鉄道ホビダス

2014年7月アーカイブ

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▲会場のキヤノンSタワーはJR品川駅港南口から歩いて8分ほど。さすがキヤノンのギャラリーだけあって落ち着いて作品を鑑賞できる。'14.7.30
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わが国初のプロの鉄道写真家の協会として日本鉄道写真作家協会(JRPS)が設立されてから25周年となるのを記念した写真展、その名も「魂の鉄道写真」が東京・品川のキヤノンSタワー2階のオープンギャラリーで開催されています。

140731n002.jpg写真展自体は先週金曜日(25日)より始まっておりますが、昨日は記念パーティーが開催され、私もお呼ばれしてうかがってまいりました。今回の写真展はJRPS会員28名が厳選した約60点の作品を展示するもので、展示作品はすべてキヤノンの大判プリンター「imagePROGRAF」でプリントし、展示されています。もちろん大半がデジタルカメラによる近作で、銀塩フィルム時代には考えられなかったような"大伸ばし"が見事な画質で再現されており、その迫力はまさに圧巻です。
▲JRPS会員28名のプロフィールも注目。'14.7.30
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▲それぞれが厳選した作品はまさに百花繚乱。プロ写真家の個性を堪能できる。'14.7.30
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この写真展に先駆けて同名の写真集『魂の鉄道写真』(交通新聞社刊)も刊行されており、こちらでは「鉄道写真家の一日」や機材紹介など、普段はなかなかうかがい知ることのできないJRPS会員の仕事ぶりや日常を垣間見ることができます。

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▲キヤノンの大判プリンター「imagePROGRAF」でプリントされた作品の迫力も見どころ。'14.7.30
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140731n005.jpg会期は8月26日(火)まで。すでにオープンして一週間近くが経ちますが、キヤノンの担当者の方のお話ではこれまでにない入場者数を記録しているようで、プロの鉄道写真家による作品がいかに注目を浴びているかが知れます。また、今週末8月2日(土)には会員が今回の展示作品について解説するトークショーも予定されていますが、残念ながらこちらはすでに事前予約で満席となってしまっているそうです。
▲記念パーティーはカメラメーカー各社、出版社各社など多くの参加者で賑わった。'14.7.30
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ところで、写真展を拝見するのに先立ち、デスクのキャビネットの奥からJRPS設立前後の書類を綴ったファイルを取り出してみました。1988(昭和63)年9月に行われた設立準備会の議事録やら、第一回総会の進行台本やらに交じって、同年11月25日(金)夜にライオン銀座7丁目店の6階宴会場で開催された「発会披露宴」の記念集合写真が出てきました。初代会長の広田尚敬さんをセンターに、笑顔でひな壇に並んでいるのは私を含めて総勢24名。どなたも若々しいのは当然ながら、あらためて見直してみるとこのうち現会員は現会長の猪井貴志さんはじめ6名ですから、JRPSも大きく世代交代が進んだことが知れます。そして画面の中でにこやかに笑っておられる真島満秀さんと長谷川 章さんはその後、黄泉の国へと旅立たれてしまっており、四半世紀の時の流れをひしひしと感じざるを得ませんでした。

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▲直流化改造のうえ、大宮総合車両センターに転属した651系1000番代。写真は基本編成のOM202編成。'14.7.23 大宮総合車両センター東大宮センター P:RM(伊藤真悟)
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JR東日本では、特急列車の快適性と利便性向上を図るため、去る2014(平成26)年3月15日のダイヤ改正より、新設の特急「スワローあかぎ」(上野発着)、並びに特急「あかぎ」(同じく上野発着)、特急「草津」に直流化改造を施した651系1000番代を投入していますが、その車輌の公開が7月23日に行われました。

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▲グリーン車客室内。2列+1列配置は変わらず、0番代時代にリニューアルを受けてからの姿を保っている。'14.7.23 大宮総合車両センター東大宮センター  P:RM(伊藤真悟)
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▲普通車客室内。こちらも0番代時代にリニューアルを受けた姿を保つ。'14.7.23 大宮総合車両センター東大宮センター  P:RM(伊藤真悟)
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651系1000番代は大宮総合車両センター所属となり、基本編成の7連がOM201~OM206編成の6本、付属編成の4連がOM301~303編成の3本、計54輌の陣容となっています。

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▲直流化改造に際して、パンタグラフはシングルアーム式のPS33Dに換装されている(左)。OM203~206編成にはスノープラウが取り付けられたが、OM201・202編成は台車前にクーラーがあることから未設置となっている(右)。'14.7.23 大宮総合車両センター東大宮センター  P:RM(伊藤真悟)
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改造概要としては、交流電化線区を走ることがないことから交流避雷器等一部の屋根上交流機器を撤去し、パンタグラフをE233系と同一のPS33Dに換装しています。
外板塗色は高崎地区のシンボル色帯(橙)を側窓下に配置するとともに、各車とも上野方側扉付近の号車標記の下に「特急」のステッカーを貼っています。また、空調装置のAU711空調インバータを更新し、基本編成のOM203、OM204、OM205、OM206編成にはスノープラウを取り付けています。なお、OM201、OM202編成は台車前にクーラがあることから、スノープラウは取り付けていません。

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▲大宮総合車両センター651系1000番代編成表。
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客室内は基本的に直流化改造以前にリニューアルが施された姿を保っていて、グリーン車はオリジナルの2+1列の腰掛配置となっています。
なお、651系1000番代が11連で運転される列車は、平日は下り「スワローあかぎ5号」(上野19:00→高崎20:20)と上り「スワローあかぎ4号」(高崎8:19→上野9:47)。土休日は下り「あかぎ5号」(上野19:00→高崎20:20)と上り「あかぎ4号」(高崎8:19→上野9:46)のそれぞれ1往復となっています。
この651系1000番代については、8月21日発売予定の本誌10月号にて諸元表を含めてご紹介する予定です。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社大宮支社

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南武線にE233系。

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▲10月にデビュー予定の南武線用E233系の完成イメージ。 提供:JR東日本
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通勤、近郊を問わずその勢力を拡大し続けているJR東日本のE233系ですが、先週、本年10月から南武線にも投入されることが発表されました。

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▲南武線が街と街、人と人をつなぎ、「明るく弾む伸びゆく沿線」のイメージがデザインされた装飾。 提供:JR東日本
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南武線用E233系は、利用者にこれまで以上に同線の電車への愛着や地域の魅力を感じてもらうようにと、沿線をイメージした「ロゴ」を先頭車輌(1・6号車)に装飾、側面帯にも街と街、人と人をつなぎ、「明るく弾む伸びゆく沿線」のイメージをデザインが装飾される予定です。

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▲側面帯には南武線のラインカラーである黄色、オレンジ、茶色を基調に、沿線の街並みのイメージがデザインされている。 提供:JR東日本
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この南武線投入で首都圏各線はほぼE233系で席巻されたことになり、残る総本山とも言える山手線のE231置き換えがどうなってゆくのかが注目されます。

■E233系関係のアーカイブリンク ※タイトルをクリックすると当該アーカイブにとびます。
・E233系がデビュー!
・E233系試運転に乗る
・常磐緩行線にもE233系
・京浜東北・根岸線用E233系1000番代登場
・E233系1000番代が正式にお披露目
・E233系「ローレル賞」受賞式典
・東海道本線用E233系3000番代登場
・常磐緩行線用E233系登場
・E233系2000番代報道公開
・京葉線にもE233系
・E233系5000番代誕生
・E233系中間車に新番代登場
・E6系量産と埼京線・横浜線用E233系を発表
・埼京線用E233系登場
・埼京・川越線用E233系7000番代営業運転開始へ
・JR東日本が通勤型車輌新造計画を発表

