鉄道ホビダス

2011年12月アーカイブ

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皆さん、それでは良いお年を...

この一年、小ブログにお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。
今年2011年はこれまでにない悲しみに包まれた日々となってしまいましたが、来年こそは素晴らしい一年になることを願いたいと思います。

さて、小ブログは年末年始はしばし休載とさせていただきます。新年は連休明けの10日(火曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか本誌ともども、来年もかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。

皆さん、それではご家族ともどもよいお年をお迎えください。

編集長:名取紀之 敬白

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▲「RM EX」増刊号の表紙。優秀賞に輝いた濱田昌彦さんの作品が表紙に採用されている(画面はすべてPCで閲覧した状態です)。
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弊社が企画・協力しているNTTプライム・スクウェア(株)のデジタルコンテンツ配信サービス「Fan+(ファンプラス)」のオフィシャル・ショップ「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」では、11月11日より「鉄動館 撮り鉄グランプリ」のキャンペーンを開催していますが、第2回テーマ「E5系」の受賞作品が決定。優秀賞は濱田昌彦さんの作品が射止めました。

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▲扉ページには入賞となった本多 創さんの作品を掲載。
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改めてこのキャンペーンをご説明しますと、「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」で毎月販売されている「RM EX」の特集車輌をテーマに広く写真を募集し、本誌編集部の監修により審査を行なうものです。
応募作品の中から優秀な作品については「RM EX」の表紙や扉用写真として採用するとともに、本誌誌上で作品を紹介するほか、奨励金としてNTTプライム・スクウェアより賞金が贈呈されます。また、毎号の優秀者は、2012年3月末に行なわれるグランプリの審査対象となり、グランプリに輝いた作品の撮影者には賞金100万円が贈呈されます。

第2回テーマであるE5系は、先頭部の特徴的なデザインから、見る角度によってさまざな表情を演じます。また高速で動く被写体であることから、前回にも増して流し撮りの作品が多数応募されました。そのようななか、濱田さんの作品はE5系の美しい姿をとらえ、あえて先頭部を切った大胆なフレーミングとともに、夜間撮影によるヘッドライトの光線状態など、実に幻想的な作品に仕上がっているということで優秀賞に選ばれました。
また、佳作までを含めた第2回テーマの受賞作品は、「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」で本日より配信されている「RM EX」増刊号(税込525円)に掲載されています。
「RM EX」は基本的に毎月1日に配信されますが、今回は特別に増刊号を製作、特集をE5系としてプロフィールから量産先行車、量産車の車輌解説等を収録しています。増刊号は通常号とは異なりお求めやすい価格となっているのが特徴ですが、「RM EX」を定期購読されている方は追加料金なしで増刊号を楽しむことができますので、断然定期購読されることをお勧めいたします。

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▲記事の本編にでも入賞作品を掲載している。こちらは辻森章浩さんの作品。
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引き続きこの「鉄動館 撮り鉄グランプリ」は、第4回テーマとして3月のダイヤ改正で運転を取り止める「寝台特急〈日本海〉」を募集しています(2012年1月15日応募締切)。あなたの作品がグランプリに選ばれるかもしれません。ぜひ、ふるってご参加ください。
なお応募方法の詳細は「鉄動館 撮り鉄グランプリ」キャンペーンページ(→こちら)をご覧ください。

○「RM EX」増刊号商品ページ
○「RM EX」定期購読ページ
○「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」
○「Fan+(ファンプラス)」

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▲「カシオペア」用の食堂車マシE26形の車内。1999(平成11)年に東急車輌で1輌だけ製造された本車が、現在のところ最後の新製食堂車である。P:RM (RMライブラリー150巻『日本の食堂車』より)
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RMライブラリー最新刊・第149巻の『国鉄アプト式電気機関車』下巻をご紹介したばかりですが、お気づきのように来月2012年1月発売のRMライブラリーは記念すべき150巻目を迎えることになります。

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▲わが国における食堂車の嚆矢とされるホイシ9180形(山陽鉄道1227~1229)形式図。提供:鉄道友の会 客車気動車研究会 (RMライブラリー150巻『日本の食堂車』より)
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50巻記念では三谷烈弌さんの『昭和の記憶 ―カラーで顧みる1950年代の汽車・電車―』、100巻・101巻では星 晃さんの『国鉄車輌誕生 ―車輌開発の黄金時代―』をいずれもオールカラーでお送りしました。そしてこのたびの150巻ではかねてより実現させたいと考えていたテーマ『日本の食堂車』を、かつてないボリュームでお送りいたします。

111226nh1005.jpg食堂車が誕生したのは新橋~横浜間の鉄道創業から27年後の1899(明治32)年。山陽鉄道が導入したのが嚆矢とされています。戦前は極めて限られたプリビリッジな空間だった食堂車も、戦後復興とともに広く普及し、軽食スタイルのビュフェを含めると、今では信じられないほど多くの食堂車が鉄道旅行の楽しみに華を添えてくれていました。その食堂車が大きなターニングポイントを迎えるのが1972(昭和47)年11月6日に発生したいわゆる北陸トンネル事故でした。大阪発青森行き501レ急行「きたぐに」の11輌目に連結されていた食堂車オシ17 2018より出火、大惨事となってしまったのです。当初、食堂車で使用されていた石炭レンジが発火源と疑われ、結果的にこの事故を契機に食堂車そのものが見直されることとなっていってしまいます。

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▲100系新幹線の2階建て食堂車168形(X編成)。1998(平成10)年10月2日の「ひかり126号」を最後に運用を終えた。P:RM (RMライブラリー150巻『日本の食堂車』より)
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その後も人件費をはじめとしたコスト面や、駅売店の充実、さらには食生活の変化等もあって食堂車は減少の一途をたどります。しかしJR発足後、ただ一度だけ食堂車が最後の輝きを放った時代がありました。記憶に新しい方も少なくないはずの100系新幹線168形3000番代(V編成)グランドひかりに象徴される超豪華な列車食堂です。わずか十年ほどの命のまさにバブルな"徒花"であったかも知れませんが、今なお、あの2階でもう一度食事を楽しみたいと夢描いてしまうのは私だけではないでしょう。

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▲戦後のメニューの数々。意匠を凝らしたメニューは旅情をそそるアイテムでもあった。本書では各種のメニューもカラーで紹介。 (RMライブラリー150巻『日本の食堂車』より)
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鉄道友の会 客車気動車研究会の皆さんによるこのRMライブラリー150巻記念『日本の食堂車』は、車輌の変遷のみならず、メニューや料理そのものの写真もふんだんに収録した、その名のとおりまさに日本の食堂車の集大成となります。詳細はまた小ブログでもお知らせいたしますので、どうかご期待ください。

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▲アプト晩年の横川機関区。この数ヵ月後には新鋭EF63で埋め尽くされることになる。 1963.4.30 横川機関区 P:小林正義 (RMライブラリー『国鉄アプト式電気機関車』下巻より)
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上中下の3分冊となった小林正義さんの『国鉄アプト式電気機関車』の下巻が完成、ついに国鉄に所属したアプト式電気機関車の全貌を解き明かす未曾有の大作が完結いたしました。

111221rml149_h1s.jpg上巻ではアプト式および碓氷線の開通から電化までの略史とともに、日本初の本線用電気機関車でもある10000(EC40)形と初の国産機10020形(ED40)形を収録、続く中巻では、ED40形の活躍とその後の私鉄払下げ後の消長、さらに輸入機10040(ED41)形を解説しましたが、完結編となる下巻ではいよいよ国鉄アプト式電気機関車の最終完成形であるED42形について詳述していただきました。試験的意味合いの強かったED41の成果をもとに1934(昭和9)年に登場したED42形は、太平洋戦争を跨いで1946(昭和21)年までに28輌が製造されました。これはEC40形(12輌)、ED40形(14輌)、ED41(2輌)の合計輌数であり、1951(昭和26)年から1963(昭和38)年の粘着新線開通までの12年間にわたって、碓氷峠のすべての列車は、ED42形によってエスコートされることになります。

この下巻では名うてのモデラーでもある小林正義さんならではの着目点、全機の形態分類がまず目を引きます。先行試作期、量産期、戦時増備期の3期を形態面から標準型と戦時製造型の二つに大別し、さらに通風鎧窓や屋根上通風器の形態、屋根上モニターや車体リベットの有無、さらには第2端側出入台手摺の高さなどにいたるまで、その観察眼にはあらためて感服いたします。

