鉄道ホビダス

2012年4月アーカイブ

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▲0形第1編成。1000形はシルバーボディをベースにシンボルカラーのコバルトブルーとスカイブルーのラインカラーを巻いているが、0形は空をイメージしたブルーとブラックで構成されており、従来車とイメージを異にする。 '12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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千葉都市モノレールでは、1000形1次車の老朽化に伴う置き換えのために0形を新造・導入しました。この0形は、2006(平成18)年に設置された学識経験者などで構成する「千葉モノレール新型車両デザイン検討委員会」によりデザインの主要な方向性が4回に渡って審議されていた車輌で、デザインコンセプトは「空」となっており、愛称は「URBAN FLYER(アーバンフライヤー)」に決まりました。

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▲表示器類は1000形3次車以降で採用されたLED式を採用(左)。なお今回の0形は1次車置き換え用として製造されたことから、電気連結器は装備していない。0形は運転室床面中央にもガラスが設けられ、下を行くクルマなどの眺めを楽しむことができる(右)。'12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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シンボルマークは、空から星が降ってきて窮地を脱したという千葉氏の空の物語にちなんだ"月星紋"をアレンジしたもので、車輌各所に表記されています。

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▲客室内全景。セパレートタイプのハイバックシート。側扉付近の手すりもシンボルマークをイメージした曲線状となっている。'12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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▲連結面側を見る。左側の優先席部には荷棚が設けられ、貫通扉も大型ガラスを採用している。なお非常時以外は車輌間を移動することはできない。'12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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編成は2輌固定編成で、組成は上り方(千葉みなと)からMc1-Mc2。車号は第1編成は001-002、第2編成は003-004とされています。
外観は、空をイメージしたブルーを基調にブラックとのツートーン塗装となり、先頭部は斜めにカットしてウェッジラインとすることで空への上昇感をイメージしています。さらに車体側面と下面には飛行機雲をイメージした白いストライプが配されています。

chibamono_007n.jpg客室内は、前面扉や運転室仕切り扉、側扉、妻面部分のガラスエリアが広く取られて明るく開放的な空間となっているほか、運転室の床面中央部分にもガラスが設置されて客室内からも眺望を可能としています。腰掛はセパレートタイプ(座席幅470mm)のハイバックシートで、一般席と優先席とではモケットの色調パターンを逆転させて優先席を明確化しています。また先頭部の乗降扉脇には車椅子スペースを、各乗降扉上部には案内表示装置を設けバリアフリーにも対応しています。
▲車椅子スペースはMc1、Mc2とも先頭部の乗降扉脇に設置されている。'12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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▲マスコンハンドルは横軸のワンハンドル式(左)。運転台パネルには運転状況記録装置付きのモニターを設置。Mc2の第2台車(右/写真は第2編成)。1000形と同様だが、0形ではかご形三相誘導電動機を搭載している。またゴムタイヤ式のモノレールでは、正(+)パンタグラフと負(-)パンタグラフが必要で、Mc1には正(+)パンタグラフ、Mc2には負(-)パンタグラフが取り付けられている。台車手前のディスク上のものは駐車ブレーキのもの。'12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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また主回路制御装置はVVVFインバータ制御を、主電動機はかご形三相誘導電動機を採用しており、さらに定速運転機能を装備して運転操作性を向上しています。

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▲車体床下部にもシンボルマークと白のストライプを配している。'12.4.17 萩台車両基地 P:RM(伊藤真悟) 
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0形は現在2編成が投入され、乗務員訓練等を実施したうえで7月8日(日)より営業運転を開始する予定となっています。また今年中にもう1編成、来年にも1編成が投入される予定とのことです。

取材協力:千葉都市モノレール

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▲西天下茶屋駅を出る2282+2232の2連汐見橋行き。改札口に寄り添うように西天駅前商店街が続くが、この周辺は16年ほど前に放送されたNHKの朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」の舞台ともなった。'12.4.20 西天下茶屋 
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木津川駅を出た列車は大きく左にカーブを切りながら工場地帯の中を次の津守駅へと進んでゆきます。先述のように、沿線を撮影しながらの移動のためなかなか列車の時間と噛み合わず、結局、木津川駅からはずっと歩き通すこととなってしまいました。

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▲鰻の寝床のような奇妙な構造の津守駅。無人の本屋は汐見橋行きホームに接続しており、岸里玉出方面行きのホームへは構内踏切を渡る。'12.4.20 津守 
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▲かつての乗車口だろうか、ホームへの崩れかけた木製の階段が残されていた(左)。右は木津川-津守間で見かけた車道と歩道に別々の遮断竿がある踏切。'12.4.20 津守 
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津守駅は府立西成高校の前に位置する無人駅で、並行道路に貼りつくように建てられた駅本屋が印象的です。ここ津守はかつて内燃機関車メーカーでもあった高田機工の工場があった場所(津守町西六丁目)で、森製作所と国策合併後も陸軍運輸部の管理工場として上陸用舟艇をはじめ各種の産業用車輌がこの地から生み出されたのです(拙著『森製作所の機関車たち』参照)。

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▲大正モダンの香りを残す西天下茶屋駅の本屋。上下線それぞれに改札口とホームがあり、両者が連絡していないのも面白い。残念ながら当駅も無人。'12.4.20 西天下茶屋 
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▲岸里玉出方面ホームの西天下茶屋駅本屋内(左)と汐見橋方面改札から見た本屋(左)。駅開業は1915(大正4)年の大阪高野鉄道時代で、100年近い歴史を持つ。'12.4.20 西天下茶屋 
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津守駅を出て再び阪神高速15号堺線を潜った汐見橋支線は、住宅街の中を西天下茶屋駅へ。味わい深い商店街に囲まれた駅舎は、これまた実に雰囲気のあるレトロなもので、モデラーにとっても一見の価値はありそうです。

120424n003.jpg西天下茶屋から南海本線との接続駅である岸里玉出駅まではほぼ一直線。高架へ上ると列車は汐見橋支線専用の6番ホームに到着します。汐見橋駅からの所要時間はわずか9分ほど、4.6㎞の小旅行の終着です。
この岸里玉出駅は南海本線と高野線の接続部にあった岸ノ里駅と、そのわずかに和歌山市側にあった玉出駅を高架化の際に統合して誕生した駅で、同じ駅でありながら南海本線側と高野線側の駅が100m近く離れて連絡通路で結ばれているという珍しいレイアウトです。線路配置から汐見橋支線は本来の高野線とは分断されており、「高野線」の一部でありながら汐見橋支線の列車が高野線極楽橋(高野山)方面に直通することは物理的にできません。もっとも極楽橋(高野山)方面行きの高野線列車が難波駅発着となったのは昭和初期のことだそうで、線路配置の如何に関わらず、汐見橋からの直通列車は80年近くも前に途絶えてしまったことになります。
▲打って変わって岸里玉出駅は何とも今風の高架駅。南海本線側と高野線側が離れているため、一見すると隣接した二つの別駅に見える。'12.4.20 岸里玉出 
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▲岸里玉出駅の6番線が「汐見橋支線」の発着ホーム。単線行き止まりのホームで、発車した汐見橋行きは画面前方左へとカーブしつつ高架を降りて複線区間へと入る。中線と右側の線は南海上り本線で、支線分岐の前方、難波方に汐見橋支線と南海本線との渡り線が見える。ちなみに高野線は右奥へと分岐しており、この画面では見えない。'12.4.20 岸里玉出 
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仕事の打ち合わせを縫ってのわずか2時間ほどの慌ただしい訪問ではありましたが、大阪の中心部にこんな支線が残されていることにあらためて感動を覚えずにはいられませんでした。かねてより新大阪駅から難波・汐見橋へと南北に貫く「なにわ筋線」の構想が取り沙汰されていますが、はたしてこの汐見橋支線はこれからどんな変貌を遂げてゆくのか、その面でも注目されます。

