鉄道ホビダス

2011年7月アーカイブ

羽後交通ユキ3は今...。

110728n004.jpg
▲畑の片隅で崩れ行く農機具小屋...いや、よくよく見ると鉄道車輌のような...。'11.7.23
クリックするとポップアップします。

先週末、山形で会合があり、ひさしぶりに山形・秋田方面を一回りしてまいりました。機会を見て順次ご紹介してみようと思いますが、まずはその手始めとして、今日は羽後交通の除雪車...正確にはその残骸?をお目にかけましょう。

110728n005.jpgRMライブラリー『羽後交通雄勝線 -追憶の西馬音内電車-』で、「ところで、西馬音内近辺の集落には今なお農機具小屋として本車の車体が現存している」と紹介され、それ以来その存在が気になっていたのが雄勝線のロータリー雪搔車「ユキ3」です。省払下げの10t積み無蓋車を改造してお手製のロータリー装置を取り付けたこの除雪車は最後まで車籍を有せず、なおかつ見るからに非力なロータリーは実用にならず、ほとんど出番もないまま廃線を迎えたとされています。
▲角度のついた特徴的な前面にユキ3時代の面影を残す。'11.7.23
クリックするとポップアップします。

ugoyuki3004n72.jpg
▲誕生間もない頃のユキ3。おもちゃのようなロータリー式除雪装置を持つ。'68.1.2 西馬音内 P:青柳 明
クリックするとポップアップします。

若林 宣さんがこのRMライブラリー『羽後交通雄勝線 -追憶の西馬音内電車-』を上梓されてから早や8年。いくら農機具小屋として再利用されているとはいえ、木造の廃車体が長年の風雪に耐えられるはずもなく、恐らくはすでにこの世に存在しないものと思っていましたが、先日完成した寺田裕一さんの『新・消えた轍』(3/東北)の校正作業をしている際に、4年ほど前に撮影された写真が掲載されているのを発見、今回の旅行を千載一遇のチャンスとばかり訪ねみることにしました。

110728n002.jpg
▲蝉の鳴き声が耳につく夏の午後、木陰に入るとささやかな涼風が吹き抜けた。'11.7.23
クリックするとポップアップします。

とはいえ、寺田さんが撮影されてからでも4年...。しかも大まかな場所しかわからないとあって、きわめてリスクの大きな現地入りでしたが、幸いなことに何人かの地元の方に尋ねただけで現車を探し当てることができました。

110728n003.jpg
▲すでに農機具小屋としての使命を全うし、夏草に絡めとられて大地に還ろうとしているユキ3。'11.7.23
クリックするとポップアップします。

110728n001.jpg
▲積雪のためだろうか、車体全体も平行四辺形になってしまっている。次の冬を越えられるだろうか...。'11.7.23
クリックするとポップアップします。

果たしてその姿は、すでに鉄道車輌とはほど遠く、農機具小屋としての使命も終えて崩れ落ちんばかりとなっていました。本車が誕生したのは雄勝線の廃止(1973年4月1日)数年前のこと。おそらく降雪期数シーズンほどしか経ぬまま、以後40年近くを鉄道とは無縁の地で過ごしてきたことになります。

jnr8bnnn.jpg

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

110728n12_13p.jpg
▲深夜の瀬野機関区で次の仕業に向けて待機するEF59。客車列車が減ったとはいえ、貨物列車が頻繁に行き交っていた当時、その全てを支える瀬野機関区は24時間体制の忙しさだった。'78.4 瀬野機関区 P:浅原信彦 (『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』第8巻より)
クリックするとポップアップします。

jnr8_h1snn.jpg浅原信彦さんのライフワーク『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』は、輸入機や貨物機を中心にお届けした第7巻に続いて、いよいよ「Fの50番代」を中心とした旧型電気機関車編の後編をお届けします。

第8巻となる「直流旧型電気機関車(下)」は上越線の補機EF16からスタートし、国鉄唯一のH級機関車EH10、阪和線で最後の活躍を続けていたEF52、ファンに絶大な人気を得ていたEF56・57と、現在50代以上のファンの方々には忘れえぬ形式が続々と登場します。その中でも中心になるのは何と言ってもEF58です。

110728n54_55p.jpg
▲国鉄唯一のH級電機であり、東海道における貨物輸送のヌシ的存在であったEH10。言うまでもなく2車体で1輌の扱いで、64輌が製造された。 (『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』第8巻より)
クリックするとポップアップします。

EF58については全196ページ中52ページを割き、デッキ付きでの誕生から製造年次によるバリエーションまでを詳細に解説しています。また、これとは別に、EF58として完成目前まで仕上げられながら、貨物機として生涯を全うしたEF18についても収録しておりますので、EF58一族を通観できる内容となっております。

110728n88_89p.jpg
▲圧倒的な存在感があったEF57。晩年は宇都宮運転所に集結し、東北本線の旅客列車を牽引していたが、当時のファンにとって「ゴナナ」の前では「ゴハチ」は完全に脇役だった。 (『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』第8巻より)
クリックするとポップアップします。

110728n138_139p.jpg
▲ご存知ロクイチは東海道本線名古屋電化に合わせて登場した48~68のグループ。当初、番号は日立に48~54が、東芝に55~62が割り当てられ、お召機は日立製54、東芝製60が計画された。しかし、お召機を連番にするため、日立製54と東芝製61の番号が交換され、誕生時には日立製61がお召機となった。 (『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』第8巻より)
クリックするとポップアップします。

そして旧型直流電機のラストを飾るEF59については、その種車である戦前の省型電機の代表作EF53の時代から説き起こし、高崎線などでの活躍の模様を収録。もちろんセノハチで補機として活躍する姿も数多く収録しています。

■『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』第8巻「直流旧型電気機関車(下)」掲載形式
EF16/EF18/EH10/EF52/EF56/EF57/EF58/EF59 付:諸元表

110728n168_169p.jpg
▲今はなき"本丸"国鉄本社ビルをバックに、東京駅神田方で待機するEF53 17。お召予備機時代の名残である乗務員名挿しが残る。戦前の絶頂期にお召審査対象機として入念に製造されたためか、誕生から30年余りを経てもなお、車体にヤレは見られなかった。'62.7 P:浅原信彦 (『ガイドブック最盛期の国鉄車輌』第8巻より)
クリックするとポップアップします。

もちろん連載時には掲載できなかった写真・資料も追加しておりますので、ぜひ1~7巻とともに書架にお揃えいただければ幸いです。なお、本誌での連載は新型直流電機編が中盤に差し掛かっており、次号8月発売号ではEF63の2回目をお届けします。こちらもご期待ください。

※29日(金曜日)15時よりNHKラジオ第一「金曜旅倶楽部」で都電荒川線と江戸東京博物館で開催中の都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」のお話をいたします。全国どこからでもお聴きになれますので、お時間のある方はぜひお聴きください。 →こちら

jnr8bnnn.jpg

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

110727n003.jpg
▲碓氷峠アプト式区間の熊ノ平駅。ここで軽井沢から下ってきたED42四重連回送と列車交換した。下り列車の窓から精一杯顔を出して過ぎ行く後ろ姿をカメラに捉えた。'58.9.21 熊ノ平 P:中島正樹 (「わが国鉄時代」より)

RMライブラリー125巻・126巻『国鉄EF13形 -戦時型電機の生涯-』で、まさに前人未踏の研究成果を披露された小林正義さんが、今度は国鉄アプト式電気機関車の全貌解明に挑んでおられます。すでにかなりの部分は脱稿され、先日、弊社にお越しいただいた際に拝見した分だけでも、これまでにない視点を加えた驚愕の内容で、編集作業に入れるのが今から楽しみでなりません。

