鉄道ホビダス

2014年5月アーカイブ

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140525n703.jpg一昨年のJAM(国際鉄道模型コンベンション)でペーパー製の鉄道聯隊Eタンク(1/48スケール)を発表され(『ナローゲージ模型入門』参照)、同年の軽便鉄道模型祭では小ブログで紹介した北ドイツの島軌道の"ウシ"(編集長敬白アーカイブ「北ドイツのナローを巡る ~「ウシ」のこと~」参照→こちら)をいち早く模型化される(→こちら)など、若手モデラーとしても注目を浴びる谷川雄介さんから、タスマニアの保存鉄道のレポートを頂戴しました。谷川さんもこの春、社会人となられたそうで、いわば卒業旅行。カウンタープレッシャー・ブレーキや水面計の考察など、お若い(失礼...)のに見事な慧眼をお持ちです。
▲タスマニアといえばガラット。今回のレポートの範疇ではないが、パッフィングビリー鉄道では1926年ピーコック製のGクラス・ガラットが動態で活躍中。'14.3 P:谷川雄介
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3月にオーストラリアのタスマニア島にある保存鉄道に行ってきましたのでレポートします。タスマニア島はオーストラリア本土の南東400kmにある北海道程度の大きさの「小さな」島です。

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▲日本人観光客にも人気のパッフィングビリー鉄道。NAクラスの牽く観光列車がティンバートレッスルを行く。'14.3 P:谷川雄介
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現役の鉄道としてはタスマニア州営の鉄道がありますが、不定期の貨物列車以外は走っておりません。しかし、かつては豊富な鉱山資源開発のために多くの路線が存在していたようです。その廃線の一部が保存鉄道となっているのは、英国と良く似たパターンで、軌間はいずれも日本と同じ1067mm(3フィート6インチ)です。今回は、West Coast Wilderness RailwayとDon River Railway をご紹介いたしましょう。

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▲1893年ダブス製のB1ラック蒸機№3のサイドビュー。この角度からはラックエンジン部は見えない。'14.3 P:谷川雄介
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West Coast Wilderness Railway
140525n612.jpgこの鉄道は、その名の通り西海岸の港町Strahan(ストラーン)から、ラックレール(2条のアプト式)で峠を越えて、銅鉱山の町Qweenstownまでを結ぶ35kmのもので、1899年に開業しました。保存鉄道としては、復元作業が1998年から始まり、2000年に部分開業、2002年に全通しています。しかし、温帯雨林と急峻な地形という過酷な環境のためメンテナンス費が嵩み、州の財政難で2013年は半年休業、資金難で再開業も危ぶまれたようですが、ボランティアと民間資本により2014年初頭に再度部分開通しております。
▲ラックレールのエントランス部。'14.3 P:谷川雄介
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2014年現在で運転しているのは、山側の始発駅Qweenstownから峠を越えた先のDubbil Barril(ダビル バリル)までの16kmですが、アプト区間はすべてこの区間にあり、魅力はたっぷりあります。また、タスマニアの観光事業として優秀賞を3回も貰っているそうです。

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▲路線の平面と断面略図。Rinadeenaをサミットとしてラック区間が設けられている。'14.3 P:谷川雄介
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この鉄道の魅力は何と言っても19世紀に製造されたオリジナルのアプト式の蒸気機関車が断崖の桟道のような路線で活躍していることです。動態の機関車は3輌あり、製造は日本のB6も製造した英国のDubs社です。この小さな0-4-2 (B1) のタンク機関車はアプト区間(62.5‰)を上り、峠を越え、再度アプト区間(50‰)を下って温帯雨林内の駅Dubbil Barrilまでを走ります。幸いこの機関車のキャブにラック区間で添乗させていただくことができました。

140525n614.jpg機関車は急勾配対応のために、特徴的なメカニズムを持っています。まず、足回りは、通常の粘着エンジン(外側左右のシリンダ) に加え、台枠内にラック用エンジン(内側左右のシリンダ) があるため、外側台枠になっています。それぞれのエンジンは独立した加減弁で蒸気供給量を調整できますが、カットオフは共通になっていました。弁装置は、それぞれのシリンダにワルシャート式が取り付けられています。ラックエンジンの動きは、ファンサービスとして、ラックレールの無い駅構内での停車中に空転させて見せてくれました。(動画参照↓)
▲№3のキャブ内。1963年に一旦廃車となり、その後レストアされている。'14.3 P:谷川雄介
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▲上のサムネール画像をクリックすると、「今日の一枚The Movie」の動画をご覧になれます。

140525n615.jpg上まわりは典型的な英国型ですが、煙突後ろのブレーキ排気筒やボイラの前後中心部分につけられた水面計、スチームドーム前から前述の4つのシリンダに伸びる蒸気管が特別仕様であることを物語っています。水面計の位置は蒸機にとって死活問題であり、ボイラの中央に取り付けるというのは勾配の変化が激しいラック用ならではです。
▲ボイラ中央部に取り付けられた水面計。キャブからの視認性は決してよくなさそう。'14.3 P:谷川雄介
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140525n610.jpgブレーキ排気筒は下り勾配でカウンタープレッシャーブレーキ(反圧制動)を用いた際のシリンダ排気を逃がすものです。また、反圧制動中はシリンダが真空ポンプとして作用しますので、 通常の機関車ならば煙室のブラストパイプから煤を吸い込むことになりシリンダが故障してしまいます。そこで、この機関車ではブラストパイプにもバルブを設けてキャブから開閉可能にしています。また、シリンダ背圧計もキャブに備えられ、反圧制動の状況が確認できます。さらに、乗車した3号機は煙突が漏斗状のレムパー煙突で燃焼の排気効率を高める改造をしております。なお、蒸気は飽和蒸気、現在の燃料は軽油です。
▲加減弁ハンドルはアドヒージョン用とラック用とが並んでいる。'14.3 P:谷川雄介
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▲好評の「あかまつ」「あおまつ」に続いて登場した北近畿タンゴ鉄道の観光列車「丹後くろまつ号」のKTR707。運転は金土日および祝日が予定されているほか、平日の団体列車としての予約も可能。'14.5.19 天橋立-宮津 P:RM(高橋一嘉)
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昨年4月より観光列車「丹後あかまつ号」「丹後あおまつ号」の運行を開始し、好評を博している北近畿タンゴ鉄道ですが、この5月25日より「食」をテーマにした第3の観光列車「丹後くろまつ号」の運行を開始しました。それに先立ち、5月19日には報道向けの試乗会が行われましたのでご紹介しましょう。

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▲福知山駅で発車前の「丹後くろまつ号」。'14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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▲車内は天然木(ウォールナット・ナラ)を使用した落ち着いた雰囲気に。テーブルと椅子は床に固定されている。'14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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この「丹後くろまつ号」は「『海の京都』の走るダイニングルーム」をコンセプトとしたもので、北近畿タンゴ鉄道ならではの自然豊かな車窓風景を眺めながら、丹後地方の食と飲み物を楽しむことができるものです。車輌は宮津線の転換時から活躍するKTR707を改造したもので、デザインは「丹後あかまつ号」「丹後あおまつ号」と同じく水戸岡鋭治さんが担当されています。

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▲車内福知山・豊岡方に設けられたサービスカウンター。ここから料理が提供される。'14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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コースは午前中のスイーツ、お昼のランチ、そして晩のお酒と3つがあり、それぞれ全く違う趣向が楽しめるものです。午前中の「丹後くろまつ1号」(福知山10:22→天橋立11:44)は"スイーツフェスティバル"が開かれるなど和・洋菓子が名物となっている出発地・福知山のお店による和・洋菓子が楽しめるもの。時間的にも大阪・京都方面から天橋立方面への観光に組み込むのに最適な列車と言えましょう。