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▲汐見橋駅を出た岸里玉出行き2230系2連。背後は阪神高速15号堺線。戦前からのもの思われる架線柱に注目。'12.4.20 
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120424n022.jpg高野線の起点・汐見橋駅を出た列車は新なにわ筋上を走る阪神高速15号堺線に寄り添うように南下してゆきます。ちなみに汐見橋支線は南海本線と合流する岸里玉出駅構内で単線となるものの、あとは全線が複線となっており、線内に封じ込められるかたちとなる1列車は複線の上下線を律儀に使い分けて運転されています。
▲クハ2282の車体裾に取り付けられた大阪 東急車輌昭和45年の製造銘板。ちなみに、梅鉢→帝国車輌以来の歴史を誇った東急車輌大阪製作所はこの翌年(1971年/昭和46)年に車輌製造を終えている。'12.4.20 
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▲汐見橋から次の芦原町へと向かう車内より。埋め立てられた河川部分には今もってガーダー橋が残る。遠方に見える高架はJR大阪環状線。'12.4.20 
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▲JR大阪環状線とのクロス部。由緒ある高架橋かと周囲を探してみると...。'12.4.20 
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120424n031.jpg汐見橋駅から500mほどでJR大阪環状線のガードを潜りますが、このガードをよく観察してみると、「高野電気鉄道陸橋」の銘板が取り付けられているのがわかります。銘板によると竣工は「昭和3年12月」。これは大阪環状線当該区間の前身である関西本線貨物支線の今宮~大阪港間の開業時期と重なり、国鉄(鉄道省)が取り付けたものと考えられます。ただ、この時点での汐見橋支線は「南海鉄道」であり、「高野電気鉄道」に帰属してはいません。遡っても同区間は「大阪高野鉄道」→「高野登山鉄道」であり、さらに言えば「高野山電気鉄道」(高野下~極楽橋)はあっても、「高野電気鉄道」なる鉄道事業者は存在したことがなく、果たしてこの銘板がなぜ「高野電気鉄道陸橋」となってしまったのか興味をそそります。
▲何と「高野電気鉄道陸橋 昭和3年12月」の銘板を発見。'12.4.20 
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▲芦原町は対向ホームの無人駅。上下線ホームは構内踏切で結ばれている。'12.4.20 
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▲芦原町駅本屋。もちろんここも自動改札となっている。JR大阪環状線の芦原橋駅とは200mほどしか離れていない。'12.4.20 
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大阪環状線を潜った汐見橋支線はほどなく芦原町駅へ。JR芦原橋駅とは目と鼻の先ながら周辺に人通りはなく、対向式ホームを持つ駅構内もひっそりと静まり返っていました。ちなみに30分ヘッドの運転というのは撮影をしながら利用するのには何かと中途半端で、結局、汐見橋駅とここ芦原町駅の間を歩いて往復してしまい、さらにこのあと木津川駅から岸里玉出駅まで歩くことになってしまうため、結果としてほぼ全線を歩いてしまったことになります。

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▲駅前が未舗装の木津川駅。平屋ながら半円形に大きくラウンドしたエントランスを持つ駅舎は、かつてはさぞや賑わっていたに違いない。'12.4.20 
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▲木津川駅はかつて貨物輸送の拠点であった。「連帯線貨物営業粁程表」(昭和5年版/『トワイライトゾ~ン・マニュアル14』所収)によれば、木津川駅の取扱は一般貨物、営業粁は天王寺起点6.2㎞、橋本起点43.6㎞、省社分界点よりの貨物営業粁は86.0㎞と記載されている。今もって広々とした構内には多くの貨物側線や貨物ホームが残されている。'12.4.20 
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▲木津川駅を出る汐見橋行き。画面右奥には木津川が流れ、少し下流方には大阪市営の渡船(木津川渡船/無料)があるという。'12.4.20 
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▲木津川駅ホーム上屋に用いられている1910(明治43)年カーネギー製の古レール(左)。路面の用地境界杭にはかつての南海マークが...(右)。'12.4.20 
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▲木津川駅点描。クルマが通行できない踏切(左)やレバー式の転轍転換機(右)など、モデラーの琴線に触れる情景も数多く見ることができる。'12.4.20 
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汐見橋からずっと東側に寄り添っていた阪神高速が離れると、列車は木津川駅の構内へと入って行きます。木津川駅はこの支線には似つかわしくない大きな構内を持ち、未だに側線や貨物ホームが残されています。この木津川駅、江戸時代より水運の要として機能してきた淀川水系の一級河川・木津川の左岸100mほどに位置し、木津川河岸駅と呼んでもよい利便性です。かつて、高野線九度山に拠を構えた高野山森林鉄道で搬出された木材は、貨物列車によってここ木津川駅へ運ばれ、駅前の土場で整理されたのち木津川の水運で下流の水中貯木場へと送られていったのです。

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▲汐見橋で折り返しを待つ岸里玉出行き2282+2232の2連。「汐見橋支線」は平日、土休日を問わず、朝6時台から22時代まで30分ヘッドで1編成だけが往復する。画面右上は阪神高速15号堺線。'12.4.20 
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先週末は出張で二ヶ月ぶりに大阪へ。打ち合わせの合間を縫って南海電気鉄道の「汐見橋支線」を訪ねました。汐見橋支線は大阪市浪速区の汐見橋駅から途中駅3駅を経て同市西成区の岸里玉出駅へいたる延長4.6㎞のいわゆる"盲腸線"で、2輌編成の電車1編成が終日この区間を往復しています。

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▲2009年3月に阪神なんば線が延伸開業。これにともなって汐見橋駅(画面右)の真横に桜川駅が新設された。駅名は新なにわ筋を隔てて少々離れた市交千日前線の桜川と揃えられており、伝統の汐見橋の名はスルーされてしまったかたちとなっている。'12.4.20 
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この区間、「汐見橋支線」と通称されているものの、正式には「高野線」の一部、いやそれどころか汐見橋駅は今もって高野線(汐見橋~極楽橋間64.5㎞)の起点なのです。残念ながら現在では全列車が汐見橋~岸里玉出間の折り返し運転となっており、岸里玉出から南海本線へ乗り入れる運転もありません。しかも1995(平成7)年の岸里玉出駅の高架化にともなって「汐見橋支線」と高野線は完全に分断されてしまい、元祖(?)高野線でありながら汐見橋方から極楽橋(高野山)方面へ列車が乗り入れることは物理的にできなくなってしまいました。

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▲ここが「汐見橋支線」、いや南海高野線の起点・汐見橋駅本屋。高野鉄道道頓堀駅として開業以来110年以上の歴史を秘めた改札上には古色蒼然とした路線絵図がかかっている。'12.4.20 
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▲これが昭和30年代のものと断り書きのある路線絵図。かなり傷んでしまっているが、淡路交通鉄道線まで記載されており、見ればみるほど興味が尽きない。'12.4.20 
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お目当ての南海汐見橋駅へは3年ほど前に開業したばかりの阪神なんば線で向かいましたが、同線の桜川駅1番出口を地上に出るとまるで隣り合わせるように汐見橋駅が現れます。エレベータ・エスカレータ完備の超近代的バリアフリー駅桜川駅と、まるで時間が停まったかのような汐見橋駅が隣り合わせているそのコントラストは何とも不思議に思えてなりません。

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▲頭端式ホームの趣ある車止めと民家のような駅本屋。当駅は有人だが、汐見橋支線は全駅が自動改札化されている。'12.4.20 
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汐見橋駅は頭端式1面2線のホームを持ち、昭和30年代に改築されたと聞く駅舎はいかにも起点駅らしい高い天井と広い待合室を備えた立派なものです。改築当時に製作されたと思しき巨大な路線絵図が出改札上に掲げられており、これは今ではすっかり名物となっているようです。

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▲とても大阪環状線の内側とは思えない静かな佇まい。30分に1本の電車が来るまでは都会の喧噪とは無縁のゆったりとした時間が流れている。'12.4.20 
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▲平日、土休日ともにダイヤは同じ。1編成がひたすら往復をくり返す(左)。ホームのレピーター(出発反応標識)もどこか穏やかな表情(右)。'12.4.20 
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▲到着する列車。平日の日中とあって乗降客の姿もほとんどないホームにはレトロなベンチが...。'12.4.20 
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現在、この「汐見橋支線」で運用されているのはかつてのズームカー2200系、2230系の2連。ワンマン運転、30分ヘッドでこの4.6㎞を往復しています。
(この汐見橋駅についてはRMMスタッフ徒然ブログ「忘れられたターミナル 汐見橋駅」もご参照ください→こちら

