鉄道ホビダス

2013年12月アーカイブ

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皆さん、それでは良いお年を...
この一年、小ブログにお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。年末年始はしばし休載とさせていただきます。新年は6日(月曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか来年もかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。
皆さん、それではご家族ともどもよいお年をお迎えください。

編集局長:名取紀之 敬白

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▲雪景色の大カーブをゆくC62 30牽引4レ「はと」。'54.1.26 京都-山科 P:佐竹保雄 (『国鉄時代』vol.36より) 
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『国鉄時代』vol.36が好調です。特集は「東海道本線」。C62・C59からEF58へ、そして151系・153系長距離電車全盛期へ、日本の大動脈にスポットを当て、昭和の鉄道の華の時代を再現いたしました。巻頭の諸河 久さんの「東海道EF58讃歌」。昭和50年代初頭、東海道を上下するEF58の中で整った姿の機関車に焦点を当て、コダックのカラーフィルム「コダクロームⅡ」で撮った作品を中心に構成。30年以上経った現在でも色褪せぬ美しさは、デジタル写真全盛の当節、それを凌駕するフィルム写真の凄みを感じずにはいられません。

131226n004.jpgまた、齊藤 晃さんの「或る日の有楽町」は昭和17年に撮影したEF55牽引「富士」は戦時下の撮影、同じく齊藤さんの「青大将快走」では貴重なカラーフィルムで捉えたEF58の特急色が鮮やかに蘇ります。
成田冬紀さんの「黄金時代のEF58」は、東海道本線に君臨した名機の生涯を、外山公夫さんの「東海道特急牽引機物語」は、戦後特急の復活から「つばめ」「はと」の電車化までを蒸機・電機をクロスオーバーさせて解説したもの。両記事とも多くのベテラン・ファンの方々に写真をご提供いただき、昨今比類のない厚みの内容となりました。
また「東海道電車回想録」は久保 敏さんが専門家の立場から、80系、151系、153系など日本のトップステージを駆け抜けた華やかな時代を振り返っていただきました。
グラフページ「山科 追憶の風景」では蒸機時代の東海道本線を記録した後世に残る名作です。

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▲下り列車の撮影名所・鶴見川付近を快走するEF58 46 〔東〕牽引1レ「つばめ」。46号機は上越線からの転属機で大窓につらら切の精悍な面構えである。'60.4.29 川崎-鶴見P:中島正樹 (『国鉄時代』vol.36より) 
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131226n005.jpg一般記事は冬の宗谷本線にC55を追った堀越庸夫さんの「氷雪の路」、先頃、臨時列車化が報じられた最後の国鉄寝台特急「あけぼの」の撮影地ガイドなどタイムリーな記事も収録しております。
特別付録DVDは三品勝暉さんの「山陰本線京都口のC57」、瀧藤岩雄さんの「小海線のC56」の2本立て。
早いもので『国鉄時代』も創刊からまる9年となります。10年目に突入する2014年も佐竹保雄さんが撮られた雪の山科をゆくC62 30のように、驀進してゆきたいと思います。

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▲雪を噛んだ1750㎜のスポーク動輪は冬の宗谷路の象徴だった。C55は繊細な足回りだけに夜目に白々と浮かび上がる姿は悲壮感すら漂っていた。'69.2 幌延 P:堀越庸夫
 (『国鉄時代』vol.36より) 
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▲1949(昭和24)年の金沢文庫車庫。すでに5300形から300形に改番された311号の姿が見える。'49.3.20 P:高松吉太郎(RMライブラリー『京急400・500形-大型吊り掛け駆動車の生涯-』上巻より) 
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今年の掉尾を飾るRMライブラリーは佐藤良介さんの『京急400・500形-大型吊り掛け駆動車の生涯-』の上巻をお届けいたします。京急の過去の形式について詳しくない方には、400・500形と言ってもピンと来ないかも知れませんが、かの有名な湘南デ1形、後のデハ230形の一族と、高性能車700形(後の600形)の間、戦時中から高度成長期にかけて生まれた、吊り掛け駆動車の一群について解説したものです。

131225n01.jpgこれらの車輌が登場したのは戦時体制下の1942(昭和17)年のことです。この数年前から京浜間の路線を持つ京浜電気鉄道と横浜~浦賀間の湘南電気鉄道の経営には、東横の総帥である五島慶太が深く関わっており、京浜・湘南の合併を経て、この年には東横、小田急と京浜が合併し、東京急行電鉄が誕生しました。それまでの京浜・湘南の主力車輌であったデ1形などは車体長15.44m、車体幅2.54mとして、将来の地下鉄乗り入れも考慮していましたが、五島体制下となった1942(昭和17)年に完成したデハ5300形は、戦時体制下での輸送力増強の名の下に車体長17.5m、幅2.7mと、それまでに比べてはるかに大型の車体を採用しました。このサイズは規格形であるデハ420形を除いて、以後の京急の車輌の標準サイズとなりました。

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▲八ツ山を行くデハ300形。初の大型車である同形式は京浜デ200形、湘南デ250形として計画、製造されたが、就役時には東急の発足によりデハ5300形となった。 '50.3.11 P:宮田雄作(RMライブラリー『京急400・500形-大型吊り掛け駆動車の生涯-』上巻より) 
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本書はこのデハ5300形(後のデハ300形)、続いて登場したデハ5400形(後のデハ400形)、そして新生京浜急行電鉄発足後初の新造車であるデハ420形、戦後の2扉クロスシート車のルーツである500形、そして最後の吊り掛け駆動車となった600形までの各系列について、その消長をまとめたものです。これらの車輌は後に更新改造や改番などを経て400・500番代の形式にまとめられました。

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▲戦後直後に登場したデハ5400形は鉄道車輌製造の経験のない三井造船玉野製作所で製造された。(RMライブラリー『京急400・500形-大型吊り掛け駆動車の生涯-』上巻より) 
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▲デハ420形は規格型の採用により車体長が他形式よりも500㎜短い17000㎜となった。 '49.3.20 P:宮田雄作(RMライブラリー『京急400・500形-大型吊り掛け駆動車の生涯-』上巻より) 
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上巻では大型車登場までの経緯や大型の全体像を紹介した後、そのデハ5300形誕生からデハ420形誕生のころまでを紹介しています。1月刊行の中巻、2月刊行の下巻と3冊構成となりますので、ぜひお楽しみに...。

