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RMライブラリー新刊は『銚子電気鉄道』(上)。

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▲松林の彼方に犬吠埼灯台を見ながら走る銚子遊覧鉄道の列車。現在の海鹿島-君ケ浜間にあたり、周辺の雰囲気は今も色濃く残っている。 (RMライブラリー『銚子電気鉄道』上巻より)
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ここしばらく国鉄車輌をテーマとした巻が続いたRMライブラリーですが、今月発売の142巻では白土貞夫さんによる『銚子電気鉄道』の上巻をお届けします。

rml142.RML142s.jpgいまや「ぬれ煎餅」やwebでの「電車の修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」のSOSで一般にも有名になった銚子電気鉄道ですが、その歴史は1913(大正2)年12月に銚子~犬吠(現在の犬吠~外川間に位置)で開通した銚子遊覧鉄道まで遡ります。この鉄道は蒸気機関車が数輌の2軸客車を牽く形態でしたが、数年で経営に行き詰まり、折しも第一次大戦の影響で鉄材の価格が高騰していたこともあって、地元では逮捕者が出るほどの反対運動を受けながらも、開業からわずか4年後の大正6年11月に廃止、会社も解散してしまいました。

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▲全編にわたって1960年代の銚子電気鉄道の情景もふんだんに掲載。デキ3が貨車を牽き、ポール電車が2軸トレーラーを従えて走る姿は模型的にも魅力に溢れていた。 (RMライブラリー『銚子電気鉄道』上巻より)
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1923(大正12)年になって、この廃線跡に再び線路を敷いたのが銚子鉄道、つまり現在の銚子電気鉄道で、終点は外川まで延長されたものの、そのルートは銚子遊覧鉄道と全く同一です。しかし、当初導入したガソリン機関車が不調のため鉄道省から蒸気機関車を借り入れたのに始まり、戦後も老朽化した変電所の故障により長期運休を余儀なくされたり、その歴史は苦難の連続でしたが、その度に地元の支援などにより廃止の危機を乗り越えてきました。

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▲貨物輸送で賑わっていた頃の終点・外川。外川駅駅舎の風情は今も変わらない。 (RMライブラリー『銚子電気鉄道』上巻より)
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▲新宿からの直通気動車快速「房総の休日」号が銚子電気鉄道線を行く。1960(昭和35)年10月までこんな姿を目にすることができた。 (RMライブラリー『銚子電気鉄道』上巻より)
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本書上巻では、銚子遊覧鉄道の創立まで遡って、現在に至るまでの銚子電気鉄道の沿革をひもとくほか、施設のあらまし、沿線と各駅案内、運転および運行方式について、長年この鉄道を研究されてこられた白土さんならではの視点で解説されています。ちなみに著者の白土貞夫さんは、1974(昭和49)年までの約30年間にわたって銚子電気鉄道の沿線で暮らされており、毎日通学・通勤に利用されていた方ならではの記述の数々も本書の大きな魅力となっております。なお、下巻では銚子鉄道開業時のガソリン機関車から昨年導入された2000形まで、歴代の車輌について紹介する予定で、上下巻あわせて銚子電気鉄道を語るうえで欠くことのできない書籍となることでしょう。

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