鉄道ホビダス

2013年1月アーカイブ

130131n016.jpg
▲「特別運行」を前に行われた試運転。記録的な大雪となり、ボランティアの手助けもあってようやく除雪を終えた状況。'12.12.13 P:真鍋 英(夢里塾)
クリックするとポップアップします。

昨年12月15日(土)・16日(日)の2日間、遠軽町丸瀬布にある「丸瀬布森林公園いこいの森」で行われた「雨宮21号雪中特別運行」は、道外からの参加者も含めて延べ500人という大盛況のうちに幕を閉じました。企画・運営にあたられた夢里塾の皆さんからレポートをいただきましたので、"2日間だけの感動体験"をご紹介いたしましょう。

130131n011.jpg
130131n012.jpg
▲雪中運行初日第1便と出発式の様子。写真からも尋常でない積雪量がわかる。'12.12.15 P:磯貝勝幸
クリックするとポップアップします。

130131n006.jpgこの特別運行は丸瀬布100年記念事業の一環として遠軽町が主催し、私たち、まちおこしグループ夢里塾の企画・運営で開催しました。例年、4月末から10月末まで( 2012年シーズンは4月28日~10月21日 ) 運行される北海道遺産雨宮21号ですが、2012年は丸瀬布地域の開拓100年であることから、2001年1月のミレニアム運行以来、12年ぶりとなる雪中特別運行を企画しました。
▲本部テントでは特別運行協力金の受付を行った。'12.12.15 P:磯貝勝幸
クリックするとポップアップします。

130131n004.jpg通常期は深い雪に閉ざされる「いこいの森」ですが、今回は事前に町民ボランティアによる除雪を実施。軌道や園内の道路の除排雪を行ったのですが、開催日の前週となる12月8日・9日に記録的な大雪となり、一時は開催そのものが危ぶまれる事態となりました。しかし、町民ボランティアの皆さまと遠軽町役場の努力により、開催3日前になんとか全線の除雪を終えることができました。
当日は朝からとても冷え込んだものの、風もなく程良い日差しもあり絶好の撮影日和。出発式では、いこいの森の人気キャラクター「あめまるくん」も登場し会場を沸かせました。
▲通常は上ることのできない郷土資料館屋上へはなんとこのバケットクレーンで上がる。'12.12.15 P:磯貝勝幸
クリックするとポップアップします。

今回の雪中運行では、事前の告知でもお知らせしていましたが、ご来園いただいた方から運行協力金のご協力をいただきました。ご協力いただいた方には、武利意森林鉄道硬券切符(当日日付入り)と、運行プログラム、やまびこ温泉でのお食事キャッシュバック券、さらに事前予約制ではありましたが、郷土資料館屋上特設撮影ポイントへ行く空中車乗車券を特典として用意しました。

130131n018.jpg
▲資料館屋上からの眺めは格別。撮影者は昨年の「雨宮21号フォトコンテスト」で最年少入賞者で佳作に選ばれた箕岡俊輔さん。'12.12.15 P:箕岡俊輔
クリックするとポップアップします。

郷土資料館屋上での撮影は、安全上の配慮から人数制限を実施。列車毎の入れ替え制として各列車10名ずつの限定としました。普段、立入禁止となっているこの場所だけに2日間とも、満員御礼となる盛況ぶりでした。昨年行われた「雨宮21号フォトコンテスト」において最年少入賞者で佳作に選ばれた、小学生雨宮ファンの箕岡俊輔さん (RM 2013年2月号136頁参照) から屋上からの写真をご提供いただきましたのでご覧ください。

130131n017.jpg
▲大盛況となったライトアップ撮影会。雪原の彼方に幻想の世界が展開する。'12.12.15 P:箕岡俊輔
クリックするとポップアップします。

一日目の運行は日没近くの15時まで。午後からは東京と札幌からの撮影ツアーも来園。ますますの盛り上がりを見せました。15時30分からは、本線上に列車を止めたライトアップ撮影会を実施。こちらは当初計画の人数を大幅に上回る撮影者の方々にご参加いただけました。途中で立ち位置を入れ替えていただくお願いをさせていただきましたが、みなさんお互いに譲り合っていただき、中には「三脚使ってもいいですよ」という温かい一幕もありました。最終的にライトアップ撮影会では130人の方が参加。30分の時間延長も行い1日目を終えました。

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

水島臨海鉄道のキハ20。

130130n002.jpg
▲朝の運用を終えて倉敷貨物ターミナルへと戻ってきたキハ205。背後は自社発注の主力車MRT301。'13.1.21 倉敷貨物ターミナル
クリックするとポップアップします。

先日の岡山出張の際に、水島臨海鉄道をのぞいてきました。ご承知のように水島臨海鉄道ではいまだに旧国鉄のキハ20形が現役で活躍しており、ひさしぶりに国鉄色のキハ20の顔を見て来ようというわけです。

130130n006.jpg
▲球場前駅を発車する倉敷市駅行きキハ205+204。キハ20が充当される朝の通勤・通学時はかなりの乗車率となる。'13.1.21 球場前-倉敷市
クリックするとポップアップします。

ただ、通常運用に充当されているとはいえ、水島のキハ20に出会うのはそれほど簡単なことではありません。というのも、運転は平日に限られているうえ、基本的に朝夕のラッシュ時のみとなっているからです。この季節では夕方17時以降に充当される運用は撮影しづらく、いきおい朝の列車を狙うことになりますが、これも9時29分倉敷市発の下りが最終と、東京からでは品川6時ちょうど発の「のぞみ99号」でもタッチの差で間に合いません。

130130n001.jpg今回は岡山泊まりだったため比較的余裕をもって倉敷に向かうことができ、美しく整備されたキハ20を堪能することができました。残念ながら"国鉄色"2連というわけにはゆかず、"水島色"のキハ204との混結でしたが、通勤・通学のお客さんを乗せて朝日の中を行く姿は実に清々しいものでした。
▲水島色のキハ204。僚車キハ210は茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)に譲渡され、キハ205(国鉄色)として活躍している。'13.1.21 球場前-倉敷市
クリックするとポップアップします。

130130n005.jpg
▲朝の光を全身に浴びて国鉄色キハ205の美しい車体が映える。'13.1.21 三菱自工前
クリックするとポップアップします。

水島臨海鉄道には現在2形式10輌の気動車が在籍しています。1995(平成7)年から導入されたMRT300形(301~306)は新潟鐵工所のNDCシリーズとしては最大級の21m車で、こちらは終日運用に就いています。一方のキハ20は在籍4輌。203・204・206・208で、このうち203と205の2輌が2003(平成15)年に懐かしい"国鉄色"に塗り替えられています。

130130n004.jpg現在のキハ20形の運用は倉敷貨物ターミナルにある車庫を出庫、隣接する三菱自工前駅を6時46分に出る倉敷市駅行きを初列車として3往復(うち1往復は水島折り返し)、10時00分に三菱自工前駅に到着後はすぐに入庫。夕方は17時00分三菱自工前発で倉敷市駅へ、水島1往復をこなしたのち、倉敷市から三菱自工前へ戻って運用終了となります。もちろん先述のように平日のみの運転で、近隣の方ならまだしも、それなりに計画を練らないと遭遇することさえかないません。
▲倉敷貨物ターミナルで休む運用離脱車たち。右からキハ203、DD505 、DD501、DE101141。'13.1.21 倉敷貨物ターミナル
クリックするとポップアップします。

130130n003.jpg
▲水島港のプラントをバックに夕方の運用まで休みに入るキハ205。端正な横顔が魅力的。'13.1.21 倉敷貨物ターミナル
クリックするとポップアップします。

今回は朝の列車を見学したのち、すぐに井笠鉄道記念館へと向かってしまったため、港東線へ入ってゆくDE10(DE70)形の姿を見ることはできませんでしたが、一日ゆっくりと現役の臨海鉄道を味わうのも良いかもしれません。