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140529n010.jpgお昼の「丹後くろまつ3号」(天橋立12:25→豊岡14:54)では、京都牛のローストビーフや丹後の海山の幸の和風パエリアなど、沿線の旅館「佳松苑」の総料理長監修によるちょっと贅沢なランチのコースを味わえます。そして晩の「丹後くろまつ2号」(豊岡17:14→天橋立18:21着→西舞鶴19:07)は地酒コース。その名の通り、美しい夕暮れの風景とともに地酒とSAKEソムリエ監修による料理を楽しむことができます。お酒の飲める方にはもっとも気になるコースではないでしょうか。
▲スイーツコースのメニューは久美浜砂丘メロンのタルロット、カップモンブラン、手作りアップルパイの3種のうちから週替わりで2種と、テイクアウト可能な焼き菓子メニューとして栗のマドレーヌとかりんとう饅頭が提供される。いずれもスイーツの町、福知山のお店によるもの。'14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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▲ランチコースの料理。へしこと新鮮やさいのサラダ、丹後若布の新緑スープ、京都牛のローストビーフ(仕入れ状況により但馬牛に変更の場合あり)、丹後の海山の幸のパエリア、くろまつオリジナルデザート。このコースでは久美浜駅で停車時間中に地場産品を買うことができる「駅市」が開催される。'14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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140529n007.jpgこの「丹後くろまつ号」は毎金・土・日の各曜日と祝日に1輌で運行されます。レイル・ファンにとっては国鉄特急色の381系「はしだて」や沿線の「加悦SL広場」も気になる北近畿タンゴ鉄道ですが、今度は鉄道趣味と家族サービスを兼ねて、この「丹後くろまつ号」で「海の京都」の味を楽しんでみてはいかがでしょうか。


▲アテンダントさんによりサーブされるスイーツコースのケーキ。'14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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▲地酒コースの料理はSAKEソムリエがお酒との相性を考えて監修したもので、煮ふき、牛肉のたたき、帆立貝グラタン、へしこ焼き/塩鯖焼、さざえの壺焼き、だし巻玉子、もずく、ちらし寿司、茄子田楽の9種の詰め合わせ。くろまつロゴ入りオリジナル猪口もお土産で付く。また、月4回はSAKEソムリエの古田豊弘氏による講座も車内で開催される予定。 '14.5.19 P:RM(高橋一嘉)
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▲新雪を巻き上げながら遙か札幌へと向かう「トワイライトエクスプレス」。こんなシーンも来年の春には見納めとなる。'14.1.22 北陸本線南今庄-今庄 P:神崎雅之 (「今日の一枚」より)
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本日、JR西日本より「寝台特急「トワイライトエクスプレス」の運行終了について」という衝撃的なプレスリリースが流れてきました。来春の運転をもって四半世紀以上におよぶその歴史に幕を閉じるとのことですが、本誌では二ヶ月前に乗車ルポを含む巻頭特集(→こちら)を組んだばかりで、なんとも言葉がありません。

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▲道内ではDD51重連牽引でも注目を浴びてきた「トワイライトエクスプレス」だった。'14.4.24 室蘭本線静狩-長万部 P:大久保雅史 (「今日の一枚」より)
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プレスリリースによれば、車輌の老朽化が主因として挙げられていますが、もちろん北海道新幹線開業に向けた動きが影響していることも否めないでしょう。本年10月以降は北海道新幹線の設備検査などに伴い、従来の定期的な運行スケジュールが下のように変更されることも合わせて発表されております。

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▲JR西日本から発表された来年2月までの運行計画(大阪発札幌行の運転日で、札幌発大阪行はこの翌日)。北海道新幹線開業に向けた設備検査などで時刻変更が予定されている運転日がある。

なお、運行終了日を含めた来年3月以降の運転計画については、決定次第発表されるとのことです。「トワイライトエクスプレス」は1989(平成元)年7月に団体専用列車として誕生、同年年末には第2編成が就役して臨時列車として運行を開始し、1991(平成3)年春には第3編成の落成とともに繁忙期の毎日運転を開始するなど、寝台列車の華としてまさに一時代を築いてきました。今春の「あけぼの」に続く悲報は、なんとも残念でなりません。

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▲満開の蕎麦の花に見送られて北陸本線を行く「トワイライトエクスプレス」。'13.9.29 北陸本線牛ノ谷-細呂木 P:伊藤正歳 (「今日の一枚」より)
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▲2014年ブルーリボン賞を受賞した近畿日本鉄道 50000系。P:鉄道友の会提供
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昨日、鉄道友の会から2014年ブルーリボン賞とローレル賞の発表があり、ブルーリボン賞には近畿日本鉄道 50000系、また、性能・デザイン・製造企画・運用などの諸点に卓越したものがあると選考委員会が認めた車輌を選定するローレル賞には,東日本旅客鉄道E6系と福井鉄道F1000形が選定されました。

あらためてご紹介すると、ブルーリボン賞は鉄道友の会(会長 須田 寬、会員約3,200 名)が毎年1 回、前年中に営業運転に就いた新車および新車と見なせる車輌(改造車等)のなかから、会員の投票結果をもとにして選考委員会(鉄道車輌に精通する鉄道友の会会員8名)が優秀と認めた車輌に与えられるもので、今年は12形式がノミネートされていました。

ブルーリボン賞を受賞した近畿日本鉄道 50000系は、伊勢神宮の第62回式年遷宮に合わせて観光特急「しまかぜ」として製造された車輌で、昨年3月21日から大阪難波・近鉄名古屋〜賢島間で営業運転を始めました。先頭車輌の前頭部は前方展望を考慮して、大型ガラス6枚による多面体デザインとされ、ダブルデッカーのカフェ車輌では専属アテンダントが沿線の食材を用いたバラエティに富んだフードやドリンクを供して地域振興の一翼を担っています。また、グループ席車輌にはサロン席と洋風個室に加え、掘りごたつ風の構造とした和風個室が設けられていることも特筆されます。車輌性能面でも横揺れ軽減装置(フルアクティブサスペンション)を全車輌に導入するなど最新技術を積極的に取り入れています。このように、50000系は国内外からの訪問客が多い伊勢志摩地域への観光輸送用に特化して開発・製造され、鉄道本来の「輸送」の根幹である特急ネットワークの一翼を担うとともに、特急車輌群の中でフラッグシップとして位置付けられることから、晴れて受賞となったものです。

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▲2014年ローレル賞を受賞したJR東日本のE6系。P:鉄道友の会提供
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ローレル賞を受賞した東日本旅客鉄道E6系は、在来線の車輌限界および車体長20m(先頭車については、先頭ノーズの関係で約23m)という厳しい条件の中で高速走行を実現し、本年3月にはE5系との併結運転で最高時速320km/hを実現して、世界の最速列車の仲間入りをしました。また、全車輌に電気式アクチュエーターのフルアクティブサスペンションを搭載して、高速走行時の左右動を低減するなど、在来線の車輌限界という制約の中で高速性能と環境性を向上したことが評価されたものです。

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▲2014年ローレル賞を受賞した福井鉄道F1000形。愛称はFUKURAM(ふくらむ)。P:鉄道友の会提供
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福井鉄道F1000形は、鉄道線と軌道線を直通運用するために必要な輸送力・車内設備・利便性を向上するための低床式車輌の採用といった諸要件を満たすべく、ボンバルディア(元ADトランツ)のGT形LRVを新潟トランシスによるライセンス製作したもので、このタイプとしてわが国で初めて3車体3台車、全長27mの構成となりました。また、車体幅2.6m、編成当たりの定員155人(座席53人)と、どちらもわが国の低床式車輌として最大のものになっており、ローレル賞に輝きました。

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▲遊歩道となって痕跡を留める軌道跡。名称はなぜか「風運通り」。'14.4.29 P:奥山道紀
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昨年秋、釧路公立大学地域分析研究委員会のセミナーに招かれた際、奥山道紀さんのご案内で道東の簡易軌道の遺構を巡りましたが(アーカイブ「道東の鉄道遺産を巡る」参照→こちら)、「標茶町営軌道」の廃線跡は時間切れで訪ねることができませんでした。

