鉄道ホビダス

2013年7月10日アーカイブ

湊線 あの頃。(上)

130710n010.jpg
▲朝の湊線ホーム寸描。混合114列車で到着したケキ103が転線中。'80.4.4 勝田
クリックするとポップアップします。

ひたちなか海浜鉄道湊線の今昔についてはこれまでにも何回かご紹介してきましたが、今回は私にとっては比較的後年、1980年代の様子をご覧に入れましょう。カメラはそれまでの35ミリ判からペンタックスの6×7にバージョンアップ(?)したものの、なぜかいつも北海道や東北遠征の道すがらの訪問で、考えてみれば湊線自体をメインに常磐線を往復するようになったのは1990年代以降になってからのことでした。

130710n009.jpg
▲これはトップの写真の一年前、1979年に撮影した勝田駅湊線ホームの全景。側線にはまだまだ貨車の姿が多い。'79.2.16 勝田
クリックするとポップアップします。

勝田駅にはかつて湊線と逆側に日立製作所の専用鉄道がのびており、そこにはバッテリー機関車がプシュプルで牽引する奇妙な通勤列車が走っていました(編集長敬白アーカイブ「日立水戸の奇妙な列車」参照→こちら)。ところがこの通勤列車の勝田駅発が7時25分と7時45分と東京からではどうにも間に合いません。そこで思いついた"奇策"が遠征の帰路に上り「十和田」を水戸で途中下車することでした。例えば204列車「十和田4号」の水戸着が5時31分、6時02発の下り433Mで折り返せば勝田には6時08分に到着するという寸法です。

130710n004.jpg
▲わが国初のステンレス車体の気動車ケハ601が雑木林の横を駆け抜ける。ケハ601は総括制御ができないため、もっぱら昼間の単行列車に充当されていた。'80.4.3 金上-中根
クリックするとポップアップします。

これでお目当てのバテロコ牽引通勤列車を首尾よく撮影することができるわけですが、撮影終了が8時前...まさに朝飯前です。そこで手近な次の訪問地として浮かび上がってくるのが茨城交通湊線でした。当時の湊線はもちろん貨物営業を行っており(1984年廃止)、関東地方では最後となってしまったディーゼル機関車牽引による混合列車が運転されていました。

130710n008.jpg
▲この日の下り混合117列車は貨車の連結がなかった。ロッド式DLがせわしなく足を回して気動車1輌を牽く姿はなんともユーモラス。'80.4.3 金上-中根
クリックするとポップアップします。

その混合列車の設定が朝の通勤時間帯が終わった10時台で、行きがけの駄賃とばかりに金上付近(混合117レは金上で116レと交換、10時38分金上発)でこの混合列車を撮影してから帰京するのが常でした。いずれにせよ長旅のラストとなるわけで、体力的にも懐具合からしても早々に撮影を切り上げて上野行きのシートに身を沈めることになります。そんなわけですから、この当時、夕方までじっくりと湊線を撮りこむことはありませんでした。

130621nRML167bn.jpg

kokutetsu34_bln.jpg

130604n201bn.jpg

レイル・マガジン

2013年7月   

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
「編集長敬白」が携帯電話でもご覧になれます。下記アドレスもしくはQRコードを読み取ってアクセスしてください。
http://rail.hobidas.com/blog/
natori/m/

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2018 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.