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▲28輌が製造されたED42だが、23号機以降は戦時製造型になり、外板に歪みが目立つようになった。しかし、完成は終戦後だった。 (RMライブラリー『国鉄アプト式電気機関車』下巻より)
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ところで今回の形態分類に関しては小ブログをご覧いただいている皆さんの大きなお力添えがありました。今年7月の時点で全機28輌中まったく写真のないものが3輌あり、それ以外にも形態分類を行ううえで判断材料となる写真が不足している号機が数多くありました。そこで7月27日付け小ブログで皆さんにご協力をお願いしたところ、あっという間に驚くばかりの写真・資料をお寄せいただきました。この写真・資料が今回の形態分類の大きな支えとなったことは間違いなく、あらためてお礼申し上げたいと思います。

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▲ED42の前面いろいろ。ED42は比較的製造途中での変化が少ない形式だが、屋根への昇降ステップが折り畳み型から17号機以降の固定型に変更されている。 (RMライブラリー『国鉄アプト式電気機関車』下巻より)
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ちなみにこの小林さんの形態分類のお手伝いをしながら痛感したのが、片側=公式側(2-4位側)の写真ばかりが残されていることでした。横川-軽井沢間はほぼ東西方向、しかも基本的に南側が谷、北側が山となっており、光線状態から言っても足場から言っても非公式側(1-3位側)の写真は物理的に撮りにくいわけです。生涯一駅区間だけを住処とした機関車ならではのエピソードとも言えましょう。

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▲1962年には気動車が碓氷峠を通過するようになったが、横川~軽井沢間はアイドリング状態でED42形が牽引・推進した。 (RMライブラリー『国鉄アプト式電気機関車』下巻より)
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信越本線のボトルネックとなっていた碓氷峠の近代化には、技師長室が中心となって6案が出されて比較・検討が進められました。この中にはアプト式のまま改修を図る案も盛り込まれていましたが、結果はご存知のように1/15勾配(66.7‰)粘着式線増案に決定し、1963(昭和38)年9月、アプト式はその70年に及ぶ歴史に幕を下ろしました。思えばその粘着式新線でさえ来年は廃止15年...国鉄アプト式電気機関車を語り継ぐにはまさに最後のチャンスと言っても過言ではないでしょう。

〔速報と訂正〕
一昨日「年末にはその役目を終える」としてご紹介したオーストリア・ウィーンの老人ホームの「給食軌道」ですが、昨日さっそく現地を見に行かれた方からすでに運転されていないとのご報告をいただきました。まだ入所中の方がおられるため給食は行われているものの、すでに軌道は使用されておらず、仮設の荷役デッキからのトラック輸送となってしまっているそうです。
※「給食軌道」の昨日の様子は→こちら

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『国鉄時代』vol.28本日発売。

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▲上越型EF16のトップナンバー20号機を先頭にEF16+EF58重連の牽く8702レ急行「佐渡54号」が第6利根川橋梁を渡る。'75.12.31 湯檜曽-水上 P:成田冬紀 (『国鉄時代』vol.28より)
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お待ちかねの方も多いと思います。『国鉄時代』vol.28が本日発売となりました。今回の特集は上越線です。全線開業80年、特急「とき」誕生50年、そしてC61 20復活元年...、C61に会いにお出掛けになって、新幹線開通前のあの特急街道に思いを馳せたベテランファンの方々も多数いらっしゃることでしょう。

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▲上牧-後閑間のカーブを快走する「とき」。151系「こだま」を見ながら育った米山さんにとって、「とき」との出会いは生涯の宝物となった。'76.2 P:米山淳一 (『国鉄時代』vol.28より)

まず、巻頭カラーは"SLブーム"が最高潮に達していた1975(昭和50)に写真集「特急 とき」を上梓されて鉄道写真界に大きな衝撃を与えた米山淳一さんの「朱鷺が飛翔(と)んでいた頃」。181系華やかなりし頃の上州路から越後路をブローニー判のポジで撮られた美しい写真で綴ります。凍てついた冬、花咲く春、緑濃い夏、実りの秋、そしてまた冬へ、四季を駆けたこの流麗な電車の魅力が甦ります。

kokutetsu28nn.jpg上越線といえばまた補機の活躍でも有名です。デッキに雪塊を乗せ、台車を雪まみれにして奮闘するシェルパEF16の姿は、旧型電機ファンならずとも胸を打つ光景です。ここでは成田冬紀さんに、上越型20~31と福米から転じた11・12、そして福米型EF16からEF15に再改造され長岡に配置されたもの併せて19輌の特徴と差異を各期機の写真とともに解説していただきました。また上越線といえば耐寒耐雪タイプのEF58の聖地。1948年の旧型ボディのEF58の登場から、1981年の終焉まで、5年間のブランクを挟んだ28年間のショートヒストリーを、犬山徹夫さんが紐解きます。さらに速達列車急行「越路」「佐渡」を牽引するもっとも華やかな姿を、ベテランの瀬古龍雄さん、田部井康修さんに写真をご提供いただき、その後の有名となったスキー臨8702レなどでの活躍と併せ、見応え読み応えのある重厚な内容となりました。

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▲戦後いち早く全線電化がなった上越線の主役は歴代のF級電機たちだ。凸型のEF13や旧車体のEF58以来、高崎第二機関区と長岡第二機関区の本務機、そして水上機関区の補機たちが上越国境を護ってきた。 (『国鉄時代』vol.28より)
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ところで長岡第二と高崎第二におけるEF58の配置は1956(昭和31)~1961(昭和36)の5年間の中断がありますが、その間に主役だったのが後に宇都宮運転所のヌシとなるEF57です。突き出したパンタの無骨な鎧武者のごとき風貌は、峻嶮な山々を縫う上越線の風景にマッチするようです。高崎在住の田部井康修さんが若き日に捉えた姿を「上州路のEF57」としてグラフィックに構成。その短かった活躍を振り返ります。

28EF57nn.jpgちょうどそのEF57の活躍が始まった頃、初めてこの上越線の冬を体験した佐竹保雄さんの「冬の上越線紀行」は、暖房車を連結したEF13やEF15、雪を蹴立てて疾駆するEF57など、見るものすべが雪にまみれた鉄道の驚きが伝わってきます。佐竹さんの紀行は新潟で瀬古龍雄さんの家に泊めてもらうところで終わっていますが、その瀬古さんにも、サンパチ豪雪やEF58の活躍など、昭和30年代の越後路の思い出を語っていただきました。

▲単線時代の群馬総社駅で交換待ちをするEF57 9〔高二〕。対向列車の先頭に立つのは兄弟機EF57 10〔岡二〕。 (『国鉄時代』vol.28より)
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一般記事では長津 徹さんの「会津 あの日あの時」が、C11終焉近くの会津線・只見線の冬の風景を情緒溢れる構成で展開。車輌だけではなく昭和40年代末の会津の冬がページをめくるごとに懐かしい香りともに甦ってきます。長津さんは冬の会津を記録するため約1か月、西若松の下宿に住んでいたといいます。
三宅俊彦さんの一枚の運用表からか今回は芸備線管理所(三次)。中国山地の山深くブラストを轟かせていた8620・C58の活躍を追います。

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▲長津 徹さんの「会津 あの日あの時」は下宿してまで撮影にのめり込んだという青春の結晶。その情感溢れる16ページは、同時代体験をした方には感涙もの。 (『国鉄時代』vol.28より)
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特別付録DVDはC62重連「ニセコ」をクライマックスとした松井誠次さんの「1971年北海道蒸気機関車の旅」、向山賢寿さんの「雪の幌内線」、浜田を中心とした蒸機の活躍を追った瀧藤岩雄さんの「山陰本線西部の蒸気機関車」の3本立て、全57分です。
『国鉄時代』も皆様に支えられ発刊7年となりました。ご愛顧にお応えして93名に当る大プレゼントもあります。来る2012年の運だめしを兼ねて、ぜひご応募ください。

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消える「給食軌道」。

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▲かいがいしく各棟を回る「下げ膳」列車。スチル写真で見るとのんびりとした作業のように見えるが、実際はまるで"軽業"のような素早さ。'03.9.27

先日、ヨーロッパからナローゲージャーにとっては残念なニュースが飛び込んできました。世にも珍しい老人ホームの「給食軌道」として小ブログでもご紹介したことのあるオーストリアはウィーンの500㎜ゲージナロー(アーカイブ「老人ホームの"給食軌道"」参照→こちら)が今年いっぱいでその役目を終えるというのです。

