鉄道ホビダス

2014年1月アーカイブ

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▲はるばるアメリカから里帰りを果たしたNo.60008"Dwight D Eisenhower"(LNER No.4496)。通常はウィスコンシン州グリーンベイの博物館に貸し出されている。'13.11.8 P:陰山惣一
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引き続き弊社『VINTAGE LIFE』誌の陰山編集長が撮影してきた画像をお目に掛けましょう。ヨークに集合した6輌のA4クラスは、マラード75周年に因むさまざまなイベントをこなし、現在"The Great Goodbye"と銘打ったファイナルイベント"出演"のためにシルドン(Shildon)分館へと移っています。

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▲BRブルーの"Sir Nigel Gresley"(LNER No.4498)とBRグリーンの"Dwight D Eisenhower"(右手前)が見事なコントラストを見せる。'13.11.8 P:陰山惣一
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mallard006.jpgマラード75周年特設サイト(→こちら)によれば、来たる2月15日~23日までの一週間がこのファイナルイベント・ウィークとなっており、15日と23日には"Sir Nigel Gresley"、16日には"Bittern"が、22日には"Union of South Africa"が有火状態で展示されるようです。また、21日には"Gala Dinner"と名付けられたディナー・パーティーも予定されており、これを一連のイベントの締め括りとして世紀のA4クラス大集合は幕を閉じることになります。
▲今回の特別展について語る英国国立鉄道博物館キュレーターのボブ・グウィンさん。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲見事に"切開"されたカットモデル。英国国立鉄道博物館は入館無料ながら300名近いボランティアに支えられている。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲A4クラスの組立図。"THREE CYLINDER EXPRESS PASSENGER ENGINE"と記されている。'13.11.8 P:陰山惣一
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ちなみに、陰山編集長の取材時にも閉館後にマラード・ファンのためのブッフェ式パーティーが開催されていたそうで、マラード生誕の1930年代のファッションに身を包んだ紳士淑女が、6輌のA4を囲んでワインやダンスを楽しんでいたとのことです。

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▲閉館後の20時からはマラード・ファンのためのパーティーが開催された。シャンパンを片手に6輌のA4を愛でる至福の時間。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲マラード75周年に合わせて1930年代をイメージしたファッションで集ったマラード・ファンの皆さん。まさに"Ladies & Gentlemen"。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲館内中央の転車台横にはブッフェが設けられた。メニューにはヨークシャー・ガモンなどご当地料理も...。'13.11.8 P:陰山惣一
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わが国では博物館展示室内での飲食、ましてや飲酒などもってのほかですが、ヨークに代表される英国のみならず、アメリカでもアニバーサリー・イベントなどの際には博物館館内を会場としたパーティーが行われることが少なくありません。思い返せば、神田の交通博物館の最後にも、当時の菅 建彦館長の発案で、ヨーク方式になぞらえた「感謝とお別れの集い」が開催されたことが思い起こされます((アーカイブ「交通博物館・感謝とお別れの集い」参照→こちら)。

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▲そして、ヨークの英国国立鉄道博物館といえば忘れてならないのが0系新幹線。常に展示人気ランキングの上位を占めているという。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲0系と対面するのはユーロスター(左)。英国国立鉄道博物館入口には今日も入館者の長い列ができていた。'13.11.8 P:陰山惣一
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残念ながら実見することはかないませんでしたが、このマラード75周年を通して、英国国立鉄道博物館の、いや英国の鉄道保存の奥深さをあらためて思い知らされた思いがいたします。

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▲再び会うことはないかもしれない僚機は世界に散っても、主役"Mallard"はここヨークでますます輝き続けるに違いない。'13.11.8 P:陰山惣一
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※明日より今週一杯出張のため小ブログは休載させていただきます。

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▲奇跡の大集合を果たしたA4クラスたち。右からカナダから里帰りしたNo.4489"Dominion of Canada"、主役のNo.4468"Mallard"、No.4464"Bittern"、No.60009(4488)"Union of South Africa"。'13.11.8 P:陰山惣一
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かつてポール・カークマン(Mr.Paul Kirkman)英国国立鉄道博物館館長が来日されて鉄道博物館で講演された際(アーカイブ「英国国立鉄道博物館館長記念講演会」参照→こちら)、「マラード」号75周年の2013年には米国やカナダなど世界各地に現存するA4クラス全6輌がヨークに大集合するというサプライズ発表があり、大きな驚きが会場に広がりました。

mallard030.jpgその夢の大集合がまさに現実のものとなりました。残念ながら私は現地に行くことができませんでしたが、ちょうど英国特集を組んだ弊社『VINTAGE LIFE』誌の陰山編集長が祝賀ムードに包まれる英国国立鉄道博物館を訪ねてくれましたので、その羨ましいばかりの画像をお目に掛けることにいたしましょう。
▲マラード75周年の記念ロゴ。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲マラードの僚機たち。左からBR No.60007を付けた"Sir Nigel Gresley"(LNER No.4498)、アメリカから里帰りしたNo.60008"Dwight D Eisenhower"(LNER No.4496)、No.60009"Union of South Africa"(LNER No.4488)。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲さながら鏡面仕上げのような見事な光沢を放つ煙室にLNERブルーの車体が見事なコントラストを見せる。左:No.4489"Dominion of Canada"、右:No.4464"Bittern"。'13.11.8 P:陰山惣一
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「マラード」(Mallard=マガモの意味)とは、LNER(ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道)のA4クラス4468号機で、1938(昭和13)年7月3日に蒸気機関車の世界最速記録203㎞/hを達成した名機中の名機です。140輌以上の保存車輌を擁する英国国立鉄道博物館の中でも際立った存在で、今回のイベントはこの「マラード」の生誕+速度記録達成75周年を記念して大々的に企画されたものです。

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▲5輌の同形機をはじめとしたヨークの保存車輌たちに見守られてターンテーブルで回転するマラード。'13.11.8 P:@PA
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▲A4クラスを設計したナイジェル・グレズリー卿の名を冠した"Sir Nigel Gresley"(No.60007/4498)に付けられた戦後の蒸気機関車最速レコード(1959年112mph/180km/h)のエンブレム。'13.11.8 P:陰山惣一
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わが国でも3シリンダー機C53が採用したグレズリー弁で知られるナイジェル・グレズリー卿の設計によるA4クラスは、1935(昭和10)年から1938(昭和13)年にかけて35輌が製造されました。全長70ft(約21m)、動輪直径6ft8in(2,032㎜)、総重量165tにもなる巨体はLNERブルーの見事な流線型のケーシングに包まれ、まさに英国蒸機華やかなりし時代の白眉と言えましょう。