110727n001_.jpg前作EF13形の際も、CADを駆使した詳細図面の数々が大きな魅力となっておりましたが、今回ももちろん数多くのCAD図面をご用意いただいているようです。それもこれも、小林さんご本人が国鉄の技術者であったとともに、名うてのモデラーであるが故。常に模型的視点も加味しながらの展開は、研究の視座ばかりでなく、"趣味"の世界にとって非常にシンパシーを感じるものとなっています。
▲横川-軽井沢間のアプトが廃止になったのは、1963年9月。ED42は、全機廃車となったが、7輌程度は、ここ高崎第二機関区と高崎操車場を結ぶ渡り線に留置されていた。自宅から300m程度のところだったので、遊び場所になっていたが、しばらくすると、全機ともどこかへ行ってしまった。 '66.3 高崎第二機関区 P:高橋孝一 (「わが国鉄時代」より)
クリックするとポップアップします。

110727n002.jpg
そんな模型的視点から、今回も詳細な形態分類を試みられております。ところが、八方手を尽くしたものの、現在でもED42形3輌の写真が発見されておりません。また、私鉄に払い下げられたのちのED40形についても、廃車年代が早いこともあって一部未発見のものがあり、今回は小ブログをご覧いただいている皆さんのお力をお借りしたく"公開捜索"に及ぶ次第です。
▲ED42が2003D大阪行き「白鳥」を牽引し、一号トンネルにさしかかる。後部からは3輌のED42が押しているわけだが、全編成が見渡せるポジションは人だらけだった。写真の後方には新線のポールが見えている。この旧線だけでなく、新線すらも今では過去のものとなった。 '63.9.22 横川-熊ノ平 P:高橋孝一 (「わが国鉄時代」より)

■まったく写真のないED42形
・4号機
・14号機
・28号機
(いずれも1963年9月30日一休指定→同年11月9日廃車)

■私鉄に払い下げられたED40形で写真がないもの
●南海電気鉄道
ED5161(ED403→ED5161→1952年廃車)
ED5162(1943年譲渡ED404→ED5162→1949年廃車。のち帝国車輌で改造後、秋田中央交通ED401)
●駿豆鉄道
ED409(1948年廃車→1949年譲受認可→改番ED4012→1949年11月譲渡届→岳南鉄道ED4012)
ED4011(1947年廃車→1948年譲受認可→1953年西武所沢工場改造→改番ED11→1966年廃車→1967年譲渡→岳南鉄道ED311)
ED4014(1948年廃車→1949年譲受認可→改番ED4013→1949年11月譲渡届→岳南鉄道ED4013)
●岳南鉄道
ED4012(駿豆鉄道ED409→改番ED4012→1949年11月譲渡届→岳南鉄道ED4012→1952年廃車解体)
ED311(伊豆箱根ED11→1966年廃車→1967年譲渡→岳南鉄道ED311→1972年廃車)
ED4013(駿豆鉄道ED4014→1949年11月譲渡届→岳南鉄道ED4013→1952年廃車解体)

(※履歴は「機関車表」より抜粋)

※29日(金曜日)15時よりNHKラジオ第一「金曜旅倶楽部」で都電荒川線と江戸東京博物館で開催中の都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」のお話をいたします。全国どこからでもお聴きになれますので、お時間のある方はぜひお聴きください。 →こちら

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

wadachi6n.jpg

DSC_5300n.jpg
▲日比義三社長の挨拶とともに、乗務員への花束贈呈が行なわれた。'11.7.23 保々 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

三岐鉄道開業80周年は本誌でも連載しており、すでにご存知のことと思いますが、先週末、7月23日(土)に保々車両区、24日(日)に西藤原ウィステリア鉄道で、「三岐鉄道80周年感謝まつり」が盛大に行われました。本誌連載もご執筆いただいている南野哲志さんからレポートを頂戴しましたのでご紹介いたしましょう。

DSC_5319n.jpg
▲ヘッドマーク付の記念列車101系クモハ103。'11.7.23 保々 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

7月23日(土)の保々車両区でのイベントでは、記念列車出発式、各種車輌展示、電車運転台開放・洗車機体験、こども車掌体験・らくがきバス(小学生以下対象)、グッズ販売などが行われました。まずは保々駅で記念列車出発式ですが、保々駅10:09発近鉄富田行第22列車を記念列車として出発式典を行うため、通常の車輌交換と少し変更されていました。通常は第19列車で車輌交換なのですが、1回前の第22列車で行っています。(列車運用はRM334号参照)

DSC_5321n.jpg

IMG_1244n.jpgIMG_1245n.jpg
▲三岐鉄道グッズとして、新たに80周年記念乗車券(500円)が発売された。'11.7.23 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

車両区では、三岐鉄道・近畿日本鉄道・JR貨物などのグッズ販売や飲食物販売のブースが、家族連れやファンで大賑わいになっていました。検車場では801系805編成の運転台を開放し、こども車掌体験が行われています。そして、イベントでしか見られない「大安」・「JR富田」の方向幕が出されていました。そのほか、751系を使って洗車機体験も行われました。

DSC_5396.jpg
▲展示されたED5081形5082。'11.7.23 保々 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

DSC_5352n.jpg
▲ED301形301+ワム200形229。'11.7.23 保々 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

今回の車輌展示メインはやはりED301形とED5081形でしょうか。ED301形は、普段は太平洋セメント藤原工場内炭カル出荷グループでホキ1000形の入換えを行っているため、なかなかお目に掛かることができません。そして、ED5081形はまだ5081の改造工事中で、改造工事が完了している5082の単独展示でした。また、救援車ワム200形229も展示されました。こちらも救援車のため普段は車両区の隅で留置されており、なかなか見られません。

DSC_5405n.jpg
▲マルチプルタイタンパーM33。'11.7.23 保々 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

DSC_5403n.jpgDSC_5339n.jpg
▲軌道検測車(左)と架線作業車(右)。'11.7.23 保々 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

さらに、施設区の保線機械もたくさん展示され、マルチプルタイタンパーの実演なども行われました。

DSC_5411n.jpg
▲第38列車の101系クモハ103。'11.7.23 大安-三里 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

DSC_5415n.jpg
▲第35列車の101系クモハ104。'11.7.23 三里-丹生川 P:南野哲志
クリックするとポップアップします。

そして、沿線で撮影のヘッドマーク付記念列車です。ヘッドマークは前後で違うデザインとなっています。北勢線でもK72編成に同じヘッドマークが付けられており、23・24日のイベント終了後もしばらく掲出されるそうです。なお、24日は通常の西藤原駅前ウィステリア鉄道の運行に加えて、グッズ販売などが行われました。

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

wadachi6n.jpg

湊線が全線復旧。

2011-07-23 01-47-47.jpg
▲「試運転列車なのニャン♪」 おさむ特​製ヘッドマークを付けて試運転に臨む。P:船越知弘
クリックするとポップアップします。

東日本大震災発生による路盤の崩落などで運休を余議なくされていたひたちなか海浜鉄道は、既報のとおり6月25日に那珂湊-中根間の一駅区間で仮復旧、続いて7月3日には勝田~平磯間での営業運転を再開しましたが、なお、平磯~阿字ヶ浦間での運休が続いていました。

2011-07-22 23-37-10.jpg
▲深夜の那珂湊駅ホームで出発を待つ「試運転列車なのニャン♪」。P:船越知弘
クリックするとポップアップします。

その最後の区間も7月23日(土曜日)に運転を再開、あの大震災から4か月あまりを経てようやく全線での運転に漕ぎ着けました。ひたちなか海浜鉄道の職員の皆さんのご努力はもとより、同鉄道を愛する「おらが湊鐵道応援団」による献身的なサポートもあって、夏休みの湊線に再び賑わいが戻ってきました。

