鉄道ホビダス

2011年11月アーカイブ

阪堺電軌モ161に乗る。

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▲心地よい吊り掛けサウンドを響かせて南海本線を乗り越えるモ161。とても80歳を越える古豪とは思えない豪快な走りっぷりだ。'11.11.27 船尾-浜寺駅前
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通常運用を持つ電車としてはわが国最古参として知られる阪堺電気軌道のモ161形のトップナンバー161号が、阪堺線開通100年を記念して昭和40年当時の姿に復元されたのは本誌9月号(№336)誌面や小ブログでもご紹介いたしましたが(→こちら)、遅ればせながら先日試乗する機会を得ました。

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▲正面の方向幕窓は幕板とツライチになるようにカバーが取り付けられ、可能な限りオリジナルの面影を取り戻すべく配慮されている。'11.11.27 我孫子道車庫
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現役車輌としての条件に支障をきたすことなく、可能な限りの復元を目指されたと言われるだけあって、木部の塗装を剥離して下地処理を施したのちにニス塗りに戻された車内や、作り変えられた側面ドアや雨樋、鉛丹色に塗り替えられた屋根など、まさに半世紀以上前にタイムスリップしたかのような見事さに思わず釘づけとなってしまいました。しかも何といっても、この復元が保存車ではなく現役車のために行われたことに大きな拍手を送りたいと思います。

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▲正面窓下にはかつての方向板が下げられるようになっている(左)。写真は1980(昭和55)年に廃止された平野線のもの。右は車体裾に復元された旧南海マーク。'11.11.27 我孫子道車庫
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実際に乗車してみると、その燻銀のような車内に響く豪快な吊り掛けサウンドに陶然とし、来年で生誕84年を迎えるこの電車が元気に走り続けてくれることをあらためて願わずにはいられませんでした。なお、この161号は今のところ一般運用には入っておらず、専ら貸切り運転に使われていますが、たいへん多くの希望が寄せられており大好評だそうです。

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▲見事に復元された車内。よく観察すると木製の床面は中央扉部にかけてわずかに傾斜しているのがわかる。'11.11.27 我孫子道車庫
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ところで明日、12月1日には阪堺線(恵美須町~市之町=現大小路間)開通100年を記念してさまざまなイベントが行われます。記念セレモニー会場の恵美須町停留場から記念電車を運行。モ161号には100周年記念ヘッドマークを掲出し、車体に装飾が施されます。出席者を乗せた記念電車は、新世界(通天閣)やルナパークの開業に先駆けて明治36年に開催された第5回内国勧業博覧会の第2会場でもあった堺市へ。そして、大小路停留場に到着後、「阪堺線100年の歴史』写真展を開催中の堺市役所へ移動し、阪堺線開通100周年および来年に100周年を迎える新世界(通天閣)のPRが行われる予定です。

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▲逆側運転台の信鈴を鳴らすための紐が吊り手棒にそって伸びている(左)。右は復元された中央扉。真鍮製の手摺りなどはすべて磨き出されている。'11.11.27 我孫子道車庫
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また、同セレモニー開始前には、新世界(通天閣付近)において阪堺線開通当時をイメージした制服がお披露目されます。そして、新世界PR大使や新世界&天王寺動物園百年祭協働委員会のメンバーらが、阪堺線開通当時の明治・大正ロマン漂う衣装を身にまとい、通天閣からセレモニー会場の恵美須町停留場まで歩きながら、沿道の人々に阪堺線と新世界(通天閣)の100周年をPRします。セレモニー会場では「阪堺線開通100周年記念乗車券」の先行発売も行われます。

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▲浜寺駅前で発車を待つ貸切りのモ161号。比較的リーズナブルな貸切料金も手伝って、たいへんな人気を博しているという。'11.11.27 浜寺駅前
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「阪堺線開通100周年記念セレモニー」について
1.日時
12月1日(木)10時20分から12時45分まで
2.場所
新世界(通天閣付近)→阪堺線恵美須町停留場(セレモニー会場)→堺市役所
3.内容
セレモニーのタイムスケジュールは以下のとおり。
10:20 新世界(通天閣)から恵美須町停留場へレトロ衣装で出発
10:45 阪堺線恵美須町停留場でセレモニー開始(司会:斉藤雪乃さん)
10:50 主催者挨拶
10:53 来賓挨拶
11:00 バイオリニスト浅井咲乃さんのバイオリン演奏
11:10 郵便局株式会社から記念切手シート贈呈
11:15 記念電車出発テープカット
11:25 記念電車発車
11:55 大小路電停到着後、堺市役所へバスで移動
12:25 堺市役所(本館1階ロビー)到着
12:30 堺市長、堺市議会議長、阪堺電気軌道社長挨拶
12:45 終了

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▲色づいてきた奥武蔵の山並みの中を快走する"レッドアロークラシック"の臨時特急列車。前面のステンレスや側面の赤帯など、5000系の雰囲気が丁寧に再現されている。'11.11.27 吾野-東吾野 P:小野雄一郎
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特急"レッドアロー"を運行している西武鉄道では、二代目の特急用車輌10000系1編成を初代特急用車輌5000系の塗装に塗り替え、11月27日から営業運転を開始しました。

redarrow007.jpg西武鉄道の特急用車輌は、1969(昭和44)年の西武秩父線開通にあわせて"レッドアロー"(「赤い矢」の意)と名付けられた5000系が登場し、〈ちちぶ〉号として池袋―西武秩父間の観光特急として活躍するなど、アイボリーホワイトに赤色のラインを入れた斬新なデザインとともに、同鉄道のスターとして親しまれてきました。1993(平成5)年には二代目の特急用車輌となる10000系が登場し、"ニューレッドアロー"と呼ばれました。10000系の登場に伴い、置き換えられた5000系は1995(平成7)年に引退しています。
▲初代"レッドアロー"5000系は、先頭車が横瀬車両基地に保存されており、イベントなどで公開展示される。現役時は左右ライトケースの間に愛称板が掲出されていたが、この写真は愛称板が取り外されて展示されたときのもの。'11.10.2 横瀬車両基地 P:福田智志
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▲臨時特急列車の出発時には池袋駅で出発式が開催され、報道関係者や多数のファンで賑わった。テープカットには、金杉和秋西武鉄道鉄道本部長をはじめとする関係者のほか、初代"レッドアロー"第1号の運転士を務めた新井敏三さん(下写真左から二人目)も臨まれた。'11.11.27 池袋 P:RM(小野雄一郎)
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▲先頭車側面には「RED ARROW CLASSIC」の文字がラッピングで描かれている(左)。また、赤帯は妻面には回り込んでいない。'11.11.27 池袋 P:RM(小野雄一郎)/"レッドアロークラシック"の車内には、座席背面のテーブルに懐かしい写真が掲出されている。なお、臨時特急列車に往復乗車した乗客には運行開始記念の「しおり」が配布された(右)。'11.11.27 P:福田智志
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今回、5000系をイメージした塗装に塗り替えられたのは10005編成。11月24日に武蔵丘車両検修場を出場した時はアイボリーホワイト一色で出場しましたが、小手指車両基地でラッピングが行われ、11月27日にはお披露目を兼ねた臨時特急列車が池袋―西武秩父間を一往復(往路:池袋 9:10→西武秩父10:32/復路:西武秩父11:09→池袋12:32)しました。"レッドアロークラシック"と名付けられた同編成は、他の10000系車輌と共通運用で現在池袋線の特急列車に充当されています。

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▲池袋線の複線区間を走る"レッドアロークラシック"。側面屋根側の赤帯の上にもアイボリーホワイトが塗りこまれていることに注意。'11.11.27 小手指-西所沢 P:中村直樹
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なお、西武鉄道では12月12日から18日までの一週間、今まで特急列車の設定がなかった西武新宿―拝島間でも"レッドアロークラシック"の運行を記念して特急列車を走行する予定です(平日:西武新宿19:42→高田馬場19:45→田無20:01→小平20:08→玉川上水20:21→拝島20:32/土休日:西武新宿19:40→高田馬場19:43→田無20:00→小平20:07→玉川上水20:20→拝島20:29)。ただし、"レッドアロークラシック"の編成が充当されない場合もありますのでご注意ください。