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▲館内にはマラード75周年を彩る各種のヒストリーボードなどが展示された。'13.11.8 P:陰山惣一
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今回「マラード」(4468号機)の75周年を祝うために駆け付けたのは、英国内に保存されている僚機4464号機"Bittern"、60009(4488)号機"Union of South Africa"、60007(4498)号機"Sir Nigel Gresley"、そして海外からはカナダの鉄道博物館に保存されている4489号機"Dominion of Canada"、アメリカはウィスコンシンの鉄道博物館に保存されている60008(4496)号機"Dwight D Eisenhower"の5輌。「マラード」を囲むようにずらりと顔を揃えたA4の姿は、言葉を失うほどに壮観です。

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▲ターンテーブル周囲に勢揃いした6輌のA4クラスを見ようと終日多くのファンが詰めかけた。'13.11.8 P:陰山惣一
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▲久保田駅でご案内いただいた由利高原鉄道春田社長のポートレートを撮影する広田さん。'13.12.29 久保田 P:名取紀之
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今月発売の本誌『Rail Magazine』で広田尚敬さんによる新連載、その名も「広田尚敬の視線」がスタートしました。広田さんといえば、あらためてご紹介するまでもない鉄道写真界の神様で、70代後半とは思えないパワーと感性で次々と新作を生み出されています。

140123n001.jpg新連載「広田尚敬の視線」は、今月から一年にわたって日本の、いや世界の鉄道写真をリードし続けてきた広田尚敬さんの "視線"を新作、旧作の両面から掘り下げようという企画です。初回のテーマは冬本番を迎えた由利高原鉄道。上野から寝台特急「あけぼの」で起点の羽後本荘を目指したのは昨年12月18日のことでした(アーカイブ「廃止発表前日の寝台特急「あけぼの」に乗る」参照→こちら)。春田社長自らにご案内いただいた取材初日は、地元の方でもこの季節にまずないとおっしゃる好天に恵まれ、旅客営業私鉄では3路線だけとなってしまったタブレット閉塞(前郷-矢島間。羽後本荘-前郷間はスタフ閉塞)もつぶさに見せていただくことができました。
▲本誌今月号巻頭でスタートした新連載「広田尚敬の視線」。

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▲誌面未発表の作品から。右下の温度計は前郷駅ホームのもので、撮り逃したから...とわざわざ戻ってまで撮影されたもの。P:広田尚敬

取材二日目は一転、粉雪の舞う寒い一日となりましたが、どうやら広田さんが狙っていたのはこちらの方で、タイトルも「春 まち ゆり」。厳しい自然環境と経営環境の中で、それでも明るく前向きに走り続ける由利高原鉄道を、冬を耐え春を待つユリの球根に例えての表題だそうです。(由利高原鉄道ホームページ→こちら でもご紹介いただいています)

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▲特別に前郷駅の閉塞室に入れていただいての撮影。広田さんはこの使い込んだタブレットキャリアにいたくご執心で、回りの者があきれる(失礼!)ほど熱心に撮り込んでおられた。'13.12.20 前郷 P:名取紀之
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この新連載「広田尚敬の視線」は、奇数月には撮り下しの新作を、また逆に偶数月には昭和30年代のモノクロを中心とした未発表の旧作をグラフ構成でご紹介いたします。60年を超える"広田写真"は大きな振幅を持っているようでいて、その実、まったくブレない何かを秘めています。今月の「春 まち ゆり」にしても、彩度が低く、かつローキーな画像は、口当たりの良い"現代食"に慣れた私たちにとっては、必ずしも食べやすいものではないでしょう。しかし、一年12作を通して、きっと鉄道写真の普遍の地平が見えてくるはずです。

※広田さんご自身のブログで今回の作品それぞれの意図を詳しく解説されていますので、あわせてご覧ください。こちら

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▲「春 まち ゆり」...由利高原鉄道での二日間で、広田さんは何を見ようとしたのだろうか...。'13.12.19 曲沢 P:広田尚敬

※取材時に撮影された動画が広田さん自らの「鉄道動画.com」(→こちら)で見られます。

※明日は不在のため小ブログは休載させていただきます。

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関水金属 新社屋が完成。

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▲見事な新社屋となった株式会社関水金属本社。もちろん長年にわたって親しまれてきた京急デハ268も健在。'14.1.21
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わが国を代表する鉄道模型メーカー、株式会社関水金属の本社ビルが完成、昨日、新社屋のお披露目と竣工披露祝賀パーティーが賑やかに開催されました。

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▲1階ともどもホビーセンターカトー東京となる2階フロアから前庭に保存されている京急デハ268を見る。ガラス張りの明るい壁面が見事。'14.1.21
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新宿区西落合の関水金属本社といえば、併設されていたホビーセンターカトー東京に通われた方も少なくないかと思いますが、ホビーセンターを含めた本社敷地を更地にして全面的に立て替える大掛かりな新築工事が行われていました。今回竣工した新社屋は本社機能のみならず流通拠点ともなるもので、もちろんホビーセンター東京もこの新社屋で新たなスタートを切ります。

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▲京急デハ268(左)は今後再整備される予定となっている。右は正面エントランス部で、左に「飛べ!カトー」と題されたモニュメントが飾られている。'14.1.21
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▲モニュメントは東京駅の「銀の鈴」も手掛けられた東京藝術大学の宮田亮平学長自らが制作したもので、動輪と銀河に向かってのびる線路がデザインされている。'14.1.21
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お馴染みの"KATO"のロゴが燦然と輝く新社屋は5階建て。長年のシンボルでもある京急デハ268が鎮座する正面玄関は、ホビーセンターカトー東京になる予定の2階フロアまでがガラス張りの吹き抜けになっており、ちょっとしたシティーホテルのような外観です。

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▲竣工披露祝賀パーティーで挨拶される加藤 浩社長。'14.1.21
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▲来賓挨拶に立たれる東京藝術大学宮田亮平学長(左)と、東日本旅客鉄道の小縣方樹取締役副会長(右)。'14.1.21
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▲祝賀パーティーにはサプライズも用意されていた。そのサプライズのカウントダウンをするのは創業者で日本のNゲージの発展を支えてこられた加藤祐治会長。'14.1.21
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祝賀パーティーは180名もの皆さんが駆け付けてたいへんな盛り上がりとなりました。来賓の方々も、オリエント急行来日の際からのお付き合いとうかがうJR東日本の小縣副会長をはじめ、氷河特急でご縁のあるスイス大使館や新宿区長など錚々たる皆さんばかりで、世界に冠たる鉄道模型メーカー=関水金属の幅広さをあらためて知る思いでした。

