鉄道ホビダス

2013年4月アーカイブ

東信貴ケーブルの保存車。

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▲三郷北小学校に保存されているコ9号。子どもたちに大切にされてきたのだろう、廃止後30年を経ているとは思えないほど矍鑠としている。'13.3.11 P:宮武浩二
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先日、生駒ケーブルの保存車輌(編集長敬白アーカイブ「生駒ケーブルの保存車」参照→こちら)についてレポートをお寄せくださった宮武浩二さんから、今度は路線そのものが消えてしまった近鉄東信貴鋼索線の保存車輌と廃線跡の情報をいただきました。

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▲ニス塗りの車内は鈍い太陽光の下では古いお屋敷のようだ。'13.3.11 P:宮武浩二
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▲レトロな雰囲気の座席の脚(左)。車体に残る番号板(右)。'13.3.11 P:宮武浩二
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▲緊急ブレーキ装置もそのまま残る。'13.3.11 P:宮武浩二
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近鉄東信貴鋼索線は信貴山・朝護孫子寺への参詣のために、1922(大正11)年5月16日に生駒線の前身である信貴生駒電気鉄道が開業したケーブルカーで、先にご紹介した生駒ケーブルがわが国最初の営業ケーブルカーであるのに対して、当線は箱根登山鉄道鋼索線に続く3番目の開業という由緒ある歴史を誇っていました。

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▲近鉄信貴山下駅の全景。東信貴鋼索線はここから信貴山上を結んでいた。'13.3.11 P:宮武浩二
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▲近鉄信貴山下駅構内に保存される東信貴ケーブルゆかりの部品。'13.3.11 P:宮武浩二
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▲解体されたコ10から取外された車輪(左)と、地上の運転室にあった制御器の天板(右)もディスプレーとして保存されている。'13.3.11 P:宮武浩二
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路線は信貴山下から信貴山までの1.7㎞で、最急勾配は217‰。巻上装置などはすべて国産で賄われていたのが特徴でもありました。ただ、昭和になって信貴山急行電鉄が西信貴鋼索線(現・近鉄西信貴鋼索線)を開業すると東信貴鋼索線は斜陽を迎え、結局1983(昭和58)年8月31日をもって廃止されてしまいました。

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▲信貴山下駅から軌道跡を見る。左側の道路が軌道跡。途中まで道路として活用されている。'13.3.11 P:宮武浩二
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▲現在は奈良交通バスの待合所として活用されている信貴山駅。手前の急勾配こそケーブルカーの名残。'13.3.11 P:宮武浩二
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▲山上駅の待合室に残る案内板(左)。右は山上側から見た軌道跡で、途中まで遊歩道になっている。'13.3.11 P:宮武浩二
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廃止から今年でちょうど30年が経過しますが、駅舎、車輌、軌道敷もほぼ残されており、往年を偲ぶことができます。まず、近鉄生駒線信貴山下駅駅長室横には「コ10」の車輪、ケーブルワイヤー、運転室にあった制御器の天板が残されています。また信貴山上駅舎は奈良交通の路線バスの待合室として使用されていますが、ここには発車案内板のようなものが残されています。

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▲三郷北小学校のコ9号。山上に向いた正面は大きなガラス張りとなっている。'13.3.11 P:宮武浩二
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車輌は三郷町立三郷北小学校に「コ9」が軌道付きで保存されています。古典的な箪笥のような形をしたケーブルカーは部品もすべて残されており、完全な状態で、事前に申し込めば見学も可能だそうです。

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▲戸塚恵子さんの「台所と居間 昭和30年代」より居間。畳のイグサなど実際のマテリアルに拘った作風はドールハウス作家ならではのもの。'13.4.24
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昨日に引き続き旧新橋停車場 鉄道歴史展示室で開催されている「情景作家―昭和のミニチュア」展(→こちら)をご紹介いたしましょう。今回、新鮮な驚きとともに拝見したのがドールハウス作家・戸塚恵子さんの一連の作品です。

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▲戸塚恵子さんの作品「くるみべーカリー」(左)と「八百松」(右)。店先の駄菓子や野菜も見事に再現されている。'13.4.24
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▲カラン...と桶の音まで聞こえてきそうな「銭湯」(戸塚恵子さん作品)。敷き詰められたタイルは一枚一枚貼られたもので、その不揃いさが何とも言えない温かみとなって見る者を和ませる。なお、鏡やガラスも実物に拘り、ガラス屋さんに切り出してもらっているという。'13.4.24
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R0021399.jpgいわゆるスケールモデルと異なり、厳密な縮尺には拘泥しないドールハウスの世界ですが、ミニチュアとしては19世紀からの古い歴史を持ち、その原点は1インチスケール(1フィート=12インチを1インチに縮小する)、つまり1/12がベースとなっています。12分の1というとストラクチャーを伴う鉄道模型としては想像を超えたビッグスケールで、編成はもとより車輌そのものを丸ごと"情景"として配置することはとても無理でしょうが、戸塚さんの作品を拝見していると、このスケールでたとえば食堂車の1シーンなどを再現できないものだろうか...と思いを巡らしてしまいます。
▲「台所と居間 昭和30年代」の台所。鍋や食器にいたるまですべて戸塚さんの手作り。'13.4.24
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▲「台所と居間 昭和40年代」より台所。昭和30年代から40年代へ昭和の生活はめまぐるしい変貌を遂げた。炊飯器やポットにまで花柄があるのが時代を象徴している。'13.4.24
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▲同じく「台所と居間 昭和40年代」より居間。白黒テレビに黒電話...同時代体験を持つ者にとってはいつまで見ていても飽きない作品。'13.4.24
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さて、その一方で"昭和のミニチュア"をテーマとしながらも異彩を放つのは諸星昭弘さんの独自の世界です。一番手前に展示されている「ノスタルジックドーナツ」は今回の展示のために製作された新作で、ショーケースにはイメージラフから材料の調達メモまでその製作過程がわかる生々しい記録も展示されており、これも必見です。

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▲ひるがえってこちらは諸星ワールド。「ノスタルジックドーナツ」と名付けられたこの作品は本展に間に合わせるために突貫(?)で製作されたもの。'13.4.24
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▲「ノスタルジックドーナツ」の製作過程が生々しくわかるメーキング資料も展示されている。左の段ボールの切れ端は最初の着想時点での絵コンテで、宅配便が来た際に閃き、そのまま荷物の段ボールに書き留めてしまったとのこと。右は3月29日の日付のある製作メモ。本展が4月2日からなので、驚くべき突貫工事ぶりがうかがい知れよう。'13.4.24
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諸星さんはさらに新作を製作中で、会期中にはもうひとつ新作展示が増える予定だそうです。ちなみに今回の展示は7月21日までと長丁場。5月27日(月曜日)の休館日を挟んで以後の下期には山田卓司さんの作品4点が入れ替え、戸塚恵子さんの作品1点が追加されるなど展示替えも予定されているそうなので、こちらも注目です。

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▲諸星昭弘さんの「空箱レイアウト」(左)と「ノスタルジックランプ ミニ」(右)。世代を超えて笑みがこぼれる作品が諸星ワールドの真骨頂。'13.4.24
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本展を監修された坂本憲二さんが出品された「柿の実のなるころ」も心動かされる作品です。尺貫法に基づく日本の家屋をテーマとしたため、1間(6尺≒1.82m)÷45=約4㎝、6寸角(18㎝)柱÷45=4㎝と割り切りの良い1/45スケールを選択したそうで、「縮尺とは、ある作家にとって非常に重要なものではあるものの、絶対ではなく、博物館の模型でもない限り、作る人、見る人の脳の中にあるイメージをいかにして現実の模型で再現できるか、その一つの方法として存在するものだと私は思う」(解説文より)という言葉も実に含蓄あるものです。

