鉄道ホビダス

夕森公園の「木曽森」。

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▲中央西線坂下駅から裏木曽県立自然公園「夕森公園」に向かう道中、忽然と現れる林鉄編成はちょっとした驚き。'11.4.15
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中央西線上松駅を起点としたいわゆる「木曽森林鉄道」で活躍した車輌たちは、奇跡的に多くが保存されており、ディーゼル機関車だけでも30輌以上がその姿を留めています。もちろん当然のことながら、その大半は長野県内に保存されていますが、中には他県に散った仲間もいます。

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▲この角度から見上げると、まるで生きた運材列車のようにさえ見える。'11.4.15
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今回ご紹介する№139もそのひとつで、県境を越えた岐阜県中津川市の裏木曽県立自然公園「夕森公園」の下柳橋にご覧のような少々変ったディスプレイ方法で展示されています。"展示台"となっているデッキガーダーはかつての坂下森林鉄道時代の遺構で、その1径間にぴったり収まる機関車+運材台車+制動車の編成が、まるで現役時代のまま取り残されているかのごとく保存展示されているのです。

110711n002.jpg橋台部には来歴を記したプレートがあります。なんとも不可解な日本語ではありますが、原文のままご覧に入れましょう。

林鉄機関車展示場
森林鉄道等説明
「川上村には昭和二十年まで奥山の国有林材搬出が目的で中央線坂下駅よりこの夕森公園(丸野駅)を終点として延長約十キロメートルを蒸気機関車が石炭を焚き黒煙を吐きながら走り、奥屋駅(ここより二キロメートル下)までは客車が運転され、当時唯一の交通機関として軽便鉄道を利用していました。
その後、このディーゼル機関車と同じ型のものが材木運搬のために活躍しましたが、道路の整備、交通機関の発達とともに昭和三十年に廃止されました。
この林鉄は昭和五十年に川上村が教材用及び観光用として長野営林局上松運輸営林署より買い受け夕森公園に設置したものを平成五年度に旧橋台を利用しここへ再展示しました。
川上村」

▲木曽名物(?)の制動車も健在。それにしてもこの状態での保守はどうしているのだろうか...。'11.4.15
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この№139かつては夕森公園のキャンプ場にE型有蓋貨車を含む編成で保存されていましたが、この下柳橋へ移設される際にE型有蓋貨車は廃棄されてしまったようです。

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▲№139のサイドビュー。一見同形に見える同じ協三製№126、127、141などとは台枠構造が全く異なる。'11.4.15
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この№139、1957(昭和32)年協三工業製の10t機で、何とあの丸瀬布からはるばる木曽に転属してきた機関車です。西 裕之さんの『木曽谷の森林鉄道』によれば、北見営林局丸瀬布営林署から長野営林局上松運輸営林署への転属は1963(昭和38)年5月。終始予備機的存在で、あまり木曽での走行シーンは見られなかったようですが、福島(協三工業)で生まれ、北海道で育ち、長野に転じて、結局、岐阜県内に安住の地を得たことになります。

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▲林道から見下ろした下柳橋。何とも不思議な光景...。'11.4.15
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