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▲5階には広いレセプションルームも用意されている。展望も抜群で、今後はこのレセプションルームでさまざまな企画が催される。'14.1.21
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▲同じ5階には屋上庭園も備わる。同じ新宿区内の副都心ビル群はもとより、遥か東京スカイツリーも遠望できる。'14.1.21
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ちなみに同社は1957(昭和32)年に有限会社関水金属彫工社として創立。社名の「関水」は当時の所在地であった文京区関口水道町に由来します。1927(昭和2)年生まれの現会長・加藤祐治さんはご自身が根っからのモデラーで、その足跡はまさに日本のNゲージの歩みそのものだったと言っても過言ではありません(アーカイブ「Nゲージ生誕40周年特別企画講演会を開催」参照→こちら)。それだけに、加藤会長にとっても今回の新社屋完成はさぞや感慨深いことでしょう。

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▲スペシャル講演として日本を代表するチェリストの溝口 肇さんのコンサートが行われた。もちろん溝口さんの代表曲である「世界の車窓から」のテーマ曲の生演奏も...。'14.1.21
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新社屋最上階の5階にはレセプションルームも用意されており、今後はさまざまなセミナーや講演会も企画されるとのこと。2月22日にはホビーセンターカトー東京もオープンする予定だそうで、この新社屋は名実ともに鉄道趣味の拠点のひとつとなってゆくに違いありません。

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▲そして、これがサプライズ。会場中央に飾られた東京藝術大学プロデュースによる見事な花壇の中には何と線路が! 季節を先取りした桜をはじめ、咲き乱れる花の中をE5系が軽快に走る。'14.1.21
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C58 239号機 試運転を開始。

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▲初めての信越本線での試運転。DD51を従え、磯部を出て25‰勾配に挑むC58 239号機。'14.1.17 磯部-松井田 P:木村一博
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一昨年12月4日に岩手県営運動公園から搬出され、大宮総合車両センターで復元工事が進められていたC58 239号機がついに動態復活、先週から高崎車両センター高崎支所を拠点に本線試運転を開始しています。

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▲上越線での試運転。区名札には「高」「試」の札が入れられていた。'14.1.16 群馬総社-新前橋 P:木村一博
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C58 239号機は1940(昭和15 )年6月に川崎重工業兵庫工場で製造(製造番号2321)され名古屋局に配置、1941(昭和16)年3月に奈良機関区に配置されたものの、戦時中の1943(昭和18)年5月に宮古機関区に転属し、以後1970(昭和45)年3月に盛岡機関区に移るまで一貫して山田線・小本線(岩泉線)を中心に活躍してきました(詳しくは『「SL甲組」の肖像』第4巻「慟哭の区界峠 -宮古機関区-」参照)。1972(昭和47) 年5月22日付けで廃車となるまでの32年間のうち実に27年間を岩手県で活躍してきた同県ゆかりの機関車です。また、1970(昭和45) 年2月28 日の山田線「さようなら蒸気機関車」(C58 90号機との重連)の前補機の重責も担っています。

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▲本線試運転3日目、信越本線を行くC58 239号機。'14.1.17 群馬八幡-安中 P:木村一博
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C58 239号機は昨年12月12日に火入れ、同19日に吹き込みが行われ、大宮車両センターの試運転線で単機による試運転が行われてきました。鉄道博物館横の試運転線を往復するとあって、偶然居合わせた来館者からは驚きの声が上がっていたと聞きます。

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▲横川に到着、信越本線の107系と並ぶC58 239号機。'14.1.17 横川 P:木村一博
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140121n001.jpg今年1月7日に高崎車両センター高崎支所に移り、オヤ12を従えた本線試運転が上越線と信越本線で行われていますが、1月下旬には"故郷"である盛岡に帰り、実に42年ぶりに復活の汽笛を響かせてくれるはずです。なお、キハ141形を改造した客車も間もなく完成し、4月以降に「SL銀河」としてデビューする予定です。
▲「峠の釜めし」を横目に小休止するC58 239号機。下あご(?)の出た「5」や下ぶくれの「8」など、郡山工場施工機の特徴を色濃く残すナンバープレートも健在。'14.1.17 横川 P:木村一博
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▲赤城山をバックに後進するC58 239号機。'14.1.16 群馬総社-八木原 P:木村一博
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▲勢ぞろいした復興期の花形車輌。クハ550形とデハ600形。'53.10.18 P:高松吉太郎 (RMライブラリー174巻『京急400・500形』中巻より)
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今月のRMライブラリーは先月に引き続き、佐藤良介さんによる『京急400・500形 −大型吊り掛け駆動車の生涯−』の中巻をお届けします。

rml174sn.jpgあらためて本書で取り上げる「大型吊り掛け駆動車」とは、大東急時代の1942(昭和17)年に導入されたデハ5300形→デハ300形から、初代600形までの、車体長17.5m(420形のみ17m)の吊り掛け駆動車を指します。昭和20年代中ごろまでを収録した上巻ではデハ5300形→デハ300形、デハ5400形→デハ400形、デハ420形の3形式について解説しましたが、中巻では引き続き昭和30年代後半までの動きを収録しています。


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▲冒頭では1号線規格の採用に伴う当時の車輌全般の改良工事を解説。
 (RMライブラリー174巻『京急400・500形』中巻より)
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昭和20年代も中頃になると、時代は復興から経済成長へ移っていきます。京急もそれに合わせるかのように、通勤輸送とともに、行楽輸送にも力を入れるになってきました。このような状況のなか登場したのが、戦後初のセミクロスシート車である500形でした。現在快特用として活躍する2100形のルーツとも言うべきこの車輌を中心に、休日には「油壷」「灯台」「房総」などの愛称を掲げた三浦半島方面へのハイキング特急や房総半島方面への船車連絡特急、夏季には逗子への海水浴特急などが運転されるようになりました。