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▲「給食」は機内食のコンテナのような手押しのキャスター付きコンテナに入れられ、トロッコへと積まれる。列車はさながらコマネズミのごとくちょこまかと各棟を巡る。'03.9.27

lainz9nn.jpgウィーン随一の観光名所シェーンブルン宮殿のちょうど裏手に位置するヨーロッパ最大の特別養護老人ホーム=アルタ・ウント・プフレーゲハイム・デァ・シュタット・ウィーン(Alters-und Pflegeheim der Stadt Wien)は、市電の電停にして3駅分にもおよぶ広大な敷地に17もの病棟・居住棟が点在し、3500人あまりの入居者が暮らしています。そしてこの各棟に日々の食事を運んでいるのが、構内に敷き巡らされた500㎜ゲージの軌道で、さながら毛細血管のようにパビリオンを巡る軌道延長は4.2kmにも達するといいます。
▲教会横を抜けてパビリオン1へと夕食をデリバリーするシュトルプ製6号機。'03.9.26
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広い構内のほぼ中央に位置する厨房棟から14棟のパビリオンに2657人分の3食の食事をデリバリーするのがこの軌道の役目です。通常は2輌のバッテリーロコがそれぞれ「据え膳」列車と「下げ膳」列車を担当。当然ながら365日、朝・昼・晩の3回、決して"運休"することなく85年以上も走り続けてきたこの軌道ですが、老朽化によって施設そのものが別の場所に新設される9つのケア・ホームに移転するのに伴い、廃止されることとなったものです。

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▲パビリオン15から空車を引き出すAEG製1号機。限られた時間内に全棟を回るには、線形を考慮した"配膳順"が極めて重要。'03.9.29
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すでにいくつかのパビリオンと呼ばれる棟は閉鎖されて入居者も新施設に移ったそうで、この年末には移転が完了し、これにともなってこの歴史ある「給食軌道」もその役割を終えるとのことです。ひと昔前まではさまざまなインダストリアル・ナローがひしめいていたオーストリアも、4年ほど前に小ブログのタイトルにもしているライン河上流工事事務所の軌道が実用軌道としては廃止され(アーカイブ「惜別! ライン河軌道」参照→こちら)、それに続いての今回の「給食軌道」の終焉と、いよいよプリザベーション・サイトを残すのみとなりつつあります。

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甦った中遠鉄道のバグナル。

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▲給水塔や腕木式信号機、転轍機などもレイアウトされて原寸大のジオラマのような雰囲気の浅羽記念公園。P:袋井市教育委員会提供
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近年、静岡県袋井市では、地元の軽便鉄道として親しまれながら1967(昭和42)年に廃止(全線廃止は1970年)された静岡鉄道駿遠線を顕彰する動きが盛んですが、このたび袋井市内に新たに整備された「浅羽(あさば)記念公園」に駿遠線を走った列車の原寸大レプリカが登場、去る11月13日(日曜日)にお披露目されました。

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▲浅羽記念公園の全景。俯瞰してみるとまるでエンドレスの線路が敷設されているように見える。P:袋井市教育委員会提供
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復元されたのは駿遠線の前身にあたる中遠鉄道(新袋井~新三俣間)が開業時に導入した英国バグナル製のBサイドタンク機(1913年製)で、現車は同形4輌の仲間すべてが静岡鉄道に引き継がれ、当地で生涯を終えています。

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▲「浅名駅」ホームに停まったイメージのバグナル牽引列車。客車は休息用あずまやで、車輪はない。P:袋井市教育委員会提供
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▲展示スペース以外は実物のレールではなく線路をイメージした敷石となっている。P:袋井市教育委員会提供
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製作を担当したのは、広島県にある遊具や景観製品の専門メーカー、タカオ株式会社。同社はこれまでにも福知山市の北丹鉄道2号機のレプリカや宇和島市の宇和島鉄道1号機レプリカなどの実績があり、一見本物と錯覚するほどの出来栄えにはすでに定評があります。実は昨年夏前に小ブログのアーカイブでバグナル関連の記事をご覧になった同社からご連絡をいただき、基本的なディメンションをお知らせするなどしたご縁もあって、今回の公園オープンはわが事のように嬉しく思えてなりません。

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▲この写真では見にくいが、中遠鉄道バグナルの特徴でもあったバグナル・プライス式弁装置もしっかりと再現されている。P:袋井市教育委員会提供
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▲キャブ前板は透明板に覆われており視界が拓けている。安全弁なども見事に再現されており、電気式の汽笛が鳴らせるようになっている。P:袋井市教育委員会提供
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この浅羽記念公園は昨年5月に閉館した浅羽会館跡地にオープンしたもので、広さは約7,000㎡。袋井市南部のイメージである農業と、地元に親しまれた軽便鉄道である静岡鉄道駿遠線をコンセプトとして企画され、整備費用には袋井市出身の実業家・近藤健次さん(東京在住)からの寄付金が活用されたそうです。

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▲焚口戸周辺。火室中央上部に位置するレギュレータハンドルや水面計も雰囲気を盛り上げる。P:袋井市教育委員会提供
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園内には駿遠線ありし頃の新袋井から4駅目の「浅名」停留場をイメージしたホームを中心に、バグナルの後ろには客車型のあずまやがつながっています。さらに給水タンクや腕木式信号機なども備えられており、線路をイメージしたモニュメントとともにさながら鉄道公園の趣を呈しています。

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▲模擬ホーム上の浅名駅駅名標(左)と、客車を模したあずまやの内部。機関車・客車ともに自由に乗り降りすることができる。P:袋井市教育委員会提供
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▲駿遠線によく見られた両腕式の腕木式信号機(左)も再現されている。右はメルヘンチックなペイントがされたダミーの給水塔。P:袋井市教育委員会提供
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この浅羽記念公園はJR袋井駅から秋葉バスの秋葉中遠線で約10分の浅羽支所前停留所下車、東へ徒歩3分ほどのところにあり、公園の周囲には浅羽支所、浅羽図書館、メロープラザなど袋井市(旧浅羽町)の施設が集中しています。

資料提供:袋井市教育委員会

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▲吹雪を突いて奥羽本線を下る青森行き寝台特急4001レ「日本海」。'11.12.12 奥羽本線大館-白沢 P:佐々木浩範 (「今日の一枚」より)
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本日、JR各社より来年春のダイヤ改正の概要が発表となりました。ダイヤ改正実施日は3月17日(土曜日)。この中で目を引くのは何と言っても寝台特急「日本海」(大阪~青森間)と急行「きたぐに」(大阪~新潟間)の廃止です。

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▲晩秋の新疋田を大阪目指して上る4002レ「日本海」。'11.12.2 北陸本線新疋田 P:伊藤正歳 (「今日の一枚」より)
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JRグループの発表によると、この両列車は「ご利用の減少に伴い...(中略)...運転を取り止めます。なお、お客さまの多い時期に臨時列車として運転します」とされており、歴史ある日本海縦貫線の名列車が、来年3月の改正をもって消えてゆくことになります。

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▲新潟からの長旅を無事に終え、ねぐらに向かう「きたぐに」。'11.12.10 東海道本線塚本 P:舟本勇介 (「今日の一枚」より)
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また東海道新幹線ではN700系が増備により96編成(JR東海80編成、JR西日本16編成)態勢となることから、すべての定期「のぞみ」がN700系での運転となり、さらに「ひかり」「こだま」へのN700系の充当も増え、すべての定期列車312本の約64%にあたる199本の列車がN700系での運転となります。既報のとおり、これにともなって約20年にわたって親しまれてきた300系は東海道・山陽新幹線から引退し、山陽新幹線を運転する列車はN700系、700系、500系の3種類となります。

いっぽう山陽・九州新幹線関係では、直通列車「みずほ」「さくら」 が朝夕時間帯を中心に増発され、「みずほ」は1往復増の5往復 、「さくら」は7往復増の18往復、合わせて23往復となり、 朝夕時間帯は概ね1時間あたり2本の運転となります。

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▲奇跡!  国鉄色の100系同士が並びました。'11.12.4 山陽新幹線 新下関 P:藤吉不三夫 (「今日の一枚」より)
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さらにJR東海関係では、新宿~沼津間(小田急線・御殿場線経由)で371系と小田急電鉄20000形によって4往復運転されている特急「あさぎり」の全列車が、この改正を機に小田急電鉄60000に統一されます。また、運転区間が新宿~御殿場間に変更になるほか、運転本数が3往復(土休日等には臨時1往復を追加設定)となる計画です。つまり371系での「あさぎり」は消滅することになるわけで、改正後JR東海車である371系が小田急線内を走る姿を見ることはかなわなくなってしまいそうです。