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▲8620形蒸気機関車の牽引で甲種回送されてきたクハ2250形。まるで中間車のような前面が特徴だったが、短命に終わった。'57.2.28 新小岩(操) P:石本祐吉 (RMライブラリー『京成青電ものがたり』より) 
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ここ半年ほど国鉄中心のテーマが続いていたRMライブラリーですが、今月発売の153巻は石本祐吉さんによる『京成青電ものがたり』をお届けします。

rml153sn.jpg「青電」と言っても、もうピンと来ない方も多いかと思いますが、京成における「青電」とは、3000形以降の都営地下鉄1号線(現・浅草線)乗り入れ車が赤とクリームのツートンカラー(通称:赤電)に塗られたのに対し、それ以前に登場した車輌はオリーブ色のようなグリーンの濃淡によるツートンに塗られていたことから付いた呼び名です。本書ではちょうど100年前の1912(大正元)年の京成開業期の1形から、1957(昭和32)年に増備されたクハ2250形までを収録しています。

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▲ポール集電の電車からスタートした京成電車。45形は後に新京成に転出し、同社の創業期を支えた。 (RMライブラリー『京成青電ものがたり』より) 
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また、「青電」ではありませんが、京成の車輌史で忘れてならないのが、特急「開運」号です。現在では「スカイライナー」で在来線最速の160km/h運転を行う京成ですが、その始祖ともいうべき存在である1500形、そしてたった1編成のみのロマンスカー1600形に続く、青電世代の特急車の系譜についても解説します。なお、著者の石本さんは小学校5年生で京成沿線に移り住んで以来、64年間にわたって京成の歴史をご覧になられてきた方で、本書でも幕張で国鉄線から京成線に取り込まれる1600形など、貴重な記録をご披露されています。

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▲1952年に登場した2100形は戦後の京成初の本格的な新車で、車内も角型のカバー付きの照明など、手の込んだ仕様だった。 (RMライブラリー『京成青電ものがたり』より) 
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▲京成の車輌史で忘れてならないのが行商専用車の存在。最盛期には専用列車4往復が設定されていたという。 (RMライブラリー『京成青電ものがたり』より) 
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このほか、本書では戦災復旧車が使用された時代の行商専用車についても解説するなど、京成車輌史を通観した内容になっています。なお、続く5月発売の154巻では『京成赤電ものがたり』と題して3000形~3300形までの、ステンレス車登場以前の都営浅草線乗り入れ車の系譜を収録する予定です。是非、「青電」「赤電」と2冊まとめて書架にお揃え下さい。

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▲折しもこの日は満開の桜を愛でる観桜会も開催されており、大勢の来場者の祝福を受けながら「初列車」が進む。背景は旧堆肥舎。'12.4.7 
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本誌2010(平成22)年5月号(№320)誌面や小ブログでもご紹介した(アーカイブ「東大農場の軌道」参照→こちら)西東京市の東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構農場博物館(以下、農場博物館)の2フィート軌道に、待望のトロッコが登場し、去る4月7日(土曜日)にその披露式が執り行われました。

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▲農場博物館をバックに披露式が開催された。テープカットに臨む東大、農場博物館と足尾歴史館の皆さん。'12.4.7 
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▲いよいよトロッコが発進。見事に整備されたトロッコはゴロゴロと懐かしい音を立てて進む。'12.4.7 
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1935(昭和10)年に駒場から田無へと移転した東京帝国大学農学部附属農場には、畜産の研究とそこから排出される糞尿・敷藁等を活用して堆肥や液肥を造って田畑に施用する「耕畜連携」のモデルとなる飼畜場が設けられ、乳牛舎などの家畜舎と堆肥舎などを結ぶ軌道が敷設されました。ふたつの転車台を設けて農場内を結ぶこの2フィート軌道は1960年代まで実用されていたそうですが、飼畜施設の移転でいつしか役目を終え、使用されていたトロッコも廃棄されてしまいました。

DSC00053n.jpg旧乳牛舎を利用した農場博物館の開館(2007年)に合わせ、埋められてしまっていたこの飼畜場軌道の存在が見直され、ボランティアの皆さんの手によって、残存している旧乳牛舎と旧堆肥舎の間の軌道が"発掘"されました。しかしながら軌道を走る車輌はすでになく、往年の姿を再現するためにトロッコが渇望されていました。
そこに寄贈を申し出られたのが"足尾のフォード"復活で知られるNPO法人 足尾歴史館(アーカイブ「足尾歴史館再訪」参照→こちら)です。同館で保管されていた平トロ1輌が農場博物館に寄贈され、飼料入れの荷台部分が新製されて晴れて今回のお披露目となったものです。
▲台枠上の荷箱部分は新製された。手前側に見える竿状のものはブレーキ梃。'12.4.7 
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▲乳牛室とともに1934(昭和9)年竣工の旧堆肥舎へ引き込まれてゆく軌道。手前に転車台が見える。'12.4.7 
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▲転車台での転向を実演(左)。右は転車台のアップで、実測でφ1,060㎜。オリジナル・ドコービルの転車台はフィート・インチだが、こちらはメトリックの国産らしい。円周部に見られる4か所の切欠きはストッパー(現存せず)の締結用。'12.4.7 
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お披露目当日は折しも桜が満開。市民の皆さんに公開された観桜会も開催されており、家族連れをはじめ多くのギャラリーに見守られてセレモニーが始まりました。長澤寛道農学生命科学研究科長・農学部長の挨拶でスタートした披露式は、足尾歴史館の小野崎 敏副理事長らによるテープカットののち、いよいよ発進。観客の中をゴロゴロと長閑な音をたててトロッコが走りはじめると拍手が沸き起こりました。

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▲農場博物館周辺にはとても都内とは思えない牧歌的な光景が広がる。'12.4.7

この農場博物館のトロッコは毎週火曜日と金曜日(10:15~14:45)に一般公開される予定で、展示に伴う出庫と納庫時に走行風景が見られます(出庫は10:30、納庫は14時30分を予定。また、天候不良(雨天)時には展示いたしません)。春の一日、復活したこの飼畜場軌道をのんびりと訪ねてみてはいかがでしょうか。

■農場博物館
・開館日時:毎週火曜日・金曜日10:15~14:45(祝日・年末年始は休館)
・交  通:西武新宿線田無駅北口から徒歩8分
西武池袋線ひばりが丘駅から西武バスひばりが丘団地経由武蔵境行(境04)・ひばりが丘団地経由田無駅行(田43)で約10分「上宿住宅」下車徒歩3分 

※明日より出張のため、小ブログは休載とさせていただきます。

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▲上総中野で顔を合わせた小湊鐵道キハ200形(右)といすみ鉄道の新鋭いすみ300形(左)。ここ上総中野で小湊車といすみ車のツーショットが見られるのは一日に4回のみ。'12.4.14 上総中野 
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小湊鐵道の終点・上総中野ではラッキーなことに営業運転を開始したばかりの新鋭いすみ300形との出会いを目にすることができました。小湊鐵道といすみ鉄道の接続駅である上総中野駅では両者の出会いを容易く目にできそうに思いますが、実は意外と難易度が高く、両者の折り返し時間が重なるのは一日に4回のみ。しかも発着時間差から両者ともに停車しているのはそれぞれ4分、8分、5分、1分しかありません。