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

C58 239復元工事進行中。

130129n001.jpg
▲「やまびこ141号」がC58 239の復元工事が実施されている大宮総合車両センター付近を通過。折しも充当されたのは、今年3月のダイヤ改正で引退する200系K47編成であった。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

昨年12月4日に岩手県営運動公園から搬出され、12月10日に大宮総合車両センターで復元着工式を開催、2013年度冬以降に「SL銀河鉄道」の牽引機として着々と復元工事が進められているC58 239号機ですが、去る1月22日、復元工事の模様が報道公開されたので、その様子をお伝えしましょう。

130129n002.jpg
▲主台枠とボイラだけとなったC58 239。台枠形状がよくわかる。なお、ボイラおよび台枠の重量は、それぞれ16.4tおよび9.4tだという。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

130129n003.jpgあらためてC58 239号機の来歴をまとめますと、1940(昭和15)年6月に川崎車輌で製造され、新製配置は名古屋局、翌1941年3月に奈良機関区に転属し、1943年5月には宮古機関区に転属となります。1970(昭和45)年3月に盛岡機関区に転属となりましたが、1972(昭和47)年5月に廃車となるまで、その生涯の大半を岩手県内で活躍しました。山田線の蒸気機関車さよなら列車を牽引したのも同機です。廃車後は、岩手県営運動公園内に保存され、盛岡SL等保存会のメンバーの皆さんの手によって手厚く護られてきたのはすでにお伝えしたとおりです(編集長敬白アーカイブ「C58 239が動態復活へ」参照→こちら)。
▲火室部を見る。C58の火格子面積は2.15㎡で、C61の65%ほど。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

130129n005.jpg
▲取り外された動輪。直径は1,520㎜で、タイヤは新品に交換される予定。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

130129n004.jpg130129n006.jpg
▲弁心棒案内と排気膨張室を第1動輪側から見る(左)。整然と並べられたロッド類(右)。手前は分解された加減リンク。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

130129n008.jpg130129n009.jpg
▲先輪と従輪(左)。先輪中心部には「24677 17-6」の打刻が読み取れた。右は分解されて整備を待つ先台車と従台車。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

130129n007.jpg
▲各動輪には「C58239」の打刻が確認できた。写真は第3動輪の打刻で、「L3」は左(Left)第3動輪を示す。'13.1.22 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

今回の報道公開では、主台枠上にボイラが載った状態となっていましたが、今月末には大阪のサッパボイラにボイラを輸送し、復元工事を行うとともに、その他の部品についても引き続き修復を進める予定としています。ところで、同機が復活すると、JR東日本が保有する蒸気機関車は4輌目となります。「SL銀河鉄道」は釜石線を中心に東北各地で運行されるとのことで、東北地方の人々に力強いエールの汽笛を響かせてくれることでしょう。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社大宮支社

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

130128n010.jpg
▲鉄道記念館敷地内で保存されている井笠鉄道1号機+ホハ1+ホワフ1の3輌。昨年再塗装されたとのことで状態は良い。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

先週、RM本誌の取材で岡山を訪れた際、昨年来気になっていた井笠鉄道の鉄道記念館を訪ねてみました。

130128n011.jpg
▲鉄道記念館は旧新山駅本屋を利用したもので、廃止時の新山駅長であった田中晴夫さんが館長を務められている。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

井笠鉄道といえば、ナローファンにとっては頸城や沼尻と並び称されるいわゆる"みそ汁軽便"の雄で、1971(昭和46)年4月廃止と、すでに鉄道線廃止から40年以上の歳月が流れているにも関わらず、今もって高い人気を博しています。

130128n005.jpgそんな井笠鉄道の名前が突如としてメディアに再登場したのが昨年10月のことでした。NHKが報じた第一報では、現在はバス会社として「井笠鉄道」の社名のまま事業を行ってきた同社が、経営破綻のため10月一杯ですべての路線を廃止するとのこと。これまでにも経営破綻に至ってしまった交通事業者は少なからずありましたが、通常は会社更生法や民事再生法適用によって再生の道を歩むのが一般的で、今回の井笠鉄道のように事業そのものを放棄する会社清算に至るのは極めて異例で、その意味でも大きな衝撃でした。
▲記念館は県道48号線沿いに位置するが、県道拡幅工事に伴って本来の位置からは移動しているという。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

現在、井笠鉄道のバス路線は北振バスや中国バスが臨時的な処置として代替運行を行っており、中国バスを傘下に持つ両備ホールディングス(両備バスなど。岡山電気軌道、和歌山電鐵も関連会社)が支援のスキームを検討中と伝えられています。

130128n004.jpg
▲かつての待合室内を利用した展示室には通票閉塞機をはじめ井笠鉄道ゆかりの品々が展示されている。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

130128n002.jpg130128n003.jpg
▲ポーター製5号機に付けられていたという鐘(左)や、1952(昭和27)年から行われたという急行標示板も見られる。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

いずれにせよ、井笠鉄道本体がそのような状況に陥ってしまったとなると、今後は鉄道記念館どころではなくなってしまうに違いありません。破産手続きの開始にともなって、すでに記念館そのものの所有権も破産管財人に移ってしまっているとのことです。

130128n009.jpg
▲小さな転車台上のコッペル製1号機。1913(大正2)年製の9t機(製番6533)で、1961(昭和36)年に用途廃止となったもののの、1973(昭和48)年からは西武鉄道に貸し出されて同社の山口線で使用されたのでお馴染みの方も多いはず。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

この「井笠鉄道 鉄道記念館」は井原笠岡軽便鉄道創立70周年を記念して1981(昭和56)年に開館しました。かつての新山駅(笠原起点8.466㎞)本屋を利用した展示室と、コッペルの1号機、開業期の客車ホハ1、木造ボギー貨車ホハフ1の3輌が保存されている屋外展示場があり、鉄道線廃止時の新山駅長だった田中春夫さんが館長としてその管理を任されています。

130128n008.jpg
▲ホハ1は開業時から使用された日本車輌製の木造ボギー車。路線廃止後も鬮場(くじば)車庫で保管されていたが、1980(昭和55)年の火災で損傷、その後復元されて記念館入りしている。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

130128n007.jpg
▲ホハ1の車内。写真展示場として利用されているほか、開館時間帯は休憩スペースにもなっている。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

130128n201.jpg
▲木造ボギー貨車ホワフ1。1914(大正3)年日車製の4t積み有蓋車。こちらも昨年再塗装されており、状態はすこぶる良い。'13.1.21
クリックするとポップアップします。

2002(平成14)年には産業考古学会から推薦産業遺産に指定されており、中小私鉄の鉄道記念館としては特筆すべき存在と言えましょう。貴重な保存車輌と資料の数々が、なんとか散逸を免れ、井笠鉄道を後世に語り継いでくれれば...御年84歳になられる田中館長が、3月以降はどうなるのかと、ため息交じりに語っておられたのが忘れられません。

(井笠鉄道 鉄道記念館:毎日9時から17時まで開館、水曜日休館、入場無料/岡山県笠岡市山口1457-8)

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

130119n002.jpg
▲昨年の「夕張の鉄道遺産を巡るバスツアー」で「SL館」内を見学する参加者の皆さん。P:三菱大夕張鉄道保存会
クリックするとポップアップします。

全国唯一の財政再生団体となった北海道夕張市で、鉄道文化財の保存活動を展開する三菱大夕張鉄道保存会(→こちら)ですが、昨年は南大夕張駅での月例の補修活動に加え、6月3日に「夕張の鉄道遺産を巡るバスツアー」を実施、70名程の参加者が南大夕張駅跡や「SL館」等を巡りました。また、例年開催している9月2日の「汽車フェスタ2012」では、新メニューとして赤いウインナーを夕張市指定文化財となった「三弦橋」に見立てた「シューパロ・ダムカレー」が登場するなど、鉄道遺産を利活用する多彩な取り組みが行われました。