このほかJR東日本管内では、新幹線E5系車輌を4編成追加投入して、従来の6編成と合わせて 10編成となり、「はやて」(東京~新青森間)15往復中、7往復がE5系での運転となります。また新幹線関係では同時に山形新幹線「つばさ」の速達化も図られる予定です。

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▲冠雪した富士山をバックに、白に青の371系が往く。'11.12.4 小田急電鉄小田原線渋沢―秦野 P:松山政昭 (「今日の一枚」より)
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在来線関係ではこの改正を機に常磐線の特急「スーパーひたち」、「フレッシュひたち」に新型車輌E657系が投入されます。ダイヤ改正時点で、「スーパーひたち」、「フレッシュひたち」の約4割がE657系での運転となります。
「スーパーひたち」:現行651系30本→改正後651系10本+E657系20本
「フレッシュひたち」:現行651系9本+E653系32本→改正後651系2本+E653系30本+E657系9本

JR西日本では、京都・新大阪と南紀方面を結ぶ特急「くろしお」に新型車輌287系が投入され、従来の列車名「オーシャンアロー」・「スーパーくろしお」・「くろしお」 の3種類(合計16往復)がすべて「くろしお」に統一されます。 また、宝塚線・福知山線(大阪〜福知山)に225系が投入され、これにより、JR宝塚線 の113系の運転が終了します。

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▲817系2000番代の外観イメージとその客室内イメージ   (JR九州プレスリリースより)
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JR九州では福岡都市圏の輸送改善として、ロングシートの新型通勤車輌の投入によって通勤・通学時間帯の混雑緩和が図られます。 この新型車輌は817系2000番代(2輌編成)と3000番代(3輌編成) で、主な要目は以下のようなものです。
定 員:2000番代 270名(座席 92名、立席 178名) 、3000番代 424名(座席 150名、立席 274名)
車内設備:客室照明のLED化、腰掛ロングシート、電動車椅子対応トイレ、介助用補助腰掛、側出入口ドア開閉表示灯、等
最高速度:2000番代:100km/h (運転最高速度)、3000番代:120km/h (運転最高速度)
(2000番代、3000番代とも設計最高速度は120km/h)
新製輌数:2000番代:12輌(6編成)、3000番代:15輌(5編成)=計27輌新製

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111215n032.jpg来年2012(平成24)年5月22日に予定されている東京スカイツリータウン®の開業にあわせ、東武鉄道では特急スペーシアで運用中の100系全9編成(6輌×9編成 計54輌)を順次リニューアルすることとなり、最初のリニューアル車輌が12月29日(木)の特急「けごん7号」でデビューする予定です。
▲左上=東京スカイツリーライティングデザイン「雅」基調(12月29日デビュー予定)、右上=東京スカイツリーライティングデザイン「粋」基調、左下=サニーコーラルオレンジ基調の3種のイメージ。提供:東武鉄道
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リニューアルに際しては、特急スペーシアの持つ雰囲気を大切にしつつ、日光・鬼怒川の自然のイメージや、最先端の照明技術で実現される東京スカイツリー®のライティングデザイン「粋」・「雅」のイメージが取り入れられます。また車内は、東京スカイツリーのロゴをモチーフに一般席を一新するほか、コンパートメントルーム(個室席)についてもくつろげる空間となるよう座席および壁紙が改装されます。

リニューアル内容
■車輌外観のカラーリング
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▲①東京スカイツリーライティングデザイン「雅」基調(3編成)
東京スカイツリーライティングデザイン「雅」(優雅で気品あるイメージの江戸紫)をベースに、東武グループのグループロゴカラーである「フューチャーブルー」のラインをあしらったもの。提供:東武鉄道

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▲②東京スカイツリーライティングデザイン「粋」基調(3編成)
東京スカイツリーライティングデザイン「粋」(隅田川の水をモチーフとした淡いブルー)をベースに、「フューチャーブルー」のラインをあしらったもの。提供:東武鉄道

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▲③サニーコーラルオレンジ基調(3編成)
日光・鬼怒川方面の象徴列車であるサニーコーラルオレンジをベースに、「フューチャーブルー」のラインをあしらったもの。提供:東武鉄道

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■スペーシア新ロゴマーク (外観側面イメージ)
このリニューアルを機に、スペーシアのロゴマークが一新されます。このロゴマークは、SPACIAの「I」が東京スカイツリー®の塔体を表すとともに、その横に寄り添うように輝く3つの星はスペーシアが結ぶ「浅草」・「東京スカイツリータウン®」・「日光」を意味するものです。

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▲東武グループのグループロゴカラー(左)とスペーシアの新ロゴマーク(右)。提供:東武鉄道
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▲3種のリニューアルカラー側面に入る新ロゴ(イメージ)。提供:東武鉄道
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▲東京スカイツリー®のロゴ(左)をモチーフとした一般席(右)。提供:東武鉄道
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compartment.jpg■一般席の座席
東京スカイツリータウン®の中心となる東京スカイツリー®のロゴをモチーフに、カラフルなパステルカラーをアクセントとし、リズミカルで躍動感のある楽しい雰囲気が演出されます。
■コンパートメントルーム(個室席)
日光・鬼怒川の自然豊かな大地を連想させるブラウンを用い、高級感あるくつろげる空間を演出。座席をはじめとして、壁紙、床じゅうたんが改装されます。
▲大幅に改装が図られる予定のコンパートメントルーム。提供:東武鉄道
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▲デッキ・ビュッフェ(左/3号車車内販売カウンター)もリニューアルが図られ、東京スカイツリー®の公式キャラクター「ソラカラちゃん®」もデザインに取り入れられる。提供:東武鉄道
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なお、リニューアル第1号列車は、東京スカイツリーライティングデザイン「雅」基調カラーリングの編成となる予定だそうです。

協力:東武鉄道株式会社/東武博物館

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▲先頭車前面のアップ。よく見るとラッピングの痕跡が見て取れるが、少し離れるとほとんど分からない。また、前面ステンレスは銀色と白色のストライプのラッピングで表現している。掴み棒の下部には白色のストライプが回っていないことに注意。'11.12.13 南入曽車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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西武鉄道の特急用車輌10000系10005編成が初代特急用車輌5000系をイメージした塗装に変更され、"レッドアロークラシック"として営業運転を開始したことを先日お伝えしましたが(アーカイブ「"レッドアロークラシック"登場。」参照→こちら)、昨日13日に同編成の報道公開が行われましたので、その模様をレポートいたしましょう。

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▲10005編成"レッドアロークラシック"の編成全体をクハ10705の側から見る。側面を見る限りでは5000系"レッドアロー"と錯覚してしまいそうなくらいである。'11.12.13 南入曽車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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▲クハ10705の先頭部と妻面部のアップ。車体側面のワンポイントとして両端の先頭車妻面部分には「RED ARROW CLASSIC」のロゴが入れられている。なお、転落防止ホロはグレー無塗装であり、赤帯は車体妻面には回り込んでいない。'11.12.13 南入曽車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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111214n007.jpg改めて西武鉄道の特急用車輌について振り返ってみますと、初代の特急用車輌5000系"レッドアロー"は西武秩父線開通にあわせて1969(昭和44)年に登場した車輌で、同時期に登場した101系電車や電気機関車E851形とともに斬新なデザインやカラーリングが話題となりました。同鉄道のスターとして特急「ちちぶ」「むさし」などで活躍した姿を記憶されている方も多いでしょう。1993(平成5)年には5000系の後継車輌となる10000系が登場します。こちらはグレーをベースにした丸みを帯びたデザインが特徴で、"ニューレッドアロー"と呼ばれています。10000系の増備に伴い、5000系は1995(平成7)年に引退し、一部は富山地方鉄道に譲渡されました。
▲特別に公開されたクハ10705の運転台。なお、運転席背面にはガラスなどがないため、10000系の運転台はなかなか見ることができない。'11.12.13 南入曽車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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▲車内内装などは塗装変更前と変化はないが、座席背面のテーブルには懐かしい写真のステッカーが4種類、それぞれの列に貼られている。'11.12.13 南入曽車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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今回、10005編成は5000系をイメージしたカラーリングとなっていますが、赤帯や前面のステンレスなどはラッピングで表現されています。とはいえ、5000系の雰囲気が十二分に再現されているといえましょう。

