南海汐見橋支線を歩く。(中)
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▲汐見橋駅を出た岸里玉出行き2230系2連。背後は阪神高速15号堺線。戦前からのもの思われる架線柱に注目。'12.4.20
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高野線の起点・汐見橋駅を出た列車は新なにわ筋上を走る阪神高速15号堺線に寄り添うように南下してゆきます。ちなみに汐見橋支線は南海本線と合流する岸里玉出駅構内で単線となるものの、あとは全線が複線となっており、線内に封じ込められるかたちとなる1列車は複線の上下線を律儀に使い分けて運転されています。
▲クハ2282の車体裾に取り付けられた大阪 東急車輌昭和45年の製造銘板。ちなみに、梅鉢→帝国車輌以来の歴史を誇った東急車輌大阪製作所はこの翌年(1971年/昭和46)年に車輌製造を終えている。'12.4.20
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▲汐見橋から次の芦原町へと向かう車内より。埋め立てられた河川部分には今もってガーダー橋が残る。遠方に見える高架はJR大阪環状線。'12.4.20
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▲JR大阪環状線とのクロス部。由緒ある高架橋かと周囲を探してみると...。'12.4.20
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汐見橋駅から500mほどでJR大阪環状線のガードを潜りますが、このガードをよく観察してみると、「高野電気鉄道陸橋」の銘板が取り付けられているのがわかります。銘板によると竣工は「昭和3年12月」。これは大阪環状線当該区間の前身である関西本線貨物支線の今宮~大阪港間の開業時期と重なり、国鉄(鉄道省)が取り付けたものと考えられます。ただ、この時点での汐見橋支線は「南海鉄道」であり、「高野電気鉄道」に帰属してはいません。遡っても同区間は「大阪高野鉄道」→「高野登山鉄道」であり、さらに言えば「高野山電気鉄道」(高野下~極楽橋)はあっても、「高野電気鉄道」なる鉄道事業者は存在したことがなく、果たしてこの銘板がなぜ「高野電気鉄道陸橋」となってしまったのか興味をそそります。
▲何と「高野電気鉄道陸橋 昭和3年12月」の銘板を発見。'12.4.20
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▲芦原町は対向ホームの無人駅。上下線ホームは構内踏切で結ばれている。'12.4.20
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▲芦原町駅本屋。もちろんここも自動改札となっている。JR大阪環状線の芦原橋駅とは200mほどしか離れていない。'12.4.20
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大阪環状線を潜った汐見橋支線はほどなく芦原町駅へ。JR芦原橋駅とは目と鼻の先ながら周辺に人通りはなく、対向式ホームを持つ駅構内もひっそりと静まり返っていました。ちなみに30分ヘッドの運転というのは撮影をしながら利用するのには何かと中途半端で、結局、汐見橋駅とここ芦原町駅の間を歩いて往復してしまい、さらにこのあと木津川駅から岸里玉出駅まで歩くことになってしまうため、結果としてほぼ全線を歩いてしまったことになります。
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▲駅前が未舗装の木津川駅。平屋ながら半円形に大きくラウンドしたエントランスを持つ駅舎は、かつてはさぞや賑わっていたに違いない。'12.4.20
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▲木津川駅はかつて貨物輸送の拠点であった。「連帯線貨物営業粁程表」(昭和5年版/『トワイライトゾ~ン・マニュアル14』所収)によれば、木津川駅の取扱は一般貨物、営業粁は天王寺起点6.2㎞、橋本起点43.6㎞、省社分界点よりの貨物営業粁は86.0㎞と記載されている。今もって広々とした構内には多くの貨物側線や貨物ホームが残されている。'12.4.20
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▲木津川駅を出る汐見橋行き。画面右奥には木津川が流れ、少し下流方には大阪市営の渡船(木津川渡船/無料)があるという。'12.4.20
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▲木津川駅ホーム上屋に用いられている1910(明治43)年カーネギー製の古レール(左)。路面の用地境界杭にはかつての南海マークが...(右)。'12.4.20
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▲木津川駅点描。クルマが通行できない踏切(左)やレバー式の転轍転換機(右)など、モデラーの琴線に触れる情景も数多く見ることができる。'12.4.20
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汐見橋からずっと東側に寄り添っていた阪神高速が離れると、列車は木津川駅の構内へと入って行きます。木津川駅はこの支線には似つかわしくない大きな構内を持ち、未だに側線や貨物ホームが残されています。この木津川駅、江戸時代より水運の要として機能してきた淀川水系の一級河川・木津川の左岸100mほどに位置し、木津川河岸駅と呼んでもよい利便性です。かつて、高野線九度山に拠を構えた高野山森林鉄道で搬出された木材は、貨物列車によってここ木津川駅へ運ばれ、駅前の土場で整理されたのち木津川の水運で下流の水中貯木場へと送られていったのです。