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▲1951(昭和26)年に誕生したセミクロスシート車500形。休日のハイキング特急や夏の海水浴特急などに華々しく活躍したが、1956(昭和31)年にはカルダン駆動の初代700形〔後の600形(Ⅱ)〕が登場したため、主役としての時代は短かった。'56.9.1 P:柴橋達夫
 (RMライブラリー174巻『京急400・500形』中巻より)
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本書では昭和20年代中ごろから都営地下鉄直通運転の準備が進んだ昭和30年代後半までを対象に、連結器の交換や塗色の変更といった車輌全般に関わる動きや、緩急結合が確立した当時の列車運行を解説した後、300形、400形、420形のその後の改良を解説。さらに新たに登場した500形、その3扉ロングシート版とも言うべき600A形、そして木製車の更新名義で登場した最後の吊り掛け駆動車600B形までを解説しています。

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▲1957(昭和32)年に木製車の更新名義で製作された最後の吊り掛け駆動車、通称600B形。すでにカルダン駆動の初代700形が登場した後で、車体もそのデザインを取り入れたものとなった。
 (RMライブラリー174巻『京急400・500形』中巻より)
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なお、完結となる下巻では1965(昭和40)年の一斉改番・再編成の後、400形・500形にまとめられた各車について、その後の車体更新から終焉までを収録する予定です。どうぞお楽しみに。

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▲夕方の両国駅は房総西線、房総東線、総武本線方面に向かう通勤列車とディーゼル急行でにぎわいを見せた。主役は新小岩区のC57や佐倉区のC57、C58だった。'66.8.22 両国 P:椎橋 弘
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本誌2003(平成15)年2月号でスタートした椎橋俊之さんの連載「SL甲組の肖像」は、十年あまりの歳月を掛けて100か所近い区所を巡り、数えきれないほど多くの"甲組"の皆さんから貴重なお話をうかがってまいりました。1月号(№364)でついに最終回を迎えましたが、編集部にはいまだに連載終了を惜しむ声をいただいております(単行本最終巻第8巻は今春発売予定)。

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▲17線収容の大きなラウンドハウスを擁していた仙台機関区。東北本線の要としての活躍は『「SL甲組」の肖像』第6巻に収録。 (『「SL甲組」の肖像』第6巻より)
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201309301335-2nn.jpg「SL甲組の肖像」は蒸気機関車が輸送の要として活躍していた時代の証言集で、その語り手の皆さんにとって忘れられない鮮烈な記憶は、ほかならぬ戦争でした。取材のなかで椎橋さんは鉄道誌の記事としてではなく、これまで纏められることのなかった庶民の昭和史としてこれらの証言を後世に残せないものかと模索され、先般、筑摩書房より『SL機関士の太平洋戦争』(B6判・256頁/1,600円=税別)と題した単行本として上梓されました。戦火の下での輸送や、焦土と化した中での引き揚げ輸送を担った機関士たちのオーラルヒストリーは、椎橋さんの名文とあいまって読む者を苦難の時代へと引き込みます。

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▲東日本エリアでは尾久機関区と並んで旅客列車仕業しか持たない庫として知られた仙台機関区。もちろんあのC61 20号機(右)もここ仙台機関区で若き日々を過ごした。 (『「SL甲組」の肖像』第6巻より)
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140117n006.jpgこの『SL機関士の太平洋戦争』の出版と、「SL甲組の肖像」の連載終了を記念して、来たる2月8日(土曜日)に東京・秋葉原の書泉ブックタワー9Fイベントスペースで、椎橋さんのトークショー&サイン会が開催されます。
◆開催日時:2014年2月8日(土) 13:00~14:30予定
◆開催場所:書泉ブックタワー9Fイベントスペース(秋葉原)
◆定員:先着40名
◆参加条件:入場無料 要参加券
※申し込みは下記店頭または電話にて、「椎橋俊之トークショー&サイン会」の参加と申し付けのうえ(名前・電話番号・参加人数)申し込む。
 なお、電話で予約の場合は、必ず当日までに店頭で参加券を受け取ること。
◆問い合わせ
 書泉ブックタワー5階 TEL 03-5296-0051
 書泉グランデ6階鉄道フロア直通 TEL 03-3295-0016
◆後援協力:筑摩書房/ネコ・パブリッシング
書泉ブックタワー ウェブサイト→こちら

▲まだ開発途上だった鉄道博物館のシミュレータを体験する椎橋俊之さん。'07年
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▲明けやらぬ我孫子駅に到着する上野行き一番列車。情感あふれる写真の数々も連載を盛り立てていた。'69.3.22 我孫子 P:福井康文
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まだ余席があるようですので、この機会に椎橋さんの取材秘話をお聞きになられてはいかがでしょうか。なお、当日は私も会場にうかがう予定にしており、機会があれば編集サイドからの「甲組」秘話も披露させていただければと考えております。

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▲西日本編の完成で完結した宮下洋一さんの『写真で綴る昭和の鉄道施設』。
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『地鉄電車慕情』(アーカイブ「"宮下ワールド"ふたたび...」参照→こちら)をはじめ、数々の情感溢れる昭和のモデルシーンをレイアウト上に再現されてこられた宮下洋一さんの新刊『写真で綴る昭和の鉄道施設』の西日本編が完成しました。

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▲基本はモノクロページだが巻頭には「東日本編」同様にカラーグラフも用意。この「駅周辺の建物」のページでは、駅周辺に見られる味わいある建築物を中心に構成。 (『写真で綴る昭和の鉄道施設』西日本編より)

west_h1n.jpg実は宮下さん、学生時代より地方私鉄や旧型国電など魅力的な車輌を撮り歩く一方で、レイアウト製作の参考用にと駅構内の施設や周辺の建物などを積極的に観察され、撮影はもとより時には計測もしてこられました。その集積は信じられないほど膨大で、いつの日か出版物として後世に残せればと、かねてよりご相談いただいておりましたが、『RM MODELS』の水野副編集長が中心となって「東日本編」が昨年9月、そして「西日本編」が今月ようやく発行に漕ぎ着けました。

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▲「国鉄の駅舎とその周辺風景」より。模型製作の参考になりそうな「よくまとまった駅」を中心に掲載。 (『写真で綴る昭和の鉄道施設』西日本編より)

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▲「地鉄電車」の宮下さん面目躍如の「私鉄の駅舎とその周辺風景」編。数多くの駅に下車しては施設写真を記録しているが、これでもセレクトされた写真はほんの一部にすぎない。 (『写真で綴る昭和の鉄道施設』西日本編より)