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▲リニア・鉄道館の館内に並んだ歴代新幹線たち。'14.6.30 P:山田 司
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140728n01.jpgご存知のように今年は東海道新幹線開業50年。各地でさまざまな催事が予定されていますが、リニア・鉄道館では特別企画展「東海道新幹線50年の軌跡~誕生、進化、そして未来へ~」が開催中です。東海道新幹線を支えてきた技術の変遷や社会生活の変化、未来への展望などについて貴重な資料や映像、模型などを使って紹介する特別企画展です。今日は山田 司さんのフォト・レポートをお目にかけましょう。
▲この企画展が行われている2階体験学習室。図らずも、0系~700系まで実車4つの鼻先を見下ろす位置にある。'14.6.30 P:山田 司
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▲会場入口で迎えてくれるのは0系の実物運転台。今にしてみれば、まるで運転指令室のようにワイドなデスクである。'14.6.30 P:山田 司
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▲「新幹線を支える日本のモノづくり」と題し、新幹線の安全・安定輸送を支える部品を展示。また、バックのスクリーンにはそのモノづくりに携わる技術者たちの語りも映し出される(左)。東海道新幹線開業以来の時代の流れと輸送量の変化、時代ごとの乗務員制服も展示されている(右)。'14.6.30 P:山田 司
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140728n05.jpgこの特別企画展「東海道新幹線50年の軌跡~誕生、進化、そして未来へ~」は、東海道新幹線を創り、進化を遂げてきた技術の数々をこれまでにないほど惜しみなく明かし、東海道新幹線こそが日本の「新幹線」のパイオニアであるという誇りを存分に盛り込んだ展示内容となっています。大人も子どもも楽しめる展示であることはもちろんですが、館内では、夏休み期間(7/16~9/1)に「新幹線、再発見!」をテーマに「リニア・鉄道館の夏休み」も開催されています。また、会期中毎月1回ずつ開催される、新幹線にゆかりの深い講師陣による講演会も見逃せません。
▲0系からN700系までの車体デザインの進化を大型模型で見る。今回の企画展のために新調したものもあるそう。'14.6.30 P:山田 司
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▲今回の人気展示物の一つ、0系・300系・700系の実物大車内モックアップ。その時代ごとの先進デザインがうかがえる。なお、電光掲示にもこだわったとのことである。'14.6.30 P:山田 司
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▲ダイヤの変遷を電光表示で見る。ボタンを押していくと時代ごとにダイヤが密になっていくさまが見えるが、開業時から現在へ一気に切り替えると。その差に驚くばかり。'14.6.30 P:山田 司
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▲「空から見よう新幹線」では、ちょっと意外性のある画像が展開する。コントロールレバーを操作して、東海道新幹線の進路をバードアイで眺めることができるのだが、「実はこんなところを走っていたのか」と改めて驚く乗務員さんも多いのだとか(左)。架線の張り方の進歩という、一般的には非常に地味ではあるがスピードアップには欠かせない技術についても解説。JR東海らしさが垣間見える(右)。'14.6.30 P:山田 司
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▲マルタイはちょっとしたレイルファンなら判るが、「道床交換用保守用車」となればあまり馴染みのあるものではない。動作ギミックも組み込んだ大型模型はなかなかのもの(左)。東海道新幹線の地震対策は、東海・東南海地震の不安を抱える現在、もっともアピールしておきたいポイントであろう。こういった対策を知っておくことは利用者として心強い(右)。'14.6.30 P:山田 司
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開業50周年の10月を跨いで11月24日(月・休)まで半年間にわたって開催されているこの特別企画展「東海道新幹線50年の軌跡~誕生、進化、そして未来へ~」、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

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▲展示には巧みに硬軟取り混ぜてあり、食堂車や車販についても取り上げている。車販ワゴンの「なるほど」や、パーサーのライセンスバッジの色分けなど、ちょっと話のネタには仕入れておきたい知識。'14.6.30 P:山田 司
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▲東海道新幹線開業からの広告史。「DISCOVER JAPAN」「シンデレラ・エクスプレス」など、おじさん世代には涙モノのキャンペーンが思い出される。'14.6.30 P:山田 司
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140728n016.jpg○開催期間:2014(平成26)年5月21日(水)~11月24日(月)※休館日除く
○場所:体験学習室(2F)※入館料のみで観覧可能
○主な展示概要
(1)新幹線を支えた日本の技術
 実物の0系運転台をはじめ安全・安定輸送を支え続けた部品や道具等を紹介
(2)新幹線の誕生
 弾丸列車構想から昭和39年の東海道新幹線の開業までの歴史を実物資料等にて紹介
(3)新幹線ダイヤの変遷
・50年間の輸送量の推移を紹介、制服、記念きっぷ、パンフレット等を展示
・開業から現在までの東京~新大阪間のダイヤをモニュメントで紹介
(4)新幹線車輌の変遷
・歴代の東海道新幹線車輌の模型(1/20)を展示
・0系、300系、N700系の普通座席を展示し、車内チャイムや車窓を演出
・ビュフェや食堂車のメニュー、食品サンプルなどを紹介
(5)新幹線施設の変遷
・ATCの進化を運転台映像で紹介
・ドクターイエロー(T4編成)の車輌模型を展示し、架線方式の違いや道床交換の機械化などの歴史を紹介
(6)新幹線広告の変遷
 シンデレラ・エクスプレスなどのポスターやTVCMを紹介
(7)今後の展望
・今後も進化し続ける東海道新幹線の最新情報を公開
・L0編成の先頭車模型(1/20)やリニア中央新幹線計画を紹介

▲館内でのみ販売されている図録には東海道新幹線の半世紀が凝縮されている。頒価一冊1,200円以上の価値はおおいにあり、レイルファン必携と言える。'14.6.30 P:山田 司
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協力:リニア・鉄道館

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立山砂防 取材余話。

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▲七郎スイッチバック4段目を登る2tモーターカー「はやぶさ」。崖下は目もくらむ谷。左斜面には大崩落が見える。'14.6.17 鬼ヶ城-樺平
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RM本誌最新号では国土交通省北陸地方整備局立山砂防事務所のご協力を得て、ひさしぶりに立山砂防工事専用軌道を取材させていただきました。ひさしぶりというのは、かつて連載『模「景」を歩く』で同軌道を詳細に紹介させていただいたことがあるからですが、この取材が1996(平成8)年10月のことでしたから、本誌としては実に18年ぶりの正式取材となります。

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▲起点・千寿ケ原の朝は活気に満ちている。組成を終えた貨物列車が次々と現場を目指して発車してゆく。'14.6.17 千寿ケ原
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140723n003.jpg立山砂防工事専用軌道は、立山カルデラから崩れ落ち、わが国最大の河床勾配を持つ常願寺川を伝って富山平野を襲う土石流を未然に防ぐ砂防工事のために敷設された610㎜軌間の軌道で、富山地方鉄道立山駅横の千寿ケ原を起点に、終点の水谷まで延長17.7㎞を結んでいます。そしてその最大の特徴は樺平の連続18段を筆頭に、合計38カ所のスイッチバックを擁していることです。まさに国際的にも屈指のインダストリアル・ナローと言えます。しかし、極めて危険な地域を走る工事専用軌道だけに、当然のことながら乗車はもとより立ち入りも厳しく制限されており、これまでにも正式な取材協力のもとに車輌や施設の詳細まで紹介したのは、鉄道誌としては先述の『模「景」を歩く』(のちに単行本化)が唯一です。
▲最初のスイッチバックへと向かう混合列車。'14.6.17 千寿ケ原
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▲一昨年完成した新鬼ヶ城トンネル(214m)だが、昨年春に下流側坑口付近で大規模な岩盤崩落が発生、現在は旧トンネルを通過する暫定処置が行われている。崩落地点には生々しい土嚢の山が...。'14.6.17 桑谷-鬼ヶ城
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140723n005.jpg今回は連載「広田尚敬の視線」の取材がメインで、6月17日(火)に乗車取材を設定していただき、事務所との事前打ち合わせも兼ねて広田さんとともに前日に立山入りしました。とにかく梅雨の真っただ中とあって一番懸念されたのは天候です。極めて過酷な条件下を走る非営業鉄道だけに荒天時の運転見合わせは茶飯事で、撮影どころではなくなってしまう恐れさえあります。結果的に天気には恵まれ、これ以上ないほどの晴天となったのですが、逆に直前に一番のハイライト樺平18段スイッチバックの4段目で大きな倒木があり、残念ながら取材は千寿ヶ原~樺平間のみとなってしまいました。
▲桑谷連絡所で対向列車と交換。右は停車時間を利用して取材する広田さん。'14.6.17 桑谷
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▲鬼ヶ城スイッチバックは連絡所構内から1段目が始まる。1段目を上り始めた列車から続行列車(右)と、交換で千寿ケ原へと戻ってゆく人車列車(左)を見下ろす。'14.6.17 鬼ヶ城
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それでも砂防事務所の皆さんの献身的なご協力と、広田さんの見事な"視線"により立山砂防工事専用軌道の生き生きとした姿を誌面に再現することができました。まだご覧になられていない皆さんもぜひともお目通しいただければと思います。

