、レイルロードから発行される『大阪市交通局5000-車両アルバム17-』刊行を記念して講演会「大阪市交通局50系の歴史を振り返る」が行われます。講演は同書の主筆であり、地下鉄車輌の技術者として経験豊富な大阪市交通局OBの荻野 基さんで、5000形の誕生から廃車についてまでを講演されます。なお講演会に参加された方にはレイルロード発行の同書と、1/150の「50系1次車ディスプレイモデルキット」1輌分をテキストとして差し上げます。
▲間もなく発売されるレイルロードの新刊『大阪市交通局5000-車両アルバム17-』(本体2500円+税)。

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▲講演会参加者に進呈される予定の1/150の「50系1次車ディスプレイモデルキット」。

■講演会「大阪市交通局50系の歴史を振り返る」
開催日時:9月28日(日) 14時から17時
場所:サムティフェイム新大阪 9階ホール4
   大阪市淀川区西中島6丁目5番3号
電話(当日のみ) 06-6885-9000 9階ホール4 鈴木まで
会議室ホームページ http://fame.hey.ne.jp/
スケジュール
14:10 (第一部) 50系車両の思い出 
16:00 (第一部) 終了 途中休憩あり
16:10 (第二部) あのころの森之宮50系を見送って
16:50 (第二部)  終了

講演者:荻野 基(元大阪市交通局職員)他
募集人数:100名 先着順(予約なしの参加はできません)
参 加 費:3.500円(当日、受付にてお支払いください)
お申込み:往復ハガキで下記の住所までお申込みください。
締め切り:2014(平成26)年9月20日の消印有効 
お願い:会場内での録画、録音、撮影についてはご遠慮いただきますようお願いします。
送り先:〒573-0065
枚方市出口5-28-1 鈴木方 大阪市交通局鉄道研究部OB会事務局宛
※大阪市交通局へのお電話などでのお問い合わせは、回答できませんのでご遠慮願います。質問などは往復ハガキで事務局までお問い合わせください。
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▲講演会場周辺図。

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▲公開された森之宮車両管理事務所の保存館内部。801号の隣には無軌条電車255号の姿も見える。'14.8.24 森之宮車両管理事務所 P:宮武浩二
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先日、大阪市電3輌 (801形801、2201形2201号、3001形3050号)と、無軌条電車1輌 (200形255号)合わせて4輌が大阪市指定文化財に指定されたことをご紹介(アーカイブ「大阪市電と無軌条電車が大阪市指定文化財に」参照→こちら)しましたが、8月24日(日)に大阪市交通局森之宮車両管理事務所で「保存車両特別公開in森之宮検車場」が行われ、引き続き宮武浩二さんからレポートをお送りいただきました。また、今月末には魅力的な講演会も予定されているようですので、あわせてご紹介しましょう。

森之宮車両管理事務所には市電2輌、地下鉄車輌3輌、無軌条電車(トロリーバス)1輌が保存されています。今回の「保存車両特別公開in森之宮検車場」は申込制で、当日の天候は曇りのち雨という悪天候でしたが、保存車輌は構内に展示されており車内も公開されました。

140908n201.jpg先日市営交通110周年で通天閣に隣接する新世界に搬入展示された2201号は、森之宮に戻す際に劣化していた車体の塗装を塗り替え美しい姿を取り戻し工場内で展示されていました。801号とトロリーバスは保存館での展示で、2201号が工場側に移動されたことから空いたスペースに台車など市電ゆかりの品々を見やすく配置されていました。市電車輌については先日紹介したところですので、今回は地下鉄車輌について少し詳しく紹介しましょう。
▲塗装替えが行われて美しい姿となった2201号。'14.8.24 森之宮車両管理事務所 P:宮武浩二
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▲さよなら50系のヘッドマークを付けて展示された5085号。'14.8.24 森之宮車両管理事務所 P:宮武浩二
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5085号
5000形は1960(昭和35)年に製造開始された大阪市営地下鉄の代表車輌で、1965(昭和40)年に製造を終えるまで94ユニット188輌が製造されました。御堂筋、谷町、四つ橋、中央、千日前線に足跡を残しました。保存されている5085号も当初は御堂筋、四つ橋線で活躍しましたが、大阪万博のころに森之宮地区の中央、千日前線に移り5088ユニットと4輌化されました。