"宮下ワールド"を構成する核は昭和の地方鉄道風景で、本書も昭和の終わり前後の鉄道風景をモデラーの視点から記録したビジュアルな資料集です。宮下さんによれば、取材時点では西に行くほど古い建造物が良く原形を残して残存しており、東に行くほど手が入っているか建て替わっている率が高い傾向にあったそうです。

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▲「その他の駅構内にある建物」編。東日本編以上に写真点数を増やして模型化の際のバリエーションを選びやすいようにしている。 (『写真で綴る昭和の鉄道施設』西日本編より)

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▲鉄道施設写真とともに本書の根幹となる「駅から街へ」編。思わず模型化して駅前に並べたくなるような建物を厳選して収録。 (『写真で綴る昭和の鉄道施設』西日本編より)

それだけに紹介したい施設はどうしても西に偏る傾向があり、「東日本編」では図面・資料等を多めに、「西日本編」では具体例を多めに掲載しております。また、両編ともにフィールドノートに記録された手書きの構内配線図を多数掲載しており、建物という"点"ではなく、その周辺まで含めた"面"として時代が浮かび上がってくるのも大きな魅力です。

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▲巻末には東日本編・西日本編を通した施設別掲載写真の索引を収録。 (『写真で綴る昭和の鉄道施設』西日本編より)

それにしてもあらためて驚かされるのは、当時の宮下さんの観察眼です。魅力的な建造物があっても、通常であれば正面側から撮影して良しとするのが関の山でしょう。それに対して宮下さんは可能な限り"裏側"の撮影もされているのです。つまりその建物が全方位からわかるように心がけられていたわけで、その熱意が本書からもひしひしと伝わってまいります。モデラーの皆さんのみならず『国鉄時代』にシンパシーを感じられておられる皆さんもぜひお手にとってご覧ください。

写真で綴る昭和の鉄道施設 西日本編
【判型】A4変形国際判(297×232mm)
【ページ数】全164頁(うちカラー20頁)
【価格】本体3,619円+税
○内容
・カラーグラフ「魅惑の鉄道施設」
・駅舎と駅構内にある周辺建物:国鉄の駅舎、私鉄の駅舎、旅客ホーム上屋、ホーム上にある待合室、貨物上屋、線路を渡るための施設、その他駅構内にある建物(便所・倉庫・危険品庫・信号扱い所など)、詰所、車輌庫など
・駅から街へ:日通事務所、農業倉庫、バス・タクシー車庫/営業所、駅前旅館/食堂、郵便局、その他商店など

全国の模型店・書店で好評発売中!
※店頭で見掛けない場合は通信販売をご利用ください。
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※既刊の「東日本編」も在庫がございます。

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▲横川駅行き905号。市街地の景観は元大阪市電によく似合う。'13.3.19 本川町 P:宮武浩二
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京都、大阪、神戸など各地の市電が今なお現役で活躍する広島電鉄軌道線。そのなかでも一大勢力を維持しているのがもと大阪市電2601形の900形です。宮武浩二さんから広島入りした当時の時代の写真とともにレポートをいただきました。

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▲広島電鉄に転籍当時から白島線のワンマン化に貢献した904号。同じく白島線を走った901から903号はすでにない。'13.3.19 江波車庫 P:宮武浩二
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大阪市電全廃とともに14輌もの2601形が広島に移籍して早いもので今年で45年にもなります。広島では路面電車の近代化のために導入したものですが、その後、他都市から移籍した車輌にも負けることなく、今でも9輌が現役で活躍しています。

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▲運転席小窓構造も大阪市電時代のまま。'13.3.19 P:宮武浩二
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140115n004.jpg2601形は木造ボギー車に3001形と同一スタイルの車体を載せて更新改造した車輌で、1955(昭和30)年から1961(昭和36)年にかけて2601~2714の計114輌が誕生しました。使いやすいということが長生きの秘訣なのでしょうか、大阪市電当時と大きく姿を変えずに活躍していることを考えてもうなずけます。
▲一部の車輌に正面の窓枠が細いタイプが存在する。車号の書体は同社700形と同じく阪急電車と同じ書体。残念ながら大阪市電の書体とは異なる。'13.3.19 江波車庫 P:宮武浩二
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▲江波車庫に休む大阪市電の一群。大阪市電の車庫を彷彿させる光景。'13.3.19 江波車庫 P:宮武浩二
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▲元大阪市電の由来を示す移籍表示プレート(左)。車内色は大阪市電時代は天井櫛桁部は白、その他は薄い緑色であった。カーテンカバーには大阪市電時代の真鍮製広告吊金具が残っていた(右)。'13.3.19 P:宮武浩二
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▲台車は大阪時代からのブリル77E台車(左)。古くは大阪市電1081形からのもので、大正9年から94年間も現役の台車。出入口表示も大阪市電時代のままだが、入口と出口は大阪市電とは逆。右は広島駅前で偶然目にした軌道敷整備工事。敷石の組み方がよくわかる。'13.3.19 P:宮武浩二
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今回は移籍当時の1970(昭和45)年ごろの姿と現在の姿を紹介したいと思います。広島での歳月で、冷房装置の搭載、前面窓の開閉化、方向幕の大型化など近代化工事がなされているものの、大阪時代の姿を色濃く残している900形にぜひ注目いただければと思います。

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▲白島線で走り出した当時の904号。方向幕と社号が変わった程度で大阪市電のままの姿で営業に就いている。P:宮武浩二
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▲当時はワンマンカーの帯は残っていた。広島電鉄初のワンマンカーとして先鞭をつけた功績は大きい。P:宮武浩二
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▲大阪市電都島車庫で広島電鉄に譲渡されるのを待つ2601形ワンマンカー。広島では2636号は911号に2631号は902号となった。P:宮武浩二
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▲第一天ノ川橋梁最後の紅葉は名残を惜しむかのように艶やかだった。'13.11.1 宮越-湯ノ岱(123D) P:辻 晴穂
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今年の5月12日付けで廃止される江差線木古内~江差間42.1㎞が最後の冬を迎えています。地元の江差で30年以上にわたって江差線を撮影し続けてきた辻 晴穂さんから、晩秋から今冬にかけての同区間の様子をお送りいただきましたのでお目に掛けましょう。