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▲樺平の18段スイッチバックとともに知られるのがサブ谷のΩループ。なんと半径7mでサブ谷橋梁を渡る。手前の枕木に付けられた赤い札は半径10m以下の急曲線標識。'14.6.17 樺平-鬼ヶ城
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ちなみに私が初めて立山砂防軌道を訪れたのは今から39年前の1975(昭和50)年。それ以来たびたびこの軌道を訪れ、2000(平成12)年に建設省(当時)立山砂防工事事務所で開催された「国際トロッコサミット」では実行委員を仰せつかり、富山市内のコンベンション会場で行われたシンポジウムではこの軌道の国際的位置づけを論証するパネラーも務めさせていただきました。そんなご縁もあるだけに、今回の取材はさながらホームグラウンドに戻ってきたかのような気のするものとなりました。

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▲鬼ヶ城スイッチバックを登りきり次の七郎スイッチバックを目指す列車。右には七郎砂防堰堤が見える。'14.6.17 鬼ヶ城-樺平
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国際的な観光地でもある立山黒部アルペンルートと立山カルデラの内外の位置関係にある立山砂防工事専用軌道。その特殊性ゆえにほとんど知られてはいませんが、2014年の現代に、これほどの大規模な特殊軌道が人知れず日々その任務を遂行しているのは、ある意味で奇跡とも言えるのではないでしょうか。

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▲終点の水谷は標高1,116m。まだ雪渓が残っており、あたりは新緑に包まれていた。'14.6.17
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※明日より不在のため28日(月)まで休載させていただきます。

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▲"黄色い"9000系9005編成と並んだ「幸運の赤い電車(RED LUCKY TRAIN)」9000系9003編成。写真は西武球場前駅4番・5番ホームで開催された記念撮影会の様子。参加者には記念ポストカードがプレゼントされた。'14.7.19 西武球場前 P:RM(伊藤真悟)
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red_lucky_train006n.jpg西武鉄道では7月19日より「幸運の赤い電車(RED LUCKY TRAIN)」の運行を開始しました。これは、京浜急行電鉄で運行を開始している、幸せ(HAPPY)をイメージした黄色い塗装車輌の「しあわせの黄色い電車(KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN)」が西武鉄道の車輌に似ているという声が多く寄せられたことから、京急電鉄からともに多くの方に幸せを運ぶコラボーレションを実施したいとラブコールを受けて企画されたもので、車輌は9000系9003編成(10輌編成)が選ばれ、車体を赤く塗装し、前面や側面窓回り部の白帯、側扉部分はラッピングを施して、京急電車のシンボルカラーとなっている赤い車体に白いラインという縁起の良い紅白カラーを再現しています。
▲まるで京急を見ているような連結面。妻面部分に少し回り込んだ白帯は模型で再現する際には参考になるだろう。'14.7.19 西武球場前 P:RM(伊藤真悟)
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▲池袋駅7番ホームで開催された出発式。左より"けいきゅん"、京浜急行電鉄・田端品川駅長、西武鉄道・土屋池袋駅管区長、"レイルくん"。'14.7.19 池袋 P:RM(伊藤真悟)
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運転開始初日には池袋駅7番ホームで出発式が挙行され、西武鉄道からは土屋池袋駅管区長とキャラクターの"レイルくん"、京浜急行電鉄からは田端品川駅長とキャラクターの"けいきゅん"が参列、両駅長の挨拶の後にテープカットを行い、運行開始を祝いました。

red_lucky_train002n.jpg当日は池袋発西武球場前行きの臨時直通列車(途中客扱いなし)が運転され、西武球場前駅4番ホームに到着後に、5番ホームに停車している9000系9005編成との記念撮影会が開催され、西武球場前駅は多くの人たちでにぎわっていました。
▲「幸運の赤い電車(RED LUCKY TRAIN)」の車内は、京浜急行電鉄の広告やコラボ企画の広告で占められている。'14.7.19 池袋 P:RM(伊藤真悟)
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▲撮影会は多くの参加者で賑わい、一時は9000系9005編成の最後方(池袋方)まで列がつながった。 '14.7.19 西武球場前 P:RM(伊藤真悟)
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red_lucky_train005n.jpgこの「幸運の赤い電車(RED LUCKY TRAIN)」は池袋線(池袋~飯能間)、狭山線(西所沢~西武球場前間)で当分の間運行されることになっています(日によって運行区間は異なります)。
▲京急電車カラーが所沢駅に進入する。西武球場前までの各駅や沿線では、一般の方々の驚きや喜びの表情を見ることができた。'14.7.19 秋津~所沢(車内より) P:RM(伊藤真悟)
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なお西武鉄道と京浜急行電鉄ではコラボレーション企画の第一弾として、京急線・西武線両沿線でおススメの「HAPPY & LUCKY」なスポット(場所や施設名)と、それにまつわるエピソードを募集し、抽選のうえ10名に豪華賞品をプレゼントする「沿線 HAPPY & LUCKY スポット大募集」を8月31日まで行なっています(→詳しくはこちら(PDF形式))。

取材協力:西武鉄道株式会社

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▲2号機が牽くハ4995、ハブ3。まるで明治か大正期のような風景だが、1975年頃に行われた再現客車列車でのひとコマ。1975年頃 丹後山田 所蔵:加悦鉄道資料館 (RMライブラリー『加悦鉄道』上巻より)
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今月のRMライブラリーは『加悦鉄道 -丹後ちりめんを運んだ「絹の鉄道」-』の上巻をお届けします。加悦鉄道は国鉄宮津線丹後山田駅(現・北近畿タンゴ鉄道野田川駅)と加悦の間、5.7㎞を結んだ鉄道です。加悦鉄道が走った加悦谷地方は古くから高級絹織物「丹後ちりめん」の産地であり、加悦鉄道も地元のちりめん業者によって起こされた鉄道でした。開業は1926(大正15)年で、当初は丹後ちりめんの輸送を目的としていました。

140718nRML180_h1s.jpgしかし、開業から10年も経たない1934(昭和9)年、沿線の大江山でニッケル鉱が発見されたことが加悦鉄道の運命を一変させました。ニッケルは工業生産における重要資源ながら輸入に頼らざるを得ず、その国産化は急務とされていました。当然、加悦鉄道はその輸送の任を負うことになり、1939(昭和14)年には加悦鉄道の経営権が地元から大江山ニッケル鉱業に移ることになります。そして加悦~大江山鉱山間、丹後山田~岩滝製錬工場間の専用鉄道を建設し、鉱山から製錬所までの一貫輸送体制を整え、車輌も無蓋車を大量増備するとともに、それらを牽く機関車も相次いで入線。戦時中はこの小さな鉄道に9輌もの蒸気機関車が稼働しました。しかし、終戦とともにニッケル鉱輸送は終了しました。

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▲開業時には当初、蒸気動車の導入も計画されたが、実際に導入されたのは簸上鉄道からの2号(1873年R.スチブンソン製)と伊勢鉄道からの3号(1912年コッペル製)。1号は開業翌年に相模鉄道より入線している。 (RMライブラリー『加悦鉄道』上巻より)
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戦後の加悦鉄道は再び加悦~丹後山田間での客貨の輸送が中心になりますが、1952(昭和27)年には日本冶金工業大江山製造所(旧・岩滝製錬工場)が輸入ニッケル鉱により稼働を再開、専用鉄道での丹後山田駅までの製品輸送が加悦鉄道の役目となりました。

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▲加悦鉄道の役割を一変させたニッケル鉱輸送。1940(昭和15)年には加悦~大江山鉱山間の専用鉄道が開通した。左は鉱石輸送のため空制化された4号。 (RMライブラリー『加悦鉄道』上巻より)
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一方、加悦駅においてはR.スチブンソン製の2号機をはじめとする貴重な車輌群が休車・廃車となって眠っていましたが、これらを活用する形で1977(昭和52)年に「加悦SLの広場」を開設し、ファンの注目を集めました。しかし、国鉄の貨物営業縮小の影響により1984(昭和59)年には大きな収入源であった日本冶金工業の製品輸送が自動車化され、その翌年、加悦鉄道は惜しまれつつ廃止されました。

