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大阪市営トロリーバスの遺構。(上)

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▲森之宮車両工場に保存されている255号。今となっては都市交通として活躍した無軌条電車の完全な保存車としても貴重な技術遺産である。ただし、イベントなどで公開される以外は非公開。P:宮武浩二
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引き続き宮武浩二さんからお送りいただいたもうひとつのレポートをお目にかけましょう。以前にも知られざる「日本無軌道電車」の話題(編集長敬白アーカイブ「忘れられた日本無軌道電車」参照→こちら)を提供くださった宮武さんは、無軌条電車、つまりはトロリーバスにも造詣が深く、今回は地元、大阪市営トロリーバスの遺構を探索されました。

130327n002.jpg大阪市営トロリーバスは1953(昭和28)年9月に大阪駅前から神崎橋間が開通したのが最初です。当時は淀川から北部には市電がなく、市民からも鉄道の敷設が望まれていました。しかし建設費の大きい市電よりも、市電並の車体を持つトロリーバスなら、軌道敷の買収も敷設も無く、建設費は少ないうえ建設期間も短くてすむ、いいことづくしのトロリーバスの導入を図ったわけです。グリーンの車体のトロリーバスが大阪駅前を発着していたのを記憶にある方も多いことでしょう。

▲255号と一緒に保存されている100型の模型。元は四ツ橋の電気科学館で長らく展示されていた。構造がわかるように車体を切開している。P:宮武浩二
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▲255号の車内。車内から見るとバスにしか見えない。P:宮武浩二
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しかし良いことづくめではじめたことは、あとあと不具合も多くなるのが世の常です。トロリーバスも車輌耐用年数がバスとほぼ同様であったことが災いして、電車と比較しても半分ほどしか耐用年数がないこと、電力の供給を市電の変電所に頼っていたため、市電が廃止になったことで、トロリーバス事業が変電設備を持たなくてはならなくなり、窮地に立たされることとなります。

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▲大阪市交の絵葉書に添付されている諸元表。集電装置は米国製だったことがわかる。P:宮武浩二
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車輌の入れ替えもあいまって将来性もいまひとつ明るくないこと、大阪市内の交通は地下鉄に転換するという名目でトロリーバスは1970(昭和45)年6月15日をもって事業自体が廃止されたのです。

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▲交通局阿倍野北操車場出口に現在でも残る架線柱。P:宮武浩二
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▲中津付近に残存する架線柱。JR線と阪急側からの歩道橋の狭い隙間に現存するが、すでに用途は終えているようだ。P:宮武浩二
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鉄道の場合は軌道敷など施設が簡単に片付けられないことから、長くその姿を晒してしまう場合が多いですが、トロリーバスの場合は車庫、転回地、変電所、架線ほどしか施設がないこと、都心部に路線を持っていることからほとんどの遺構は姿を消しています。幸いなことに交通局にはトロリーバスの保存車が1輌、当時の責任者の尽力で森之宮車両管理事務所に残されています (イベント以外は非公開)。

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