鉄道ホビダス

2013年12月 6日アーカイブ

三谷烈弌さんの訃報に...。

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▲2008年夏にJR上野駅Breakステーションギャラリーで開催された写真展「昭和の記憶 カラーで顧みる1950年代の汽車・電車」のオープンを前に準備を終えた会場を視察する三谷烈弌さん。背後は伊東から東京へ向かう湘南電車車窓から見た特急「こだま」。高架上には東急5000系の姿も見える。('58.10 P:三谷烈弌 )。 '08.7.22 P:名取紀之

RMライブラリー50巻『昭和の記憶』をはじめ、本誌でも昭和30年代の貴重なカラー写真の数々をご発表いただいた三谷烈弌(みたに あきひと)さんが、去る11月10日(日)にお亡くなりになりました。 

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▲品鶴線を快走する凸型車体末期のラストナンバーEF13 31の貴重なカラー写真。同機はこの写真が撮影された2年後、1957(昭和32)年3月にEF58 3の車体をもらって箱型に改造されている。'55.2.6 品鶴線西大井付近 P:三谷烈弌 
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三谷さんは1926(大正15)年1月15日のお生まれ。戦前から『模型鉄道』などを愛読されておられましたが、終戦直後の1947(昭和22)年秋、東京・神田の模型鉄道研究会を訪ねられ、その時に偶然おられた酒井喜房さんに高松吉太郎さんを紹介いただいたのが大きな転機となって、本格的に鉄道趣味の世界に入られます。

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▲都電にも強い思い入れを抱いておられた。写真は1956(昭和31)に江戸城築城500年を記念して運行された「開都500年 大東京祭」の花電車。先頭は無蓋電動貨車乙1の改造、2輌目は花1形で、合計6輌の隊列を組んで巡回した。'56.10 水天宮前 P:三谷烈弌 
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お仕事ではNHK国際局のプロデューサーとして活躍され、その関係もあって日本の産業を海外に紹介する番組を数多く手掛けられたそうです。もちろん鉄道をテーマとしたものも多く、国鉄の海外交流(アジア鉄道首脳者懇談会など)や、特急「こだま」の運転開始、東海道新幹線開業前の海外賓客を招いての試運転などには国鉄から招待されて同乗取材をされています。ことに「こだま」誕生時には音楽番組で親交の深かった堀内敬三さん、鷹司平通さんと試運転列車に乗って番組を制作されたとうかがっています。

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▲三谷さんは明治の香りを残す小型車輌がとりわけお好きだった。晩秋の昼下がり、鹿島参宮鉄道龍ヶ崎線4号機の牽くミキストが折り返しの入換えに励む。'58.11 佐貫 P:三谷烈弌 
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さらに十河国鉄総裁のインタビューでは、まだ詳らかになっていなかった5年後の新幹線構想を聞き出すなど、趣味のスキルを充分に活かしたお仕事を重ねられました。その後はFM実験放送の開始とあい前後して国内放送(FM)に異動され、定年まで放送人として終始NHKの放送に関わってこられました。

mitanisankouenji1nN.jpgNHK国際局というまたとないお立場もあってか、1950年代から当時としては極めて珍しいカラーポジ・フィルムを潤沢に使って全国の鉄道を撮影され、貴重な色彩の記録を残されました。RMライブラリー『昭和の記憶』はまさにその集大成で、2008(平成20)年夏にはJR東日本主催で上野駅中央改札上のステーションギャラリーを会場に写真展も開催されています(アーカイブ「"昭和の記憶"上野展始まる」参照→こちら)。
▲三谷さんはかつて中央線沿線にお住まいになられていた。これは中央線中野~荻窪間高架線の完成直後、高架道床の地固めのためにやってきた八王子区のD51。左側にはEF13に牽かれて下ってゆく客車列車の姿も見える。'66.4 高円寺 P:三谷烈弌
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▲三谷さんは自らの思いを綴られた小冊子を熱心に作られていた。なかには小部数ながら和綴じの凝った装丁のものもある。 
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最後に、三谷さんが最も愛され、幾度も手直しをされては手作りの小冊子を更新されていた自著「鉄道趣味と草枕」の結びの一節をご紹介いたしましょう。
「汽車が物を運び、旅をするための乗物でしかなかった時には煤煙の苦しみに悩まされねばならなかったが、活き活きとした煙や動輪の動きに胸を躍らせる気持になれば、それは絵を観、詩を賞でる喜びとなる。複雑多忙な現実世界から、寸時たりと解脱させてくれる功徳となる。「鉄道趣味」は科学技術の産物である鉄道を『草枕』でいう所の「詩」や「画」の域に昻(たか)めたものである。汽車や電車の写真を撮ったり、模型を作って走らせるだけでない科学的興味にとゞまらず、歴史、文学、美術、音楽、そして社会事象とも深く関係しており、個人の個性~創造性を活かし、生活のうるおいや生き甲斐を見出す余地を充分に残しているようである」。
享年87歳。公私ともにほんとうにお世話になりました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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