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▲5000系をイメージした塗装となった10005編成"レッドアロークラシック"が、ツートンカラーにリバイバル塗装された新101系261編成と並ぶ。かつての西武線の雰囲気が感じられた一瞬であった。'11.12.13 南入曽車両基地 P:RM(小野雄一郎)
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なお、"レッドアロークラシック"の運行開始を記念して、従来特急列車が運転されていなかった拝島線にも12月12日から18日までの一週間限定で臨時特急列車が運転されています(平日:西武新宿19:42→高田馬場19:45→田無20:01→小平20:08→玉川上水20:21→拝島20:32/土休日:西武新宿19:40→高田馬場19:43→田無20:00→小平20:07→玉川上水20:20→拝島20:29)。"レッドアロークラシック"編成は11日に南入曽車両基地に回送後、運転開始日の12日に早速充当されたほか、新宿線の特急「小江戸」にも充当されました。車輌運用の都合で同編成が運転されない場合もありますが、今週日曜日までは新宿線~拝島線を走る"レッドアロークラシック"の姿を楽しむことができるでしょう。

取材協力:西武鉄道株式会社

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京阪13000系 来春登場。

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▲来春から営業に入る新型通勤車13000系の外観イメージ。 提供:京阪電気鉄道
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昨年は100年のアニバーサリー・イヤーを迎え、『京阪電車 車両の100年』(→こちら)の出版をはじめ様々な記念事業を展開した京阪電気鉄道ですが、いよいよ次世代に向けて新型通勤車13000系20輌を新造し、宇治線を中心に来年、2012(平成24)年春より順次営業運転を開始することを発表しました。

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▲13000系の客室内イメージ。 提供:京阪電気鉄道
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この13000系は3000系新造時に導入した車輌全体の基本デザインコンセプト「風流の今様」を継承。エクステリアデザインは、「風流の今様」を具現化するモチーフとしての「スラッシュ・ムーン」と呼ぶ円弧形状に加え、コーナーにエッジをもたせた「ウェッジシェイプ」というテーマを導入して通勤車らしい軽快感を演出しています。
インテリアデザインは、外観との調和も考慮し、萌黄色を座席や吊り手に用いたほか、サブカラーには墨、アクセントカラーとして橙を採用、京都のテイストを感じさせつつもモダンな、これまでの通勤車輌にない大胆なデザインとなります。

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▲荷棚の高さは従来車輌より低く設定されている。 提供:京阪電気鉄道
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▲サブカラーには墨、アクセントカラーとして橙を採用した客室内。 提供:京阪電気鉄道

また、これまでの同社車輌開発時に蓄積された技術やノウハウを結集し、特に環境への配慮やバリアフリーへの対応、安全性の向上などに主眼を置いて開発した新型通勤車となっています。車体はアルミ合金製でVVVFインバータ制御装置を採用。2600系との比較で約35%の電力量削減が実現されます。2600系20輌との代替が完了すると、運転用電力量全体で約1%の電力量削減が実現する見込みとなります。

111213n001n1.jpgバリアフリーへの対応は、車いすスペース、車内案内表示器、転落防止外ほろ、誘導鈴、扉開閉予告灯を設置し、荷棚の高さも従来車輌よりも20mm 低い1750mm(優先座席部上は従来より50mm低い1720mm)となります。さらに同社では初めて扉の端部と出入口の足元にオレンジ色のラインを配置し、視力の弱い方にもわかりやすい配慮がなされます。安全面においては、セミダブルスキン構体を採用して正面強度の向上やオフセット衝突の対策などの車体強度向上策を施し、客室内は握り棒を増設して座席端部の仕切板が大型化されます。また危険な角部を極力なくした設計とされています。

▲扉の端部と出入口の足元にオレンジ色のラインを配置。 提供:京阪電気鉄道

このほか、サービスの向上として液晶式の車内案内表示器を設置するほか、除湿機能を備えた全自動空調装置を採用。腰掛は一人当たり座席幅470mmのバケットシートとなり、ダイレクトマウント式空気バネ台車を採用することで乗り心地の向上が図られます。なお編成は4輌(Mc-T-T-Mc)で、5編成を新造。車体製造所は川崎重工業株式会社と発表されています。

■主要諸元
①車 系 13000系
②編 成 4輌編成(Mc-T-T-Mc)
③最大寸法
先頭車:18,900㎜(長さ)×2,792㎜(幅)×4,195㎜(高さ)
中間車:18,700㎜(長さ)×2,792㎜(幅)×4,116㎜(高さ)
④定 員 先頭車:128人(うち座席 43人)
中間車:137人(うち座席 49人)
⑤座 席 ロングシート(バケットシート)
⑥構 体 アルミ合金
⑦制御装置 VVVFインバータ方式
⑧輌 数 20輌(4輌×5編成)
⑨車体製造所 川崎重工業株式会社

資料提供:京阪電気鉄道

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KBscaleのOMZ117を組む。(上)

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▲次第に形になりつつあるKBscaleのOMZ117キット。エッチングの精度は極めて良いが、マニュアル通りの工程ではハンダ付けが困難な箇所も...。
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今日はひさしぶりに個人的な模型の話題を...。3年ほど前にロンドンのエクスポ・ナローゲージ会場でサンプルを見かけて先行予約をしてしまったKBscaleのOMZ117(アーカイブ「KBscaleのOMZ117」参照→こちら)ですが、ようやく重い腰を上げて組み始めています。

omz117n021.jpgあらためてご紹介すると、OMZ117形とは戦前から戦後にかけて同系列が量産されたドイッツ(Deutz)製のフェルトバーン用小型ディーゼル機関車で、ヨーロッパをはじめ各地でその姿を見ることができた汎用機です。さすがに最近では可動状態にある仲間は保存鉄道でもない限りお目にかかれませんが、その均整のとれたディメンションといい、小さいながらもロッド式の足回りといい、ぜひひとつは手元に置いておきたいと願っていた機関車の1輌です。ただ、残念ながらこれまで7㎜スケールで納得のゆく出来の製品はなく、このKBscaleの新製品は私にとってまさに"待望"のリリースでした。
▲発売前にロンドンのエキスポ・ナローゲージ会場(→こちら)に展示されていたサンプル。'08.10.25 ホワイト・オーク・レジャー・センター
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▲キットの構成。両面抜きのエッチング板は車体関係はブラス、足回り関係は洋白と使い分けられている。バンパーやエアクリーナーなどはホワイトメタル製。
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▲窓枠の縁取りは極めて細く、切り離す前にハンダメッキを施しておく(左)。足回りは洋白エッチング(右)。画面右下の主台枠のスペーサーによって12㎜、14㎜、16.5㎜と3種の軌間に作り分けられる。
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ロイ・C・リンクさんがプロデュースしていた秀逸な製品の流れを汲むだけあって、エッチング板を中心とした各種パーツの精度は惚れ惚れするほどですが、英仏のキットメーカーのお家芸ともいえる何もかもエッチング細工で終始する構成は相変わらずで、慣れないと面食らうに違いありません。このキットもシャーシ・アッセンブリーはもとより、ギアボックスやサイドロッドまでエッチング板から組まねばなりません。

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▲主なパーツをハンダ付けした車体各部。ボンネットリッドとキャブ屋根は平板から曲げてゆくが、微妙な複合曲線でこれがなかなか厄介。
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▲鉞型の手ブレーキはかなり省略されていたのでラチェットレバーを追加(左)。同様にスロットルレバー(右)も新製した。
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▲フロントグリルに付くドイッツのエンブレム。両面抜きされた菱形の別パーツをハンダ付けし終わると思わず笑みが溢れてしまう。
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omz117n033.jpgインストラクション・シートにはイラストや図もあるものの、実際に組み始めるとわからないことだらけで、説明通りに組み進めてゆくとどう考えてもハンダゴテが入らない箇所が続出します。説明書には油脂汚れがあっても接着できるというはめ合い用接着剤"Loctite603"(日本ではヘンケルジャパン取扱い)が盛んに推奨されていることから類推するに、何が何でもハンダ付けとは考えず、接着剤との併用で気楽に組んでゆくのが本旨なのでしょうが、かつての僚機OMZ122(アーカイブ「LSLのOMZ122」参照→こちら)の時と同じく、意地でもハンダ付けだけで組み上げると決めてしまった以上、結局は自ら茨の道を歩むこととなりました。
▲このキットで残念だったのが、チャームポイントともいえる楕円形のドイッツ銘板が付いていないこと。幸いかつて組んだフランスLSL製のOMZ122の予備銘板が2枚残っていたのでこれをハンダ付け。図らずもドイツ機をプロトタイプにしたイギリスのキットにフランス製の銘板を付けるというコラボレーション(?)となった。
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▲パワートレーンは実に難解。いまだに試行錯誤の最中ながら、どう考えても理に適っているとは思えない設計も。このモーター締結ビスもそのひとつで、ウォームホイールに干渉してビスBは恐ろしく締めにくい。
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現在、車体関係はほぼ組み上がり、途中まで手をつけながら中断してしまっている走り装置の工作を再開する段階となっています。例によって一日数分、切る・削る・つけるのいずれか一工程だけの工作のため、まだまだゴールの見えない段階ですが、年明けにはまたこの続きをご報告をしたいと思います。