140906n005.jpgさらに1983(昭和58)年には谷町線用に転用され旧1200形をT車化改造した5700形2輌と5088ユニットの間にはさんで6連化、谷町線の冷房化推進のために投入された22系と入れ替わりに中間の5700形を廃車、4連に戻して千日前線に転用されました。
▲1970(昭和45)年に森之宮地区に転用された当時の5071ユニットの正面。復元した5085との相違点が比較できる。P:宮武浩二

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1994(平成6)年に5000形の最後を飾って引退しましたが、5085号のみ千日前線カラーで現役当時のまま保存されていました。2012(平成24)年になり新製当時の姿に可能な限り戻すこととし、懐かしいクリームとオレンジ色の姿に替りました。運転台のキャブシグナルや貫通幌や客扉などは復元されていませんが、全体的に見て昭和40年代の姿に戻ったと思います。

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▲旧番号に復して大阪万博時代の面影を今に伝える3008号。'14.8.24 森之宮車両管理事務所 P:宮武浩二
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3008号
30系(3000)は昭和43年に大阪万博で大量輸送にかなう車輌としてすでに新線区間となる谷町線に投入されていた7000形、8000形を御堂筋線用8連用に製造したもので、ステンレス車体を持つ3001から3007までの編成(7000−8000の編入車を含む)とアルミ車体を持つ3008〜3025までの編成が製造されました。のちに北大阪急行からの転入車も含めて御堂筋、四つ橋線の車輌はすべて30系に置き換えられました。その後21・23系が投入されるとステンレス車は谷町、中央線にアルミ車は中央、千日前線に転用されました。3008号は大阪市交通局初めてのアルミ車体を持つ地下鉄車輌として新線区間の谷町中央線で3508とともに2輌編成で運用されていましたが、中間の6輌分を新製して御堂筋線に転用されました。その後中央線の生駒延長分として6連化のうえ中央線に転用、その際に3042に車号が変更されました。廃車後も中央線当時のまま保存されていましたが、現在は号線カラーを撤去し旧番号の3008号に戻されて保存されています。3008号は新製から大きな改造されていないことから新製当時の姿を残しており、評判がよくなく後年改造されてしまったウレタンフォームのクッションにレザーを上張りした座席以外、大阪万博当時の姿を残しています。

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建設進む京都鉄道博物館。

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▲梅小路運転区屋上から建設が進む京都鉄道博物館本館とプロムナード接続部を見る。右端に写り込んでいるのが扇形庫1~7番(検修庫)の背面。'14.8.11/'14.9.3
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今週水曜日は打ち合わせで梅小路運転区へ。2階会議室でのMTGの合間に、運転区屋上から建設が進む京都鉄道博物館の工事現場を拝見しました。実は先月も同様の機会があり、図らずも定点観測をするかたちとなりました。

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▲同じく本館の東海道本線方を見る。前方の開口部に車輌工場を再現した引き込み線が入り、画面手前にはペデストリアンデッキが建設される。'14.8.11/'14.9.3
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140905n301.jpgご案内いただいたJR西日本本社広報部の担当者の方のお話では、建設工事は順調に進んでおり、間もなく本館1階への引き込み線の敷設も始まるとのことでした。京都鉄道博物館の概要についてはこれまでにも何回かご紹介していますが(アーカイブ「京都鉄道博物館建設で変貌を遂げる梅小路エリア」参照→こちら)、実際に工事現場を拝見すると、そのスケールの大きさと、現役の現業機関=梅小路運転区と一体となって運用されるという、わが国ではこれまでに例のないそのコンセプトにますます期待が高まります。
▲蒸気機関車館(左奥)前の山陰本線高架桁に設置されている建築計画の概要。'14.9.3
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▲京都鉄道博物館の完成予想鳥瞰図。梅小路の扇形庫を取り囲むように博物館建物が並ぶ。 (JR西日本パンフレットより)
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▲京都鉄道博物館の全体レイアウト。1階は「鉄道のあゆみ」と「鉄道施設のしくみ」、2階は「鉄道とくらし」がテーマとなり、3階は展望デッキとライブラリーなどが設けられる。 (JR西日本パンフレットより)
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京都鉄道博物館全体のレイアウトは上図でもおわかりのように重要文化財となっている扇形庫を中心に、現在の蒸気機関車館正門北側にエントランスが設けられ、そこから本館へとプロムナードが続きます。この全長約100mのプロムナードはプラットホームをイメージした構造となっており、C62、80系電車、0系新幹線などが編成状態で展示されます。