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▲1953(昭和28)年には初のディーゼル機関車DB201を導入。しかし、完全無煙化とはならず、蒸気機関車の活躍は1967(昭和42)年10月まで続いた。 (RMライブラリー『加悦鉄道』上巻より)
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本書はRM本誌の「加悦谷だより」でもおなじみの「加悦鐵道保存会」の皆さんがまとめられたものです。上巻では創業前から廃止までの歴史を、加悦鉄道資料館(旧・加悦駅)に収蔵されている膨大な一次資料をもとに解説されており、地方私鉄の歴史をまとめたものとしてお手本のような仕上がりとなっております。ぜひお手に取ってご覧ください。

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▲下田コーイチさんの作品から「大阪環状線・新今宮-今宮」。鉄道を取り巻く街中の光景が不思議な立体として浮かび上がる。'14.7.17
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本誌前号(№371)で誌上プレビューをご紹介した写真展「レールバラエティーⅢ」が今日から始まりました。プロとアマチュアカメラマンで構成された写真グループが展開する同名の写真展も今回で3回目。前回が2011(平成23)年9月でしたから、ほぼ3年ぶりの開催となります。

140717n002.jpg今回の出展メンバーは代表の下田コーイチさんをはじめ、岩松喜一さん、多田 誠さん、本村忠之さんの4名。自由な写真表現でメンバー各々の個性を活かした作品を展開することを大前提として企画された写真展だけに、テーマや被写体はもちろん、アプローチの方法も実にさまざまで、まさにその名の通り"バラエティー"豊かな写真展となっています。
▲ポートレートギャラリーはブース状に仕切られた展示スペースが個の空間を演出してグループ展には御誂え向き。'14.7.17
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実はそのなかでも誌上プレビューの際に頭を悩ませたのが下田さんの一連の作品でした。なんと展示の際は「立体」なのだそうですが、飛び出す絵本でもない限り平面の紙媒体では再現しようもなく、やむなく誌上では注記で回避せざるを得ませんでした。今回会場で立体となった作品を拝見し、あらためて得心がいった次第です。

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▲代表を務める下田コーイチさんは「都会の隙間(ナニワ編)」と題して立体の組写真を提示。この作品は「天満駅付近」。'14.7.17
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▲岩松喜一さんは「鉄道ファンの長い一日」と題して都電荒川線の花電車、京王5000系のさよなら撮影会、そして東急デヤ7200形のさよなら運転に集う人々を追っている。'14.7.17
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▲本村忠之さんはメルボルン近郊の保存鉄道をテーマにした「休日の保存鉄道」、そして江差線の廃止直前をテーマにした「One scene of the movie」を出展。'14.7.17
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▲多田 誠さんは富山地鉄や東急世田谷線などを「素敵な日々」と題した心象風景にまとめられた。'14.7.17
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岩松さんの作品は通常は画面に入れないのを是とするレイルファンの姿を追ったもの。花電車やさよなら運転などリテイクのきかない現場での臨場感溢れる画面には、まさに悲喜こもごもの仲間の姿が活写されています。しかし、これも誌上プレビューではなかなか紹介しづらい絵柄で、いきおい誌面では後ろ姿ばかりのセレクトとなってしまっています。岩松さんが意図された趣旨は、ぜひ会場の展示でご覧いただきたいと思います。

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▲グループの統一テーマ展示コーナーも設けられている。今回のテーマは「いま注目の鉄道 モノレール」。東京モノレールを多田さん、多摩モノレールを岩松さん、ドイツのヴッパータール空中鉄道を本村さん、千葉モノレールを下田さんが撮り込んでいる。'14.7.17
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参加メンバーによる共通テーマも設けられており、こちらもそれぞれの個性が滲み出たものとなっています。今回の展示作品は73点。ほとんどがデジタルによるものだそうですが、下田さんのモノレールと岩松さんの作品の一部は銀塩フィルムによるもので、しかもなかには仕上がったフィルムをさらにスキャニングしてデジタルに落とすというテクニックも使われているようです。その辺の拘りもぜひ直接会場でお聞きになられてはいかがでしょうか。

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▲初日の午前中にも関わらず多くのギャラリーが来場されていた。代表の下田さん(左)と談笑するのは大ベテランの吉木康雄さん。'14.7.17
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会場は東京・四ツ谷のポートレートギャラリーで、会期は来週7月23日(水)まで(最終日は14時閉場)。プロの写真家はともかく、インターネットの普及とともに、残念ながら最近では写真展を開こうというアマチュアの機運がそれほど高くないように感じられます。ブログなりフェイスブックなりのソーシャルメディアで"公開"することで完結してしまいがちななかで、リアルステージで勝負に出る姿に清々しい思いを抱いて会場をあとにしました。

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▲1995(平成7)年の「C62ニセコ号」運転終了で途絶えていた函館本線山線の煙を再現してくれた「SLニセコ号」もついにその火を落とすことになる。'07.10.7 然別-銀山 P:辻 晴穂 (「お立ち台通信」より)

JR北海道の動態保存蒸機C11 171号機とC11 207号機が大きな岐路に立たされています。JR北海道が函館本線で運転している「SL函館大沼号」(函館~森間)、「SLニセコ号」(札幌~蘭越間)、「SLはこだてクリスマスファンタジー号」(函館~大沼公園間)の3列車の今年度限りでの運転休止を表明したのです。

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▲大沼湖畔を行く「SL函館大沼号」。地元自治体は大沼駅構内に転車台を設置しようとまでしていたのだが...。'07.7.15 七飯-大沼 P:吉田啓紀 (「お立ち台通信」より)

国土交通省が求める線路条件に応じた速度制限用ATSの搭載が困難なためとされ、2000(平成12)年の「SL函館大沼号」運転開始以来続いてきた函館本線の蒸気機関車運転が途絶えてしまうことになります。もちろん背景には道南各線で続いている事故対策を最優先する必要があることは推察できます。

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▲なんとか運転が継続される釧網本線の「SL冬の湿原号」。ただ、再びC11重連の姿を目にすることはできない。'08.12.8 遠矢-釧路湿原 P:藤谷義明 (「お立ち台通信」より)

こうなると気になるのは釧網本線の冬の風物詩ともなっている「SL冬の湿原号」ですが、こちらは存続されるようです。ただし、C11 207号機については全般検査(今秋)を更新せず火を落としてしまうこととなり、JR北海道の動態保存蒸機はC11 171号機だけとなってしまいます。

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▲営業運転を開始した8000系「フジサン特急」。'14.7.14 赤坂―都留市 P:牛田年春 (RM ニュースより)
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昨年の譲渡発表以来注目を集めていた元小田急電鉄20000形である富士急行の新しい「フジサン特急」用電車8000系が完成しました。「フジサン特急」は2002(平成14)年から元JR東日本165系"パノラマエクスプレスアルプス"である2000系3連2本で運転されてきましたが、今回の8000系はそのうち1本に代わるものとして導入されたものです。

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▲富士山方から見た二代目「フジサン特急」の8000系。パンタグラフは下枠交差式からシングルアーム式に変更。車体には「フジサン特急キャラクター選挙」で選出された44山と一般公募による14山、合計58山のフジサンキャラクターがラッピングされている。'14.7.8 富士山 P:RM(髙橋一嘉)
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140715n002.jpg今回譲渡されたのは7連2本であった小田急20000形のうち20002編成。編成は2M1Tの3輌編成(富士山方よりクモロ8001-サロ8101-クモロ8051)となり、小田急時代の7輌編成からダブルデッカー車を含む2~5号車を除いた格好です。短編成化されたものの、もともと20000形は先頭車が電動車であり、なおかつM車それぞれに主制御器を持つ1M方式だったこともあって、走行機器類に大幅な変更・移設などはなく、富士急行線の走行条件に合わせて抵抗器の容量が増大されている程度です。なお、中間車は小田急時代には6号車に連結されていたサハ20052からの改造です。
▲定員制の展望車輌となる富士山方先頭1号車(クモロ8001)の車内。3列シートが6列、4列シートが2列、その後ろにセミコンパートメント席が設けられている。1人掛の腰掛はダブルデッカー車の1階に設置されていたものが移設されている。'14.7.8 富士山 P:RM(髙橋一嘉)
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▲1号車の運転室背後に設けられたソファ席。最前列にはキッズ運転台も。'14.7.8 富士山 P:RM(髙橋一嘉)
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▲バリアフリー化された2号車の車いすスペースとその周辺(左)。デッキとともに平床構造となり、ハイデッカー構造の一般席との間に階段が設けられている。3号車の車内(右)。平床部以外の自由席車は小田急時代の4列シートのままだが、各部に配されたフジサンキャラクターが乗客の目を楽しませる。'14.7.8 富士山 P:RM(髙橋一嘉)'14.7.8 富士山 P:RM(髙橋一嘉)
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3輌のうち、富士山方の1号車は定員制の展望車輌となり、ソファ席、3列シート、4列シート、そしてセミコンパートメントと、様々な座席から眺望が楽しめるように配慮がなされています。また、小田急時代はダブルデッカー車以外、すべてハイデッカー構造でしたが、2号車大月・河口湖寄りの車端部はバリアフリー対応のため平床構造に改造、全面的にレイアウトが変更され、車いすスペースや車いす対応便所などが設けられています。なお、2・3号車の一般席はほぼ小田急時代と同様の内装ですが、枕カバーや席番標記から消火器の表示まで、各部には様々なフジサンキャラクターが配されており、乗客の目を楽しませます。

