鉄道ホビダス

2011年10月アーカイブ

111031n005.jpg
▲新夕張駅では鈴木夕張市長(右から2人目)たちが参加者を温かく出迎えてくれた。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

JR北海道釧路支社が、10月10日(月)に「石勝線信号場停車&夕張・鉄道遺産の旅」を実施しました。このツアーのポイントは、1981(昭和56)年10月1日に開業以来、今年で30年を迎えた石勝線の新得と新夕張間の信号場すべてを停車することと、夕張地区の鉄道遺産見学です。このツアーのレポートを釧路臨港鉄道の会からお送りいただきましたのでご紹介いたしましょう。

111031n001.jpg行程は、帯広駅を早朝、2輌のキハ40(朱色)で出発し、新得からは石勝線の全駅、全信号場に停車、新夕張からはバスに乗り換え、三菱大夕張鉄道保存会が活動の拠点にしている三菱大夕張鉄道・旧南大夕張駅の車輌や、今は閉鎖されている石炭の歴史村の「SL館」などを見学し、夕張からは再び列車で帯広へ戻るというものです。ツアーには、本州方面からのファンも含めて約80人が参加しました。
▲帯広駅を出発する直前、運転士にタブレットを手渡すイベントも行われ、懐かしい雰囲気を演出。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

午前6時15分過ぎ、キハ40の777と1758が2番線に入線、さっそく写真撮影会になりました。午前6時20分過ぎには、ツアー用臨時列車の運転士に、国鉄時代に使われていたタブレットが手渡されるセレモニーが行われるなど、鉄道の旅の出発にふさわし雰囲気を盛り上げました。

111031n002.jpg午前6時28分、777を先頭に帯広駅を出発した列車は、新夕張を目指しました。途中駅で参加者を乗せたり、スーパーとかち2号に抜かれるために停車したりと、普段はゆっくり見ることのない中間駅をじっくりと見学することができました。また、上芽室や平野川信号場では、車内からの撮影を容易にできるくらいに速度を落として通過しました。
▲帯広出発後、参加者のしおりなどに「セ」の検札鋏を入れる国鉄時代の制服を着た釧路臨港鉄道の会のメンバー。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

111031n003.jpg
▲石勝線内の信号場に停車すると窓が開けられシャッター音が車内に響く。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

新得駅からは、新得町の浜田正利町長も乗車しました。ここからは、本当の意味で各駅停車の旅が始まりです。まず、西新得、そして、広内、新狩勝に各2分停車しました。新狩勝を出発すると、見どころの一つ、新狩勝トンネル(5790㍍)の中にある上落合信号場へ臨時列車は登っていきます。十勝と石狩の分水嶺にあたる上落合信号場は、標高約450㍍。狩勝峠で最も高い場所です。特急でも運転停車する場合がありますが、窓の開くキハ40でのトンネル内停車は、また違った雰囲気が味わえ、盛んにカメラのフラッシュがたかれます。車掌室からは釧路臨港鉄道の会の星 匠会長が石勝線の歴史を案内しました。

111031n004.jpg
▲列車の交換も楽しみの一つ、写真は串内信号場で貨物と交換、スーパーおおぞら2号に道を譲る。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

串内信号場では、スーパーおおぞら1号と下り貨物列車と交換、さらにはスーパーおおぞら2号に抜かれました。この停車時間を利用して、矢﨑義明釧路支社長から石勝線開業30周年記念として、新得町の浜田町長に記念のSLの模型が贈呈されました。

111031n006.jpgトマム駅で停車したあと、ホロカ、滝ノ沢、東占冠の各信号場にも丹念に停まっていきます。その都度、駅側の窓が全開になり、シャッター音が車内に響きます。占冠駅では、停車時間を利用して方向幕を「急行」に変えるなどして、参加者から歓声があがっていました。占冠駅を出発した列車は、二つ目の見どころ、旧鬼峠信号場へ向かいます。鬼峠トンネル内にあった信号場ですが、石勝線の高速化で列車交換の必要がなくなり1986(昭和61)年3月3日で廃止されました。現在は、線路が撤去され、特急列車で通過すると、どこに信号場があったのか確認が難しいのですが、このツアーでは、トンネルの幅が少し広がっている信号場跡付近でも徐行し、参加者を喜ばせてくれました。このあと、清風山、東オサワ、オサワ、楓信号場に停車しましたが、それぞれに、地上からカメラを構えている皆さんもおられ、手を振り合うなど、交流を深めました。
▲旧南大夕張駅では三菱大夕張鉄道保存会の奥山会長が参加者に歴史などを説明。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

111031n007.jpg
▲美しい姿を見せるシューパロ湖の三弦橋。夕張シューパロダムが完成すると水位が上がり水没してしまう。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

10時48分、新夕張駅3番線に停車した列車は、夕張市の鈴木直道市長の歓迎を受けました。新得町長よりタブレットを、また参加者代表が、釧路の石炭を鈴木市長に手渡すなどセレモニーが行われました。新夕張駅前でバスに乗り換えた一行は、まず、旧南大夕張駅に向かいました。ここでは、三菱大夕張鉄道保存会が保存していますラッセル車のキ1や三軸ボギー車のスハニ1などを見学しました。同保存会の奥山道紀会長が、車輌や同鉄道などについて説明しました。

111031n008.jpg続いて、三弦橋(正式名称:大夕張森林鉄道夕張岳線第1号橋梁)をシューパロ湖畔から望みました。奥山会長から「断面を三角形にしているのは、景観に配慮してためと建設費用の圧縮だったようです」などと説明され、参加者のみなさんは熱心に聞いていました。昼食のあとは、「SL館」に向かいましたが、スコールのような雨に見舞われました。そのため、照明設備が使えない同館は暗かったのですが、奥山会長の説明を聞きながら、三菱大夕張鉄道、夕張鉄道などの資料に触れていました。
▲特別に開けられた石炭の歴史村のSL館を見学する参加者。'11.10.10 P:釧路臨港鉄道の会
クリックするとポップアップします。

夕張駅から再びキハ40に乗り込み、14時19分に同駅を出発しました。新夕張では、20名ほど下車して、新千歳空港や札幌方面へ乗り換えました。残った参加者は、鉄道談議に花を咲かせながら、帯広到着18時25分までの帰路を楽しみました。途中の西帯広では、キハ40のもう1輌の朱色1749と交換、すでに外は真っ暗ではありましたが、3輌の朱色キハ40のそろい踏みに、参加者は喜んでいました。釧路支社の皆様、楽しい企画をありがとうございました。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

東急車輛がJR東日本へ...。

111028n001.jpg

昨日午後、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)から毎日配信されてくるプレスリリースに編集部は騒然となりました。表題に「東急車輛製造株式会社の鉄道車両製造事業の経営権取得について」とあるではないですか。時を同じくして東京急行電鉄株式会社からも「子会社の事業の譲渡に関するお知らせ」がリリースされています。

111028n003.jpg111028n002.jpg
▲東急車輛製造「新造車両10,000両の歩み」パンフレットより。ページをめくるごとに記憶に残る車輌たちがずらりと並ぶ。
クリックするとポップアップします。

リリースによると、東急電鉄は、東急車輛製造の鉄道車輌事業を来年4月1日(予定)をもって、今後設立予定の東急電鉄の完全子会社の「鉄道車両新会社」に吸収分割し、JR東日本は翌日、来年4月2日(予定)で「鉄道車両新会社」の全株式を東急電鉄から取得し、JR東日本の完全子会社とする、というスキームです。新会社の商号については、経営権取得までの間に決定する予定と発表されており、伝統ある「東急車輛製造」という名称は、残存する不動産を保有する会社として存続するものの、車輌メーカーとしては途絶えることとなります。

111028n021.jpg
▲横浜製作所正門横に展示された東急車輛産業遺産第2号の東急デハ7052。言うまでもなく日本におけるオールステンレスカーのパイオニアである。現在は第3号として佐久間レールパークから移設された0系新幹線の前頭部も加わっている。 '09.8.27 P:RM(高橋一嘉)
クリックするとポップアップします。

東急車輛製造㈱は1948(昭和23)年の設立。実際にはそれより以前、1946(昭和21)年に現在の横浜市金沢区にあった旧海軍航空技術廠支廠跡地に東急横浜製作所を興して、戦時中のいわゆる大東急下で疲弊した800輌にもおよぶ電車・貨車の修繕を開始したのが発端でした(RMライブラリー『東急碑文谷工場ものがたり』参照→こちら)。また、関西地区では名門・梅鉢鉄工所をルーツとする帝国車輌工業を引き継いだ大阪製作所を擁し、東急電鉄のみならず国内外の多くの鉄道事業者に先進的な車輌を供給し続けてきました。カルダン駆動台車の開発や、アメリカのバッド社とのライセンス契約によるオールステンレス車輌の生産など、その技術的挑戦は枚挙に暇がありません。

111028n025.jpg111028n023.jpg
▲横浜製作所の敷地の前身である海軍航空技術廠支廠の表札と、錨の紋章が入ったマンホールの蓋(左)。ステンレスカーとともにバット社との提携により誕生した「パイオニヤIII形」台車のパンフレット(右)。(「パイオニア」ではないところに注意)。どちらも横浜製作所歴史記念館内に保存されている。 '09.8.27 P:RM(高橋一嘉)
クリックするとポップアップします。

111028n022.jpg111028n024.jpg
▲東急車輛から旅立っていった数々の車輌や台車に取付られた歴代の銘板。今後、台車の形式である「TS」はどうなるのだろうか...。 '09.8.27 P:RM(高橋一嘉)
クリックするとポップアップします。

東急電鉄側のリリースでは「構造改革を推し進め、経営の効率化を図っておりますが、需要の低迷など事業環境は厳しく、東急車輛製造の業績は、計画数値を下回る状況が続いております」と今回の事業譲渡に至った背景が語られており、一方のJR東日本側のリリースでは、「経営権取得の目的とその後の展開」として、車輌製造事業を「経営の第4の柱」と位置づけ、東急車輛の開発設計力や特急車輌の製造能力と新津車両製作所との連携によって、国内外の市場への事業展開を目指すとそのシナジー効果に期待がかけられています。