2011-07-23 00-37-36.jpg2011-07-23 05-55-28.jpg
▲最後まで工事が掛かってしまった平磯洞門の上を通過する​試運転列車を後追いで(左)。左下の懐中電灯の光跡は保線の方が懐中​電灯を持って色々とチェックしている様子が映ったもの。右は営業運転開始後、阿字ヶ浦駅に向かう103列車。P:船越知弘
クリックするとポップアップします。

「おらが湊鐵道応援団」広報担当の船越知弘さんは前夜、22日(金曜日)夜から徹夜で運転再開までを見届けられたそうで、今日はその様子をお目にかけたいと思います。

2011-07-23 05-25-27.jpg
▲阿字ヶ浦行き始発列車101列車が最後の工事現場であっ​た平磯洞門の上を通過。P:船越知弘
クリックするとポップアップします。

22日(金曜日)夜、震災後初めてキハ3710-02+01の2輌編成が運休区間に入り、23時50分に阿字ヶ浦に到達しました。幸い、心配された台風の影響も軽微で、工務区や運輸区の皆さん総出で試運転列車に対応されていましたが、安全設備や踏切設備等々もまったく問題なく、きわめて順調に営業運転開始の23日朝を迎えられたようです。
■7月22日
23:21    勝田発那珂湊行き下り最終到着 直ちに機関区へ移動。
23:25頃  機関区より試運転列車編成キハ3710 -02+01下り線ホームへ移動、ただちに出発。
23:50頃  最初の試運転列車、徐行で走行し、無事阿字ヶ浦駅に到着。ただちに殿山駅~阿字ヶ浦駅間で試運転開始(合計7往復)。
■7月23日
午前3時頃  試運転終了。キハ3710−02+01は那珂湊駅下り線ホームへ。
4時50分頃  キハ205+37100−03が102列車として勝田への上り始発列車として運用に入るため、機関区から那珂湊駅上り線ホームへ移動。
5:07     102列車上り勝田に向けて出発(キハ205+37100-03)。
5:18     101列車下り阿字ヶ浦行きキハ3710−02+01那珂湊駅から出発。
5:24頃    最後の工事現場であった平磯洞門を通過。
5:29     最初の営業列車101列車キハ3710−02+01が無事阿字ヶ浦駅到着。
5:34     阿字ヶ浦駅から勝田行き上り104列車としてキハ3710−02+01が出発。終日、この2輌編成が運用に入る。

2011-07-23 06-05-57.jpg
▲やっと阿字ヶ浦駅に列車の姿が戻ってきた。P:船越知弘
クリックするとポップアップします。

まだまだ多くの路線が途絶しているなか、なんとか全線での運転再開を迎えられたひたちなか海浜鉄道ですが、まだまだ多難な状況は続いています。そんな状況を少しでも好転させようと、来る8月19~21日(金曜日~日曜日)に、元気発信! ひたちなか 第3回「東北の鉄道応援」チャリティー写真展in那珂湊が開催されます。先日ご紹介した(アーカイブ「広田 泉さんの写真集『ここから始まる。』」参照)広田 泉さんの写真集『ここから始まる。』 のチャリティー販売も泉さんご本人が登場して行われるそうです。夏休みの日程にノミネートされては如何でしょうか。

110725nfig.jpg

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

wadachi6n.jpg

都営交通100年を彩る2冊。

toei100h1.jpg

江戸東京博物館で開催中の都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」に合わせて、東京都交通局から2冊の記念出版物が発売されています。2冊とも小誌が編集をさせていただいたものですが、いずれも100年を彩るにふさわしい内容で、広く多くの皆様にお勧めしたいと思います。

110721nayumi01.jpg
 『都営交通100年のあゆみ』より

『都営交通100年のあゆみ』
* A4版120頁
* 発行部数 限定20,000冊
* 定価 1,600円(税込)
・都営交通100年の歴史を、当時の世相とともに、懐かしい車輌写真、貴重な資料等で振り返る年史です。
・江戸東京博物館で開催中の都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博」の公式ガイドブックでもあります。

110721n00005.jpg110721n00006.jpg
 『都営交通100年のあゆみ』より

110721n00008.jpg110721nkeituoban01n.jpg
 『都営交通100年のあゆみ』より

『都営交通100年のあゆみ』
第1章:始まりは馬車鉄道
東京の路面交通の始まり/路面電車の導入と市営化
第2章:東京市電のスタート
東京市電の誕生/市電の整備/都電荒川線の始まり/電車以外の事業-電気供給事業-
第3章:関東大震災を乗り越えて
震災の被害とその復旧/関東大震災後の市電の整備/世界恐慌と市電
第4章:走り始めた市バス
路線バスの始まり/市バス廃止から存続へ/昭和初期の市バス/輸入バスから国産バスへ
第5章:第二次世界大戦下の輸送
戦時下の都電/戦時下のバス
第6章:戦後復興と東京の発展
終戦直後の都電/都電の復興と整備/都バスの復興/都バスの発展/トロリーバスとモノレールの登場
第7章:都電から地下鉄へ
地下鉄建設への模索/都営浅草線の開業/都営三田線の整備/地下鉄の運賃制度/都電廃止への道のり/荒川線は残った/高度経済成長期と都バス
第8章:発展する地下鉄・バス
都営新宿線の建設/冷房化と新しいシステムの導入/利用しやすい地下鉄への取組/バスの取組/利用しやすいバスへの取組/自治体の協力によるバス事業/バスの総合的な整備/荒川線の整備
第9章:現在の都営交通
現在の都営地下鉄/駅施設のサービスの改善/地下鉄整備後のバス事業/荒川線・モノレールのその後と新交通システムへの参入
第10章:これからの都営交通
安全・安心の確保/質の高いサービスの提供/社会的要請への対応

電車運転系統図 大正4年/「甲」と「乙」/花電車と花バス/電車案内図 昭和42年/都バス系統図 昭和42年/トロリーバスを知っていますか?/全国と世界で活躍する元都営交通の車両/電気も作っています/舎人車両基地を探検/懐かしの都電系統板/記念乗車券100年のバラエティー/人に優しい都営車両/電車・バスの100年/都営交通のあゆみ/運輸成績の推移

110721nayumi_p044_045.jpg
 『都営交通100年のあゆみ』より

110721np62-63.jpg
 『都営交通100年のあゆみ』より

『都営交通100周年 都電写真集』
* A4版160頁
* 発行部数 限定10,000冊
* 定価 3,800円(税込)
・都電写真集の永久保存版。東京市電から、都電黄金期、都電荒川線まで、100年の都電の歩みを振り返る写真集です。
・秘蔵の系統図や車輌竣功図など、お宝画像を収録した特典CD付き。

110721nshibuya_2p.jpg
 『都営交通100周年 都電写真集』より

『都営交通100周年 都電写真集』
写真でふり返る...都電の100年
馬車鉄道の時代/東京都電誕生/関東大震災を乗り越えて/戦争の足音/戦時中、そして戦後/新時代への取組/黄金期の都電/斜陽を迎えた都電/相次ぐ路線廃止/荒川線のスタートと近代化/荒川線のいま/そして100年・・・
荒川線の停留所
都電その名シーン
銀座とその周辺/品川・三田/目黒/中目黒/渋谷駅/四谷とその周辺/新宿駅とその周辺/鍋屋横丁とその周辺/荻窪とその周辺/池袋駅とその周辺/大塚とその周辺/板橋とその周辺/王子とその周辺/荒川車庫と三ノ輪橋/上野とその周辺/浅草とその周辺/御茶ノ水とその周辺/飯田橋とその周辺/須田町とその周辺/東京駅/日比谷とその周辺/日本橋/水天宮とその周辺/勝鬨橋・月島/両国・錦糸町/砂町とその周辺/西荒川/今井線/千住とその周辺/新橋/赤坂見附/青山車庫と教習線/電車両工場

