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星 晃さんの訃報に接して...。

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▲臨時車両設計事務所で旅客車担当次長として活躍されていたころの星 晃さん。この机と書棚から数多くの名車が誕生していった。1963(昭和38)年頃。 (本誌最新号「国鉄車輌誕生秘話<星さんのアルバムから>」より)

国鉄副技師長をお務めになり、0系新幹線をはじめとする国鉄黄金期の数多くの車輌設計の中枢を担ってこられた星 晃さんが、去る12月8日(土)16時05分、心不全のため横浜市のご自宅でお亡くなりになられました。折しも本日発売の本誌2月号(№353)で2年間にわたった連載「国鉄車輌誕生秘話<星さんのアルバムから>」が最終回を迎えたところで、訃報を耳にした時は言葉を失いました。

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121221n202n.jpg星さんは1918(大正7)年12月13日に富山県にお生まれになられ、東京帝国大学(現東京大学)第一工学部機械工学科を卒業後、1942(昭和17)年9月に鉄道省に入省、以後一貫して車輌設計の道を歩んでこられました。1959(昭和34)年には臨時車両設計事務所次長に就かれ、国鉄在職中には、湘南電車、スハ43形、ナハネ10形、こだま型、東海型、20系客車、キハ82形、581系、301系、そして新幹線0系と、私たちの胸をときめかせてくれた数々の名車輌を生み出してこられました。あの"ヨン・サン・トオ"改正を前にした1967(昭和42)年にはついに副技師長に就任され、まさに国鉄車輌の黄金時代を築かれたのです。
▲鉄道博物館で開催された特別企画展「電車特急50年」をご覧になられた際のポートレート。こだま型特急電車も20系客車も星さんが手掛けられた"作品"にほかならない。なお、この企画展示は星さんの全面的な協力のもとに開催されたもの。'08.12.19

国鉄退職後は、川崎重工業株式会社常務取締役などを歴任、1971(昭和46)年には紫綬褒章、1989(平成元)年には勲三等瑞宝章を受章されています。また、鉄道友の会副会長もお務めになり、鉄道趣味の世界にも深い理解を示されました。

121221n301.jpgかく言う私も何かとご親切にしていただき、RMライブラリーの100巻記念の際は、是非にとお願いして400カットにもおよぶ貴重なカラーポジをお貸しいただき、『国鉄車輌誕生 ―車輌開発の黄金時代―』(上下巻→こちら)を発行させていただきました。仲介の労をとっていただいた岡田誠一さんとともに、本の完成をたいへん喜んでいただいたのを昨日のことのように思い出します。

121221n201n.jpgちなみに、かつて弊社本社が世田谷区弦巻にあった時代、その頃の星さんのお宅は歩いて5分ほどにあり、不躾にもお邪魔してお話しをうかがったことも一再ではありませんでした。広田尚敬さんとご一緒した際の記録は「星さんの写真とカメラ」として『鉄道写真2003』に収録させていただきましたが、「趣味人ではなく、趣味を理解する鉄道の本職」であったと自らおっしゃる星さんにして、やはり趣味人としての一面が感じられた実に楽しいインタビューでした。
▲星さんを囲んで...。右は「最盛期の国鉄車輌」で健筆をふるわれている浅原信彦さん、左は私。'08.12.19

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▲世田谷にあった旧宅で1953(昭和28)年に約1年間ヨーロッパの鉄道の視察をされた際のポジフィルムをご覧になる星さん。P:広田尚敬

冒頭でも触れた本誌の連載「国鉄車輌誕生秘話<星さんのアルバムから>」は、11月発売の第20回までは校正をお見せすることができましたが、最終回は校正をお目にかけることも、もちろん完成した本をお目にかけることも敵いませんでした。すでにご葬儀は近親の皆さんによって密葬として執り行われ、後日「お別れの会」が行われるそうです。
まだまだお聞きしたいこと、お叱りいただきたいことは山ほどあったと思うと、何とも残念でありません。
享年93歳。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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