111028n026.jpg
▲2009年に開設された「横浜製作所歴史記念館」。「鉄道車両や関連技術の歩みを"見える化"し、技術伝承や教育、社員のモチベー ション(動機付け)向上につなげる。」という意図のもとに誕生したもので、その傍らにはこの横浜製作所で誕生した日本初のステンレスカー、東急デハ5201が保存されている。新会社に移行してもこれらの施設が継承・発展してゆくことを願いたい。 '09.8.27 P:RM(高橋一嘉)
クリックするとポップアップします。

ご承知のように、3年ほど前には日本車輌製造株式会社が東海旅客鉄道株式会社(JR東海)の連結子会社となり衝撃が走りましたが、今回は数々の記憶に残る車輌を生み出した「東急車輛」という名前そのものが実質的に歴史の中へと消えていってしまうわけで、私たちファンにとっても計り知れない喪失感を感じずにはいられません。先進的技術にトライし続けたそのDNAが、JR東日本という新たなフィールドで生き続けてくれるのを祈らずにはいられません。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111027n005.jpg
▲「あ、これも!」とアクティブに応募作品をピックアップする審査員の矢野直美さん。つい先日、北海道新聞社から新刊『鉄子の全国鉄道ものがたり』を上梓されたばかり。'11.10.27 
クリックするとポップアップします。

早いもので今年で4回目となる「タムロン鉄道風景コンテスト」(株式会社タムロン主催、さいたま市、さいたま市教育委員会、さいたま商工会議所後援、そごう大宮店、レイル・マガジン協力)の審査が本日、さいたま市見沼区のタムロン本社会議室で行われました。

111027n002.jpg
▲タムロン本社の正門。審査はこの本社5階の大会議室で行われた。'11.10.27 
クリックするとポップアップします。

tamron001004.jpg「私の好きな鉄道風景ベストショット」の副題が示すように、鉄道の風景写真を通して、全国のレイル・ファンのみならず、一般の方々にも写真の楽しさを広く知っていただこうという企画で、鉄道とその周辺を入れ込んだ写真であれば、風景・スナップなどでも応募可能。使用機材メーカー名も問わない、きわめて門戸の広いコンテストとなっているのが特徴です。カテゴリーは「一般の部」のほかに「小・中・高校生の部」を設定して、それぞれ大賞(「一般の部」はさいたま市長賞、「小・中・高校生の部」はさいたま市教育委員会教育長賞)、準大賞、審査員特別賞、入選、佳作が選定されます。さらに、タムロン賞のほか、さいたま商工会議所会頭賞として「ユーモアフォト賞」が昨年より新設され、これも他にないユニークなお楽しみとなっております。審査員は今年もお馴染みの広田尚敬さんと矢野直美さんのお二人です。
▲今年の公募フライヤー。震災の影響で募集期間は例年より一カ月ほど短くなってしまった。 
クリックするとポップアップします。

111027n004.jpg例年ですと5月初めに公募を開始、8月中旬に締め切るというタイムスケジュールでしたが、今年は東日本大震災の影響で開催さえ危ぶまれる状況だったと聞きます。それでもこのコンテストを楽しみに待ち望む声も多く、昨年より3カ月遅れの8月1日に公募開始、去る10月14日の「鉄道の日」に締め切りという変則的な実施となりました。それだけに公募期間が例年より一カ月少なくなってしまい、果たして昨年並みのエントリーがあるか心配されていましたが、何と締め切ってみると昨年より作品数、応募者数ともに一割以上も多い記録的なものとなりました。ことに小・中・高校生の部のエントリーが3割以上も増加したのが特筆されます。
▲今年も息の合った審査の広田尚敬さんと矢野直美さん。膨大な応募数だけに、今年も長丁場の審査となった。'11.10.27 
クリックするとポップアップします。

111027n003.jpg
▲小・中・高校生の部の"手ごたえ"に思わず笑みがこぼれる。審査に同席させていただいたが、小・中・高校生の部の熱意とレベルの高さはほんとうに驚き。'11.10.27 
クリックするとポップアップします。

審査に当られた広田さんは、「震災があったにも関わらずこれほどの応募があったこと自体が心に残る審査になりました。皆さんの作品の一枚一枚に日本が復興してほしいという思いも入っているのではないでしょうか」とおっしゃっておられました。また急増した小・中・高校生の部の作品の傾向についても、「類型的なものではなく、自分がほんとうに気に入ったものを出している」と大きく評価されていました。いっぽう矢野さんも、「似た傾向の作品が集まったのではなく、ほんとうにバラエティー豊か。好きで、工夫して、一生懸命撮って、その瞬間"おっ、やったぞ!"という歓喜...今風に言えば"ドヤ顔"が目に浮かぶような作品ばかりですね」と絶賛。小・中・高校生の部の作品の傾向については「大人の目線があるいっぽう、ティーンエイジャーならではの感性がほとばしっていて素敵です。デジタルカメラの性能というだけではなく、楽しんで、しかも意志が感じられる作品が多いですね」と語られ、審査自体を楽しんでおられる様子でした。

111027n001.jpg
▲タムロン本社の最寄り駅は東武野田線の七里駅。このあたりはまだまだ懐かしい風景や駅設備が残っている。ちなみに野田線は現在、全列車が8000系の6連。'11.10.27 七里
クリックするとポップアップします。

最終的な審査結果の発表は11月下旬に入賞者本人に直接通知されるとともにタムロンのホームページ上にアップされ、続いて12月発売の本誌誌上でもプレビューを掲載する予定です。また、12月中旬からそごう大宮店で入賞作品の写真展が開催される予定です。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111026n001.jpg
▲藤原岳をバックに丹生川駅構内に進入する上り列車。右は貨物鉄道博物館の保存車輌たち。'11.10.21 丹生川 
クリックするとポップアップします。

名古屋車両区の見学に続いて、午後は2件のオプショナルツアーが組まれました。近隣加盟団体の博物館明治村と貨物鉄道博物館で、見学会参加者は二手に分かれてそれぞれの目的地へと向かいました。

111026n015.jpg
▲近鉄富田駅で発車を待つ東藤原行き。方向板は東藤原となっているが、水害による不通区間があるため実際はこの電車は保々止まりで、保々~梅戸井間はバス代行輸送となっている。'11.10.21 近鉄富田 
クリックするとポップアップします。

私が向かったのは貨物鉄道博物館。ひさしぶりの訪問となりますが、実は貨鉄博へのアクセスである三岐鉄道が9月初旬の台風12号の水害の影響で部分不通となっており、参加者一同、途中区間の代行バス連絡という稀有な体験をすることとなります。

111026n014.jpg9月4日、三重県地方を襲った台風12号による豪雨は各地に大きな爪痕を残しましたが、三岐鉄道においては保々-北勢中央公園口間にある朝明川橋梁が大きく損傷し、同区間の列車運転が不可能となってしまいました。このため現在、保々-北勢中央公園口-梅戸井の3駅間がバス代行輸送となっております。近鉄富田~保々間は従来のダイヤ、バス代行区間を挟んで梅戸井~西藤原間は暫定ダイヤとなっており、一部列車は東藤原行きとされています。
▲バス代行輸送を告げる電光表示。'11.10.21 近鉄富田 
クリックするとポップアップします。

111026n013.jpg
▲車内に吊り下げられた「バス代行輸送のお知らせ」。当然のことながら三岐鉄道の基幹でもある貨物輸送も休止中。'11.10.21 近鉄富田 
クリックするとポップアップします。

111026n012.jpg111026n011.jpg
▲保々駅(左)と梅戸井駅(右)で連絡を待つ列車代行バス。一般乗合タイプのほかに観光タイプのものも動員されている。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

バス代行区間の所要時間は16~20分ほど。近鉄富田駅から乗車した列車の方向板は東藤原行きとなっていますが、途中でバス代行区間を挟むかたちとなり、保々駅では係員の誘導でバスへと乗り込みます。私たちが乗車した代行バスはほとんど貸切状態でしたが、通学時にはとても1台では輸送しきれず、数台のバスが続行するそうです。

111026n010.jpg
▲梅戸井~西藤原間に封じ込められるかたちとなって運用中の101系車内。ひさしぶりに耳にするAK-3形コンプレッサーの音も懐かしい。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

代行バスが到着すると再び列車へ。列車番号はバス代行区間を挟んでも同一で、近鉄富田駅で西藤原や東藤原といった終点の行き先が表示されているのも、代行区間を含んであくまで1本の運行といった意味なのでしょう。
なお、11月上旬頃には全線での列車運行が再開できる見込みだそうです。

111026n009.jpg
▲貨物鉄道博物館正面で挨拶に立つ清水 武館長。通常は第一日曜日のみの開館だが、今回は臨時開館していただいた。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111026n008.jpg
▲旧貨物ホームには東武鉄道39号機を先頭に歴史的貨車が編成をなして保存展示されている。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

ご存知のように貨物鉄道博物館は鉄道貨物輸送130周年を記念して2003(平成15)年に開館。すべての運営が一般からの寄付とボランティアによって行われており、三岐鉄道も線路の保守などに大きな協力をしております。開館当初は東武鉄道39号機を筆頭に保存車輌数も限られていましたが、その後は続々と歴史的車輌が全国から集結、ついには大物車シキ160まで搬入されるに至りました(アーカイブ「シキ160が貨物鉄道博物館へ」参照→こちら)。

111026n004.jpg
▲三岐鉄道関連のみならず、わが国の貨物鉄道の歴史を物語るさまざまな資料が収蔵されている館内。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111026n002.jpg111026n003.jpg
▲数多くの社名板も保存されている(左)。右はなぜか収蔵品の山に埋もれるように置かれていた2フィートゲージの"ナベトロ"。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111026n005.jpg111026n006.jpg
▲蒲原鉄道からやってきた1929(昭和4)年製のワ11は車内にも入れるようになっており、当時の積み荷も巧妙に再現されている。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

また車輌のみならずターレット(蓄電池車)や手車といった荷役に関係する機材、さらには貨車車票などの資料も数多く保存されており、まだお出でになられていない方はぜひ一度足を運ばれることをお勧めします。
※貨物鉄道博物館公式サイトこちら

111026n007.jpg
▲留置線の最奥で編成を組む1957(昭和32)年協三工業製のDB101とシキ160、タム500形2920号。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