120416n202.jpgこの日もうひとつラッキーだったのは、キハ52 125が臨時列車で上総中野に顔を見せてくれたことです。昨年4月29日より土休日に運転される臨時観光急行列車として営業運転を開始したキハ52 125は、基本的に大原~デンタルサポート大多喜間を2往復する急行運用に就いていますが、この日は当該運用に充当される前に臨時列車としてデンタルサポート大多喜~上総中野間を1往復したものです。
本誌2011年8月号(№335→こちら)でも詳報しているように、キハ52 125はいすみ鉄道独自の「キハ52車両オーナー・サポーター制度」によって支えられている車輌で、これからの新しい鉄道文化遺産の利活用スキームとしてもおおいに注目されます。
▲この日はキハ52の臨時列車がデンタルサポート大多喜~上総中野間を1往復した。上総中野駅に到着するキハ52。'12.4.14 上総中野 
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▲上総中野で折り返しを待つ臨時列車。誰もいない静まりかえったホームにDMH17Hのアイドリング音が響く。'12.4.14 上総中野 
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120416n204.jpg上総中野駅でしばらく眺めていると、小湊鐵道、いすみ鉄道ともに若い女性客の姿が多いのに驚かされました。両者を乗り継げる「房総半島横断乗車券」の利便性も手伝ってのことかと思いきや、なんと記念写真を撮ってそのまま折返していってしまう方も少なくなく、首都圏から手近に里山の原風景を味わえる両線の人気が確実に高まってきていることを実感しました。
▲上総中野を発車してゆく臨時デンタルサポート大多喜行き。'12.4.14 上総中野 
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▲標高の高い養老渓谷周辺から比べると気温も幾分高いのだろうか、大多喜より大原側では桜並木もすでに葉桜となりつつあった。上総中川へと菜の花の築堤を駆け上がるキハ52。'12.4.14 城見ケ丘-上総中川 
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▲キハ52の急行運用はデンタルサポート大多喜~大原間の2往復。本日最後の「急行4号」デンタルサポート大多喜行きが「水郷」のヘッドマークを掲げてやってきた。'12.4.14 上総東-新田野 
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キハ52とともに注目を集めているのが営業運転入りしたばかりのいすみ300形(本誌最新号参照→こちら)です。開業以来使用してきたいすみ200型の置き換え用として新潟トランシスで新製された軽快気動車で、セミクロスシートの車内と下段上昇上段固定の側窓が、窓が開く車輌、向い合せの座席で季節の風を感じる...ことを大事にされる同社らしい方向性を示しています。

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▲いすみ鉄道期待のニューフェースいすみ300形2連が快走する。スタイリッシュなサイドビューは房総半島縦貫鉄道の新たな時代の到来を予感させる。'12.4.14 上総中川-城見ケ丘 
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早朝の東京駅出発から夕方まで、時間の長さがまったく実感できないほど充実した撮影行でした。そして、東京から日帰り圏内でこれだけ魅力に溢れたローカル鉄道が元気に頑張っている...首都園のファンのひとりとして、そのありがたさを改めて実感する一日となりました。

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▲満開の桜に見送られて飯給駅を発車する上総中野行き一番列車。ソメイヨシノに混じってホーム側にはヤマザクラも咲き競っている。'12.4.14 飯給 
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さすがに土曜日の早朝とあって、東京駅5時21分発快速君津行きは乗客の姿もまばらで、釣り具を抱えた太公望が目につく程度でした。今日は久しぶりに小湊鐵道といすみ鉄道を訪ねるべくこの快速で五井駅へ。10分ほどの接続で小湊鐵道の下り一番列車養老渓谷行きに乗り込もうという算段です。

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▲五井駅ホームで発車を待つ始発の養老渓谷行き2連。右には木造無蓋貨車の姿が見える。ちなみに画面中央のイノシシの石像は最近設置されたもので、同様に上総牛久には牛の石像が、養老渓谷には鼠の石像があるという。'12.4.14 五井 
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小湊鐵道の五井駅はJR線ホームに隣接するかたちで有効長100mの島式ホームを持ち、6時36分発の始発列車は3番ホーム(小湊1番線)から発車します。まだ明けやらぬ構内を見渡すと、8番分岐が櫛の歯状に分かれた先の機関区にはキハ200形が顔を並べて出区を待っています。架線のないすっきりとした空の下に響くアイドリング音は、今となってはおいそれと見ることできない貴重な光景と言えましょう。

120416n003.jpgホームから良く見えるようにという配慮なのか、側線には開業準備時から使用されたと聞く木造無蓋貨車が留められており、これに気を取られていると間もなく発車時刻。五井駅を出た1A列車は独特の乾いたタイフォンの音を響かせてR300のカーブを曲がり、上り場内信号機を潜るあたりでJR線と分かれて住宅街の中へと進んでゆきます。懐かしいDMH17C形エンジンの鼓動はノッチのオン・オフでその表情が大きく変わり、DT22系台車の乗り心地とあいまって、私たちの世代には原点に回帰したような心地よさを感じます。
▲見やすいようにホーム横の4番線(側線)に留置されている1924(大正13)年東洋車輌製のトム1形。端梁に残るバッファー穴が泣かせる。'12.4.14 五井 
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▲6時36分五井発養老渓谷行きのキハ202車内にて。DMH17Cのアイドリング音に包まれてこんなパーツを見ていると思わず時を忘れる。'12.4.14 五井 
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車輌やロケーションばかりでなく、小湊鐵道の大きな魅力はそのストラクチャーにもあります。関東の駅百選にも認定されている上総鶴舞を筆頭に、多くの駅舎は開業時に誂えられた数種類の"標準設計"に依拠して建てられており、現在でも海土有木、上総山田、馬立、高滝、月崎、養老渓谷などにその名残を見ることができます。

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▲菜の花の絨毯にソメイヨシノの老木...この飯給の春を次世代に残すべく、市原市の支援も受けて若木の植樹も続けられている。'12.4.14 飯給 
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120416n007.jpgさて、最初に降りたのは飯給(いたぶ)。線路脇の桜の老木と目の前に広がる水田がまさに日本の原風景を見せてくれる人気のスポットです。3月末には地元の市原市が駅前に「世界一大きな公衆トイレ」をオープンさせ、さらに駅周辺に桜の若木を植樹するなど観光の拠点としての整備も進んでいます。なおかつ驚いたのは、下り方の竹林の斜面が撮影ポイントとして整備されたことです。今日、小湊鐵道鉄道部に電話で伺うと、地元のボランティアの皆さんなどが飯給駅の写真が撮りやすいようにと配慮してくださったのだそうです。
▲難読駅名のひとつでもある飯給。ホームには味のある佇まいを残しつつ、駅前には立派な観光トイレの新設など整備も続いている。'12.4.14 飯給 
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▲一面の菜の花畑に春雨に煙る山々...まるで一幅の絵画の見るような光景の中を行く上総中野行き。沿線随一の菜の花スポットでもあり、列車は徐行して車窓を愛でつつ通り過ぎる。'12.4.14 上総大久保-養老渓谷 
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この日ご一緒したのは趣味の大先輩である宮澤孝一さん、もとJR貨物専務の岩沙克次さん、鉄道写真家の荒川好夫さんのお三方。天候こそ恵まれなかったものの、飯給、上総大久保とゆったりとした撮影を堪能しつつ、次の目的地、いすみ鉄道を目指しました。

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「三弦橋」写真展開催中。

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旧下夕張森林鉄道夕張岳線の「三弦橋」を登録文化財にすべく取り組んでいる三菱大夕張鉄道保存会から、三弦橋の写真展のご案内をいただきましたのでご紹介いたしましょう。

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▲冬景色の三弦橋。昨年末にはアクセス道路である国道452号が付け替えとなったため、新ルートからは三弦橋が遠ざかり、一般の目に触れることが難しくなってしまった。'12.3.17 P:三菱大夕張鉄道保存会 
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三菱大夕張鉄道保存会では昨年12月22日、北海道産業考古学会などと共に2014(平成26)年のシューパロダム完成で水没する下夕張森林鉄道の三弦橋(鋼重450t・全長381m)の保存・活用を北海道開発局、夕張市などに要望しましたが(アーカイブ「三弦橋の保存・活用を申し入れ」参照→こちら)、3月17日から「三弦橋~湖底に沈む橋の記憶写真展」(北海道産業考古学会、NPO法人炭鉱の記憶推進事業団との共催)を、JR石勝線支線・清水沢駅待合室で開催しています。

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▲石勝線支線で唯一駅員が配置され、今回の写真展の会場ともなった清水沢駅。左の駅本屋側から三菱大夕張鉄道が出ていた。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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▲清水沢駅舎内での三弦橋写真展の様子。建設途中の貴重な写真や資料、開通当初の写真など約35点が展示されている。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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上弦材が1本、下弦材が二本の「三弦トラス構造」の工場仮組立作業や架設途中等の歴史的な写真と共に、四季折々の写真が並び展示されています。
清水沢駅は石炭の搬出や、大夕張方面への連絡駅として賑わいましたが、現在は乗降客も日に数十人となっています。しかし石勝線支線では唯一の駅員配置駅となっており、下夕張森林鉄道が三菱大夕張鉄道を介して清水沢駅に接続していたこともあり、同駅での写真展を企画しました。入場は無料、会期は5月末頃までですが、多くの皆さんのご来場を期待しています。