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▲12月に入ってから日本海側の荒天で運休もある寝台特急「あけぼの」だが、この日は21時16分定刻に上野駅13番線をあとにした。'13.12.18 上野 
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先週末は2年ぶりに由利高原鉄道へ。春田社長自らがご案内下さるとのことで、前夜の寝台特急「あけぼの」で羽後本荘を目指しました。

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▲13番線頭端部には「あけぼの」の入線を見守る人たちが詰めかけていた。'13.12.18 上野 
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前回「あけぼの」に乗ったのはちょうど二ヶ月前の10月18日夜のこと(アーカイブ「寝台特急"あけぼの"に乗る」参照→こちら)。わずか二ヶ月しか経っていないのに、上野駅13番線にはぐっとギャラリーが増えた気がします。

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▲「寝台特急 あけぼの 青森行き」の案内表示やサボもあと3ヶ月ほどで見納めとなってしまう。'13.12.18 上野 
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▲羽後本荘着は6時01分。二ヶ月前に乗った際は象潟付近で夜明けを迎えたが、今の季節はまだ日出前。'13.12.19 
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今回乗車したのはB寝台開放式。前回の「ソロ」で窮屈な思いをしたのと、同行者が複数いたことから開放式をチョイスしたのですが、聞けばこの日の「ソロ」はとっくに満室(もちろんシングルデラックスも...)とのこと。行先は羽後本荘なので、自動的に4号車(4号車の羽後本荘以遠は立席特急券での利用限定)が振り当てられました。

131221n001n.jpgところで、この日の4号車(オハネフ 25 117)は、私たち以外で乗車していたのはなんと3名だけ。他の号車が満席(満室)なのとは対照的です。それもそのはず、先述のように寝台券の発券は羽後本荘までで、それ以遠はいわゆる"ヒルネ"、つまり立席特急券でのコミュータトレインとなるため、秋田や大館、それに青森といった寝台利用は4号車以外での発券となるわけです。ということは、逆に秋田や青森へ行く際も、羽後本荘までの寝台券で空いている4号車に乗車、羽後本荘からは別途立席特急券を購入してそのまま乗り通すという"裏ワザ"も可能ということになります。
▲創刊30周年を迎えた本誌『Rail Magazine』最新号は奇しくも寝台特急「あけぼの」の特集。JR東日本の取材協力で実現した「シングルデラックス」の乗車ルポも必見。 
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▲4号車は羽後本荘から立席特急券での乗車が可能。象潟から乗り込んできた係員が下段のリネンを上段へと片付け、カーテンを手際よく巻いてゆく。'13.12.19 
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乗車した「あけぼの」を払暁の羽後本荘で見送った翌20日、JRグループの来年春のダイヤ改正(→こちら)が発表され、そのなかで「あけぼの」の廃止が発表されました。ダイヤ改正日は2014年3月15日(土曜日)。走り続けてきた最後の正統派寝台特急ともいえる「あけぼの」は、残すところ三か月足らずでラストランを迎えます。

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▲明けやらぬホームを青森へと去ってゆく「あけぼの」を1/40秒で見送る。もう二度と再び「あけぼの」に乗ることはないだろう...。'13.12.19 羽後本荘 
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阪急1000系登場。

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▲1000系シリーズの先陣を切って11月28日から神戸線で営業を運転を開始した1000×8編成。車体は9000系・9300系に続いてアルミダブルスキン構造を採用しているが、正面部の強度向上が図られている。'13.11.22 西宮車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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阪急電鉄の新型通勤電車1000系が誕生、11月28日から営業運転を開始しました。阪急電鉄としては京都線用の9300系(2003年登場)、神戸線・宝塚線用の9000系(2006年登場)以来の新系列車輌です。注目の系列名は若返って神戸線・宝塚線用が1000系、京都線用が1300系となりました。ちなみに初代1000系は1954(昭和29)年に登場した阪急初のカルダン駆動車でした。

131217nB.jpgさて、今回登場した1000系ですが、マル―ンにアイボリーの車体色、ゴールデンオリーブ色の腰掛と木目調の化粧板の車内といった、永年にわたる阪急電車の伝統を踏襲しつつ、「静かさ」「省エネ」「安全性」「バリアフリー」といった点で細部にわたり改良を加えたものとなっています。大きな特徴の一つとして、全閉式高効率主電動機(1000系は全閉自冷式永久磁石同期電動機・1300系は全閉内扇式かご形誘導電動機)の採用があります。これによりM車車内の騒音レベルを従来に比べ約4db低減しており、低騒音型駆動装置やフラット防止機能付きのブレーキシステムと合わせて、さらなる騒音低減が図られています。
▲前面は左右窓上部と標識灯下部のカーブを同一の曲率として一体感を持たせたデザイン。前灯にはLED灯が採用された。'13.11.22 西宮車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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▲ゴールデンオリーブ色の腰掛と木目調の化粧板という従来の阪急電車のイメージを踏襲した車内。腰掛には大型の袖仕切りと縦手すりが今回から設置されているほか、扉上の32インチハーフサイズLCDによる案内表示器が大きな特徴となっている。'13.11.22 P:RM(髙橋一嘉) 
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車内は前述の通り従来の阪急電車のイメージを踏襲しつつ、袖仕切りの大型化、縦手すりの設置といった安全対策がとられているほか、車内案内表示器には32インチハーフサイズという大型液晶ディスプレイを採用しているのが大きな特徴といえましょう。この表示器は種別・行先・停車駅案内に加え、駅間では2画面に区切ってニュース、天気予報、広告などの映像情報を表示できるものです。また、室内灯にはLED灯を採用しているほか、前灯、尾灯、標識灯といった照明装置もすべてLEDが採用されたことも、1000系の特徴の一つです。

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▲運転台は従来と同じくT字のワンハンドルマスコン。'13.11.22 西宮車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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神戸線で運用を開始した1000系に続き、2014年春には1300系が京都線にデビューする予定で、今後、この1000系シリーズが阪急電車の新しい「顔」となっていくものと思われます。なお、この1000系については、本誌次号で詳しい解説原稿・諸元表などを掲載する予定ですので、ぜひご覧ください。