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北条鉄道法華口駅を訪ねる。

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▲法華口駅に到着する粟生行きフラワ2000-1。北条鉄道は現在フラワ2000形3輌(2000‐3はもと三木鉄道車)を擁しており、このフラワ2000-1はサルビアをイメージした赤系の車体色。'11.11.26
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先週末、所要で加古川線の粟生(あお)を訪れたついでに、かねてより訪ねてみたいと思っていた北条鉄道の法華口駅に足を延ばしてみました。法華口駅駅舎は1915(大正4)年に播州鉄道が粟生~北条間を開業した際に建設されたもので、今年で何と96年目を迎えるたいへん由緒あるものです。

111126n011.jpg1960年代、まだC12が貨物輸送に活躍していた頃の国鉄法華口駅を、河田耕一さんが名著『シーナリィ・ガイド』(機芸出版社)で紹介されていることに象徴されるように、半世紀前にして法華口駅は国鉄ローカル線の典型的な小駅でした。残念ながら現在では交換設備や貨物側線、農業倉庫など当時の付帯設備はことごとく失われてしまっており、駅本屋と便所が残されているだけとなってしまっていますが、それでも余所ではなかなか味わえない、まるでタイムスリップでもしたような雰囲気を味わうことができます。
▲駅へと続く道もなかなかの雰囲気。ランドマークの銀杏が見事な紅葉を見せていた。'11.11.26
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この法華口駅は播州鉄道の駅として開業後、1923(大正12)年には播丹鉄道となり、戦時中の1943(昭和18)年6月には国有化によって国鉄(鉄道省)北条線、さらに1985(昭和60)年には第三セクター北条鉄道へと目まぐるしく変転してきました。

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▲駅前の広場は春には桜がさぞや見事だろう。右に見える汲み取り式の便所は間もなく建て替えられるという。'11.11.26
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▲創業期のものだろうか、味わい深い木製ベンチには座布団の心遣いが...(左)。昭和の雰囲気漂う手洗いも現役(右)。'11.11.26
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その百年近い歴史の中で忘れられない悲劇が、太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月31日に発生した北条線列車転覆事故です。法華口-網引間(中間駅の田原は未開業)を走行中の上り列車が脱線転覆、乗客11名が死亡、乗務員を含む62名が重軽傷を負った惨事です。しかし、ある事情もあって、当時この事故は広く報じられることはありませんでした。

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▲綺麗に整備された待合室内では河田耕一さん撮影の法華口駅ミニ写真展が開かれていた。C12が貨物輸送に活躍していた1960年代の情景がよみがえる。'11.11.26
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法華口駅の網引方は平坦な直線区間で、取り立てて線路障害が起こりそうに思えませんが、この脱線転覆事故、何と「紫電改」の不時着が原因だったといいます。法華口駅の北東1キロほどには1943(昭和18)年に開設された旧姫路海軍航空隊鶉野(うずらの)飛行隊の基地があり、隣接する川西航空機鶉野工場で最終組立を終えた戦闘機の試験飛行を行っていました。この日も「紫電改」の試験飛行中、エンジン故障が発生、不時着する際に北条線の線路を変形させてしまい、その直後にC12 189牽引の列車が進入して大惨事となったものです。

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▲法華口駅(画面中央奥)を発車、下里川橋梁へと向かう下り北条行き。かつての鶉野飛行場は画面左手奥にあった。'11.11.26
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戦後まで軍機密として秘匿されてきたこの事故の概要などは、現在、法華口駅待合室にも展示されていますが、駅周辺の牧歌的な情景からは俄かに想像できない歴史ではあります。

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新千歳空港の札幌市電?

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▲新千歳空港国内線旅客ターミナルビル3階に突如出現した「札幌市電」。'11.11.9
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現在発売中の本誌トワイライトゾ~ンで兵庫県の神沢 順さんが新千歳空港に突如出現した「札幌市電」をご紹介下さっていますが、先日所要で渡道した際に、さっそく私もその実物を見てまいりました。

111125n012.jpg新千歳空港は現在、国際線ターミナルとの接続部を中心とした増築工事がたけなわで、第1期工事が本年7月15日に完成して一部施設がオープンしております。国内線ターミナルビルは1階が国内線到着ロビー、2階が国内線出発ロビーとショッピング・ワールド、3階がグルメ・ワールド、4階が映画館と温浴施設を持つオアシス・ワールドとなっており、3階の連絡施設スマイル・ロードなどで国際線旅客ターミナルビルと接続しています。
▲その名も「市電通り食堂街」と名付けられたエリアには6店舗の飲食店が軒を連ねる。'11.11.9
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▲石畳風の通路には軌道(?)が絶妙のカーブを描く。'11.11.9
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▲市電通り食堂街には屋台風の居酒屋もある。「市電」の前に輪を描く軌道(?)に注意。'11.11.9
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ひと昔前の新千歳空港旅客ターミナルビルを思い浮かべると、その規模といい商業施設の充実ぶりといい、まるで別世界に迷い込んだようで、噂に聞く「札幌市電」が果たしてどこにあるものやら皆目見当がつかないような状態でした。やむなくインフォメーションで所在を尋ねると、3階のグルメ・ワールドの奥とのこと。

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▲倉庫から顔を出したかたちの市電。M100形のレプリカらしいが、それにしても良くできている。'11.11.9
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エスカレーターで3階に向かうと、そこは35軒もの店が軒を連ねる一大飲食街を形成しており、目指す「札幌市電」はその最奥、「市電通り食堂街」と銘打たれた一角に鎮座していました。

111125n001.jpg111125n002.jpg▲なぜか「千歳飛行場」の方向幕が目を引く正面。右は常時点灯している前照灯回り。'11.11.9
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111125n003.jpgレトロ調の倉庫から顔を出すかたちでディスプレーされているこの「札幌市電」、M100形をプロトタイプにしたと思われるレプリカですが、その作りはまさに本物と見間違うほどの巧妙さ。車体はもとより足回りを覗くと台車まで見事に再現されており、しかも軸箱の油汚れなど"ウェザリング"まで施されているではないですか。車内もそれなりに作り込まれており、運転機器はどうやら実物の廃品を流用したものと思われます。前面方向幕が「千歳飛行場」と表記されているのはご愛嬌といったところでしょうか。
▲台車は1軸分だけで後部は省略されている。軸箱の油汚れまで見事に再現されているのは驚き。'11.11.9
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▲乗降ステップが設けられており車内にも入れる。運転台もそれらしくまとめられている。'11.11.9
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▲運転台機器(左)はどうやら実物の流用らしい。右は車内に設けられたささやかなシートで、サイズはかなり小さめ。'11.11.9
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石畳風に軌道らしきものが埋め込まれた通路といい、「市電通り食堂街」の一角はなかなかの雰囲気。新千歳空港というと時間に追われて土産物を買うのももどかしく搭乗手続き...というのが常ですが、今度はぜひ余裕をもって空港に入りたいと思わせるに充分な施設です。

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▲3階グルメワールドの最奥に位置するだけに意外と見逃しがち。新千歳空港ご利用の際はぜひお訪ねを...。'11.11.9
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D51 745号機 水上へ。

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▲汽笛賑わう町水上へ、虹のお出迎え。'11.11.20 P:玉谷和寛(「今日の一枚」より)
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昨日、「D51誕生記念号」で水上駅を訪れた方は転車台広場の見慣れぬ光景に驚かれたのではないでしょうか。なんともう1輌のD51、745号機が3分割されたまま置かれているのです。

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▲上毛高原駅前に保存されていた当時のD51 745号機。ながらく高崎鉄道管理局庁舎前に展示されていたものだけに保存状態は良い。'09.9.30 上毛高原 P:名取紀之
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D51 745号機は上越新幹線の上毛高原駅前に展示されていたもので、このたび地元のみなかみ町が水上駅での展示公開に向けて移設しました。上毛高原駅は6年ほど前までは月夜野町でしたが、広域合併で現在はみなかみ町となっており、今回の移動は"町内"での保存場所変更ということになります。あらためてみなかみ町に電話で伺ってみると、転車台広場に新設した線路(本線とは接続していない)上に常設展示する予定だそうで、来月12月中旬には設置作業が完了するとのことです。