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▲本展の監修をお務めの「さかつうギャラリー」代表の坂本憲二さんも新作を発表。1/45スケールの「柿が実るころ」は620×400㎜のベースに藁ぶき屋根の農家が見事に再現されている。13.4.24
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▲「柿が実るころ」より。スイッチを押すと囲炉裏の炎や軒下の電灯が点灯し、より一層生活感がにじみ出る。'13.4.24
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▲テーマとなった柿の木ももちろん手作り。鉄道そのものは登場しないものの、思わずこんな情景の横に車輌を置いてみたくなる。'13.4.24
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旧新橋停車場 鉄道歴史展示室ではこの企画展に合わせて立派な図録も用意されました。A4判44ページオールカラーの図録には、出展作品の美しい写真の数々のほか、「日本における情景模型について」といった解説も添えられています。価格は900円。なにしろ入場無料ですので、図録を購入しても千円札一枚あれば存分に楽しむことができるこの「情景作家―昭和のミニチュア」展、ゴールデンウィークのおすすめに違いありません。

取材協力:東日本鉄道文化財団 鉄道歴史展示室
(※展示室内は撮影禁止です。)

R0021447.jpg「情景作家―昭和のミニチュア」展 (→こちら
■会場:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
■交通:JR新橋駅「銀座口」より徒歩5分、都営大江戸線汐留駅徒歩3分
■会期:2013年7月21日(日)まで ※会期中、一部展示替えあり
■休館日:月曜日 ※祝祭日の場合は開館、翌日休館。

▲写真右からご案内いただいた東日本鉄道文化財団の誉田 匠さん、監修をされた「さかつうギャラリー」代表の坂本憲二さん、そして「クラシックストーリー」の山川良一さん。'13.4.24
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■開館時間:10:00~17:00 (入館は閉館の15分前まで)
■入場料:無料
■監修:坂本憲二(情景模型専門店「さかつうギャラリー」代表)
■主催:公益財団法人 東日本鉄道文化財団
■後援:東日本旅客鉄道株式会社
■問い合わせ先:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室(TEL:03-3572-1872)

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▲「情景作家―昭和のミニチュア」展 には鉄道をモチーフとしたもの以外も数多く展示されている。これはドールハウス作家として知られる戸塚恵子さんの作品「駄菓子屋」。素材の質感に拘ったその温かみは見る者を笑顔にさせる。'13.4.24
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旧新橋停車場 鉄道歴史展示室で4月2日から開催されている「情景作家―昭和のミニチュア」展(→こちら)を拝見してきました。旧新橋停車場は、汐留再開発の際に発掘された国の指定史跡「旧新橋停車場跡」を保護しつつ再建されたもので、一階には常設展示コーナーのほか、南側には短いながらも双頭レールを使った復元軌道も敷設されています(編集長敬白アーカイブ「企画展 動輪が刻んだ時代(とき)開催中」参照→こちら)。

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▲旧新橋停車場 鉄道歴史展示室は都心の真ん中とは思えない静かな空間。通常は見下ろすかたちとなるミニチュアの展示を、今回は目線の高さを意識したポジションとし、さらに照明にも気配りがなされている。'13.4.24
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開館10周年を迎えて企画されたこの「情景作家―昭和のミニチュア」展は、従来の鉄道歴史展示室の企画展とは一線を画す新たな試みで、鉄道のみならずジャンルを超えた「ミニチュア」、しかもハンドメードのミニチュアを通して昭和という時代を再現しようとするものです。

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▲日本の鉄道模型レイアウト史の大きなターニングポイントとなった坂本 衛さんの「摂津鉄道」。1964(昭和39)年作なので、なんと来年で生誕50年となる。レイアウト上の照明も坂本 衛さんご本人が最近LED化されたとのこと。'13.4.24
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▲摂津鉄道の蔵本村。秋の山里をテーマとした一連の作品は多くのモデラーの人生を変えたといっても過言ではない。ちなみに右下に見える農作業小屋は半世紀の歳月で虫に食われて隙間だらけになってしまったそうだが、それがまた良い雰囲気を醸し出している。まさに天然のエージング! '13.4.24
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しかも一般の催事場でのイベントと異なり、鉄道歴史展示室の企画展だけあって実に落ち着いたディスプレーとなっており、ハンドメード・ミニチュアの世界をまさに"堪能"することができます。とりわけ目線の高さを重視した展示台は、逆に子どもを意識していない潔さがあり、静寂の空間で大人の時間を過ごすことができます。

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▲プロモデラーとして幅広く活躍されている山田卓司さんはこの展示に合わせて新作「踏み切り」を出展。フィギュアを登場させないドールハウスの戸塚さんと好対照に、山田さんの作品はフィギュアの表情や仕草が秀逸。'13.4.24
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R0021376.jpg出展作家は4名の方。鉄道模型の世界では知らぬ人のいない「摂津鉄道」の坂本 衛さん、おなじく独自の世界観で鉄道模型を作り続けられている諸星昭弘さん、プロモデラーとしてテレビでもお馴染みの山田卓司さん、そしてドールハウス作家の戸塚恵子さんで、監修をお務めの「さかつうギャラリー」代表の坂本憲二さんの新作も展示されています。
▲「踏み切り」の要はワイヤー昇開式の踏切。実は資料が乏しく、平山城址公園の京王資料館に保存されているものや、鶴見線に唯一残る日本鋳造前踏切などを参考にされたとのこと。'13.4.24
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摂津鉄道の坂本さんは御年78歳。3年前のJAMコンベンションでは「鉄道模型功労者」に選ばれ、エコーモデルの阿部敏幸さんとの特別講演(編集長敬白アーカイブ「JAMコンベンション特別講演より」参照→こちら)の際は私がMCを務めさせていただきましたが、模型製作への情熱はまだまだ燃え盛っておられるようで、会場には製作途中の車輌模型の数々も展示されています。

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▲山田卓司さんの作品「引っ越しの日」(上期展示)。スバル360に無理やり荷物を積み込んでの引っ越しがリアルに、そしてコミカルに描かれている。まるで会話が聞こえてきそうな1シーン。'13.4.24
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▲そしてその中心となっているスバル360は、なんとレジンを磨きだした地色そのものものだそう。クリアも吹かれておらず、その質感たるやまさに実車同様。'13.4.24
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▲ユーモラスなのが山田卓司さんご本人の日常をテーマにした作品「家族」(上期展示)。ご本人が実際使われている工作机をミニチュアにしたもので、その机にはさらにこのシーンの作りかけミニチュアが、そしてその机上にはさらに...と思わず覗き込んでしまう。余談ながら最初は椅子に座るご自身と娘さんだけだったものの、奥様からの申し入れ(?)で3人となったというエピソードも微笑ましい。'13.4.24
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ところで、坂本さん、諸星さんの作品は私たち鉄道の世界にいる者にとっては既知ですが、プラスティックモデルの世界を中心に活躍されている山田卓司さんや、ことにドールハウスの戸塚恵子さんの作品は目にする機会がなく、今回実際に拝見して大きな衝撃を受けました。ドールハウスでは基本的にフィギュアを置かないのがセオリーのようですが、作品には"人気がない"どころか賑わいの声さえ聞こえてくるようです。一方の山田さんの作品はフィギュアの表情が素晴らしく、ともにビッグスケールの魅力を再認識させてくれます。

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▲おなじみ諸星昭弘さんは今回も"諸星ワールド"全開! 写真のノスタルジックボックス(モノクロームな町)は今年の新作で、白黒テレビの画面を除くとモノクロームの町を小さな市電が走るというフォトジェニックな作品。'13.4.24
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▲これが「モノクロームな町」の"画面"。彩色を最低限に抑えてどうやってイメージを再現するかに苦心されたとのこと。'13.4.24
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明日も引き続きこの「情景作家―昭和のミニチュア」展の魅力をお伝えいたしますが、このゴールデンウィークはぜひゆっくりと時間をとって足を向けられることをおすすめしたいと思います。

取材協力:東日本鉄道文化財団 鉄道歴史展示室
(※展示室内は撮影禁止です。)

「情景作家―昭和のミニチュア」展 (→こちら
■会場:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
■交通:JR新橋駅「銀座口」より徒歩5分、都営大江戸線汐留駅徒歩3分
■会期:2013年7月21日(日)まで ※会期中、一部展示替えあり
■休館日:月曜日 ※祝祭日の場合は開館、翌日休館。
■開館時間:10:00~17:00 (入館は閉館の15分前まで)
■入場料:無料
■監修:坂本憲二(情景模型専門店「さかつうギャラリー」代表)
■主催:公益財団法人 東日本鉄道文化財団
■後援:東日本旅客鉄道株式会社
■問い合わせ先:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室(TEL:03-3572-1872)

