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RMライブラリー新刊は『昭和時代の新京成電車』。

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▲芋畑の中をのんびりと走るモハ1104。電車の左側後方に見える鉄塔は習志野名物、自衛隊のパラシュート訓練塔。'62.8.5 薬園台 P:石本祐吉
 (RMライブラリー『昭和時代の新京成電車』より)
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長く沿線住民として京成電車を研究されてこられた石本祐吉さんが、その研究成果をまとめられたRMライブラリー第152巻『京成青電ものがたり』、第153巻『京成赤電ものがたり』は、昨年大好評をいただきましたが、このほどその続編とも言える『昭和時代の新京成電車』が完成いたしました。

RML164sn.jpgご承知のように、新京成電鉄は京成津田沼〜松戸間を結ぶ私鉄路線で、開業は戦後の1947(昭和22)年です。路線は日本陸軍鉄道聯隊の演習線として建設されたものを転用したもので、一般的な鉄道路線であれば地点間をできるだけ短い距離で結ぶところ、演習のために逆に距離を稼ぐようにルートが設定されており、カーブが非常に多くなっているのが特徴です。営業線として整備された際にショートカットされた箇所もありますが、それでも直線距離ならば約16km程度の京成津田沼〜松戸間が25.3kmもあることからも、その特徴がうかがい知れます。

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▲京成から新京成へはのべ104輌の車輌が移籍。これにセミ新車4輌を加えた108輌が新京成のすべての吊り掛け駆動車である。
 (RMライブラリー『昭和時代の新京成電車』より)
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「新京成」という会社名の通り、1947(昭和22)年の開業時に京成電鉄から木造車2輌が移籍して使用されたのをはじめ、1970(昭和45)年に本書でも紹介している「セミ新車」が登場するまで、使用される車輌は全て京成からの、いわゆる「青電」の譲渡車でした。しかも両社の車輌の整備を担当する京成の「第二工場」も新京成電鉄沿線の新津田沼にあったため、改装せずに「K.D.K.」のロゴを付けたまま新京成線を走る車輌もあって、貸し出しなのか移籍なのか、判然としない例もあったようです。

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▲昭和16年製の京成1100形は6輌すべてが新京成入り。昭和43年から車体更新工事を受けた。 (RMライブラリー『昭和時代の新京成電車』より)
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本書は1947(昭和22)年開業時の木造車から1978(昭和53)年の最後の譲渡車まで、新京成電鉄における吊り掛け駆動車108輌をまとめたものです。木造車のまま入線後に鋼体化されたもの、初期の鋼製車体で入線し新京成で更新改造を受けたもの、京成電鉄時代に更新改造を受けてから入線したものなど、その形態や履歴をグループ別に紹介しています。

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▲最後の転入車であった220形、600形、200形、500形、700形のグループ。1990(平成2)年7月のさよなら運転をもって新京成電鉄の吊り掛け駆動車は全廃された。
 (RMライブラリー『昭和時代の新京成電車』より)
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それにしても長閑な田園風景の中を単行で走る電車の姿は、住宅地のなかを8輌編成で走る現在の新京成電鉄の姿からは隔世の感があります。異色の発展を遂げた新京成電鉄の車輌史を激変した沿線風景とともにまとめた1冊、ぜひ既刊第153・154巻と合わせて書架にお揃えください。

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