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▲超低床トレーラーに載せられたボイラー部。専門業者の手によって手際よく移動された。'11.11.18 P:木村一博
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このD51 745号機は1943(昭和18)年日本車輌製。宇都宮機関区に配置されて東北本線や日光線で働いたのち、1960(昭和35)年6月に高崎第一機関区に転属。以後、他区への一時的な貸し出しはあったものの、転属の多かった首都圏のD51のなかにあって珍しく高崎を出ることなく同区の無煙化とともにその生涯を終えた1輌でした。それだけに高崎鉄道管理局としても思い入れが強かったのか、廃車後は高崎駅前の管理局前庭に保存され、準鉄道記念物にも指定されています。高崎局によれば現役の27年間の走行距離は1,640,680㎞と記録されています。

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▲国道61号線をトレーラーに載せられて夜間水上に移転するD51 745号機。'11.11.18 P:阪本 智(「今日の一枚」より)
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▲水上駅に到着、2基のクレーンで吊り上げられるボイラー部。すでに足回りは到着している。'11.11.19 水上 P:木村一博
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この745号機は先般ご紹介した「"テーブル向"の素性判明」にも登場しますが(→こちら)、蒸機時代を知る首都圏のファンにとっては慣れ親しんだ機番のひとつだったのではないでしょうか。かく言う私も幾度となく八高線で遭遇しており、懐かしいD51の1輌です。大宮工場施工の十文字型の煙室ハンドルに皿付きの回転式火の粉止め、そしてえらく位置の下がったLP405形予備灯は、無粋ながらも一目見て首都圏のD51とわかる懐かしさを感じさせてくれますが、この745号機は予備灯がなく、LP403形の主灯だけだったのも印象に残っています。

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▲D51 745〔高一〕を先頭に高麗川を発車するD51重連の1286レ。無煙化も近く、すでにDE10の姿も見える。'70.5.31 八高線高麗川-東飯能 P:名取紀之
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▲日本セメント埼玉工場専用線から逆機で高麗川駅へと貨車を牽き出すD51 745〔高一〕。'70.8 日本セメント専用線(高麗川) P:名取紀之
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今年はC61 20の復活をはじめ注目の的だった水上ですが、今度は静態とはいえD51 745号機が加わったことで、ますますスチームタウンとしての人気が高まってゆくに違いありません。

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御嶽駅の休日 ED16の石灰列車が退避する御嶽駅の光景です。皆、思い思いに電車を待っていますね。休日の青梅線の雰囲気がよく出ていると思います。遠い昔の、二度と戻らない平和な光景です。'78.5.3 青梅線 御嶽 P:小林隆則 (『わが国鉄時代』vol.7より)
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『わが国鉄時代』vol.7が本日発売となりました。ブログ「わが国鉄時代」の秀作による"青春記"をということで、ご投稿いただいた皆さんの思い出や熱意をそのままに、一冊にまとめて出版してはや3年、埋もれていた作品の発表する場としてすっかり定着した感があります。そして今回7巻目のキャッチコピーは「あの日、あの瞬間こそが 原動力」!

111122n021.jpg今回も、東海道・山陽本線の蒸気機関車から国鉄廃止前日の201系まで、たいへん多くの作品が寄せられました。撮り手も、時代も、もちろん被写体も違う、そのさまざまな作品に一脈通じるものを見出し、それを文字通り編んでゆくこの本の編集作業は、楽しいものです。キャプションに書かれている思い出は、もちろん撮影や列車に関するものが主ですが、友人、受験、故郷の思い出など直接写真と関連しないものもあって、そこからもまた、ほのぼのと時代の香りが漂ってくるのです。

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朝の高森線 線路に沿って白川が流れており、真冬で無風の朝に、屏風のような霧が時おり発生する。この霧を背景に撮ろうと何度か通い、ようやくものにできた。'74.1.3 高森線 長陽-立野 P:木村信夫 (『わが国鉄時代』vol.7より)
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ところで、そんな私たちの青春時代の象徴とも言える「国鉄時代」が今、危機に瀕しているのです。小ブログでも警鐘を鳴らせていただいている"ビネガー・シンドローム"(アーカイブ「"ビネガーシンドローム"感染拡大中」参照→こちら)です。フィルムベースの加水分解による劣化はいよいよ加速度的に広がっており、ご投稿いただいた作品に添えられたお手紙にも、「そろそろネガがダメになってきました...」というような内容が記されていることも増えてきました。

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箱根6号甲トンネル 顔を出したデゴニ、火の粉止めが頂部をこすりそう。肩をすぼめて来たのかと思えるような狭いトンネル。明治時代の竣功のまま推移して来たのかD52の通る道。国府津発沼津行、915列車。機:D52 236。'62.11.11 御殿場線 谷峨-駿河小山 P:青木一郎 (『わが国鉄時代』vol.7より)
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そこで、『わが国鉄時代』vol.7では「緊急特集」としてこの厄介な"フィルム崩壊"に立ち向う方策を専門家にうかがい記事を構成いたしました。題して「あなたの『国鉄時代』を護る」。

111122n002.jpgデジタルカメラによるネガの複写でハイクオリティーなデジタル画像を作り出す方法を確立した写真家の諸河 久さん、デジタル修整の専門家・清水昭一さん、フィルムのスキャンを主にした店を開く鈴木政美さんのお三方から、従来の現像→焼付け→スポティング→フィルムの整理・保存という流れに相当するデジタルでの手順を整理して構成いたしました。
ただ写真の保存に止まらず、ネガのデジタル化によるメリットを効果的に引き出せる内容となっています。初めての方にはややとっつきにくいとは思いますが、少し親しめば意外に簡単な作業であるとご理解いただけるはずです。冬の夜長、コタツに入ってデジタル暗室作業にいそしむというのも、いいかもしれませんね。
見学時間 直方機関区の見学は毎週金曜日14時~15時の1時間。拓本取りや撮影に大忙しの「鉄友」。元気にしてるかなー。'72.8.4 直方機関区 P:石地康司 (『わが国鉄時代』vol.7より)
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古豪の風格 省型電機の代表格EF53は繊細な車体側面と長いデッキが特徴。東海道本線での第一線を退いたが、傾いた西日をサイドに受け、暖房車を付けて高崎へ向かう姿は今も忘れられない。写真の場所は現在の鉄道博物館付近である '63.11.17 高崎線 大宮-宮原 P:中島正樹 (『わが国鉄時代』vol.7より)
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▲法善寺横丁の入口に設置されている「法善寺横丁敷石工事」の碑。南海電気鉄道と大阪市の名も刻まれている。P:宮武浩二
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先日発刊したRMライブラリー『大阪市電 最後の日々』に関連して、宮武浩二さんから興味深いお便りを頂戴しました。
「今日は大阪らしい景色を送らせて頂きます。大阪ミナミの繁華街・道頓堀から少しミナミに下がったところに、有名な「水掛け不動さん」のある法善寺があります。その裏通りが今回紹介する法善寺横丁です。」
法善寺横丁と市電の間にいったいどんな関係があるのか...宮武さんに解説していただきましょう。

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▲「夫婦善哉」や「正弁丹吾亭」などで知られる法善寺横丁は、独特の雰囲気を醸し出した大阪の庶民文化を象徴する一角。P:宮武浩二
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道幅は昔のままで幅2.7メートル、長さ76メートルほどの路地ですが、飲食店が軒を連ねて板前さんが下駄の音を石畳に響かせて歩いたことから、その姿を歌った「月の法善寺横丁」が有名です。戦前は石畳だったものが、戦災で石が痛んだことから戦後はコンクリートの路地になってしまいました。ところが1982(昭和57)年に下水工事のため掘削、工事が終わってみるとアスファルト舗装に姿を変えたことで、このままでは法善寺横丁の昔からある板場さんの下駄の音、石畳への打ち水もなくなってしまうと残念がる声が上がりました。