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▲本館1階は広大な吹き抜け構造となる。このパースからも展示車輌の豪華さがうかがえよう。 (JR西日本パンフレットより)
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3階建ての本館1階には500系新幹線、581系、489系をはじめとした名車たちが、時代を彷彿させる演出とともに展示されます。そして白眉と言えるのは保守点検を行う工場を再現した「車両のメンテナンス」のコーナーで、本線と接続した引き込み線を通してさまざまな現役車輌が"入場"してくるという夢のような展示となります。

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▲「日本国有鉄道の誕生と近代化」のコーナー。時代を感じさせるリアルな展示となる模様。 (JR西日本パンフレットより)
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注目される展示車輌の詳細についてはまだ発表されておりませんが、サプライズもあるようですので今から期待をしたいと思います。なお、京都鉄道博物館では収蔵車輌の整備状況や建設工事の進捗などをリアルタイムで発信するFacebookをスタートさせています。JR西日本の担当の方からもぜひ皆さんに見ていただきたいとの伝言を頂戴しておりますので、下記にアクセスいただき、応援の意味も込めて「いいね!」をお願いします。
※京都鉄道博物館Facebook→こちら

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▲「汽車フェスタ2014」で体験乗車のできる保線モーターカーと、ウイングの開閉実演が予定されているラッセル車キ1。P:三菱大夕張鉄道保存会
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いつも8月にはご案内いただいている三菱大夕張鉄道保存会の「汽車フェスタ」ですが、今年は少々遅れて今週になってリリースが到着いたしました。開催が今週末とぎりぎりのタイミングとなってしまいましたが、さっそくご紹介させていただきましょう。

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▲シューパロダムの試験湛水によって水没間際となった旧大夕張鉄道の旭沢橋梁。P:三菱大夕張鉄道保存会
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▲明石町駅もこのように水没してゆく。P:三菱大夕張鉄道保存会
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北海道では例年8月を過ぎると一気に秋の気配が深まります。今年も9月7日(日)に、三菱大夕張鉄道・南大夕張駅跡を会場として「汽車フェスタ」を開催します。南大夕張駅跡にはラッセル車キ1、客車スハニ6、オハ1、ナハフ1、石炭車セキ1.2など、炭鉱とその地域を支えた鉄道の貴重な車輌が保存されています。

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▲前夜祭でライトアップされた保存車輌。駅名標にある明石町はまもなくダムへと水没する。P:三菱大夕張鉄道保存会
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また今年3月から開始されたシューパロダムの試験湛水も灌漑期の終了により、サーチャージ水位の301.5mに向け順調に水位をあげています。これまでに幾度となくご紹介してきた下夕張森林鉄道の「三弦橋」の姿はすでに無く、三菱大夕張鉄道の明石町駅跡や旭沢橋梁も間もなく完全水没します。

