鉄道ホビダス

2013年7月24日アーカイブ

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▲交通博物館の「閉館記念ライトアップ」に彩られた旧万世橋駅の高架橋部。もう7年も前のことになる。'06.2.2

ちょうど一年前にJR東日本から整備活用計画が発表された旧万世橋駅の高架橋部(編集長敬白アーカイブ「あの旧万世橋駅遺構を整備活用へ」参照→こちら)が、来たる9月14日(土曜日)にその名も「mAAch ecute 神田万世橋」としてオープンします。

IMGP5718nn.jpgJR東日本ステーションリテイリングが、東日本鉄道文化財団とともに開発を進めている「mAAch ecute 神田万世橋」は、1943(昭和18)年に万世橋が駅としての機能を休止して以来、70年ぶりに公開される通路や階段、各ショップの壁、旧万世橋駅プラットフォームを活用した展望テラスなど、さまざまな箇所で旧万世橋駅や交通博物館時代の歴史の痕跡(編集長敬白アーカイブ「旧万世橋駅特別公開」参照→こちら)を見ることができる施設空間のなかに、飲食・物販・カフェなど合計11ショップが設けられます。また、周辺エリアとつながるオープンエリアや、万世橋にかかる神田川を活かした親水デッキを設けることで、周辺地域の景観に新しい価値を創出するものとなります。
▲薄暮の万世橋の情景。右に交通博物館、中央線にはまだ201系が走っていた。'06.2.2

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▲「mAAch ecute 神田万世橋」の完成イメージ。提供:JR東日本ステーションリテイリング

またこのオープンにともなって貴重な万世橋駅の遺構の数々も公開されます。
●1912階段
1912(明治45)年4月、万世橋駅開業の時に作られた階段。1936(昭和11)年4月の鉄道博物館(後の交通博物館)時代には、ホームから博物館に直接入館できる特別来館口として使用されていた。1943(昭和18)年に駅が休止してからは公にされることはなく、この度70年ぶりに公開される。
●1935階段
鉄道博物館(後の交通博物館)の新館が、ここ万世橋駅に建設されることになり、新たに1935(昭和10)年に設置された。1943(昭和18)年10月の駅休止までの間、ここが駅の階段として使用された。2006(平成18)年の交通博物館閉館前は、期間限定でこの階段が公開されたが、一般に公開されるのは1912階段同様、70年ぶりとなる。
●遺構サークル
初代万世橋駅駅舎、2代目駅舎、鉄道博物館(後の交通博物館)の3つの建物を交通博物館が2006(平成18)年に閉館するまでの94年間、支え続けてきた初代駅舎の基礎。その一部を保存し、遺構サークルとして公開する。

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▲万世橋駅ホームへの「1935階段」。壁面には戦時中のポスターも残されていた。'06.5.15

ほんとうに早いもので、交通博物館が消えてから7年余り(編集長敬白アーカイブ「ドキュメント 交通博物館最後の日」参照→こちら)、初夏の神田川の川風に吹かれながら感傷に浸った万世橋にもとんとご無沙汰してしまっていますが、この秋はまた足を向ける機会が増えそうです。

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