「摂津鉄道」のストラクチャー照明をLED化されたのは坂本 衛さんご本人でした。情報を訂正して再掲いたします。

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「sustina」第1号車登場。

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▲5号車「sustina」を1位側(6号車側)から見る。「sustina」第1号車となった5576号車は付随車で、台車はTS-1020A。車体総重量は25.5tと従来車より0.5t軽量化。レーザー溶接の採用によりフラットな外観となったほか、水密性も向上して雨水の侵入を防いでいる。なお、従来車では雨樋の分だけ車体側面がわずかに上すぼまりの台形となっていたが、「sustina」では垂直な車体側面となっている。'13.4.10 総合車両製作所横浜事業所 P:RM(小野雄一郎)
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本誌最新号でも速報していますが、総合車両製作所(J-TREC)と東京急行電鉄が共同で開発を進めていた次世代ステンレス車輌「sustina」の第1号車が登場し、先日報道関係者などを対象にお披露目が行われました。

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▲5号車「sustina」の車内中央部から4号車側を向いて撮影。手すりをロールバー構造とし、万が一衝突事故などが起きても車体構造を保つようになされている。また、従来車とは荷棚の形状が若干変更されている。'13.4.10 総合車両製作所横浜事業所 P:RM(小野雄一郎)
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130424n008.jpg「sustina」とは総合車両製作所が展開している海外向けステンレス車輌のブランドのことで、国内に向けても次世代ステンレス車輌を「sustina」シリーズとして展開することとしたものです。「sustina」の特徴は、レーザー溶接の積極的な採用による車輌構造の変更や骨組の軽量化などにより、アルミ車輌と同等の車体軽量化を実現していることです。そのため、省エネルギー性の向上や外観・内装もフラットですっきりしたデザインが可能となっているほか、メンテナンス性の向上や製作コストの削減にもつながるとしています。
▲妻面を下部から見上げる。左側の車輌が5号車「sustina」、右側の車輌が6号車(従来車と同様の車輌)。ビードが垂直方向に入っている構造が分かる。'13.4.10 総合車両製作所横浜事業所 P:RM(小野雄一郎)
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▲写真左は5号車「sustina」(左)と従来車の6号車(右)との連結面。雨樋やドア、窓周りなどの凹凸がなく、フラットな構造となっていることが分かる。車内両端の壁面上部には車号と「sustina」のロゴシールが掲出されている(写真右)。'13.4.10 総合車両製作所横浜事業所 P:RM(小野雄一郎)
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▲国内向け「sustina」第1号完成記念式典では、総合車両製作所の宮下直人社長による合図で除幕が行われた(上)。下は総合車両製作所と東急電鉄の関係者による記念撮影。'13.4.10 総合車両製作所横浜事業所 P:RM(小野雄一郎)
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今回落成した第1号車は東急電鉄5050系の5576号車(5076編成の5号車)。先日17日には長津田に搬入されており、予定では5月中旬より東横線で営業運転を開始することになっています。

取材協力:株式会社総合車両製作所

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▲池田動物園で編成状態で展示されている井笠の機関車と西大寺の客貨車。展示場所はゾウ舎の向かい側。'13.1.21
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井笠鉄道に西大寺鉄道、そして下津井電鉄と全国的に知られた軽便鉄道が集中していた岡山県には、今でも多くの保存車輌が残されています。先日ご紹介した井笠鉄道の保存車輌(編集長敬白アーカイブ「井笠鉄道 鉄道記念館を訪ねる」→こちら、「井笠鉄道9号機を見る」参照→こちら)や西大寺鉄道の保存車(編集長敬白アーカイブ「西大寺鉄道のキハ7」参照→こちら)のほかにも、岡山市内の池田動物園には井笠と西大寺、その両方の車輌が仲良く"同一線上"に保存されています。

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▲「3」の切り抜き番号が付けられているが、実は井笠鉄道2号機。露天での保存のため状態はあまり良くない。'13.1.21
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2フィート6インチ(762㎜)軌間の井笠鉄道の車輌と、3フィート(914㎜)軌間の西大寺鉄道の車輌が"同一線上"に並んでいるというのも奇妙な話ですが、同じ郷土の軽便鉄道ということで編成状態での展示となっているようです。ちなみにその謎解きをすれば、何のことはない井笠の機関車と西大寺の客車の間の線路を強引に曲げてあるだけで、一見する分には違和感なく見えてしまいます。

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▲1913(大正2)年梅鉢鉄工所製のオープンデッキ客車、西大寺鉄道ハボ13。西大寺名物だった折り畳み式自転車台設置車の1輌だったはずだが、残念ながら自転車台は撤去されてしまっている。'13.1.21
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この池田動物園に保存されているのは井笠鉄道の2号機(1913年コッペル製)と西大寺鉄道の客車ハボ13、貨車ワボ3の3輌で、上屋がないため保存状態は決して良好とはいえないものの、ことに3フィートナローの木造オープンデッキ客車は残存唯一なだけにたいへん貴重な展示と言えましょう。

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▲ハボ13の客室内。3フィートナローだけあって室内幅もそれなりに広い。'13.1.21
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▲典型的なアーチバー台車はWB33インチとかなり小柄(左)。車内には西大寺鉄道現役時代のフォトジェニックな写真の数々が飾られている(右)。'13.1.21
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機関車の方は井笠鉄道記念館で保存されている1号機と同形の9tBタンク機で、本来2号機のはずが、なぜか3号のナンバーを付けて展示されています。ちなみに本来の3号機は2号のナンバーを付けて広島県福山市に保存されており、同形の2と3で番号が入れ違ってしまったことになります。

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▲片側がデッキとなった西大寺鉄道の木造有蓋貨車ワボ3。1911(明治44)年加藤鉄工所製とされる。'13.1.21
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▲手ブレーキハンドルの操作がし易そうなワボ3のデッキ部(左)。機関車と客車の中間の線路はなんと強引に曲げられて2フィート6インチから3フィートゲージに「改軌」されている(右)。'13.1.21
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客車内では西大寺鉄道現役時代のミニ写真展が行われており、その写真の数々が実に見応えのある素晴らしいもので、思わず見入ってしまいました。西大寺鉄道が国鉄赤穂線にその任を譲って廃止となってから実に51年。写真を見ながら、こんな客車で3フィートナローを体感してみたかったなと思わずにはいられませんでした。

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ひさしぶりに磐越西線へ。

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▲喜多方を発車、慶徳隧道へ向かって力行する8233レ。真冬を思わせる寒い一日だった。'13.4.20 喜多方―山都
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多忙な日々を過ごす友人から、ひさしぶりに休みが取れたのでと誘われ、週末は磐越西線に繰り出しました。「SLばんえつ物語号」の今年の運転は4月6日から。運転開始2週目の週末となりますが、今年目を引くのは何といっても編成に展望グリーン車が加わったことでしょう。

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▲豪快な走りっぷりを見せてくれたこの日のC57 180号機。門デフだけでなく、標準デフ装備も好ましい。'13.4.20 三川ー五十島
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130420n008.jpg新潟方7号車に連結されたグリーン車スロフ12 102にはパノラマ展望室が設けられており、上り会津若松行き8226レでは最後部の展望を、下り新潟行き8233レでは奮闘するC57 180号機の様子を間近に見ることができます(編集長敬白アーカイブ「SLばんえつ物語号にグリーン車登場」参照→こちら)。定員は30名ですが、すでに販売開始即完売の状態が続いているそうで、早くも「SLばんえつ物語号」の新たな魅力となって周知されているようです。
▲今年から編成に加わったグリーン車スロフ12 102。'13.4.20 新津
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▲会津若松行き8226レの最後部に連結されたグリーン車スロフ12 102。パノラマ展望室も賑わっている。'13.4.20 五十島-三川
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ところでこの週末は4月下旬とは思えない異常低温で、磐越西線沿線も真冬に戻ったかのような気候でした。多少期待していた桜も、新潟市内では満開だったものの、阿賀野川の渓谷沿いとなるとまだ固い蕾のまま(ただし、慶徳峠を越えて会津盆地に入ると5分咲き程度)。軽装で出掛けてしまったのが悔やまれる一日となりました。

