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関東鉄道竜ケ崎線-龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ケ崎線-(下)発売中。

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▲昭和50年代の竜ケ崎線。東京から1時間圏内とは思えない長閑な沿線風景が広がっていた。'76.3.9 入地-竜ケ崎 P:名取紀之 (RMライブラリー『関東鉄道竜ケ崎線-龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ケ崎線-』下巻より)
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8月後半から相次いだ悲報もあってすっかりご紹介が遅れてしまいましたが、白土貞夫さんによるRMライブラリー『関東鉄道竜ケ崎線-龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ケ崎線-』の下巻が完成、たいへんご高評をいただいております。7月発売の上巻では竜ケ崎線の歴史、施設、運行とともに、1914(大正4)年に改軌される以前の、762㎜軌間時代の車輌を紹介いたしましたが、下巻ではより馴染み深い改軌から現在までの車輌群を紹介しています。

rml169_h1sn.jpgご存知の通り竜ケ崎線は全線わずか4.5㎞、現在の在籍車輌はたった3輌のみですが、改軌からの99年の間に足跡を残した車輌は、貨車を除いても実に40輌を越えます。改軌時には蒸気機関車2輌、客車3輌、それに借入の貨車1輌という体制でスタート、1927(昭和2)年には早くも内燃動車を導入、これは茨城県下の国鉄を含む1,067㎜軌間の鉄道では初の試みでした。

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▲早くから内燃動車を導入して旅客列車の増発を計った龍崎鉄道。本書はその導入初期の貴重な写真の数々を収録。 (RMライブラリー『関東鉄道竜ケ崎線-龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ケ崎線-』下巻より)
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1944(昭和19)年に鹿島参宮鉄道と合併して以降は機関車・客車・内燃動車とも鉾田線(後の鹿島鉄道)からの転入車が増えました。一時、竜ケ崎線の主力であったキハ41300形(元国鉄キハ41000系)にいたっては、鉾田線と竜ケ崎線との間で転属を繰り返しています。

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▲鹿島参宮鉄道との合併後は鉾田線からの転入車が中心になった。  (RMライブラリー『関東鉄道竜ケ崎線-龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ケ崎線-』下巻より)
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一方、1965(昭和40)年の関東鉄道成立後は、鉾田線、常総線からの転入は意外に少なく、1970(昭和45)年に廃止された江若鉄道からの譲渡車3輌が主力となったのち、その車体更新車と、竜ケ崎線用として製造されたキハ532、そしてキハ2000形2輌が投入され現在に至っています。

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▲昭和45年に廃止された江若鉄道から転入した3輌の気動車は、後にいわゆる"関鉄スタイル"の車体に更新され、キハ2000形が投入されるまで活躍した。 (RMライブラリー『関東鉄道竜ケ崎線-龍崎鉄道・鹿島参宮鉄道竜ケ崎線-』下巻より)
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本書はこれら歴代の車輌群について、龍崎鉄道時代、鹿島参宮鉄道時代、関東鉄道時代、そして3つの時代を通じての貨車という4つのパートに分けて解説するもので、第106巻『鹿島鉄道-鹿島参宮鉄道・関東鉄道鉾田線-』と合わせてご覧いただくと、複雑な車輌の変遷がよりよくご理解いただけると思います。ぜひ上巻ともども書架にお揃えください。

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