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▲メーカーであった釧路製作所から出荷される標茶線の自走客車(気動車)。提供:奥山道紀
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道東の遅い春の訪れとともに、奥山さんがゴールデンウィークの一日、その標茶町営軌道の痕跡を訪ねられ、レポートをお寄せくださいましたのでご紹介いたしましょう。

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▲開運町に残るかつての軌道事務所。'14.4.29 P:奥山道紀
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この季節、廃線跡めぐりには最適ですが、残念ながら標茶町には保存車輌はありません。しかし、それなりに往時を偲ぶことができました。
「簡易軌道」とは未開地での道路の代替手段という性質を持ち、戦後、北海道開発局により、道東・道北の各地で軌道改良・車輌動力化が進められました。

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▲中オソツベツ付近の軌道跡。沼幌支線が分岐していたはずだが、原野と化している。'14.4.29 P:奥山道紀
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140523n008.jpg標茶町営軌道も1955(昭和30)年に最後の簡易軌道として開運町~中オソツベツ神社前が開業、1959(昭和34)年には上オソツベツまで延伸されました(本線:標茶~上御卒別間24.2km)。釧路製作所製の自走客車や北炭機械(夕張製作所)製ディーゼル機関車等が活躍し、1966(昭和41)年には支線として中オソツベツ~沼幌間(6.5 km)が開業しましたが、それもつかの間、道路の整備完了・補助金廃止により1971(昭和46)年8月には全廃となってしまっています。
▲終点のあった上オソツベツ付近。'14.4.29 P:奥山道紀
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▲沼幌川には立派な橋梁が残されている。'14.4.29 P:奥山道紀
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標茶町営軌道の車輌基地は釧路川を挟み釧網本線の対岸の開運町にありました。一時期国鉄標茶駅への連絡のため路線が延長されましたが、長くは続かず、釧路川の橋梁は撤去されたものの、現在でも軌道跡の一部は歩道として整備されています。開運町の車輌基地跡は現在も町有地としてかつての軌道事務所の建物などが残っています。

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▲よく見ると欄干と床板にレールが再利用されているのがわかる。'14.4.29 P:奥山道紀
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ここからの路線は山裾を南進し大きく迂回してオソツベツ川に沿って進みます。デルタ線が設けられ沼幌への支線が分岐した中オソツベツ近辺は牧草地の中に路盤が残っています。終点の上オソツベツは道路の分岐点近くに位置し、かつては「軌道乗り場」というバス停留所もありましたが、現在はバス路線も廃止され痕跡は判然としません。

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▲沼幌支線の終点に残る詰所と車庫。この周辺だけが時が止まったような光景...。'14.4.29 P:奥山道紀
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一方支線の終点の沼幌には現在も、4年程しか使用されなかった車庫と軌道事務所が残っており、近くには沼幌川を渡る橋梁も残っています。この橋梁は廃線後道路に転用されたらしくレールが欄干や床版に再利用されています。橋から振り返ると軌道事務所と車庫が並びあい、どこからか今にも自走客車が現れてきそうです。

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▲こちらは鶴居村営軌道の保存車輌。処遇が懸念されていたが、間もなくふるさと情報館へと移されるという。'14.4.29 P:奥山道紀
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▲立派な建物の鶴居村ふるさと情報館。保存車輌はこの前庭に移設されることになった。'14.4.29 P:奥山道紀
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ところで、昨秋一緒に訪問した鶴居村の保存車輌ですが、村広報によると編集局長の「旧郷土資料館前の保存車輌も移設展示してくれればよかったのに...」という思いが通じたのか、本年中に塗装・再整備、「鶴居村ふるさと情報館」前庭に移設される予定です。別海町奥行臼の再整備構想とともに期待したいと思います。

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▲JR西日本「新たな寝台列車」のプロモーションビデオのキャプチャー画面。

一昨日その概要をお伝えし、大きな反響となっているJR西日本の「新たな寝台列車」ですが、本日、そのプロモーションビデオのDVDが届きました。これがたいへん力の入ったもので、実映像とCGを巧みに合成したバーチャル・リアリティは思わず見入ってしまう魅力に溢れています。

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▲JR西日本「新たな寝台列車」のプロモーションビデオのキャプチャー画面。

2分08秒ほどの短いビデオですが、フォトジェニックな映像は必見で、「今日の一枚 The Movie」にアップさせていただきましたので、週末のひととき、ぜひご覧ください。

提供:JR西日本

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▲上のサムネールをクリックすると「今日の一枚 The Movie」に飛び、動画がご覧になれます。

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▲雪晴れの鉄道線を行くデハ55+サハ2輌。'61.2.27 花巻-花巻グランド P:湯口 徹 (RMライブラリー『花巻電鉄』下巻より)
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3月よりお届けしてまいりました湯口 徹さんによるRMライブラリー『花巻電鉄』の下巻が完成、ついに3巻が完結しました。本書上巻では軌道線開業以来の歴史、そして中巻では開業から1931(昭和6)年の車庫火災までの車輌史を解説されていますが、3分冊の締めくくりとなる下巻では車庫火災からの復旧に伴って登場した半鋼製車から、昭和30年代に新造された車輌までを解説します。現在も保存されている"馬面電車"デハ3をはじめ、読者の皆さんにとっては一番馴染みのある花巻電鉄の車輌群が収録されています。

rml178snn.jpg1931(昭和6)年の車庫火災で8輌もの車輌を失った花巻電鉄でしたが、その補充として半鋼製車6輌を増備します。この際、車号は焼失した木製車のものを引き継ぎ、それも軌道線と鉄道線の車号が重複したままでしたので、非常にややこしくなっています。例えば「デハ3」という電車は、鉄道線・軌道線それぞれに存在しましたが、共に火災で焼失し、同番号で補充されたため、のべ4輌が存在したことになります。ともに火災前は木製、火災後は半鋼製となっていますが、軌道線用は木製・半鋼製とも"馬面"でした。

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▲1931年の車庫火災から復旧に合わせ登場した半鋼製の"馬面電車"。これが花巻電鉄を象徴する存在となった。 (RMライブラリー『花巻電鉄』下巻より)
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戦後は昭和30年代までかなり積極的に車輌の体質改善が図られており、1950(昭和25)年に鉄道線用としてデハ55を投入したのを皮切りに、1963(昭和38)年のモハ28まで、電動車6輌、付随車10輌が投入されました。特に軌道線用として製作されたデハ21・22やモハ28、それに合わせて投入された付随車群はノーシル・ノーヘッダにアルミサッシの車体で、軽便電車にしてはかなり近代的な車輌となりました。なお、最後の増備車は1966(昭和41)年に遠州鉄道より購入したキハ801という気動車でしたが、こちらは目立った活躍もないままに終焉を迎えています。

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▲戦後鉄道線用として増備されたデハ55・56。よく似ているが、デハ55は日車蕨製、56は汽車会社製名義で車体は大栄車輌製であった。 (RMライブラリー『花巻電鉄』下巻より)
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▲1959(昭和34)年から登場した軌道線用の新造車群。ノーシル・ノーヘッダにアルミサッシと近代的な様相となった。 (RMライブラリー『花巻電鉄』下巻より)
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本書ではこれら車輌群を多数の写真とともに詳細に解説。さらに巻末では本書全巻の表紙写真を撮影された小早川秀樹さんから軌道線・鉄道線双方の廃止時のレポートをお寄せいただいております。今後、花巻電鉄を語るうえで欠くことのできない存在となるであろう本書、ぜひ上・中巻と合わせてお揃えください。

