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2014年3月18日アーカイブ

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▲雪の鉄道線を行くデハ55+サハ104+サハ102。鉄道線とは言え、車輌は路面電車のようなステップ付きの電車であった。'61.2.27 花巻-花巻グランド P:湯口 徹
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ここしばらく大都市やその近郊の鉄道をテーマにしてきたRMライブラリーですが、今月発売の第176巻からはひさしぶりに軽便鉄道をテーマとした『花巻電鉄』を3巻構成でお届けします。著者は本シリーズ『石油発動機関車』や『へっついの系譜』でもおなじみの湯口 徹さんです。

140318nh1.jpg軽便ファンにはあまりにも有名な花巻電鉄は、その名の通り岩手県の花巻市から近郊の温泉地を結んだ鉄軌道でした。路線は二つあり、大沢温泉を経て西鉛温泉へ行く軌道線と、花巻温泉へ行く鉄道線がありました。大沢温泉や鉛温泉は湯治客が自炊もできるなど、比較的庶民的な温泉地で、最初の区間は1915(大正4)年に開業、その後、先に開業していた馬車軌道を付け替えながら1925(大正14)年に西鉛温泉までの全線が開業します。"馬面(うまづら)電車"として有名な車体幅1600㎜の電車は、規格の小さかった軌道線の規格から誕生したものです。

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▲軌道線志戸平-西鉛間は先行して開業していた馬車軌道を改良する形で開業していった。
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一方の花巻温泉は大正の終わり頃に開かれたもので、鉄道線もそれに合わせて建設が計画されました。新興の温泉ながら要人や皇族が訪れるなど高級志向の旅館なども備え、瞬く間に東北地方有数の温泉地へと成長しました。

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▲軌道線が全通したのは大正時代の末期、1925(大正14)年のこと。時を同じくして、車体幅1600㎜のボギー車が誕生した。
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本書上巻はこの花巻電鉄の歴史について、軌道線を中心にまとめたものです。特に、"併用軌道"として建設されながら、実際には路上に線路はおろか枕木まで露出した、到底"併用"とは呼べなかった軌道敷の実態など、これまでになかった角度から"電鉄"の魅力に迫ります。

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▲当初花巻電気であった会社名は、その後盛岡電気工業、花巻温泉電気鉄道、花巻電気鉄道、花巻温泉電鉄、花巻電鉄と次々に変わり、廃止時には岩手中央バスとなっていた。
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なお、続く中・下巻では"馬面電車"をはじめとした車輌群について解説する予定ですが、皆さんにひとつお願いがあります。もし、花巻電鉄の昭和30年代以降の線路一覧図、路線平面図、構内配線図等をお持ちの方がおられましたらご提供いただけないでしょうか。

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