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▲バリアフリー化に伴い全面的にレイアウトが変更された2号車大月・河口湖方の車端部(左/富士山駅停車時の北側から見る)。平床化により従来床下に設置されていた空調装置4基のうち2基が撤去され、代わりに屋根上にダブルデッカー車に設置されていた空調装置1基が移設されている。右は2号車大月・河口湖方の車端部(富士山駅停車時の南側から見る)。車いすスペース部の窓が拡大されている。'14.7.8 富士山 P:RM(髙橋一嘉)
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この8000系は先週土曜日(7月12日)の「フジサン特急11号」から営業運転に入っており、現在は平日2往復・土休日4往復(ただし7月27日以降の土休日は3往復)に充当されています。この夏は新旧「フジサン特急」に加え「成田エクスプレス」の直通運転も開始されるなど、ますます変化に富んだ車輌が楽しめる富士急行に出かけてみてはいかがでしょうか。

取材協力:富士急行株式会社

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▲デビューを前に開催された先行乗車&撮影会ツアーで2000系「フジサン特急」と並んだ8000系「フジサン特急」。'14.7.9 河口湖 P:五十嵐鉱一 (RM ニュースより)

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▲「Jim FitzGeraldさん記念運転会」は先週の土日二日間にわたって新装オープンして間もないホビーセンターカトー特設広場で開催された。'14.7.12
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先週末、ホビーセンターカトー東京店2階の特設広場で、ジム・フィッツジェラルドさん記念と銘打たれたモジュールレイアウトの公開運転会が行われ、私も見学させていただきました。

140714n007.jpgジム・フィッツジェラルド(Jim FitzGerald)さんはアメリカを代表するモジュールレイアウトクラブ"NTRAK"の創始者で、1973(昭和48)年にNTRAKを立ち上げて以来、長年にわたってその代表をお務めになられてNゲージの発展に寄与されました。わが国にとっては、2000(平成12)年に開催された第1回国際鉄道模型コンベンション(JAM)の際にご自身のモジュールを持参して来日され、記念講演をされるなど、リー(Lee)夫人とともに日米の交流の大きな橋渡しをしてくださいました。
▲ジム・フィッツジェラルドさんは30年以上にわたってNTRAKのニュースレターを世界各国に発信し続けてこられた。
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▲NTRAKは1975(昭和50)年にTMS誌でわが国に紹介され、のちに日本向けのJANTRAKとして基本的規格が提唱されて以来、今日まで発展を遂げてきた。'14.7.12
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私はこの第1回JAMの際に初めてお会いしたのですが、たいへん包容力のある魅力的なお人柄が第一印象として今でも残っています。ジムさんは翌年のJAMにも来日され、当時RM MODELSが提唱して胎動し始めたばかりの路面モジュールにも得難いサジェスチョンを与えて下さりました。そしてご夫妻がその"路モジ"を米国流にモディファイした"T-TRAK"まで展開されたのは大きな驚きでした。

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▲30年を超える歳月の中で、DCCの登場をはじめモジュールレイアウトも劇的な変化を遂げた。左はサウンドシステムを組み込んだフルディテールのC56。'14.7.12
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聞くところでは、ジムさんはご自身大きな農園を経営される一方、50代まではあのNASAにお勤めで、"モジュール"という言葉自体、アポロ計画の中で使用されてきた概念に由来しているそうです。同一規格のモジュールを接続することによって、国を超えてNゲージの運転を楽しむ...その壮大な理想は、今ではわが国でもすっかり定着しています。

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▲ホビーセンターカトー2階の特設広場では、落ち着いた雰囲気の中でモジュールレイアウトの運転を鑑賞することができた。'14.7.12
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そのジムさんがお亡くなりになったのは昨年10月26日。享年90歳でした。今回の運転会はJMLCをはじめとした有志の皆さんが、今は亡きジム・フィッツジェラルドさんを偲ぶべく開催されたもので、土日の会期中にはJAM初代会長の水沼信之さんはじめ多くの方々が来場されました。一万キロ近く離れたこの国の一角で、多くのモデラーがモジュールレイアウトを前に思い出を語り合って時を過ごしているのを、ジムさんも空の上から笑顔で見守ってくれていたに違いありません。

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▲現在の有馬温泉駅。開業当時は乗降のホームが分かれていたが、現在は2番ホーム側は撤去、1番ホーム側も使用されていない。なお、現在は有馬口から有馬温泉の折り返し列車のみであるが、間もなく有馬口駅の構内ポイントが整備されて新開地からの直通列車が運行されるとのこと。'14.1.4 P:宮武浩二
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二つ目の交通機関は、1928(昭和3)年11月28日に神戸市内湊川駅から有馬温泉まで開業した神戸有馬電気鉄道(アーカイブ「神戸有馬電気鉄道の遺構」参照→こちら)でした。こちらは最初から電気鉄道で当時としては最新の山岳鉄道の設備を誇り、起点の湊川駅と有馬温泉駅も立派な鉄筋コンクリート造りの駅が建設されました。

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▲神戸有馬電気鉄道が有馬温泉まで開通した1928(昭和3)年11月に開業した有馬温泉駅。アールヌーボー調の建物で、1階は駅舎、2階は電鉄直営のレストランになっていた。駅舎は1988(昭和63)年に取り壊されて有馬クリスタルビルに生まれ変わっている。右手のビルのうち駅に近い方は現存している。絵葉書所蔵:宮武浩二
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▲1989(平成元)年に完成した有馬クリスタルビル。1階は神戸電鉄有馬温泉駅。2階には茶室「有大庵」が作られた。右側のビルのうち駅に近いほうのビルは開業当時の絵葉書にも見えるように当時のままである。'14.1.4 P:宮武浩二
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駅舎はのちに改築されて近代的な駅ビルになりました。現在と当時の絵葉書を比較していただくとよく変化がわかると思います。現在は有馬温泉駅と有馬口間の折り返し運転となって神戸新開地からの直通電車はありませんが、近日中に直通電車の運転を再開する旨が発表されています。

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▲神戸有馬電気鉄道有馬温泉駅を俯瞰する絵葉書。当時のホームの形状がよくわかる。上手の建物群が有馬温泉旅館。湯治にきたお客は電車を降りた後、それぞれお気に入りの旅館に宿泊した。有馬鉄道の駅は駅前の有馬川を左手に約1キロほど下った場所にあった。絵葉書所蔵:宮武浩二
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三つ目の交通機関は六甲有馬ロープウェーです。開業は1970(昭和45)年7月27日に開業した旅客索道で、有馬温泉駅から少し山手に15分ほど歩いた場所に有馬温泉駅があります。駅前の駐車場には摩耶ロープウェーで活躍していた搬器が駐車場の事務所に転用されており、これは必見です。ここから六甲山頂駅までロープウェーに乗車して、六甲山上バスで六甲ケーブルまで接続しています。なお、以前は六甲山頂駅から六甲ケーブルまで表六甲ロープウェーが営業していましたが、現在は休止中です。

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▲有馬温泉駅2番ホーム。かっては左側にもホームがあったが、現在は駐車場として整備されている。'14.1.4 P:宮武浩二
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結局、有馬温泉をめぐる三つの鉄道のうち、有馬鉄道だけが歴史の彼方に消え去り、二つの鉄道が今も有馬温泉を結んでいます。宮武さん、ありがとうございました。