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▲JR西日本が2017年に導入を予定している新たな寝台列車のエクステリアデザイン。編成両端は展望スペース付き先頭車となる。 (JR西日本プレスリリースより)
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本日、JR西日本から新たに導入される寝台列車の概要が発表されました。
「美しい日本をホテルが走る 上質さの中に懐かしさを」を列車コンセプトとしたこの新たな寝台列車は、日本の原風景とも言える京都や松江、出雲や宮島などの歴史・文化が豊かな地域や、日本海や大山、瀬戸内海の多島美などの美しい自然が数多く残っているJR西日本管内の地域を巡ることによって、美しい日本の姿を再発見する旅を、ふさわしい上質な空間とともに提供しようというもので、列車全体のデザインテーマは「上質さの中の懐かしさ」となっています。

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▲「1輌1室」の最上級の客室にはプライベートバルコニーやバスタブ付きの本格的なバスルームも備わる。 (JR西日本プレスリリースより)
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車輌のインテリアを中心とした全体デザインについては、京都迎賓館をはじめホテルや各種迎賓施設にも携わり空間デザインに造詣が深い浦一也さんが、車輌のエクステリアデザインについては、寝台列車やN700系新幹線をはじめ数多くの鉄道車輌のデザインを手がけている福田哲夫さんが、列車での食事については、食の権威として数多くのメディアで活躍する門上武司さんが手がけられます。

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▲1輌3室の客室イメージ。インテリアは、「上質さの中の懐かしさ」のコンセプトに基づき、洗練された上質さと心休まる懐かしさを感じる「ノスタルジック・モダン」テイストのデザインとされる。 (JR西日本プレスリリースより)
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予定されている編成は客室車6輌と、パブリックスペースである食堂車1輌・ラウンジカー1輌・展望スペース付き先頭車2輌(編成の両端)からなる10輌編成で、編成定員は30名程度。動力方式はディーゼル発電機で発電した電力とバッテリーアシストによるモータ駆動を行うハイブリッド方式が採用されます。

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▲予定されている編成の概要。編成両端は展望スペース付き先頭車、編成中間には食堂車とラウンジカーが備わり、食堂車の隣が1輌1室の超豪華客車。運行の途中で沿線の立ち寄り観光を組み込むとともに、列車には沿線の素材も盛り込まれる予定。 (JR西日本プレスリリースより)
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なんと言っても特筆されるのは、編成中間、食堂車の隣に連結される「1輌1室」という究極の車輌で、プライベートバルコニーやバスタブ付きの本格的なバスルームを設けた世界中にも稀な豪華客車となるそうです。また、パブリックスペースとして、編成の両端に列車の前後左右の車窓を楽しめる展望スペースが設けられます。

気になる運行開始は2017年春を予定しており、当面は、京阪神と山陰・山陽エリアでの運行が計画されています。

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箱根登山 あのころ。

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▲今から40年前、大平台駅を発車、66‰勾配を上大平台信号場へと上る101号。まだ前照灯もシールドビーム化されておらず、周囲も開けている。'74.1.20 大平台-上大平台(信)
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昨日ご紹介したようにひさしぶりに箱根登山鉄道を訪れ、あらためてその魅力に気づかされました。思えば前回訪問したのが小田原~入生田間のデュアルゲージ区間がなくなる少し前で、やはり宮澤さんやお仲間と一緒でした。ということはかれこれ8年以上もご無沙汰していたことになります。

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▲上大平台信号場場内に入る108号(上)と、スイッチバックを折り返して80‰勾配にかかる同車(下)。108号は現在でも活躍を続けている。'74.1.20 上大平台(信)
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今回は新緑眩い季節ということもあってか、思いのほか森が深くなっていることに驚かされました。昔の印象ではもっと開けていた記憶の場所も、線路敷きぎりぎりまで樹木が迫ってきています。あらためて1970年代に撮影したネガを引っ張り出して見比べてみると、当時は比較的開けた場所が多く、歳月とともに鬱蒼とした森となっていったのがうかがい知れます。

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▲上大平台信号場で離合するモハ1形102号の強羅行き(左)と、106号の小田原行き(右)。この当時は大平台駅で申し出ると、このように信号場構内で撮影することも許された長閑な時代だった。'74.1.20 上大平台(信)
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▲箱根登山鉄道のランドマーク的存在の早川橋梁(通称・出山鉄橋)。この当時はさまざまな角度から撮影することができたが、現在では周辺の樹木が成長したこともあって撮影しにくくなってしまっている。'74.1.20 塔ノ沢-出山(信)
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箱根登山鉄道を象徴する早川橋梁付近も、樹木の繁茂が著しく、かつてのような視界を得ることは難しくなっています。さらに驚いたのは、この早川橋梁のすぐ近く、箱根駅伝でもおなじみの国道1号線函嶺洞門が封鎖されていたことです。1931(昭和6)年に築造され、土木学会選奨土木遺産ともなっている函嶺洞門ですが、さすがに老朽化が著しく、本年2月からバイパスに迂回する処置がとられているのだそうです。

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▲こちらはさらに古く60年代のモハ3形115号。砂箱がいかめしい板台枠タイプの台車はモハ2形のシュリーレンに範をとった川崎製。側面に下げられたサボも時代を感じさせる。なお、モハ3形はすでに形式消滅してしまっている。'68年 小田原
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この8月には新型車3000形の第2陣も完成、11月には営業運転が始まります。箱根登山鉄道は、来年のあじさいの季節にはどんな変貌を遂げているのでしょうか...。

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▲新緑に分け入るように大平台のスイッチバックを登ってくるモハ2形109+110。大平台駅でスイッチバックした下り列車は、500mほどで今度は上大平台(信)のスイッチバックで再び折り返す。'14.5.17 大平台
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先週末の土曜日は、趣味の大先輩である宮澤孝一さんとお仲間に誘われて、ひさしぶりに箱根登山鉄道に足を向けました。

140517n004.jpg名物のあじさいにはまだ早いものの、絶好の天気に恵まれ、沿線はたいへんな混雑となっており、車輌もフル稼働状態。ということは現在7輌在籍している旧型車もフル出動で、たっぷりとその懐かしい姿に接することができました。
▲粘着式鉄道としては限界ともいえる80‰の急勾配が随所に見られる。'14.5.17 宮ノ下
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▲眩い新緑のなかを行くモハ1形とモハ2形の3連。宮ノ下下り方の遊歩道にある浅間山踏切からの光景。'14.5.17 宮ノ下−小涌谷
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▲この日は旧型車がフル稼働とあって、こんなタイムスリップしたかのような離合風景も目にすることができた。'14.5.17 宮ノ下
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140517n008.jpgご存知のように旧型車の形式・番号は判じ物で、すべて100番代の車号がついているものの、4輌(103・104・106・107)がモハ1形、3輌(108・109・110)がモハ2形です。これは種車の出自が異なることが主因で、それぞれ原番号に100を加えた車号となっています。ちなみにモハ1は片運転台に改造されており、モハ2は両運転台車。この日はモハ1形同士の107+103、モハ2形同士の100+109、それにモハ2形108号を増結した3輌編成104+106+108(すべて←箱根湯本方・強羅方→)といったフォーメーションでした。
▲箱根登山の駅は小さいながらどの駅も綺麗に整備されていて清々しい。こんな光景にもモハ1形はよく似合う。'14.5.17 小涌谷
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▲強羅駅を発車してゆく箱根湯本行きの110+109。強羅駅に到着した列車は降車ホーム(画面左)で乗客を降ろしたのち、いったん上り方の踏切を越えて転線、折り返して乗車ホーム(画面中央奥)に入ってから出発する。なお、画面右奥には電動貨車モニ1の姿が見える。'14.5.17 強羅
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140517n006.jpg構内のスイッチバック配線がよくわかる大平下駅をはじめ、宮ノ下駅周辺の散策など、まさに森林浴気分でゆったりとその魅力を堪能することができましたが、やはりあらためて感じたのは、モハ1形、モハ2形の時代を超えた存在感です。外観的に台車やパンタグラフが変わっているとはいえ、基本は1950(昭和25)年当時の車体更新時のまま。普遍の記号性を持ったその塗色とともに、まさに現役の歴史遺産と言っても過言ではないでしょう。
▲浅間山踏切から80‰勾配を登って行く強羅行きの後ろ姿を見る。写真の108号だけは小田急SE車に準じた塗色となっている。'14.5.17 宮ノ下−小涌谷
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▲80‰の勾配標に「S」の標記のあるスプリングポイントの矢羽根、そしてモハ1形...箱根登山の魅力を再認識する一日となった。'14.5.17 宮ノ下
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今週発売の本誌最新号でもご紹介しているように、箱根登山鉄道では待望の新型車3000形が完成、11月1日からは営業運転を開始する予定です。先頭に展望ゾーンを持ち眺望抜群の3000形が、また旧型車とは違った魅力を発信してくれるはずです。

