鉄道ホビダス

土佐電伊野界隈。(下)

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▲咥内坂を宇治団地前へと下ってゆく伊野行き628号。ここ咥内坂周辺は路面電車というより地方電車の風情が漂う。'07.7.21 咥内−宇治団地前
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宮の奥電停を過ぎた伊野行きは咥内坂と呼ばれる峠を越えます。今では何のことはないアップダウンに見えますが、明治期にはたいへんな難所で、伊野方面から高知港に向かう馬車はこの咥内坂でたいへんな苦労を強いられてきたそうです。土佐電気鉄道が伊野線建設を計画したのも、この咥内坂を近代動力によって克服し、伊野で出荷される名産の和紙を中心とした貨物輸送を近代化するのが大きな目的でした。

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▲終点の伊野駅全景を軌道端側から見る。画面右奥方向に土讃線の伊野駅がある。'07.7.21 伊野
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建設にあたって咥内坂には隧道が掘られ、伊野線は1908(明治41)年2月に全通します。この隧道、国道(旧道)を潜る短いものだったそうですが、1960(昭和35)年に路線変更されて現在では見ることができません。

120701n003.jpg終点の伊野駅は伊野町中心部の東端、JR土讃線の伊野駅から300mほどに位置します。仁淀川左岸の町・伊野は土佐和紙発祥の地であり、明治期にはその生産量が飛躍的に増大して大きな賑わいを見せたそうです。伊野駅駅舎は待合室を備えた二階建てのなかなか立派なもので、かつては駐泊用の施設ともなっていたようです。ただ、数年前にこの駅本屋は建て替えられてしまい、現在ではここにお目に掛ける姿を見ることはできません。
▲伊野駅の待合室兼詰所。伊野線の歴史を感じさせる好ましいストラクチャーだったが、近年建て替えられてしまった。'07.7.21 伊野
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▲伊野駅前方から終端部全景を見る。伊野線の線路は引止鉄塔にぶつかるように、あっけないほどプツンと途切れて終わっている。'07.7.21 伊野
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▲伊野駅に到着しようとする601号。伊野の町は土佐和紙発祥の町としても知られ、700mほど先の仁淀川河畔には「紙の博物館」もある。'07.7.21 伊野
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この伊野駅で忘れられないのが駅手前で北側に分岐する側線の存在です。かつてはここ伊野駅で駐泊する運用も組まれており、この側線はその頃の名残でもあります。こちらも数年前に分岐部が撤去されてしまい、現在では"トワイライトゾ~ン"として痕跡を留めるのみとなってしまっています。

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▲伊野駅構内から北側へと分岐するのはかつての伊野車庫への側線。この時点ですでに使用されておらず、現在では分岐器も撤去されてしまっていると聞く。'07.7.21 伊野
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▲側線の奥を見る。簡易舗装が施されており、1本だけ線路が残されているが、かつては4線を擁する伊野車庫であった。'07.7.21 伊野
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土佐電気鉄道はこの伊野線、後免線、駅前線、桟橋線を含めて計25.3㎞。通票閉塞区間を含む伊野線の単線区間や、軌道線としては全国2か所となってしまった平面クロス(編集長敬白アーカイブ「伊予鉄・大手町の平面交差」参照→こちら)のひとつであるはりまや橋、さらにはドイツ、ポルトガル、ノルウェー、オーストリアといったヨーロッパ各国からやってきたバラエティー豊かな車輌の数々など、その魅力は尽きません。個人的にもしばらくご無沙汰してしまっているだけに、そろそろ再訪を考えなければと思い始めています。

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