130119n001.jpg
▲廃線跡バスツアーで訪れた南大夕張駅跡。三菱大夕張鉄道保存会の皆さんの手によって美しく整備されている。P:三菱大夕張鉄道保存会
クリックするとポップアップします。

130119n005.jpg130119n006.jpg
▲多くの来場者で賑わった汽車フェスタ2012(左)。右は汽車フェスタに登場したシューパロダムカレー。赤いウィンナーは三弦橋を象徴している。P:三菱大夕張鉄道保存会
クリックするとポップアップします。

これらの取り組みに対して、10月29日には道庁赤レンガ庁舎で北海道文化財保護協会(→こちら)より三菱大夕張鉄道保存会が「北海道文化財保護功労者(団体)」として表彰されました。三菱大夕張鉄道保存会の皆さんは、賞に恥じぬよう、今後も夕張の鉄道遺産を護り、活用する活動を継続したいと、思いを語っておられます。

130119n003.jpg
▲道庁赤レンガ庁舎で行われた北海道文化財保護協会による北海道文化財保護功労者表彰。P:三菱大夕張鉄道保存会
クリックするとポップアップします。

130119n004.jpgさて、昨年は美術館が倒壊するほどの大雪だった夕張市ですが、今年も既に昨年並みの降雪量に迫っています。夕張鉄道、三菱大夕張鉄道の蒸気機関車・客車に加えて、多くの鉄道資料を収容する「SL館」ですが、今年も来週2月2日(土)に夕張鉄道の協力により、雪下ろしバスツアーが企画されています。参加費は昼食・温泉入浴が付いて3,000円、札幌大通(夕鉄バス停留所)を午前8時に出発、雪下ろし、昼食、「SL館」見学後「夕鹿の湯」で温泉入浴、札幌には午後6時30分頃帰着の予定となっています。
▲三菱大夕張鉄道保存会に贈られた表彰状。P:三菱大夕張鉄道保存会
クリックするとポップアップします。

130119n007.jpg
▲昨年の雪下ろしツアーに参加された皆さん。寒い中、多くの皆さんが夕張の歴史遺産を護るために奮闘した。P:三菱大夕張鉄道保存会
クリックするとポップアップします。

申し込みは夕鉄旅行センター江別営業所(011-382-1101)で、今年もひとりでも多くの方の参加を熱望しておられるとのことです。また、三菱大夕張鉄道保存会では1975(昭和50)年12月24日の蒸機牽引国鉄本線最終列車となった6788レの夕張駅発車シーンなど貴重な音源を収録したオリジナルグッズ「音の記憶 汽笛の響いた街・夕張」(解説8ページ付)や駅名板キーホルダー等も頒布中(→こちら)です。

130119n008.jpg
▲今年の雪下ろしバスツアーのフライヤー。半分ボランティアながら
貴重な体験ができる。

クリックするとポップアップします。

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

e6_001_1024px.jpg
▲試乗列車となるE6系Z2編成が大宮駅16番線に進入。'13.1.21 大宮 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

3月16日のダイヤ改正でデビューするE6系〈スーパーこまち〉の報道関係試乗会が1月21日に開催され、編集部からは鉄道ホビダスの伊藤マネージャーが参加、一足早く時速300kmの体験をしてきましたので、その模様を動画を交えてお伝えします。

e6_002_1024px.jpg
▲仙台行き試乗列車の列車番号は9531B。発車案内表示器は「団体 531号 仙台」。'13.1.21 大宮 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

今回の試乗会は大宮~仙台間で実施され、大宮駅からの参加は大宮~仙台1往復、仙台駅から参加は仙台~大宮1往復の2コースが設定され、伊藤マネージャーは大宮駅から参加しました。試乗会に使用されたE6系は、量産車の1本目であるZ2編成。仙台から列車番号9606BでやってきたZ2編成は10時06分に大宮駅16番線に到着しました。

e6_003_1024pxn.jpge6_004_1024px.jpg
▲Z2編成のデッキ部や車内妻面の広告枠には、E6系〈スーパーこまち〉デビューを告知していた(左)。仙台駅での発車案内表示器。行先が「大宮」と表示されるのも試乗列車ならでは(右)。'13.1.21 仙台 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

ここから試乗開始で、列車番号9531Bの仙台行となった試乗列車は10時30分に大宮駅を発車、次第に速度を上げて仙台に向かいます。このまま仙台までノンストップかと思われましたが、途中の那須塩原に停車。小停止の後、那須塩原駅を発車して、いよいよ時速300kmの体験が始まります。列車は速度を上げて11時14分45秒頃に新白河駅を時速275kmで通過、その24秒後に時速300kmへと達しました。時速300km運転は白石蔵王までの区間で行なわれ、列車は11時50分に仙台駅12番ホームに到着しました。

e6_005_1024px.jpg
▲E6系、時速300kmで快走!'13.1.21 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

折返しは列車番号9532Bとして仙台駅を12時13分に発車。途中、福島駅と郡山駅に停車して、郡山から時速300km運転が始まりました。郡山駅を12時49分に発車した試乗列車はどんどん加速していき、12時52分51秒頃には時速275km、その51秒後の12時53分42秒頃には時速300kmに達しました。上り列車は宇都宮までの区間で時速300km運転を行ない、13時34分に大宮駅16番ホームに到着しました。その後、仙台から参加の報道陣を乗せたまま、14時30分に列車番号9533Bで大宮駅を発車、仙台駅へと向かいました。

e6_006_1024pxn.jpge6_007_1024px.jpg
▲出入台付近の手すりには点字による案内が取り付けられている(左)。試乗列車の愛称・行先表示器は「団体」を表示(右)。'13.1.21 大宮 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

今回の試乗会では、途中駅に停車したにも関わらず大宮―仙台間の所要時間は下りで1時間20分、上りで1時間22分と、改めて時速300km運転のすごさを見せつけられます。また伊藤マネージャーによると時速300kmでの乗り心地はすこぶる快適だったとのことで、皆さんも早く東北新幹線での時速300km運転を体験されることをお勧めします。

e6_008_1024px.jpg
▲先輩のE3系〈こまち〉と並ぶ。'13.1.21 大宮 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

なおE6系を使用した一般向けの試乗会は、1月26日に「秋田~大曲」特別試乗会、1月27日に「秋田~仙台」特別試乗会が、また2月2日(土)と3日(日)には「秋田新幹線E6系記念試乗会」が予定されています(いずれもすでに募集は締切)。

取材協力:JR東日本

e6_zenpen_thumb.jpg
e6_kohen_thumb.jpg
▲上のキャプチャー画面をクリックすると「今日の一枚 The Movie」上の動画がご覧になれます。

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

130123n001.jpg
▲50周年をPRする車体前面となった545編成は、運行初日は内回り04G、二日目は外回り41G運用で山手線を駆け巡った。'12.1.17 御徒町 P:手島歩夢
クリックするとポップアップします。

山手線のラインカラーであるみどり色(ウグイス色=黄緑6号)は、1963(昭和38)年に103系通勤型電車に塗装されて以来、1986(昭和61)登場の205系、2002(平成14)年登場のE231系500番代へと引き継がれています。2013(平成25)年の今年は"みどりの山手線"が50周年を迎えることとなり、それを記念して車体をみどり色にラッピングした編成が登場、先週、1月16日(水)より運転を開始しました。

130123n002.jpg
▲クハE230-545の妻面側。上部に記念ロゴマークを貼り、号車標記も懐かしいものになっている。'12.1.16 東京総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

ラッピングの対象となった編成は545編成(11輌)で、1本のみ。103系の時代を髣髴させる車体全体のみどり色に、ファン視点では形式・車号標記などが国鉄時代の様式となっていることも見逃せません。また、記念ロゴマークが貼り付けられ、号車ステッカーも白色地に黒色の文字となっています。