昨年の遠軽町丸瀬布、陸別町、上士幌町の総会(アーカイブ「日本鉄道保存協会総会より」参照→こちら)に続いて、今年も多くの見学会を含むたいへん充実した二日間となりました。
来年の開催地は若桜鉄道が予定されており、上下分離方式の導入、関連施設の総体での登録有形文化財化、さらには12系客車の導入やC12 167号機の復活への挑戦など、さまざまな積極的な取り組みを披露していただけるはずです。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111025n001.jpg
▲翌朝、ふたたびJRセントラルタワーズより名古屋駅構内を見下ろす。これだけ高いとN700系フル編成も余裕で画角に入る。幸い今日も好天に恵まれそうだ。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

二日目となる10月21日(金曜日)は、今回開催地団体としてアテンドいただいている東海旅客鉄道株式会社(JR東海)のお手配で同社の名古屋車両区を見学させていただきました。

111025n005.jpg
▲名古屋車両区の全景。奥の検修庫は名古屋機関区時代からの建物。左手彼方にJRセントラルタワーズが見える。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

名古屋車両区〔海ナコ〕は近鉄名古屋線で名古屋から二駅目の黄金駅にほど近く、特急「ひだ」や「南紀」用のキハ85系をはじめ、快速「みえ」用のキハ75形、今春営業運転入りした武豊線用の最新鋭キハ25形など140輌あまりの気動車を抱える巨大な車輌基地です。

111025n012.jpg今回は私たち日本鉄道保存協会の見学会のためにキハ25形とキハ75形を展示していただき、車両部の方が懇切丁寧に説明してくださいました。参加者の皆さんの中には内燃車輌の動態保存でご苦労を重ねている方もおられ、保守・点検のノウハウなど専門的な質問も飛び交って、密度の濃い見学会となりました。
▲名古屋車両区のエントランス看板。意外とあっさりしている。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n011.jpg
▲ご案内いただいた車両部管理課の長澤担当課長の説明に聞き入る参加者の皆さん。後方は見学用に車内に入れるようにしていただいたキハ25形。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n006.jpg
▲キハ75形も展示していただいた。内燃車輌の動態保存に取り組んでいる参加者も少なくないだけに、専門的な質問も相次いでいた。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

ちなみにこの名古屋車両区はかつての名門・名古屋機関区。いまだに構内には当時を偲ばせる遺構が数多く残されており、鉄道遺産にとりわけ興味を持つ参加者の皆さんだけに、車輌の見学とは別に構内に残るいくつかの歴史的設備も見せていただきました。

111025n007.jpg
▲車両区の奥で"現役"の転車台。1930(昭和5)年の製造で、名古屋機関区の歴史を見続けてきた歴史遺産である。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n010.jpg
▲この転車台にはリニア・鉄道館で展示されているあのC62 17号機やC57 139号機も乗ったはず。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n009.jpg
▲転車台のエントランス部。軌条の欠きとりや締結装置の構造など興味がつきない。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n008.jpgそのひとつが構内最奥に今なお現役として残る転車台です。名古屋機関区(名古屋機関庫)はかつて名古屋駅に隣接した笹島に二つの扇形庫を擁していましたが、1935(昭和10)年11月に現地に移転し、これに伴って扇形庫ではなく巨大な矩形庫が新設されました。現在でもその一部が検修庫として残されていますが、その移転を前に新造されたのがこの転車台でした。銘板によると昭和5年川崎車輌製で、もちろん大型蒸機も乗るものです。『国鉄名古屋機関区蒸機と共に』(浜松共同印刷/1992年刊)所収の昭和30年当時の構内俯瞰図によると、この転車台は構内最奥に位置してその先は終端となっていたようですが、現在では転車台の先にも線路が伸びていて、いわば通り抜けられるような構造となっています。
▲転車台の銘板。昭和5年川崎車輌と判読できる。左には重要機械指定「名古屋機関区 昭和41年4月1日」のプレートも残されている。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n004.jpg
▲近鉄線との隣接部に残る給水塔の遺構。現役時代はこの上部に鉄製の巨大なタンク体が載り、名古屋機関区に出入りするすべての蒸気機関車がここで水を飲んでいたはず。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

近鉄名古屋線に隣接する構内には給水塔の遺構も残されています。コンクリートの下半分のみで、残念ながら鋼製のタンク体はなくなってしまっていますが、前出の本などを見返してみるとタンク体には「名古屋機関区」の文字が大書してあったようで、名門機関区にとってのランドマークにもなっていたと思われます。

111025n003.jpg
▲車両区側から見た向野(こうや)橋全景。現在ではクルマの通行はできないが、1899(明治32)年製の巨大なピントラス橋は今なお現役。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

111025n002.jpg
▲関西本線側から見た向野橋。かつては中央部に巨大な投光機櫓が建てられており、名古屋機関区を写した映像には背後にこの向野橋が写りこんでいることが少なくない。'11.10.21 
クリックするとポップアップします。

そしてもうひとつ。この給水塔のすぐ横、車両区の名古屋方入口に"聳えて"いるのが巨大なピントラス橋「向野橋」(こうやばし)です。「昭和5年6月竣工」の銘板が残るこの橋、実は出生はさらに古く1899(明治32)年ペンコイド(のちのアメリカン・ブリッジ)製。かの余部橋梁より十年以上古く、本来は京都鉄道(のちの山陰本線)保津川橋梁として架橋されたものでした。急流をひと跨ぎするピントラスは85m余りと巨大なものです。名古屋機関区の移設にあたり、構内を橋脚なしで横断できる跨線橋として再利用されたものですが、製造から112年、移設から81年、まさに歴史的鉄道遺産として燦然と輝くこの橋が、いまだに名古屋の中心地で現役を続けているのは奇跡とさえ言えましょう。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111024n009.jpg
▲リニア・鉄道館のエントランスホールから展示室に入ると、まずシンボル展示のC62 17、新幹線試験電車955(300X)、超電導リニアMLX01-1が迎えてくれる。それぞれ狭軌蒸気機関車としての世界最高速度(129㎞/h)、電車方式による1996年時点での世界最高速度(443㎞/h)、鉄道の世界最高速度(2003年・581㎞/h)のレコードホルダー。'11.10.20
クリックするとポップアップします。

先週10月20日(木曜日)・21日(金曜日)に日本鉄道保存協会の2011年度総会と見学会が開催されましたので、その概要をご紹介いたしましょう。今年の総会の開催地団体は東海旅客鉄道株式会社(JR東海)。総会会場は昨年オープンした「リニア・鉄道館」で、鉄道保存に関わる全国の鉄道事業者、団体、個人60名余りが一堂に会しました。

111024n013.jpg昨年3月14日にオープンしたリニア・鉄道館は、名古屋市の「モノづくり文化拠点構想」に基づき、鉄道の文化・技術を後世に伝えること、歴史的な産業遺産を活用し、観光産業を推進することなどを使命として開設されたもので、オープン直前に東日本大震災が発生してしまったものの、開館7カ月で78万人を超える来館者を集める大盛況ぶりで推移しています。
▲リニア・鉄道館はあおなみ線の金城ふ頭駅から徒歩2分ほど。画面奥の高架が金城ふ頭駅。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

総会に先立ち、リニア・鉄道館の天野満宏副館長のご案内で館内を見学いたしましたが、今回は通常は立ち入れない収蔵車輌エリアのバックヤードツアーを企画していただき、2班に分かれてモハ63形とオヤ31形の車内を見学させていただきました。ことにモハ63638は事業用車クモヤ90005に改造されて延命しいていた個体を浜松工場で可能な限り復元したもので、特徴的な3段窓や屋根構造はもとより、床の主電動機点検蓋の一部には透明アクリル板が取り付けられ、電機子の状態が見える配慮もなされており、参加者の皆さんも説明に熱心に耳を傾けておられました。

111024n012.jpg
▲1階車輌展示スペースに並んだ歴代新幹線車輌。奇しくもこの日、300系新幹線の2012年春の引退がプレス発表されただけに、展示された323形もひときわ印象深く見える。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

111024n008.jpg
▲収蔵車輌エリアのキハ82形や復元されたモハ63形。この日は特別にバックヤードツアーを催していただいた。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

館内の講座室で行われた総会では、リニア・鉄道館の金子利治館長からご挨拶をいただいたのち議事に入りました。会計監査報告など一連の年度報告のほかに、組織の一般法人化、事務局の機能強化などのほか、花上嘉成東武博物館館長の新顧問への就任が決議されました。また、世界の保存鉄道の連絡組織である"WATTRAIN"(World Association of Tourist Trams and Trains)への加盟を検討することなど、将来的な国際協調への道筋も提起されました。

111024n014.jpg
▲目を見張る完成度の鉄道ジオラマには総会参加者も釘付けとなった。「鉄道の24時間」をテーマにしているだけあって、ことに夜間の情景は必見。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

111024n011.jpg111024n010.jpg
▲"ライブ会場"に詰め掛けた群衆はおびただしい数のフィギュア(左)。とても個人では再現できない物量だ。右は五山送り火をのぞむ夜の京都駅ジオラマ。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

ところで、今回の総会報告のなかで初めて公となったのが、通称「山田コレクション」と呼ばれる保存車輌群への取り組みです。「山田コレクション」とは北海道・江別にお住まいの山田建典さんが私財を投じて集めてきた道内の蒸気機関車を中心とした実物車輌群で、1970年代からさながら都市伝説のごとくその存在が噂されてきたものです。4122号機を含む2輌の4110形、2輌のB6、9615など5輌の9600形、夕張鉄道の12号機や雄別鉄道のC11など12輌の蒸気機関車と、客車、貨車、除雪車など総計15輌に及ぶコレクションはこれまでまったく公開されることなく、またその存在も秘匿されてきました。

111024n003.jpg
▲館内の講座室で行われた総会と事例報告。写真は上下分離の先駆けとして積極的な活動を続ける若桜鉄道(「若桜駅を元気にする会」)の事例報告。'11.10.20 クリックするとポップアップします。

日本鉄道保存協会では十数年前からこの歴史的コレクションの行方を見守り、山田さんご本人ともたびたび協議を重ねてまいりましたが、近年ご本人の体調不良もあり、今年になってからその所有が日本鉄道保存協会の手に移ることとなったものです。蒸気機関車の輌数だけとっても国内では梅小路蒸気機関車館に次ぐ規模で、今後、利活用のための委員会を設立し、関係自治体とも連携のうえで保存・公開の途を探ってゆくことが報告されました。

111024n007.jpg
▲バックヤードツアーではリニア・鉄道館の天野副館長自らがモハ63形の車内などを解説。参加者の多くは各地の保存団体だけに、復元工程の説明に熱心に聞き入っていた。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