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▲下に掲げた絵葉書と同じ方向で撮影した有馬鉄道有馬駅跡。駅舎跡はクリニックとなっている。背後の高架道路は最近開通した有馬温泉へのバイパス道路。'13.12.30 P:宮武浩二
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▲絵葉書に見る摂津有馬停車場。駅正面には旅館の送迎用と思われる自動車が見える。絵葉書所蔵:宮武浩二
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先般、神戸有馬電気鉄道の遺構について報告(アーカイブ「神戸有馬電気鉄道の遺構」参照→こちら)をいただいた宮武浩二さんから、今度は「有馬鉄道」を含めた有馬温泉を目指した三つの鉄道のレポートを頂戴しました。2回に分けてご紹介いたしましょう。

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▲有馬川に架けられた乙倉橋は開業以来有馬駅の正面を見守ってきた。写真は有馬駅跡から見た現在の乙倉橋。'13.12.30 P:宮武浩二
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140710n003.jpg日本三古湯のひとつで日本最古泉と言われているのが有馬温泉です。その歴史は古く、日本書紀や古事記にも記されている温泉で、現在でも関西の奥座敷として多くの湯治客で賑わっています。そのアクセスのために、大正時代になって最初の交通機関となる三田から有馬温泉まで鉄道を敷設したのが有馬鉄道でした。
▲乙倉橋に設置されている有馬駅の切り絵風モニュメント。これは絵葉書から製作されたもので、三田駅から有馬駅に到着した列車を描いている。P:宮武浩二
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▲上の切り絵風モニュメントと同じ方向からの撮影。手前が駅舎跡でクリニックの建物が見える。その先が乙倉橋と有馬川。有馬温泉から名塩駅方面を走る阪急バスが見える。'13.12.30 P:宮武浩二
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開業は1915(大正4)年4月16日。鉄道の営業については車輌も含めて鉄道院が運営しており、国有鉄道に準じる扱いだったと言えます。結局1919(大正8)年に正式に国有化されて有馬線(有馬軽便線)となり、1943(昭和18)年に不要不急路線として休止されるまでの間、鉄道省の路線として存在していたのです。

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▲有馬駅のひとつ手前、有馬口駅跡。有馬に向かって左側が駅舎跡、右側が貨物駅跡と言われている。道路が線路跡で生活道路として使用されている。'14.1.4 P:宮武浩二
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140710n008.jpg休止といってもレールなどはすぐに撤去されてしまい、篠山線に転用されたと伝えられます。このようにすでに「休止」から70年あまり。路線の痕跡もほとんど失われてしまっていますが、その中で有馬駅の跡地がかろうじて当時の姿を残していることから今回訪ねてみました。
▲線路あとの築堤は遊歩道として利用されている。山口町上山口付近。'14.1.4 P:宮武浩二
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▲乙倉橋に設置されている駅と有馬鉄道の由来を示した看板。P:宮武浩二
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有馬駅跡地はクリニックになっているものの、駅前広場などは当時の姿を留めています。なおかつ、駅前に架かる橋には有馬鉄道の由来を示す説明板や写真なども設置されており、昔の鉄道駅跡を地元の方々が大切にされているのが印象的でした。なおひと足遅く、最近になって有馬駅近くに有馬山口線バイパス道路が建設されたため、旧線路跡や遺構は失われてしまい、見ることはできませんでした。

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▲来秋から営業運転を開始する予定の「七尾線観光列車」。北陸の伝統工芸である輪島塗りや加賀友禅をイメージしたエクステリアデザインは「和と美」を表現している。提供:JR西日本
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来春の北陸新幹線金沢開業後の2015(平成17)年10月から開催される「北陸デスティネーションキャンペーン」に合わせて、JR西日本が七尾線に新しい観光列車を投入します。
北陸の魅力を伝えるキーワードは「和」と「美」と位置付け、車輌の魅力はもちろん、伝統工芸品の車内展示、北陸ならでは食の提供・車内添乗サービス、駅から先のアクセスなど、ハード・ソフト両面で北陸の魅力を発信する列車となります。

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▲1号車の車内イメージ。車端部にはイベントスペースや大型モニターも設置される。出入口・トイレはバリアフリー対応。提供:JR西日本
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車輌はキハ48形2輌を種車に改造。デザインは近畿日本鉄道「しまかぜ」のデザインも担当された山内陸平さんと井上昭二さん、さらにクリエイティブディレクターの山本俊治さんによるもので、北陸の伝統工芸である輪島塗りや加賀友禅をイメージした車体には金色の模様もちりばめられます。

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▲2号車の車内イメージ。さながら旅館の和室のような個室が特長。提供:JR西日本
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車内も同様に、座席は赤と黒を基調とし、車内の装飾には金沢金箔や輪島塗りなどが活用される予定です。1号車にはイベントスペースや大型モニターを設け、車内でパフォーマンスも可能、2号車には北陸の温泉文化を表現した車内に2~4人用の個室を24席分用意。車端部にはスペースを広く設け、車内販売や伝統工芸品の車内展示が行われます。

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▲1号車(上)と2号車(下)の車内レイアウト。ともに座席配置が巧みに変化しているのがわかる。(JR西日本プレスリリースより)
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運転開始は2015(平成27)年10月。土休日、多客期を中心(年間150日)に、金沢~和倉温泉駅間の特急列車として一日2往復運転される予定で、途中停車駅は羽咋・七尾の2駅と発表されています。

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変貌する富山駅。

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▲建設が進む北陸新幹線富山駅をバックに駅前を行く"サントラム"T101編成。この付近がデルタ線化され、画面左方向に新設される軌道が新駅を貫通して駅北側の富山ライトレールと結ばれることになる。'14.6.16
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先日、取材行程の関係で富山に宿泊することとなり、ひさしぶりに富山駅を訪れ、その変貌ぶりに驚かされました。来春の北陸新幹線金沢開業を目前に控えて富山駅とその周辺はどこもかしこも工事、また工事で、JR在来線ホームから南口改札口へ移動するのでさえ仮設通路を延々と歩くような状態です。

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▲宿泊した駅前の富山地鉄ホテルから南口駅前広場を見下ろす。リング状の屋根に囲まれたスペースはバス・タクシーなど公共交通専用の乗降場となり、一般車はすべて西口の高架下へと誘導されるようになるという。'14.6.17
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140707n205.jpgこれは北陸新幹線のみならず、同時にJR在来線(北陸本線→新幹線開業後は あいの風とやま鉄道、高山本線)と富山地方鉄道本線の高架化を進めているためで、現在JR在来線はかつて貨物側線があった北側の跡地に仮設ホームを設けて移転しています。JR在来線の高架化事業区間はいたち川橋梁下り方から神通川橋梁手前までの約1.8㎞。一方、富山地方鉄道本線は同じくいたち川橋梁下り方から現在の電鉄富山駅付近までの1.0㎞で、在来線および地鉄線の高架ホーム(幅約32m、ホーム2面4線1切欠)が完成した時点で全線が高架化され、駅高架下には南側の富山地鉄市内軌道線と北側の富山ライトレール富山港線の連絡線が設けられる予定です。
▲在来線ホームは高架建設にともなって一時的に北側へ移設されている。ただ、この仮ホームでも「立山そば」のベンダーは健在。左に停車中はTc412-5を先頭にした金沢総合車両所413系B05編成。'14.6.16
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▲急ピッチで工事が進む南口広場。JRから富山私鉄電鉄富山駅への乗り換えはこの工事個所を大迂回せねばならなくなっている。'14.6.16
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140707n206.jpg富山市はこの富山駅付近連続立体交差事業とともに「富山駅周辺地区土地区画整理事業」と「関連街路整備事業」を行っており、前者では富山駅を中心とする約10.4ヘクタールの広大な区域で「高架下をいかした交通広場」と「南北鉄道軸の連結」などを基本として整備が進められています。一般車の乗り入れを規制した南口・北口広場にはバスやタクシーなどの公共交通機関限定の乗降スペースが設けられ、高架下を結ぶゆったりとした南北自由通路も設けられるそうです。
▲富山地鉄車内から見た北陸新幹線高架橋。画面前方のカーブを曲がったあたりから電鉄富山駅にかけて地鉄本線も高架となる。'14.6.17
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▲富山駅前には変わらぬ光景も。建築中の新駅舎をバックに走るのは今年1月から走り始めた「レトロ電車」7022。'14.6.16
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北陸新幹線開業ですっかり生まれ変わろうとしている富山駅。次に訪れる時にはきっと見違えるように整備され、南北を結ぶトラムの姿も見られるに違いありません。