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▲南ヶ丘からの大俯瞰。日本海をバックに単行のキハ40が終点の江差へと向かう。'13.11.24 上ノ国-江差(120D) P:辻 晴穂
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▲本格的な冬の訪れを前に寒干し用の大根を洗うご婦人たち。椴川橋梁。'13.11.6 江差-上ノ国(4177D) P:辻 晴穂
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廃止区間の木古内~江差間には渡島鶴岡、吉堀、神明、湯ノ岱、宮越、桂岡、中須田、上ノ国、江差の9駅があり、途中の湯ノ岱が唯一交換可能な有人駅で、ここから終点の江差までが今では珍しいスタフ閉塞区間となっています。国鉄時代は単に「閉塞式」と呼ばれていたスタフ閉塞は、現在、道内では留萌本線留萌~増毛間、札沼線石狩月形~新十津川間とこの木古内~江差間に残されるのみで、タブレット閉塞と同様のキャリアを受け渡す姿は一見の価値があります。

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▲湯ノ岱駅でのスタフ交換。古くから続いてきた鉄道の安全を護る営みが今日も繰り返されている。'13.6.25 湯ノ岱(124D) P:辻 晴穂
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▲スタフはタブレットと同様の円形のキャリアに入れられて乗務員へと手渡される。'13.8.11  湯ノ岱(124D)/'13.9.7 湯ノ岱(122D)  P:辻 晴穂
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ちなみにこの江差線木古内~江差間42.1㎞、現地を訪れたことのない方にとってはその線名から海沿いを思い浮かべられるかと思いますが、実際は津軽海峡側の木古内から日本海側の江差へと渡島半島を横断する山越えの路線です。ことに吉堀-神明間は駅間が13.2㎞もあり、五稜郭起点51.534㎞をサミットとする稲穂隧道前後には最急25‰の勾配が立ちはだかっています。

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▲五稜郭起点64㎞地点に設けられた「天ノ川駅」のモニュメント。昨年夏から常設となって車窓を楽しませている。'13.7.7 宮越-湯ノ岱(125D/許可を得て撮影) P:辻 晴穂
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140114n006.jpgさきほど辻さんに電話でうかがったところでは、廃止が決まってからというもの、お名残乗車客が日に日に増えているそうで、日中の122D(木古内11:48→江差12:55)とその折り返しの125D(江差13:07→木古内14:13)は従来の単行から2輌編成に変更されているものの、平日でも立客が出るほどの賑わいとのことです。本誌でも1月号でJR北海道函館支社の協力を得て乗車ルポを掲載しておりますが、昨年10月末の取材時点ではそれほどの賑わいは感じられませんでした。5月11日(日曜日)の最終運転まであと4か月、いよいよファイナルカウントダウンが始まったようです。
▲江差駅改札口の混雑ぶり。ことに日中の122D→125Dは折り返し時間が12分しかなく、混雑ぶりが目立つという。'13.9.21 江差 P:辻 晴穂
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▲雪景色となった第二天ノ川橋梁を行く。'13.11.13 湯ノ岱ー宮越(122D) P:辻 晴穂
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▲江差線はすでに厳しい冬を迎えている。ことに木古内~上ノ国間は降雪量も多く、このところ連日"排モ"が出動しているという。'13.11.28 宮越ー湯ノ岱(125D) P:辻 晴穂
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▲上越線でのC61 20号機の試運転を撮影中の屋鋪 要さん。'12.5.29 後閑-上牧 P:山下修司
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140110n006.jpg本誌300号から361号まで連載をいただいた屋鋪 要さんの「保存蒸機撮りつぶし」がいよいよ単行本になります。あらためてご紹介するまでもないかと思いますが、「めざせ打率10割!」の連載キャッチコピーが象徴するように、屋鋪 要さんは俊足、巧打、好守備のプロ野球選手として横浜大洋ホエールズ(のちの横浜ベイスターズ)で「スーパーカー・トリオ」のお一人として活躍され、盗塁王やゴールデングラブ賞などを受賞、1994(平成6)年からは長嶋茂雄監督率いる東京読売ジャイアンツに転じて大きな功績を残されました。
▲ホームランを打つ現役時代の屋鋪 要さん。投手(右)は江川 卓さん。後楽園球場 提供:屋鋪 要
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▲多度津工場で準鉄道記念物のC58 333号機を撮影する屋鋪さん。
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そんな野球ファンなら知らない人はいない屋鋪さんですが、実は子どもの頃からの熱心な蒸機ファンでもあり、御年54歳にしてなんと現役時代のC62重連「ニセコ」を撮っておられるという信じられないキャリアをお持ちです。C62重連「ニセコ」が消えたのが43年前ですから、その原体験の深さは推して知るべしです。

140110n001.jpgただ、そんな屋鋪さんも中学・高校と野球部のエースとして練習と試合に明け暮れる日々を送ることとなり、高校時代に現役蒸機は消滅。1977(昭和52)年のドラフトでプロ野球選手としての人生を歩み始めると、いつしか蒸気機関車、いや鉄道趣味からも遠ざかってしまっていました。
蒸気機関車への思いが再燃したのが、現役引退後に見た本誌117号の特集「蒸機こそすべて!」。所収の関 高生さんの全国保存蒸機。かつて心躍らせた機関車が各地に保存されているのを知って"再会"してみたいと思ったのがきっかけだったそうです。幸い、引退後は講演や少年野球教室で全国を飛び回る生活を送られており、その合間をみては保存蒸機を訪ねる日々が始まりました。
▲群馬県川場村では圧縮空気によって自走できるようになったD51 561に感激。ナッパ服を借りてしばし機関士気分。'12.5.29 P:RM(山下修司)
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▲見たりなかった現役蒸機、保存機を巡る旅でのさまざまな出会い、動態保存機へのエール、そして今は亡き同好のお父さんへの思い、屋鋪さんの趣味感が凝縮した一冊。
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その親しみやすいお人柄もあってか、次第に屋鋪さん=保存蒸機という図式も浸透してゆき、全国各地に支援者が現れるようになります。講演先では「屋鋪さんが町の保存蒸気機関車を見たがるだろうから...」と気をつかってクルマを回してくれたり、はたまた現状はこんな感じですと写真を撮って送ってくれたりするようになったといいます。

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▲巻末では"制覇"した601輌が写真のみならず廃車年、最終配置区、保存場所を添えて総覧できる。
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かくして7年間で撮り尽くした全国に散らばる国鉄・私鉄の保存蒸気機関車は実に601輌。まさに「打率10割」への果てしない挑戦でした。もちろん非公開の機関車や、はたまた現在行方が知れない機関車などもあって、601輌がわが国の全保存蒸機というわけではありませんが、本書ではそれぞれの保存機に出会うまでのまさにロマンが、いろいろな側面から描かれており、読み物としても楽しめるものとなっています。