130123n004.jpg130123n003.jpg
▲クハE230-545の車体標記。「懐かしさ」を感じさせる標記にこだわりが感じられる。'12.1.16 東京総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

また、車内のつり手には、山手線各駅の駅名標(ホーロー看板をイメージさせる紺色地に白色文字のものと、現行の白色地に黒色文字のものの2種類の絵柄があり)+各駅などの懐かしの写真がセットになったアドストラップがずらりと並んでいるほか、懐かしの記念列車の写真などもフィーチャーされています。

130123n005.jpg
▲車内のつり手のアドストラップ。弊社の最寄駅である山手線目黒駅のホーロー看板時代の(?)駅名標も発見。'12.1.16 東京総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

ちなみに運転開始翌日の1月17日に目黒駅から乗った外回りが偶然にもこの545編成。さらに翌日、恵比寿駅から乗った内回りがまた545編成と、期せずして連日乗り合わせる幸運に恵まれました。山手線は1周するのに約60分。途中で入出区などがある場合もありますが、もし同編成を見かけたら時間を調整して乗車してみるのも面白いのではないでしょうか。なお、本誌次号では103系登場時にまでさかのぼって「みどりの山手線」を振り返ります。どうかご期待ください。

取材協力:東日本旅客鉄道株式会社

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

RML162_2-3n.jpg
▲比較的平坦な区間が多かった福島交通軌道線だが、保原から掛田にかけては峠越えがあり、山深い景色の中を走っていた。'71.4 掛田‐金山 P:髙井薫平 (RMライブラリー『福島交通軌道線』下巻より)
クリックするとポップアップします。

今月のRMライブラリーは、先月に引き続き髙井薫平さんによる『福島交通軌道線』の下巻をお届けします。上巻では沿革、路線、施設の解説とともに、福島市内の区間の沿線を多数の写真とともにご紹介しましたが、下巻では引き続き、運転、車輌の解説と、伊達町(伊達市)に入ってからの沿線風景をご紹介します。

rml162_h1n.jpgこの福島交通軌道線の特徴のひとつが、その複雑な路線でしょう。福島駅前から伸びる路線は長岡分岐点、聖光学園前、保原と3ヶ所で分岐し、終点は湯野町、伊達駅前、梁川、掛田と4ヶ所にもなります。基本的には福島~梁川・掛田間の運転を幹に、途中長岡分岐点~湯野町・伊達駅前間の折り返しが接続する形で、さらに伊達駅前~湯野町間の折り返しも加わりました。ラッシュ時ともなれば途中折り返しも含めて福島駅前付近では5輌もの続行運転が見られたといいます。


RML162_10-11n.jpg
▲摺上川に架かる幸橋を渡ると伊達町(現伊達市)に入る。趣溢れる町並みに沿って、電車は未舗装の併用軌道を辿ってゆく。 (RMライブラリー『福島交通軌道線』下巻より)
クリックするとポップアップします。

RML162_16-17n.jpg
▲わずか500mほどだった伊達駅前への分岐線。1967年の湯野町~聖光学園前間の廃止とともに、この線は旅客営業が廃止され、以後廃止までは貨物連絡線となっていた。 (RMライブラリー『福島交通軌道線』下巻より)
クリックするとポップアップします。

今回沿線風景をご紹介する伊達郡に入ってからの沿線風景は、長岡、保原といった市街地以外の大半は県道の道端を走っていました。そのほとんどは未舗装で、砂埃を上げながら走る姿がこの路線を象徴する姿となりました。今回はそう言った風景はもちろん、市街地の駅風景もふんだんにご紹介するとともに、福島交通さんからご提供いただいた平面図も掲載いたしました。これは模型ファンにも必見の資料と言えましょう。

RML162_36-37n.jpg
▲電車は更新を繰り返したため、変遷が非常に複雑。13輌いた木造ボギー車は昭和30年からすべて半鋼製車体に更新された。 (RMライブラリー『福島交通軌道線』下巻より)
クリックするとポップアップします。

また巻末では写真・竣功図とともに各車輌の解説を掲載しました。「偉大なる田舎電車」を再現する本書、ぜひ上下巻合わせて書架にお揃えください。

RML162bn.jpg

detabookn101.jpg

121227n008.jpg

NS_018_019oln.jpg
▲総320頁のうち前半192頁はカラーで各社局の会社概要を紹介。十年前の初版に対して写真もすべて最新のものとなっている。 (『改訂新版 データブック 日本の私鉄』より)
クリックするとポップアップします。

databooknn.jpgわが国に存在する自走式の第1種・第2種鉄道事業者、実に165社局の"今"を、会社概要(所在地・資本金・主要株主)、沿革、路線概要(路線名・区間・距離・軌間・動力・閉塞方式・最急勾配・最小曲線半径、隧道数と総延長・橋梁数と総延長・営業最高速度・最大編成輌数)、業績一覧(輸送人員・輸送密度・貨物輸送トン数・営業収入・営業費・営業損益・車輌数、従業員数)、駅データ(駅名・取扱種別・開設年月日、乗降客数)でひもとく究極の書、『データブック 日本の私鉄』の実に10年ぶりの改訂新版が完成いたしました。

NS_034_035olnn.jpg
▲埼玉新都市高速や山万といったいわゆる新交通システムもすべて収録しているのが大きな特徴。 (『改訂新版 データブック 日本の私鉄』より)
クリックするとポップアップします。

十年前の元本は粘着式で自走式の鉄軌道147社局に限って掲載いたしましたが、今回は自走式の鉄軌道すべてに範囲を拡大し、全国の私鉄のうち鋼索線(ケーブルカー)を除くすべての鉄軌道に対象を広げ、実に165社局を収録しております。著者は『消えた轍』等でもお馴染みの寺田裕一さん。改訂新版の構想は数年前から温めてこられたそうですが、圧倒的ボリュームのデータ編はもとより、本書収録写真のほぼ99%をご自身で撮影されていることも驚異的です。しかも車輌の最新塗色も可能な限り押さえられており、いまさらながら寺田さんのパワーには頭が下がります。

NS_088_089oln.jpg
▲関西電力と立山黒部貫光など、トロリーバス=無軌条電車ももちろん収録対象。 (『改訂新版 データブック 日本の私鉄』より)
クリックするとポップアップします。

それにしてもこの十年間の私鉄界の変容にも驚かされます。愛知高速鉄道(リニモ)、首都圏新都市交通(つくばエクスプレス)、富山ライトレール、仙台空港鉄道、東京地下鉄池袋~渋谷間、京阪中之島線、阪神なんば線といった新規開業・新線開通が目立った半面、日立電鉄、鹿島鉄道、十和田観光電鉄といった歴史あるローカル私鉄がその灯を消していった歳月でもありました。

NS_180_181oln.jpg
▲カラーの各社概要では輸送人員や営業損益の推移、主要沿革年表などが一目瞭然でわかる。 (『改訂新版 データブック 日本の私鉄』より)
クリックするとポップアップします。