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▲会場は物流博物館一階の展示室。スペースこそそれほど広くはないものの、展示内容の"濃さ"は驚愕に値する。'14.5.15
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東京・品川の物流博物館で企画展「追憶・西関東の鉄道貨物輸送 ~鉄道貨物研究家・渡辺一策氏のフィールドノートから~」が開催されています。

140516n008.jpgこの企画展は、RMライブラリー『国鉄冷蔵車の歴史』や『車を運ぶ貨車』などをご執筆いただき、「トワイライトゾ~ン」にも数々のレポートをお寄せくださっている渡辺一策さんの調査研究をビジュアルに展示するもので、副題にあるように1954(昭和29)年から1981(昭和56)年にかけての膨大なフィールドワークの片鱗をうかがわせてくれます。"片鱗"と記したのは、この28年間に記録された調査は実に約800回。それが逐一フィールドノートに記録されており、今回の展示はまさにその氷山の一角と言って良いからです。
▲渡辺一策さんの手書きのフィールドノートの現物も展示されている。その詳細な記録こそが今回の展示の原点となっている。'14.5.15
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ちなみに、学生時代を含めた当初の9年間での調査記録は556回、その後19年間での現地調査は188回、さらに鉄道関係者への聞き取り調査も47回におよぶなど、大学ノートに書き込まれたこの記録こそが渡辺さんの、いや、今や日本の貨物鉄道研究の欠くべからざる財産となっています。今回は特別にこのフィールドノートの現物も展示されており、ジャンルを問わず記録を残す、メモをとるというこの趣味の基本中の基本をあらためて教えられる思いがいたします。

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▲1960年代の関東地方の鉄道貨物輸送で忘れてならないのが砂利輸送。渡辺一策さんは多摩川水系をはじめ、砂利・砕石輸送の最終期を丹念に記録されており、今回の展示でもその成果が存分に公開されている。'14.5.15
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▲昭和40年当時の五日市・青梅・南武・中央各線、さらに西武鉄道の手書き貨物列車ダイヤ(左)。当時はこれを持ち歩いて探訪を続けられたという。右は小田急や相模鉄道の貨物輸送の記録。'14.5.15
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▲砂利・砕石、石灰石・粘土、石油と当時の輸送経路の概念図がテーマごとに掲げられており、とかく一地点だけで取り上げられがちな専用貨物が流れとして理解できるように配慮されている。'14.5.15
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展示は2部構成となっており、第1章は西関東の昭和40年代の貨物輸送の特徴について、当時の渡辺さん作成の資料等を中心に解説、第2章では西東京地区の主要な鉄道貨物であった砂利・砕石、石灰石・粘土、セメント、石油の輸送についてが豊富な写真にデータを交えて展示されています。

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▲セメント輸送では秩父鉄道武甲線をはじめ貴重な画像も数多く展示されている。奥多摩工業の日原上部軌道など渡辺さんしか撮影していないと思われる写真も...。'14.5.15
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140516n001.jpgこれまでに「トワイライトゾ~ン」にご発表いただいた数々のレポートでもそうですが、渡辺さんの視点は常に"物流"にあります。私も含め、例えば専用線を訪ねても、とかく興味は目の前の一点、車輌であり荷役設備でありにのみ終始しがちです。そこで荷役された貨物がどのような経路でどこへ向かい、どう利用されてゆくのかにまで興味が思いいたらないのが大方で、いわば"点"での興味に終わってしまいがちです。それに対して渡辺さんは古くから"線"としての物流に興味を抱かれ、先のフィールドノートでも常にそのような視点での記録を残されております。
▲会場入口に立つ渡辺一策さん。毎週土曜日には会場におられるとのこと。'14.5.15
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昨日はわざわざ会場までお迎えに来ていただき、直接たっぷりと解説をしていただきましたが、やはり展示パネルの記載を超えたお話は実に興味深いもので、思わず時間の経つのも忘れて長居をしてしまいました。そんな渡辺一策さんご本人の講演会「高度成長を支えた西関東の鉄道貨物輸送」も予定されているそうです。期日は6月8日(日曜日)と6月21日(土曜日)。ともに14時~16時の開催で、入館料(高校生以上200円、中学生以下無料、65歳以上100円)のみで参加できますが、定員50名の事前予約制となっております。申し込みは直接物流博物館(☎03-3280-1616)まで。10:00~17:00までの受け付けだそうです。(休館日は下記フライヤー参照)

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▲物流博物館のエントランス。品川駅から徒歩7分ほどとアクセスも良い。'14.5.15
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ところで、「西関東」とは耳慣れない用語ですが、展示スペースの関係もあって、今回やむを得ず苦渋のエリア分けとなったそうです。"魔境"として知られた葛生に代表される「北関東」、さらには数々の臨海鉄道や港湾荷役で語り尽くせぬ逸話を持つ「臨海部」など、渡辺さんに続編を期待するのは私だけではないでしょう。
とにかく必見のこの企画展、ぜひ会期中にお運びください。なお、図録の完成が遅れているそうですが、6月には立派な図録も上梓される予定で、来場された際には予約も受け付けてくれるそうですのでお忘れなく。

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▲「追憶・西関東の鉄道貨物輸送」のフライヤー。会期は6月29日(日曜日)まで。
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▲長年にわたって"道産子電車"として親しまれてきた赤い711系もついに全廃が発表された。小樽発旭川行き。'14.2.15 小樽築港-朝里 P:舟本勇介 (「今日の一枚」より)
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昨日、JR北海道から快速「エアポート」への733系増備車の投入計画が発表されました。新千歳空港と札幌・小樽・旭川を結ぶ快速「エアポート」には、現在、主に721系3000番代が充当されていますが、札幌圏の通勤時間帯の混雑緩和も視野に、733系増備車が投入されることとなったものです。

140515n004.jpg新製されるのは6輌編成の733系3000番代で、在来の721系「エアポート」編成と同様に指定席車輌「uシート」車が編成に組み込まれます。また、「uシート」以外の普通席は混雑緩和のためにすべてロングシートとなり、あわせて乗降口のステップレス化(床面高さ105㎝。721系3000番代の乗降口ステップ=床面高さ120㎝)や車いす対応の大型トイレ設置などバリアフリー化も図られます。さらに客室照明の全LED化、主電動機に全閉式を採用するなどの改良も行われる予定です。
▲現在、快速「エアポート」で運用されている721系3000番代(F-3123編成+F-3222編成)。'11.2.19 千歳線北広島-島松 P:横田輝男 (「RMニュース」より)
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▲現在運用されている733系3輌編成。増備車は「uシート」車を組み込んだ6輌編成となる。'14.4.7 函館本線苗穂-札幌P:秋場俊孝 (「今日の一枚」より)
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新製輌数は5編成30輌。本年7月以降、秋までに順次投入され、快速「エアポート」以外にも、札幌圏を中心とした快速列車や普通列車に運用される予定です。

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▲快速「エアポート」に投入される733系3000番代「uシート」車客室イメージ。提供:JR北海道
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▲快速「エアポート」に投入される733系3000番代普通車客室イメージ。提供:JR北海道
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なお、この733系増備車の発表とともに、711系全車が今年度末までに運用離脱することがあわせて公表されました。北海道電化のパイオニアであった711系も、ついに形式消滅する日を迎えることになります。