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▲前原元国交大臣との対談は、形式のみならず機番が飛び交うマニアックなものに...必見。衆議院議員会館にて。
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巻頭にはかねてより親交のある元外務大臣・国土交通大臣の前原誠司さんとの対談も収録しております。発売は2月4日。ぜひともご覧いただければと思います。
『屋鋪 要の保存蒸機完全制覇』
B5判/148頁 定価 本体1,714円+税

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▲北炭化成工業所専用線で入換え作業中の夕張鉄道12号機。'73.6 P:伊藤保則
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昨日に続いて北海道の話題です。毎年この季節にご案内している夕張の雪下ろしバスツアーですが、今年は例年より早く、1月19日(日曜日)に実施されることになりました。夕張市で鉄道文化財の保存活動を展開する三菱大夕張鉄道保存会(→こちら)が企画したこのツアー、普段は見ることのできない「SL館」の見学のほか、今年はかつての北炭化成工業所専用線跡に出来た日帰り温泉施設「夕鹿の湯」での入浴もセットされています。

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▲現在でも「SL館」内に保管されている三菱大夕張鉄道№4号機。'13.2.2 P:三菱大夕張鉄道保存会
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140109n002.jpg夕張市石炭博物館の展示サテライトとして1981(昭和56)年に開館し、石炭輸送や市民の足となり活躍した夕張鉄道14号機、同ナハニフ151、三菱大夕張鉄道4号機のほか、国鉄夕張線や北炭真谷地専用鉄道の関連資料を展示していた「SL館」ですが、2008(平成20)年10月末に指定管理が返上され、その後は三菱大夕張鉄道保存会が主体となり自主開館や雪下ろしなどを行ってきました。
▲北炭化成跡に建つ日帰り温泉施設「夕鹿の湯」。P:三菱大夕張鉄道保存会
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昨年には夕張市条例でも観光施設から教育委員会所管に変更され、教育文化施設との位置付けがなされましたが、財政再生下では補修もままならず、建物の老朽化も進んでいます。

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▲大夕張炭鉱のポケット下の現役時代の№4号機。1965年頃 P:三菱大夕張鉄道保存会所蔵
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駅備品や部品等、移設可能な展示資料については、三菱大夕張鉄道保存会によって昨年9月に搬出が済みましたが、館内には今も貴重な車輌が収容されています。そこで、雪害から貴重な車輌を守るため、今年も来たる1月19日(日曜日)に、夕張鉄道㈱の協力で「夕張・SL館 雪おろしツアー」が行われます。札幌大通(夕鉄バス停留所)を午前8時に出発、雪下ろし、昼食、「SL館」見学後「夕鹿の湯」で温泉入浴、札幌には18時30分頃帰着の予定となっています。申し込みは夕鉄旅行センター江別営業所(011-382-1101)で、今年もひとりでも多くの方の参加を熱望しておられるとのことです。

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▲今回のバスツアーのフライヤー。
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▲これまで行われてきたモニターツアーより。バスで先回りし、塘路駅付近で「SL冬の湿原号」を撮影する参加者の皆さん。'11.2.20 釧網本線塘路-茅沼 P:釧路臨港鉄道の会
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釧路商工会議所、釧路市などでつくる「くしろ圏広域観光推進コンソーシアム」が、地場産業や地域資源を活用した観光活性化を進める「くしろ海底力(そこぢから)プロジェクト」の事業の一環として3年間にわたって実施した「海底力モニター見学会&体験会/冬のSLと石炭のマチ・釧路」は毎回大好評を博しましたが、残念ながら3年の期限事業であったため、一昨年を最後に終了してしまいました(アーカイブ「"くしろ海底力モニター見学会&体験会"レポート」参照→こちら)。

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▲春採駅で発車を待つDE601を先頭にしたシャトルトレイン。'13.11.9 P:名取紀之
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ただ、存続を望む声はその後も絶えず、釧路臨港鉄道の会が中心となって新たなスキームを模索、昨年は一般ツアーとして実現しましたが、今年は新たに釧路観光コンベンション協会企画による「新・冬のSLと石炭のマチ・くしろ」ツアーとして実施されることになりました。これまでのツアーは2泊3日でしたが、今年は1泊2日、しかも宿泊、交通機関は参加者が手配をするという新しいパターンでの再開です。

140108n003.jpg実施は来月2月22日(土曜日)・23日(日曜日)。初日22日は8時にJR釧路駅に集合し、専用バスで太平洋石炭販売輸送春採駅へ。石炭列車(※当日の状況によっては運転されない場合もあり)を撮影して、春採湖を見下ろす釧路市立博物館へ移動。開催中の「釧路炭田の炭鉱と鉄道展」(→こちら)を観覧して「SL冬の湿原号」を撮影、太平洋炭礦炭鉱展示館や釧路製作所に保存されている元雄別鉄道の8722号機を見学後、17時頃に釧路市内で解散となります。
▲D701を先頭にしたシャトルトレイン。後ろに続くのは連接構造のセキ6000形。'13.11.9 P:名取紀之
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▲春採湖畔を行く太平洋石炭販売輸送のシャトルトレイン。後方に見えるのが釧路市立博物館。'13.11.9 P:名取紀之
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二日目は12時45分に各自JR標茶駅に集合。専用バスで釧路湿原の茅沼駅付近に移動して「SL冬の湿原号」を撮影し、16時頃に釧路駅で解散というスケジュールです。移動の専用バスと22日の昼食以外の宿泊、交通機関はすべて参加者が手配をするかたちとなりますが、全行程を釧路臨港鉄道の会の皆さんがサポートくださるとのことですので、厳冬期の北海道が初めてという方も安心して参加することができそうです(9,800円/定員20名)。また、オプションで地元ならではの釧路の味覚に舌鼓を打ちながらの懇親も計画されているようですので、この機会に「冬のSLと石炭のマチ・くしろ」を訪れてみられてはいかがでしょうか。
※詳しくは釧路観光コンベンション協会HP(→こちら)。