110721n00001.jpg110721n00002.jpg
 『都営交通100周年 都電写真集』より

110721n00003.jpg110721n00004.jpg
 『都営交通100周年 都電写真集』より

想い出の都電41系統
1系統:品川駅前~上野駅前/2系統:三田~東洋大学前/3系統:品川駅前~飯田橋/4系統:五反田駅前~銀座二丁目/5系統:目黒駅前~永代橋/6系統:渋谷駅前~新橋/7系統:四谷三丁目~品川駅前/8系統:中目黒~築地/9系統:渋谷駅前~浜町中ノ橋/10系統:渋谷駅前~須田町/11系統:新宿駅前~月島/12系統:新宿駅前~両国駅前/13系統:新宿駅前~水天宮前/14系統:新宿駅前~荻窪駅前/15系統:高田馬場駅前~茅場町/16系統:大塚駅前~錦糸町駅前/17系統:渋谷駅前~数寄屋橋/18系統:志村坂上~神田橋/19系統:王子駅前~通三丁目/20系統:江戸川橋~須田町/21系統:千住四丁目~水天宮前/22系統:南千住~新橋/23系統:福神橋~月島/24系統:福神橋~須田町/25系統:西荒川~日比谷公園/26系統:東荒川~今井橋/27系統:三ノ輪橋~赤羽/28系統:錦糸町駅前~都庁前/29系統:葛西橋~須田町/30系統:東向島三丁目~須田町/31系統:三ノ輪橋~都庁前/32系統:荒川車庫前~早稲田/33系統:四谷三丁目~浜松町一丁目/34系統:渋谷駅前~金杉橋/35系統:巣鴨車庫前~西新橋一丁目/36系統:錦糸町駅前~築地/37系統:三田~千駄木二丁目/38系統:錦糸堀車庫~日本橋/39系統:早稲田~厩橋/40系統:神明町車庫前~銀座七丁目/41系統:志村橋~巣鴨車庫
トロリーバス
市電・都電 100年を走った車両たち...
イラストで見る塗色の変遷

cd009nn.jpgなお、付録CD-ROMには大正4年9月から昭和46年4月まで、年代別の路線図が33種類収録されているほか、車輌竣功図に至っては実に158種類が収録されており、まさに必携の記念誌と言えるでしょう。

【発売場所】
* 江戸東京博物館
* 荒川電車営業所
* 都営地下鉄主要16駅(浅草線:五反田、新橋、浅草橋 三田線:日比谷、水道橋、巣鴨、高島平 新宿線:市ヶ谷、馬喰横山、本八幡 大江戸線:新宿西口、上野御徒町、門前仲町、大門、都庁前、練馬)
* 都バス営業所・支所
* 都バス定期券発売所(東京駅丸の内南口、品川駅東口、新宿駅西口、錦糸町駅前、亀戸駅前、渋谷駅前、大塚駅前、王子駅前、荒川土手、船堀駅前、葛西駅前、西葛西駅前)
* 都営地下鉄メルシー各売店
* 書泉グランデ、書泉ブックタワー
* 三省堂書店 都庁店

※明日は不在のため休載させていただきます。

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

wadachi6n.jpg

rml144n2_3p.jpg
▲近鉄上本町駅前の上本町六丁目を行く1819号。この昭和44年3月、大阪の街から市電が消えた。'69.3 P:今井啓輔 (RMライブラリー『大阪市電 最後の日々(上)』より)
クリックするとポップアップします。

rml144ssn.jpg都営交通100周年で都電が脚光を浴びているなか、RMライブラリーでは大阪市電をフィーチャー、今月と来月は『大阪市電 最後の日々』を上下巻に分けてお届けします。

大阪市電については、RMライブラリー第49巻『全盛期の大阪市電-戦後を駆けた車輌たち-』で、その車輌史を通観していますが、今回はその路線・沿線にスポットを当て、タイトル通り、廃止が近づいた昭和40年代の情景を中心に収録しております。

rml144n4_5p.jpg
▲最盛期には110km超の路線網を伸ばした大阪市電。その規模は日本では東京に次いで第2の長さだった。 (RMライブラリー『大阪市電 最後の日々(上)』より)
クリックするとポップアップします。

上巻では市電の発祥の地である築港線を含む港車庫前~都島車庫前間の23号系統、旧阪堺電鉄の路線を買収した三宝線、大正橋から新千歳町・鶴町車庫までの大正区内の路線、市内を東西に貫く16号系統の今福~島屋橋間、大阪市電最後の砦であった10号系統阪急東口~守口間、5号系統玉船橋~今里車庫前といった、主要路線の姿を収録しました。

rml144n16_17p.jpg
▲芦原橋から海沿いに南へ伸びる三宝線は、もともとは民間の阪堺電鉄(通称:新阪堺)が運営する路線だった。 (RMライブラリー『大阪市電 最後の日々(上)』より)
クリックするとポップアップします。

rm144n34_35p.jpg
▲大阪市電で最後まで残った区間のひとつが阪急東口~守口間。市電では唯一大阪市から出て守口市に入る路線であった。 (RMライブラリー『大阪市電 最後の日々(上)』より)
クリックするとポップアップします。

なお、続く下巻では大阪(梅田)、難波、天王寺といった主要ターミナルの姿とともに、市電廃止への道程と車輌の地方への売却について解説するほか、巻末には昭和25年以降の車輌転配に関する一覧を収録する予定です。この夏は東の都電と双璧をなした大阪市電にも目を向けていただければと思います。

RML144nbn.jpg

110623Njnr026_510px.jpg

wadachi6n.jpg

熊本電鉄モハ71を見る。

kumamoto71n04n.jpg
▲車体長11,035㎜と"手ごろ"な小型ぶりのモハ71。車籍はないものの、今なお矍鑠とした姿を見せてくれている。'11.2.11 北熊本
クリックするとポップアップします。

本誌最新号で見事に復元されたその姿を詳報している阪堺電気軌道モ161や、各種イベントに引っ張りだこの上毛電気鉄道デハ101はともに1928(昭和3)年の川崎車輌製。その同じ1928(昭和3)年、日本車輌製の電車が九州に生き残っています。熊本電気鉄道モハ71です。車籍こそ残ってはいないものの、2年ほど前に同社創業100年を記念して再整備され、たいへん素晴らしい状態となっています。

kumamoto71n02n.jpg
▲その車内。座席にはモケットも貼られておらず、床とともに木部の磨き出しとなっている。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

モハ71は元広浜鉄道(現 可部線)8で、同社が電化に際して用意した12mボギー車です。広浜(こうひん)鉄道は1936(昭和11)年9月に買収され、これにともなってモハ90形となり、僚車モハ91形、モハ92形とともに初の買収国電として引き続き可部線で働いていました(弊社刊『私鉄買収国電』参照)。

kumamoto71n05n.jpgしかし、1945(昭和20)年8月6日、原子爆弾によって可部線も大きな被害を受け、3形式9輌中6輌が焼失、残ったのはモハ90形3輌(90001、90003、90005)のみという悲惨な状況に陥りました。結局この3輌も1953(昭和28)年3月20日付けで廃車。翌年7月に90003、90005が熊本電気鉄道に引き取られモハ72、71となり、続いて1957(昭和32)年8月に90001が熊本入りしてモハ73となりました(RMライブラリー『熊本電気鉄道 釣掛電車の時代』参照)。当時、室園にあった自社工場で整備を受け、旅客営業のみならず貨車牽引にも活躍していましたが、1978(昭和53)年以降相次いで廃車、このモハ71も1981(昭和56)年12月に廃車となっています。
▲三菱電機製のダイレクト・コントローラー。歳月を感じさせるブラスの光沢が眩い。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