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▲打ち水が雰囲気を盛り上げる敷石。左が大阪市電のもの、右の正方形のものが南海平野線のもの。P:宮武浩二
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そこで、横丁会の飲食店主が中心となって、昔の石畳に戻すように関係先に働きかけたものの、肝心の石畳が高価で手が出なくて困っていたところ、南海電鉄から平野線廃止で余剰になった敷石1250枚を無償で提供する旨の申し出があり、不足分は大阪市交通局も手持ちの敷石60枚を譲渡して法善寺横丁は昔ながらの石畳に復元されたのです。
その苦労と感謝の気持ちは横丁の入口に「法善寺横丁敷石工事 昭和57年8月」の碑となって残されています。法善寺横丁を夜歩くと、各店の前に手桶と柄杓が置かれて、今でも打ち水のすがすがしさを味わうとともに敷石に対する愛着もうかがい知ることができます。

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▲「月の法善寺横町」の歌碑(左)。右は法善寺横丁の入口に出現した"オリエント急行"(?)。店内はバーカウンターになっている。P:宮武浩二
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なお、敷石は30センチ四方のものが南海電鉄のもので、70センチ×40センチのものが大阪市電のもの。大阪にこられたときは打ち水された夜の法善寺横丁を歩きながら敷石を探してみるのも楽しいのではないでしょうか。

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▲ED41形を先頭にした上り旅客列車が横川駅に到着。第1・2補機はED40形で、大きさの違いがよく判る。 提供:三宅俊彦 (『国鉄アプト式電気機関車』中編より)
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ご好評をいただいております小林正義さんによる『国鉄アプト式電気機関車』、待望の中巻が完成しました。

111118nrml148_h1.jpg上巻ではアプト式および碓氷線の開通から電化までの略史とともに、碓氷峠電化当初の、日本初の本線用電気機関車でもある10000(EC40)形の消長、そして初の国産機10020形(ED40)形の概要までを収録しました。続く中巻では、まず冒頭でED40形の活躍の模様を収録しています。ED40形はED42形の増備により1951(昭和26)年に国鉄で引退しますが、その後、南海電気鉄道、駿豆鉄道、東武鉄道(日光軌道線)に譲渡され、活躍を続けました。このうち、東武に譲渡されたものの内の1輌が、後に国鉄へ返還、大宮工場により復元され、現在は大宮の鉄道博物館に保存されているED40 10です。

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▲ED40形はアプト式という特殊な機関車にも関わらず、約半数が私鉄に譲渡された。ED40 4は南海電気鉄道を経て秋田中央交通に譲渡されたが、なんと凸型車体に改造。晩年は東急から渡ったデワと引き替えに東急碑文谷工場に取り込まれ、解体された。 (『国鉄アプト式電気機関車』中編より)
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続く中盤では、スイスから輸入された10040(ED41)形について解説します。国産機であるED40形の投入により碓氷線は完全電機運転を実現しましたが、それにも増して輸送量は急増を続けていたため、より大型のアプト機が必要になり、そのサンプルとして1926(大正15)年に輸入されたのが10040(ED41)形です。ED12、ED54とともに日本では数少ないスイス機でしたが、国産機製作への試験的な運用が多かったといわれ、また1951(昭和26)年にはED40とともに廃車となり、残された写真は多くはありません。

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▲ED42形製作へのデータ収集の役目を終えたED41形は、ED40形とともに引退。私鉄への譲渡はなく、1953(昭和28)年に解体された。  (『国鉄アプト式電気機関車』中編より)
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そして、このED41の成果をもとに製作された国産機がED42形です。1934(昭和9)年に登場した本形式は国鉄アプト式電機の決定版となり、太平洋戦争を跨いで1946(昭和21)年までに28輌が製造されました。これはEC40形(12輌)、ED40形(14輌)、ED41(2輌)を合わせた数であり、1951(昭和26)年のED40・ED41形全廃から1963(昭和38)年の粘着新線開通、つまりEF63形の登場まで、碓氷峠を登り降りする列車は、全てED42形が本務機、補機を務めることになりました。本書ではED42形の概要を収録しています。

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▲12年間に28輌が製作されたED42形。23号機からは戦時設計型となったが、落成は戦後の昭和21年である。 (『国鉄アプト式電気機関車』中編より)
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なお、12月発売予定の下巻では、ED42形の形態分類とともに、その活躍の模様を多数の写真とともにご紹介し、全28輌の姿を収録する予定です。お楽しみに。

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▲新宿エルタワー28階のニコンプラザには新宿ニコンサロンとニコンサロンbis新宿のふたつの写真展会場がある。日本鉄道写真作家協会写真展はニコンサロンbis新宿での開催。'11.11.17
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東京・新宿の「ニコンサロンbis新宿」で日本鉄道写真作家協会(JRPS)の写真展「Attracted Railways ―鉄路の世界―」が開催されています。同じニコンサロンbis大阪で7月に開催されていた同展の待望の東京での開催です。

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▲今回は24名の会員が個性溢れる作品を出品している。'11.11.17
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あらためてご紹介するまでもないでしょうが、日本鉄道写真作家協会(JRPS)は1988(昭和63)年11月25日に設立されたわが国唯一の鉄道写真家による協会で、現在28名の会員が所属し、研究者や編集者など会友11名、写真機材・感材メーカー、出版社など賛助会員12社がサポートをしています。
今回の写真展ではあえて鉄道車輌に主点をおかず、鉄道全体の世界観を主題とし、会員それぞれの考える鉄道の魅力をそれぞれのセンスで切り取ったものとなっています。鉄道に興味がない方でも「ああ、旅に出たいな」、「鉄道っていいな」とふと感じてもらえる、そんな写真展を目指したそうです。

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▲新宿の喧騒とは無縁の静かな空間でしばし鉄道写真の世界に浸る。'11.11.17
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また、今度の日曜日にはイベントデーとしてギャラリートークも予定されています。
日時:11月20日(日) 【1回目】13:00~14:00 【2回目】17:00~18:00
出席:猪井貴志、中井精也、山﨑友也、村上悠太ほか(予定)
会場:ニコンサロンbis新宿
※入場無料・予約不要です。当日は直接会場にお越し下さい。

プロの鉄道写真家として第一線で活躍される皆さんのお話を直接うかがえる絶好の機会ですので、写真展観覧と合わせてぜひスケジュールに入れてみられてはいかがでしょうか。

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日本鉄道写真作家協会(JRPS)写真展「Attracted Railways ―鉄路の世界―」
■会期
 2011(平成23)年11月15日(火)~11月21日(月)
 10:30~18:30(最終日は15:00まで)
■会場
 ニコンサロンbis新宿
 東京都新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階 ニコンプラザ新宿内
 TEL:03-3344-0565
 ※会期中無休
■アクセス
○新宿駅A17出口(JR、京王線、小田急線、東京メトロ丸ノ内線、都営地下鉄新宿線) 徒歩3分
○都庁前駅N5出口(都営地下鉄大江戸線) 徒歩5分
○新宿西口駅D4出口(都営地下鉄大江戸線) 徒歩6分
○西武新宿駅(西武新宿線) 徒歩7分

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▲会場の新宿ニコンサロンを訪れる際はカメラの用意もお忘れなく。というのも、28階のエレベーター前は新宿駅の絶好の"お立ち台"で、大ガード付近から新大久保界隈を行き交う列車を眼下に捉えることができる。写真は新宿駅に到着しようとする3006M「かいじ106号」。画面右上にはあの東京スカイツリーも写り込む。'11.11.17
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▲Babinda MillのBaguley製C型機。ゲージは2フィート(609㎜)。収穫時期が終わり、側線には貨車がずらりと並んでいる。P:古村 誠
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次にご紹介するのは1994(平成6)年5月4日に撮影したBabinda Millで、先述のGordonvaleから40kmほど南に行ったところにあります。このほか、ケアンズ空港の直ぐ北西のBarronsにも、無線操縦で走っているシュガーケーン鉄道があります。残念ながら一昨年の豪雨でかなりの被害を受けたようですので、現在どれくらい動いているかは不明ですが、まだまだかなりの仲間が活躍しているはずです。