※明日から不在のため小ブログは今週いっぱい休載させていたたきます。

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▲ホジ3の運転台。もちろん機械式で、スロットルも自動車同様にアクセルペダルとなっている。左足でクラッチペダルを踏むが、ノンシンクロのためダブルクラッチ操作が必要。右手で操作しているシフトレバーは取り外し式で、乗客に誤操作されないようにエンド切り替えの際はいちいち取り外す。'13.12.8 
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上越市の有形文化財登録が予定されているコッペル2号機もさることながら、今回もっとも感激したのは、動態に甦ったホジ3に乗車できたことです。木造の車体をバリバリと振動させて走るその姿は、まさに"みそ汁軽便"の真骨頂。「くびき野レールパーク」内に整備された線路はまだ100mほどですが、しばしホジの走りを堪能させていただきました。

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▲現役時代そのまま、いやそれ以上に美しく動態復活を遂げたホジ3。'13.12.8 
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あらためてご紹介するまでもないでしょうが、頸城名物のホジ3は「下駄箱、傘立て、畳敷き」として語り継がれる開業時の特別客車ホトク1を昭和初期に自社工場で気動車化したもの。木造客車を強引に気動車化したその手法はなんとも荒唐無稽で、客室中央には巨大な木製のエンジンカバーが飛び出している有様。それでも頸城鉄道晩年まで走り抜いたのですから驚きです。

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▲この日は試乗も行われた。車内中央の縁台のような木製の箱はエンジンカバーで、腰かけるとその振動がダイレクトに伝わってくる。'13.12.8 
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▲「半室」の運転台とその機器類。運転席横のシートはまさに特等席で、ここに陣取って現役時代の頸城を体験できたらどんなに楽しかったことだろう...。'13.12.8 
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鉄道廃止後はある方が引き取られて、ほかの車輌とともにながらく六甲山山中のトンネル内に保管されていましたが、2004(平成16)年6月に無事"生還"。その後NPO法人くびきのお宝のこす会の皆さんの献身的努力で、昨年10月についに動態復活を遂げたのです。

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▲客車のアーチバー台車をむりやり動力化したようなホジ3の動台車。左側にプロペラシャフトとユニバーサルジョイントが見える。'13.12.8 
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NPO法人くびきのお宝のこす会では今後さらに線路を延長して運転区間を延伸する夢を描いておられるそうです。ただ、現在の軌道終端部の先を一般道が横断しており、それが大きなネックとなっています。来年で "生還"から10年...願わくば、くびき野の原風景の中をのびやかに走るホジ3の姿を見てみたいものです。

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▲現在「くびき野レールパーク」内の走行可能線は約100mほど。画面手前側に一般道があり、終端となっている。'13.12.8 
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▲百間町の車庫前に顔を揃えた「くびき野レールパーク」の保存車輌たち。ホジ3は動態に復元されてこの日も体験乗車で賑わっていた。'13.12.8 
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今週行われる予定の新潟県上越市の教育委員会定例会で、旧頸城鉄道のコッペル2号機が同市の有形文化財(歴史資料)に指定される見込みで、これを記念して去る12月7日(土)・8日(日)、百間町にある「くびき野レールパーク」で一般公開が行われました。

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▲上越市の有形文化財に指定される予定のコッペル2号機。1911年(明治44)年製とされるので、今年102歳を迎えることになる。画面左後方には妙高の雪景色が...。'13.12.8 
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▲コッペル2号機のバックビュー。アラン式の弁装置が本機の特徴でもある。'13.12.8 
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上越市の文化財調査審議会が「上越の近代史・交通史を語るうえで貴重な歴史資料」として、文化財指定を同市教育委員会に答申したもので、もちろん旧頸城鉄道の車輌が指定されるのは初めてです。

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▲こちらも奇跡の動態復活を遂げたDC92の牽くミキスト。木造の貨車までもがまるで新車のようにレストアされている。'13.12.8 
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百間町を訪れるのは実に6年ぶり(アーカイブ「前原さんと門デフC57を撮りにゆく」参照→こちら)。「くびき野レールパーク」の保存・管理を行っているNPO法人くびきのお宝のこす会の下間(しもつま)理事をはじめとしたメンバーの皆さんのご案内で、コッペルはもとより、ホジ3など奇跡的に甦った車輌たちをつぶさに拝見することができました。

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▲オープンデッキの2軸客車ハ6。客室内も見事に復元されている。'13.12.8 
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六甲山中に保管されていた頸城鉄道の車輌たち(DC92、ホジ3、ハ6など)が奇跡の帰還を遂げたのは9年前の2004(平成16)年6月。今ではDC92、ホジ3ともに動態復活を遂げ、この日も快調なエンジン音を響かせていました。

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▲有蓋貨車ワ14とワ7。なお、頸城名物でもあったニフ1は別のところでレストア中とのことで今回は見ることができなかった。'13.12.8 
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C58 239号機が火入れ。

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▲"火入れ式"に臨むC58 239号機。前照灯は現役末期と同様のLP405形の2灯仕様。'13.12.12 大宮総合車両センター P:RM(新井 正) 
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一年前の12月4日に岩手県営運動公園から搬出され、大宮総合車両センターで復元作業が進められていたC58 239号機の"火入れ式"が昨日挙行されました。

■アーカイブ
「C58 239が動態復活へ」→こちら
「C58 239号機復元工事に着工」→こちら
「C58 239復元工事進行中」→こちら

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▲編成全体のイメージ。車輌ごとに色のトーンを変えることで(グラデーション)編成全体を使って銀河ブルーを表現する予定。なお、今後変更になる可能性もある。提供:JR東日本(今後変更になる可能性もある) 
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JR東日本本社運輸車両部長による玉串奉典などの神事、大宮総合車両センター所長による挨拶ののち、修復を担当された東日本トランスポーテック常務の手により、いよいよ点火。続いて"投炭の儀"が行われると煙突から実に41年ぶりとなる煙が舞い上がりました。