111024n006.jpg
▲可能な限りの復元がなされたモハ63形の車内。復元に当たっては、木工技術がもっとも大きなネックとなったとのことで、今後の技術伝承も課題。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

111024n005.jpg
▲オヤ31形の車内で天野副館長の説明に聞き入る参加者の皆さん。現役時代でもまず目にすることはできなかった建築限界測定車の車内だけに興味津津。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

111024n004.jpg11124n002.jpg
▲オヤ31 12の車内。計測機器のほか、事務机や休息スペース、トイレ、洗面所...等々、この1輌にして必要充分な設備が備えられている。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

この情報化社会にこれだけの個人コレクションが人知れず残されていたこと自体が驚きで、"散逸させない"、"道内で護る"という山田さんの意向を踏まえたうえで、これからその利活用が模索されてゆくことになります。なお、日本鉄道保存協会では環境が整うまでこの車輌群を公開することはありませんので、事務局への問い合わせ等はご遠慮ください。

111024n001.jpg
▲充実した総会、見学会、そして懇親会と名古屋の夜は更けてゆく。JRセントラルタワーズの高層階より名古屋駅ホームを見下ろす。'11.10.20 
クリックするとポップアップします。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111019n2_3p.jpg
▲碓氷関所付近を粘着運転する10005牽引の列車。次位にはブレーキ力の不足を補うための歯車付緩急車が連結されている。絵葉書提供:三宅俊彦 (RM LIBRARY『国鉄アプト式電気機関車』上巻より)
クリックするとポップアップします。

先日、RM LIBRARY『国鉄EF13形 ―戦時型電機の生涯―』で島秀雄記念優秀著作賞(アーカイブ「2011年島秀雄記念優秀著作賞贈呈式」参照→こちら)を受賞されたばかりの小林正義さんの新作、『国鉄アプト式電気機関車』の上巻が完成いたしました。

111019nRML147_h1.jpg日本でアプト式というと、現在では大井川鐵道井川線もあるものの、やはり信越本線碓氷峠の旧線を思い起こされる方が多いのではないでしょうか。長距離の旅客列車や貨物列車が通過する幹線鉄道の一部区間をアプト式のような歯軌条式鉄道とするのは世界的にも稀で、海外でも歯軌条式鉄道のほとんどは観光用の登山鉄道などです。この碓氷線が開業したのは新橋~横浜間に鉄道が初めて開業してからわずか21年後の1893(明治26)年のことで、その運用は苦難の連続であったことは想像に難くありません。

111019n22-23p.jpg
▲外観のみならず、主回路つなぎ図など技術的側面からも10000形を振り返る。 (RM LIBRARY『国鉄アプト式電気機関車』上巻より)
クリックするとポップアップします。

特に乗務員にとって、急勾配で小断面のトンネルが連なる路線を蒸気機関車で運転することは、常に窒息の危険と隣り合わせでした。また、輸送力増強の必要にも迫られたことから早々に電化が計画され、そのためにドイツから1911(明治44)年に輸入されたのが10000形(後のEC40形)でした。この10000形が日本初の本線用電気機関車となるのですが、製造したアルゲマイネ社/エスリンゲン社も事前の調査・試験が不充分で、実際には派遣された技術者の指導による現地に届いてからの試運転が、事実上の試験の場になったようです。結局、輸送量の増大もあって、10000形の運用が実用段階になっても、蒸気機関車が併用されることになりますが、この実績をもとに初の国産電気機関車10020形(ED40形)が大宮工場の手により誕生しました。

111019n14p.jpg
▲小林さん作図による列車編成と牽引トン数の変遷。角度は66.7‰の実勾配で描かれている。 (RM LIBRARY『国鉄アプト式電気機関車』上巻より)
クリックするとポップアップします。

111019n15p.jpg
▲小林さん作図による誕生時の10000形の概略図。後に自動連結器化やパンタグラフ化、屋根のかさ上げ、自動空気ブレーキ化などの改良により外観は変化した。 (RM LIBRARY『国鉄アプト式電気機関車』上巻より)
クリックするとポップアップします。

本書はこの碓氷線で活躍した電気機関車四代(EC40、ED40、ED41、ED42)を解説するものですが、上巻では単なる車輌解説に留まらず、その前史として、まず鉄道の勾配、そして粘着式鉄道と歯軌条式鉄道、碓氷線誕生の経緯から筆を起こし、第3軌条の種別やラックとピニオンの関係、主回路つなぎ図などを図解、これまで顧られるの少なかった技術的側面から黎明期の国鉄アプト式電気機関車を振り返ります。

111019n34-35p.jpg
▲EC40は国鉄からの引退後、2輌が京福電鉄福井支社に譲渡され、越前本線などで活躍した。第2端側のボンネットが撤去されているのが目立つが、ラック用の台車・モータも撤去されており、機関車としてはきわめてアンバランスな仕様になっていた。 (RM LIBRARY『国鉄アプト式電気機関車』上巻より)
クリックするとポップアップします。

なお、著者の小林さんは長く国鉄にお勤めで、EF62・EF63の粘着ブレーキ試験にも参加、後に大井川鐵道井川線のアプト式導入に際しては、その計画段階から最終試運転まで携わられた経験をお持ちで、本書も趣味人・技術者双方の視点からまとめられた、他では得難いものになっております。ED40の後半以降を収録予定の中巻、さらに下巻と3巻構成でお届けいたしますのでどうかご期待ください。

※明日より日本鉄道保存協会年次総会出席のため、小ブログは24日まで休載とさせていただきます。

111019nRML147.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111018n004.jpg
▲リニューアルした書泉グランデ6階のレジ前で始まった私の推薦図書フェア。当面は100アイテムほどをラインナップ中。'11.10.18
クリックするとポップアップします。

特約書店の書泉グランデさんからお声掛けをいただき、今週から私の推薦図書フェアが始まりました。都内はもとより、近県にお住まいの方でもご存知ない人はいない鉄道図書の"聖地"書泉グランデですが、このたび全館が大幅なリニューアルを図り、ことに従来クルマやミリタリー部門と同居していた6階の売場がすべて鉄道カテゴリーで埋め尽くされることとなりました。

111018n005.jpg
▲現在でも購入できる近刊書を中心にセレクト。もちろん弊社以外の出版物もご紹介。今後もさらなる充実を図る予定。'11.10.18
クリックするとポップアップします。

111018n002.jpg111018n001.jpg
▲地方出版や博物館図録といった現地に行かねばなかなか入手できない出版物も積極的にリコメンド。ただし在庫限りのものもあり。'11.10.18
クリックするとポップアップします。

その新装に合わせて僭越ながら私の推薦図書フェアが企画され、先月は編集業務の合間を縫ってその選定作業に追われておりました。あまり手を広げ過ぎても焦点がボケてしまいかねませんので、今回は雑誌以外、つまり書籍、ムック、図録等の、なおかつ実物関係書の和書に限って120タイトルほどをノミネートいたしました。もちろん弊社以外の発行物については正確な在庫の有無がわかりませんので、下世話な言葉で言えば歩留まりを考えて、120挙げておけば100点は確保できるだろうと踏んでいたのですが、品切れや入手不可能なものが20点以上あることが判明、急遽追加タイトルをノミネートするなどいたしましたが、いみじくも"入手できる時に手に入れておく"というこの世界の鉄則をあらためて思い知る結果ともなりました。

111018n006.jpgかつて神保町界隈を生活テリトリーとしていた頃、書泉グランデ(当時鉄道図書は5階)を皮切りに、グランデ裏にあった地方・小出版流通センター「書肆(しょし)アクセス」で見たことのない地方出版物を探し、鉄道古書と資料で知られる秦川堂書店を覗くのがいわば定番コースでした。残念ながら「書肆アクセス」は4年ほど前に店を閉じてしまい、一方でネット環境は整ったものの、見知らぬ地方・小出版物の"現物"に出会えるときめきは少なくなってしまいました。そこで今回は多少なりともそんな地方・小出版物にも目を向けたラインナップを心がけたつもりです。
▲先日ご紹介した『鐵道』と『鐵道趣味』の原本もレジ前に展示中。この機会にぜひご覧あれ...。'11.10.18
クリックするとポップアップします。

111018n007.jpg
▲来年1月についに150巻に達するRMライブラリーも圧倒的な在庫で販売中。'11.10.18
クリックするとポップアップします。

また、先日ご紹介したわが国の鉄道誌の始祖ともいえる『鐵道』と『鐵道趣味』(アーカイブ「『鐵道』と『鐵道趣味』」参照→こちら)の原本もこの機会を借りて展示させていただいております。ぜひ書泉グランデ6階にお運びいただき、実物をご覧いただければと思います。

111018n003.jpg
▲増床とともにグッズ類の販売もますます充実。現在は由利高原鉄道フェアも開催中。'11.10.18
クリックするとポップアップします。

鉄道図書との出会い。それは時として人生を大きく動かす力にもなります。著者の視点や時代性もさることながら、例え一行の写真キャプションでさえ、生涯忘れ得ぬ趣味の"原点"となりえるのです。いま、この平成の世には鉄道書が溢れ、実に年間300種を超える雑誌・ムック・書籍が新たに誕生しています。願わくばその中の一冊でも、あなたにとっての"原点"として光り輝くことができれば...いち編集者として、あらためてそんな思いを抱きながらセレクトさせていただきました。少なからず個人的な嗜好が滲み出てしまった点、また弊社出版物がそれなりの数となってしまった点はどうかご容赦のほどを...。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

由利高原鉄道が新車導入へ。

111017n022.jpg
▲起点の羽後本荘駅で発車を待つ由利高原鉄道矢島行き。左はJR羽越本線下り秋田行き普通列車。'11.7.22
クリックするとポップアップします。

1985(昭和60)年に国鉄矢島線を引き継いで開業した由利高原鉄道鳥海山ろく線(羽後本荘~矢島間(20.3㎞)は、開業時から使用してきたYR1500形(3輌)の老朽化が進んだことから、国や県の支援を受けて、今年度から3年間、毎年1輌ずつ合計3輌の新車を導入し、世代交代を図ることとなりました。

111017n023.jpg111017n003.jpg
▲今回の置き換え対象となるYR1500形1503(左)。右は羽後本荘駅本屋改札口。画面右に由利高原鉄道の出札窓口がある。'11.7.22
クリックするとポップアップします。