110718n008.jpg
▲芸術作品を思わせる大きな手ブレーキハンドルが目を引く。計器類は圧力計のみ。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

しかし、僚車が解体されるなかで、このモハ71は幸運にも北熊本の構内入換車として残され、先般の創業100周年を機会に再整備されることとなったものです。

kumamoto71n03n.jpg
▲座席のひじ掛け部も意匠が秀逸。木工で名を馳せた日車の面目躍如といったところ。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

110718n007.jpg110718n006.jpg
▲グローブ型の白熱灯(左)と、鋳鉄製の荷棚受け(右)。荷棚には実際に網が用いられている。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

110718n001.jpg110718n003.jpg
▲懐かしい車掌弁(左)と、真鍮製の窓開閉器。よく見ると窓下枠にも紋様が彫りこまれているのがわかる。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

110718n005.jpg110718n002.jpg
▲運転台背面の自動遮断器(左)と客室扉のハンドル。もちろん側扉は手動式。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

とりわけ車内は見事に整備されており、ニス塗りの木部と真鍮の金属部が織りなすハーモニーは、昭和初期の電車ならではのしっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

110718n009.jpg
▲日車M12形台車。釣り合いばり式の台車はもちろん平軸受け。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

ちなみにこのモハ71、なんと直接制御車で、運転できる方も次第に少なくなってきているとのこと。残念ながら本線を走る姿を見ることはもうできませんが、イベント等ではまだまだ走行シーンを見られるチャンスはあるはずです。

kumamoto71n01n.jpg
『私鉄買収国電』の解説で吉川文夫さんは「トロリーポール時代の取付台座の関係からか、パンタグラフの取付位置が台車中心からかなりずれて車体中央部に寄っており、これがまた小さなボギー車としての愛嬌ある姿ともなっていた」と記しておられる。'11.2.11
クリックするとポップアップします。

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

_DSC6072n.jpg
▲次回公開予定の映画「Always 三丁目の夕日'64」で実際に使用されたオープンセットを背景で展示されている6086号。ササラ電車と並んで屋外展示場に置かれている。'11.7.13 P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

展示室での見もののひとつが、壁面一杯に貼られた系統板全種の実物です。都電の系統板は1955(昭和30)年4月から、それまでの菱形に系統数字のみを表記したものから広告入りのものに一斉に取り替えられましたが、これまでに1~41系統(ただし1952年廃止の26系統は系統板を使用していなかったので実質40種)全ラインナップが一堂に揃うことはなく、これだけでも必見です。

_DSC6125mm.JPG
▲1系統から41系統までずらりと並んだ系統板は圧巻! '11.7.13 P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

_DSC6124mm.JPG実はこの40種を集めるのにはたいへんなご苦労があったようで、最終的に全種が揃ったのはオープンが目前に迫ってからのことだったそうです。それにしても改めて見返してみると、「資生堂歯磨エコー」やら「クシャミ3回ルル3錠」やら「富士電機テレビ」やら、時代を感じさせる広告のオンパレードで、この系統板だけでも都電が生きてきた昭和を実感することができます。
▲車体側面に付けられていた経路を表示するサボもかなりの数が展示されている。'11.7.13 P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

_DSC6144mm.JPG
▲円太郎バスの実物。小さそうに見えるが、実際に目にしてみると意外に大きい。'11.7.13 P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

また、展示室中央には旧東京市営バス(愛称:円太郎バス)の実物が鎮座しているほか、交通局所蔵の各形式のビッグスケールの模型も展示されており、こちらにも見入ってしまいます。もちろん、都電関係ばかりか、バス、地下鉄、モノレール、日暮里・舎人ライナー、そして公営交通としては珍しい電気事業に関する展示もあり、大人から子供まで親子三代で楽しみながら、交通の発展の歴史を学べる構成となっています。

_DSC6126mm.JPG
▲1950年代中頃に製作された6000形の教習用模型。まだポールとビューゲルが併用されていた時代のもので、模型としても逸品。'11.7.13 P:RM(小野雄一郎)
クリックするとポップアップします。

ところで、今回の特別展ではもうひとつ見逃せない展示があります。学習室で行われているNゲージの路面モジュール展示です。T-Trak Network有志による合同出展と、RMモデルズ190号でご紹介して大きな反響を呼んだ勝鬨橋モジュールが展示されています。土日には運転も予定されているそうで、ぜひ"路モジ"で再現した都電の世界をお楽しみください。

110715nRIMG0063.jpg
▲見事に再現された上野駅のモジュール。(製作:板橋康造) '11.7.13 P:RMM(羽山 健)
クリックするとポップアップします。

110715nRIMG0054.jpg
▲飛鳥山のモノレール「アスカルゴ」を再現したモジュール。(製作:阪上知己) '11.7.13 P:RMM(羽山 健)
クリックするとポップアップします。

さて、この「東京の交通100年博」に合わせて、東京都交通局から都営交通100周年記念の3点の出版物が発売されています。『都営交通100年のあゆみ』と『都営交通100周年 都電写真集』、それに『都営交通100年の軌跡(DVD)』で、前2者は小誌が編集をさせていただきました。

sub_i_201106273_h_01.jpgsub_i_201106273_h_02.jpgsub_i_201106273_h_03.jpg

(1)都営交通100年のあゆみ
* A4版120頁
* 発行部数 限定20,000冊
* 定価 1,600円(税込)
・都営交通100年の歴史を、当時の世相とともに、懐かしい車輌写真、貴重な資料等で振り返る年史です。
・江戸東京博物館で開催する都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博」の公式ガイドブックでもあります。
(2)都営交通100周年 都電写真集
* A4版160頁
* 発行部数 限定10,000冊
* 定価 3,800円(税込)
・都電写真集の永久保存版。東京市電から、都電黄金期、都電荒川線まで、100年の都電の歩みを振り返る写真集です。
・秘蔵の系統図や車輌竣功図など、お宝画像を収録した特典CD付き。
(3)都営交通100年の軌跡(DVD)
* 90分程度、STEREO片面1層
* 発行数 限定5,000枚
* 定価 3,000円(税込)
・都営交通100年の歩みと現在の取組を貴重な記録映像や新規撮影映像で紹介する交通局初の映像版年史です。
・特典として、普段はなかなか見ることのできない舞台裏や珍しい車輌の映像なども収録。
【発売場所】
* 江戸東京博物館
* 荒川電車営業所
* 都営地下鉄主要16駅(浅草線:五反田、新橋、浅草橋 三田線:日比谷、水道橋、巣鴨、高島平 新宿線:市ヶ谷、馬喰横山、本八幡 大江戸線:新宿西口、上野御徒町、門前仲町、大門、都庁前、練馬)
* 都バス営業所・支所
* 都バス定期券発売所(東京駅丸の内南口、品川駅東口、新宿駅西口、錦糸町駅前、亀戸駅前、渋谷駅前、大塚駅前、王子駅前、荒川土手、船堀駅前、葛西駅前、西葛西駅前)
* 都営地下鉄メルシー各売店
* 書泉グランデ、書泉ブックタワー
* 三省堂書店 都庁店

『都営交通100年のあゆみ』と『都営交通100周年 都電写真集』については、機会をみて詳しくご紹介いたしましょう。

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

110714n006.jpg
▲実物大に再現されたヨヘロのモックアップ。展示室内は基本的に撮影禁止だが、このモックアップは記念撮影コーナーとして乗車や撮影もOK。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

かねてよりご案内しておりました都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」が本日、7月14日(木)から江戸東京博物館を会場に始まりました。

_DSC5996mm.JPG
▲両国駅前の江戸東京博物館入口に掲げられた「東京の交通100年博」の案内看板。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