NS_192oln.jpg〔掲載社局〕
札幌市交通局、太平洋石炭販売輸送、函館市企業局、津軽鉄道、弘南鉄道、青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道、八戸臨海鉄道、岩手開発鉄道、三陸鉄道、仙台臨海鉄道、仙台市交通局、仙台空港鉄道、阿武隈急行、福島交通、福島臨海鉄道、秋田臨海鉄道、秋田内陸縦貫鉄道、由利高原鉄道、山形鉄道、会津鉄道、野岩鉄道、わたらせ渓谷鐵道、上毛電気鉄道、上信電鉄、埼玉新都市交通、山万、秩父鉄道、関東鉄道、真岡鐵道、ひたちなか海浜鉄道、鹿島臨海鉄道、銚子電気鉄道、小湊鉄道、いすみ鉄道、京葉臨海鉄道、千葉都市モノレール、京成電鉄、北総鉄道、芝山鉄道、新京成電鉄、首都圏新都市鉄道、流鉄、東京臨海高速鉄道、東京モノレール、東京地下鉄、埼玉高速鉄道、東葉高速鉄道、舞浜リゾートライン、東京都交通局、ゆりかもめ、東武鉄道、西武鉄道、京王電鉄、多摩都市モノレール、東京急行電鉄、横浜高速鉄道、京浜急行電鉄、相模鉄道、横浜市交通局、横浜新都市交通、小田急電鉄、箱根登山鉄道、江ノ島電鉄、湘南モノレール、神奈川臨海鉄道、富士急行、しなの鉄道、上田電鉄、アルピコ交通、長野電鉄、北越急行、黒部峡谷鉄道、関西電力、立山黒部貫光、富山地方鉄道、富山ライトレール、万葉線、北陸鉄道、のと鉄道、えちぜん鉄道、福井鉄道、伊豆箱根鉄道、伊豆急行、岳南鉄道、静岡鉄道、大井川鐵道、天竜浜名湖鉄道、遠州鉄道、名古屋鉄道、豊橋鉄道、愛知環状鉄道、愛知高速交通、名古屋市交通局、名古屋ガイドウェイバス、名古屋臨海高速鉄道、東海交通事業、名古屋臨海鉄道、衣浦臨海鉄道、三岐鉄道、伊勢鉄道、樽見鉄道、明知鉄道、西濃鉄道、長良川鉄道、養老鉄道、伊賀鉄道、近畿日本鉄道、京都市交通局、近江鉄道、信楽高原鐵道、京阪電気鉄道、叡山電鉄、京福電気鉄道、嵯峨野観光鉄道、北近畿タンゴ鉄道、阪急電鉄、能勢電鉄、大阪高速鉄道、大阪市交通局、北大阪急行電鉄、阪堺電気軌道、南海電気鉄道、大阪府都市開発、水間鉄道、和歌山電鐵、紀州鉄道、阪神電気鉄道、神戸新交通、神戸市交通局、北神急行電鉄、神戸電鉄、山陽電気鉄道、北条鉄道、智頭急行、岡山電気軌道、水島臨海鉄道、井原鉄道、若桜鉄道、スカイレールサービス、広島電鉄、広島高速交通、錦川鉄道、一畑電車、高松琴平電気鉄道、伊予鉄道、阿佐海岸鉄道、土佐くろしお鉄道、土佐電気鉄道、筑豊電気鉄道、平成筑豊鉄道、北九州高速鉄道、福岡市交通局、西日本鉄道、甘木鉄道、松浦鉄道、島原鉄道、長崎電気軌道、熊本電気鉄道、熊本市交通局、南阿蘇鉄道、肥薩おれんじ鉄道、くま川鉄道、鹿児島市交通局、沖縄都市モノレール

▲最南端はもちろん沖縄都市モノレール(ゆいレール)。 (『改訂新版 データブック 日本の私鉄』より)
クリックするとポップアップします。

NS_226_227oln.jpg
▲120頁におよぶデータ編は駅データ(駅名・取扱種別・開設年月日、乗降客数)を圧倒的ボリュームで収録。 (『改訂新版 データブック 日本の私鉄』より)

まさにわが国の私鉄の今を凝縮した一冊、ぜひ座右の書として机上にお備えください。
『改訂新版 データブック 日本の私鉄』
寺田裕一 編著
B5判/320頁(うちカラー192頁)カバー付き
定価:3200円(税込)

※21日(月曜日)は出張のため小ブログは休載させていただきます。

detabookn101.jpg

RML161bnn.jpg

121227n008.jpg

DSC_4605-1n.jpg
▲Jindrichuv Hradec駅を発車するU37.002 牽引の下り列車。U37.002 は1898年クラウス製の古典機。'11.8 P:堀野 修

年始に連載した「ボヘミアの森にチェコ最後の現役ナローを訪ねて」をご覧になった堀野 修さんから、一昨年8月に現地を訪問し、JHMD=Jindrichuv Hradec(インドルジフーフフラデツ)地方鉄道の蒸気列車にお乗りになられた際の写真をお送りいただきました。

DSC_4648(DL)nn.jpg私が訪問した時にはすでにサマーシーズンの蒸気列車運転は終了してしまっていましたが、すでにご紹介したように、Nova Bystrice線では7・8月の全日2往復、Obratan線では2週間程度1往復の蒸気列車が設定されています。堀野さんはNova Bystrice線の終点のNova Bystrice駅からジャンクションのJindrichuv Hradec駅への上り列車に乗車されたそうです。
▲こちらはT47.0形牽引によるNova Bystrice線レギュラートレインの車内。760㎜ゲージの客車内にゆったりとした時間が流れる。'11.8 P:堀野 修
クリックするとポップアップします。

DSC_4668-1nn.jpg堀野さんはプラハを6時30分頃に出発。途中でピルゼンからブルノへ行くローカル列車に乗りかえてNova Bystriceへ。朝のJindrichuv HradecからNova Bystriceへの最初の蒸気列車を撮影したのち、Jindrichuv Hradec10時30分発のディーゼル列車で追いかけました。この列車はNova Bystrice に11時50分着。乗車した蒸気列車は20分ほどの待ち時間で12時10分にNova Bystrice 駅を発車します。
▲蒸気列車の車内にて。バカンスシーズンはファミリーにもたいへんな人気。'11.8 P:堀野 修
クリックするとポップアップします。

Nova Bystrice 12時10分発の281列車はU37.002 に牽かれ、実に1時間40分を掛けて33㎞先のJindrichuv Hradec 駅を目指します。運賃はDL牽引のレギュラートレインの4倍程度とたいへん高額ですが、車内には家族連れの避暑客の姿が目立ったとのことです。

DSC_4593nn.jpg
▲Jindrichuv Hradec 駅で発車を待つU37.002 。本機は1999年にスロバキアから移籍してきたもの。'11.8 P:堀野 修
クリックするとポップアップします。

堀野さんありがとうございました。JHMDのもうひとつの横顔が見られたような気がいたします。いつの日か、今度は蒸機が動いている時期に再訪してみたいものです。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

205_600_001_1040px.JPG
▲報道公開された205系600番代は小山車両センターY6編成。種車は元京葉車両センターのTc・Tc'-112とM・M'-304。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

3月16日のダイヤ改正より107系の取り替え用として日光線に投入される205系600番代の報道公開が1月15日に行なわれました。日光線用の205系は4輌編成で、日光方からクハ204-600(1号車)+モハ204-600(2号車)+モハ205-600(3号車)+クハ205-600(4号車)の編成となっています。

205_600_002_height1040px.JPG主な改造概要ですが、外観では前面の運行番号表示器を字幕式からLEDタイプに変更し、連結器に自動電気連結器を取付けています。またモハ205-600の後位側のパンタグラフをシングルアーム化するとともに、前位側に霜取り用のパンタグラフ(こちらもシングルアーム式)を増設するとともに、各車側扉横にドア開閉ボタンを新設しています。帯色は107系と同様のクラシック・ルビー・ブラウン、ゴールド、クリームを用い、前面はゴールドとクラシック・ルビー・ブラウン、側面幕板部はクラシック・ルビー・ブラウン、同腰部はクリーム、ゴールド、クラシック・ルビー・ブラウンとなっています。さらに日光駅駅舎をモチーフとしたエンブレムや日光東照宮の眠り猫をモチーフとしたエンブレムが車体側面に貼り付けています。
▲Tc・T'cは運行番号表示器がLED式となり、電連が取り付けられた。なお前面・側面とも行先表示器は幕式で、107系と同様のフォントを採用している。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