140904n002.jpg.jpg「汽車フェスタ2014」ではスタッフ確保が困難なため、恒例の「シューパロダムカレー」は残念ながら中止となりました。そこで「汽車フェスタ」という名前にちなみ、汽車に因んだ「汽車クッキー」と「汽車ラッテ」を新たに企画しました。どちらも先頭客車スハニ6内の臨時カフェ「喫茶ふみきり」にて提供します。汽車クッキーは限定50枚、汽車ラッテはカフェオレとキャラメルマキアートを用意して、皆さんのお越しをお待ちしています。
▲今年初登場となる「汽車クッキー」と「汽車ラッテ」。P:三菱大夕張鉄道保存会
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▲夕張岳をバックにしたシューパロダム。P:三菱大夕張鉄道保存会
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南大夕張駅跡では夕張市の貸与により「SL館」に保存されていた北炭真谷地専用鉄道の保線モーターカーの修復も始められていますが、例年通りモーターカー試乗のほか、鉄道模型運転、グッズ頒布等も行います。前日6日の夕刻には前夜祭として列車のライトアップも行います。大きく変化する夕張市南部地区ですが、今年も多くの皆様の来場を期待しています。
※三菱大夕張鉄道保存会ホームページ→こちら

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▲北炭真谷地専用鉄道の保線モーターカーの修復作業も始まる。P:三菱大夕張鉄道保存会
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▲「汽車フェスタ2014」のフライヤー。
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魚沼鉄道ハ2号を見る。

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▲魚沼鉄道ハ2号のサイドビュー。立派な屋外展示棟に収められているが、両サイドの柱に挟まれて全容を撮影するのは画角的にかなり苦しい。'14.8.20
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先日の新潟行脚の最後は、かねてより一度検分してみたいと思っていた新潟県自然科学博物館の保存車、魚沼鉄道ハ2を訪ねました。

140823n007.jpg事前に新潟市広報課を通してお願いをしていたため、通常は立ち入ることのできない客車内も拝見することができました。
魚沼鉄道とは小千谷地域から信越線への連絡を目的に敷設された軽便鉄道で、開業は1911(明治44)年9月。小千谷(西小千谷)と来迎寺を結ぶものでしたが、1922(大正11)年に国有化され、いわゆる国鉄狭軌軽便線となりました。国有化時に引き継がれた旧魚沼鉄道の客車は9輌。そのうちの三等客車1輌が現在新潟県自然科学博物館に保存展示されている「ハ2」号(国有化後はケハ371号)ということになります。
▲オープンデッキ部。客室扉は引き戸となっている。'14.8.20
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▲美しく復元されたモニタールーフの天井部。手前の円筒形の部分はかつての油灯孔だろうか...。'14.8.20
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▲一段下降窓の室内(左)。モケットや荷棚などは復元に際して新調されたものと思われる。右は妻面に取り付けられた新潟鐵工所の製造銘板。オリジナルなのか復元時に付けられたレプリカなのかは不明。'14.8.20
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魚沼軽便線は戦時供出によって1944(昭和19)年に撤去。ただし車輌は戦後まで存置され、ケハ371(魚沼鉄道ハ2)は1949(昭和24)年に頸城鉄道に払下げられ、最終的に1968(昭和43)年まで働き続けました。魚沼鉄道開業時に誕生した車輌ですから、実に57年にもわたって現役を続けたことになります。

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▲軸受部。ホイールベースは100インチ(2,540㎜)、輪径はφ500とかなり小さい。'14.8.20
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▲1922(大正11)年6月10日付『鉄道公報』第619号に見る魚沼軽便線運輸営業開始の告示。6月15日より国有鉄道として営業開始する旨が記されている。
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▲1922(大正11)年7月14日付公報達501号による魚沼鉄道引継客貨車の改番表。元魚沼鉄道三等客車「ハ2」は国有化にともなってケハ371となったことが知れる。ちなみに定員は国有化に伴い28名から20名へと減少している。
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現在保存されている車輌は、頸城鉄道で廃車後、メーカーの新潟鐵工所で記念車輌として修復されたものだそうで、車内などはレプリカと思われる部材も見受けられます。1981(昭和56)年にここ新潟県自然科学博物館に展示されることになり、現在に至っていますが、近年外装の塗り替えなどが行われ、たいへん良好な状態で見学することができます。なお、現在「くびきのレールパーク」で修復保存されている頸城鉄道ハ6は兄弟にあたり、魚沼鉄道時代は二三等合造車「ロハ1」号であった車輌です(アーカイブ「くびきのお宝再訪」参照→こちら)。