131213n002.jpgJR東日本の動態復活蒸機はD51 498号機、C57 180号機、C61 20号機(復活順)に続いてこのC58 239号機で4輌目となりますが、今回の修復で最も苦労されたのは主台枠のジオメトリー調整だったとのこと。昨日の時点ではまだメインロッドも取り付けられていませんでしたが、今後は同車両センター内の試運転線で初走行ののち、高崎地区で本線試運転が行われる予定です。
▲一見わからないが、テンダーには重油タンクも埋め込まれている。なお、非公式側に設けられた溢れ止め管は東北地区所属機の特徴でもある。'13.12.12 大宮総合車両センター P:RM(新井 正) 
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▲ガス灯風の照明や星座のパーテーションなどで大正から昭和の世界を演出する列車内空間(左)と、ギャラリーとプラネタリウム(右)。提供:JR東日本(今後変更になる可能性もある) 
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ところでこのC58 239号機が牽引する列車名が、先ごろ「SL銀河(エスエルぎんが)」と発表されました。釜石線花巻~釜石間を中心とした東北エリアで運行される予定で、旅客車は、釜石線沿線を舞台に描かれた宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を代表的なテーマとして列車全体がプロデュースされます。車内空間も宮沢賢治の世界観や空気感、生きた時代を共有する事で東北の「文化・自然・風景」を感じられるものとなるそうです。

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▲夜空をイメージしたブルーをベースとし、そこに銀河鉄道の夜に登場する星座や動物をシンボル化して演出する予定。提供:JR東日本(今後変更になる可能性もある) 
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▲1号車から4号車までの列車内スペースのレイアウトイメージ。提供:JR東日本(今後変更になる可能性もある) 
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気になるデビュー時期ですが、今回の発表では2014年4月以降に営業運転を開始とされており、来春にはあの仙人峠を行くC58の姿を見ることができるはずです。

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▲12月2日未明から北陸新幹線長野~黒部宇奈月温泉間でE926形(East-i)による初の試験走行が行われた。糸魚川駅では試験列車の到着に合わせてくす玉が割られた。'13.12.2 糸魚川 P:勢 芳明 
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2015年春に予定されている北陸新幹線(長野~金沢間)の開業にともなって並行在来線となる信越本線(長野~直江津間)および北陸本線(金沢~直江津間)の廃止届が本日、JR東日本、JR西日本の両社から国土交通大臣に提出されました。
これは鉄道事業法第28 条の2(「鉄道事業者は、鉄道事業の全部又は一部を廃止しようとするとき<当該廃止が貨物運送に係るものである場合を除く。>は、廃止の日の一年前までに、その旨を国土交通大臣に届け出なければならない。」)に基づくもので、廃止日はともに北陸新幹線(長野~金沢間)開業予定日としています。

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▲飯山駅に到着した試験列車。午前4時過ぎにも関わらず、飯山市長や市民200名あまりが初めての"新幹線"を出迎えた。'13.12.2 飯山 P:勢 芳明 
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本誌次号(12月21日発売)でも詳細をご紹介いたしますが、北陸新幹線用E7系車輌(JR東日本)はすでに東北新幹線で試運転を開始しており、JR西日本のW7系も近々その姿を見せてくれるはずで、今週はじめにはE7系を用いた一般試乗会の公募も始まっています(→こちら)。

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▲東北新幹線で試運転を開始した北陸新幹線用E7系F1編成。12輌編成で金沢方先頭車(12号車)がグランクラスとなっている。'13.12.10 東北新幹線 古川-仙台 P:小齋誠進 (「今日の一枚」より)
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こうなると俄然現実味を帯びてくるのがJR線としては廃止となる在来区間の動向です。現在のところ、信越本線長野~妙高高原間をしなの鉄道が引き受け、妙高高原~直江津間、および北陸本線直江津~市振(新潟・富山県境)間を新設された「えちごトキめき鉄道」が経営、前者を「妙高はねうまライン」、後者を「日本海ひすいライン」とする計画だそうです。さらに北陸本線の富山県内区間は新設の「あいの風とやま鉄道」が、金沢以北の石川県内はやはり新設の「IRいしかわ鉄道」が経営を行う予定で、既存のしなの鉄道を含めて第三セクター4社がJRから経営分離される在来区間を担うこととなります。

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北越急行MR600型を見る。

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▲松代工務区所属の2号機はラッセルヘッド側に巨大な段切り装置を備える。'13.12.7 まつだい 
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先週末は2年ぶりに北越急行ほくほく線へ行ってまいりました。東京は風もなくおだやかな晴天に恵まれていたものの、上越新幹線が大清水トンネルを出ると、まさに『雪国』そのままの白銀の世界が広がっていたのには驚かされました。

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▲ロータリーヘッド側。屋根上に載ったパンタグラフが目を引く。'13.12.7 まつだい 
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北越急行の大熊孝夫社長にご案内いただいたのは、まつだい駅に隣接する松代工務区。屈指の豪雪地帯を貫くほくほく線の機械除雪を担当する要のひとつで、ここで同社でMR600型と呼ばれるモーターカー除雪車を拝見いたしました。

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▲ウイングを全開した状態のラッセルヘッド側正面。'13.12.7 まつだい 
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▲キャブ裾部に取り付けられた新潟鐵工所の銘板(左)。平成8年9月・製番6028とある。右はリボンスクリュー型のオーガ。'13.12.7 まつだい 
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131211n301.jpg北越急行には現在3輌のモーターカー除雪車があり、そのうちの2輌が開業に備えて新潟鐵工所で新製(1996年)されたこのMR600型(メーカー形式N-MCR―600)です。1号機は六日町常備で、終電後に19.000㎞地点までの除雪を担当、この松代工務区所属の2号機は、まつだい駅から45.040㎞地点までの除雪を担当しています。なお、もう1輌はJRから譲渡された新潟鐵工所1974(昭和49)年製のMR4型(メーカー形式MCR―4)で、こちらは犀潟常備。比較的降雪量の少ない犀潟~46.000㎞地点までの除雪を受け持っているそうです。

▲フランジャを下げた状態。最も下げるとレール踏面20㎜下がエッジ先端となる。'13.12.7 まつだい 
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▲掻き寄せ翼を全開にしたロータリーヘッド側正面。'13.12.7 まつだい 
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このMR600型で目を引くのがパンタグラフです。パンタグラフを搭載したモーターカー除雪車というと、昨年登場した万葉線の6000型(アーカイブ「万葉線にユニークな新型除雪車登場」参照→こちら)が印象に新しいところですが、あちらは信号制御用のトロリーコンタクターを操作するためのものであるのに対し、このMR600型のパンタグラフは架線の凍結防止・霜取り用だそうで、やはりこちらも集電はしていません。