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機関区の道 追分機関区内の道は、近くの住民が駅や街に行くとき、本来の踏切が遠いため、近道として利用することが多い。もう見慣れているのかD51には見向きもせずに足早に通り過ぎる人々。扇形庫の煙突が象徴的。この扇形庫が焼失し、そして機関区自体がなくなるとはこの時は、知る由もない。'74.5.4 P:長津 徹 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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5月7日に発売された『わが国鉄時代 vol.12』が好評です。「あの一瞬のときめきが、今もなお...。」という副題どおりに、多くの方々の思い出の作品が、あの日のときめきそのままに輝いています。今日はその最新刊『わが国鉄時代 vol.12』を担当の山下編集長よりご紹介いたしましょう。

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日常風景 夕方、帰宅時、両国始発の蒸機列車が錦糸町のホームを走り抜ける。ホームで待つ人たちも何も関心がないように見える。この頃は、蒸機列車は日常、あたりまえの風景だった。'69.8 総武本線 錦糸町 P:岸 芳夫 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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ブログ「わが国鉄時代」は2005年7月25日にスタート、現在約4000枚の写真をアップしていますが、添えられたメッセージも写真の数だけあるのですから、このブログはドラマが凝縮されているとも言えます。単行本『わが国鉄時代』が多くの方に支持されているのも、そんな同時代体験の集合体だからなのでしょう。

140514n00h1.jpg今回の「峠越えと補機」は風雪の石北本線常紋越えや名寄本線天北越えから、南国肥薩線矢岳越えまで、重連・三重連、後補機付き蒸機列車で構成したダイナミックな特集。C62重連急行「ニセコ」や奥中山の三重連な重量級の写真で展開いたします。奥羽本線矢立峠のC60、和歌山線のC11補機など、あまり目にする機会のない写真も見られ、昭和43年4月から昭和45年3月までの蒸機補機一覧表とともに、記録的価値の高いものとなりました。

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咆哮三声 長工式切り取りデフのD51 473号機を先頭にした2492レが布原信号場を発車、苦ヶ坂隧道へとダッシュする。'71.3 布原(信)-新見 P:浜 光彦 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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矢立峠のC60 奥羽本線の難所、矢立峠越えは補機付きの列車が多い。しかし、冬場の撮影は線路際へ近づき難く、道路が接近した所で碇ヶ関から登って来たC60 4牽引、後部補機付きの442レを捉えた。'66.1.16 奥羽本線 津軽湯の沢-碇ヶ関 P:中島正樹 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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第二特集は「新幹線 昭和の記録」。今年は東海道新幹線開業50周年という節目の年です。今や記憶の彼方の0系・100系・200系の懐かしい場面に加え、元新幹線運転士・中村信雄さんに黎明期の新幹線を振り返っていただきました。題して「半世紀前の新幹線の運転席から」。昭和の熱気が伝わってきます。

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▲黎明期の東海道新幹線を運転してきた中村信雄さんによる「半世紀前の新幹線の運転席から」は、東海道新幹線50年の今だからこそ、ぜひご一読いただきたい珠玉の記事。 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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本編を構成するのは約70名の方々の作品です。オーソドックスな列車写真から遥か昔に見た駅の光景や、鉄道にまつわる情景まで、共通言語を持つ世代ならずとも、深く共感する写真がちりばめられています。

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冬枯れのゴナナ街道 上りの普通列車を牽き、上野へと急ぐEF57 5。冬の日は短く、自分の立つ陸橋の影が見る見る線路へと伸びて行く。「早く来~い!」とやきもきしたのを思い出す。陸橋で撮影する私の影が映った。 '77.1.4 東北本線 久喜-栗橋 P:宮村昭男 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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長津徹さんの「機関区の道」は追分機関区構内を日常横切って通る住民の姿がD51とラウンドハウスを背景にして写っています。宮村昭男さんの「冬枯れのゴナナ街道」では冬の夕日を受けて上野に急ぐEF57 5を捉えた写真ですが、畑に長く伸びた陸橋の影には撮影する宮村さんの影も。

140514n006.jpgまた、岸 芳夫さんの「日常風景」は、夏の夕方錦糸町に到着するC57牽引の総武本線下り列車と、それには目もくれないサラリーマンの姿。ややくたびれたホームの屋根やコンクリートブロックの凸凹が昭和の香りを漂わせています。雪を踏みしめて機関士の元に向かう駅員の姿をローアングルから撮った「雪の駅にて」は、冬の撮影旅行の際に毎日のように目にしていた光景。そんななんでもないシーンに共感できることこそが鉄道趣味の良さと言えるでしょう。
『わが国鉄時代 vol.12』、ブログとは違ってインクの香りとともに記憶のかけらをお届けいたします。
雪の駅にて 懐中時計を確認し、機関士のもとへ。発車時刻はもうすぐだ。'86.3.3 函館本線 P:松本 誠 (『わが国鉄時代 vol.12』より)
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▲最後の二日間はDE10形プッシュプルによる「さようなら江差線号」が運転され、ひさしぶりに江差線に客車列車が入線した。'14.5.10 吉堀-神明(9120レ) P:辻 晴穂
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5月11日(日曜日)、ついに江差線の木古内~江差間42.1キロの営業運転が終了しました。既報のとおり前日の10日(土曜日)からはDE10形プッシュプルによる「さようなら江差線号」(編成は江差方からDE10 1737+スハフ14 505+オハ14 526+ヨ4647+DE10 1690)も運転され、沿線には江差線の終焉を記録しようと多くの方が詰めかけました。

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▲最終日5月11日の運転は、いつものように6時44分江差発の125Dから始まった。前夜の132Dで江差駅に駐泊したキハ40 1799が雲ひとつない晴天の下を発車してゆく。'14.5.11 江差-上ノ国 P:辻 晴穂
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通常はキハ40形の単行運転が基本の江差線木古内~江差間ですが、最終日とあって昼間は2連、3連に増結され、どの列車も満員状態となっていたそうです。

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▲「さようなら江差線号」は運転両日ともたいへんな人気となった。函館方先頭はDE10 1690が務めた。'14.5.11 宮越-湯ノ岱(9121レ) P:辻 晴穂
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木古内駅では11時48分発の122D、湯ノ岱駅では同じく12時24分発の122Dでお別れセレモニーが行われ、メインとなる江差駅ではこの122Dの到着と、折り返し13時07分発の函館行き131Dのお見送りを組み込んだセレモニーが盛大に開催されました。JR北海道の島田社長もこの江差駅でのお別れセレモニーに駆け付け、「蛍の光」の流れるなか、名残を惜しむ拍手に送られて3輌編成の131Dは江差駅をあとにしました。

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▲最終日には木古内駅と湯ノ岱駅、そして江差駅でそれぞれお別れセレモニーが行われた。この日限りのヘッドマークを掲げてセレモニーを待つキハ40 1804。'14.5.11 江差(131D) P:辻 晴穂
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▲江差駅のお別れセレモニーには江差町観光キャラクターの「しげっち」も登場。下里江差駅長と131Dを見送る。'14.5.11 江差 P:辻 晴穂
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▲江差駅では名残を惜しむ人たちでホームが埋め尽くされた。濱谷江差町長から131D乗務員に花束贈呈(右)。'14.5.11 江差 P:辻 晴穂
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長年にわたって地元江差で江差線を見続けてこられた辻 晴穂さんによると、感動的だったのは江差発の下り最終(江差線は津軽海峡線が開通してその一部を形成するようになった時点で上り下りが逆転している)137D(19時07分江差発)で、江差の街を抜けるまで長笛を鳴らし続けて去っていったのだそうです。江差で生まれ育ち、江差線を愛し続けてきた辻さんにとって、このシーンは生涯深く心に刻まれるものとなったに違いありません。

