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法善寺横丁に生きる大阪市電。

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▲法善寺横丁の入口に設置されている「法善寺横丁敷石工事」の碑。南海電気鉄道と大阪市の名も刻まれている。P:宮武浩二
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先日発刊したRMライブラリー『大阪市電 最後の日々』に関連して、宮武浩二さんから興味深いお便りを頂戴しました。
「今日は大阪らしい景色を送らせて頂きます。大阪ミナミの繁華街・道頓堀から少しミナミに下がったところに、有名な「水掛け不動さん」のある法善寺があります。その裏通りが今回紹介する法善寺横丁です。」
法善寺横丁と市電の間にいったいどんな関係があるのか...宮武さんに解説していただきましょう。

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▲「夫婦善哉」や「正弁丹吾亭」などで知られる法善寺横丁は、独特の雰囲気を醸し出した大阪の庶民文化を象徴する一角。P:宮武浩二
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道幅は昔のままで幅2.7メートル、長さ76メートルほどの路地ですが、飲食店が軒を連ねて板前さんが下駄の音を石畳に響かせて歩いたことから、その姿を歌った「月の法善寺横丁」が有名です。戦前は石畳だったものが、戦災で石が痛んだことから戦後はコンクリートの路地になってしまいました。ところが1982(昭和57)年に下水工事のため掘削、工事が終わってみるとアスファルト舗装に姿を変えたことで、このままでは法善寺横丁の昔からある板場さんの下駄の音、石畳への打ち水もなくなってしまうと残念がる声が上がりました。

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▲打ち水が雰囲気を盛り上げる敷石。左が大阪市電のもの、右の正方形のものが南海平野線のもの。P:宮武浩二
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そこで、横丁会の飲食店主が中心となって、昔の石畳に戻すように関係先に働きかけたものの、肝心の石畳が高価で手が出なくて困っていたところ、南海電鉄から平野線廃止で余剰になった敷石1250枚を無償で提供する旨の申し出があり、不足分は大阪市交通局も手持ちの敷石60枚を譲渡して法善寺横丁は昔ながらの石畳に復元されたのです。
その苦労と感謝の気持ちは横丁の入口に「法善寺横丁敷石工事 昭和57年8月」の碑となって残されています。法善寺横丁を夜歩くと、各店の前に手桶と柄杓が置かれて、今でも打ち水のすがすがしさを味わうとともに敷石に対する愛着もうかがい知ることができます。

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▲「月の法善寺横町」の歌碑(左)。右は法善寺横丁の入口に出現した"オリエント急行"(?)。店内はバーカウンターになっている。P:宮武浩二
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なお、敷石は30センチ四方のものが南海電鉄のもので、70センチ×40センチのものが大阪市電のもの。大阪にこられたときは打ち水された夜の法善寺横丁を歩きながら敷石を探してみるのも楽しいのではないでしょうか。

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