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▲各地から集った参加者が「SL館」の屋根の雪下ろしに取り組む(左)。右は雪下ろしが完了した「SL館」。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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▲雪下ろしを終えて参加者全員で記念撮影。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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一方、今年は2月23日に雪害で夕張市美術館が倒壊するなど、空知地方は記録的な大雪に見舞われました。当会では1月29日に「SL館」の雪下ろしバスツアーを実施し、多くの方が参加して、保存車輌や関連資料を雪害から守りました。
最近は暖かくなりましたが、4月4日現在の夕張市の積雪量は147センチと観測上4月で史上最多となっています。南大夕張駅跡の保存車輌の公開はまだ少し先になりそうですが、今年も多くの皆さんに足を運んでいただきたいと願っております。

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▲銀座線待望の新型車輌1000系がついに営業運転を開始。出発式のテープカットに臨む武井 咲さん、東京メトロ奥 義光社長、上野駅管区長(右から)。'12.4.11 浅草 
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先日報道試乗会が行われた(アーカイブ「東京メトロ1000系に試乗」参照→こちら)東京メトロ期待の新型車輌1000系がいよいよ今日から営業運転を開始しました。これに先立ち午前中には浅草駅2番線で「銀座線1000系出発式」が行われ、テレビ、新聞、雑誌など多くのメディアが詰めかけました。

120411n202.jpg出発式には東京メトロの奥 義光社長をはじめ、4月から始まった東京メトロの新しい広告キャンペーン「We are the Tokyo Navigator」のイメージキャラクターを務める女優・武井 咲(たけい えみ)さんも東京メトロの制服に身を包んで登場、華々しくテープカットが行われました。営業1番列車となったのは12時11分発の渋谷行き。ホーム上に整列した東京メトロの今年度新入社員の皆さんが手を振る中を颯爽と発車してゆきました。

▲東京メトロの制服に身を包んで挨拶する武井 咲さん。'12.4.11 浅草 
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▲いよいよ営業運転にデビュー。武井 咲さんも立ち会ってレモンイエローの車体がゆっくりと動き出した。'12.4.11 浅草 
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▲1番列車は浅草12時11分発の渋谷行き。初の営業運転とあって乗り合わせたお客さんも思わず笑顔。ホームでは東京メトロの今年度新入社員が並んで出発を見送った。'12.4.11 浅草 
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ところで東京メトロをご利用の方なら、中吊り広告や各駅売店のポスターなどですでにお目に留まっているかも知れませんが、この1000系デビューと合わせて『東京メトロだいすき』を発行いたしました。姉妹誌『鉄おも!』の増刊号という位置づけで、ファミリーで楽しみながら学べるスペシャルブックを目指して昨年より企画を練ってきたものです。

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▲ホームの"SSボード"に掲出されている『東京メトロだいすき』の巨大なポスター。19駅に24枚のポスターが掲出されている。'12.4.11 銀座 
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メインとなる1000系車輌もかねてより密着取材を重ねてきただけに、今日の出発式で発車してゆくレモンイエローの車体を見送りながら、まるでわがことのように感慨深い思いがいたしました。

120411n002.jpg本書はファミリー向けとは言うものの、その内容はかなり深く、多くの皆さんに納得いただけるものとなっております。目次をお目にかけましょう。

『東京メトロだいすき』 CONTENTS
てつみち&ラビットの1000系密着レポート 上野検車区におじゃましたよ! 
 これが最新1000系だ! 
 探検! 銀座線1000系 
 1000系搬入大作戦 
鉄道ジャーナリスト 史絵.さんがご案内!東京メトロ一日乗車券で"鉄"分補給の 大冒険!
 [コラム]
 一番早い始発電車と一番遅い最終電車
 銀座線の旧ホーム跡は今...
 マーキュリーを探そう!
 史絵.さんおすすめスポット!
東京メトロ車両オールカタログ 
 [コラム]
 JR線を走った03系
 東西線を走った、ちょっとなつかしの電車たち
 V(ぶい)の秘密
 有楽町線を走った、ちょっとなつかしの電車たち
 ホームドア設置計画進行中!!

120411n001.jpg銀座線1000形から1000系まで東京メトロ 顔の移り変わり
地下鉄博物館に行こう!!
東京メトロ 想い出写真帳
 懐かしの銀座線渋谷駅界隈
 絵葉書に見る東京地下鉄道
 東京高速鉄道開業の頃
 伸びゆく丸ノ内線
 日比谷線、東西線、千代田線、有楽町線、半蔵門線、南北線
運転士さんこんにちは!
パパ鉄ママ鉄&子鉄! 親子で楽しむ「東京メトロ探検」
愛されて24年 日出幼稚園の454号
千代田線で特急ロマンスカーに乗ろう
 24時間働き続ける管制塔! 東京地下鉄総合指令所
 銀座線・丸ノ内線で活躍! サードレール(第三軌条)とは?
有楽町線小竹向原駅~千川駅間連絡線 地下鉄初の立体交差工事 工事中!
探検!綾瀬車両基地 
 綾瀬車両基地に保存されている日比谷線3000系
 北綾瀬支線用の6000系
メトロニュースに見る...あの頃
日本で 世界で活躍!元東京メトロの電車たち
乗車系は青、降車系は黄 進化するサインシステム
東京メトロイベントレポート
楽しいアイテム勢ぞろい! 東京メトログッズ大集合
東京メトロ読者フォーラム

▲鉄道ジャーナリストとして活躍中の史絵.さんが東京メトロ一日乗車券でお薦めスポットを巡る。もちろん専門誌ならではの内容は必見。 
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▲『鉄おも!』で人気の"てつみち君"と"ラビット君"が上野検車区の1000系を密着取材。一足お先に乗り心地も体験! 
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▲今年85年を迎える銀座線をはじめ、東京メトロ各線の歴史を貴重な写真で紹介。 
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▲千代田線の中枢とも言える綾瀬車両基地も詳細にレポート。北綾瀬支線用の6000-(ハイフン)系や日比谷線3000系保存車も紹介。 
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そして本書のもうひとつの目玉が(株)メトロ アド エージェンシーの企画による特別付録「1000系オリジナル腕時計」です。デザインや色調など試作に試作を重ねてようやく量産となった拘りの品で、前面の蓋を開くと実物と同様にLEDの前照灯が点灯するギミックも仕込んであります。定価はこの付録付きで980円。全国書店はもちろん、東京メトロ各駅、さらにはコンビニエンスストアでも発売中ですので、ぜひお求めください。

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▲これが特別付録の1000系オリジナル腕時計。前面の蓋を開くと実物さながらにLEDの前照灯が点灯。 

※明日は不在のため、小ブログは休載とさせていただきます。

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▲E6系の量産先行車。先頭形状の変更と車内設備の拡充にともなう1輌あたりの定員減に対処するため、在来のE3系より1輌多い7輌編成(5M2T)として編成定員の同一化を図っている。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正) 
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一昨年に量産先行車が登場したJR東日本の新在直通運転用(秋田新幹線用)新幹線車輌E6系(アーカイブ「秋田新幹線用E6系登場」参照→こちら)がいよいよ量産されることが発表されました。また、同時に埼京線・横浜線用にE233系が新造されることも発表されましたので、その概要をお伝えいたしましょう。

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▲E6系新幹線車輌の概要。 (JR東日本プレスリリースより) 
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秋田新幹線用のE6系新幹線車輌(7輌編成/5M2T)は23編成(161輌)が新造されます。新造車輌は本年2012(平成24)年12月以降に落成し、2014(平成26)年春までに23編成が落成予定。現在走行試験を行なっている量産先行車1編成(7輌)も、走行試験が終了次第、営業列車に投入されることになります。運転開始時期は2013(平成25)年春からの予定で、詳しくは追って決定次第発表されます。なお、新造されるE6系の定員はグリーン車22名、普通車314名の336名で、量産先行車より2名減(量産先行車はグリーン車23名、普通車315名)となっています。また新造車輌は防犯カメラをデッキ部のほか客室内にも設置する計画です。