この新車導入に際して特筆されるのは、製造メーカーの選定を企画提案競技により行ったことで、メーカーによる新造車輌のプレゼンテーションを実施し、審査員の採点の結果、製造を担当するのは日本車輌製造株式会社に決定しました。

111017n005.jpg
▲子吉駅を発車する下り矢島行きYR1500形。「おばこ」のヘッドマークが取り付けられている。'11.7.22
クリックするとポップアップします。

新車輌は九州の松浦鉄道で導入実績があるMR600形をベースとし、形式はYR3000形となる予定で、完成予想イラストに見られるように、3輌それぞれが異なった色彩となります。車輌のロゴマークは、親しみ易さと斬新さを売りとするため、ひらがなとローマ字併用、内装のシート柄のデザインは、外観のカラーに合わせた色調で、初年度の導入車輌は、緑を基調とし由利本荘市の「御殿まり」をイメージしたものとなります。

yr3000img.jpg
▲YR3000形の完成予想図。1次車のグリーンを皮切りに毎年異なった色彩の増備車が誕生する。提供:由利高原鉄道
クリックするとポップアップします。

yr3000_logo.jpgyr3000_gara.jpg
▲鳥海山をバックにひらがなとローマ字併用を併用したロゴマーク(左)。右は外観のカラーに合わせた色調のシート柄。提供:由利高原鉄道
クリックするとポップアップします。

yuri015hyou.jpg
▲主な新旧車輌の諸元比較。提供:由利高原鉄道
クリックするとポップアップします。

3か年計画の総事業費は4億2千万円で、7/10が国、3/10が県(基金)の分担となる予定です。なお、第1次車輌の運行開始は来年2012(平成24)年4月、以後、第2次車輌が2013(平成25)年4月、第3次車輌が2014(平成26)年4月にお目見えします。

yurikougen018ph.jpg
111017n024.jpg
▲余談ながら、国鉄矢島線時代の羽後本荘駅構内とその現状。木造2線の矩形庫と給炭台が、さながら模型のような好ましい情景を見せていた。停まっているのはC11 144〔秋〕。下は39年後の現在の姿で、画面右奥にわずかながらかつての面影が残る。'72.3.26/'11.7.22
クリックするとポップアップします。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

第18回「鉄道の日」より。

111014n009.jpg
▲18回目となった「鉄道の日」は、東日本大震災の傷跡が深く残る中で全国の鉄道事業者が集うこととなった。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

今日は18回目となる「鉄道の日」。恒例の「鉄道の日」実行委員会主催による祝賀会が東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテル地下のボールルームで開催されました。開会にあたって中村英夫「鉄道の日」実行委員会会長(東京都市大学学長)は、高速鉄道が日本列島を結んだ記念すべき年であるにも関わらず、3月11日の東日本大震災がすべてを一変させてしまい、わが国の鉄道はこれまでにない大きな試練の場に立たされている。しかし、その未曾有の大震災時に、運行中の列車の乗客に一人の犠牲者も出さなかったことは日本の鉄道の優秀さの証左でもあると語られました。

111014n008.jpg
▲中村英夫「鉄道の日」実行委員会会長による開会挨拶。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

一方、先週末に東京・日比谷公園を会場に行われた「鉄道フェスティバル」には2日間で13万人の来場者があり、また書店にはかつてないほどの鉄道関連図書が並んでいるなど、国民の鉄道に対する愛着は目を見張るものがあると、鉄道書の現状にまで言及されて昨今のトレンドを分析されました。

111014n006.jpg
▲「日本鉄道賞」を受賞した左から独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、東日本旅客鉄道株式会社、東海旅客鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社、九州旅客鉄道株式会社の代表者の皆さん。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

毎年、この祝賀会では「日本鉄道賞」の発表が行われます。「日本鉄道賞」は、「鉄道の日」創設の趣旨である「鉄道に対する国民の理解と関心」をさらに深めるとともに、鉄道の今後一層の発展を期することを目的として、平成14年に創設された表彰制度であり、鉄道の発達に貢献した鉄道事業者や団体を「鉄道の日」実行委員会が表彰するものです。

111014n007.jpg今年の「日本鉄道賞」は2本が選定されました。まずひとつは独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、東日本旅客鉄道株式会社、東海旅客鉄道株式会社、西日本旅客鉄道株式会社、九州旅客鉄道株式会社による「新幹線でつなげよう、日本! 〜新青森・鹿児島中央間全通〜」、もうひとつは東日本旅客鉄道株式会社による「国内最高速320㎞/h走行へ向けて最先端の技術を結集し、最高峰のお客さまサービスを実現したE5系新幹線電車」が受賞しました。この一年を象徴する東北新幹線・九州新幹線開通関連が選定されたわけですが、東日本旅客鉄道株式会社はダブル受賞となりました。
▲「日本鉄道賞」を受賞する東日本旅客鉄道株式会社の清野社長。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

また、日本鉄道賞表彰選考委員会特別賞には日本貨物鉄道株式会社による「緊急石油列車が被災地の燃料不足解消に貢献!」と、東北鉄道協会、東日本旅客鉄道株式会社東北工事事務所、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、株式会社ジェイアール総研エンジニアリングによる「よみがえる鉄路(東日本大震災からの復旧・復興)」〜東北の中小事業者等を支えた鉄道技術者集団と東北ローカル線復興支援キャンペーン〜が選ばれました。

111014n004.jpg
▲JR貨物による緊急石油列車は3月18日に盛岡行、3月25日に郡山行と迅速な迂回輸送開始によって被災地の燃料不足解消に貢献。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

特別賞はともに震災復興支援関連で、前者はタンクローリー2,850台分の現実的な燃料輸送のみならず、社会インフラとしての鉄道輸送の重要性を世の中に広く知らしめたことが大きく評価されました。また、後者は東北鉄道協会による一連の東北ローカル線復興支援キャンペーン、他地域の鉄道技術者集団によるエリアを超えた速やかな技術支援などが高く評価されたものです。

111014n001.jpg
▲日本鉄道賞表彰選考委員会特別賞を受賞する東北鉄道協会の津軽鉄道澤田社長(手前)と三陸鉄道望月社長(奥)。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

このほかにも日本鉄道賞表彰選考委員会えきまちプロデュース賞に西日本旅客鉄道株式会社の「大阪駅が"まち"になる。OSAKA STATION CITY」、日本鉄道賞表彰選考委員会ローカル線客招きアイデア賞に和歌山電鐵株式会社と貴志川線の未来をつくる会、日本鉄道賞表彰選考委員会路面電車活性化賞に熊本市交通局が選定されました。

111014n010.jpg
▲東北鉄道協会とともに復興支援を続けておられる杉良太郎さんも登場。熱く支援を呼びかけた。'11.10.14 セルリアンタワー東急ホテル
クリックするとポップアップします。

冒頭の中村実行委員会会長の挨拶のように、今年の『鉄道の日」祝賀会は例年とは異なり、震災後の鉄道をどうしてゆくかという大きなテーマを背負いながらのものとなりました。ひさしぶりにお会いした各地の鉄道事業者の長の皆さんも、被災の有無に関わらず、震災後の経営環境の悪化を憂慮しておられたのが深く心に残っております。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

『鐵道』と『鐵道趣味』。

111013n021.jpg

近々あらためてご案内いたしますが、弊社特約書店でのイベントに合わせて、このところ新旧の鉄道図書をもう一度見直しております。もちろんメインは近年刊行された書籍・ムックなのですが、行き掛かり上さらに古い出版物にも溯上せざるを得ず、期せずしてわが国の鉄道誌の始祖ともいえる『鐵道』と『鐵道趣味』をもう一度見直す良い機会となりました。

111013n001.jpg『鐵道』と『鐵道趣味』はともに戦前を代表する鉄道趣味誌で、『鐵道』は1929(昭和4)年5月に創刊したわが国初の営業誌です。模型電気鉄道研究会(のち模型鉄道社、さらに国際鉄道社)を版元とし、鉄道模型のパイオニアのお一人でもあった武田弥一郎さんが編集主幹を務められただけあって、当初は模型関連記事のウェイトが高かったものの、次第に実物記事が中心となり、車輌の形態分類など、のちの車輌研究の基本手法を誌面展開した点でも特筆されます。


▲『鉄道』1930(昭和5)年11月号(19号)表紙。この号は総44ページ。 
クリックするとポップアップします。

111013n003.jpg111013n002.jpg
▲『鉄道』1930(昭和5)年11月号(19号)の誌面から。時勢を反映して巻頭は「燈火管制と鐵道」。その一方、「武蔵野の或る風景」と題して内燃動車時代の(旧)西武鉄道多摩線の長閑な風景も紹介されている。ちなみに被写体の気動車は黒板工業所製の西武鉄道キハ10。 
クリックするとポップアップします。

「超特急用機関車の水槽車について」や「ED54型電氣機關車の歯車装置」といった技術解説から、連載「私鐵巡り」や海外情報にも目を向けたニュース欄など、どのセンテンスも現代の目で見ても遜色ないどころか、おおいに勉強になる素晴らしい内容です。

111013n008.jpg一方の『鐵道趣味』は『鐵道』に遅れること4年、1933(昭和8)年5月に鉄道趣味社から創刊されました。創刊に際しての巻頭言では「専問(ママ)家以外の人の見る鐵道の雑誌は我が國に於ては皆無である(中略)縦に横に廣く深く多數の熱心な研究家にして執筆者たる援助者を得て豊富なる寫眞と圖面とを併せ用い」...現代風に言えばよりビジュアルに誌面を展開すべく『鐵道』より一回り大きいB5判でのスタートでした。編集の中心になられたのは鮮明な車輌写真で定評のあった鈴木(宮松)金次郎さん。巻頭の1ページ1形式を充てた形式写真の口絵ページは、鈴木(宮松)さん率いる『鐵道趣味』のまさに真骨頂でした。
▲『鉄道』より一回り大きいB5判を採用した『鉄道趣味』創刊号。表紙は一定期間同じ写真を用い、ロゴ文字の色彩を変えることで区別していた。この創刊号は総50ページ。 
クリックするとポップアップします。

111013n007.jpg111013n006.jpg
▲『鉄道趣味』創刊号の巻頭記事は電化が完成したばかりの総武線両国~市川間の解説。電車営業運転初日のクハ17試乗記は編集主幹の鈴木(宮松)金次郎さん自らが構内配線などを用いて詳細にレポート。 
クリックするとポップアップします。