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▲ターボ付きのカミンズ製エンジン(左)と、方向転換するための油圧式ジャッキおよび横取り装置。'13.12.7 まつだい 
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この新潟鐵工所N-MCR―600形はMCR―4形の後継機種として1992(平成4)年から生産が始まったもので、それまで除雪用と走行用の2基のエンジンを搭載していたものをカミンズ製560ps/1800rpmエンジン(KTTA19C)1基とした点が特筆されます。間もなく形式名通り600 ps/1800rpmにパワーアップし、JR北海道、JR東日本(含む新幹線)、JR東海、JR西日本に納入されてDD14やDD15の置き換え役を担いました。なお、同系機が日本車輌+日本除雪機でも生産されているほか、400 ps版のMCR―400形は富士重工業でも製造されています。

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▲投雪シュート部(左)と段切り装置のアーム関節部。MR600型の自重は23.0tだが、雪装備時は31.0t、さらに段切り翼装備時は32.2tにもなる。'13.12.8 まつだい 
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これら除雪型モーターカーの歴史とメーカー別の形式解説は『トワイライトゾ~ン・マニュアル14』所収の松田 務さんの46ページにもわたる記事「モロ、ハイモ」に詳しいので、ぜひそちらもご覧ください。また、N-MCR―600形の後継機とも言えるHTR600R形については、日本除雪機製作所の協力で現在発売中の本誌誌上で図解を交えてご紹介しておりますので、あわせてご参照いただければ幸いです。

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▲すっかり雪景色となったほくほく線を行く1004M「はくたか4号」。いよいよモーターカー除雪車の本格的出場も近い。'13.12.8 まつだい 
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▲かつての上越国境のEF16を彷彿させるプロテクターを装着した「ゆめぞら」HK100‐101の冬姿。前照灯にもつららによるシールドビーム破損防止のひさしが設けられている。'13.12.8 まつだい 
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季節はいよいよ本格的な雪のシーズンとなってまいりました。日本の鉄道にとって雪との闘いは避けては通れない宿命ですが、車輌としては登録されずとも、輸送を確保するために働き続けているモーターカー除雪車にも目を向けてみたいものです。

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▲東北縦貫線(上野東京ライン)開通後の輸送体系。 (JR東日本プレスリリースより)
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2008(平成20)年から工事を進めている上野~東京間(3.8㎞)の「東北縦貫線」について、JR東日本は昨日9日、愛称を「上野東京ライン」(うえのとうきょうらいん)とし、2014年度末に開業すると発表しました。

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▲東北縦貫線(上野東京ライン)開業イメージと概観イメージ。 (JR東日本プレスリリースより)
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上野~東京間の在来線(中距離電車線)は戦後長らく旅客線として機能しており、一時は「とき」、「あさま」、「ひたち」といった特急にも東京駅発着が設定されていましたが、東北新幹線工事にともなって線路が分断されたため、1983(昭和58)年を最後に同区間を直通する中距離電車線列車は途絶えてしまっていました。
一方、東北・高崎線から山手貨物線(新宿)経由で東海道・横須賀線方面を結ぶ「湘南新宿ライン」はすでに十年以上の実績を積んでおり、東北・高崎・常磐の3線が東京・新橋・品川経由で東海道線へと直通する新ルートが渇望されていました。

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▲東北縦貫線(上野東京ライン)計画の概要。 (JR東日本プレスリリースより)
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東日本大震災の影響で開業予定がずれ込んでいましたが、今回の発表ではこの「上野東京ライン」の開業は2014年度末。首都圏の交通体系が大きく変わるとともに、車輌運用や配置区所等にも大きな変化が起きることが想像されます。

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▲見事に顔を揃えた田端運転所のEF81。左から80号機(「北斗星」)、81号機(「カシオペア」)、97号機(「はくつる」)、98号機(「あけぼの」)、133号機(「エルム」)。'13.12.7 P:RM(小野雄一郎) 
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本誌『Rail Magazine』は今から30年前の年末、1983(昭和58)年12月21日に創刊いたしました。この30年間には国鉄の分割・民営化をはじめ、青函トンネルや本四備讃線の開業、新幹線網の拡大といった日本史に残る数々のエポックがあり、日本の鉄道にとってまさにこれまでにない激動の日々だったと言えましょう。そのなかで順調に号を重ねてこられたのも、ひとえにご愛読いただいている読者の皆さんのお力と、あらためて感謝申し上げます。

131207n001.jpgさて、そんな30年の感謝も込めて先週末、JR東日本田端運転所で創刊30周年記念の「EF81電気機関車撮影会」を開催いたしました。本誌が企画、(株)びゅうトラベルサービスが主催したこの撮影会は、10月23日の10時予約開始と同時にたいへん多くの皆さんからエントリーをいただき、ことに別途10月28日予約スタートの20名様限定のプレミア夜間撮影会は瞬間的に満席になる人気ぶりとなりました。
▲田端運転所は30輌ものF級電機が在籍するJR東日本の首都圏最大の機関車基地。'13.12.7 P:RM(名取紀之) 
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▲またとない晴天に恵まれた7日の撮影会。カメラの放列の向こうを、「北斗星」を牽いたEF510が帰区してきた。'13.12.7 P:RM(小野雄一郎) 
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▲田端運転所の心配りで会場に掲げられた歴史的ヘッドマーク(左)。ご参加いただいた皆さんには編集部員から記念品を手渡させていただいた(右)。'13.12.7 P:RM(名取紀之/小野雄一郎) 
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今回の撮影会では現役の「北斗星」、「カシオペア」、「あけぼの」から懐かしの「はくつる」、「ゆうづる」などまで、5輌のEF81にヘッドマークを交換して取り付けるなど、田端運転所の皆さんにはたいへんなご協力をいただきました。そればかりか、当日撮影ポジション側が1エンド側に揃うようにわざわざ転車台で方転する配慮までいただきました。スノウプラウや連結器の再塗装をはじめとした心づくしの整備とともに、深く感謝申し上げたいと思います。

