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2012年4月 9日:記事一覧

2012年04月09日

荻原二郎さんの訃報に...。

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▲『鉄道写真2005』の取材で広田尚敬さんの撮影に応じられる荻原二郎さん。1933(昭和8)年築という世田谷の静かなお宅にて...。'05.6.2 P:名取紀之 
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一昨日、7日土曜日、出先で受けた髙井薫平さんからの携帯電話で、荻原二郎さんの訃報を知りました。数か月前から検査入院されておられるとは聞いていましたが、ご自宅におられる時よりむしろ体調は良くなられていると伺っていただけに残念でなりません。実は今日9日に見本誌が出来上がってくる新刊本でも荻原さんからお借りした写真を数多く使わせていただいており、お見せすることがかなわぬままとなってしまいました。

120409n002.jpg荻原二郎さんは1915(大正4)年5月29日のお生まれ。お父様のお仕事の関係で長野県や新潟県を転じたのち、1925(大正14)年に代々木上原に引っ越され、この頃を契機に鉄道への興味に目覚められます。時に小学4年生、ご自宅の近所では新宿~小田原間を結ぶべく小田原急行鉄道の建設工事がたけなわで、「小田急」の建設工事を実見されたことが鉄道趣味の原点となったと伺います。
▲RMライブラリー『昭和10年東京郊外電車ハイキング』は、「二・二六事件」前年の束の間の平穏な日々の中、東京近郊の電車・汽車を丹念に記録された不世出の記録。 

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▲『鉄道写真2005』では10ページにわたって荻原二郎さんの趣味への取り組みを広田尚敬さんが取材。 
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HB0S5683.jpg旧制府立六中(のちの都立新宿高校)に入学されてからは小田急線を利用した電車通学が始まり、電車ウォッチングが日々の楽しみになられたそうです。そして1931(昭和6)年春、進級祝いとしてコダックのベスト判カメラを買ってもらい、以後、鉄道撮影に熱中されるようになります。RMライブラリー『昭和10年東京郊外電車ハイキング』(上下巻)はそんな若き日の撮影記録をまとめられたもので、小田原急行、池上電鉄、帝都電鉄、東京高速鉄道といった戦前の東京近郊の鉄道の姿が活き活きと甦ります。書名の「ハイキング」はこの頃から "歩け歩け運動"を続けてこられた荻原さんの思いが反映したもので、90歳を超えても見事な健脚ぶりだったのも、この「ハイキング」時代の鍛錬の賜物だったのかも知れません。
▲荻原さんの弟さんは何と「ミランダカメラ」の創業者。唯一手元に残されたミランダを手に思い出を語られる。'05.6.2 P:広田尚敬(『鉄道写真2005』より) 
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▲90歳を超えても積極的に撮影を続けておられた。RMライブラリー『昭和10年東京郊外電車ハイキング』のプロデューサー役でもあった関田克孝さんと。'05.6.10 P:名取紀之 

その丹念な撮影とともにいつも驚かされたのが記録の細かさです。線区別に纏められた膨大な数のアルバムは、写真のみならず乗車券やチラシの類まできちんと年代順にまとめられ、誰が見ても瞬時に理解できる見事な編集となっています。現在お借りしているアルバムを拝見しても、つい数年前の記録まで追記されており、90歳を超えてもご自身のスタイルを崩すことなく趣味を続けておられたことが伺い知れます。

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▲荻原二郎さんの「電車ハイキング」はどこまでも...。'05.6.10 P:広田尚敬(『鉄道写真2005』より)

実に享年96歳。生涯現役を通された鉄道趣味人であり、私たち後に続く者にとってもまさに憧れ、理想の趣味人生であったと思います。
あらためて深くご冥福をお祈りいたします。