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▲猛然と三川駅を発車する8233レ。この季節としては記録的な低温だけに、かえって迫力あるシーンを目にすることができた。'13.4.20 三川
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しかしこの異常な低温は蒸機撮影にはありがたくもあり、行く先々で迫力あるシーンを目にすることができました。ことに三川駅の発車は折からの氷雨をついての感動的な光景で、これを見られただけでも来た甲斐があったというものです。

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▲すっかり暗くなった新津駅下り方の踏切を通過する。踏切照明に照らし出されるクロスヘッドを狙ってみた。'13.4.20 新津
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思えば無煙化以前の喜多方でC57 1の牽く下り臨客を見送ったのが1971(昭和46)年5月。あれから42年を経て、再び磐越西線でC57を撮影できようとは...。しかもあの時のC57 1は山口線で"現役"。
撮影後は新潟駅構内で夕食を兼ねた"反省会"。20時過ぎの「Maxとき」でほとんど爆睡状態で帰京しましたが、あの頃であれば夜行の急行「佐渡」で翌朝上野着が関の山...なんとも良い時代になったものです。

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▲600V時代の面影が残っていた頃の瀬戸線の要衝、大曽根駅。この3年後には高架化が完成した。'80.1 P:寺澤秀樹
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今月のRMライブラリーは清水 武さんによる『名鉄瀬戸線~お堀電車廃止からの日々~』です。

130417nrml165.jpg今でこそ名古屋中心部の栄町の地下に乗り入れている名鉄瀬戸線ですが、いまから40年程前は名古屋城南西の堀川駅が起点であり、そこから電車は外堀跡の中を、名古屋城跡を回り込むように走っていました。電車は他線からの転属車がすべてであり、3700系の転入によりやや近代化はされたものの、すべて2輌編成でした。

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▲600V時代の"お堀電車"の情景。右上の写真は名古屋城外堀の東南角にあたる急曲線で、通称サンチャインカーブと呼ばれた。
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こうした状況が一変したのが、栄町乗り入れと1500V昇圧です。当初、瀬戸線は地下鉄2号線(現在の名城線)との乗り入れが計画され、実際にそれを前提として改軌の準備や線路の移設なども進められていましたが、紆余曲折の末、結局瀬戸線単独で都心部へ乗り入れることが決まり、1976(昭和51)年、工事に支障する外堀跡の堀川~土居下間の運転を取りやめ、地下線の工事が開始されました。これが瀬戸線の本格的な近代化のスタートだったといえます。

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▲栄町乗り入れに先立つ1500V昇圧に合わせ、瀬戸線の車輌は総入れ替えとなり、6600系が誕生したのに加え、本線からHL車3780系が転入した。
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本書は、戦後の瀬戸線の車輌の状況からひも解き、600V時代晩年の姿を紹介するとともに、1500V昇圧、栄町乗り入れ、高架化、その後4000系が導入された現在までの近代化のあゆみをまとめるものです。本シリーズでも『名鉄岐阜線』(上下巻)をはじめ、『北恵那鉄道』や『東濃鉄道』などの作品がある著者の清水 武さんは、名鉄では鉄道部長をお務めで、特に瀬戸線に関しては600V時代の通勤輸送時の駅の応援から、その近代化に直接携わられており、本書でも当時の貴重なエピソードなども交えつつ、解説されています。

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▲1990年には瀬戸線専用車の6750系2次車が誕生。瀬戸線用として初めての4輌固定編成であったが、投入当時の喜多山検車区は4輌編成に対応していなかったため、2輌単位で簡易運転台が取り付けられた。
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早いもので栄町乗り入れから今年で35年、乗り入れ用として製造された6600系も引退し、今年度中にはいよいよステンレスカー4000系で統一される予定と聞きます。ひとつの節目を迎える名鉄瀬戸線をまとめた本書。ぜひご覧ください。

※明日より不在のため小ブログは休載させていただきます。週明け22日(月曜日)に再開予定ですので、あしからずご了承ください。

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▲3月末とはいえ丸瀬布の地はまだまだ深い雪に覆われていた。武利意・上丸瀬布の両森林鉄道の起点付近で看板を設置する夢里塾の皆さん。'13.3.30 P:真鍋 英
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昨年末は雨宮21号の雪中特別運行(編集長敬白アーカイブ「雨宮21号雪中特別運行報告」参照→こちら)が大きな反響を呼んだ遠軽町・丸瀬布森林公園いこいの森では、今年の運行開始に向けて新たな取り組みが始まったようです。

130415n202.jpg3月30日には、林鉄の歴史を後世に伝えるべく、武利意・上丸瀬布の両森林鉄道の起点付近に路線図や略歴を記した看板が設置されました。これは雨宮21号をサポートする夢里塾の昨年度事業の掉尾を飾るもので、メンバーの真鍋 英さんから設置当日の画像と報告を頂戴しました。
▲新たに設置された説明看板。石北本線の車窓からも眺められるという。'13.3.30 P:真鍋 英
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「丸瀬布には、今まで林鉄の歴史について多くの方に説明するためのものが無く、一部いこいの森の郷土資料館や雨宮号の乗り場に看板や写真がある程度でした。路線図も詳細に記したものがなく、今回の看板製作と設置を機会にもっと多くの方に知っていただくツールの開発ができればと考えています。」と真鍋さん。看板自体は、縦90㎝×横130㎝の案内板を木枠に取り付けたもので、内容は林鉄幹線と主要支線・軌道を記した路線図(作業線や期間の短いものは省略)と、林鉄の略歴と主要路線の敷設・出来事の年表、それに北海道遺産雨宮21号の図面や略歴が記載されています。

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▲武利意・上丸瀬布森林鉄道起点跡地と記された説明看板。今回発見されたという雨宮21号現役時代の写真も添えられている。'13.3.30 P:真鍋 英
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さらに、この看板の資料を整理収集している段階で新たに発見されたという昭和10年頃撮影されたと思われる雨宮19号(現21号)との記念写真も収録されています。この写真は現役時代の雨宮号の写真の中でももっとも鮮明に撮影されている部類に入るものだそうで、真鍋さんによると、今まで発見されなかったのが不思議に思われるほどのもの...だそうです。

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▲「安全旗」を掲げて走る現役時代の雨宮。この旗の装飾は林鉄現役当時も限られた記念行事だけだったという。P:夢里塾提供
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設置場所は遠軽町丸瀬布水谷町。ちょうど丸瀬布駅裏手の住宅街で、JR石北線の車内からも見られるそうです。ちなみにこの場所には武利意森林鉄道が石北線を跨いでいた鉄橋(1号橋)の遺構もあり、あわせて見学するにも好都合です。なお、この看板の掲出は雨宮号の走っている期間で、冬季は除雪の関係から取り外されるそうです。

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▲設置が完了した看板の前で記念写真に収まる夢里塾の皆さん。もうすぐ丸瀬布いこいの森にも本格的な春が、そして、今年初めての汽笛が響く。'13.3.30 P:真鍋 英
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雨宮21号もいよいよ雪中運行からの冬眠が明け、4月27日(土曜日)から今シーズンの運転が始まります。初日の開園式( 10:00~ )と1番列車( 11:00発 )では、林鉄当時の記念行事で取り付けられていた「安全旗」装飾の復活も計画されているそうです。


今年の運転は4/27(土)~10/20(日)までの土・日・祝日。ゴールデンウィーク期間の4/27~5/6までと、夏休み期間の7/20~8/20までは毎日の運転 ( 8/19・8/20は午前中のみ )で、さらに今年も雨宮・DLの同時運行が4/27~4/29、7/27~7/28、9/14~9/16、10/12~10/14、10/20に予定されています。また、夜桜撮影会が5月中旬に、まるせっぷ観光まつりに合わせたナイトランが8月3日に、お月見列車が9月21日に予定されています。

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▲長津田検車区で在来車と顔を並べた5050系4000番代4010F「Shibuya Hikarie号」。'13.4.6 長津田検車区 P:RM(新井 正)
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3月16日のダイヤ改正にともなう東横線渋谷駅地下化から早いもので一か月...変貌著しい東横線に今月26日(金曜日)から「Shibuya Hikarie号」が走り始めます。

