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松山電気軌道由来の主電動機。

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▲大阪市交通局に里帰りしたヘルブランド台車。実は車軸には松山電気軌道由来のGE-1000が装備されている。P:宮武浩二
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「坊っちゃん列車」関連で松山の話題が続きましたが、ご覧になられた宮武浩二さんから短命に終わった「松山電気軌道」に関しての興味深いレポートを頂戴しました。

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▲松山電気軌道道後駅の全景。松山電気軌道は現在の三津浜港付近の江ノ口と道後温泉を結んでいた標準軌の電気軌道で、1911(明治44)年に開業、10年後にはライバルの伊予鉄道に合併され、さらに改軌されてしまった短命な軌道だった。この絵葉書に見える1形8号・10号はのちに能勢電気軌道21形となっている。絵葉書所蔵:宮武浩二
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松山電気軌道といえば道後温泉をはさんで伊予鉄道と熾烈な乗客奪い合いを行っていたのは有名な話です。しかし松山電気軌道は伊予鉄道の軍門に下り、旧松山電気軌道の軌道(1435㎜ゲージ)は伊予鉄道の軌道軌間である1067㎜ゲージに統一されることになり、旧松電系の車輌は全車失業することになりました。

130530n006.jpg幸いなことにその内の電動客車10輌と、大阪市電が出自の無蓋電動貨車(番号不詳)が1923(大正12)年に能勢電気軌道に引き取られて、電動客車は21号~30号となり使用されたことはわかっています。その後この電車に使用されていたGE-1000主電動機1輌分が大阪市電由来のヘルブランド台車をはく105号電動貨車に再利用され、数奇な運命を経て現在大阪市交通局に保存されている二階付電車ヘルブランド台車に装着されたまま保存されているわけです。

▲ヘルブランド台車に装備されたGE1000主電動機2台。宝塚ファミリーランドに展示されていた時にモーターケースは黄緑色に塗装された。P:宮武浩二
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▲GE1000主電動機のケーシングの陽刻。パテントがぎっしりと記されている。P:宮武浩二
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ではいつごろから105号電動貨車に使用されていたのか足取りをたどると、1955(昭和30)年度の能勢電車輌表では105号電動貨車の主電動機はすでにGE―1000に置換されていることから、能勢電21形が廃車になった1937(昭和12)年から休車された1950(昭和25)年までに置換したというほかは判明しませんでした。この主電動機、おそらく松山電気軌道時代のものとしては現存する唯一のものであり、貴重な遺産といえましょう。

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▲能勢電気軌道21形竣功図。前所有者欄には「伊豫鐵道電気」の文字が見える。所蔵:宮武浩二
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