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▲新潟県立自然科学館には29622号機も保存されている。米坂線で活躍後、北海道に転じ、岩見沢一区で活躍した機関車で、見覚えのある方も少なくないはず。'14.8.20
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協力:新潟県立自然科学館/新潟市広報課(※通常は客車内への立ち入りはできません)

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▲伊野線は鏡川橋から先、終点の伊野までが単線区間となる。伝統の菱形の行先表示板「いの」を掲げてJR伊野駅前をゆく624号。'14.7.24 鳴谷-伊野駅前
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土佐電気鉄道(10月1日からは「とさでん交通」)の魅力のひとつに、伊野線(はりまや橋~伊野間11.2㎞)の単線区間があります。かつては各地で見られた"路面"の単線区間ですが、現在では専用軌道ではなく路面で単線となっている例は意外と少なく、この伊野線の鏡川橋~伊野間はその意味でもたいへん貴重だと言えます。

140902n007.jpg伊野駅を訪れるのは実に7年ぶりで、その間に駅舎が建て替えられて大きく雰囲気が変わっていました(アーカイブ「土佐電伊野界隈」参照→こちら)。ことに伊野車庫があった北側へ分岐する車庫線は接続が絶たれてしまっており、駐泊もあった頃と比べると多少ならず面白味は薄れてしまったといえるかもしれません。それでも路面を単線でゆらゆらと走ってくる姿は得難い魅力で、路面電車ファンならずとも一度は目にしておきたい光景です。
▲終点の伊野で折り返す文殊通行き。以前訪れた時と比べると、駅舎も新築されて雰囲気は大きく変わった。'14.7.24 伊野
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▲市場前(信)で対向列車と交換して鏡川橋梁へと駆け上がる631号。この歩道橋から見下ろすとまるで模型のレイアウトを見ているような錯覚にとらわれる。'14.7.25 鴨部-鏡川橋
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鏡川橋梁を渡って鴨部から朝倉(高知大学前)までの路面区間もなかなか魅力的です。鴨部-曙町東町間には市場前信号所があり、路面で交換する上下列車の姿を目にすることができます。伊野線単線区間にはほかに宇治団地前-八代通間の八代通信号所がありますが、こちらは道路脇の専用軌道での交換設備で、路面の信号所はここ市場前(信)だけです。

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▲電停ではなく路面に設けられた交換設備、市場前信号所で交換する上下列車。画面前方を大きく左にカーブをきると鏡川橋梁へと至る。'14.7.25 市場前(信)
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▲市場前信号所の表記類。かつては客扱いをしていたそうだが、現在では乗降はできず、「停留所ではありません」の注意書き(右)も見られる。'14.7.25 市場前(信)
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そして伊野線随一の見せ場とも言えるのが朝倉停留場での交換です。朝倉から先、終点の伊野までは昔ながらの通票式のままで、特殊自動閉塞区間を走ってきた列車はここ朝倉でタブレットを受け取って終点の伊野へと向かいます。残念ながら朝倉~伊野間は列車本数が減少するため、すべての列車で通票の受け渡しが見られるわけではありませんが、今となっては実に貴重なシーンです。ちなみに先述の八代通信号所は通票区間内にあるため、上下列車での2つのタブレットの交換シーンを目にすることができます。

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▲高知大学前の副駅名を持つ朝倉は特殊自動閉塞式から通票式への切り替えポイントとしても名高い。商店の軒を借りるようにささやかな待合室がある。'14.7.25 朝倉
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▲朝倉電停でタブレットを受け渡す上下列車。通票区間はここから伊野までのため、タブレットは交換するのではなく伊野方へ向かうひとつだけ。'14.7.25 朝倉
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帰京後、相次ぐ高知豪雨のニュース映像には立ちすくむ思いでした。あの伊野駅付近の路面はほとんど水没し、訪れた時には涼やかな水辺の風景を醸し出していた鏡川は激流と化していました。現在では運転も平常に戻っているとのことですが、今回豪雨災害に見舞われた地域の皆さんに、一日も早く平穏な日常が戻ってくることを願わずにはいられません。