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▲Malcolm Moore Ltd製のB型機。CやBBの軸配置の多い中にあって珍しいB型機。しかもかなりの年代モノのように見受けられる。P:古村 誠
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なお、Googleで「sugarcane train QLD」(QLDはQweensland州のこと)で検索するといろいろ情報が出てきます。興味を持たれ、来訪をお考えになる方は以下を参照されるとよいでしょう。
1.地図
Google Mapで「Cairns, Queensland, Australia」で検索かけるとケアンズ周辺の地図が出てきます。ケアンズから国道「A1」沿いに南下するとGordonvale、Bobinda、Tullyがあります。地図を拡大するとたくさんの線路が現れます。航空写真でも線路が確認できます。

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▲ヤードにはシーズンの活躍を終えた専用貨車がずらりと並んでいる。P:古村 誠
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2.情報サイト
Light Railway Research Society of Australia Inc.(http://www.lrrsa.org.au/index.html)の記事がたいへん参考になります。
なお、Queensland sugar cane railways today(http://www.lrrsa.org.au/LRR_SGRz.htm) によると、現在(といっても5年ほど前)以下の20路線がリストアップされています。
Mossman Mill
Mulgrave Mill, Gordonvale
Babinda Mill
South Johnstone Mill
Tully Mill
Macknade Mill
Victoria Mill, Ingham
Invicta Mill, Giru
Pioneer Mill, Brandon
Kalamia Mill, Ayr
Inkerman Mill, Home Hill
Proserpine Mill
Farleigh Mill
Marian Mill
Pleystowe Mill
Racecourse Mill, Mackay
Plane Creek Mill, Sarina
Bingera Mill, South Kolan
Millaquin Mill, Bundaberg
Isis Mill, Cordalba

これらの鉄道は基本的に製糖工場が運行し、各農家を集荷して回るそうです。浜中町営軌道が酪農家からミルクを集荷して牛乳工場に届けていたことを思い出しました。

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▲Ravenshoeの保存鉄道で見かけたスチームトラクター。さすがに可動状態ではないようだが、こんなものもたいせつに残されている。P:古村 誠
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ちなみに、シュガーケーン鉄道が動くのは基本的に20週間程度の収穫時期だけです。5月頃(実際には6月後半)から11月頃までで、それ以外は運休しています。台湾の製糖鉄道が12月から3月頃まで動くのと反対の時期です。成田からケアンズへはJetstarが夜行便を飛ばしています。夜乗れば朝着くので短い休みでも行くことができ便利です。オーストラリアは左側通行で車の運転も楽なので、レンタカーを利用するのが良いでしょう。ただし、心配なのは先述のように一昨年の豪雨による洪水の影響で、行ってみないとわからないというのが正直なところです。

※稼働期間に関して、当初「12月から4月にかけて」と記載しておりましたが、読者の方からご指摘をいただき、「5月頃(実際には6月後半)から11月頃まで」に訂正させていただきます。

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▲Ravenshoeの保存鉄道のヤード。残念ながら動いてはいなかったが、保存蒸機のほかにも客車やモーターカーなどを目にすることができた。P:古村 誠
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なお、ケアンズの南のEdmontonには保存蒸機もあり、時々運転しているようです。さらにAtherton高原のRavenshoeにも保存鉄道があります。これらのシュガーケーン鉄道とRevenshoeの保存鉄道はすべてケアンズから車で日帰りで行けます...と書いていたら、私もまた行きたくなりました。

※当記事をアップロード後、読者の方からケアンズ周辺の砂糖キビ畑には猛毒の蛇がいるので充分に注意するようにとの情報をいただきました。

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▲庫内で待機するMulgrave MillのDL。クイーンズランド州の現役シュガーケーン鉄道は現地が夏の12月から4月にかけて運転される。P:古村 誠
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9月12・13日にご紹介したオーストラリアの保存シュガーケーン鉄道(→こちら)をご覧になった古村 誠さんから、保存ではなく現役で活躍している路線の写真をお送りいただいておりますので、遅ればせながらではありますがお目にかけましょう。

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▲Mulgrave Millのヤード全景。画面左側が製糖工場で、シュガーケーン(サトウキビ)を貨車から取り卸すチップラーが見える。P:古村 誠
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オーストラリア東海岸クイーンズランド州は現役シュガーケーン鉄道の宝庫で、現在でも総延長4000㎞と言われるナローゲージ路線(2'及び3'6"軌間)の鉄道が使用されています。お送りした写真は1994~1995年にかけて、サンゴ礁の海を目的に家族旅行で行った時のもので、ドライブでたまたま製糖工場にトロッコを見つけて一人歓喜の声を上げたものです。

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▲4号機を先頭にヤードで待機する工事列車。最後尾には掘立小屋のような人車(?)が連結されている。P:古村 誠
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▲Mulgrave Millの4号機。ロスターによると1955(昭和30)年Commonwealth Engineering製で、アンバランスなジャック軸が特徴の0-6-0機。P:古村 誠
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▲手作り感みなぎるのMulgrave Mill自家製機"Pie Cart"。1962(昭和37)年製と記録されている。P:古村 誠
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IMG_0005na.jpg最初にお目にかけるのはCairns(ケアンズ)の南20kmほどのGordonvaleにあるMulgrave Millです。箱型車体の"Pie Cart"なる車輌は結構有名なようで、google photoで検索すると写真が何枚も出てきます。
▲「毎日ギアボックスを点検せよ」と注意書きがある"Piecart"のダッシュパネル。P:古村 誠
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このMulgrave Millには5年ほど前の時点で24輌の機関車が在籍していることになっており、じっくり観察するとまだまだ面白い仲間が生息しているに違いありません。

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弊社が企画・協力しているNTTプライム・スクウェア㈱のデジタルコンテンツ配信サービス「Fan+(ファンプラス)」のショップ「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」では、11月11日より「鉄動館 撮り鉄グランプリ」のキャンペーンを開催しています。

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このキャンペーンは、「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」で毎月販売されている「RM EX」の特集車輌をテーマに広く写真を募集し、本誌編集部の監修により審査を行なうものです。

応募作品の中から優秀な作品については「RM EX」の表紙や扉用写真として採用するとともに、本誌誌上で作品を紹介するほか、奨励金として賞金が贈呈されます。また、毎号の優秀者は、2012年3月末に行なわれるグランプリの審査対象となり、グランプリに輝いた作品の撮影者には賞金100万円が贈呈されます。
あなたの作品がグランプリに選ばれるかもしれません。ぜひ、ふるってご参加ください。

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▲最新号「RM EX 008」はE233系を特集。12月1日配信予定の「RM EX 009」からは、応募作品の中から優秀賞となった作品が表紙を飾る。
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一方、ファンプラス会員の「RM EX」購読者による読者投票も実施されます。こちらは、編集部最終選考に残ったものの入賞には届かなかった佳作の中から「RM EX」購読者により投票を実施するもので、毎号1点が選ばれるとともに、同様にグランプリの選定が行なわれます(賞金10万円)。もちろん投票した方に対しても特典が用意されています。
なお、応募概要は以下をご参照ください。
■応募期間
○第1回テーマ「C61 20」
 2011年11月11日~2011年11月20日
○第2回テーマ「E5系」
 2011年11月21日~2011年12月15日
○第3回テーマ「D51 498」
 2011年11月21日~2011年12月15日
以下続々リリース中(詳しくは→こちら
■応募方法
鉄道ホビダスの「今日の一枚」の投稿フォームから投稿願います。但し、このキャンペーンへの応募である事がわかるようにコメント欄に必ず"Fan+「○○」(車輌名)"を記載下さい(作品一点ごとに1枚とし、一名3点までといたします)。
 応募前に必ず「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」で告知されている注意事項について確認をお願いします。なお応募と同時に注意事項についても同意頂いたものとさせて頂きます。
■応募形態
JPEG画像(横幅1024ピクセル以上、10MBまで)
■発表
「RM EX009」(2011年12月1日配信予定)~「RM EX012」(2012年3月1日配信予定)の各号及び『Rail Magazine』341号(2011年12月21日発売予定)~344号(2012年3月21日発売予定)の各号
■入選
入選作品は各号一人1賞とします。
■賞品
○鉄動館 GP(1名) 賞金100万円
○読者が選ぶGP(1名) 賞金10万円
☆テーマ各号
○優秀賞(期間中、毎号1名)
「RM EX」表紙掲載及び『Rail Magazine』に作品掲載
 副賞 10万円
○入賞(期間中、毎号数名)
「RM EX」扉に掲載及び『Rail Magazine』に作品掲載
 副賞 1万円
○佳作(期間中、毎号数名)
「RM EX」掲載及び『Rail Magazine』に名前掲載
○今月の読者が選ぶ一枚(期間中、毎号1名)
 副賞 1万円
※詳しくは「鉄動館 撮り鉄グランプリ」キャンペーンページ(→こちら)をご覧ください。