01   D7J_6014nn.jpgこれは「渋谷ヒカリエ」の1周年を記念して、東横線で運用されている5050系4000番代1編成(4010F)を特別仕様列車「Shibuya Hikarie号」としたもので、外装は「渋谷ヒカリエ」をイメージした「ゴールド」をメインカラーとしてあしらい、内装にはさまざまなカラーを使った3種類のデザインモチーフを採用した特別仕様列車となっています。

→前面はブラックにレッドの帯が配され、ヘッドマークも用意されている。'13.4.6 長津田検車区 P:RM(新井 正)
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▲先頭部に取り付けられたヘッドマーク(左)と、車体側面のShibuya Hikarieのロゴ(右)。'13.4.6 長津田検車区 P:RM(新井 正)
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1・3・8・10号車はオフィスや「渋谷ヒカリエ」外観の透明感をイメージした車内、2・4・6・9号車は遊び心を表現した賑やかなイメージした車内、5・7号車は東急シアターオーブや飲食フロアをイメージした格調のある落ち着いたイメージした車内となっています。また、シートは背もたれを通常の車輌より高くして座り心地にこだわり、各握り棒は滑り止めと体感温度を高めるため下部をエンボス調にするなどの配慮もされています。さらに、LED車内照明の採用、無線LANの使用も可能となっています。

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▲オフィスや「渋谷ヒカリエ」外観の透明感をイメージした1・3・8・10号車(上)、遊び心を表現した賑やかなイメージし天井もカラフルな2・4・6・9号車(中)、東急シアターや飲食フロアーをイメージした格調のある落ち着いたイメージの5・7号車(下)。'13.4.6 長津田検車区 P:RM(新井 正)
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▲車体標記もゴールドとなっている(左)。また、貫通扉の窓ガラスにも「Shibuya Hikarie」のステッカーが貼られている(右)。'13.4.6 長津田検車区 P:RM(新井 正)
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編成は1号車渋谷方からクハ4110(Tc2)-デハ4210(M2')-デハ4310(M1)-サハ4410(T3)-サハ4510(T2)-デハ4610(M)-サハ4710(T1)-デハ4810(M2)-デハ4910(M1')-クハ4010(Tc1)の5M5T編成。運行開始は「渋谷ヒカリエ」1周年当日の4月26日(金曜日)からで、東横線だけではなく、直通する東京メトロ副都心線、東武東上線、西武池袋線、横浜高速鉄道みなとみらい線内にも乗入れる予定です。

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▲渋谷方クハ4110から見た<Shibuya Hikarie号>。「渋谷ヒカリエ」をイメージしたゴールドを前面、側面、そして屋根に配し、裾部と前面には赤を配している。前照灯はLEDを採用している。'13.4.6 長津田検車区 P:RM(新井 正)
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▲磐越西線を走行する「SLばんえつ物語」号の試運転列車。C57 180の次位に連結されているのがグリーン車スロフ12 102。'13.4.4 喜多方―山都 P:御厨 潔 (「今日の一枚」より)
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1999(平成11)年の運転開始よりレイル・ファンから観光客、ファミリー層にまで絶大な人気を博している「ばんもの」こと「SLばんえつ物語」号ですが、本年度の運転よりグリーン車が連結されることになりました。グリーン車はパノラマ展望室を設けた定員30名の客車で、7号車に連結されます。すでに今シーズンの運転は先週4月6日より開始されていますが、それに先立つ4月4日に、自治体関係者や報道陣らを対象とした試乗会が新潟―津川間(往路片道のみ)で実施されました。

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▲グリーン車の最大の特徴であるパノラマ展望室。ガラスが多用され、見晴らしはすこぶる良い。'13.4.4 P:RM(小野雄一郎)
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グリーン車となったスロフ12 102は7号車、すなわち新潟寄りの先頭車となり、往路(会津若松行き)では後ろに流れる展望風景が、復路の新潟行きではC57の次位に連結されるので同機の奮闘ぶりを間近に垣間見ることができるます。また、座席・室内ともに落ち着いた暖色系の色使いとなっており、木材を多用した高級感を感じられる雰囲気を持っています。

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▲パノラマ展望室の中から見た外の景色。前方に停車するEF81 134はC57と客車の所属基地のある新津から新潟までを牽引してきた機関車で、新潟で切り離される。'13.4.4 P:RM(小野雄一郎)
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▲グリーン車の客室側。シートモケットのワインレッド、茶色系の木材を使用したシートや化粧板、そして行燈風の間接照明が灯す暖色系の色合いと、落ち着いた雰囲気ながら高級感が感じられる。'13.4.4 P:RM(小野雄一郎)
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130412n005.jpgこの他、5号車は会津若松寄りの車内が売店、新潟寄りの車内は「SLばんえつ物語」号のマスコットキャラクターであるオコジョにちなんだ「オコジョルーム」となっており、オコジョに扮したスタッフさんがおもてなしをしてくれるほか、展望車である4号車には現在では数を減らしつつある円柱形のポストが設置されており、投函すると記念スタンプが押されて郵送されます。
▲オコジョルームとして、スタッフがお迎えする5号車。'13.4.4 P:RM(小野雄一郎)
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▲4号車は新潟寄りがポールタイプのシート、会津若松寄りは高床式のシートが設置されている展望車となっている。'13.4.4 P:RM(小野雄一郎)
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今年も土日祝日に多数の運転が設定されている「SLばんえつ物語」号。同列車は全席指定席となっており、例えば新潟~会津若松間をグリーン車に乗車する場合、運賃は乗車券2,210円+グリーン料金1,620円の合計3,830円となります(普通指定席の場合は合計2,720円)。しかし、それでも一度は乗車して磐越地方の車窓を楽しんでみたいと思える、魅力的な車輌であるに違いありません。
なお、主要諸元や主要寸法図などを含めた同車の詳細は、本誌次号にてご紹介いたします。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社新潟支社

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▲赤い車体が印象的な「あかまつ」KTR702とKTR708「あおまつ」。原則として2輌がペアで運用される。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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明後日4月14日(日曜日)から北近畿タンゴ鉄道に新たな観光車輌「あかまつ」・「あおまつ」が走り始めます。在来車KTR700形のリニューアルによって誕生したこの2輌は、天橋立に代表される日本海の白砂青松を象徴する「松」がテーマとなっており、デザインはお馴染みの水戸岡鋭治さんです。

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▲車体側面の各車のシンボルマークも和風な趣のものが誂えられている。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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KTR702をベースとした「あかまつ」は赤系、KTR708をベースとした「あおまつ」は青系でまとめられており、、車内には木材を多用し、ソファーやカウンタータイプの座席やショーケース、サービスカウンターなどが配置されています。

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▲定員制の「あかまつ」(KTR702)の車内。内装も赤系となっている。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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▲「あかまつ」(KTR702)の客室中央部に設けられたソファ席。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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「あかまつ」は定員35名の定員制で乗車整理券(300円)が別途必要、「あおまつ」は自由席車で乗車券のみで乗車でき、つり手も設けられています。またサービス乗務員が乗車し、車内ではカウンターで飲物や軽食、列車のオリジナルグッズ等が販売される予定です。また各車に備えられた照明付きショーケースでは丹後の生活や文化を紹介する工芸品などが展示されています。

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▲「あおまつ」(KTR708)のサービスカウンター。サービス乗務員が飲物や軽食の販売をしてくれる。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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▲「あおまつ」のトイレ入口(左)と「あかまつ」のテーブル席(右)。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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「丹後あかまつ号」は西舞鶴~天橋立~豊岡で偶数日に運転、「丹後あおまつ号」は西舞鶴→宮津→福知山・福知山→天橋立で奇数日に運転(従来型車輌使用のタンゴ悠遊号と同時刻で交互運転)される予定で。いずれも「あかまつ」・「あおまつ」の2輌編成を基本に運転されます。

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▲ブラインドにも各車のロゴが入れられている(左右)。さらによく見ると前照灯下にも小さなエンブレムが...。'13.4.5 荒河車両基地 P:髙間恒雄
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生駒ケーブルの保存車。

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▲生駒山麓公園に保存されている近鉄生駒鋼索線のコ1形「いのり」。最近再塗装されたようで、状態は極めて良好。ただし、正面腰板部の「1」の切り抜き文字まで塗り潰されてしまっている。'13.3 P:宮武浩二
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生駒ケーブル(近鉄生駒鋼索線)は1918(大正7)年8月29日に生駒鋼索鉄道によって鳥居前駅-宝山寺駅間(948m、高低差143m)で運転を開始した営業路線としてはわが国最古のケーブルカーで、以後95年にわたって宝山寺の参詣客や門前町の人びとの生活を支えて走り続けています。