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▲「蛍の光」が鳴り響く中、131Dが江差駅をあとにする。あと8時間ほどでこの鉄路は使命を終える...。'14.5.11 江差-上ノ国(131D) P:辻 晴穂
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▲そして21時52分、最終列車132Dが終着・江差に到着する。暗闇のなかで多くのファンがその到着を待ち受けていた。'14.5.11 江差(132D) P:辻 晴穂
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最終列車となったのは21時52分江差着の132D。大役を務めたキハ40 1799+キハ40 1792+キハ40 1812の3輌は、間もなく回9139Dとなって夜の帳の中へと折り返してゆき、江差線の歴史は静かに幕を閉じたのでした。

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▲「さようなら江差線」...誰が掲げたのか、車窓から見える海岸には手作りの横断幕が...。'14.5.11 江差相泊浜 P:辻 晴穂
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▲書泉グランデ7階のイベントスペースは先般オープンしたばかり。2時間余りの長丁場だったが、会場は終始熱気に包まれていた。'14.5.10
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先週末は東京・神保町の書泉グランデ7階イベントスペースで、本誌連載「SL甲組」の肖像の完結と、単行本最終巻の発行を記念して、トークショー『椎橋俊之「SL甲組」を語る』が開催され、多くの読者の皆さんにお集まりいただきました。

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▲実は"活字"にはできない話こそ一番面白い。次々と飛び出す取材秘話はまさにトークショーならではの醍醐味。'14.5.10
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「SL甲組」の肖像の連載は2003年2月号(No.233)でスタート。椎橋さんにはその前にも「感動の所在地」(2000年~)を連載していただいていますので、それを原点として起算すると、実に足掛け15年にわたって現地取材を続けていただいたことになります。

140510n001.jpg今回のトークショーでは私がMCとして誌面では紹介できなかった取材秘話をお聞きしました。まずは連載の原点となった盛岡機関区。同区OBの皆さんから、ことに奥中山の労苦をお聞きしようと岩手県営運動公園内の交通公園にお集まりいただいたのが、今から12年前のこの季節、2002(平成14)年5月14日のことでした。
▲会場では十年余にわたるオーラルヒストリーが詰まった各巻が販売された。残念ながら第1巻は品切れ。'14.5.10
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この時は私も同行し、OBの皆さんの手によって大切に保存されているC58 239号機を前に、あの三重連運転の乗務員でなければ知りえない心躍るお話をたっぷりとうかがうことができました。トークショーで椎橋さんも力説しておられたように、この時の盛岡の皆さんとの出会いこそが、その後の連載の原動力となったのです。そして、まさかあの時のC58 239号機が動態復活しようとは...(アーカイブ「C58 239が動態復活へ」参照→こちら)。それひとつとっても、いかに長期の連載だったかをあらためて思い知ります。

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▲サイン会もたいへんな賑わいで、「感動の所在地」から続く椎橋さんの連載終了を惜しむ声が絶えなかった。'14.5.10
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トークは山中越え、柳ケ瀬越えと屈指の難所を持ち集煙装置実用化の嚆矢ともなった北陸本線敦賀機関区、4110形、E10形と精鋭を投入されながらも、最終的には重装備D51の牙城となった肥薩線人吉機関区、そして、あのC62重連で果てしない死闘を繰り広げた小樽築港機関区へと進み、あっという間の2時間が過ぎてゆきました。会場を埋めた参加者の皆さんからは熱心な質問も数多く出され、同時に連載終了を惜しむ声はやむことがありませんでしたが、今後、椎橋さんにはまた別のかたちで本誌誌面でお会いできればと考えております。

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▲池上線・東急多摩川線用として改造された1000系1500番代。五反田・多摩川方の1503は8連中目黒・北千住方のTc2(1003)をMc化改造したもので、台車はM2車の1253から流用されている。'14.5.2 雪が谷検車区 P:RM(高橋一嘉)
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東急電鉄池上線・東急多摩川線に1000系の改造車が登場しました。この車輌は昨年3月まで東京メトロ日比谷線への直通運転用として使用されていた旧東横線用1000系8輌編成を改造したものです。ファンの間ではその車号から「1500系」と通称されていますが、1000系1500番代が正式な形式呼称となりました。

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▲蒲田方のTc車1703(旧1103号)。行先表示はLED化され、行先の漢字・ローマ字・路線名の3種を交互に表示する。'14.5.2 雪が谷検車区 P:RM(高橋一嘉)
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この1000系1500番代は1000系8輌編成のうち両端のTc車と、M1車の1200形を組み合わせて3輌編成化したもので、3輌編成化に伴い上り方のTc2車をMc化し、中間M車搭載の制御装置も短編成での機器冗長性を考慮し、制御装置が7000系と同様の補助電源一体型のタイプに更新されています。また、運転線区に合わせてワンマン運転用の機器が新たに搭載されているほか、バリアフリーや内外装も7000系に近い配色でリニューアルされています。

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▲中間M車1603(旧1203号)。床下のインバータ装置は7000系の同タイプの制御/補助電源装置が一体のものに更新されている。また、屋根上のパンタグラフは菱型1基からシングルアーム型2基に変更されている。'14.5.2 雪が谷検車区 P:RM(高橋一嘉)
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なお、車号の末尾は種車のものを継承していますが、現時点では改造・転籍編成数は確定しておらず、今後の状況によっては欠番が発生する見込みとのことで、現存しない末尾6の編成については欠番が確定しているとのことです。

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▲車内は、化粧板は木目調、腰掛はグリーン系と7000系に準じたカラーリングにリニューアルされ、腰掛の中間部にも湾曲した縦手すりが設置されている。'14.5.2 雪が谷検車区 P:RM(高橋一嘉)
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なお、この1000系1500番代については本誌Rail Magazineの次号で資料などとともに詳しくご紹介する予定です。

(取材協力:東京急行電鉄)

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六甲ケーブルは今。(下)

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▲交換駅で出会う1号。1号は右側を下る。'14.4.8 P:宮武浩二
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六甲ケーブルは1932(昭和7)年に六甲山の観光開発を目的に開業したもので、戦時中の不要不急路線の指定を受け、1944(昭和19)年に休業するも、鉄材の供出に手間がかかるうちに終戦となり、終戦からわかずか5日後に営業再開にこぎつけています。

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▲六甲山上駅。アールデコ調の駅舎は開業当時のもの。駅舎は2007(平成19)年に経済産業省から近代化産業遺産として登録されている'14.4.8 P:宮武浩二
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▲開業当時の姿を残す優雅な階段と踊場。'14.4.8 P:宮武浩二
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140507n319.jpg当時の全国の鋼索鉄道のほとんどが不要不急の烙印を押されて休止されていく中で、完全に撤去され供出された例、撤去したものの搬出に手間取ってそのまま野ざらしになった例も多く、その後復旧もままならず、妙見ケーブルから十国峠に機材が転用(アーカイブ「十国峠と妙見の森、2つのケーブルの不思議な縁」参照→こちら)されたり、愛宕山ケーブルのように天橋立ケーブルに転用された例もあります。六甲ケーブルが結果的に無傷のまま復旧できたのは訳ありのようにも思われますが、今となっては推測の域を出ることができません。
▲出入り口の両脇にはこのような飾り台がある。当時はどのような飾り付けがされていたのか想像するのも楽しい。'14.4.8 P:宮武浩二
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▲アールデコ調の照明器具(左)。開業当時の記念プレートも大切に保存されている(右)。'14.4.8 P:宮武浩二
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▲六甲ケーブル下駅は二代目。初代の駅舎は1938(昭和13)年の阪神大水害で流され倒壊してしまい、復旧に際して山小屋風の六甲山に相応しいデザインで復旧された。'14.4.8 P:宮武浩二
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▲山上駅の操作室(左)。窓下には記念プレートが残る。復旧された路盤は真新しいコンクリートが目立つ(右)。折しも軌道の点検中。'14.4.8 P:宮武浩二
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六甲山上駅はモダンな駅舎が特徴で、戦前の古き良き時代を感じさせてくれます。ここではケーブルカーの絵葉書を購入することができます。また2輌連結展望車付のケーブルカーは最近お色直しされたようで美しい姿になっています。