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▲「伊予灘ものがたり」の八幡浜寄り1号車の海側側面と正面は茜色。キロ47 1401。'14.7.1 P:髙間恒雄
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JR四国にレトロモダンの観光列車「伊予灘ものがたり」が誕生しました。「愛ある伊予灘線」としてアピールしている予讃線・伊予市~伊予大洲駅間(海回り)の活性化の目玉となるもので先週、多度津工場で報道公開が行われました。

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▲松山寄り2号車キロ47 1402。海側側面の前半と正面は黄金色。後半は茜色。なお左右側面でデザインが異なる。'14.7.1 P:髙間恒雄
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この「伊予灘ものがたり」は、伊予灘の穏やかな海を車窓から眺めながら、食事を楽しむことができるのが特徴で、編成はキハ47形を改造した2輌編成。車内はクラシックな褐色の木肌に、洋風のソファー、和風建築の障子をイメージした窓のデザインを組み合わすなど、和と洋を調和させた懐古調のデザインなっています。海側の車内は海向きにテーブルと展望シートを設置しているのも特筆されます。

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▲八幡浜寄り1号車(茜色)は「茜の章」と銘打ち、和座椅子の畳席を設けるなど、より「和」のテイストが感じられるインテリア。25席で海向き展望シート7席、2名用対面シート10席(うち畳席4席)、4名用BOXシート8席(すべて畳席)、車椅子対応トイレを設備。窓は和風建築の障子をイメージしている。'14.7.1 P:髙間恒雄
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▲松山寄り2号車(黄金色)は「黄金(こがね)の章」として、バースタイルのダイニングカウンターをもつモダンスタイルのインテリア。25席で海向き展望シート7席、2名用対面シート10席、4名用BOXシート8席。伊予灘の絶景を望む海向き展望シートには、愛媛県産の檜を使用したテーブルを設置している。'14.7.1 P:髙間恒雄
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140706n008.jpgなお、「伊予灘ものがたり」はグリーン車指定席で食事予約券の購入で、地元食材を使用した食事が提供されます。午前の初便「大洲編(松山→伊予大洲)」 2便「双海編(伊予大洲→松山)」、午後の3便「八幡浜編(松山→八幡浜)」ではそれぞれ予約制で違った沿線レストランなどと提携した食事を提供、4便「道後編(八幡浜→松山)」のみ予約制でない軽食を提供し、各列車ではそれぞれの愛称にちなんだ観光案内や演出が行われる予定です。
▲大洲編・双海編・八幡浜編では予約すれば地元食材を使用した食事を楽しむことができる。'14.7.1 P:髙間恒雄
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▲2号車(黄金色)にはバースタイルのダイニングカウンターがある。'14.7.1 P:髙間恒雄
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▲1号車の車端部。洗面所には砥部焼の洗面鉢を設置。'14.7.1 P:髙間恒雄
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営業運転は7月26日(土)から。土休日を中心に運転され、貸し切り運転も実施可能となっています。なお、営業運転に先立ち、下記日程で車輌展示会が開催されます(各駅で配布する入場整理券が必要)。
松山駅:7月13日(日) 9:30~10:20(3番のりば)
高知駅:7月19日(土) 12:00~13:00(4番のりば)
高松駅:7月20日(日) 13:00~14:00(9番のりば)
徳島駅:7月21日(月・祝) 10:30~11:30(1番のりば)

この「伊予灘ものがたり」については今月19日発売の本誌372号で諸元等を含めてさらに詳しくご紹介する予定です。

取材協力:四国旅客鉄道株式会社

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▲よみがえれボールドウィン実行委員会の皆さんの献身的な努力で見事に修復されたボールドウィン3号機とホイットカム。'09.10.4 P:木村一博
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昨年は10月に開催された「根利森林鉄道まつり」が、今年は夏休みの7月27日(日曜日)に開催されます。会場は群馬県沼田市利根町の林野庁森林技術総合研修所林業機械化センターで、主催はよみがえれボールドウィン実行委員会。修理中のB型客車も展示され、賑やかなものとなりそうです。

140704n002.jpgB型客車はこれまで修復に取り組んできたボールドウィンやホイットカムに比べても木造なだけにたいへんな苦労があるそうで、2011(平成23)年から本格的な修復を開始し、現在ようやく側板外板が貼られた状態にまで進捗しているそうです。今回のイベント終了後はいよいよ内部の修復に入る予定とのことで、B型客車特有の木造トラス構造の台枠(→こちら)を目にすることができるのも最後のチャンスとなります。
▲林業機械化センター展示棟室内では、根利森林鉄道の遺構調査報告をはじめ数々の展示が予定されている。'13.10.20 P:木村一博
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▲外板を貼る作業中のB型客車。もとは王滝営林署のB15号。'14.6.15 P:木村一博
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▲独特の木造トラス構造の台枠。トラス構造部はオリジナルを移植したが、他の部分はオリジナルと同じ木質での修復はかなわず、ほぼ新製状態となっているという。'14.6.15 P:木村一博
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今回展示が予定されているのは修復中のB型客車のほかに、ボールドウィン3号機、協三工業 10tディーゼル機関車、ホイットカム ガソリン機関車、それに運材台車で、ボールドウィン3号機には普段は取り付けられていないプレート類が取り付けられるほか、汽笛吹奏も行われるそうです。また、ホイットカム ガソリン機関車は運材台車を牽引して走行シーンを披露してくれる予定で、室内の各種展示とともにたっぷりと楽しめる一日になりそうです。

2014 第7回根利森林鉄道まつり
■開催日:平成26年7月27 日(日)
■開催時間:10:30~15:30(10:00受付開始)
■会場:林野庁森林技術総合研修所林業機械化センター展示棟
群馬県沼田市利根町根利1445番地
■アクセス:関越道沼田ICより国道120号、県道62号で約30分(当日JR沼田駅より送迎バスを検討中)
■「まつり」の内容
・森林鉄道・軌道車輌群の展示、デモ走行、撮影会
・ポスターセッション:根利森林鉄道(利根林道)遺構調査報告

※ご注意:飲食物の用意はありません。各自ご用意頂き来場願います。

■問合せ先
よみがえれボールドウィン実行委員会事務局
しみず(048-831-8151 不在の際には、問い合わせ内容と連絡先をメッセージに残してください。)

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▲11号車側から撮影した"とれいゆ"の編成外観。山形の主峰「月山」をモチーフにおおらかな円弧で表現したエクステリアデザインで、月山グリーンを中心に最上川のブルーを先頭に配し、沿線の美しい山々を表した円弧のライン、全体を蔵王の清々しい白色で包み込んだカラーリング。KEN OKUYAMA DESIGN代表の奥山清行さんがデザインを担当。'14.6.30 山形車両センター P:RM(小野雄一郎)
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JR東日本では、E3系新幹線電車を改造した新幹線初のリゾート列車"とれいゆ"をこの度報道陣に公開しました。

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▲16号車の足湯設備を15号車側から撮影。奥にも足湯設備とソファが設置されている。なお、足湯のお湯は車輌基地で積み込まれたお湯を循環して使用するもので、温泉ではないことに注意。'14.6.30 山形車両センター P:RM(小野雄一郎)
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愛称名の"とれいゆ"は、「トレイン(列車)」とフランス語の太陽を意味する「ソレイユ」とを合わせた造語で、E3系R18編成を改造した11号車から16号車までの6輌編成。改造は12~16号車は川崎重工業兵庫工場で、11号車は新幹線総合車両センターで施工され、塗装はともに新幹線総合車両センターで実施されました。