111013n005.jpg111013n004.jpg
▲こちらは『鉄道趣味』第2号の誌面より。城東線の電化工事進捗状況(左)や、開通を目前にした大阪市地下鉄の詳細解説(右)が解説されている。搬入される車体を牽くトラクターに交じってウシの姿も見える。 
クリックするとポップアップします。

『鐵道』は1938(昭和13)年、『鐵道趣味』は1937(昭和12)年に、それぞれ通巻104号と通巻40号で休刊となります。これはもちろん時代が営業趣味誌を許容できなくなったことによるもので、「国策の線に副う」と断腸の思いで休刊の辞が綴られています。こののち、両誌の欠落を埋めるべく極めて質の高い同人誌として『古典ロコ』(アーカイブ「『古典ロコ』の時代」→こちら参照)や『つばめ』が創刊されますが、これらも戦火の中にともに10巻を数えたところで力尽きてゆきます。

111013n009.jpg
▲『鉄道趣味』第39号(1937年7月発行)誌面より。「新車ニュース」と題して"流電"モハ52とC57が紹介されている。「動輪はD51に於けると同様に箱型輪心が採用されて居り、餘り見慣れぬせいか奇妙な感じ...」と紹介されているのは川車で完成したばかりのC57 1。 
クリックするとポップアップします。

今回あらためて『鐵道』と『鐵道趣味』を見直してみると、その先進性を再認識するとともに、わが身を振り返って居住まいを正す思いがいたします。この両誌に関しては、実物をご覧いただける機会を検討中ですので、詳細が決まりましたらまた小ブログにてお知らせしたいと思います。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

十和田観光電鉄 廃止へ。

111010n009.jpg
▲七百の車庫から揃って顔を出すED301(画面中央)とED402(左)。左奥には懐かしい旧東急色をまとったデハ3603の姿も見える。'09.6.28 七百 
クリックするとポップアップします。

昨日10月11日、十和田観光電鉄が本年度末での鉄道事業から撤退を正式発表しました。三沢-十和田市間14.7㎞を結ぶ十和田観光電鉄は、昨年の東北新幹線全線開通後、大幅な利用客減に見舞われています。これは新規開業した新幹線七戸十和田駅が同電鉄とまったく接続しておらず、なおかつ三沢駅で接続してきた在来線(青い森鉄道)の特急が廃止されたことが大きく影響しており、新幹線開業後の乗客数は12%減と試算されています。

111010n008.jpg
▲主力として活躍する旧東急7700系のモハ7701+クハ7901。7700系は3編成が在籍している。'09.6.28 北里大学前−高清水 
クリックするとポップアップします。

また、観光客など現金収入となる乗客流動が著しく変化し、定期券を除く現金利用客はさらに大幅な24%減と、まさに危機的状況に陥っています。このため5月21日(土曜日)からは土曜・日曜・祝日の運転本数を従来の一日17往復から12往復へと減便、動力費の圧縮を図ったものの、中・長期的には今後10年間で約7億3100万円の資金が必要とされており、沿線3市町に5億2100万円の財政支援を要請していました。

111010n005.jpg
▲チャーター運転で健在ぶりを見せるモハ3401+モハ3603の旧型車2連。モハ3401は十和田観光電鉄自社発注の生え抜き車。なおここは通常は立ち入れないポジションで、チャーターならではの画角。'09.6.28 大曲−柳沢 
クリックするとポップアップします。

この支援要請に対して十和田市・三沢市・六戸町の市町長は10月3日午後、十和田市役所で同電鉄の白石社長に対して、将来展望が見えないこと、バス代替輸送でも公共交通は確保できることなどを理由に満額で支援要請に応じることはできない旨を回答、臨時取締役会を経て昨日11日に開催された「十和田観光鉄道活性化協議会」臨時総会で実質的な「廃線」が決まったものです。一方、現在十和田市駅がある駅ビルは自社物件ではなく、来年3月末での退去が決まっており、現実的にも来年3月末廃止となるものと思われます。

111010n004.jpg
▲十和田市駅で折り返しを待つモハ7701+クハ7901。かつては車輌区を含めた広い構内を持っていた十和田市駅だが、現在では1線1面ホームとなってしまっている。'06.12.13 十和田市 
クリックするとポップアップします。

111010n003.jpg111010n002.jpg
▲駅前のスーパー「とうてつ」(左)も4年ほど前に営業を終了してしまっている。右は今年度中に立ち退きを迫られているという駅ビル2階の十和田市駅改札口。'06.12.13 十和田市 
クリックするとポップアップします。

十和田観光電鉄は1922(大正11)年9月4日に軌間762㎜の蒸気軽便「十和田鉄道」として開業、戦後、1067㎜に改軌のうえ電化、1951(昭和26)年12月30日に社名を十和田観光電鉄と改称して新たな出発を図りました。旅館の買収や遊覧船事業など事業を拡大したものの、1968(昭和43)年の十勝沖地震で罹災し、この復旧資金の調達などから翌年国際興業の傘下に入りました。

RMLtowada51.jpg1970年代には東北地方への本格的な進出を図っていた国際興業の系列会社として積極的な設備投資が行われ、車体塗色も赤・青・クリームのカラフルなものへと塗り替えられました。しかし、その後はモータリゼーションの進展と沿線人口の減少などもあって経営環境は厳しさを増し、十和田市・三沢市・六戸町の沿線3市町から助成を受けながら、2002(平成14)年には東急からステンレス車8輌を譲り受け、ATSの使用も開始するなど近代化努力を続けてきたのですが、なんとも残念な結果となってしまいました。

▲今は亡き鉄道博物館の岸 由一郎さんの遺作となったRMライブラリー『十和田観光電鉄の80年』。「とうてつ」も来年9月には「90年」を迎えるはずだったが...。

111010n007.jpg
▲近年は模擬貨物列車などファンの要望にも気軽に応じてくれていた。写真は撮影用チャーター運転に臨むED301+トラ301+トラ302。'09.6.28 七百−柳沢 
クリックするとポップアップします。

十和田観光電鉄の廃止は、部分廃止を別とすると、鹿島鉄道(石岡~鉾田間)の廃止(2007年3月)以来のローカル私鉄の消滅となり、また、かつては枝葉のように伸びていた東北本線に紐づく在来ローカル私鉄が福島交通飯坂線を除いてすべて消えてしまうことになります。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111011n004.jpg
▲今ごろは紅葉が盛りとなっているはずの三弦橋周辺。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

今年も三菱大夕張鉄道保存会が主催する「汽車フェスタ」が開催され、さらに続いて後日、ミニ・シンポジウムが行われました。今回も奥山道紀さんから報告をいただきましたのでご紹介いたしましょう。

111011n009.jpg
▲9月4日の汽車フェスタの賑わい。毎年恒例のイベントとしてすっかり定着した感がある。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

各地から紅葉の便りが聞かれる季節となりましたが、北海道夕張市も秋の気配が深まりつつあります。台風12号の北上で開催の危ぶまれた9月4日の「汽車フェスタ2011」ですが、天候に恵まれ多くの人で賑わいました。

111011n001.jpg
▲夕張の鉄道遺産の現状を報告する山田北海道産業考古学会会長。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

111011n010.jpgまた、9月24日には「夕張市周辺の鉄道遺産の保存と利活用を考えるミニ・シンポジウム」が「アディーレ会館ゆうばり」を会場として開催されました。夕張市は三菱大夕張鉄道保存会が補修活動を進める、南大夕張駅跡の保存車輌のほか、現在建設中のシューパロダムに沈む三弦橋などの橋梁土木遺産、そして「SL館」に保存されている夕張鉄道11形14号、三菱大夕張鉄道9600形№4号など、多くの鉄道遺産があります。しかしながら財政破綻により「SL館」が閉鎖されるなど、有効に活用されていないのが現状です。シンポジウムは当会と北海道産業考古学会、夕張地域史研究資料調査室の共催で、70名ほどが参加して行われました。
▲鈴木直道夕張市長による開催挨拶。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

111011n003.jpg
▲三弦橋などの土木遺産の報告をする進藤義郎さん。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

当日は鈴木夕張市長の開催挨拶後、会場1階の夕張本町駅跡を見学、その後閉鎖中の「SL館」に移動し、元夕張鉄道機関士の柴原新平氏による解説などを聞きました。再度、会場をアディーレ会館ゆうばりに戻し、「産業遺産観光とまち作り行政支援のありかた」(夕張地域史研究資料調査室室長・青木隆夫氏)、「シューパロ湖周辺の鉄道土木遺産」(土木学会北海道支部 選奨土木遺産選考委員会顧問・進藤義郎氏)や私たち三菱大夕張鉄道保存会の「夕張の石炭を運んだSL」に関する発表後、意見交換を行いました。

111011n002.jpg
▲点検ハンマーを手にして「SL館」で往時の様子を解説する柴原新平さん。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

111011n006.jpg111011n005.jpg
▲会員が制作した往時の夕張鉄道・鹿ノ谷車両区ジオラマ(左)や夕張鉄道や大夕張鉄道の資料(右)も展示された。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

特に進藤義郎氏による三弦橋についての、「鉄道橋としては世界に3橋(他にはドイツに2橋)しか存在せず、夕張市出身の技術者・有江義晴氏が故郷に出来る人造湖にアクセントを添えようと、苦心して設計された」との報告に対し、意見交換では水没後落橋する可能性も指摘され、関係機関にSL館の資料保全・活用と共に三弦橋の登録文化財指定を目指す要望書を提出することが参加者全員で決議されましされた。

111011n008.jpg
▲シンポジウムに合わせて公開された「SL館」内部。P:三菱大夕張鉄道保存会 
クリックするとポップアップします。

これから夕張の紅葉も本格化しますが、当会が市内を案内する10月10日のJR北海道釧路支社主催の「石勝線信号場停車と夕張・鉄道遺産の旅」も、人気で募集定員に達したとの報告を受けています。
今後も夕張の鉄道遺産の利活用を通じて、夕張市の活性化を図る所存でので、ご協力いただければ幸いです。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

RM_EX_007_001.jpg
▲ますますパワーアップした「RM EX007」の表紙。特集はE231系。横画面でワイドとなり、デザインも一新。 
クリックするとポップアップします。