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▲埼京線用E233系の外観イメージ(上)と横浜線用E233系の外観イメージ(下)。 (JR東日本プレスリリースより)

在来線では埼京線用にE233系10輌編成(6M4T)を31編成(310輌)、横浜線用にE233系8輌編成(4M4T)を28編成(224輌)新造。埼京線用は2013(平成25)年度から、横浜線用は2014(平成26)年度から順次運転を開始する予定です。

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▲埼京線・横浜線用E233系の概要。 (JR東日本プレスリリースより)
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編成定員は埼京線用が1,564名(205系:1,424名)、横浜線用が1,244名(205系:1,136名)で従来の205系より約1割増加し、混雑緩和が期待されます。なお営業最高速度は埼京線用が100km/h、横浜線用が95km/h(設計最高速度はどちらも120km/h)。また、JR東日本としては初めて車内照明をオールLED化し、従来の蛍光灯の約6割の消費電力量を実現するとしています。

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荻原二郎さんの訃報に...。

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▲『鉄道写真2005』の取材で広田尚敬さんの撮影に応じられる荻原二郎さん。1933(昭和8)年築という世田谷の静かなお宅にて...。'05.6.2 P:名取紀之 
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一昨日、7日土曜日、出先で受けた髙井薫平さんからの携帯電話で、荻原二郎さんの訃報を知りました。数か月前から検査入院されておられるとは聞いていましたが、ご自宅におられる時よりむしろ体調は良くなられていると伺っていただけに残念でなりません。実は今日9日に見本誌が出来上がってくる新刊本でも荻原さんからお借りした写真を数多く使わせていただいており、お見せすることがかなわぬままとなってしまいました。

120409n002.jpg荻原二郎さんは1915(大正4)年5月29日のお生まれ。お父様のお仕事の関係で長野県や新潟県を転じたのち、1925(大正14)年に代々木上原に引っ越され、この頃を契機に鉄道への興味に目覚められます。時に小学4年生、ご自宅の近所では新宿~小田原間を結ぶべく小田原急行鉄道の建設工事がたけなわで、「小田急」の建設工事を実見されたことが鉄道趣味の原点となったと伺います。
▲RMライブラリー『昭和10年東京郊外電車ハイキング』は、「二・二六事件」前年の束の間の平穏な日々の中、東京近郊の電車・汽車を丹念に記録された不世出の記録。 

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▲『鉄道写真2005』では10ページにわたって荻原二郎さんの趣味への取り組みを広田尚敬さんが取材。 
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HB0S5683.jpg旧制府立六中(のちの都立新宿高校)に入学されてからは小田急線を利用した電車通学が始まり、電車ウォッチングが日々の楽しみになられたそうです。そして1931(昭和6)年春、進級祝いとしてコダックのベスト判カメラを買ってもらい、以後、鉄道撮影に熱中されるようになります。RMライブラリー『昭和10年東京郊外電車ハイキング』(上下巻)はそんな若き日の撮影記録をまとめられたもので、小田原急行、池上電鉄、帝都電鉄、東京高速鉄道といった戦前の東京近郊の鉄道の姿が活き活きと甦ります。書名の「ハイキング」はこの頃から "歩け歩け運動"を続けてこられた荻原さんの思いが反映したもので、90歳を超えても見事な健脚ぶりだったのも、この「ハイキング」時代の鍛錬の賜物だったのかも知れません。
▲荻原さんの弟さんは何と「ミランダカメラ」の創業者。唯一手元に残されたミランダを手に思い出を語られる。'05.6.2 P:広田尚敬(『鉄道写真2005』より) 
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▲90歳を超えても積極的に撮影を続けておられた。RMライブラリー『昭和10年東京郊外電車ハイキング』のプロデューサー役でもあった関田克孝さんと。'05.6.10 P:名取紀之 

その丹念な撮影とともにいつも驚かされたのが記録の細かさです。線区別に纏められた膨大な数のアルバムは、写真のみならず乗車券やチラシの類まできちんと年代順にまとめられ、誰が見ても瞬時に理解できる見事な編集となっています。現在お借りしているアルバムを拝見しても、つい数年前の記録まで追記されており、90歳を超えてもご自身のスタイルを崩すことなく趣味を続けておられたことが伺い知れます。

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▲荻原二郎さんの「電車ハイキング」はどこまでも...。'05.6.10 P:広田尚敬(『鉄道写真2005』より)

実に享年96歳。生涯現役を通された鉄道趣味人であり、私たち後に続く者にとってもまさに憧れ、理想の趣味人生であったと思います。
あらためて深くご冥福をお祈りいたします。

京阪13000系完成。

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▲宇治線用として登場する13000系。すでに多数派になっている京阪の新塗色だが、緑の一般車用新塗色で登場した新造車はこれが初めてとなる。前面は3000系のデザインコンセプトを継承しているが、車体先頭部形状の違いにより上部のRが浅くなっていることと、前灯が3灯から2灯になっていることが目立つ相違点。'12.3.29 寝屋川車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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京阪電気鉄道の新型通勤電車13000系が完成、3月29日に寝屋川車庫で報道公開されました。この13000系は、交野線で使用されている通勤車10000系と、中之島線開業時に投入されたクロスシート車3000系をベースに開発されたもので、まずは2600系の置き換え用として宇治線に投入されるとのことです。

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▲京阪電車では初めて片持ち式の腰掛が設置された客室内。腰掛は座面を萌黄色、背面を墨色として、「スラッシュムーン」の柄を配している。また壁面は白茶色、扉部は墨色の竹布柄として、注意喚起にオレンジ色のラインを使用している。'12.3.29 寝屋川車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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まず目に付くのは3000系のものを継承した前面の意匠でしょう。これは京阪の車輌のデザインコンセプトである「風流の今様」を具現化した「スラッシュムーン」と呼ばれる円弧状のデザインです。先頭部以外は10000系に良く似ていますが、衝突事故時の安全性を高めるため、先頭構体構造の変更による前面強度の強化とともに、オフセット衝突対策として連結面の隅柱を三角形断面構造としています。

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▲従来通り脚台式の腰掛が配される車端部の優先席と車イススペース。この部分は吊り手、荷棚ともに高さが低く設置されている。写真はギャラリートレインの車内で、広告スペースはすべて宇治・伏見の風景写真が掲示されている。'12.3.29 寝屋川車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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車内の大きな特徴は京阪電車では初となる片持式のバケットシートを扉間に採用したこと(車端部は従来通り脚台付き)。腰掛の中間にも立ち座りしやすいように手摺りが設置されているほか、袖仕切りも大型化。荷棚は一般部で従来より20mm、優先席部でさらに30mm低い位置に設置されているほか、優先席部では吊り手も低く設定されるなどユニバーサルデザイン化も推進されています。

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▲運転台は7200系以降と同じ2レバー式。'12.3.29 寝屋川車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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また、13000系は宇治線用として4連で組成されていますが、2編成併結(奇数編成が出町柳方、偶数編成が淀屋橋方)による8連での運用も考慮されており、貫通時に乗務員室を通路として仕切れるように間仕切り扉などを設置できる設計となっています。

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▲ギャラリートレインの副標(右)と13000系デビュー記念の副標(左)。第1編成は約1年間、ギャラリートレインとして運行される。'12.3.29 寝屋川車庫 P:RM(髙橋一嘉) 
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なお、京阪では13000系のデビューに合わせて、4月14日から観光キャンペーン「宇治・伏見、水と歴史のまちめぐり。」を1年間にわたって展開する予定で、13000系第1編成がその間ギャラリートレインとして運行されるほか、宇治線の起点である中書島駅もリニューアルされるとのことです。また、キャンペーン初日の4月14日には中之島発宇治行きの臨時直通列車(中之島11:11→宇治12:15/途中天満橋・京橋・中書島および宇治線内各駅のみ停車)がギャラリートレインで運行される予定です(詳しくは鉄道ホビダス参照→こちら)。