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▲15号車の「湯上りラウンジ(モノや人との出会いの間)」を14号車側から撮影。畳のお座敷で湯上りのひとときを過ごすことができるほか、奥のバーカウンターでは山形県産の地酒やワイン、ジュースなどを販売する。'14.6.30 山形車両センター P:RM(小野雄一郎)
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140702n004.jpg同編成の最大の見どころは「足湯(くつろぎの間)」と名付けられた16号車で、足湯の設備が2ヶ所設けられています。また、15号車は「湯上りラウンジ(モノや人との出会いの間)」となっており、湯上りの休憩設備やバーカウンターが設けられているほか、12号車から14号車は「お座敷指定席(語らいの間)」として畳座席が配置され、11号車は普通指定席となっています。
▲タオルや巾着袋などの"とれいゆ"オリジナルグッズ。'14.6.30 山形車両センター P:RM(小野雄一郎)
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▲12号車から14号車までは4人掛けのボックスシートと2人掛けのボックスシートが配置されており、畳座席となっている。ちなみに机の座席側手前四分の一ずつは上側に折りたたむことが可能である。'14.6.30 山形車両センター P:RM(小野雄一郎)
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"とれいゆ"は「とれいゆつばさ1号・2号」として、7月19日から土休日に福島~新庄間で運転されます(ただし運転されない日もあり)。全車指定席となっており、運賃および指定席特急料金が乗車の際には必要です。なお、「足湯」の利用に際しては、びゅう旅行商品の利用客に限り、足湯利用券をあらかじめ購入できるシステムとなっていますので、注意が必要です。
本誌次号では、別角度の写真から"とれいゆ"の車内紹介を行う予定です。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社

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▲E235系の外観イメージ。前面の大きな窓や表示装置で、人と人、人と社会を繋ぐ情報の窓を表現している。前面・側面の行先表示装置はフルカラー化される。提供:JR東日本
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本日、JR東日本から次世代の新型通勤電車E235系の量産先行車新造についての発表がありました。山手線用としてまずは11輌編成(うち1輌は改造)が来年(2015年)3月以降に落成、走行試験を経て来年(2015年)秋ごろから営業運転入りする計画です。

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▲E235系とE231系500番代の優先席・フリースペース配置イメージ。中間車の優先席を増設、あわせて優先席の視認性向上が図られる。(JR東日本プレスリリースより)
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▲広告媒体をデジタルサイネージ化(液晶画面化)した客室内イメージ。一人当たり1cmの腰掛幅の拡大(45cm→46cm)を図り、居住空間を広く感じられるオープンなデザインとされる。提供:JR東日本
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JR東日本はこの新型通勤電車E235系のキーワードを「お客さま、社会とコミュニケーションする車両」し、車内広告のデジタルサイネージ化など、まさに新時代の通勤電車を目指しています。

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▲優先席・フリースペースイメージ。なお、ベビーカーマークはE235系以外の車いすスペースにも順次掲出される予定という。提供:JR東日本
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E235系の量産先行車の特長については以下のように発表されています。
(1)お客さまサービスの向上
・優先席を増設するとともに、車いすやベビーカーをご利用のお客さまに、より安心してご利用いただくための「フリースペース」を各車輌に整備します。
・車内情報提供装置の増設や、トレインネット環境を整備します。
(2)環境性能の向上
・主制御器に次世代半導体素子(SiC)を採用して車輌の消費電力をさらに抑制します。
・オイルフリーコンプレッサを当社で初めて搭載し、環境負荷を低減します。
140702n302.jpg(3)さらなる安全性・安定性の向上
・車体強度の向上、改良型戸閉装置の採用等により、更なる安全性向上を実現します。
・車内、車外間の情報ネットワークを強化し、常に機器類の状態監視を行うことにより、故障の予兆を把握し、事前に対処することで更なる安定性向上を実現します。
・線路及び電力設備の状態監視装置を試験的に搭載し、営業車輌から地上設備を監視することで更なる安全性、安定性向上の実現に向けた技術開発を推進します。

▲データサーバを核とした状態監視イメージ。(JR東日本プレスリリースより)
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▲在来のE231系500番代と比較したE235系量産先行車の特長。(JR東日本プレスリリースより)
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2002(平成14)年春に500番代が投入されて以来E231系の牙城となっていた山手線も、ついに大きな転換点を迎えることになります。

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里帰りした「名電1号形」。

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▲美しく整備されて展示された「名電1号形」。外装は札幌譲渡時の塗装に戻された。なお、復元にあたっては、服部重敬さんや名古屋レール・アーカイブスの皆さんが資料提供などの協力をしたという。'14.6.27 P:服部重敬
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名古屋鉄道の創業120周年と明治村開村50周年を記念して、札幌市交通資料館に保存されていたもと札幌市電10形22号が博物館明治村に運ばれ、先週の土曜日(6月28日)から公開されています。一般公開前日の内覧会に招待された服部重敬さんからレポートを頂戴しましたのでご紹介いたしましょう。

140701n010.jpgこの「名電1号形」は、名古屋鉄道の前身で名古屋市内で路面電車を運行していた名古屋電気鉄道が開業時の1898(明治31)年から1906(明治39)年にかけて37輌製造した側面7枚窓(通称7つ窓)の車輌で、1918(大正7)年8月の札幌市における路面電車開業にあわせて24輌が譲渡された内の1輌です。このたび、名古屋鉄道の創業120周年(本年6月25日)と明治村開村50周年(来年3月18日)という節目の年を記念して札幌市から借り受け、2020年3月までの展示が予定されています。
▲展示期間が5年以上と長期にわたるため、専用の展示建物も建設された。'14.6.27 P:服部重敬
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▲公開記念式典では、名古屋鉄道山本社長ほか5名でテープカットを行い、その後、車体を覆っていたカバーが外されて車体が公開された。'14.6.27 P:服部重敬
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札幌市では22号(29号から昭和35年に改番)として1977(昭和52)年まで稼働状態で保存され、その後は地下鉄自衛隊前の高架下にある札幌市交通資料館にて保存されてきました。

140701n009.jpg「名電1号形」は、元々は当時の一般的な路面電車のスタイルである前面窓無し、2段腰板の車体でしたが、札幌への譲渡にあたり、名古屋市港区にあった名古屋電車製作所にて、当時近代化のため改造中であった38号形(1号形の後継車で、側窓を8枚として大型化、市営化後のSSA車)に似せて、前面窓の取り付け、腰板の1段化の改造を行っています。なお、今回展示されるのは、札幌に譲渡のため改造された後の姿であり、このスタイルで名古屋の街を走っていたわけではありませんので、その点は注意が必要です。
▲客室内も美しく整備されている。'14.6.27 P:服部重敬
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▲制御器は本来はGEのR11のはずだが、ウエスチングハウス製に交換されている。'14.6.27 P:服部重敬
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▲名古屋時代から承継されてきたペックハム7B台車(左)。改修整備によってペックハム台車の刻印も見やすくなった。右はトロリーポールで、バネ後曳きのポールスタンドも名古屋時代からものと思われる。'14.6.27 P:服部重敬
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札幌時代の塗装はオレンジ色でしたが、今回の展示に際して塗装は札幌譲渡時の塗装であるとともに、改造にあたってモデルとなったSSA車の塗装でもある茶色となりました。

140701n002.jpg展示にあたって着目すべきは、この車輌の外観が明治に走ったものかどうかということではなく、過去の名古屋の街の発展は路面電車が核となっており、また、現在、名古屋市がリニア中央新幹線開業を見据えて新たな路面公共交通の整備を含む交通まちづくりに取り組もうとしている時期に、こうした展示が行われたことではないか、と思っています。 まさに、歴史の巡り合わせと言っても言い過ぎとはいえないのではないでしょうか。名古屋市電の由緒ある車輌が、名古屋鉄道あるいは明治村の記念すべき周年の年にわざわざ名古屋まで輸送して展示されるのは非常に意義深いことかと思います。
▲重要文化財の「三重県庁舎」で行われている特別企画「展く名古屋×拓く札幌」展。'14.6.27 P:服部重敬
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▲特別企画「展く(ひらく)名古屋×拓く(ひらく)札幌」展の展示室。'14.6.27 P:服部重敬
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服部さんありがとうございました。なお、この「名電1号形」の展示にあわせて、村内の「三重県庁舎」で名電1号形里帰り特別企画「展く(ひらく)名古屋×拓く(ひらく)札幌」展として、名古屋電気鉄道開業時の名古屋の地図や産業、普段は名古屋市交通局藤が丘工場内にある名電1号形やSSA形の模型の展示、市電開業時の札幌の様子などを展示した展覧会が開催されているそうです。また、7月6日(日曜日)には「名古屋の電気鉄道創世記」として服部重敬さんの講演「名古屋の電車創世記-名電1号形の里帰りによせて」も予定されています(詳しくは→こちら)。

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▲通常は名古屋市交通局藤が丘工場内にある名電1号形の模型も展示されている。'14.6.27 P:服部重敬
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