4月14日よりサービスを開始したNTTプライム・スクウェア株式会社のデジタルコンテンツ配信サービス「Fan+(ファンプラス)」は、幅広いジャンルで好評を博しており、鉄道ジャンルでもPSGさんの「The蒸気機関車」(→こちら)、学研さんの「音♪の鉄道博物館」(→こちら)などモールもどんどん充実してきております。そしてそのオフィシャル・ショップとして弊社が企画協力しているショップが、10月1日より「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」(→こちら)と名称も新たにさらにパワーアップいたしました。
※すでに会員登録のうえ購入された商品につきましては店舗名の変更とは関係なく引き続きお楽しみ頂けます。

shop_topn.jpgショップ名変更とあわせて、ファンプラスのみで配信している動画を盛り込んだオリジナルデジタルマガジンについても、新たに名称を「RM EX」と変更した上で大幅なリニューアルを行なっております。10月配信の通巻第7号となる「RM EX007」ではE231系をフィーチャー。ページ数が従来の1.5倍となるとともに、縦画面から横画面へと変更してデザインも一新。また、横画面に変更したことにより、車輌写真もより大きく掲載できるようになりました。さらに、この「RM EX007」では、お試し視聴(→こちら)も可能となっていますので、是非ともこの機会に体感していただければと思います。
「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」のトップページ画面。お試し版もリニューアルして用意。 
クリックするとポップアップします。

tetudoukanlogo.jpg

このパワーアップを契機に「RM EX」の定期購読も開始しています。単品で購入すると735円(税込)ですが、定期購読でお求め頂ければ、525円(税込)とたいへんお求めやすくなっているのも特徴です。そして、この「RM EX」の定期購読開始を記念して、キャンペーンも実施されています(→こちら)。10月1日~10月31日の期間に定期購読頂いた方の中から抽選で10名様に、弊社提供により第32回交通図書賞「特別賞」を受賞した『列車名変遷大事典』をプレゼントするもので、権威ある賞を受賞した歴史的本書を手にするチャンスでもありますので、ぜひともお見逃しなく。

RM_EX_007_002.jpg
RM_EX_007_003.jpg
「RM EX007」の扉ページ(上)。右側の各番代のボタンを押せば、その番代を解説している記事へと移動する(お試し視聴では機能しません)。下は常磐快速・成田線用E231系0番代の紹介ページ。新津車両製作所での公開シーンや営業運転開始前のシーンも収録している。 
クリックするとポップアップします。

また、従来から発売している『Rail Magazine』『RM MODELS』『国鉄時代』の電子書籍版について、「鉄道ホビダス」サイト上でも紹介一覧ページを設けました(→こちら)。各商品をクリックすると、「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」の商品ページへとリンクいたします。

ebook_page.n.jpg
▲「鉄道ホビダス」サイト上で掲載している電子書籍一覧ページ。商品画像をクリックすると、「鉄動館 ~鉄道車両研究 by 鉄ホビ~」の商品ページへとリンク。 
クリックするとポップアップします。

電子書籍版は紙版と違って置き場所に困ることもなく、どんどんコレクション可能で、価格もお安くなっているのが特徴です。こちらも会員登録することで購入が可能となります。なお会員登録は無料ですので、ぜひこれを機会にアクセスしてみてください。また、現在ファンプラスでは、会員登録するとファンプラスお勧めコンテンツが無料で楽しめるキャンペーン(→こちら)も実施していますので、こちらもお見逃しなく。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

111006n1.jpg
▲東京地下鉄銀座線に導入される新型車輌1000系の外観。プレス資料の表現を用いれば「歴史ある銀座線1000形を彷彿とさせる、どことなくレトロな感覚を醸し出すデザイン」となっている。なお、車体のイエローなどは塗装ではなく、ラッピングである。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

東京地下鉄銀座線用の期待の新型車1000系の第一陣が完成、昨日、中野車両基地でその特徴ある姿が報道公開されました。

111006n2.jpgこの1000系は東洋初の地下鉄であり、わが国の地下鉄の基礎となった銀座線の歴史を勘案したエクステリアデザインを念頭に、経済産業省の「近代化産業遺産」にも認定されている旧1000形(地下鉄博物館で保存展示中)を彷彿させる、どことなくレトロな感覚を醸し出すデザインとなっています。とはいえ、機能的には最新技術が満載で、近代的かつ機能的、しかも省エネにも配慮された、いわばレトロの衣をまとったハイテク電車と称せましょう。

▲1000系の渋谷側先頭車(1号車)1101を見る。同車はATC/TASC・電源(SIV)・蓄電池を搭載する。行先表示機はもちろん、ヘッドライト・テールライトもLED方式。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

metro1000004n.jpg
▲東京地下鉄道→帝都高速度交通営団→東京地下鉄車輌の正面デザインのおおまかな変遷。提供:東京地下鉄株式会社 
クリックするとポップアップします。

車体はアルミ合金製で、編成は渋谷方からCM1+M1+M1'+M2+M1+CM2の6輌編成。車輌性能は加速度3.3㎞/h/s、減速度4.0㎞/h/s(常用)、設計最高速度80㎞/hとされています。

111006n3.jpg
▲2号車1201の車内を見る。LEDの室内灯を装備しており、袖仕切にはガラス材を用いるなど、車内は明るい印象となっている。また、乗降ドア上部にはワイドタイプの液晶モニターが2基並べられている。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

インテリアデザインは車内の死角をなくして開放感を重視したものとなっており、座席下のいわゆるケコミも廃止されて床面もすっきりとしたものとなっています。また、低天井部もなくなり、吊手や荷棚の高さも低減されております。さらに客室照明はもとより前照灯にも省エネ効果の高いLEDが採用されています。

111006n4.jpg
▲1号車妻面部は片側が優先席、もう片方が車椅子スペースとなっている。オレンジ色のアクセントを用いて優先席であることが視認しやすくなっている。なお、6号車(1601)も同様の構造。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

111006n5.jpg
▲1000系の"遊び心"といえるのが、貫通扉のガラスに描かれた模様。雷門やパンダの絵柄など、銀座線沿線に縁のある施設などの意匠が盛り込まれている。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

111006n6.jpg
▲1号車1101の運転台を見る。ワンハンドルタイプで、運転席に座って正面に2台、斜め右に1台の液晶モニターが設置され、速度計や各車輌の状況などがモニタリングされている。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

この1000系の技術で最も注目すべきはボルスタ付片軸操舵台車(モノリンク式)でしょう。永久磁石同期モーターは台車の1軸(固定軸)のみを駆動し、もう片方の軸は操舵軸と称して操舵リンク機構によって曲線通過中に生じる車体と台車の変位量に比例して軸距が変化するものとなっています。この特殊な台車によって曲線通過時に約20%の横圧の低減が図られるそうで、まさに曲線部の多い銀座線のウィークポイントを新発想によって克服するものと言えましょう。
なお、この東京地下鉄1000系については、今月21日発売の本誌誌上でたっぷりとご紹介する予定です。

111006n007.jpg
▲1000系の機構上の特徴の一つが「操舵台車」と呼ばれる台車システムで、車体と台車の間に操舵リンク機構を搭載し、軸距を変化させることが可能。写真は住友金属製のSC101で、妻面側(写真では左側)がM軸、中心側がT軸となっている。'11.10.5 中野車両基地 P:RM(小野雄一郎) 
クリックするとポップアップします。

metro1000028n.jpg
▲1000系の大きな特徴でもある操舵台車の操舵機構メカニズム。提供:東京地下鉄株式会社 
クリックするとポップアップします。

取材協力:東京地下鉄株式会社

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

復原進む東京駅丸の内駅舎。

111005nD7J_0379a.jpg
▲見事に復原された南側のドーム屋根。シートの合間から復原された3階部分が見える。来年3月になると全容が姿を現す予定。'11.9.28 P:RM(新井 正) 
クリックするとポップアップします。

2007(平成19)年5月30日の起工式から早4年あまり、東京駅丸の内駅舎の復原工事がいよいよ大詰めを迎えております。このほど工事途中(進捗率約7割)の模様が報道関係者に公開されましたので、ご紹介いたしましょう。

tokyostn.fig1.jpg
tokyostn.fig2.jpg
▲復原工事開始時に公開された完成後の外観イメージ。上は南ドーム側より、下は北ドーム側より。(提供:JR東日本)

すでにこのブログでも幾度かご紹介(→こちら)していますが、丸の内のシンボルでもある煉瓦作りの本屋は1945(昭和20)年5月の戦災で屋根や3階部分の大半を焼失、その後応急的に3階建てから2階建てに縮小されて復旧されたままとなっています。辰野金吾博士設計の本来の姿は南北に丸屋根のドームを戴いた総3階(一部4階)作りの荘厳なもので、今回の復原工事はこの創建時の姿に戻すことを主眼に行われています。

111005n110629.jpg
▲レリーフを配した南ドームの完成イメージ。P:JR東日本提供 
クリックするとポップアップします。

111005nD7J_0285.jpg111005nD7J_0294.jpg
▲ドームの天井部分に8個設置される天地左右約2mの鷲(左)。安全を考慮してFRP製。右は干支のレリーフの原型。写真は羊。'11.9.28 P:RM(新井 正) 
クリックするとポップアップします。

丸みを帯びた南北ドームの屋根や3階部分はほぼ完成状態。ちなみに外壁に要した赤煉瓦は約40万枚、天然スレートは宮城県雄勝産で、先の震災の被災地から取り寄せられたものが使用されています。

tokyostn01002n.jpg
▲復原前後の変化と復原後の1階平面図。(提供:JR東日本) 
クリックするとポップアップします。

ドーム内部は創設当時の装飾品(8種の干支や全長約2mの鷲)などが復原されています。また、新設された地下部分と既存駅舎の間には免振装置も備えられ、これにより上部の建物と中央本線の高架橋の揺れを軽減する効果が期待されています。

111005nD7J_0386.jpg111005nD7J_0348.jpg
▲わずかに頭頂部が見える北ドーム(左)と3階構造となった外壁(右)。煉瓦の色調に違和感はない。'11.9.28 P:RM(新井 正) 
クリックするとポップアップします。

111005nD7J_0300.jpg
▲地下に設置された免振装置。アイソレーター(免振ゴム)とオイルダンパーにより構成されている。'11.9.28 P:RM(新井 正) 
クリックするとポップアップします。