昨日は一般公開を前に内覧会が開催されましたので、さっそくこの特別展の見どころをご紹介いたしましょう。この特別展は、明治から大正、昭和、平成に至る東京の交通100年の歩みを、東京都交通局所蔵品を中心とする様々な資料(車輌模型、都電系統板、乗車券、ポスターなど)で振り返るもので、屋外スペースには76年ぶりに東京への里帰りを果たした(アーカイブ「"ヨヘロ"76年ぶりの里帰り」参照)函館市企業局ササラ電車(旧東京市電ヨヘロ形)が展示されています。

110714n003.jpg
▲屋外展示場に置かれた"ササラ電車"。東京で見られる機会はないだけに初めて目にする方も少なくないはず。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

110714n002.jpg
▲その室内。走行用のモーターとは別にブルーム駆動用のモーターやコントローラーがぎっしりと詰まっている。背後に並んだ抵抗器にも注目。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

110714n004.jpgヨヘロ形は都電の前身である東京電車鉄道から引き継いだ1形、東京市街鉄道から引き継いだ251形が出自。函館市企業局では除雪用のいわゆる"ササラ電車"として今なお現役で働いていますが、ヨヘロ時代の姿とは似ても似つかぬ変貌ぶりで、いったいどこが...と訝しく思われる方も少なくないかもしれません。警戒塗装のゼブラ模様に塗られてしまって判別がつきにくいかもしれませんが、実は木製の車体と屋根部分が東京市で活躍していた時代のままなのだそうです。
▲その屋根内張りには東京市時代の模様がしっかりと残っている。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

今回の公開にあたっては、開け放たれた側扉から車内(機器室)を覗けるように配慮されており、通常は目にすることのできないブルーム駆動部をつぶさに見ることができるのも嬉しい限りです。

110714n005.jpg
▲都電6086号のバックには次回公開予定の映画「Always 三丁目の夕日'64」の撮影で使われたオープンセットが再現されている。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

屋外にはこのほかにも荒川車庫で保存されている都電6086号が展示されており、こちらは車内に入ることも可能です。そして展示室内。エントランスを入るとまず驚くのがヨヘロの実物大モックアップ(模型)でしょう。交通局所蔵の実物コントローラーを組み込んだ"ベスチビュール"部は雰囲気一杯。このモックアップは車内に乗り込んで記念撮影を行うことも可能です。

110714n001.jpg
▲オープニングセレモニーには金子交通局長の紹介で「みんくる」の着ぐるみも初登場。'11.7.13
クリックするとポップアップします。

明日はさらに詳しく展示内容をご紹介いたしましょう。

都営交通100周年記念特別展
「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」

会  期:2011(平成23)年7月14日(木)~9月10日(土)56日間
     ※8月1日(月)、8日(月)、22日(月)は休館
開館時間:9時30分~17時30分(入場は17時まで)
     ※毎週土曜日(7月16日を除く)は19時30分まで夜間開館(入場は19時まで)
会  場:江戸東京博物館1階展示室(東京都墨田区横網一丁目4番1号)
主  催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館/読売新聞社/東京都交通局
後  援:国土交通省関東運輸局/東京都教育委員会/東京藝術大学
監  修:佐藤美知男(鉄道博物館客員学芸員)
企画協力:鉄道博物館/鉄道友の会/日本路面電車同好会/株式会社ネコ・パブリッシング

観覧料金:
110527fig01.jpg
※1( )内は20名様以上の団体料金。
※2 共通券は江戸東京博物館のみで販売。
※3 次の方は観覧料が無料。
未就学児童。身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳持参の方と、その付き添いの方(2名まで)。
※4 小学生と都内に在住・在学の中学生は、常設展観覧料が無料のため共通券はありません。
※5 前売券は平成23年6月4日(土)から7月13日(水)の期間において販売。

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

_DSC6258-1000nn.jpg
▲難波駅に到着する12000系新型サザン試乗列車。12000系は4連で営業運転時には難波側に普通車(8000系など)を連結して8連で運転される予定。'11.7.4 P:高橋 修
クリックするとポップアップします。

さる7月4日(月曜日)南海電気鉄道新型サザン用車輌12000系の試乗会が行われ、高橋修さんからレポートを頂戴しましたので、さっそくご紹介いたしましょう。現車は6月1日の鉄道雑誌取材時(アーカイブ「南海 新型サザン12000系誕生」参照)より少し変化した部分もあるようです。

_DSC6261-1000nn.jpg
▲新旧サザンの出会い。試乗会当日は浜寺公園駅で新旧サザンの並びが見る事ができた。'11.7.4 P:高橋 修
クリックするとポップアップします。

試乗会当日は12時45分南海難波駅に集合、13時27分に羽倉崎に向けて出発しました。難波駅に到着するサザンを迎え撃つために和歌山側のホーム先端に陣取りましたが、高野線の電車の出発とかぶってしまい、残念な写真になりました。招待のお客さんは南海線の各沿線自治体の方々をはじめマスメディア関係者が難波駅から乗車しました。
羽倉崎までゆっくり乗車できるように約48分かけて踏破しました。その間車内では沿線自治体のご案内と産地の名産品の配布が行われました。

_DSC6266-1000nn.jpg_DSC6275-1000nn.jpg
▲多くの招待客を乗せて、難波と羽倉崎を往復(左)。行先は表示されず、試運転表示で運行された(右)。'11.7.4 P:高橋 修
クリックするとポップアップします。

羽倉崎駅では約17分間の停車中に招待客をいったんホームに下車後、客席の自動方向展開が行われました。

_DSC6278-1000nn.jpg
▲和歌山側の先頭車車内。多くの試乗招待客を乗せて運行された。ちなみに、南海特急車輌の伝統である、窓上部(荷物置きの下側)の照明も設置されている。'11.7.4 P:高橋 修
クリックするとポップアップします。

_DSC6276-1000nn.jpg_DSC6282-1000nn.jpg
▲プレス取材時にはなかった編成案内ステッカーがテーブルに貼られていた(左)。室内とデッキ部にある室内仕切り扉にもシャーププラズマクラスターのステッカーが貼られていた(右)。'11.7.4 P:高橋 修
クリックするとポップアップします。
※プラズマクラスターマーク及びプラズマクラスター、Plasmaclusterはシャープ株式会社の商標です。

難波に向けて14時31分に羽倉崎を出発した新型サザンは、羽倉崎の一つ難波側の駅で、関西空港線の分岐駅としてにぎわっている泉佐野駅から応募で集まられた女性招待客とそのお子さんが乗車され、難波駅まで体験乗車されました。
羽倉崎から難波までは往路より早い43分ほどで到着しました。なお今回の乗車会は営業運転開始後では見ることができなくなる難波側に普通車の連結がない4連で行われました。そのため、今後営業運転では見られない難波側の先頭車が使われ運行されたために、難波行の試乗列車には多くのファンがその姿を写真に収めていました。

_DSC6310-1000nn.jpg
▲難波駅に到着した試乗列車。本年9月1日から営業運転を開始する予定となっている。'11.7.4 P:高橋 修
クリックするとポップアップします。

この新型サザンは、既報のとおり本年9月1日から難波-和歌山市ならびに和歌山港間で運行されます。

※明日は不在のため休載させていただきます。

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

夕森公園の「木曽森」。

110711n006.jpg
▲中央西線坂下駅から裏木曽県立自然公園「夕森公園」に向かう道中、忽然と現れる林鉄編成はちょっとした驚き。'11.4.15
クリックするとポップアップします。

中央西線上松駅を起点としたいわゆる「木曽森林鉄道」で活躍した車輌たちは、奇跡的に多くが保存されており、ディーゼル機関車だけでも30輌以上がその姿を留めています。もちろん当然のことながら、その大半は長野県内に保存されていますが、中には他県に散った仲間もいます。

