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西武鉄道100年 E12修復完成記念披露会。(中)

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▲旧保谷車両管理所の一般公開は今回が初めてとあって大賑わい。長年にわたって非公開だったE12もこの日は主役として脚光を浴びていた。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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今回修復されたE12は、武蔵野鉄道が池袋~所沢間を電化する際、1923(大正12)年に米国ウェスチングハウスより新製輸入した3輌のうちの1輌で、戦前はデキカ10形を名乗っていました。形式名の「デキカ」はもちろん電気機関車の略。自重33t、単純計算での軸重8.25t、定格引張力4,354㎏のD型機は、それまでの主力であった独国ヘンシェル製22tCタンク機関車から比べれば格段に高性能でした。

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▲鈑金修復のうえ再塗装を施された車体はまるで新製車輌のように美しく輝いていた。'12.5.13 P:伊藤真悟 
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しかしわずか4年後の1927(昭和2)年には出力で2割増しの新鋭・川造製デキカ20形2輌が竣功し、早くもデキカ10形は旗艦としての座を譲ることになってしまいます。戦後は新・西武鉄道発足に伴って「デキカ」の形式名が取れて単に11形(11~13)となり、1961(昭和36)年からは形式名に"E"を冠してE11形を名乗ることになります。この形式名変更とあい前後して13は弘南鉄道に譲渡され、同社のED33形ED333となっています。同機は現在でもキ104と組んで除雪列車に活躍するなど、多くのファンの注目を集めているのはご承知のとおりです。

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▲米寿を過ぎながらも矍鑠とした面構え。僚機E13は弘南鉄道に譲渡され、同社のED33形ED333として"今なお現役"で頑張っている。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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続いてE11も1969(昭和44)年に越後交通に譲渡され、E12だけが西武に残されることとなりましたが、時はあたかも西武秩父線開業。私鉄最大の電機E851形も戦力に加わり、結局E12は1973(昭和48)年9月に廃車されてしまいます。しかし、幸いなことに解体されることなく、1975(昭和50)年に修復のうえ武蔵野鉄道時代の茶色塗装に戻されて保谷養成所に教材として保存されました(茶色塗装に復元された保存開始当初の状況はアーカイブ「武蔵野のデキカ」参照→こちら)。

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▲乗務員扉のHゴム化された窓などは1975(昭和50)年に養成所の教材として修復保存された際に改造されたもの。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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その後しばらくは茶色塗装での保存が続きましたが、のちに保谷車両管理所側に移設、この際に再びローズレッドに再塗装されたようです。ちなみにE11形の塗色は昭和30年代には水色だったこともあり、写真を見比べてみると車体塗色によりかなり印象が変わることがわかります。
保存先の保谷車両管理所は2000(平成12)年に武蔵丘車両基地にその任を譲って閉鎖され、E12と同じく保谷車両管理所に保存してあった5号蒸気機関車(1896年英国ナスミスウィルソン製)の2輌が跡地に取り残されるかたちとなってしまいました。以後十年あまり、E12は一度も公開されることなく眠り続けていたことになります。
今日はかれこれ31年前、現地に移設された当時の状況を他の保存車輌とともにお目にかけましょう。

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▲保谷養成所から保谷車両管理所に移設された当初のE12。車体塗色は茶色からローズレッドに塗り替えられたものの、社紋は武蔵野鉄道の標記となっていた。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲この時点では英国ナスミスウィルソン製の5号蒸機を先頭にして4輌の保存機が1線上に並んでいた。なお、5号蒸機は多摩川線で1957(昭和32)年まで使用されたのち上武鉄道に貸し出された(RMライブラリー『日本ニッケル鉄道』参照→こちら)のち、1965(昭和40)年に廃車となっている。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲E12のうしろには1967(昭和42)年に山形交通高畠線から引き取られてきたハフ1も保存されていた。さらにその後ろにはハフ2の足回りも保存されていたが、残念ながらこの2輌については現存しない。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲松葉スポークの車輪を履くハフ2の軸箱には「甲武鉄道工場製造」の陽刻がくっきりと残っていた。本車は書類上は1922年日本車輌東京支店製とされているが、甲武鉄道の国有化は1906(明治39)年。果たしてその真相は...。'81.11.15 P:名取紀之 
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