○「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」
○「Fan+(ファンプラス)」

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▲無火のC61 2を庫4番線に押し込む「テーブル向」の一族。'65.12 仙台運転所 P:中村文孝
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茨城県の中村文孝さんからは仙台運転所の「テーブル向」の画像をお送りいただきました。
「先般の"テーブル向"の記事、興味深く拝読いたしました。ふと思いつき、昔のアルバムをめくりましたところ、添付の一枚を見出しましたので、添付いたします。
撮影場所:仙台運転所
撮影時期:1965年12月
撮影カメラ:オリンパスペンD2 ネガ不明
状況:当時高校2年の小生は、雑誌『鉄道ファン』の表紙にゆうづる復活のC62を見ていたたまれず、平から仙台へ初めての遠出撮影をしました。その時の仙台運転所でのスナップです。C61 2はロッドが外され、定修の戻りかと思います。転車台から庫への搬入にこの電池車がユックリ押し込んでいました。平機関庫の"テーブル向"とは別の車輌ですが、同じ目的で配置されていたと思われます。」

中村さんのお便りで仙台運転所にも"同類"がいたことがわかりましたが、仙台運転所(仙台機関区)と言えば『国鉄時代』や『「SL甲組」の肖像』でもお馴染みの仙台ハドソンの生き字引・大山 正さんです。仙台機関区にお勤めだった大山さんは、長年にわたって東北蒸機の消長を実体験してこられ、しかも趣味的視点も交えて正確な記録を残されています。そこで中村さんからお送りいただいた写真を鑑定していただくことにしました。

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▲庫4番線に入るC60 10の前に取りついた「テーブル向」、いや「無火機関車けんいん機」。恒常的に防水用シートが掛けられていたようだ。隣の3番には有火のC62 39が入っている。'67.9.9 仙台運転所 P:大山 正
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さすが本職の大山さん。さっそく画像も含めて「テーブル向」の詳細な解説をお送り下さいました。「テーブル向」は仙台運転所では「無火伝道機」と呼ばれており、その名のとおり無火の機関車を"伝道"(伝導ではなく"伝道")するための機械だったそうです。
昭和35年4月発行の『仙台機関区概況』によれば「検修設備」のうち「無火機関車けんいん機」、牽引力:130t、電動10HPと記載されているそうですので、正式名称は「無火機関車けんいん機」のようです。

さらに大山さんの解説をご覧いただきましょう。
このように「無火機関車けんいん機」は「検修設備」になっておりますが、運転操作は転車台と同じ「諸機掛」だったと思います。財産、保守担当は転車台動力やテルハ、クレーンと同じ仙台機械区でした。庫4番線に無蓋車「トラ」などを引き込み、「電動天井起重機」で「無火けんいん機」を車体ごと吊り上げ、これに積載し修繕に出していたと思われます。行き先は郡山工場の機械職場かメーカーの修繕工場と思われます。

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▲仙台機関区平面図(一部)。扇形庫の転車台反対側が極めて狭隘で、過走余裕分程度しか線路がないのがわかる。 (『「SL甲組」の肖像』第6巻より)
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私が見たのは、転車台の庫の各番線の反対側が過走余裕で2mくらいの車止め線があり、その近くに転車台電源用の電柱があり、その下方に分電盤があり、これから転車台の中央上部の集電器に伸びていますが、この分電盤に三相用のコンセントがあり、この近くの車止め線に留置して電源プラグをつないでいたようです。雨天でも大丈夫なように、防水はされていたようです。同じコンセントが庫内にあったかは記憶にありません。なお、充電が足りなかったのか、電源コードをつないだまま動いていたこともありました。多分、ストレート給電もあったのでしょう。数人の整備掛が50mくらいのケーブルを転車台などに挟まれないよう持ち上げて、伝道機にゾロゾロとついて歩いていました。

他区でも見ているはずですが、記憶が曖昧です。ただ、扇形庫内に洗缶線を持つ庫で、その番線の転車台の先が過走余裕分しかない(入換機関車が入れない短い線路)、仙台のような狭い構内の庫はほとんど常備していたと思われます。なお、1970年頃、郡山工場の修繕庫の外のレールのないコンクリート床に一台置いてあったのを見たことがあります。工場で使ったとは思えないので、修繕にでも持ち込んだのかも知れません。

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▲やはり庫4番線の8657に連結した「無火機関車けんいん機」。コントローラーと駆動用ギアの左右関係を見ると、上の写真から180度向きが変わっているのがわかる。ということは、平機関区の「テーブル向」とは「無火機関車けんいん機」本体の向きを示しているのではなく、積載する蓄電池箱(?)の向きを示しているらしい。'66.7.5 仙台運転所 P:大山 正
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皆さんほんとうにありがとうございました。ご紹介させていただいた他にも多くの情報が寄せられており、感謝感激です。最後にご紹介した大山 正さんの解説で「テーブル向」の正体と素性はほぼ解明されましたが、昨日ご紹介した坂田純一さんのお便りにもあったように、私も含めて当時、蒸機以外は真剣に記録しておらず、鉄道の日常を支えてきたさまざまなものを見逃してきたことにあらためて気付かされた一件落着でした。

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先週 、11月1日の小ブログで、鉄道写真家・荒川好夫さんからお預かりした鑑定依頼(?)の写真(アーカイブ「"テーブル向"の正体は?」参照→こちら)の"公開捜査"を行ったところ、アップロード直後からたいへん多くの皆さんから情報をお寄せいただきました。
▲高崎の扇形庫にひそむ「テーブル向」の同類と思われる車輌。拡大して見ると左側には運転台(?)らしきステップとささやかな屋根、それにコントローラーらしきものが見える。なお、背後のC11 320は渋川支区で使用されていたもので、この写真の3カ月後に四国(小松島)に転じている。'67.4.7 高崎第一機関区 P:坂田孝一
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大阪在住の小学6年生・松山秀太郎さんからは、「ないねん出版の『産業ロコ』という本に追分機関区で撮影された同じような車輌の写真が載っています。その車輌はターンテーブルの前で、無火の機関車を移動させる車輌として紹介されています。ただその車輌には「テーブル向」とは書かれていないので、確かではありません。ですが前面の形が似ているのと吊り環がついているので、それではないかと思っています。因みに車輌はキャブタイヤケーブルで電気を引いて動いていたようです。」との情報をお寄せいただきました。最初に「検修線専用のバッテリー式移動機械なのでは...」という説をご紹介した青柳カメラマンが見たのも追分機関区だったそうで、少なくとも追分に"同類"が生息していたのは確かなようです。

