鉄道ホビダス

日本鉄道保存協会2011年度総会より。(中)

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▲翌朝、ふたたびJRセントラルタワーズより名古屋駅構内を見下ろす。これだけ高いとN700系フル編成も余裕で画角に入る。幸い今日も好天に恵まれそうだ。'11.10.21 
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二日目となる10月21日(金曜日)は、今回開催地団体としてアテンドいただいている東海旅客鉄道株式会社(JR東海)のお手配で同社の名古屋車両区を見学させていただきました。

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▲名古屋車両区の全景。奥の検修庫は名古屋機関区時代からの建物。左手彼方にJRセントラルタワーズが見える。'11.10.21 
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名古屋車両区〔海ナコ〕は近鉄名古屋線で名古屋から二駅目の黄金駅にほど近く、特急「ひだ」や「南紀」用のキハ85系をはじめ、快速「みえ」用のキハ75形、今春営業運転入りした武豊線用の最新鋭キハ25形など140輌あまりの気動車を抱える巨大な車輌基地です。

111025n012.jpg今回は私たち日本鉄道保存協会の見学会のためにキハ25形とキハ75形を展示していただき、車両部の方が懇切丁寧に説明してくださいました。参加者の皆さんの中には内燃車輌の動態保存でご苦労を重ねている方もおられ、保守・点検のノウハウなど専門的な質問も飛び交って、密度の濃い見学会となりました。
▲名古屋車両区のエントランス看板。意外とあっさりしている。'11.10.21 
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▲ご案内いただいた車両部管理課の長澤担当課長の説明に聞き入る参加者の皆さん。後方は見学用に車内に入れるようにしていただいたキハ25形。'11.10.21 
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▲キハ75形も展示していただいた。内燃車輌の動態保存に取り組んでいる参加者も少なくないだけに、専門的な質問も相次いでいた。'11.10.21 
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ちなみにこの名古屋車両区はかつての名門・名古屋機関区。いまだに構内には当時を偲ばせる遺構が数多く残されており、鉄道遺産にとりわけ興味を持つ参加者の皆さんだけに、車輌の見学とは別に構内に残るいくつかの歴史的設備も見せていただきました。

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▲車両区の奥で"現役"の転車台。1930(昭和5)年の製造で、名古屋機関区の歴史を見続けてきた歴史遺産である。'11.10.21 
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▲この転車台にはリニア・鉄道館で展示されているあのC62 17号機やC57 139号機も乗ったはず。'11.10.21 
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▲転車台のエントランス部。軌条の欠きとりや締結装置の構造など興味がつきない。'11.10.21 
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111025n008.jpgそのひとつが構内最奥に今なお現役として残る転車台です。名古屋機関区(名古屋機関庫)はかつて名古屋駅に隣接した笹島に二つの扇形庫を擁していましたが、1935(昭和10)年11月に現地に移転し、これに伴って扇形庫ではなく巨大な矩形庫が新設されました。現在でもその一部が検修庫として残されていますが、その移転を前に新造されたのがこの転車台でした。銘板によると昭和5年川崎車輌製で、もちろん大型蒸機も乗るものです。『国鉄名古屋機関区蒸機と共に』(浜松共同印刷/1992年刊)所収の昭和30年当時の構内俯瞰図によると、この転車台は構内最奥に位置してその先は終端となっていたようですが、現在では転車台の先にも線路が伸びていて、いわば通り抜けられるような構造となっています。
▲転車台の銘板。昭和5年川崎車輌と判読できる。左には重要機械指定「名古屋機関区 昭和41年4月1日」のプレートも残されている。'11.10.21 
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▲近鉄線との隣接部に残る給水塔の遺構。現役時代はこの上部に鉄製の巨大なタンク体が載り、名古屋機関区に出入りするすべての蒸気機関車がここで水を飲んでいたはず。'11.10.21 
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近鉄名古屋線に隣接する構内には給水塔の遺構も残されています。コンクリートの下半分のみで、残念ながら鋼製のタンク体はなくなってしまっていますが、前出の本などを見返してみるとタンク体には「名古屋機関区」の文字が大書してあったようで、名門機関区にとってのランドマークにもなっていたと思われます。

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▲車両区側から見た向野(こうや)橋全景。現在ではクルマの通行はできないが、1899(明治32)年製の巨大なピントラス橋は今なお現役。'11.10.21 
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▲関西本線側から見た向野橋。かつては中央部に巨大な投光機櫓が建てられており、名古屋機関区を写した映像には背後にこの向野橋が写りこんでいることが少なくない。'11.10.21 
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そしてもうひとつ。この給水塔のすぐ横、車両区の名古屋方入口に"聳えて"いるのが巨大なピントラス橋「向野橋」(こうやばし)です。「昭和5年6月竣工」の銘板が残るこの橋、実は出生はさらに古く1899(明治32)年ペンコイド(のちのアメリカン・ブリッジ)製。かの余部橋梁より十年以上古く、本来は京都鉄道(のちの山陰本線)保津川橋梁として架橋されたものでした。急流をひと跨ぎするピントラスは85m余りと巨大なものです。名古屋機関区の移設にあたり、構内を橋脚なしで横断できる跨線橋として再利用されたものですが、製造から112年、移設から81年、まさに歴史的鉄道遺産として燦然と輝くこの橋が、いまだに名古屋の中心地で現役を続けているのは奇跡とさえ言えましょう。

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