鉄道ホビダス
  • TOP
  • 編集長敬白
  • 大阪市電と無軌条電車が大阪市指定文化財に。(上)

大阪市電と無軌条電車が大阪市指定文化財に。(上)

140818n508.jpg
▲朝潮橋の資料館から森之宮に移転された直後の255号と801号。'88.9.21 P:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

さきごろ大阪市電3輌 (801形801、2201形2201号、3001形3050号)と、無軌条電車1輌 (200形255号)合わせて4輌が大阪市指定文化財に指定されました。ちょうどタイムリーに今週末には保存車輌の特別公開も行われます。残念ながらこの「保存車両特別公開in森之宮検車場」はすでに定員に達して応募は終了しておりますが、保存車輌の概要をRMライブラリー『全盛期の大阪市電』の著者でもある宮武浩二さんからお送りいただきましたのでご紹介いたしましょう。

140818n521.jpg古くからの歴史と文化をもつ大阪市内には、多くの文化財があります。大阪市教育委員会では、国が指定した以外の文化財について調査を行ない、大阪の歴史と文化を継承する文化財を大切に守り、未来へ確実に伝えていくために、1999(平成11)年2月に大阪市文化財保護条例を制定し、同年7月に施行しました。
この条例に基づき、大阪市教育委員会では、平成11年度から毎年、大阪市の文化財を指定しています(昨年4月現在合計192件)。大阪市交通局の車輌については大阪市の発展に大きく寄与したこと、市民に長年親しまれていたことから、2003(平成15)年に市電4輌(11形30号、501形528号、1601形1644号、撒水車25号)、地下鉄車輌1輌(100形105号)が指定されました。
▲601形用ブリル39Eマキシマムトラクション。小さいほうの輪軸が外側になる。P:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

そして今年の指定文化財に、保存車として残っている車輌のうち市電3輌((801形801、2201形2201号、3001形3050号)と、無軌条電車1輌 (200形255号)合わせて4輌が指定されました。詳細については大阪市のホームページで紹介されておりますが、これを機会に大阪市電の保存車輌について紹介したいと思います。

140818n504.jpg
▲搬入直後の801号。前扉は折戸、中扉は両開扉。'88.9.21 P:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

801号
801形のルーツは大正9年に登場した木造ボギー式の1001形にたどりつきます。この1001形は大阪市電としては初めての大型車輌で片側3枚扉、中央扉は両開きと乗降時間の短縮が可能となりました。しかし車体の緩みがひどくなって1931(昭和6)年に車輌の電気品と台車を利用して福町の車輌工場で車体を新造したのが801形(801)でした。これの図面をもとに4輌の車体を田中車輌に発注して完成させたのが802~805号です。

140818n519.jpg
▲801号の車内。運転台に向けて車体が絞られているのがわかる。座席も車体に合わせて「くの字」になっている。'88.9.21 P:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

車端部が絞り込まれたスタイルで、いままで日本国内の車輌では見られなかって左右非対称の扉配置は、その後全国の都市の路面電車で取り入れられました。保存車となった801号は元の804号を改番したもので、春日出車庫を中心に活躍、1964(昭和39)年に廃車後保管されていましたが、市電全廃にともない車輌工場などで保管されてきました。ほかの保存車は市電保存館などで公開されることがありますが、この801号は森之宮車両管理事務所に2201号や無軌条電車255号とともに保管されているため、見る機会が少ない車輌と言えます。

140818n517.jpg
▲Zパンタも上げられ車体も磨かれた状態の2201号。'93.8.5 P:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

2201号
戦後、路面電車を都市交通の基幹交通としてグレードアップを図ろうと主要都市の技術者がアメリカに視察に行き研究を重ねた結果、1953(昭和28)年に日本版のPCCカーが東京都交通局と大阪市交通局に登場しました。東京は5501号という車輌で、現在も荒川車庫に隣接する「都電ひろば」で見ることができます。大阪は3001号という車輌を製造して実際の運用に入れながら量産開発への研究が行われました。この2201形はその過程で1954(昭和29)年に登場したもので、従来の古いタイプの技術とこれから採用したい新しい技術を組み合わせた過渡期の車輌だったわけです。まず制御方式は間接式制御器とし、きめの細かいノッチでスムーズな加速ができるようにしました。台車も前年に登場した2101形で実績のあったFS-57台車とし、車輪はアメリカでは主流となっていたゴムを挟んで乗り心地を改善した弾性車輪を採用、車体も3001形に倣った近代的に外観となりました。

140818n516.jpg運用に充ててみるといままでの電車より格段に乗り心地は良くなったものの、運転士からは、空気制動に慣れているところに電気制動を常用しなければならない運転を求められたことから、運転が難しい車輌として敬遠されました。それと床下に制御器を置くということが初めてだったこともあって粉塵が制御器の中に入り込んで運転に影響をあたえることもあり、制御方式を昔ながらの直接制御方式(KR-8)に変更、踏面ブレーキを多用する運転慣習からおこる摩擦熱による弾性車輪の劣化が進んだことから、鉄製車輪に交換されました。
▲2201号の台車、FS57P。:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

140818n503.jpg
▲搬入直後の2201号と801号。'88.9.21 P:宮武浩二
クリックするとポップアップします。

その後港車庫前から淀屋橋を経由して都島車庫前を走る23系統のワンマン運転化の車輌に充てられ、同系統の廃止まで活躍しました。市電廃止に際しては同じワンマンカーの仲間であった2601形14輌すべてが広島電鉄に譲渡(アーカイブ「広島で生きる大阪市電2601形」参照→こちら)され、同電鉄の近代化に大きく寄与、現在も一部の車輌が現役で活躍しています。一方ワンマンカーの先鞭をつけた2201形は第二の職場を得ることができず2201号のみワンマンカーの代表車輌として保存されました。現在は森之宮車両管理事務所で保管され、昨年は市営交通110周年を記念して通天閣前で展示された(アーカイブ「新世界に大阪市電、大阪市役所前に地下鉄登場」参照→こちら)のは記憶に新しいと思います。

140718nRML180bn.jpg

kokutetsu38bn.jpg

国鉄車輌誕生秘話_bn.jpg

kikansyahyoubn01.jpg

レイル・マガジン

2014年8月   

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
「編集長敬白」が携帯電話でもご覧になれます。下記アドレスもしくはQRコードを読み取ってアクセスしてください。
http://rail.hobidas.com/blog/
natori/m/

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2016 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.