111106n010.jpg続いて伊東 玲さんからは、転車台への給電トラブルの際に対応できるようなトランスではないだろうかという説、横浜の佐藤邦弘さんからは神奈川臨海鉄道塩浜機関区で見かけられたという同じような形状の箱の写真をお送りいただきました。「検査など取り外した部品を洗浄するために使われているものだそうで、構造はよく解りませんが、台車の上にある工作物に液体を入れ、取り外した部品をその中に浸して、下からバーナーで炙るそうです。温かくして、ネジ等についた不純物を剥がしやすくするのだと思います。」と佐藤さん。確かに台車に載った状態は良く似ています。
さらに桑原裕二さんからは「『完 ジュラ電からSL終焉まで』の114 ページに似たもの(同じもの?)が写っていました。のちに文字が書き換えられているようです。"S.42(1967)3月"とあります。」とのサジェスチョンをいただきました。さっそく趣味の大先輩・宮澤孝一さんの同書を開いてみると、確かに給水温メ器を持つ29620の背後に「テーブル向」の姿が写り込んでいます。時期的には荒川さんの写真から半年ほど前になりますが、「テーブル向」のレタリングが明らかに異なり、「テーブル向き」と送り仮名が付いているのもわかります。
▲神奈川臨海鉄道塩浜機関区で見かけた台車の上に載った「テーブル向」と同じような矩形の容器(?)。やはり吊り環も付けられている。公道より撮影。P:佐藤邦弘
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さて、そんな中で埼玉県の坂田純一さんから決定的な写真が届きました。曰く「懐かしい平機関区の写真を見ておりましたら何となくどこかで似たような物を見た気がして古いネガを探してみました。平ではありませんが、高崎で最初の写真は1967(昭和42)年4月7日、2枚目は同年9月3日の撮影です。写真自体は私の兄・坂田孝一が撮影したものですので、私が見たような気がしたのは多分実機ではなく、写真を見た記憶なのでしょう。なお、9月3日の写真では、数カット前のD51 745の後ろには何もないので、多分このカットの時に移動して来ています。残念ながらほかのコマには写っておりませんでしたが、右手の作業員の方が動かしたのかな?などと想像しております。それにしても当時は蒸機にしか目がゆかず、ほかの対象はあまり記録しておらず、今となっては悔やまれます。」とのこと。

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▲冒頭の写真から5カ月後の高一の「テーブル向」。ゼブラの警戒塗装が施されている。こちら側から見ると巨大なギアで駆動されることがわかる。妻面に付けられているのは砂箱。'67.9.3 高崎第一機関区 P:坂田孝一
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坂田さんからお送りいただいた2枚の写真を拡大して仔細に見てみると、コントローラーやギアでの駆動系など、やはり機関車移動用の機械である可能性が濃厚です。しかも平機関区の荒川さんの写真と見比べても、台枠構造や簡易連結器の取付方法などほとんど同一で、どうやらこの"車輌"、ワンオフのものではなく規格品のようです。
明日も引き続き皆さんからお寄せいただいた情報と写真をご紹介いたしましょう。

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▲京成上野駅でのブルーリボン賞受賞式で記念撮影に臨む、左から須田 寛鉄道友の会会長、三枝紀生京成電鉄代表取締役社長、山本寛斎デザイナー。'11.11.6 京成上野 P:RM(新井 正)
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既報のとおり、鉄道友の会(須田 寛会長)が会員の投票をもとに決定する2011年ブルーリボン賞に京成電鉄AE形が、また、同時に選考される性能・デザイン・製造企画・運用などの諸点に卓越したものがあると認めた車輌に授与される2011年ローレル賞に東京地下鉄の16000系が選出されましたが、両賞の記念式典式が相次いで行われました。

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▲前頭部に貼付される山本寛斎さんデザインによるブルーリボン賞受賞記念エンブレム(左)。順次全編成に貼付される予定。右は車体側面のエンブレム。'11.11.6 京成上野 P:RM(新井 正)
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2011年ブルーリボン賞の受賞式は昨日11月6日に京成上野駅ホームで開催されました。鉄道友の会須田会長の挨拶に続いて岩沙克次選考委員長による選考経過の報告が行われました。三枝紀生京成電鉄社長への表彰状贈呈、受賞記念エンブレム除幕式と続き、デザインを担当された山本寛斎さんの挨拶ののち、記念エンブレムを貼付した新型スカイライナーAE8編成の前で記念撮影が執り行われました。ちなみに京成スカイライナーは1974(昭和49)年の初代でも第17回ブルーリボン賞を受賞しており、今回の受賞は37年ぶり2回目となります。

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▲綾瀬車両基地で盛大に行われたローレル賞記念式典のくす玉割り。'11.10.29 綾瀬車両基地  P:RM(小野雄一郎)
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一方、ローレル賞記念式典はブルーリボン賞に先立つ10月29日(土曜日)に綾瀬車両基地で行われました。受賞した東京地下鉄16000系は、既存の6000系の代替を図るために製造された千代田線用車輌で、誘導電動機に代わる駆動システムとして永久磁石同期電動機(PMSM)を国内で標準的な直流1500Vを電源とする路線として初めて量産採用しています。これによって誘導電動機駆動を採用している有楽町線・副都心線用の10000系よりも、編成全体で10%程度の消費電力の削減を実現したほか、低騒音化、保守の容易化が図られています。

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▲車体側面にはローレル賞記念式典のマークが貼付された(上)。また、車内乗降ドアの鴨居部にも同様のマークが貼付された(左)。もちろん車内には伝統の記念プレートも取り付けられた(右)。'11.10.29 綾瀬車両基地  P:RM(小野雄一郎)
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14時から開催された贈呈式では16000系と在来の6000系が並んで展示され、引き続いて綾瀬駅において出発式が挙行されて記念試乗列車が霞ヶ関駅まで運転されました。この試乗列車の車内では先頃完成したばかりの銀座線用1000系の搬入シーン等の映像が流され、こちらも大きな注目を浴びていました。
なお、東京地下鉄の車輌がローレル賞を受賞するのは、前身の営団地下鉄時代の千代田線用6000系(1972年)、銀座線用01系(1985年)を含めて3回目となります。

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▲39年前にローレル賞を受けた6000系と顔を並べる心憎い演出も...。'11.10.29 綾瀬車両基地  P:RM(小野雄一郎)
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※明日・明後日は不在のため、小ブログは休載とさせていただきます。

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伊豆急クモハ103復活。

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▲見事に修復されたクモハ103。下田方の前面は前灯周りがオーシャングリーンに戻され、開業当時を彷彿させる姿になった。'11.11.2 伊豆高原 P:RM(高橋一嘉)
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伊豆急行100系電車と言えば、言わずと知れた伊豆急開業時の電車。1輌から10輌まで自在に組める編成バリエーション、両運、片運クモハ・クハ・クロハ、中間モハ・サハ・サロハ・サロ、そして軽食堂車まである車種の多さ、さらには改造による変化の多さと、実車ファン、模型ファン問わず今も人気の高い車輌です。100系が本線上から引退したのは2002(平成14)年のこと。当時、弊社でも100系の足跡を集成した宮田道一さん、杉山裕治さんによるRM LIBRARY 34『伊豆急100形 誕生からラストランへ』を刊行しましたが、あれから9年の時を隔て、100系の復活運転が実現しました。

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▲パンタグラフを搭載する伊東方はスカート付き。こちらは引退当時と同じく前灯周りがハワイアンブルーに塗り分けられている。'11.11.2 伊豆高原P:RM(高橋一嘉)
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▲MGを搭載する海側側面を見る。なお、屋根には冷房装置のカバーが残るが、1輌では動作できないため、冷房装置本体は撤去されている。'11.11.2 伊豆高原 P:RM(高橋一嘉)
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今回の復活は今年12月に迎える伊豆急行の開業50周年記念事業(つまり100系生誕50周年)の一環として行われるもの。事業が計画される際、社長から「100系を動かすことはできないだろうか」との提案がなされ、実現の運びとなったそうです。実際の修復作業は7月の状態診断からスタートしましたが、すでに検修員のなかにも100系を手がけたことのない世代が増えているため、今後も100系を保守するため、ベテランから若手への技術の伝承が心がけられたとのこと。すべての修復が完了し、10月30日夜には試運転が行われ、11月2日の試乗会となりましたが、その走行は実に快調そのもの、9年間のブランクを全く感じさせない見事な走りぶりを披露しました。