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▲補助電源用の小さなパンタグラフがかわいらしいサイドビュー。ウッドデッキのような木造のホーム(?)から自由に車内に入ることができる。'13.3 P:宮武浩二
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1929(昭和4)年3月には生駒山上まで延長され、鳥居前駅 - 宝山寺駅間が宝山寺線、宝山寺駅-生駒山上駅間が山上線と呼ばれるようになりました。宝山寺線の方は1926(昭和元)年年末に複線化されましたが、単線2輌交走式(つまり一般的な"つるべ式"の単線)の路線が並んで複線となっており、しかも途中に自動車も通行可能な踏切まであるという珍しい路線です。

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▲客室内もきれいに整備されている。木製の座席や幕板部のデザインが時代を感じさせる。なお、車掌台上部の幕板部に「1」の番号板が残るが、なぜか90度傾いて取り付けられている。'13.3 P:宮武浩二
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▲展示場にはダミーの曳索も設置されている(左)。右はその客室内見通しで、傾斜角度は8度45分とのこと。'13.3 P:宮武浩二
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この生駒ケーブルで使われていた旧車輌が生駒山麓公園に保存されています。見るからに古色蒼然としたこの車輌は1928(昭和3)年11月に一代目の車輌の一部を使って製作されたというコ1形1号「いのり」で、2000(平成12)年2月28日に新型車輌が導入されるまで現役を貫いた古参車輌です。

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▲丸椅子と戸閉スイッチだけの簡素な車掌台(左)。このコ1形1号は近代化産業遺産にも指定されている(右)。'13.3 P:宮武浩二
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添えられている説明看板によると、コ1形のスペックは全長10,457㎜×全幅2,540㎜×全高3,593㎜。重量は9,600㎏で、乗客数は115人と記録されています。

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▲保存場所の生駒山山麓公園は金剛生駒紀泉国定公園内にあり近鉄生駒駅よりバス約16分。コ1形が保存されているのは円形の多目的広場の一角。'13.3 P:宮武浩二
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後継となった車輌はさながら幼稚園バスのような"顔"がついたコ11形「ブル」と「ミケ」。ペットふれあいの森に因んだ意匠だそうですが、シックなデザインのコ1形と比べるとなんとも極端な振れ幅と言えましょう。
なお、画像は今回も大阪の宮武浩二さんよりお送りいただきました。あらためてお礼申し上げます。

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▲NUS11。いかにも産業用ロコといった感じの不細工な角形のドームや、川車仕様(?)のサイドタンクやキャブなど、この外観からは本機が実は19世紀英国生まれの舶来機とは想像さえできないだろう。足回り等にわずかに片鱗を残す本機の出自は1850形1861号(1887年ダブス製)。戦前に東武鉄道に払い下げられ、1954(昭和29)年に川崎製鉄入りしている。1957(昭和32)年時点ではまだ原形を留めていた記録があり、その後数年の間にこのようなあられもない姿に大改造されてしまったようだ。'64.4 P:向山賢寿
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先週の小ブログ「川崎製鉄NUS5を見る」(→こちら)をご覧になられた向山賢一郎さんから、今から半世紀近く前、東海道新幹線開業年の1964(昭和39)年に川崎製鉄千葉製鉄所構内で撮影された"NUS"たちの貴重な写真をお送りいただきました。『国鉄時代』でもお馴染みの向山賢一郎さんですが、ご年齢からして...と思っていたところ、なんとお父様の向山賢寿さんが撮影されたものだそうです。

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▲NUS9。一見する限りこれまた特筆すべきこともない産業用ロコに見えるが、実はこちらも英国カー・スチュアート製(1907年)の由緒あるCタンク。もと中国鉄道の9号機で買収後は1745号を名乗った。カー・スチュアート製の蒸機自体がわが国では極めて珍しい。'64.4 P:向山賢寿
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お父様は現在86歳とのこと。お医者さんで趣味として鉄道の撮影をされていたそうです。通常は撮影困難なこの川崎製鉄をはじめ、車輌メーカーの工場内などにも入られ、大変貴重な写真を残しておられるそうで、今後はぜひ誌上でのご発表をお願いしたいところです。

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▲松井車輌製との説もあってかつて物議を醸したのがこのNUS8。内燃動車で知られる松井が製造した蒸機とされたが、実際は日立製だったらしい。本機も昭和30年代中盤にサイドタンクやキャブなどが川車仕様に改造されている。'64.4 P:向山賢寿
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▲汽車会社製(1938年)のNUS14(左)は新日鉄広畑製鉄所からの転入組。右のNUS10は立山重工業製の戦時系列設計機で、こちらは住友化学和歌山工場からの転入。'64.4 P:向山賢寿
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さて、お送りいただいた写真は6枚。一見するとどれも決してスタイリッシュとはいえない実用本位の産業ロコばかりに見えますが、実はさにあらず。舶来機をはじめ、その多くは流転の日々の最後にこの製鉄所に辿りついた、曰く因縁のある面々です。

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▲大改造されてあられもない姿と化した舶来機が多い中で、辛うじてオリジナルの面影を残すNUS2はコッペル製。もと茨城交通(茨城線)の14号機で、今回ご紹介した6輌のなかで唯一、現在でも習志野市の袖ヶ浦東小学校に保存されている。'64.4 P:向山賢寿
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千葉公園の保存機から思わぬ展開となり、向山さんのご厚意でたいへん貴重な記録をお目に掛けることができました。1965年頃『RAILFAN』誌上で連載された「専用線のSLを追って」に胸ときめかせた私たちの世代にとって、2013年の今、こうしてベールに包まれていた専用線の新たな画像を拝見できるのは、なんとも嬉しい限りです。

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▲かつてはクリアブックなどなく、コクヨのフリーアルバムに直接紙焼きを貼り付ける手法が主流だった。これは木村一博さんからお送りいただいたアルバムで、1977(昭和52)年10月16日の西武多摩川線訪問をまとめたもの。構内配線なども書き込まれていて、記録としてもたいへん貴重なものとなっている。写真下にある「SS」はモノクロフィルムのコニパンSSを示し、巻末にはD-76 1:1 20℃12分などと現像データも記載されている。
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先日ご紹介したNTTコミュニケーションズが提供している写真アルバムをスキャン、データ化するサービス「思い出あんしん保管」が開催している思い出の鉄道アルバムコンテスト(編集長敬白アーカイブ「「思い出あんしん保管」がコンテスト開催中」参照→こちら)ですが、募集期間が4月16日まで延長となりました。

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▲私のアルバムから。1976(昭和51)に立山砂防軌道を訪れた際のもの。千寿ケ原の構内配線はひたすら歩きまわってノートに記録した。このあとのページには水谷出張所などが同様の手法で続く。現物はB5判。
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最近ではタブレット端末の普及などで手作りの写真アルバムを目にする機会も少なくなりましたが、今回のコンテストにエントリーされたアルバムを拝見すると、デジタルには感じられない"時代の温もり"が伝わってきて、思わず見入ってしまいます。

130408n003.jpg多少日焼けした台紙に貼られたモノクロ写真の数々は自家暗室でプリントされたものでしょうか。多少定着ムラの残る画像には応募された方の若かりし頃の笑顔も写り込んでいます。手書きで書きこまれた当日の天気や気温、そして同行者の名前...等々。それは液晶画面をフリックして現れる画像には決してない、まるで"その時"を切り取ったかのようなリアルな存在感です。

→館林にあった正田醤油の軌道を調べた際のもの。この図は本誌のトワイライトゾ~ンでも紹介したことがある。ちなみにひたすら線路配置をノートする姿に、付き添ってくれた案内の方が呆れ果てていたことを思い出す。
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かく言う私も若かりし頃には小まめにアルバム作りをしておりました。今回その片鱗をお目に掛けるのは、今からかれこれ40年近くも前のトワイライトゾ~ン訪問をまとめたものの一部です。『模「景」を歩く』の原点とも言えるもので、フォトジェニックなアルバムとは異なり、現場を歩き回って記録した配線図などをベースに、それぞれの箇所に対応する写真を貼り込んでいった記録重視のものです。

