鉄道ホビダス

2013年7月12日アーカイブ

湊線 あの頃。(下)

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▲派手なエキゾーストを残して阿字ヶ浦を発車してゆくキハ22形+キハ1002の2連。左手にはケハ402の姿が見える。'80.4.3 阿字ヶ浦
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この当時の湊線は留萌鉄道と羽幌炭礦鉄道から転入してきた"道産子"気動車が幅を利かせており、生え抜き組はケハ601が昼間の単行に充当されるのが目立つ程度で、どちらかというと影の薄い存在でした。

130710n002.jpg当時(1975年3月改正)の運用行路はA~Cの3行路。A行路はキハ2004、2005および1000代、B行路はキハ221、222、223、およびケハ601、C行路はキハ1001、1002、1103、およびハフ46が組みとなっており、C行路の朝の通勤・通学時間帯の阿字ヶ浦発上り108列車が「キハ3+ハフ1」という4輌の長大(?)編成となっていました。この併結のため、その前の下り105列車に那珂湊からハフ46が増結され、108列車の折り返し111列車の那珂湊で解放されるという行路です。つまり、キハ41000の末裔のハフ46はこの平日の1列車のためだけに在籍していたことになります。
▲阿字ヶ浦のホームで休むケハ402。湊線生え抜きの湘南スタイルの気動車だったが、この写真を撮影した半年後に廃車されてしまった。'80.4.3 阿字ヶ浦
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▲那珂湊機関区のハフ46(左)とキハ22形(右)。ハフ46は東野鉄道から転じてきたキハ41000形をトレーラー化したもの。'80.4.3 那珂湊
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▲ハフ46のプロフィール。エンジンが下ろされて前照灯が外されている以外はほとんどキハ41000形そのもの。'80.4.3 那珂湊
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塗色もエンジに白帯の羽幌炭礦鉄道色が標準となって、ステンレスのケハ601以外の旅客車はすべてこの塗色に統一されていました。クリームに青帯の茨城交通色が登場するのはもうしばらく後のことです。

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▲おへそライトがチャームポイントだったキハ1001。タイフォンカバーやずらりと並んだ"バス窓"の二重窓が生まれ故郷を物語る。'80.4.3 那珂湊
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那珂湊の構内にはいわゆる首都圏色のキハ11形が3輌(19・25・26)留置されていました。この時は「国鉄からキハ11が来たんだな」程度の認識しかありませんでしたが、これが数か月後にはキハ111~113として就役し、さらに15年ほど後には小誌編集部がお手伝いをして国鉄旧気動車色に塗り替えられ、そしてさらに現在は1輌(25)が鉄道博物館に、1輌(26)がリニア・鉄道館に保存展示されようとは夢にも思いませんでした。

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▲33年前の那珂湊構内全景。左には真岡機関区から回着したばかりのキハ11形3輌が見える。手前のキハ11 25(茨交キハ112)はこの後24年にわたって湊線で働き、現在は鉄道博物館で保存展示されている。'80.4.3 那珂湊
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■これまでに紹介した湊線関連のアーカイブ
・今度は茨城交通も存亡の危機1? →こちら
・生まれ変わる「湊線」 →こちら
・新社名は「ひたちなか海浜鉄道」 →こちら
・ひたちなか海浜鉄道を訪ねる →こちら
・那珂湊の97式軽貨車を見る →こちら
・ひたちなか海浜鉄道は今 →こちら
・ひたちなか海浜鉄道応援ツアー →こちら
・湊線が全線復旧 →こちら
・「チャリティー写真展in那珂湊」開催 →こちら

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