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▲レモンイエローの車体が眩い1000系。正面と側面戸袋部にはデビュー告知のラッピングが貼られている。'12.4.4 中野車両基地 
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試乗列車は上野から40分ほどかけて中野車両基地に到着。ここで乗車してきた報道陣に青空の下での外観が公開されました。ご承知のように銀座線では青空の下を走るのは渋谷駅付近のわずかな高架部分のみ。この日はまたとない快晴とあって、レモンイエローの6輌編成は目にも鮮やかに輝いて見えました。

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▲LEDの前照灯も新鮮な正面(左)。この前照灯は点灯するとLEDがリング状に光り、減光すると中央部が四角く光る。'12.4.4 中野車両基地/渋谷駅を発車する1000系試運転列車。 P:東京メトロ提供 
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▲試乗列車は11時過ぎに中野車両基地に到着。き電停止後、簡易階段を使って降車(左)。右は報道陣のインタビューに応える車両部の設計担当者。'12.4.4 中野車両基地 
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このレモンイエローの色彩は東京地下鉄道1000形の車体色に範をとって決められたものですが、東京地下鉄道の1000形そのものもベルリンの地下鉄の車体色を参考にしたと伝えられています。地下にあっても明るく晴れやかな色調を...と採用されたこのレモンイエローですが、なんと今回の1000系では車体全体にシートを貼りつける"フルラッピング"という手法が用いられました。幅1m、長さ約500mのシートは前例のないもので、わずかなズレもなくピタリと位置を合わせる技術は見事としか表現しようがありません。

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▲テレビ、新聞、雑誌と各種メディアで賑わう1000系報道公開のワンシーン。'12.4.4 中野車両基地 
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▲この日の午後は小学生以下の子どもと家族を対象にした試乗会が中野車両基地→上野駅のルートで開催された。プレス公開が終了するころ、桜咲く中野車両基地入口には期待に胸を膨らませた親子連れが集まり始めていた。'12.4.4 中野車両基地 
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東京高速鉄道時代からの長い歴史を誇る銀座線渋谷駅もこれから大きく変わろうとしています。2016(平成28)年以降、銀座線各駅で順次ホームドアが供用されるほか、渋谷駅そのものも2021(平成33)年完成予定で移設、ホーム拡張や乗換えコンコース接続による利便性の向上などが図られる計画だそうです。

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▲1000系の車体はすべてラッピングによるカラーリング。レモンイエローをはじめ各色のラッピングが手作業によって慎重に貼られてゆく。P:東京メトロ提供 
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▲第三軌条のない日本車輌工場構内ではパンタグラフを搭載して走行試験を行った。P:東京メトロ提供 
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▲EF65に牽かれて東海道本線を上る1000系甲種輸送列車(左)。深夜の多摩川付近をゆく陸送用トレーラー(右)。P:東京メトロ提供 
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▲深夜の高井戸付近を走る陸送トレーラー(左)。右は中野車両基地に到着した1000系。P:東京メトロ提供 
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▲試運転で渋谷駅を発車する1000系。P:東京メトロ提供 
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すでにアナウンスされているように、この銀座線新型車輌1000系は来週4月11日(水曜日)から営業運転を開始します。充当される列車等に関しては東京メトロの特設サイト(→こちら)で公開されますので、ぜひチェックのうえご試乗ください。

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▲中野車両基地で丸ノ内線方南町支線用の02系と並んだ1000系。折しも構内の桜が三分咲き。'12.4.4 
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一週間後の来週4月11日(水曜日)、いよいよ東京メトロ銀座線の新型車輌1000系が営業運転を開始します。今年は銀座線の前身である東京地下鉄道が開業して85年。この記念すべき年に、東洋初の地下鉄として走り始めた開業時の1000形の車体カラーを彷彿させる鮮やかなレモンイエローに身を包んだ新1000系が走り出します。
(1000系についてはアーカイブ「東京メトロ銀座線用1000系誕生」参照→こちら

120404n108.jpg今日は午前中にこの1000系のプレス向け試乗会が行われ、私も参加させていただきました。行路は上野駅から中野車両基地まで。なんと銀座線から丸ノ内線、そしてその方南町支線へと直通する、営業列車では体験することのできないルートとあって、1000系の乗り心地もさることながら、試乗列車の運転経路も興味津々での参加です。
▲車体正面と側面に貼られた1000系デビュー告知ラッピング。'12.4.4 
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ご承知のようにこの1000系を含む銀座線車輌は中野富士見町に隣接する中野車両基地に搬入され、丸ノ内線を経由して銀座線の上野車両基地へと送り込まれます。両線は同じ第三軌条方式で乗り入れが可能ですが、車輌限界と建築限界の関係から、丸ノ内線車輌が銀座線に入ることはできません。

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▲試運転中の1000系。いよいよ一週間後の、4月11日(水曜日)から営業運転を開始する。P:東京メトロ提供 
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▲1号車車内の車号標記と日本車輌の製造銘板(左)。「銀座線大年表」と題した一大絵巻も掲出されている(右)。'12.4.4 
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▲窓ガラスに貼られた銀座線85周年のシール(左)。貫通戸ガラスのユーモアたっぷりの"衝突防止標記"は女性や子どもたちの評判を呼びそう(右)。'12.4.4 
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▲車内の広告はセイコーホールディングスとのタイアップで銀座線と銀座「和光」の時計塔の長い歴史を振り返る。'12.4.4 
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4月11日に営業運転入りする1000系車内は、銀座線開業85周年×和光「時計塔」竣工80年タイアップとして「フォトギャラリートレイン」となっています。「時計塔」と「銀座線」をテーマに、懐かしい写真とエピソードが綴られた中吊り等は、思わず見入ってしまうこと請け合いです(「フォトギャラリートレイン」は4月11日~4月30日まで実施)。

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▲試乗列車は銀座線から丸ノ内線へと乗り入れて中野車両基地へと向かう。通常の営業列車では体験できない銀座線→丸ノ内線のルート。'12.4.4 
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▲中野坂上からは方南町支線に入り、さらに中野富士見町からは中野車両基地への入出庫線を走行。'12.4.4 
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ファン的目線からすると、この1000系の大きな着目点は新たに採用された「操舵台車」でしょう。曲線通過時に車体~台車で生じる変位量に応じてリンク機構によって輪軸が自動的に"舵"をきる仕組みで、1台車の片軸がこのリンク機構を備えています。曲線の多い銀座線にあって、走行性能の向上はもとより、フランジ音やフランジ摩耗の低減に大きな効果が期待されています。実際に試乗してみて、定量分析はできないものの、体感としては確かにフランジ音が少なく感じ、さらに永久磁石同期電動機(PMSM)の採用とあいまって、車内の静粛性は特筆するべきものがあります。

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▲1000系最大の注目点であるSC101操舵台車とその概略図。試乗列車でもフランジ音の少なさが体感できた。(1000系パンフレットより) 
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▲試乗会で配布された1000系の立派なパンフレット。このパンフレットひとつとっても、新型車輌に賭ける東京メトロの意気込みが伝わってくる。

今日はyoutubeより、試乗列車が赤坂見附で分岐を渡って銀座線から丸ノ内線へ入る様子、さらに中野坂上で方南町支線へと転線してゆく様子ご覧いただきましょう

■試乗列車動画
※「今日の一枚The Movie」がメンテナンス中のため、youtubeにアップいたします。

■溜池山王-赤坂見附

■新宿-中野富士見町

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▲満員の乗客を乗せて走るCK124牽引の祝賀列車。'12.3.12 台湾鉄路管理局内湾線竹東―橫山 P:王 晟懿(台湾在住) (「今日の一枚」より) 
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矢﨑支社長は東日本大震災で寄せられた台湾からの支援に深い感謝を伝え、互いに今後の友好発展を誓いました。鹿副局長からは姉妹提携実現に向けた鉄道愛好家の尽力に感謝するとの言葉も頂きました。また、台湾ではこの種のセレモニーでよく行われるというタブレット授与式が行われ、鹿潔身副局長から「SL冬の湿原号」運転士へ当会所有のタブレットが手渡されました。

120402n010.jpg台湾からは、鐵路管理局関係者に加えて、鉄道保存や鉄道を生かしたまちづくりを考える、台湾鐵道及國土規劃學會(江金山会長)のメンバーら約20名が、台湾から持参した提携記念の帽子や小旗を持ってセレモニーに参加され、記念列車にも乗車されました。