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▲静かな正月の午後、千登世橋にも柔らかな冬の陽が降り注いでいた。松の内の明治通りは交通量は少なく、学習院下へと下り込む32系統のジョイント音だけが響く。'74.1.3
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正月休みにネガの整理をしていると、今からちょうど40年前、1974(昭和49)年の正月に撮影した都電「32系統」の写真が出てきました。この年の正月は写行で遠征することもなく、今さら思えば手近な都電でお茶を濁したようですが、考えてみると「32系統」(荒川車庫前~早稲田間)が「27系統」(三ノ輪橋~赤羽間)の一部と統合し、「荒川線」と名前を変えたのがこの年の10月。つまり伝統の系統番号を掲げた最後の正月だったことになります。

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▲千登世橋を潜ってSカーブを雑司ヶ谷へと向かう7000形。'74.1.3
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いったいどんな経路で撮影したのかは記憶にありませんが、スリーブを見ると早稲田から面影橋、学習院下と撮り進み、鬼子母神、雑司ヶ谷を経て大塚駅前へと向かったようです。カメラは例によってキヤノンフレックス。レンズはFL28㎜をメインに、同じくFL200㎜、そしてお気に入りだった長焦点の85㎜F1.8を携行しました。

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▲沿線にはまだまだ戦後を感じさせる風情が残っていた。門松を前にした和装姿は年始客だろうか...。'74.1.3
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▲路地からそのままつながったような警報機もない踏切がいたるところにあった。架線もまだシンプルトロリーだ。木造家屋の庭先のワン君は行き来する32系統を見ながら育ったに違いない。'74.1.3
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東京都電は1967(昭和42)年12月から1972(昭和47)年11月にかけて順次廃止されてゆき、かつては41系統あった路線も、この第六次撤去によって32系統と27系統の一部のみが残されるかたちとなってしまいました。専用軌道部分が多く、しかも並行する明治通りの混雑が激しいことからバス代替を見送られたのが存続の鍵となったと聞きますが、まるで何かに急き立てられるかのごとく全国の路面電車が消えてゆくなかで、「荒川線」が残ったのは奇跡的だったとも言えましょう。

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▲まだサンシャイン60はできていなかったが、新宿方面では高層ビルが次々と建設されつつあった。新宿住友ビルがこの年の3月、新宿三井ビルが翌年に竣工している。'74.1.3
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このネガに写し込まれた32系統には、まだまだ古き佳き都電の風情が色濃く残されています。「軌道敷地内通行禁止」の札はあるものの、線路敷は地域住民の便利な通路となっていましたし、ワンマン化もまだで(1978年4月に全車ワンマン化)、例の車掌鞄を下げた車掌さんが小粋に車内を巡回していました。「新装」と称した電停の嵩上げをはじめとした荒川線近代化が完成したのはこの写真から4年後の1978(昭和53)年のことです(アーカイブ「都電最後の花電車」参照→こちら)。

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▲面影橋の急曲線を曲がる7062。かつてはここから高田馬場方面への15系統が分岐していた。踏切警報機が鐘撞式なのに注意。'74.1.3
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▲今回のフル・コンプリート版では国鉄蒸気機関車編も新たに判明した転配履歴等が大幅に追加されている。
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201312271230-5.jpg本誌300号を記念してCD-ROMとして付録させていただいた沖田祐作さんの『機関車表』(→こちら)は大きな反響を呼び、その後、各種出版物をはじめ多くのウェッブサイトなどでも基礎資料として活用していただいております。ただし、この時に収録したのは国鉄(JR)に在籍した機関車だけ(300号で蒸気機関車、301号で内燃機関車・電気機関車等)で、なおかつ文字データのみでした。本来、沖田さんのライフワークである機関車表は、わが国に存在したすべての機関車の来歴を詳らかにしようという空前絶後の試みで、その真骨頂はむしろ私鉄・専用線や官公署所管の機関車にこそあるといえます。
▲国鉄編では各機の製造年、製造所、製造番号、新製配置、転配履歴、改造、事故履歴、払下、廃車、保存...等々、まさにその生涯が追跡できる。
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▲国鉄機関車編にも写真や図面を加えてビジュアル的にも価値あるものとなっている。
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それらを網羅したいわばコンプリート版ともいえる『機関車表』は、3年ほど前に沖田さん自らが私家版として頒布され、その功績は2012年島秀雄記念優秀著作賞の特別賞として顕彰されております(→こちら)。

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▲国鉄機、私鉄機を問わず、機関車研究家の山本茂三さんが託された図面の多くが収録されている。文字情報のみならず圧倒的な資料製となっている。
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その後も新資料の追加など『機関車表』は日々進化し続けており、このたび本誌30周年を記念してそのフル・コンプリート版をDVDブックとして出版させていただく運びとなりました。もちろん、今回のフル・コンプリート版は私鉄、専用線、官公庁、鉱山、建設業、外地のすべての機関車を網羅。国鉄・JR編も大量の情報をアップデートのうえ、写真・図面類も掲載しております。また、メーカー別の機関車製造台帳、さらには明治・大正・昭和(三代)に発生した鉄道事故を微細なものまで含めて判明する限り年表とした三代事故録も収録しております。

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驚くべきはそのボリュームで、A4判出力換算で何と2万2千ページ超! わが国の機関車研究が辿りついた、まさに究極のデータベースです。
■各項目のページ数
国鉄編
蒸気機関車:1945頁、電気機関車:854頁、内燃機関車:345頁、補助車輌(貨車移動機等):480頁、事業用車:426頁、気動車(旧形式気動車 含む蒸気動車):173頁、船舶:48頁
官公署:882頁
私鉄及び専用線(所轄県別掲載):8301頁
鉱山:707頁
建設業:333頁
極東地域外国編:2765頁
機関車製造台帳国産機編:2895頁
機関車製造台帳外国製編:1005頁
三代事故録:1556頁
計   22715頁
※A4判出力時のページ数。最終データでは多少増減する可能性があります。

▲私鉄及び専用線編では多くのお仲間の協力を得て初見の写真も数多く見られる。
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▲専用線や鉱山、建設業など従来縦覧できる資料がなかった分野に関しても網羅している。
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発売は2月下旬を予定しておりますが、書籍としての限定出版のため弊社特約店を中心としての販売となります。もちろん一般書店でもお求めいただけますが、お買いもらしのなきようご注意ください。予価は4,300円(税込)。ご承知のように4月1日以降は税率の変更により4,423円となりますので、その面でもお早めのお求めをおすすめいたします。

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明けましておめでとうございます。

本年も皆さんにとって、そして鉄道趣味にとって実り多い一年となることを祈念いたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます。

なお小ブログは6日(月曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか本年も、本誌ともどもかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。

2014年元旦

編集局長:名取紀之 敬白

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