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▲ロバート・マン ギャラリーからのポストカード。写真は1952(昭和27)年にワイオミング州ローリンズで撮影されたユニオン・パシフィックのチャレンジャー。もちろん現役時代のひとコマ。

毎回ご案内をいただいているニューヨークのロバート・マン ギャラリーから、この年末年始に開催されるリチャード・スタインハイマー(Richard Steinheimer)さんの遺作展のインビテーションをいただきました。

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▲スタインハイマーさんが巻頭言を寄せている写真集『STARLIGHT ON THE RAILS』の表紙。世界の鉄道写真集の中でも十指に入ると思える珠玉の一冊。
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▲『STARLIGHT ON THE RAILS』よりスタインハイマーさんの作品。下は1973(昭和48)年12月、満月の夜に撮影されたミルウォーキー鉄道のE77で、何と次機SD40‐2形のデッキに仁王立ちしてバランスを取りながらブロニカのスローシャッターを切ったという作品。
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robertmann010n.jpgスタインハイマーさんと聞いても鉄道写真を志す皆さんは別としてご存知ない方が少なくないと思いますが、アメリカを代表する鉄道写真家のお一人で、黎明期を切り拓いた点で"鉄道写真のアンセル・アダムス"とまで評される重鎮でした。5月にカリフォルニアにお住まいの青木晴夫さんからメールで訃報をお知らせいただき、お亡くなりになったことを知ったのですが、没後半年あまりで遺作展が開かれることからもその大きさが知れようというものです。

▲ニューヨーク・マンハッタンの西南、チェルシー地区の古びたビルにロバート・マン ギャラリーがある。周囲には140近くの美術館やギャラリーがひしめいているという。'00.12 P:岡山英明(『鉄道写真2001』より)
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スタインハイマーさんは1929(昭和3)年のお生まれ。カリフォルニアに長くお住まいで、戦後直後からスピードグラフィクを駆使して無煙化迫る北米各地の鉄道を撮影し続けました。とりわけ光と影を使った作画に秀で、夜間撮影で知られるあのO.ウインストン・リンクさんより前からさまざまな夜間撮影にも取り組んでこられました。

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▲写真展『STARLIGHT ON THE RAILS』を開催中のロバート・マン ギャラリー展示室内。このニューヨークの写真展と、清里フォトアートミュージアムで開催された日本展とも言える写真展「20世紀の蒸気機関車 ー広田尚敬、O.ウインストン・リンク」は『鉄道写真2001』で特集している。'00.12 P:岡山英明(『鉄道写真2001』より)

今回の遺作展は最後の写真集『A PASSION FOR TRAINS』と同名。スタインハイマーさんは1948(昭和23)年から『Trains』誌に400枚以上の作品を発表してこられましたが、その同じ『Trains』誌に日本人として初めて作品が掲載されたのが広田尚敬さんでした。時に半世紀以上も前の1957(昭和32)年。スタインハイマーさんはこの時から日本の"Hirota"を意識していたそうで、その後上梓された広田さんの最初の写真集『魅惑の鉄道』の英語版にも強く魅かれていたといいます。

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▲ロバート・マン ギャラリーのホームページより。収蔵されているスタインハイマーさんの作品も20点ほどサムネールとして閲覧することができる。(ロバート・マン ギャラリーのホームページは→こちら

お二人は1990年にカリフォルニア随一の撮影地・テハチャピのループ線で初めて会われ、その時の情景がこの写真集『A PASSION FOR TRAINS』に収録されています。『魅惑の鉄道』と『A PASSION FOR TRAINS』、意訳すれば両者がほぼ同義語なのも偶然とは思えません。

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▲写真集『STARLIGHT ON THE RAILS』の裏表紙。スタインハイマーさんをはじめ、収録されているエド・デルバース、ジョエル・ジェンセン(ちなみに『Trains』最新号・2012年1月号は表紙を含め氏の写真特集)、メル・パトリック...といったビッグネームがデザイン処理されて並ぶ。日本からは「Katsusaburo Nishio」と「Naotaka Hirota」の名前が並んでいるのがわかる。
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来週木曜日夜にはレセプションが開催されるそうです。これまで小ブログでご紹介してきた写真展と違って、開催地がニューヨークとあってはおいそれとお勧めすることはできませんが、この年末年始、遥か11,000キロ彼方のギャラリーで開催されている写真展に思いを馳せつつ、手元のスタインハイマーさんの写真集をもう一度じっくりと見直してみたいと思います。

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銚子電気鉄道再訪。(下)

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▲外川駅に到着した2002編成。木造の駅舎は時代を超えてその姿を変えることなく、今や銚子電気鉄道を代表する観光スポットのひとつともなっている。'11.10.8
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車輌はすっかり入れ代ったものの、終点の外川駅の風情は半世紀近くも変わることなく、訪問当日も観光客でそれなりの賑わいをみせていました。ちなみにこの外川駅の手前にはかつての銚子遊覧鉄道時代の終点・(旧)犬吠駅跡があるそうで(RMライブラリー『銚子電気鉄道』上巻34ページ参照)、わずか3年あまりで消えた銚子遊覧鉄道の縁を偲ぶことができます。

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▲外川駅に留置されているデハ801。残念ながら次第に荒廃が進んできてしまっているように見える。'11.10.8
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▲イオンのラッピングトレインとなっている2002編成の側面方向幕部(左)と番号標記。車体標記ではデハ・クハの別は省略されている。'11.10.8
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時代を越えて変わらぬ風情をみせているのは車庫のある仲ノ町も同様です。ホームに隣接した車庫兼工場では、折しもデハ1002の塗装変更作業が行われていましたが、ラッピング全盛の昨今、こうやって"塗装"によって車輌の姿が変わってゆくのを目の当たりにできるのも稀有な体験となってしまいました。

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▲仲ノ町駅に到着する上り銚子行きの2001編成。ヤマサ醤油の工場群を縫って走る路線形状と、周囲に立ち込める醤油の匂いは変わることがない。'11.10.8
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もちろん2年ぶりに再会するデキ3も綺麗に整備された姿で待機していました。残念ながら本線を走行することはかないませんが、1922(大正11)年製とされるこの超小型電気機関車はいまだに歴とした車籍を有し、銚子電気鉄道の「車輌」の仲間として異彩を放っています。運用の有無に関わらず私鉄の電気機関車が次々と消えてゆく中にあって、このデキ3が現役の座を護っているのは、今や奇跡としか思えません。

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▲仲ノ町の車庫では名物デキ3が休んでいる。後ろでは1002号が丸ノ内線色への塗り替えの最中。'11.10.8
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ところで、あまり報道されることはなかったようですが、ここ銚子付近も東日本大震災ではたいへん大きな被害を受けたそうです。外川漁港で伺うと、ようやく復旧しつつあるものの、津波の爪痕はまだ色濃く残り、観光客も決して本来の数には復していないとのことでした。あとひと月もしないうちに、銚子電気鉄道としても最大の書き入れ時「初日の出」の2012年元旦がやってきます。例年通りの、いや例年以上の賑わいが戻ることを願いたいと思います。

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▲津波を受けながらも、外川の隠れた名勝「犬岩」も何とか無事だった。ちなみに「犬岩」は源義経が奥州に逃れる際、この海岸に残した愛犬・犬若が三日三晩泣き続けて岩になったという伝説の岩で千葉県指定天然記念物。"犬吠埼"の犬吠はこの伝説が語源となっている。'11.10.8
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銚子電気鉄道再訪。(上)