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▲開業当時の六甲山上駅(左)と、今はなき清水駅(中間駅)に停車中の初代車輌(右)。ともに絵葉書
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▲展望車を連結した初代車輌。絵葉書

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▲二代目車輌。前面形状は八栗ケーブルにうりふたつ。絵葉書

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六甲ケーブルは今。(上)

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▲発車案内板に大きく運休中の紙が貼られた六甲ケーブルのケーブル下駅。'13.10.27 P:宮武浩二
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阪神間の行楽地として知られる六甲山への交通手段として長年にわたって愛されてきた六甲ケーブル(昨年10月1日より社名を変更して六甲山観光六甲ケーブル線)は。昨年9月17日に日本列島を襲った台風18号の大雨(福知山の由良川支流での冠水で大きく報道された時と同じくして)で路線の斜面が大きく崩落し、翌日から運休となっていました。

140507n206.jpgちょうど秋の行楽シーズンが始まる時期でもあり、営業的にも大きな痛手となったことは想像に難くありません。崩落場所はトラックなどの復旧車輌が入ることの出来ない場所でもあり、人海戦術で懸命の復旧が続けられ、現在ではすっかり元気な姿を取り戻しています。


▲運休を知らせる看板には土砂崩れの様子を伝える写真が掲示されていた。'13.10.27 P:宮武浩二
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▲六甲ケーブルは阪神電鉄の傘下なので、代行バスも阪神バスが運行した(左)。右はその代行バスの表示。'13.10.27 P:宮武浩二
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今回はこの六甲ケーブルの罹災後の様子と現状、そしてその歴史を宮武浩二さんのレポートで振り返ってみることにしましょう。

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▲ケーブル下駅の運賃表と六甲山案内図。'14.4.8 P:宮武浩二
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▲2号。復活運行時にお色直しがなされている。神戸市電と阪神電気鉄道の1型をイメージしている。'14.4.8 P:宮武浩二
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▲1号。展望車側の現状。'14.4.8 P:宮武浩二
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▲1号の車内(左)と、落ち着いた木目調の2号車内(右)。'14.4.8 P:宮武浩二
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春爛漫の磐越西線へ。

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▲誘われるがままに馬下の夕日を狙いに行ったものの、わずかに日没の方が早く光線が急速に減衰。やむなくポジションを変えて一発必中で残照に映える正面を狙ってみた。'14.4.26 馬下-猿和田
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先週末は友人に誘われて磐越西線へ。行きの上越新幹線では越後湯沢付近ではまだ残雪が見られたものの、新潟市内に入ると車窓風景もすっかり春本番となり、ことに磐越西線沿線は昨日満開になったと思えるほどの見事な桜が出迎えてくれました。東京の満開はちょうど一か月前。もう一度2014年の桜を愛でられようとは、なんとも得した気分で撮影地へと向かいました。

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▲上野尻の"銚子ノ口"の桜はまさに満開。万朶の桜を潜るように8226レが行く。'14.4.26 徳沢-上野尻
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「SLばんえつ物語」号は今シーズンから1号車に「オコジョ展望車輌」を編成してリニューアル(アーカイブ「"ばんえつ物語"号がリニューアル」参照→こちら)。上下列車ともに「オコジョ展望室」は大人気のようで、シースルーの展望室は多くの家族連れで賑わっていました。

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▲C55の水かきスポーク動輪というわけにはゆかないが、C57のボックス動輪でもそれなりに"抜く"ことが可能。クランクの位相90°を考慮すると左右のサイドロッドが上45°の進角にきた瞬間がベスト。ちなみにこれは1/125秒で流しており、中速シャッターで流すと被写体が視覚的に浮き上がる効果がある。'14.4.26 五泉-猿和田
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▲喜多方を出て慶徳峠へと駆け上がるサイドビューを、こちらは1/60秒で流す。なお、今回の機材はソニーのNEX-7 1台だけで、もちろん手持ち。'14.4.26 喜多方-山都
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新潟市内はともかく、阿賀野川を遡るにしたがって気温も下がってくると予想していたものの、この日はさにあらず、15時頃の山都では路上のデジタル温度計が27℃を指す陽気となり、満開の桜を横目に汗をぬぐうこととなりました。

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▲下り8233レの定番撮影地である日出谷の阿賀野川当麻橋梁。今回はちょっと趣向を変えて日出谷駅を発車、橋梁へと向かう姿を半逆光で舐めてみた。磐西らしい空気感と築堤脇の桜がアクセント。'14.4.26 日出谷-鹿瀬
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早いものでC57 180号機が復活して磐越西線で運転を開始してから15年。磐越西線の現役C57とはほとんどすれ違った程度(アーカイブ「喜多方、1971年5月16日」参照→こちら)ですから、まさかその後15年間にわたって接することが出来ようとは思ってもみませんでした。山都で寒ざらし蕎麦に舌鼓を打ち、帰路の新潟で日本海の幸と銘酒を堪能して、その日のうちに帰京...なんとも良い時代になったものです。

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南海ラピートが大変身。

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▲強烈なインパクトの赤いラピート「機動戦士ガンダムUC×特急ラピート 赤い彗星の再来 特急ラピート ネオ・ジオンバージョン」。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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ブルーの車体塗色とその強烈な前面デザインで"鉄人28号"とも称された南海電鉄の50000系特急「ラピート」が、今度はなんと鮮烈な赤に衣装替えして運行を開始しました。

140430n509.jpgこれは空港線開業20周年と特急ラピート運行開始20周年を記念して、人気アニメ「機動戦士ガンダム」のシリーズ作品『機動戦士ガンダムUC episode 7「虹の彼方に」』とタイアップを行い、1編成(50002F)を車体塗色のみならず特別仕様「機動戦士ガンダムUC×特急ラピート 赤い彗星の再来 特急ラピート ネオ・ジオンバージョン」としたもので、先週末4月26日(土)より南海本線および空港線で営業運転に充当されています。
▲そのフロントビューは一見鉄道車輌とは思えない。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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▲5号車スーパーシートに設置されたミネバ・ラオ・ザビ専用席、フル・フロンタル専用席、アンジェロ・ザウパー専用席。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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南海電鉄空港線(泉佐野駅~関西空港駅間)は関西国際空港開港前の1994(平成6)年6月15日に開業。同年9月4日には開港に合わせて50000系特急「ラピート」がデビューしており、ともに今年で20周年を迎えることになります。

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▲間仕切り壁や床面も機動戦士ガンダムUCの世界観を表現した特別仕様となっている。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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▲スーパーシート5号車と6号車の連結面(左)。車体標記など細かい部分にも拘りが。右は写真撮影待合席の注意書き。なお、レギュラーシート利用者は使用できない。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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タイアップのモチーフとなった映画『機動戦士ガンダムUC episode 7「虹の彼方に」』は、来たる5月17日からなんばパークスシネマをはじめ全国35館でのイベント上映や、先行有料配信、Blu-ray 先行販売が実施されます。今回は特急ラピート1編成の外観を、登場人物率いる組織「ネオ・ジオン」をイメージした赤色に変更するとともに、車内にも登場人物に因んだ専用席が用意されています。

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▲ネオ・ジオンのロゴと号車標記が印象的な側面。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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運行期間は4月26日(土)から6月30日(月)までの限定。難波駅~関西空港駅間を一日6往復ほどの運転で、充当列車は専用HP(下記)で確認することができます。
http://www.nankai.co.jp/traffic/info/rapit20th.html(→こちら
また、この運行にあわせて記念特急券引換券や記念入場券、記念グッズの発売も行われているそうです。

取材協力:南海電気鉄道株式会社

(C)創通・サンライズ

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▲約二か月間の限定となる赤いラピート。それにしてもあのラピートが登場20周年とはなんと月日の流れの速いことか...。'14.4.24 住ノ江検車区 P:高橋 修
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