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▲今ではスパリゾートハワイアンズへの温泉源となっている常磐炭礦西部鉱業所末期の調査アルバムから。今となってはこのアルバムなくしてどの写真がどの位置で撮ったものか判別しようもない。
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ご経験のある方も少なくないかと思いますが、時間の経過とともに"位置関係"の記憶は急速に薄れて「○○駅で撮ったのは確かだが、この給水塔はどこにあったっけ?」といったことが頻発します。このアルバムにはそれを防ぐ効用もあり、少なくともこうしてまとめた訪問地については今もって位置関係をきちんとトレースすることができます。

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▲高崎第二機関区のEF15がよろよろと河原を走っていた西武建設新町砂利の専用線(左)。高崎線の神流川橋梁を渡るのはもちろんボンネット時代の「とき」。右ページは鋼管鉱業の白岩採礦所(1977年)で、坑内立坑下まで入れてもらって撮影している。
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こういったアルバムも流石に経年変化が隠せなくなってきています。なかには湿度の関係からか貼りついて開かなくなってしまうものもあり、その意味でも今回の「思い出あんしん保管」のコンテストは、押入れの奥底に眠っている写真アルバムを掘り出す絶好のチャンスなのかもしれません。

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▲昨年発行された『貨車車票の歴史(戦前編)』と、このたび発行された完結編とも言うべき『貨車車票の歴史(戦後編)』。
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貨物鉄道博物館研究員の浦田 慎さんから、新刊の『貨車車票の歴史(戦後編)』をお送りいただきました。昨年上梓されて大きな驚きとともに拝見した『貨車車票の歴史(戦後編)』の続編で、戦後編もまさに驚愕の研究成果となっております。

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▲戦後編の第1章は「昭和20年代の車票と表示票」。戦前編で詳述された軍事車票の廃止と新たな車票様式の改正が豊富な実例とともに解説されている。 (『貨車車票の歴史』戦後編より)
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貨車車票(車票)とは貨車の行く先や積荷を示すために貨車の両側面に差し込まれている紙製のカードのことで、基本的には一回の貨物輸送ごとにこの車票が作られる「いわば貨車の切符のようなもの」(戦前編序章より)です。発駅・着駅双方はもとより、中継ヤードでの重要な情報伝達手段ともなっており、その種類も多種多様なものでした。

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▲第2章では連合軍の車票と表示票が詳述されている(左)。なかには小ブログでも取り上げたことのある阪神電鉄武庫川線(→こちら)への車票も...。右は連合軍用表示票の各様式解説。 (『貨車車票の歴史』戦後編より)
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しかし、一般旅客が手にすることのできる乗車券類とは異なり、実物を入手することは難しく、しかも輸送終了とともに処分されてしまう運命にあるため、「規定」上は存在していても現物が残存している可能性は極めて低いのも事実です。著者の浦田さんは文献調査のみならず、貨物鉄道博物館の幅広いネットワークを駆使してこの車票の実物を集められ、本書にはその貴重な写真がふんだんに掲載されているのも驚きです。

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▲第3章では昭和30年代の車票と表示票が取り上げられている。 (『貨車車票の歴史』戦後編より)
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▲第4章は昭和40年代の車票と表示票。協力者より寄せられた実物車票のバラエティーに圧倒される。 (『貨車車票の歴史』戦後編より)
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ちなみに収録されている車票の中にはトワイライトゾ~ン宛に仲介依頼をいただき、仲人役を務めさせていただいて貨物鉄道博物館に収蔵された車票も含まれており、その意味でもたいへん感慨深く拝見させていただきました。

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▲コンテナ荷票についても詳しく解説されている。雪印乳業広島工場からの飲料「エポカ」の荷票解説では幻の飲料(?)エポカの写真も。 (『貨車車票の歴史』戦後編より)
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▲甲種車輌輸送時の表示についても実例を交えて解説されている。 (『貨車車票の歴史』戦後編より)
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貨車車票という従来まったくと言ってよいほど触れられなかったジャンルに切り込み、しかも外地(戦前編)や駐留軍(戦後編)関連にいたるまで細大漏らさず調査・研究した本書は、まさに日本の貨車研究の頂点と言っても過言ではないでしょう。

■貨車車票の歴史(戦後編)
浦田 慎著/貨物鉄道博物館
B5判80頁オールカラー
頒価:1500円
(貨物鉄道博物館および書泉グラン デ、旭屋書店なんばCITYでも販売)

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▲日本鋼管122号機竣功写真。川崎製鉄NUS5と同形機で、こちらはわずかに先輩の1951(昭和26)年製(製番3219)。
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昨日ご紹介した千葉公園に保存されている川崎製鉄NUS5号機のメーカー写真や資料が手元にあったはずと、深夜になってガサゴソと探し回ったところ、千葉製鉄所関係のものは発見できなかったものの、日本鋼管納入分の同形機が出てまいりましたのでご紹介いたしましょう。

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▲そのバックビュー。エンドビームの大きなステップが目を引く。
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川崎車輌は川崎製鉄をはじめ日本鋼管などに戦前から強力な販路を持っており、製鉄所関連に納入された蒸気機関車だけでも100輌を数えます。しかもそのサイズ別 "標準設計"は、戦時中の車輌統制会が主導した系列設計のベースのひとつともなったと伝えられます。

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▲日本鋼管122号形式図。同形機は日本鋼管119~125、川崎製鉄千葉NUS5~7、川崎製鉄知多2など各地に存在した。
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あらためてこの26t機を見てみると、まさに実用本位の産業用機で、各部のデザインにも"遊び"の要素を見出すことはできませんが、全体のディメンションとしては均整がとれており、それなりに親しみの持てる外観と言えましょう。1960年代の入門用16番模型の"自由形"にありそうなスタイルでもあります。

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▲さながらC62 42号機の煙突まわりを連想させる日本鋼管川崎製鉄所の5号機のサイドビュー。川崎車輌の竣功写真だが、現車は日本車輌製で、川崎が改造・修繕を請け負ったもの。
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130404n204.jpgところで、捜索中にもうひとつ興味深い機関車が出てきましたので、ついでと言っては何ですがこちらも合わせてご紹介いたしましょう。日本鋼管川崎製鉄所(渡田)の5号機で、何とも奇妙な煙突回りが目を引きます。組立暗箱で撮影されたと思われる極めて鮮明なこの竣功写真からは製造銘板も読み取れ、「昭和29年 川崎車輌 改造」と判読できます。それもそのはず、この5号機、実は現車は日本車輌が大正時代(1920年)に製造した16t機で、出自は北九州鉄道の1号機です。戦前に日本鋼管に払い下げられ、1954(昭和29)年によりによって川崎車輌で"更新"改造を施されたというわけです。
▲日車と川車の折衷型(?)のご面相。サイドビューでは集煙装置のように見えた煙突のカウリングはただの風洞のようだ。
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▲日本鋼管川崎製鉄所5号機(更新改造後)形式図。煙突部のカウリング内には発電機も入れられていることがわかる。
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資料によればボイラー自体を載せ替えて全面的に改造を施したようで、日車の面影はすっかり消え失せてしまっています。しかも産業用ロコとは思えない煙突から蒸気溜めにかけてのカウリングなど、いったいどのような効用が期待されたのか...今となっては知る由もありません。

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▲近年再整備されて素晴らしい状態で展示されている川崎製鉄NUS5。非公式側にはホームが設けられ、公式側からはコンクリート製のしっかりした階段でキャブに出入りが可能。'13.3.20
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先日、姉妹誌『鉄おも!』の「鉄おも!号で行くさようなら1000形第1編成お掃除ツアー」で千葉モノレールを訪れた際、千葉駅のひとつ隣、千葉公園駅近くに保存されている川崎製鉄(現JFEスチール)千葉工場の蒸気機関車NUS5号を訪ねてきました。

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▲そのサイドビュー。えてしてロッドの位置まで気が回らない保存機が多いなかで、それなりに配慮されているのが嬉しい。'13.3.20
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川崎製鉄千葉工場(千葉製鉄所)の専用鉄道は戦後の1951(昭和26)年に開通したもので、蘇我駅を起点に工場までの3.8㎞を結んでいました。ただし、これはあくまで国鉄と接続する専用鉄道部分のみで、実際は広大な製鉄所構内にまさに網の目のように路線が敷き回され、一説には最盛期には総延長130㎞にも達したと伝えられます。