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▲本銚子に到着した銚子行きの2002編成。上り方の正面はオリジナルの"湘南顔"だが、下り方は貫通扉付の3枚窓となっている。'11.10.8
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二か月ほど前、所要で銚子方面を訪れた際、ひさしぶりに銚子電気鉄道をのぞいてみました。先般、白土貞夫さんのRMライブラリー『銚子電気鉄道』を編集したばかりですが、前回の訪問が2009(平成21)年のやはり10月(アーカイブ「変貌する銚子電気鉄道を訪ねる」参照→こちら)でしたから、あっという間に2年の歳月が流れてしまったことになります。

111204n003.jpgご存知のように銚子電気鉄道の車輌陣容はその2年間で大きく様変わりしました。前回の訪問は、車輌の体質改善のために伊予鉄道から購入した800系4輌(2輌編成×2編成)が海路銚子港へと到着する数日前のことで、笠上黒生(かさがみくろはえ)の側線では、陸揚げした伊予鉄車の荷役場としての整備が進められていたのを昨日のことのように思い出します。
▲本銚子駅を発車する2001編成の下り外川行き。こちら下り方クハ2501は貫通型。'11.10.8
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この伊予鉄車の導入にあたっては、車輌導入工事費用の一部を債券化し、これを車輌オーナー制度として一口10万円でオーナーを募集するとともに、1編成につき1個の愛称命名権を設定するなどこれまでにない取り組みも行われました。車輌オーナー制度には30数名の方が応募され、車内にお名前を見ることができます。この伊予鉄車は2000形(デハ2000+クハ2500)となり、2001編成は古巣である京王時代のライトグリーン一色に、2002編成はスポンサーのイオン銚子ショッピングセンターのラッピング電車となって昨年7月から活躍を始めています。

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▲地球の丸く見える丘展望台から君ヶ浜-犬吠間を行く2001編成を見る。画面左後方が銚子港。'11.10.8
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111204n005.jpg訪問当日もこの2編成が運用に就き、旧在籍車としては唯一の現役車となってしまったデハ1000形2輌は仲ノ町の車庫で休んでおり、1002号は丸ノ内線色の赤色に塗り替えの最中でした。ちなみにデハ801は終点の外川駅構内側線でパンタグラフを下してうらぶれた姿となってしまい、2年前に君ヶ浜のキャベツ畑の中を元気に走っていた姿を思うと感慨無量でした。
▲犬吠駅のエントランス。駅前にはもと相鉄モニ2022の車体とデハ501のカットモデルが鎮座している。'11.10.8
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▲犬吠駅に到着した2002編成を県道244号線より見る。デハ201あたりが活躍していた頃を知る者にとっては、最もその変貌ぶりを感じられるシーン。'11.10.8
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2000形2編成は銚子電気鉄道として2輌固定編成、しかも冷房装備車ですが、変電容量の関係もあって夏季でも冷房は稼働しなかったようです。いずれにせよ、テーマパークのような犬吠駅を発着するイオンのラッピング編成を見るにつけ、この2年の変貌ぶりを実感せずにはいられませんでした。

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E233系中間車に新番代登場。

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▲10号車クハE233 -3000を先頭にした田町車両センターNT6編成。'11.11.30 田町車両センター P:RM(新井 正)
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従来、E233系3000番代第1・2編成(国府津車両センター)の基本編成の普通車のトイレは編成両端の1・10号車のみであったため、不便が生じていました。そこでこの問題を解消するため、田町車両センター用として新造された第3編成からの6号車にはトイレを設置することになり、このたび新形式モハE232-3800が誕生しました。

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▲6号車に組み込まれた新形式モハE232-3800の3808号車。画面連結面側がトイレとなっている。'11.11.30 田町車両センター P:RM(新井 正)
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先週、11月30日に田町車両センターにおいて、鉄道雑誌社向けの報道公開が行われましたので、さっそくその新形式モハE232-3800の様子をダイジェストでお目にかけましょう。

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▲モハE232-3800の車内トイレ側車端部。室内の設備はこのトイレ以外は基本的には第1・2編成と同一。もちろん隣の5号車サロE233-3000にもこれまで通りグリーン車用トイレが備わる。'11.11.30 田町車両センター P:RM(新井 正)
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今回お披露目されたのはモハE232-3808。製造はもちろん自社の新津車両製作所。組み込まれた編成は田町車両センターのNT6編成で、モハE232-3808は10輌編成中の6号車に位置します。

111206nD7J_2854.jpgところで、第1・2編成の6号車モハE232-3000には床下に補助電源装置(SIV)を搭載していましたが、トイレ付の新形式モハE233-3800では汚物処理タンクを搭載したため、SIVの設置スペースがなくなってしまいました。このため従来の第1・2編成では6号車に組み込まれていたモハE232-3000は8号車に充当されることになります。さらにこれに関連して、第1・2編成で7号車だった予備パンタグラフを搭載したモハE233-3000は3号車に、さらに3号車のモハE233-3400は7号車へと組み替えられ、田町車両センター編成は1号車からクハE232-3000+モハE232-3400+モハE233-3000+サロE232-3000+サロE233-3000+モハE232-3800+モハE233-3400+モハE232-3000+モハE233-3200+クハE233 -3000という編成となります。
▲前面窓に掲げられた「NT6」の編成番号表示。'11.11.30 田町車両センター P:RM(新井 正)
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▲製造は普通車は新津車両製作所、グリーン車は東急車輛が担当している。'11.11.30 田町車両センター P:RM(新井 正)
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このNT6編成を皮切りに田町車両センターに投入されるE233系3000番代は合計14本で、来年2012年4月までに出揃う予定です。なお、これにともない長年にわたって東海道の顔となってきた211系210輌は4月中に姿を消すことになります。

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▲従来の7号車の位置から3号車の位置と変更になったモハE233-3000。'11.11.30 田町車両センター P:RM(新井 正)
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なお、形式図を含むこの新形式モハE232-3800の解説と、その挿入にともなう編成の組み替えについては、本誌次号(12月21日発売号)にて詳しくお伝えする予定です。

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▲多くのファンに見守られて回送される阪堺線開通100周年記念列車のモ161。'11.12.1 大小路 P:阪堺電気軌道提供
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先日お知らせしたとおり、去る12月1日(木曜日)に阪堺電気軌道の阪堺線(恵美須町~市之町=現大小路間)開通100年を記念したイベントが賑やかに行われました。その様子を阪堺さんからお送りいただきましたので、お目に掛けることにいたしましょう。

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▲開業当時をイメージした制服を着用した阪堺社員がモ161の前に勢ぞろい。'11.12.1 恵美須町 P:阪堺電気軌道提供
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▲100年前を模した装束を身にまとった参加者が通天閣をバックに新世界をパレード(左)。モ161の窓には100年前の阪堺線開通時のポスターが復刻されて掲出された(右)。'11.12.1 P:阪堺電気軌道提供
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まずは10時過ぎ、新世界PR大使や新世界&天王寺動物園百年祭協働委員会のメンバーの皆さんらが、阪堺線開通当時の明治・大正ロマン漂う衣装を身にまとい、通天閣からセレモニー会場の恵美須町停留場まで歩きながら、沿道の人々に阪堺線と新世界(通天閣)の100周年をPRしました。

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▲恵美須町停留場で行われた記念式典には多くのギャラリーが詰めかけた。'11.12.1 P:阪堺電気軌道提供
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恵美須町停留場に設けられたセレモニー会場にはこの記念すべき式典を一目見ようという方々が詰めかけ、その中でバイオリニスト浅井咲乃さんのバイオリン演奏や、郵便局株式会社から阪堺電気軌道山本社長への記念切手シートの贈呈などが執り行われました。

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▲郵便局株式会社から阪堺電気軌道山本社長へ記念切手シートを贈呈(左)。ホームではビリケンさんと並んだ"通天閣ロボ"が発車合図(右)。'11.12.1 P:阪堺電気軌道提供
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阪堺線100周年記念キャラクター「ちん電くん」やビリケンさんが見守る中、通天閣ロボが発車合図を送って記念電車が恵美須町を発車、出席者を乗せた記念電車は、新世界(通天閣)やルナパークの開業に先駆けて明治36年に開催された第5回内国勧業博覧会の第2会場でもあった堺市へと向かいました。

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▲100年前の開通時の堺市側の終点であった大小路停留場に到着した記念列車。'11.12.1 P:阪堺電気軌道提供
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▲堺市の竹山市長を表敬訪問(左)。堺市でも大きな歓迎を受けた(右)'11.12.1 P:阪堺電気軌道提供
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100年前の堺市側の終点であった大小路停留場に到着後、一行は「阪堺線100年の歴史」写真展を開催中の堺市役所へ移動し、阪堺線開通100周年および来年100周年を迎える新世界(通天閣)のPRを行い、一連のセレモニーはつつがなく終了しました。