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▲全て張り替えられたブルーの腰掛モケットがまぶしい車内。ちなみに出入口・ロングシート部の床は一旦剥がされ、補修の上張りなおされている。'11.11.2 伊豆高原 P:RM(高橋一嘉)
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111104n04b.jpg今回修復された100系は、引退後、唯一入換え車として残されていたクモハ103号。これまでもイベント時などに公開されたことはありましたが、今回、本線に復帰するにあたっては、車体の内外、機器類とも徹底した補修・メンテナンスが施され、見違えるほど美しく甦りました。例えば、窓の一部は開閉が難しくなっていたものを、全部取り外して整備、ガラスも全て新調されています。実は今回の整備では、1輌では電源の関係で動作しない冷房装置が撤去されていますが、室内の天井はその痕跡が判らないほどきれいに修復、扇風機も設置され、開いた窓から吹き込む潮風を感じるという、最近の電車では叶わない「贅沢」な旅も可能になりました。
▲広告スペースには初期のポスターの複製や歴史的な写真、今回の修復工程の記録などが掲示されている。ちなみに右の「スコールカー」については近日中にRM LIBRARYでご紹介できる予定。'11.11.2 伊豆高原 P:RM(高橋一嘉)
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▲東芝製のマスコンが備わる運転台。'11.11.2 伊豆高原 P:RM(高橋一嘉)
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▲運転士さんの制服も開業当時のデザインに。下田では開業当時、列車到着時に流されていた曲『憧れの南伊豆』の放送も再現されていた。'11.11.2 伊豆急下田 P:RM(高橋一嘉)
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▲今回のツアー参加者に渡らされる記念の楯と特製幕の内弁当(左)。楯には硬券乗車券とともに腰掛モケットの生地が納められている(右)。'11.11.2 伊豆高原 P:RM(高橋一嘉)
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今回の運転は伊豆急行開業50周年・踊り子号運転開始30周年を記念したJR東日本のツアー「100系電車復活運転の旅」(11月5日から計7回実施)として行われるもので、東京・横浜・小田原などからの往復の「スーパービュー踊り子号」「踊り子号」と、伊豆高原~伊豆急下田間での100系乗車、記念弁当、記念品などがセットになっており、100系はこのツアー参加者のみが乗車できます。また、今後は詳細未定ながら団体貸切運転やバスツアーでの体験乗車、開業50周年記念イベントでの特別運転などが計画されているとのことですので、9年と6ヶ月の時を隔てて甦った100系電車を、ぜひ撮影のみならず乗車して体感することをお勧めしたいと思います。

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神戸市電保存庫を見る。

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▲AEG(アルゲマイネ)製の直接式制御器天板。極めて珍しい逸品。'11.10.23 P:宮武浩二
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今年も「鉄道の日」に合わせて各地でさまざまなイベントが繰り広げられましたが、10月23日には神戸市交通局名谷車両基地で市電保存庫の公開が行われ、RMライブラリー『全盛期の神戸市電』の著者でもある宮武浩二さんからご報告をいただきました。

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▲700形705号の車内。珍しい一人掛転換クロスシートが再現されている。'11.10.23 P:宮武浩二
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神戸市交通局名谷車両基地の市電保存庫は神戸市須磨区西落合の基地内にあり、公開されるのも毎年秋の一日だけと、あまり知られていません。しかし建屋内には"ロマンスカー
ともてはやされた700形705号や800形808号が素晴らしい状態で保存されているほか、地上設備を含めて数多くの貴重な展示品があります。とりあえず簡単に紹介しますと...。
・705号ロマンスカー/転換クロスシート(1人掛け・2人掛けの組み合わせ)、神戸市電オリジナルの電気傘、リコ式吊手(営団地下鉄1000形のものを取り寄せた)
・808号 3扉車 
・760号カットボデー
・91号模擬運転台(木造)
・1151形用カルダン台車1輌分(電動機付)
・ブリル単台車(電動機付)
・ポール
・ビューゲル
・座席見本
・直接式制御器(本体付)と天板のみ保存 本体3台 天板12枚
・市電標準時計一式
・市電用交通信号一式
・広島電鉄よりの寄贈品 天板 番号
・市電の模型4輌

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▲同じく700形705号のリコ式吊手。ただし残念ながら営団地下鉄1000形のものとのこと。'11.10.23 P:宮武浩二
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この中でも逸品は、開業当時に使用したAEGの直接式制御器でしょう。おそらく現存数は限られており、大阪市電も開業当時は同じものを使用していたと思われます。天板には東京・大倉組の取り扱った証拠もあります。実は私が今回訪ねたのも、この直接式制御器に大いに関心があったからです。

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▲RMライブラリー『全盛期の神戸市電(上)』の著者である小山敏夫さんのが現役当時に達筆な書で書いた「須磨電車車庫」の看板(左)も保存されている。'11.10.23 P:宮武浩二
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制御器の天板は東洋電機、日立、三菱、東芝、日本車輌、GE、局工場、泰平などが揃っています。面白いのは交通信号機で「→」入りの信号機が保存されていました。

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▲市電用矢印表示がある信号機も保存されている。'11.10.23 P:宮武浩二
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保存庫内には『全盛期の神戸市電(上)』のPRが貼られており、上巻の著者である小山敏夫さんのサインもありました。小山さんが現役当時に達筆な書で書いた「須磨電車車庫」の表札も残されており、ひとつひとつ紹介するとかなり面白い保存庫だと思います。
余談ですが、来週11月13日(日曜日)には大阪市交通局の市電保存館が公開されます。ここにも多くの直接制御器があって、GE、TIC、東芝、日立、泰平が残っています。

※明日11月3日(木曜日)13時より16時まで、NHKラジオ第一「ラジオ井戸端会議 鉄道スペシャル」が生放送されます。向谷 実さんと山川恵里佳さんが東京のスタジオから、矢野直美さんと温泉エッセイストの山崎まゆみさんが陸羽東線からの生中継で立体的に東北の鉄道の魅力をお伝えします。私も番組監修としていつもの「金曜旅倶楽部」の131スタジオから出演いたします。ツイッターを介してのリスナーの皆さんとの双方向でお送りする特番で、全国どこからでもお聴きになれます。 →こちら
※NHKラジオ第一は9月からインターネットでもお聴きになれるようになりました。

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「テーブル向」の正体は?

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▲荒川好夫さんからお預かりした鑑定依頼(?)の作品。常磐線全線電化開業直前の平機関区。雨脚が強まる中、命脈迫るC62たちに見守られて清掃作業が続く。'67.9 平機関区 P:荒川好夫
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仕事の打ち合わせもあって伺ったRGG社で、主宰されている鉄道写真家の荒川好夫さんとお話していると「ちょっと鑑定していただきたい写真があるのですが...」と一枚のモノクロ写真を差し出されました。お聞きするに、先日、新宿のギャルリー トラン・デュ・モンドで開催された日本鉄道写真作家協会の東日本大震災復興支援チャリティー写真展「忘れ得ぬ東北・ふるさとの鉄道風景」に出品された作品のうちの一枚だそうです。

arakawasantaira018nn.jpg電化直前の平機関区扇形庫から顔を出す名残のC62たちを捉えたこの作品に何か不審な点でもとお尋ねすると、「画面左端に写り込んでいる"車輌"は何でしょうか」とのご質問。先日のチャリティー写真展ではこの作品は何枚もオーダーをいただいたのだそうですが、注文された方から問われて返答に窮してしまったとのこと。その後何人かのベテランの方に問い合わせたものの、結局今日までその正確な正体はわからず仕舞いなのだそうです。それでは小ブログで"公開捜査"をしてみましょうかと、今回は皆さんからのお知恵と情報をお願いすることにした次第です。


▲左端に写り込んでいる謎の車輌(?)のアップ。「テーブル向」のペイントがある箱状の物体(バッテリー箱?)には吊り環も確認できる。'67.9 平機関区 P:荒川好夫
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それなりにがっちりした台枠と簡易連結器、そして最大の手掛かりは「テーブル向」の文字です。吊り環が付いたこの物体は吊り上げられ、しかも向きが決まっていることになります。機関車群と頭を揃えた位置でハンスコ(手歯止め)を掛けられていることからしても、ここが定位置なのでしょうか...。編集部の青柳カメラマンの説では検修線専用のバッテリー式移動機械なのではとのことですが、おわかりになる方がおられましたらぜひ編集部(下記)までご一報ください。
railmagazine@neko.co.jp

一昨日は吉岡心平さんがご自身の「タンク屋しんちゃんのブログ」でロープ式入換装置をご紹介下さっています(→こちら)。この「テーブル向」も、その当時は当たり前のように思われていた設備が、いつしか忘れ去られて、時としてはその役割さえ分からなくなってしまうことを実感させてくれる一例です。

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