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▲いかにも産業用らしい無骨なバックビュー(左)とそのキャブ内。さすがに加減弁ハンドルなどいくつかの部品は失われてしまっている。'13.3.20
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当然のことながらこの専用線には数多くの専用車輌が在籍しており、1959(昭和34)年に内燃機関車の導入が始まるまでは延べ19輌の蒸気機関車が活躍していました。もっとも、この川崎製鉄に限らず製鉄所の構内は厳重なセキュリティーによってガードされており、私たちファンがおいそれと立ち入れる状況にはありませんでした。それだけに千葉市街と目と鼻の先に位置するにも関わらずその稼働状況はベールに包まれており、残された写真も多くはありません。

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▲製鉄所構内のトーピードカーなどの牽引用に本線用自動連結器の下に簡易連結器を備えている(左)。右はそのフロントデッキ部で、赤い▼印で示したレバーはシリンダードレイン弁の操作用で、本来はリンケージで運転台へと結ばれていたはず。'13.3.20
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千葉公園に保存されているNUS5号は川崎車輌製の26tCタンク機で、1953(昭和28)年3月製(製番3223)。実は川崎車輌(川崎重工業)が製造した国内向け蒸気機関車の最終ロットで、その面でも意義ある車輌です。なお、展示場に添えられている説明看板には「昭和36年10月から昭和44年4月まで...(中略)...資材や原材料の運搬に使用されました」と記されていますが、現車は新製当初から千葉製鉄所で働いており、「昭和36年10月」がどのような意味なのかは不明です。

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▲訪問当日は公園内の菜の花が満開。郷土の歴史を伝える産業遺産が手厚く保存されている様は見ていても気持ちが良い。'13.3.20
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千葉県にはこの川崎製鉄千葉工場で働いていた蒸気機関車がほかにも3輌保存されています。習志野市の袖ヶ浦東小学校に保存されているNUS2号、千葉市菰池公園に保存されているNUS6号、そして千葉市稲岸公園に保存されているNUS7号で、いずれも近年再整備されたようで、美しい姿を見ることができます。

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▲リニューアルオープン当日はちょうど桜が満開。麓の摩耶ケーブル駅もリニューアルが施された。'13.3.30 P:太田裕二
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一昨年にはその存廃が取り沙汰されながらも、リニューアルによる存続が決まった神戸の「まやビューライン」摩耶ケーブル(編集長敬白アーカイブ「摩耶ケーブルを訪ねて」参照→こちら)で、去る3月30日(土曜日)に3代目となる新車輌のお披露目を兼ねてリニューアルオープン出発式が執り行われました。

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▲摩耶ケーブル駅で発車を待つ「ゆめあじさい」。「ゆめあじさい」は摩耶山で発見された絶滅危惧種「摩耶蘭」の色に、月光をイメージしたラインをあしらっており、車体に描かれているのは、王子動物園の動物たちによる「街の音楽隊」。'13.3.30 P:太田裕二
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今回のリニューアルの工事の最大のポイントは、補助電源をリチウム電池化することによって架線集電を廃したことでしょう。これによってトロリー線が撤去されて車内からの眺望が良くなり、神戸・阪神間の町並みはもとより、遙か紀伊半島も望まれる素晴らしい景観がより一層楽しめるようになりました。

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▲昨年12月1日からのリニューアル工事にともなう運休が終わり、いよいよ3代目車輌とともに盛大に出発式が執り行われた。'13.3.30 P:太田裕二
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▲阪神淡路大震災を超えて神戸市民から愛されてきた摩耶ケーブルだけに、出発式には多くの市民が詰めかけた(左)。「まやビューラインサポーターの会」もサポートをアピール。'13.3.30 P:太田裕二
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車輌は1955(昭和30)年5月から就役していた2代目の外観イメージを踏襲しつつ、補助電源をリチウム電池化。さらに坂下(麓)側正面上部には展望窓も新設されています。なお、車輌の愛称は阪神淡路震災後の運行再開時に公募により決定した「にじあじさい」、「ゆめあじさい」が継承されています。

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▲「にじあじさい」は摩耶山に生息する「森青蛙」の色に、日光をイメージしたラインをあしらっている。車体に描かれているのは、六甲山牧場の動物たちによる「山の音楽隊」。'13.3.30 P:太田裕二
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また、自動扉やLED照明を採用することにより、人にも環境にもやさしいケーブルカーに生まれ変わっています。シートは車体外装と同系色の配色とされ、掬星台にちなんで星座の模様があしらわれています。さらに、車輌傾斜角度(約20度)にあわせて、座り心地にも配慮がされています。

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▲麓側の前面上部には展望窓が設けられている。ちなみに手前の貨車は1961(昭和36)年製の2t積車。'13.3.30 P:太田裕二
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また、今回のリニューアルでは地上設備の改修も行われており、出札口の増設(摩耶ケーブル駅)や、拡幅(摩耶ケーブル虹の駅)、案内サインの多言語化、さらにはロープ・滑車の交換、レール・軌道の整備、沿線法面の落石防止なども合わせて施工されています。

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新「シェルパくん」登場。

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▲旧丸山変電所付近の「まるやま」駅から碓氷峠鉄道文化むら内の「ぶんかむら」駅へと降りてきた試運転列車。'13.3.27 P:RM(山下修司)
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旧信越本線下り線を利用して「碓氷峠鉄道文化むら」と「峠の湯」の間2.6㎞を結んでいるトロッコ列車「シェルパくん」に新しい機関車が登場しました。

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▲3月29日(金曜日)からの営業運転開始を前に盛大に出発式が執り行われた。'13.3.27 P:RM(山下修司)
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3月27日にお披露目セレモニーが行われた新しい「シェルパくん」は「横川駅周辺整備事業」の一環として一昨年11月から製造に着手されていたもので、全長11mあまりの立派なボギー式ディーゼル機関車。残念ながら鉄道事業法に基づく鉄道ではなくあくまで"園内遊具"としての位置づけのため、厳密な意味での鉄道車輌ではありませんが、実質的にはひさしぶりのJR以外のDL誕生といえましょう。

IMG_5247nn.jpg製造を担当されたのは東京の司機工株式会社。総排気量11,040㏄、定格出力345馬力のコマツ製のディーゼルターボ・エンジン(第3次排ガス規制基準)を備え、ボギー台車4軸全軸を駆動するいわば"DD"です。自重は32t、全長11,500㎜×全幅2,914㎜×全高3,506㎜とされています。"園内遊具"とはいうものの、走る線路はあの碓氷峠の本線。当然ながら最大66.7‰の勾配を登り降りせねばならないわけで、各種の保安装置が装備されています。
▲地元キャラクターも登場。左端は安中市のマスコットキャラクター「こうめちゃん」。'13.3.27 P:RM(山下修司)
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▲2005(平成17)年以来活躍してきた前任のDB201。もともとは保線機械であった。'08.10.3 とうげのゆ P:名取紀之
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2005年(平成17年)3月に運転を開始したトロッコ列車「シェルパくん」は、峠の湯方からオープンデッキ客車、普通客車、機関車の順に編成されており、EF63形と同様に登り勾配時には推進登坂、下る際には機関車が先頭となって運行されています。これまで使われてきたのは横軽間の保線用車輌TMC500A形を出自とするDB201。一昨年に不調をきたして、トロッコ列車「シェルパくん」自体が運休してしまっていました。

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▲EF63体験運転のキャブからぶんかむら駅に下りてきたトロッコ列車「シェルパくん」を見る。約2年ぶりにこんな光景が再び見られるようになる。'10.5.15 P:名取紀之
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新たに誕生した新「シェルパくん」は先代を踏襲したチョコレート色の車体に"ポッポタウン"のイラストが描かれたポップな意匠。山桜から新緑へ...これからの碓氷峠観光に大きな力を発揮してくれるはずです。

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▲新「シェルパくん」はかなり派手なコスチューム(?)。客車は在来のままで、坂下側に機関車が付く。'13.3.27 P:RM(山下修司)
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