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▲開通100周年記念列車の大役を務めたモ161。戸袋窓には開通時のポスター(レプリカ)が掲出されている。'11.12.1 我孫子道 P:阪堺電気軌道提供
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協力:阪堺電気軌道

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▲すっかりお馴染みのギャルリー トラン・デュ・モンドは西武新宿駅北口正面のKM新宿ビル9階。'11.12.1
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3回目となる鉄人会写真展「線路はつづくよ...」が昨日から始まりました。会場は今や鉄道写真展の"定席"ともいえる東京・新宿のギャルリー トラン・デュ・モンド。前回、第2回の写真展(→こちら)が一昨年の12月17日からでしたから、2年ぶりの開催となります。

tetujinkai004n.jpg「鉄人会」はこの世界の大先輩である宮澤孝一さんを中心に、写真コンテストで入賞を果たし、そこで出会った有志で構成されています。現在のメンバーは石澤潤一、志水 茂、西山明徳、長谷川博美、馬場典明、松村 寛、宮澤孝一、本村忠之の各氏、年齢も40代から80代まで幅広く、ご職業も多種多様。写真関係のお仕事に就かれている方もおられますが、もちろん皆さん鉄道写真を職業としておられるわけではなく、純粋に趣味として楽しまれ、その中でコミュニケーションをとられているところが特筆されます。

それだけに展示内容もテーマを一つに絞るのではなく、それぞれの志向と感性に任せた"My favorites"がメインとなっており、なかには懐かしい青春時代の一コマに思いを込めたものも見受けられます。

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▲宮澤孝一さんの作品展示から。80歳を過ぎた今でも海外を含めて精力的に撮影を続けらている。写真下は1965(昭和40)年に撮影された常磐線広野周辺。'11.12.1
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8名のメンバーの皆さんの主なテーマをご紹介すると、まず中心メンバーである宮澤孝一さんはアメリカはロッキー山脈に生きる保存鉄道Cumbres & Toltec Scenic Railroadの空撮を交えた近作で幕を開け、続いて「1965年6月 常磐線広野・木戸そして四倉」でC62牽引の特急「ゆうづる」が走り出す前の同区間を回顧されています。あえて解説には触れられてはおりませんが、今回の震災、そして原発事故へのメタファーが込められた出展に違いありません。

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▲志水 茂さんは地元の鉄道にも徹底的に拘って撮影を続けられている。それにしてもデジタルの底力を思い知らされる鮮鋭さには圧倒される。'11.12.1
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志水 茂さんは追い続けているテーマである鉄橋と地元に拘った作品を出品、長谷川博美さんも長年撮り続けているわたらせ渓谷鐵道をテーマに構成されました。いっぽう、村松 寛さんは「欧州の鉄道と風景を訪ねて」と題して、最初の訪問から13年の歳月を経たヨーロッパの鉄道再訪の旅を紹介されています。

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▲ヨーロッパの鉄道、そして鉄道旅行をテーマにした村松 寛さん。この写真展会場であるギャルリー トラン・デュ・モンドの創始者・三浦幹男さんが生涯愛されたのもヨーロッパの鉄道であったことを思うと、不思議な縁を感じる。'11.12.1
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▲長谷川博美さんはわたらせ渓谷鐵道を徹底的に追った作品を出品(左)。西山明徳さんは寝台特急をデジタル処理を加えたドラマチックな展開で見せる(右)。'11.12.1
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▲石澤潤一さんは名鉄パノラマカーに続いて今度は小田急ロマンスカーを被写体に選んだ。'11.12.1
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西山明徳さんは寝台特急の世界をデジタル技術を駆使して再現され、石澤潤一さんは「ロマンスカー百花繚乱」と題して小田急ロマンスカーの世界をさまざまな角度から作品にしておられます。そういえば一昨年の写真展の際は名鉄パノラマカーをフィーチャーされておられましたので、今回の展示はある面でその続編といった位置づけなのでしょう。

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▲中国蒸機をターゲットに選んだのは馬場典明さん(左)と本村忠之さん(右)。光と影、そして煙と蒸気が他の被写体では見られないめくるめく世界を見せてくれる。'11.12.1
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馬場典明さんと本村忠之さんは奇しくも中国大陸に残された最後の現役蒸気機関車を被写体に選ばれました。「煙はるかに」と題して8人の皆さんが2枚ずつ作品を展示された共通テーマ展示もそうですが、やはり蒸気機関車の醸し出すさまざまな表情は、鉄道写真にとって写欲をかき立てる最たるものとあらためて思い知らせてくれる作品群です。

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この鉄人会写真展「線路はつづくよ...」は来週水曜日、12月7日までの開催。この土日はメンバーの方も会場に詰めておられるそうですので、ぜひゆっくりと鉄道写真談義に花を咲かせられてはいかがでしょうか。

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41年前のTR1とTR2。

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▲41年前のTR1。誕生当初は旧電動貨車の集電装置櫓を利用した中央にパンタグラフが載せられていたというが、この写真の時点ではビューゲルがキャブ上に載っている。'70.2.22 P:澤田節夫
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昨日お知らせしたとおり、今日は阪堺電気軌道の阪堺線(恵美須町~市之町=現大小路間)開通100年を記念したイベントが賑やかに行われました。残念ながら私は伺うことができませんでしたが、懸念された天候も持ちこたえ、記念セレモニー会場の恵美須町停留場はたいへんな賑わいだったとのことです。
その様子はあらためてご紹介することとして、今日は阪堺線100年に因んで珍しい写真をご紹介いたしましょう。澤田節夫さんからお送りいただいた41年前の我孫子道車庫、いや、当時は南海電気鉄道天下茶屋工場大和川分工場の入換車たちです。

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▲同じくTR1の正面と後部。正面は現状とほとんど変わらないが、後部には架線にくっつきそうに高い櫓が組まれている。'70.2.22 P:澤田節夫
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今なお現役のこの入換車たちについては、本誌4月号(№331)誌上をはじめ小ブログでも詳しくお伝えいたしましたが(→こちら)、澤田さんがお撮りになった写真を拝見すると、形態がかなり変貌しているのがわかります。1950(昭和25)年に完成したというTR1は当線初のパンタグラフ装備車とされ、実際に竣功間もない頃の写真を見ると発生品と思われるパンタグラフが中央櫓の上に載っていますが、この写真の時点ではビューゲルに代えられています。

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▲この当時、TR2はYゲルを装備していた。塗り分けもいわゆる"金太郎"で、イメージが現状とかなり異なる。正面の小さな南海マークに注意。'70.2.22 P:澤田節夫
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▲TR2の後部。現在は元空気溜とコンプレッサーが載っている荷台(?)には敷石らしきものが載せられている。'70.2.22 P:澤田節夫
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TR2もコンプレッサーや元空気溜が見当たらず、また正面窓から大きな手ブレーキハンドルがのぞいていることから考えると、この時点ではまだ空気ブレーキは装備されていなかったのかもしれません。現在は後部の荷台に死重のタイヤが積まれていますが、この写真では路面の敷石らしきものが平面に積まれているのがわかります。

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▲分工場の片隅で見かけたまるで物置のような車輌。側面に掛けられた竹竿のようなものはいったい何に使うものだろうか。'70.2.22 P:澤田節夫
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先日物議をかもした「テーブル向」(アーカイブ「"テーブル向"の素性判明」参照)は、転車台の扇形庫逆側の有効長と過走余裕がまったくない場合の窮余の策として誕生したもののようですが、TR1とTR2の2輌も我孫子道車庫のトラバーサー南側の有効長がないことから生まれた珍車で、その特殊な役割ゆえに現在まで活躍を続けているわけです。

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▲車庫裏で休むデト11。南海の象徴でもあった"とんがり帽子"の尾灯(アーカイブ「"富士急のワフ"後日談」参照)に注意。'70.2.22 P:澤田節夫
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長らく阪堺塗装だったデト11は先日、南海時代の塗装に戻された。車籍こそないものの我孫子道車庫の入換え用として立派な"今なお現役"。'11.11.27 P:名取紀之
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TR兄弟とともに我孫子道車庫の秘蔵っ子とも呼べるのがデト11(1954=昭和29年帝国車輌製)です。澤田さんからはこのデト11のかつての姿もお送りいただきました。折しも阪堺線100年を記念してこのデト11も先日、南海時代の塗装に戻されたばかりで、41年の時を隔てたその比較をご覧いただきましょう。

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