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▲限定20名で開催させていただいた6日夜の夜間撮影会。もちろん三脚使用も可で、皆さんそれぞれのアングルでナイトショーを堪能された。'13.12.6 P:RM(名取紀之) 
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▲キャブ内の照明も点けて幻想的なシーンを演出。本誌創刊30周年を飾るに相応しい一夜となった。'13.12.6 P:RM(小野雄一郎) 
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6日(金曜日)夜のプレミア撮影会、そして7日午前中の150名様×3回の撮影会ともに、この季節としては珍しいくらい風もない穏やかな晴天に恵まれ、ご参加いただいた皆さんにも良い思い出となったのではないかと思います。参加がかなわなかった方には申し訳ありませんが、またこのようなかたちで皆さんと触れ合える機会を楽しみにしつつ、本誌はいよいよ31年目へと歩みを進めてまいります。

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三谷烈弌さんの訃報に...。

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▲2008年夏にJR上野駅Breakステーションギャラリーで開催された写真展「昭和の記憶 カラーで顧みる1950年代の汽車・電車」のオープンを前に準備を終えた会場を視察する三谷烈弌さん。背後は伊東から東京へ向かう湘南電車車窓から見た特急「こだま」。高架上には東急5000系の姿も見える。('58.10 P:三谷烈弌 )。 '08.7.22 P:名取紀之

RMライブラリー50巻『昭和の記憶』をはじめ、本誌でも昭和30年代の貴重なカラー写真の数々をご発表いただいた三谷烈弌(みたに あきひと)さんが、去る11月10日(日)にお亡くなりになりました。 

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▲品鶴線を快走する凸型車体末期のラストナンバーEF13 31の貴重なカラー写真。同機はこの写真が撮影された2年後、1957(昭和32)年3月にEF58 3の車体をもらって箱型に改造されている。'55.2.6 品鶴線西大井付近 P:三谷烈弌 
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三谷さんは1926(大正15)年1月15日のお生まれ。戦前から『模型鉄道』などを愛読されておられましたが、終戦直後の1947(昭和22)年秋、東京・神田の模型鉄道研究会を訪ねられ、その時に偶然おられた酒井喜房さんに高松吉太郎さんを紹介いただいたのが大きな転機となって、本格的に鉄道趣味の世界に入られます。

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▲都電にも強い思い入れを抱いておられた。写真は1956(昭和31)に江戸城築城500年を記念して運行された「開都500年 大東京祭」の花電車。先頭は無蓋電動貨車乙1の改造、2輌目は花1形で、合計6輌の隊列を組んで巡回した。'56.10 水天宮前 P:三谷烈弌 
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お仕事ではNHK国際局のプロデューサーとして活躍され、その関係もあって日本の産業を海外に紹介する番組を数多く手掛けられたそうです。もちろん鉄道をテーマとしたものも多く、国鉄の海外交流(アジア鉄道首脳者懇談会など)や、特急「こだま」の運転開始、東海道新幹線開業前の海外賓客を招いての試運転などには国鉄から招待されて同乗取材をされています。ことに「こだま」誕生時には音楽番組で親交の深かった堀内敬三さん、鷹司平通さんと試運転列車に乗って番組を制作されたとうかがっています。

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▲三谷さんは明治の香りを残す小型車輌がとりわけお好きだった。晩秋の昼下がり、鹿島参宮鉄道龍ヶ崎線4号機の牽くミキストが折り返しの入換えに励む。'58.11 佐貫 P:三谷烈弌 
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さらに十河国鉄総裁のインタビューでは、まだ詳らかになっていなかった5年後の新幹線構想を聞き出すなど、趣味のスキルを充分に活かしたお仕事を重ねられました。その後はFM実験放送の開始とあい前後して国内放送(FM)に異動され、定年まで放送人として終始NHKの放送に関わってこられました。

mitanisankouenji1nN.jpgNHK国際局というまたとないお立場もあってか、1950年代から当時としては極めて珍しいカラーポジ・フィルムを潤沢に使って全国の鉄道を撮影され、貴重な色彩の記録を残されました。RMライブラリー『昭和の記憶』はまさにその集大成で、2008(平成20)年夏にはJR東日本主催で上野駅中央改札上のステーションギャラリーを会場に写真展も開催されています(アーカイブ「"昭和の記憶"上野展始まる」参照→こちら)。
▲三谷さんはかつて中央線沿線にお住まいになられていた。これは中央線中野~荻窪間高架線の完成直後、高架道床の地固めのためにやってきた八王子区のD51。左側にはEF13に牽かれて下ってゆく客車列車の姿も見える。'66.4 高円寺 P:三谷烈弌
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▲三谷さんは自らの思いを綴られた小冊子を熱心に作られていた。なかには小部数ながら和綴じの凝った装丁のものもある。 
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最後に、三谷さんが最も愛され、幾度も手直しをされては手作りの小冊子を更新されていた自著「鉄道趣味と草枕」の結びの一節をご紹介いたしましょう。
「汽車が物を運び、旅をするための乗物でしかなかった時には煤煙の苦しみに悩まされねばならなかったが、活き活きとした煙や動輪の動きに胸を躍らせる気持になれば、それは絵を観、詩を賞でる喜びとなる。複雑多忙な現実世界から、寸時たりと解脱させてくれる功徳となる。「鉄道趣味」は科学技術の産物である鉄道を『草枕』でいう所の「詩」や「画」の域に昻(たか)めたものである。汽車や電車の写真を撮ったり、模型を作って走らせるだけでない科学的興味にとゞまらず、歴史、文学、美術、音楽、そして社会事象とも深く関係しており、個人の個性~創造性を活かし、生活のうるおいや生き甲斐を見出す余地を充分に残しているようである」。
享年87歳。公私ともにほんとうにお世話になりました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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▲下流側に新橋梁を建設中の常磐線利根川橋梁。画面最奥は緩行線の橋梁。'12.9.16 P:古村 誠 
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すでに首都圏各駅には告知ポスターが貼り出されたり、リーフレットが置かれたりしておりますのでご承知の方も多いと思いますが、今週末、12月7日(土曜日)~12月8日(日曜日)にかけて、常磐線利根川橋梁が新しい橋梁に架け替えられます。

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▲建設たけなわの新橋梁を利根川上流方から見る。今回は残置される快速下り線のワーレントラスは1957(昭和32)年横河橋梁製と、架け替えられる上り線側トラスより40年も新しい。'12.9.16 P:古村 誠 
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今回架け替えられるのは常磐快速線天王台-取手間の利根川に架かる橋長986mの上り線橋梁。現橋梁が架橋されたのは1962(昭和37)年ですが、土木学会の発表資料によれば、上り線の曲弦プラットトラス部は1917(大正6)年東京石川島造船所製の旧橋を転用したものとされ、実に一世紀近くも常磐線の列車の往来を見続けてきたことになります。