110711n005.jpg
▲この角度から見上げると、まるで生きた運材列車のようにさえ見える。'11.4.15
クリックするとポップアップします。

今回ご紹介する№139もそのひとつで、県境を越えた岐阜県中津川市の裏木曽県立自然公園「夕森公園」の下柳橋にご覧のような少々変ったディスプレイ方法で展示されています。"展示台"となっているデッキガーダーはかつての坂下森林鉄道時代の遺構で、その1径間にぴったり収まる機関車+運材台車+制動車の編成が、まるで現役時代のまま取り残されているかのごとく保存展示されているのです。

110711n002.jpg橋台部には来歴を記したプレートがあります。なんとも不可解な日本語ではありますが、原文のままご覧に入れましょう。

林鉄機関車展示場
森林鉄道等説明
「川上村には昭和二十年まで奥山の国有林材搬出が目的で中央線坂下駅よりこの夕森公園(丸野駅)を終点として延長約十キロメートルを蒸気機関車が石炭を焚き黒煙を吐きながら走り、奥屋駅(ここより二キロメートル下)までは客車が運転され、当時唯一の交通機関として軽便鉄道を利用していました。
その後、このディーゼル機関車と同じ型のものが材木運搬のために活躍しましたが、道路の整備、交通機関の発達とともに昭和三十年に廃止されました。
この林鉄は昭和五十年に川上村が教材用及び観光用として長野営林局上松運輸営林署より買い受け夕森公園に設置したものを平成五年度に旧橋台を利用しここへ再展示しました。
川上村」

▲木曽名物(?)の制動車も健在。それにしてもこの状態での保守はどうしているのだろうか...。'11.4.15
クリックするとポップアップします。

この№139かつては夕森公園のキャンプ場にE型有蓋貨車を含む編成で保存されていましたが、この下柳橋へ移設される際にE型有蓋貨車は廃棄されてしまったようです。

110711n001.jpg
▲№139のサイドビュー。一見同形に見える同じ協三製№126、127、141などとは台枠構造が全く異なる。'11.4.15
クリックするとポップアップします。

この№139、1957(昭和32)年協三工業製の10t機で、何とあの丸瀬布からはるばる木曽に転属してきた機関車です。西 裕之さんの『木曽谷の森林鉄道』によれば、北見営林局丸瀬布営林署から長野営林局上松運輸営林署への転属は1963(昭和38)年5月。終始予備機的存在で、あまり木曽での走行シーンは見られなかったようですが、福島(協三工業)で生まれ、北海道で育ち、長野に転じて、結局、岐阜県内に安住の地を得たことになります。

110711n004.jpg
▲林道から見下ろした下柳橋。何とも不思議な光景...。'11.4.15
クリックするとポップアップします。

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

110708n014.jpg
▲写真集『ここから始まる。』より。 クリックするとポップアップします。

正直言って、写真集を見て震えたのは何年ぶりだったでしょうか。
6月のある日、例によって深夜に帰宅すると、郵便物の束の中に広田 泉さんからの封筒が入っていました。さっそく開いてみると、『ここから始まる。』と題されたA4判横開きの写真集と、手書きのメッセージカードが添えられていました。表紙は一目見てそれとわかる、気仙沼線志津川駅にほど近い松原公園のC58 16号機。津波に押し流され瓦礫の中に横転したその姿は幾度となくニュース映像で目にしていますが、まさか"写真集"の表紙に使われようとは...。その意図を図りかねて、背広を脱ぐのももどかしくページをめくってみるうちに、思わず感動の震えがきてしまったというわけです。

110708n011.jpg
▲写真集『ここから始まる。』より。 クリックするとポップアップします。

2011年3月11日13時16分27秒、ひたちなか海浜鉄道那珂湊駅。つまりあの激震から1時間ほど前の写真から、すべては始まります。レンズのテストなどを目的に訪れていたひたちなか海浜鉄道。その撮影が一段落し、移動を始めたその瞬間に泉さんのクルマは激震に襲われます。

R0015475n.jpg
R0015476n.jpg
▲写真集『ここから始まる。』より。

幸いご本人は無事でしたが、その瞬間から鉄道写真家としての逡巡が始まります。物資を届けたり、津波被害の片づけを手伝ったりする際はカメラを置いていったものの、"復興に向けた長い記録"を撮り続けることも必要ではなかろうか、しかし実際はシャッターなど押せないのではないだろうか...さんざん悩んだ末に、泉さんは「撮る」ことを決意します。

110708n013.jpg
▲写真集『ここから始まる。』より。 クリックするとポップアップします。

「シャベルやハンマー、ノコやバールといった活動のための道具。支援物資として食料や水、その他色々と積んだら助手席まで満載。重たい装備と気持ちで東北へと向かいました」と泉さん。それから約一カ月、昼間はボランティア活動に勤しみ、早朝と日没前だけ写真を撮る毎日が続きます。そして今、泉さんの手元には膨大な写真が残りました。荒野と化した風景の中に無言で倒れこんだ車輌、地勢すら変わってしまった海岸沿いの線路、駅の痕跡をかろうじて留める標記...ページをめくれどもめくれども、そこには悲しいまでに人物が出てきません。

R0015477n.jpg
▲写真集『ここから始まる。』より。

そして最後の見開き。メッセージボードを持ってカメラに目を向ける各鉄道の皆さんの笑顔が溢れています。

広田 泉さんは今回の写真集を協賛企業のサポートで実現し、そして何と、収益のすべてを、ひたちなか海浜鉄道と三陸鉄道にお渡しするそうです。
「この写真集は来年もつくります。復興してゆく姿を撮り暫くは継続してつくってゆこうと考えています。
自分たちが生きている、この時代。
後で振り返っても決して避けることのできない2011年という年を一冊の本に込めました」と泉さん。

"写真集"という枠を超えて、ぜひ、多くの方に購入いただきたいと思います。

110708n010.jpg
▲写真集『ここから始まる。』より。 クリックするとポップアップします。

タイトル 『ここから始まる。』JUST STARTING
著  者 広田 泉
発  売 2011年6月11日
販売価格 2,415円(本体2300円+税)
ISBN 978-4-905406-00-6
サイズ 縦210mm横270mm(A4変形)
カラー56ページ
制作・発行 有限会社ホームキュービック

申し込み問い合わせは
鉄道写真ドットコム
http://tetsudoshashin.com
info@home-3.com

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

new_ltd_exp_ex001.jpg
▲2013(平成25)年春から運行を開始する「新型観光特急」の外観イメージ。

近畿日本鉄道から2013(平成25)年に行われる伊勢神宮式年遷宮にあわせて、次世代「新型観光特急」を新造し、同年春から運行を開始すると発表がありました。2年先の新型車輌の構想発表は異例で、この次世代「新型観光特急」に賭ける近鉄の意気込みが伝わってきます。

new_ltd_exp_tenbou.jpg
▲1・6号車の展望車輌の客室内イメージ。

この「新型観光特急」は6輌編成で、賢島方が1号車で大阪方が6号車。私鉄では初のオール3列シートを採用し、座席には電動レッグレストを装備。シートピッチは1,250mm(125cm)とこれまた私鉄最大幅となる予定です。

new_ltd_exp_1f.jpgnew_ltd_exp_wako.jpg
▲3号車1階のグループ専用席イメージ(左)。4号車の和風個室のイメージ(右)。

先頭車輌は大きなガラスで見晴らしの良いハイデッカー車輌。その先頭部分はガラス6枚で鋭い多角形を構成しています。中間の3号車は同社伝統の2階建て車輌となり、その2階にはカフェテリアスペースが導入されます(1階部分はグループ専用席)。さらに4号車には同社初の和風、洋風の個室が設置されます。