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▲後免町駅構内には高知鉄道時代の給水塔がそのままの姿で残る。'14.7.25 後免町
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7月下旬、ひさしぶりに高知県内を巡った際、新会社移行で社名変更をすることとなった土佐電気鉄道も再訪しました。これぞ夏!といった青空が迎えてくれましたが、ご存知のように訪問翌週に高知県は記録的豪雨にみまわれ、高知市全域に避難勧告が出る事態にまでなってしまいました。さらにその後も台風11号によって各所に大きな被害が出るなど、気掛かりな状況が続いておりました。

140901n002.jpgところで、その土佐電気鉄道の新社名ですが、「とさでん交通」に決定したそうです。
本年10月1日(水)に、土佐電気鉄道株式会社、高知県交通株式会社、土佐電ドリームサービス株式会社が経営統合し、新たに「とさでん交通」が発足します。この新社名は去る7月16日(水)から31日(木)にかけて一般公募されたもので、インターネット702件、応募用紙376件、はがき157件、合計1,235件の応募の中から新会社設立委員会委員によって選定されました。選定基準は以下の6点と発表されています。
① 高知県または県中央地域の会社であることがイメージできる名称かどうか。
② 呼びやすく親しみやすい名称かどうか。
③ 流行に左右されることがなく、将来にわたって愛される名称かどうか。
④ 公共交通事業者としてふさわしい名称かどうか。
⑤ 特定の個人や企業等を連想させることのない名称かどうか。
⑥ これまでの社名(土佐電鉄・県交通)や愛称(とでん・県交)に配慮するかどうか。

▲新社名募集のポスター。この時点ではまだ新会社名は公募中であった。'14.7.24
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▲伝統の菱形に「ごめん」と平仮名で書かれた方向板を掲げて鹿児神社前をゆく後免町ゆき613号。まるで踏切番のように構える狛犬は土佐狛犬と呼ばれる独特のもので、なんと1880(明治13)年に建立されたものだという。'14.7.24 田辺島通−鹿児
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▲後免線は路面電車とは思えないような広々とした田園風景の中も走る。刈入れの真っ最中だった稲は、この後の豪雨で大丈夫だっただろうか...。'14.7.25 小篭通−長崎
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140901n003.jpg選考の結果、新社名は最終的に以下の8候補に絞られたそうです。
高知電気鉄道
とさ交通
高知デンテツ交通
とさっこ電鉄
高知とさでん
とさでん交通
とさの国電鉄
とさ電鉄コーポレーション

最終的に「とさでん交通」に決したわけですが、昨今、奇をてらった新社名が少なくないなかで、長年親しまれてきた愛称"とでん"にも通じる、ほっとする社名です。
▲"ハートラム"の愛称を持つ100形は限定運用で活躍している。2002(平成14)年生まれなので、すでに車齢12年を数えることになる。'14.7.24 後免東町−後免町
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▲鹿児神社から田辺島通電停を発車した後免町行き626号を見る。手前の鳥居には土佐電気鉄道の文字が刻まれている。'14.7.25 田辺島通−鹿児
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土佐電気鉄道は奇しくも今年5月開業110年を迎えました。土佐電気、土佐交通と合併・譲渡による一時的な社名変更はあったものの、開業時の社名で存続してきた鉄道事業者は同じ四国の伊予鉄道など極めて少なく、それだけに新社名もその歴史を語り継ぐ、らしい選択となったといえるのではないでしょうか。

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▲暮れなずむ高知市内。伝統の土佐電気鉄道の名前は消えようとも、高知の街には"とでん"の姿が欠かせない。'14.7.24 県庁前
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