鉄道ホビダス

2014年7月10日アーカイブ

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▲下に掲げた絵葉書と同じ方向で撮影した有馬鉄道有馬駅跡。駅舎跡はクリニックとなっている。背後の高架道路は最近開通した有馬温泉へのバイパス道路。'13.12.30 P:宮武浩二
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▲絵葉書に見る摂津有馬停車場。駅正面には旅館の送迎用と思われる自動車が見える。絵葉書所蔵:宮武浩二
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先般、神戸有馬電気鉄道の遺構について報告(アーカイブ「神戸有馬電気鉄道の遺構」参照→こちら)をいただいた宮武浩二さんから、今度は「有馬鉄道」を含めた有馬温泉を目指した三つの鉄道のレポートを頂戴しました。2回に分けてご紹介いたしましょう。

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▲有馬川に架けられた乙倉橋は開業以来有馬駅の正面を見守ってきた。写真は有馬駅跡から見た現在の乙倉橋。'13.12.30 P:宮武浩二
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140710n003.jpg日本三古湯のひとつで日本最古泉と言われているのが有馬温泉です。その歴史は古く、日本書紀や古事記にも記されている温泉で、現在でも関西の奥座敷として多くの湯治客で賑わっています。そのアクセスのために、大正時代になって最初の交通機関となる三田から有馬温泉まで鉄道を敷設したのが有馬鉄道でした。
▲乙倉橋に設置されている有馬駅の切り絵風モニュメント。これは絵葉書から製作されたもので、三田駅から有馬駅に到着した列車を描いている。P:宮武浩二
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▲上の切り絵風モニュメントと同じ方向からの撮影。手前が駅舎跡でクリニックの建物が見える。その先が乙倉橋と有馬川。有馬温泉から名塩駅方面を走る阪急バスが見える。'13.12.30 P:宮武浩二
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開業は1915(大正4)年4月16日。鉄道の営業については車輌も含めて鉄道院が運営しており、国有鉄道に準じる扱いだったと言えます。結局1919(大正8)年に正式に国有化されて有馬線(有馬軽便線)となり、1943(昭和18)年に不要不急路線として休止されるまでの間、鉄道省の路線として存在していたのです。

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▲有馬駅のひとつ手前、有馬口駅跡。有馬に向かって左側が駅舎跡、右側が貨物駅跡と言われている。道路が線路跡で生活道路として使用されている。'14.1.4 P:宮武浩二
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140710n008.jpg休止といってもレールなどはすぐに撤去されてしまい、篠山線に転用されたと伝えられます。このようにすでに「休止」から70年あまり。路線の痕跡もほとんど失われてしまっていますが、その中で有馬駅の跡地がかろうじて当時の姿を残していることから今回訪ねてみました。
▲線路あとの築堤は遊歩道として利用されている。山口町上山口付近。'14.1.4 P:宮武浩二
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▲乙倉橋に設置されている駅と有馬鉄道の由来を示した看板。P:宮武浩二
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有馬駅跡地はクリニックになっているものの、駅前広場などは当時の姿を留めています。なおかつ、駅前に架かる橋には有馬鉄道の由来を示す説明板や写真なども設置されており、昔の鉄道駅跡を地元の方々が大切にされているのが印象的でした。なおひと足遅く、最近になって有馬駅近くに有馬山口線バイパス道路が建設されたため、旧線路跡や遺構は失われてしまい、見ることはできませんでした。

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