205_600_003_1040px.JPG
▲M車は従来から後位側に設置のパンタグラフをシングルアーム式に換装するとともに、前位側に霜取り用のパンタグラフを新設している。各車とも中央部に日光駅駅舎をモチーフにしたエンブレムを取り付けている。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

また107系では滑走防止として砂箱が取り付けられていましたが、この205系ではセラジェット(増粘着材噴射装置)を取付け、砂の代わりにアルミナを噴射します。

205_600_004_1040px.JPG205_600_005_1040px.JPG
▲乗務員扉直後には日光駅駅舎と日光東照宮の眠り猫をイメージしたエンブレムを貼りつけている(左)。形式番号標記(右)は各車とも後位側(Tc・M・M'車では日光方)に小さく入れられている。これも107系を踏襲したもの。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

205_600_008_1040px.JPG
▲車内のブラインドは新しく交換された。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

205_600_007_1040px.JPG205_600_010_1040px.JPG
▲DT50D台車に取り付けられたセラジェット(左/増粘着材噴射装置)。M車は黒磯方、M'車は日光方の台車に取り付けられている。Tc車の後位側車端に設置された車椅子スペースと身障者対応トイレ(右)。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

205_600_006_height1040px.JPG205_600_009_height1040px.JPG
▲Tc車の4位側のトイレ部分は窓を塞ぎ、その部分に大型のエンブレムを貼りつけている(左)。乗降扉付近に取付のドア開閉ボタン(右)。その上にはドア開閉時に鳴動するチャイム。'13.1.15 宇都宮運転所 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

客室内は、クハ205-600の後位に身障者対応大型トイレと車イススペースを新設するともに、各車共通事項として室内のドア開閉ボタン、ドア開閉時に鳴動するチャイムを新設し、ブラインドを新しく交換。客室内暖房容量を強化するとともにドア用レールヒーターを新たに取り付けています。
日光線用の205系は4連4本が登場予定となっており、今後、宇都宮線(東北本線)用の205系も登場が予定されています。
※セラジェットは株式会社 テスの商標です。


取材協力:JR東日本大宮支社

205_600_movie_capture.JPG
▲上のキャプチャー画面をクリックすると「今日の一枚 The Movie」上の動画がご覧になれます。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

130115n003n.jpg
▲京阪特急の象徴ハトマークを掲げた8081。正面に掲げられた旧番号3006が泣かせる。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

長年にわたって京阪特急の顔として活躍してきた旧3000系(8000系8030番代)特急車のうち、最後の1編成がついに3月末をもって完全引退します。

130115n002.jpg
▲「クラシックスタイル」として往年の3000系特急車にできる限り近づけられたラストラン編成。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

130115n001.jpg
▲ダブルデッカー車の8831。本車は中間車3608を寝屋川工場で改造した車輌。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

旧3000系(8000系8030番代)については本誌年末発売号誌上で詳細にお伝えしておりますが、最後に残されたのは、←出町柳方8531(旧3505)+8131(旧3105)+8231(旧3205)+8831(旧3805)+8781(旧3755)+8681(旧3655)+8181(旧3155)+8081(旧3055)淀屋橋方→の編成。昨年9月に「クラシックスタイル」として往年のデザインに戻され、前面の番号については8531が3505、8081が3006と、番号を示す切り抜き文字が取り付けられるという拘りようです。

130115n007.jpg130115n008.jpg
▲淀屋橋方先頭車8081の車内(左)。中吊り広告も吊手もないため実にすっきりとしている。右はダブルデッカー2階席から見下ろした出入台付近。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

発表によれば、旧3000系特急車が通常運用に就くのは3月10日(日)まで。3月23日(土)、24日(日)、30日(土)、31日(日)に臨時列車として特別運転を行なって完全引退となります。一般運用の詳しい運転時刻については、2月分は1月下旬に、3月分は2月下旬に、特設サイトで案内されますが、この特設サイトはまさに痒いところに手の届く充実ぶりで、旧3000系特急車がいま、どこを走っているかがリアルタイムでわかる「いまどこ旧3000系特急車」など、まさに必見の内容満載です。
特設サイト http://www.keihan.co.jp/3000/ →こちら

130115n004.jpg
▲ダブルデッカー車の1階席。腰掛は2+1の3列配置。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

130115n006.jpg
▲ダブルデッカー車の2階席。座席の向きは固定式。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

130115n005.jpg
▲出入台からダブルデッカーの客室方向を見る。'12.11.28 寝屋川車両工場 P:RM(新井 正)
クリックするとポップアップします。

3月23日(土)、24日(日)、30日(土)、31日(日)のファイナルトレインは、臨時快速特急として中之島―出町柳(三条)間で運転(詳しい運転時刻などは後日、特設サイトで案内)。また同車の引退を記念して、富山地方鉄道、大井川鐵道と3社共同で「京阪電車旧3000系特急車引退記念 京阪電車・富山地鉄・大井川鐵道1日フリー乗車券セット」が発売されるほか、3社で発売する「1日フリー乗車券セット」または京阪電気鉄道のみで単品発売する「さようならテレビカー ありがとう旧3000系特急車 京阪線1日乗車券」を購入した方を対象とした「旧3000系特急車 想い出の停車駅めぐり シール&スタンプラリー」も行われます。

取材協力:京阪電気鉄道株式会社

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

130107n004n.jpg
▲Kunzak Lomyに到着するNova Bystrice 線のミキスト253列車。この駅の北東には大きなスクラップ工場があり、ロールボックで標準軌貨車も入ってくる。'12.9.18 Kunzak Lomy   ※このシーンは「今日の一枚 The Movie」(下記)でご覧になれます。
クリックするとポップアップします。

JHMDの2路線のうちObratanへ向かう路線は運転本数も多く、全線を走破する列車が平日10往復、さらに区間運転が3往復あり、ナローゲージ路線の列車密度としては、全線が健在だった頃の頸城鉄道並みと言えましょう。

130107n016.jpg
▲Kunzak Lomyを発車してゆくJindrichuv Hradec行き253列車。'12.9.18 Kunzak Lomy
クリックするとポップアップします。

130107n018.jpgもうひとつのNova Bystriceへの路線はObratan線と比べると閑散線区で、レギュラートレインは一日6往復のミキストのみ。しかも冬期間(11月初めから4月末日まで)はわずか2往復に減ってしまいます。全線33㎞、所要一時間ほどながら、数々の湖沼と森を抜けて走るシーニックな路線で、6月~8月は車内で"refreshment"(恐らく飲料とお菓子程度?)の販売もあるそうです。なお、Jindrichuv Hradec起点18.1㎞に位置するKunzak Lomyまではロールボック方式による標準軌貨車の乗り入れが行なわれているとのことですが、残念ながら今回その姿を目にすることはできませんでした。
▲夏場は一日2往復の蒸気列車が設定されており、構内には給水設備とアッシュピットが備えられている。'12.9.18 Kunzak Lomy
クリックするとポップアップします。

130107n008.jpg
▲鬱蒼とした森を抜けて交換駅Chvalkovに到着するJindrichuv Hradec行き211列車。列車を待っていたのは二人だけ...。'12.9.18 Chvalkov   ※このシーンは「今日の一枚 The Movie」(下記)でご覧になれます。
クリックするとポップアップします。

ところでJHMDでは3輌の蒸気機関車(U37.002、U46.001、U47.001)を動態保存しており、サマーシーズンには蒸機牽引によるスペシャルトレインを運行しています。ことにNova Bystrice線では7・8月の全日2往復の蒸気列車が設定されており、結構な人気を博しているようです。こちらも今回見ることはできませんでしたが、ブッフェカーも連結されているそうで、再訪の機会があればぜひ見てみたいものです。

130107n007.jpg
▲ボヘミアの森に今日も現役ナローのジョイント音が響く。'12.9.18 Kunzak Lomy-Strizovice
クリックするとポップアップします。