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▲新橋梁の建設ではトラス上部にレールが敷かれてクレーンが動いていた。まさに隠れたトワイライトゾ~ンだった。'12.9.16 P:古村 誠 
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今回の架け替え工事では快速上り線の下流側(緩行線との間)に全長1,040m、最大径間132mの下路式ワーレントラス橋を架設、12月8日の工事終了後から快速上り線が、また、一年後の来秋には快速下り線が新橋経由に切り替えられ、その後、現橋梁が撤去される予定です。今日は地元の古村 誠さんからお送りいただいた工事状況をご覧に入れましょう。

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▲485系ボンネット車健在なりし頃の特急「ひたち」が利根川橋梁を行く。'89.3 P:古村 誠 
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なお、架け替え工事に伴って12月7日(土曜日)17時30分頃から終電まで、また、翌8日(日曜日)初電から5時40分頃まで、快速線列車の我孫子~取手間の運休が発生し、この救済として緩行線我孫子~取手間の折り返し運転(7日)や増発(両日)が計画されています。

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▲見事当選された佐々木恵美さん(左)。特製雨宮ケーキにご満悦(?)の雨宮号(右)。'13.9.23 P:夢里塾 
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続く9月23日(月・祝)には夢里塾主催で「雨宮21号夢サービス運行」を行いました。このイベントは、普段体験できない雨宮号や森林鉄道の魅力を発信するというテーマのもとで行いましたが、なかでも最大のイベントは、「雨宮号機関室同乗体験運行」で、当日の午前中までに雨宮号の切符をご購入した方から抽選で1名の方をお選びして、雨宮号の機関助士の補助として機関室に乗務していただくというもの。倍率68倍の中から選ばれたのは、旭川からお越しになられた佐々木恵美さん。「雨宮号に乗りに来て、まさか機関室に乗れるとは、貴重な体験ができてとてもうれしいです。」とのコメントをいただきました。普段は安全上絶対にお客様を乗せて走行しない機関室だけに、この日に特別体制で行った機関室同乗体験は一生の思い出になったことかと思っています。

H25.9.23n031.jpgまた、この日のイベントでは車掌が客車に同乗して森林鉄道や雨宮号の歴史を説明。記念乗車券として配布しました硬券切符( おみやげ販売品とは別仕様 )や歴史ある車輌たちが元気に頑張っていることなどにとても興味をもって聞いていただくことができました。特にご年配の方からは、幼いころに乗った蒸気列車を思い出した...というご感想もいただきました。このほかに本線上を使ったレールチャレンジ、雨宮号機関室での記念写真撮影会、昨年開催した「雨宮21号フォトコンテスト」の入賞者作品展示会、鉄道模型の運転、グッズ販売、森林鉄道の歴史と現在に残る遺構を紹介したパネル展など、雨宮号の魅力と丸瀬布の森林鉄道での雨宮号の活躍、そして産業遺産、鉄道遺産であることのPRを行いました。
▲車掌による森林鉄道ガイドの様子。'13.9.23 P:夢里塾 
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ところで、この日は雨宮号生誕85年の前日ということもあり、誕生会を実施、雨宮号型のケーキも振る舞われたのち、2便限定で今後の安全運行を祈願しての安全旗装着運行も実施されました。当日は天気も良く、大勢の家族連れやファンの皆様に起こしいただけました。

H25.9.23n012.jpg10月6日(日)には今回で5回目となった「武利意森林鉄道廃線跡ツアーⅤ」を実施。今回は札幌から大学生のツアーも来ていただきました。今回のツアーでも、現存する唯一の森林鉄道機関車に当時と同じかたちでの火入れを体験していただいた後、座学にて歴史を学んだあと、実際に残る橋脚見学や当時を知る語り部によるお話を体験。さらに恒例となった雨宮号の臨時停車による現存する林鉄区間の説明会を行いました。内容的には前回と同様で行いましたが、若い世代の参加や「名取さんのブログを見て来ました」という参加者も多く、当森林鉄道への興味の高さと雨宮号への人気の高さを改めて認識するに至りました。
▲フォトコンテスト写真展も開催された。'13.9.23 P:夢里塾 
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▲荒川連絡所付近に残る築堤と遺構を散策するツアー参加者の皆さん。'13.10.6 P:夢里塾 
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今シーズンの運行は10月20日(日)に無事、今年も無事故にて終了することができました。夢里塾では昨年から引き続き、雨宮号の魅力発信に努めてまいりましたが、昨年の雪中運行を始め、客車の細部復元や様々な場面では、雨宮ファンの方々によるボランティア活動に助けられる場面が多くありました。

131201n009.jpg実は珊瑚模型店より発売になった鉄道模型キットも夢里塾が企画、遠軽町の協力のほか、雨宮ファンによる細部部品のデータ収集を経て完成しました。オフシーズンや鉄道模型のモデラーの方々にも広く雨宮21号の面白さを知っていただければ...そんなみんなの思いが詰まった製品です。11月17日には木曽B型客車も発売となり、いこいの森編成が模型でもお楽しみいただけるようになりました。ぜひ、作って楽しんで、そして実際に見に乗りにお越しいただければと願っています。
▲閉園式後の蒸気抜きの様子。P:早川裕朗 
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そして、森林鉄道の残した産業遺産の歴史と保存されている雨宮21号について後世にも伝えるべく、地元、道立遠軽高校にて特別授業も行いました。地元遠軽町から全国に唯一動態で残る林鉄遺産である雨宮号の存在意義と末長く愛してほしいという願いは、高校生たちにも伝わったことと信じています。

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▲多くの雨宮ファンの協力があって発売となった珊瑚模型店のモデル(左)。写真提供:珊瑚模型店/遠軽高校での特別授業。機関士自らによる森林鉄道の説明に聞き入る生徒たち(右)。P:夢里塾 
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来シーズンは2014年4月26日(土)からの運行開始となります。今年度同様、開園式と安全祈願式後の運行開始。1年間の安全を祈願しての安全旗装着も予定しています。また、今シーズンにはなかった新たな雨宮号の魅力発掘と歴史資料の発掘にも引き続き努めていく予定です。来シーズンも廃線跡ツアーを始め、夢サービス運行も企画しておりますので、ぜひ雪が解けた春から紅葉の秋までの期間は、遠軽町丸瀬布いこいの森へお越しいたただき、森林鉄道の歴史と本物のナロー蒸機の魅力に浸っていただければと思っています。来年も多くの皆さまのお越しをお待ちしています。