new_ltd_exp_2f.jpg各車輌の概要は次のとおり。
■展望車輌(1・6号車)
大きなガラスで見晴らしの良いハイデッカー車輌で、エントランス付近に鍵付きロッカーを設置。定員は各車27人。
■2・5号車
車内はガラス製の荷棚とガラス製の仕切扉を用いることで開放感を持たせる。女性の利用客向けにパウダールームを設置し、2号車には車椅子対応設備も設置。定員は2号車が29人、5号車が30人。
■カフェテリア車輌(3号車)
伝統の2階建て車輌で、2階は軽飲食などが楽しめるカフェテリアスペースを導入。1階は8人のグループ専用席で、夏休み期間中などはキッズルームなど多目的に活用する。定員は8人。
■グループ席車輌(4号車)
6人用サロン席3区画、4人用和風個室1室と洋風個室1室からなり、和風個室の座席部分は掘りごたつ風とし、洋風個室はL字型ソファーとテーブルを配置する。個室は日本最大の広さを確保(寝台車を除く)。定員は26人。
▲3号車2階のカフェテリアスペースのイメージ。窓向きのカウンター席となる。

new_ltd_exp_salon.jpgnew_ltd_exp_yoko.jpg
▲4号車のサロン席(左)と洋風個室(右)のイメージ。

そのほか、全車に横揺れ軽減装置を設置するほか、LED照明を多用し、客室天井照明については照明色が変更できるようになります。
この「新型観光特急」は2編成を製造、大阪・名古屋―伊勢志摩間での運行を予定しており、利用する際には一般特急料金のほか「新型観光車両料金」(仮称)が必要となる予定です。

資料提供:近畿日本鉄道

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

110706n001.jpg
▲4日早朝、はるばる函館から江戸東京博物館に到着した"ササラ電車"。旧東京市電ヨヘロ形の1輌で、実に76年ぶりの里帰りとなる。'11.7.4 P:永井慎太郎 (「今日の一枚」より)
クリックするとポップアップします。

来月8月1日に創業100周年を迎える東京都交通局が開催する都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」(アーカイブ「都営交通100周年記念特別展を開催」参照)の目玉展示とも言える函館市企業局の"ササラ電車"が航路川崎に到着、先日、陸路で江戸東京博物館へと搬入されました。

110706F9474.jpg
▲川崎港を出発、深夜の国道132号線を一路76年ぶりの東京へと走る。'11.7.4 P:金盛正樹

"ササラ電車"として知られるこの除雪車は、もとをただせば旧東京市電の「ヨヘロ形」で、1934(昭和9)年に函館大火で保有車輌の多くが消失してしまった函館市が、東京市から45輌を購入したなかの1輌です。ちなみに現代的な形式称号の感覚からすると判じ物の形式名ですが、「ヨヘロ」の「ヨ」は四輪単車、「ヘ」はベスチビュール付き、「ロ」は車体を新造した大正6年を示します。

110706F9250.jpg6月27日に函館の駒場車庫を出た現車は、苫小牧港からフェリーで川崎港へと運ばれ、7月4日未明に東京・墨田区の江戸東京博物館へと搬入されました。なお、同時に都電6086号も江戸東京博物館入りしており、東京の街を走った半世紀近く生年の異なる2輌が奇しくも顔を合わせるかたちとなりました。

▲トレーラーに載せられて待機する。'11.7.4 P:金盛正樹
クリックするとポップアップします。

110706F9477.jpg
▲トレードマークとも言えるゼブラ模様の警戒色に幻惑されるが、車体構造はヨヘロ時代を踏襲している。'11.7.4 P:金盛正樹

この都営交通100周年記念特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の"いま・むかし"~」は来週木曜日7月14日からの開催。夏休みはぜひご家族で江戸東京博物館にいらしてみてください。

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

nn0005.JPG
▲同駅の象徴、朱塗りの大鳥居の前でテープカットと駅名看板除幕式が挙行された。'11.7.1 富士山 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

7月1日、富士急行線の富士吉田駅が富士山駅に駅名が改称され、「富士山駅」誕生記念式典が開催されるとともに、駅の各施設が報道陣に公開されました。

nn0001.JPG
▲駅前広場に設置された朱塗りの大鳥居。上部には「富士山駅」の駅名板が燦然と輝く。'11.7.1 富士山 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

駅名の改称は、富士山の玄関口として「富士山に一番近い鉄道」富士急行線にふさわしい健康的で魅力的な公共空間となるよう駅施設の一部をリニューアルするのにあわせて実施されたもので、駅のリニューアルに際しては、デザイナーの水戸岡鋭治さんが全面的にサポートしています。

nn0002.JPGnn0003.JPG
▲プラットホームは、上屋や柱、ベンチなどに木が使用されている(左)。改札口右手には四方をガラス張りとした待合室が備わる(右)。'11.7.1 富士山 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

駅前広場には、富士山の神である「木花咲耶姫」(コノナバノサクヤヒメ)を祀る「北口本宮富士浅間神社」の鳥居に倣った、高さ約7mの朱塗りの大鳥居が設置されました。2番線・3番線ホームは上屋や柱に木材が使用され、電車を待つ間に富士山を正面に仰ぐ位置で眺望できるウッドデッキが設置されています。また、外国からの方が利用しやすいように駅名標は英語・中文簡体字・韓国語・日本語の4か国語対応となっています。ちなみにコンコースの出発案内表示器や自動券売機については、3月より4か国対応がされています。

nn0004.JPG
▲ホーム上の駅名標も4か国語対応のものに変更されている。'11.7.1 富士山 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

nn0007.JPGさらに待合室がコンコースに移設され、四方をガラス張りとしたものになったほか、6階建ての駅ターミナルビルの屋上にはウッドデッキにベンチやテーブルを設けて「屋上展望広場」として開放、ここから富士山の雄姿を眺めることができます。このほか、コンコースにはリニューアルした売店、ターミナルビル地下1階にはフードコートが新設されています。
▲ターミナルビル6Fには屋上展望広場が新設された。 '11.7.1 富士山 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

「富士山駅」誕生記念式典では、富士急行株式会社の堀内光一郎代表取締役社長による式辞、アルピニスト野口健さんらによる来賓祝辞、デザイナー水戸岡鋭治さんによる挨拶が行なわれ、テープカットと駅名看板除幕式で富士山駅誕生を祝いました。

nn0006.JPG
▲富士山駅を出発する臨時列車。"富士登山電車"には富士山駅誕生記念マークが付けられた。'11.7.1 富士山 P:RM(伊藤真悟)
クリックするとポップアップします。

その後、富士山駅誕生記念列車の出発式が開催され、"富士登山電車"を使用した臨時列車が地元の保育園児を乗せ、地元高校の吹奏楽部の演奏および富士山駅長の出発合図により同駅2番線を出発し河口湖駅へと向かいました。
この富士山駅誕生に伴い、富士山駅始発の富士山五合目(富士スバルライン五合目)行き登山バスが新設されたほか、一合目からの富士登山に便利な馬返しバスが7月16日(土)より新規に運行を開始いたします。

取材協力:富士急行

110623Njnr026_510px.jpg

110622nRML143.jpg

wadachi6n.jpg

レイル・マガジン

2011年7月   

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
「編集長敬白」が携帯電話でもご覧になれます。下記アドレスもしくはQRコードを読み取ってアクセスしてください。
http://rail.hobidas.com/blog/
natori/m/

ホビダス・マーケット新着MORE

  • 俺がイル
ネコ・パブリッシングCopyright © 2005-2016 NEKO PUBLISHING CO.,LTD. All right reserved.