訪問から4か月...ボヘミアの森も深い雪に閉ざされているに違いありません。ひょっとすると現地で目にした写真にあった鉄仮面のような巨大なスノープラウを付けたT47.0形が、今この瞬間もあの760㎜ゲージの軌道上で奮闘しているのかも知れません。

(完)

Kunzak_Lomy_capture.jpg
Chvalkov_capture.jpg
▲上のキャプチャー画面をクリックすると「今日の一枚 The Movie」上の動画がご覧になれます。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

130107n033.jpg
▲Jindrichuv Hradec起点10.4㎞の小駅Nekrasinを通過するObratan行き206列車。760㎜ナローとは思えないスピードだ。ちなみに、このような停留場では明確な"ハンドシグナル"を出さない限り列車は通過してしまう。'12.9.18 Nekrasin   ※このシーンは「今日の一枚 The Movie」(下記)でご覧になれます。
クリックするとポップアップします。

JHMDには2線79㎞に合計29駅が存在しますが、交換可能駅を含めてそのうちの23駅は無人駅。なおかつその大半はいわゆる停留場で、ホームらしいホームもなければ、小さな待合室があるだけといった極めて簡単なものです。

130107n035.jpgこのような停留場の場合、待合室の時刻表に着発時刻が掲出されてはいるものの、通過が基本で、乗車する場合は"clear handsignal"で意思表示をせねばなりません。つまりタクシーなみに手を上げて乗車したい旨を運転士にアピールせねばならないわけで、このシステムを知らないと、せっかく駅で待っていたのに素通り...という悲惨なことにもなりかねないのです。

→ Nekrasin駅待合室に掲出されている時刻表。'12.9.18 Nekrasin
クリックするとポップアップします。

130107n034.jpg
▲これがNekrasin駅の待合室室内。旧共産圏らしく何とも無味乾燥な室内だが、逆に"西側"先進国では当たり前ともいえる落書きの類はどの駅にも見当たらなかった。'12.9.18 Nekrasin
クリックするとポップアップします。

JHMDの路線のほとんどは主要道から離れた小さな村々を結んでおり、駅間には人家のない森林や草原がただひたすら続いています。ささやかな停留場の周辺には数軒の農家が点在し、逆に言えばその数軒のためだけに停留場が存在しているような状況です。取り付け道路もそこで途切れてしまっていることが多く、その様はかつての北海道の簡易軌道を思い起こさせます。

130107n001.jpg
▲ボヘミアの草原を走るObratan行き208列車。この付近は最大20‰のアップダウンが続くが、全線にわたって峠越えといった箇所はなく、最急勾配も26‰となっている。'12.9.18 Lovetin obec‐Nekrasin
クリックするとポップアップします。

踏切も大半が日本で言うところの第4種踏切、つまり遮断竿も警報機もないもので、草原地帯はともかく、鬱蒼としたボヘミアの森の中の踏切ではほとんど見通しも効きません。T47.0形はタイフォンを鳴らし続けながらその中を走りますが、踏切でいちいち徐行することもなく、傍目で見ていて恐ろしくなるような状況です。

130107n013.jpg
▲Chvalkovで交換するJindrichuv Hradec行き211列車(手前左)とObratan行き212列車(奥)。午後の定期列車3本がこの駅で交換する。'12.9.18 Chvalkov
クリックするとポップアップします。

果たしてそれが災いしているのかどうかはわかりませんが、JHMDの機関車のロスターを見ると、1990年以降でも3輌のT47.0形が"crash"して廃車となっているのには驚きを禁じ得ません。

Jindrichuv_Hradec_capture002.jpg
▲上のキャプチャー画面をクリックすると「今日の一枚 The Movie」上の動画がご覧になれます。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

130108n005.jpg
▲Jindrichuv Hradecで発車を待つT47.018。本機はエンジン換装機で、真紅の車体に白いラインが映え、数ある僚機の中でもひときわ目を引く1輌。この日はObratan線で運用に就いていた。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130108n003.jpgJHMDで本線牽引用として運用に就いているのはT47-0形と称する箱型のディーゼル・エレクトリック機です。1954(昭和29)年から1959(昭和34)年にかけてやはりプラハのČKD(Českomoravská Kolben-Daněk)社で製造された車輌で、ベースとなったのは旧ソ連の750㎜ゲージ用汎用機TU-3形とのこと。その面相は中国鉄路局の東風1形などにも一脈通じる"カエル顔"で、共産圏ではこのようなデザインが好まれたのでしょうか...。
▲T47.018のエンドビーム周りを見る。車体前面と一体化したスノープラウは厳しい冬を乗り切るための必需品。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n024.jpg130108n004.jpg
▲T47.018のナンバープレート(左)と製造銘板(右)。本機は1958(昭和33)年ČKD製で、同じように見えるT47.0形の中でもセカンド・プロダクションと称する世代のもの。ナンバープレートの下に標記されている705 918-1はチェックディジットを含む新形式番号。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

軸配置はB-B、12気筒ディーゼルエンジンによって直流発電機で発電、257kWの出力を得るディーゼル・エレクトリック機です。製造年次によってふたつに区分され、初期車は最高運転速度40㎞/h、後期車は50㎞/hだそうです。全長はともに12,690㎜ながら、運転整備重量は前者が30.5t、後者が32t。現在は005、006、007、011、015、018、019、020、021の合計9輌が在籍し、005および006の2輌のみが初期車に分類されています。

130107n017.jpg
▲かなりくたびれているのはNova Bystrice線に充当されていたT47.021(1958年製)。塗色もどことなく野暮ったい。本機はスロバキアのRužomberok線から1974年に転籍してきたグループに属する。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

この中で015および018の2輌は大規模な更新改造を施されており、エンジンも6気筒242kWのものに変更、発電機も交流発電機に換装されています。また、007、018、019、020、021の5輌はスロバキアのRužomberok(ルジョムベロク)から転籍してきた車輌です。ちなみにRužomberokとKorytnica間を結んでいたナロー路線は1974(昭和49)年9月に廃止されています。

130107n015.jpg
▲JHMD生え抜きのT47.005。1954(昭和29)年製の本機がJHMDの現役DLの中では最古参。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130108n001.jpg130108n002.jpg
▲T47.005のナンバープレート(左)と製造銘板(右)。車体裾には重量(32t)、全長(12.69m)、燃料漕容量(470ℓ)などが標記されている。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

なお、形式名のT47-0(TU47-0)のTはディーゼル機関車(Uはナローゲージ)、4は動軸数、7は動軸重(概算)、0は形式順...以下3桁が機番となっています。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

130107n006.jpg
▲Jindrichuv Hradec駅ホームでObratan行きにバギーを積み込む若夫婦。ご覧のように車端の客室扉は開き戸となっている。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

JHMDの2路線のジャンクションであるJindrichuv Hradec(インドルジフーフフラデツ)には工場と車輌基地があると聞いていましたが、実際に訪ねてみると想像とはかなり違い、近代的な矩形庫と側線に運用から外れた車輌が留置してある程度で何とも閑散としたものでした。

130107n020.jpg
▲Jindrichuv Hradec構内の全景。JHMDのロゴが入った建物が本社兼運転司令室で、シャッターの降りた工場兼機関庫には保存蒸機U37形などが収納されているはず。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n022.jpg入手できたロスターによれば、現在の在籍DLは11輌。動態保存中の蒸気機関車を含めればかなりの輌数の動力車を擁していることになりますが、見渡せど構内は閑散としたまま。視界に入るのは休車を含むDL4輌と客貨車数輌だけで、ダイヤからみて運用中の機関車が3輌出払っているとはいえ、いったいほかの機関車はどこにいるのでしょうか。近年建てられたと思われる矩形庫の中に蒸気機関車とともに格納されているのかもしれませんが、その扉も固く閉ざされたままで中の様子を伺い知ることもできませんでした。
▲まとまったプロポーションを見せる有蓋貨車。古めかしい姿ながら、足回りに目を転じるとリンク式となっている。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n023.jpg
▲構内に並べられた運用離脱車たち。エンドキャブの青いDLは唯一のT48形。一番手前にロールボック用ブレーキバンD/u形が見える。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n019.jpg
▲ロールボック用ブレーキバンD/u形。原設計はインド-中国のメーターゲージ用に開発されたものという。Dは緩急車、uはマルチパーパスを示す。標準軌貨車に対応して連結器とバッファー位置が異様に高いのがわかる。1963年製。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