▲3月12日に釧路駅で行われた姉妹列車提携文書交換式。提携文書を交換する台湾鐵路管理局の鹿潔身副局長(左)とJR北海道釧路支社の矢﨑義明支社長。'12.3.12 釧路駅 P:釧路臨港鉄道の会
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▲日台双方で行われたタブレット授与式。台湾で流行(?)するタブレット授与は、日本人が記念撮影していた様子を見ていた現地のファンから広まったとの説が有力。馬英九総統も運休路線の再開イベントで授与を行った実績があるとのこと。釧路支社エリアでも、国鉄色キハ183さよなら展示会(ファンがタブレット持ち込み)や釧路所の朱色キハ40による石勝線信号場停車&夕張・鉄道遺産の旅(公式イベント)で実施された実績がある。'12.3.12 新竹駅 P:葉日崇 
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一方、台湾側では、新竹駅で范局長、邱鏡淳新竹県長(県知事)らが出席し、日本からも功労者のおひとりである伊藤氏が招かれて出発セレモニーが行われ、こちらでもタブレットを授与し、日本時間11:09(台湾時間10:09)に日台の蒸気機関車が同時刻に汽笛を吹鳴して、それぞれ標茶、内湾に向けて記念列車が出発しました。

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▲今回お越しいただいた台湾の「SLの神様」鄭萬經氏。五感で蒸気機関車の調子をつかみ、その言葉一つ一つには重みがある。つい先日も台湾でDT668(D51同型)の動態復元に携わったばかりの御年85歳、今なお現役のエンジニアである。戦前から台湾の鉄道で勤務されており、日本語がとてもお上手で、当時歌っていた台湾総督府時代の鉄道教習生の歌なども披露していただいた。'12.3.12 釧路駅 P:釧路臨港鉄道の会 
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台湾の記念列車には湿原号の記念ヘッドマークの絵柄をプリントした小旗が掲げられたほか、客車最後部には同學會名と当会ロゴ入りの特製「姉妹提携記念」テールマークを掲出しました。台湾ではとても関心が高く、平日であるにもかかわらず、多くのレイルファンと市民が、駅や沿線で記念列車を見送られたとのことです。 

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▲テールマークにサインする范植谷鐵路局長(左)。'12.3.12 新竹駅 P:伊藤一己/新竹駅の駅長室でテールマークと記念撮影(右)。左から2人目が范植谷局長で、そのお隣が伊藤一己氏。'12.3.12 新竹駅 P:葉日崇 
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▲客車に取り付けられたテールマーク。Luke Yang氏作で、一番下に釧路臨港鉄道の会のロゴマークが入っている。'12.3.12 新竹駅 P:伊藤一己 
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式の前日にはJR主催による台湾鐵路管理局関係者や鐵道及國土規劃學會の皆様との懇親会が開かれ、当会役員も参加させていただきました。同學會からは友好の楯を頂戴し、今後も交流を深めることを確認しました。

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▲重連で釧路駅を出発する「SL冬の湿原号」の姉妹提携記念列車(左)。'12.3.12 釧路駅 P:釧路臨港鉄道の会/九讃頭駅を出発するCK124牽引の祝賀列車。'12.3.12 九讃頭駅 P:伊藤一己 
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当会といたしましても、蒸気機関車を通じた台湾との友好親善に協力することができ、大変光栄であるとともに、海底力ツアー(アーカイブ「"くしろ海底力モニター見学会&体験会"レポート」参照→こちら)の日台交流版など様々な夢を描きつつ、今後の日台のレイルファンの友好に少しでもお役に立てればと思っております。

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▲姉妹列車記念列車の出発を前に、記念撮影で賑わう釧路駅3番ホーム。'12.3.12 釧路駅 P.釧路臨港鉄道の会
 
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JR北海道のC11がする『SL冬の湿原号』と、台湾鐵路管理局が運行するCK124牽引の観光列車が姉妹列車提携し、去る3月12日(月)に日本と台湾で記念列車が運行されました。この姉妹提携に協力された釧路臨港鉄道の会からレポートをお送りいただきましたのでご紹介いたしましょう。

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▲セレモニーの前日に釧路駅に到着した台湾鐵路管理局の鹿潔身副局長ほか一行。当会製作の横断幕でお出迎えした。'12.3.11 釧路駅 P.釧路臨港鉄道の会 
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私たち釧路臨港鉄道の会も今回の姉妹提携のお手伝いをさせていただく機会に恵まれましたので、ご報告をさせていただければと存じます。
台湾のCK124は1936(昭和11)年に台湾総督府鉄道向けに日本車輌で製造されたC12形と同形の機関車で、戦後は台湾鉄路管理局が引き継ぎCK120形として使用され、1978年に引退・静態保存されていたものの、2001年に動態機へ大復活を遂げた機関車として知られています。

120402n001.jpgこの姉妹提携は、北海道釧路市から台北動物園に無償学術貸与されたタンチョウの公開オープニングセレモニーへの釧路からの訪問団メンバーとして、昨年10月に訪台したJR北海道の矢﨑義明取締役釧路支社長が、台湾鉄路管理局を訪問し施設見学や意見交換をした折に話が持ち上がったのがきっかけでした。
▲3月12日の文書交換式に先駆け、局長執務室で締結文書にサインする范植谷局長。'12.3.2 台湾鐵路管理局本局局長室 P:峰雪剛 
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釧路と台湾は近年、国際チャーター便の運航拡大などを契機に、経済面や文化交流などで友好関係を深めていますが、タンチョウは台湾では夫婦円満や長寿の象徴として縁起の良い鳥とされており、釧路を旅立った2羽のタンチョウ「ビッグとキカ」は大歓迎を受け、台北動物園ではパンダに並ぶ人気を集めているとのことで、交流はさらに深まっています。

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▲釧路駅スタッフと釧路臨港鉄道の会のメンバーが見送る中、標茶に向けて出発する范局長。'12.2.4 釧路駅(SL冬の湿原号車内) P:釧路臨港鉄道の会 
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120402n002.jpgこのような中で、台湾鐵路管理局も"SL姉妹提携"に前向きで、趙永清前立法委員(前国会議員)や交通部(国土交通省相当)の外郭組織など有力者の力添えもあって話がとんとん拍子に進みました。日本でも、矢﨑支社長指揮の下、準備にあたったJR北海道社員、写真集『東アジア非自動地帯』を日台で刊行し台湾で著名なレイルファンである伊藤一己氏、台湾のレイルファン葉日崇氏、当会メンバー(東アジア鉄道イソウロウ事務所)が現地との調整に奔走し、今年2月には同局の范植谷局長(国鉄総裁相当)らがJR北海道本社と釧路支社を訪問し、提携意思を最終確認していました。この際には当会が歓迎の横断幕を作り、釧路駅でお出迎えしました。
▲最前部に連結された緩急車(ヨ4647)の展望デッキから逆向き走行中のC11を視察する范局長。こうした乗客を楽しませる演出や車内サービス、車内や駅の案内標記など多岐に渡って熱心に視察をなさっていた。'12.2.4 釧路駅(SL冬の湿原号車内) P:釧路臨港鉄道の会 
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姉妹列車提携は3月12日に行われることが決まり、日本側ではC11 171と207重連が牽引する「SL冬の湿原号」の記念列車、台湾ではCK124とCK101の背合重連が牽引する記念列車「仲夏寶島号」(内湾線・新竹〜内湾を往復)が、それぞれ記念の特製ヘッドマークや小旗をつけて運行されることになりました。

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▲特製ヘッドマークや小旗をつけて釧路駅へと向かう回送列車。'12.3.12 釧路運輸車両所-釧路 P:釧路臨港鉄道の会 
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姉妹列車提携文書交換式は、記念列車の出発に先立ち、日本側の釧路駅3番ホームで盛大に行われ、台湾鐵路管理局の鹿潔身副局長と矢﨑支社長が、范局長と小池明夫JR北海道社長が署名した文書を交換しました。

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▲CK101とCK124の背合重連が牽引するJR北海道と台湾のSL姉妹列車締結祝賀列車。台湾鉄路管理局内湾線上員-竹中 '12.3.12 P:翁林玄能(台湾在住) (「今日の一枚」より)
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