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▲今年は雪景色に始まり雪景色に終わったシーズン。列車は安全旗を掲げて力走する今年のラスト運転。'13.10.20 P:早川裕朗 
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今年もさまざまな取り組みで雨宮21号の運行をサポートしてこられた夢里塾から、2013年度下期の報告をいただきました。お送りいただいてから少々時間が空いてしましましたが、あらためてご紹介いたしましょう。

4月27日(土)から始まった2013年度の雨宮21号運行、今年も無事10月20日(日)に終えることができました。今年は例年になく異常な天候が続き、5月のゴールデンウィークの雪景色に始まり、閉園式の10月20日(日)は例年より早い初雪の中で終えるシーズンでした。そんな不安定な天候にもかかわらず、今シーズンは昨シーズンを上回るご乗車をいただくことができました。今回は、この『編集長敬白』でも予告いただいた秋のイベントの様子を報告いたします。

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▲大好評だったお月見ナイトラン。この日限りの幻想的なシーンが展開された。'13.9.21 P:真鍋 英 
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夏の一大イベント観光まつりが無事に終わったのもつかの間、9月21日(土)にはこちらも毎年恒例となった「雨宮21号お月見列車」を運行いたしました。この運行は年2回しか行われないナイトランの最終回で、運行に合わせて夜間撮影会も実施いたしました。この撮影会ですが、年々参加される方も多くなり、ちょっとしたイベントの雰囲気も出てきました。ライティングする側としては、今年はどのように当てるか、場所はどうするか、全長2キロの線路とはいえ、撮影される場所も限られますので、同じ場所でもなるべく違う雰囲気を出すべく、ライティングについても工夫をいたしました。RM363号の今月の1枚に選ばれた方のお写真を拝見すると、工夫したかいもあったかとほっとしております。また、この撮影会にも道外から多くの方に訪れていただいた上、本運行(2便)でも過去最高に迫る乗車率となりました。

131201n003.jpgさて、このイベントでは密かなデビューがありました。お越しいただいた方でお気づきの方がいらっしゃったか定かではありませんが、毎年お月見運行で使用している「井笠客車」のグローブ型車内灯を今回のイベントに合わせて復活させました。今までは、発電機を搭載の上、裸電球を車内にぶら下げるという簡易的なものでした。今回の車内灯復活で、うるさい発電機もなくなり、また電灯からにじみ出す夜汽車の雰囲気やニス塗りの車内の風合いをお楽しみいただけるようになったかと思っています。
▲復活したグロープ型電灯。かつての軽便の夜汽車を彷彿させる魅惑のシーン。'13.9.21 P:真鍋 英 
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この復活劇には、昨年の井笠客車尾灯制作とともに、町+町おこしグループ+雨宮ファンという3者連携がありました、丸瀬布単独では技術的に不可能であったことを、毎年お越しいただいているファンの方で、技術をお持ち(専門職とされている方がいらっしゃる)の方のご協力をいただいて、今回これだけのものがそろいました。すべて「雨宮のため」とボランティアでの活動になったことに、この場を借りて感謝申し上げます。ぜひ、年に1回しかない井笠客車によるナイトランを来年も別な視点でお楽しみいただければと思っています。

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太秦広隆寺駅を訪ねる。

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▲暮れなずむ広隆寺楼門前を行く四条大宮行きモボ621。'13.11.29 
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先週末は打ち合わせと資料調査で早朝から京都へ...。予定を終えた頃にはすっかり日も傾いてしまっていましたが、せっかく京都まで来ながらインドアのまま一日を終えるのも心残りで、打合せ先から手近な嵐電の太秦界隈に足を向けてみました。

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▲相対式ホームの太秦広隆寺駅で離合するモボ102とモボ622。画面前方の四条大宮方は専用軌道となる。'13.11.29 
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121129n005n.jpg降り立ったのはお馴染みの太秦広隆寺駅。日本書紀にも記載があるという京都最古の古刹・広隆寺の楼門の前を京福電気鉄道嵐山本線(嵐電)が走る姿はこれまでにも広く紹介されて、嵐電の代名詞ともなっています。しかし路面を走るのはこの楼門の前のわずかな区間、しかも道路は三条通りとあって交通量も多く、クルマに被られずに広隆寺前を行く電車を撮影するのはかなりの難易度です。
▲嵐山方面行きホーム上には"玄関"が...。ちなみに四条大宮方の次の電停名は「蚕ノ社」(かいこのやしろ)、嵐山方は「帷子ノ辻」(かたびらのつじ)と何とも趣がある。'13.11.29 
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つるべ落としの秋の陽は広隆寺楼門を残照となって照らし出していましたが、それもつかの間、あっという間に暗くなってしまい、帰りの新幹線の時刻が迫ってきたこともあって、結局、ほんの30分ほどで太秦をあとにしました。

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▲三条通りから見た太秦広隆寺駅全景。左に見える駅本屋のような建物はお蕎麦屋さん。'13.11.29 
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思い返せば嵐電を初めて撮影したのはちょうど40年前のこと(アーカイブ「北野白梅町にて」参照→こちら)。藤永田や田中車輌製の古色蒼然とした電車がトロリーポールをかざして走っていたものの、残念ながらこの時は太秦広隆寺駅(当時は太秦駅)には足を向けてはおらず、広隆寺前を行くポール電車の姿は私のネガにはありません。

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▲嵐山方面行きホーム(上)と、四条大宮方面行きホーム(下)。どちらも魅力的な雰囲気を醸し出している。'13.11.29 
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それにしても、あらためて興味を引かれたのが太秦広隆寺駅の模型的シチュエーションです。嵐山方面行きホームには商店やら民家の玄関やらがあり、四条大宮行きのホームにはお蕎麦屋さんの店舗が直結しています。まさに『模「景」を歩く』的情景で、モデラーの方にとっても一見の価値があると言えましょう。

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▲残照に浮かび上がる室町時代の作という仁王像を横目に嵐電が行く。嵐山電車軌道→京都電燈以来変わらぬ営みがここにある。'13.11.29 
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