チケットはチェコ鉄道(CD)の駅本屋内にあるJHMDのオフィスで購入するかたちですが、英語がほとんど通じないこともあって、係員とのコミュニケーションには四苦八苦。それよりも印象に残ったのはまるで20年前の中国鉄路局の窓口のような対応で、どうやら "東側"の名残はまだまだこんなところにも残っているようです。

130107n026.jpg
▲標準化された客車Balm/u形。形式名のBは2等客車、aは4軸、lは軽量、mはレイルカートレーラー、を示す。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n012.jpg130107n011.jpg
▲朝顔連結器かと思いきや、片側車端にはセミ・オートマチックというカプラーが付く(左)。ボスニアン(ボヘミアンではない)・カプラーと称されるようだが、果たしてどんな構造になっているのだろうか...。右はその台車。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n010.jpgJHMDの車輌はDLや客車などほとんどがチェコ有数の機械メーカーであるČKD(Českomoravská Kolben-Daněk)社によるもので、プラハに本拠を置く同社工場からは東欧におびただしい数の各種車輌が送り出されています。主力の2等客車Balm/u形も1966(昭和41)年にこのČKDで生み出されたもので、トラムのトレーラーをベースに開発されたとされます。車体の前後を絞った独特のデザインなど、たしかに路面電車のトレーラーとそっくりですが、側扉は開き戸となっており、これはかなり使い勝手が悪そうに見受けられました。ちなみにČKDは路面電車メーカーとして知られるタトラ社を吸収してさらに肥大化しましたが、民営化後は行き詰まり、1998年に経営破綻してしまっています。
▲1966年から量産されたBalm/u形は地元プラハのČKD製。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n028.jpg
▲客車側面に掲げられたサボ。JHMDと記されたボードは半固定で、その中央にあるポケットに行先板を差し込む。これはObratan行き。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

130107n032.jpg
▲チェコ中西部のいわゆるボヘミア地方には鬱蒼とした森と草原がとめどなく広がる。雄大なS字カーブを1954(昭和29)年製というT47-005に牽かれたJindrichuv Hradec行きが走り抜けてゆく。'12.9.18   ※このシーンは「今日の一枚 The Movie」(下記)でご覧になれます。
クリックするとポップアップします。

あらためまして、明けましておめでとうございます。
さて、年のはじめは昨年秋に訪れたチェコ最後の現役ナローのお話からはじめることにいたしましょう。といっても腰を据えて調べたわけではなく、あくまで垣間見た程度ですのでその点はあらかじめご容赦いただければと思います。

czmapn1.jpg
▲Jindrichuv Hradec地方鉄道(JHMD)の位置。首都プラハから南へ150㎞ほどで、ほとんどオーストリア国境に近い。もうひとつの760㎜ゲージ路線Tremesna - Osoblaha線(右上の赤いライン)はポーランド国境にほど近く、足の便は極めて悪い。
クリックするとポップアップします。

個人的にはどうしても"養殖もの"より"天然もの"を志向してしまうのですが、インダストリアルサイトを含め、ここ数年の"天然もの"ナローの激減ぶりは驚くばかりで、これまでに小ブログでご紹介した現役ナローもその多くが過去帳入りしてしまいました。ヨーロッパも例外ではなく、保存鉄道以外の実用鉄道として稼働しているナローは指折り数えるほどになってしまっていました。そんななか、チェコ国内には2か所3路線の760㎜ゲージナローが今なお現役として活躍を続けています。今回ご紹介するJindrichuv Hradec(インドルジフーフフラデツ)地方鉄道=JHMDの2路線と、ポーランド国境に位置するTremesna -Osoblaha線で、ともにかつてはチェコスロバキア国鉄の路線でしたが、前者は民営化され、後者はチェコ国鉄を引き継いだチェコ鉄道(CD)のいち路線として存命しています。

130107n025.jpg
▲Jindrichuv Hradec駅全景。といってもこちらはチェコ鉄道(CD)の標準軌構内で、駅舎のみ共用となっている。ナロー路線のホームは画面左奥に位置する。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

Jindrichuv Hradec地方鉄道(以下、JHMD)はその中心であるJindrichuv Hradec(インドルジフーフフラデツ)から南へ33㎞のNova Bystrice(ノヴァー ビストジツェ)への路線(1897年開業)と、北へ46㎞のObratan(オブラタニ)への路線(1906年開業)を擁し、全列車機関車牽引で客貨輸送を行っています。国鉄(チェコ鉄道)線からの貨車もロールボック(ロールワーゲン)方式で一部区間に直通しており、Nova Bystrice線ではミキストも見られるなど、まだまだ実用ナローとしての本来の姿を多少なりとも留めています。

130107n021.jpg
▲まるでバス停のようなJindrichuv Hradec駅ホーム。駐車場の端に間借りしている感じだが、発車時刻が迫るとどこからか乗客が集まってくる。左側が国鉄駅構内。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n003.jpgまずは本社や機関区のあるJindrichuv Hradec(インドルジフーフフラデツ)へ。チェコ鉄道(CD)のJindrichuv Hradec駅は町はずれにあり、とてもボヘミア地方の主要駅とは思えないほど小さな本屋建屋でした。さらに、駅そのものは共用となっているものの、JHMDの発着ホームは駐車場の奥に広がるヤードの片隅といった感じで、はたして本当に運行しているのか不安になってしまうほどの閑散ぶりです。それでも発車時刻近くになるとどこからともなく乗客が集まりはじめ、それなりの賑わいに...。買い物帰りと思しき老婆や、バギーを積み込む若夫婦など、この路線が今なお生活の中に生き続けていることをあらためて実感させてくれます。
▲それでも発車案内表示は何とLED。発車待ちをしているのは11時20分発のObratan行き208列車。表示によれば、このホームから出るのは次発が12時44分Obratan行き、その後が14時28分発Nova Bystrice行きとなる。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

130107n002.jpg
▲トラムに範をとったという主力客車Balm/u形の車内。外観の割に車内は更新されており、いたって綺麗。車端には電光表示板も備わっている。なお、列車によっては自転車の積み込みも可。'12.9.18
クリックするとポップアップします。

残念なのは旧共産圏特有の車輌の画一性で、ここJHMDでも通常運用に就いているのはT47.0形と呼ばれる箱型のディーゼル・エレクトリック機と、トラム用車輌をベースに誕生したという客車Balm/u形。ただ、なぜか主力T47.0形の塗色がことごとく異なるのがせめてもの救いでしょうか...。

Jindrichuv_Hradec_capture001.jpg
▲上のキャプチャー画面をクリックすると「今日の一枚 The Movie」上の動画がご覧になれます。

121227n008.jpg

RML161bnn.jpg

!cid_271529D6-6D7D-48D7-8618-487FCE089A31.jpg

121231n002n.jpg

明けましておめでとうございます。

本年も皆さんにとって、そして鉄道趣味にとって実り多い一年となることを祈念いたしまして、年頭のご挨拶とさせていただきます。

なお小ブログは7日(月曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか本年も、本誌ともどもかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。

2013年元旦

編集局長:名取紀之 敬白

レイル・マガジン

2013年1月   

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
「編集長敬白」が携帯電話でもご覧になれます。下記アドレスもしくはQRコードを読み取ってアクセスしてください。
http://rail.hobidas.com/blog/
natori/m/

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2016 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.