来年3月には建物を覆うシートが撤去され、6月には一部駅施設の使用を開始、残るステーションホテルとステーションギャラリーは2012年10月に開業する予定です。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

都電 花電車復活。

111004n007.jpg
▲夜になり、より一層輝きと注目を集める花電車。'11.10.1 向原―大塚駅前 P:清水 慎 (「今日の一枚」より)
クリックするとポップアップします。

都営交通100年を記念した花電車の運行が10月1日(土曜日)から始まりました。沿線は33年ぶりとなる荒川線の花電車を一目見ようとする人たちで黒山の人だかりとなったそうで、「今日の一枚」にもたいへん多くのご投稿をいただきました。今日は計5日間運転が予定されているこの花電車初日の様子を、「今日の一枚」にお寄せいただいた画像で振り返ってみましょう。

111004n006.jpg
▲地元の注目を集めた花電車。通行人も思わず足を止めてしまう。'11.10.1 町屋駅前―町屋二丁目 P:清水 慎 (「今日の一枚」より)
クリックするとポップアップします。

戦後、東京都電の花電車は5回運転されています。1947(昭和22)年5月の「日本国憲法施行記念花電車」、1955(昭和30)年9月の「祝復興10周年・都民の日花電車」、1956(昭和31)年10月の「開都500年大東京祭記念花電車」、1959(昭和34)年4月の「皇太子殿下御成婚奉祝記念花電車」、そして1978(昭和53)年の「荒川線再出発(完全ワンマン化)新装花電車」(アーカイブ「都電最後の花電車」参照)で、今回の復活は実に33年ぶりとなります。

111004n001.jpgこの花電車、当初は都営交通100年記念行事の一環として6月5日から運転される予定で、3月上旬には7500形を改造した花100形も完成し、後は装飾を待つばかりとなっていましたが、その矢先に東日本大震災が発生、お披露目は順延となってしまっていました。しかし、江戸東京博物館で開催された都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」も大盛況で幕を閉じた今、むしろ都営交通100年のアニバーサリーイヤーの掉尾を飾るにふさわしい花電車復活と言えるかもしれません。

▲33年ぶりとなった都電の花電車、今日から運転開始です。'11.10.1 飛鳥山―王子駅前 P:廣島一貴 (「今日の一枚」より)
クリックするとポップアップします。

111004n003.jpg
▲花電車に灯がともると、「かわいい」と、歓声があがりました。3月13日にここにいた僕は、今日のこの光景が、本当にうれしい。'11.10.1 飛鳥山―王子駅前 P:沖山 博 (「今日の一枚」より)
クリックするとポップアップします。

「都営交通100周年を祝うバースデーケーキ」をコンセプトとして車体全体をケーキの紙箱に見立て、荷台上をケーキとして、歴代の都営交通の代表的な車輌とその時代のファッションに身を包んだ人形を砂糖菓子風のデコレーションとした今回の花電車は、省エネルギーに配慮してLEDを採用しているほか、震災復興を願って「がんばろう日本」の文字が掲出されるなど、時代を反映したものともなっています。

111004n005.jpg
▲静かな尾久の町に華やかな花電車の登場です。'11.10.1 宮ノ前 P:濱田昂之 (「今日の一枚」より)
クリックするとポップアップします。

初日、10月1日には荒川車庫で沿線区長らの出席のもと出発式が行われ、大勢の人びとに見守られながら運転がスタートしました。照明効果が特筆される意匠だけに、暗くなってからも沿線には33年ぶりの花電車を一目見ようという方が詰めかけて、さながらお祭のような賑わいぶりだったそうです。
この都電荒川線の花電車運行は下記のように残り4日。33年前と違ってデジタルカメラで高感度撮影も自在の世の中です。ぜひこの機会に荒川線に足を運んでみられてはいかがでしょうか。

■運行日
平成23年10月10日(月・祝)、16日(日)、23日(日)、30日(日)
(残り4日間を予定。ただし、荒天の場合は中止する場合があります。)
■運行区間
都電荒川線全線 三ノ輪橋~早稲田間
■運行ダイヤ (主な停留場通過予定時刻)
unkouhyou01.jpg
(東京都交通局提供/※あくまで目安の時刻です)
▲クリックするとポップアップします。

hanadennsha01022nn.jpg
▲今から55年前、1956(昭和31)に江戸城築城500年を記念して運行された「開都500年 大東京祭」の花電車。先頭は無蓋電動貨車乙1の改造、2輌目は花1形で、合計6輌の隊列を組んで巡回した。'56.10 水天宮前 P:三谷烈弌 
クリックするとポップアップします。

toei_ad.jpg

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

110930n020.jpg
▲機関庫から1キロほど、手動トロッコのエクスカーション線は子どもたちにも大人気。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

屋外で形をとどめている蒸機のなかには、庫内にあるものと同じポーランド製のКп4-300(1954年製)と1958年ロシア製のВП4-2120(テンダはВП4-1862)がある。もちろん保存されているのだが、ここまで朽ちかけているとかつての安比奈の鉄聯コッペル状態だ。

110929n010.jpg
▲野外に置かれた蒸機 ВП4-2120。1958年ロシア製。これからレストアするのか...現状はほとんど廃車体。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110929n007.jpg
110929n008.jpg110929n009.jpg
▲煙突回りが特徴的なВП4-2120。下はその煙室内。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

111003n001.jpg
111003n002.jpg
▲やはり野外に置かれたКп4-300は1954年ポーランド製。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

この他、ナローにしては大型の軌道クレーン、内燃機関車、古くは19世紀末にさかのぼる客車、大物貨車、各種の貨車、運材台車、ナベトロ、蒸機のテンダーなどがひしめいている。大物貨車の上には蒸機の台枠周り、近くにはボイラーが置かれている。この辺のばらばらになった機関車の中に、1880年製のクラウス(900mmゲージ)の一部があるはずなのだが...あの台枠がそうだったのだろうか。

111003n041.jpg
▲台車に載せられた蒸気機関車の足回り。どうやらこれがクラウスの残骸(?)らしい。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110930n002.jpg
▲1969年ロシア製のディーゼル機関車ТУ4-1984。セミセンターキャブの汎用機のようだ。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110930n005.jpg
110930n004.jpg110930n006.jpg
▲ガソリン機関車・発電機ЭСУ2а-511は1982年ロシア製。右下のガソリン機関車Мд54-4-1547(1963年製)は動態保存車だという。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110930n023.jpg
▲スケルトンカーに載せられた蒸機のボイラー。1918年頃のものとされ、ある程度修復が終わった状態のようだ。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110929n003.jpg
▲1898年製とされる3等客車。かなり荒廃してしまっている。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110930n013.jpg110930n011.jpg
▲1920〜1930年代に製造されたという4等客車(左)と、晩年まで使用されていた客車ПВ40Т。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

車輌に取り付けられている連結器も興味深い。バッファ・リンク式の一種と言えるのだろうが、左右にグーとパーのバッファがあって真ん中のチェーンやネジで連結するものではなく、中央にグー(パー?)のバッファが一つだけあってその両側にチェーンを掛ける方式だ。ネジで締める代わりにチェーンに下がっている錘がテンションをかける簡単なものだ。

110930n019.jpg
110930n018.jpg
▲1930年代に製造されたピート運搬車とその連結器のアップ。小型のサイドダンプカーはボギーの下回りを持つ。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

また、この博物館は体験アトラクションとして手動トロッコも用意している。現在、ターリッツィの機関庫から1kmほどが手動トロッコで往復できるようになっており、入り口で大人100ルーブル、子供50ルーブルを支払って「運転」させてもらう。人気が高く、カタコン・カタコンとのどかにジョイントを刻む音が終日響いている。

110930n024.jpg
110930n021.jpg
▲わが国ではほとんど見かけないシーソー式の手動トロッコ(上)。下は森へと続くエクスカーション用の線路。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110930n027.jpg110930n037.jpg
110930n026.jpg110930n031.jpg
110930n033.jpg110930n035.jpg
110930n036.jpg110930n034.jpg
110930n032.jpg110930n038.jpg
▲なぜか各種の自動車や消防車、軍用トラック、装甲車、さらには大砲まで収蔵されている。最上段左の一見トラックは繁忙期に駐車場から来館者を運ぶバス(?)。最下段のビュイックなどのクラシックカーはなぜか売り物らしく"SALE"の札が掲げられている。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

111003n042.jpgペレスラヴリ鉄道博物館は、辺鄙な場所でしかもナローゲージに特化した博物館だ。しかし、ホームページによれば開館は1990年、まさにソビエト連邦最晩年の時期で、これまで20年を超える歴史を誇っている。私自身がこれまでモスクワ界隈で訪れた鉄道関係の博物館の中では最もホームページやお土産売店が充実しており、ロシア語版よりも簡略だが英語版ホームページも用意されている(http://www.kukushka.ru/)。この博物館はさらにFEDECRAIL(European Federation of Museum & Tourist Railways)やNERHT(New Europe Railway Heritage Trust)に加盟するなど国際連携にも熱心で、蒸機Фт4-028の復元にあたっては部品の調達などでフィンランドとも協力しているという。写真撮影をはじめ鉄道趣味には制約が多いと思っていた旧ソ連・ロシアだが、ペレスラヴリ・ザレスキーを訪れて、ソ連時代にさかのぼるこの国の鉄道趣味の歴史、厚さ、深さなどを改めて感じたところである。
▲ゲージはメトリックの750㎜。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

110930n030.jpg
▲博物館構内のつかの間の夏の光景。現在、すでにモスクワでは集中暖房が入っているという。P:渡辺康正 
クリックするとポップアップします。

渡辺さん、ありがとうございました。このペレスラヴリ鉄道博物館に収蔵されている珍奇な車輌たちだけを見ても、旧ソ連時代の現役時代にどんなシーンが展開していたのだろうと胸がときめきます。もちろん「鉄のカーテン」に遮られた時代ゆえ、趣味的見地で訪れることなど適おうはずもなく、今こうしてその片鱗に触れられるだけでもよしとせねばならないのかも知れません。

110920nRML146bn.jpg

110915kougumi6.jpg

toei_ad.jpg

レイル・マガジン

2011年10月   

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
「編集長敬白」が携帯電話でもご覧になれます。下記アドレスもしくはQRコードを読み取ってアクセスしてください。
http://rail.hobidas.com/blog/
natori/m/

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2016 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.