鉄道ホビダス

2010年11月アーカイブ

第10回:クルマと食と...。

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▲ドイツは路面電車王国でもあり、いたるところでLRTをはじめとした個性豊かな路面電車たちを目にすることができる。しかし、残念ながら今回は早朝に都市部を出てとっぷりと日が暮れてから戻る毎日のため、なかなか撮影する機会がなかった。これはかろうじて"夜撮"をしたロストックのシュトラーセンバーン車庫。'10.9.19 Rostock
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閑話休題。フェルトバーンをいったん離れて、今日はこの北ドイツ旅行の周辺をご紹介してみることにいたしましょう。例によって観光旅行とはほど遠い一人旅ゆえ、名所旧跡やグルメの類とは一切無縁の日々です。

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▲運転している前方の踏切をモリーが横切ってゆく。こんな日常風景の中にナロー蒸機が息づいているのは羨ましい限り。'10.9.18 Kuhlungsborn
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例によって移動の足はレンタカー。本来ならば列車の旅を堪能したいところですが、主目的がインダストリアル・ナローとあっては、自分でクルマを運転してゆくほかに術がありません。ハンブルク空港のハーツ・レンタカーで予約してあった「ポロ・クラス」を受け取りますが、あてがわれたのはフォルクスワーゲン・ポロどころか何とHYUNDAI i20。気づいてみればハンブルク空港の案内表示にも中国語と韓国語はあるものの日本語はなく、街中にも韓国車と韓国家電が溢れかえっているではないですか...日本は大丈夫なのでしょうか?

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▲実に1,828㎞を共に走った5速マニュアルのHYUNDAI i20(左)。ダッシュボードの上に載っているのは紙製の時計(?)で、時間制限のある無料駐車場に入った際に停めた時間を自己申告で表示する。どこかの国だったら"ずる"をする輩が出そう...。'10.9.19 Seelviz
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ドイツと言えば有名なアウトバーンです。速度制限なしとはいうものの、推奨巡航速度は130㎞/h。最初のうちはベタ踏み状態で飛ばしてみるものの、まったくストレスない高速走行というのも逆に疲れるもので、結局落ち着いたのはやはり130㎞/h程度の巡航でした。

101130n008.jpgアウトバーンと聞くと、メルセデスやポルシェがオーバー200キロですっ飛んでいるように思いがちですが、実際のところそんなに高速で走っているクルマはほとんどありません。しかも意外なのは速い(というより速く走っている)のはメルセデスやポルシェではなく、アウディが目につくことです。やはりユーザー年齢の違いもあるのでしょうか、ちょっと興味深い現象ではあります。
▲行きのトランジットで立ち寄ったアムステルダム・スキポール空港のワインバーにて。ワインとシーフード・プレート・スペシャルなるものを頼んで€15.5(約1700円)。スモークサーモンやら白身魚のスライスやらが盛り付けてあるが、ご当地の名物と聞くウナギの燻製は日本人の口にはちょっとNG。'10.9.16
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ところで2日目に気づいたのですが、持っていったコンパクト・フラッシュのうち1枚が損傷してしまっていたのです。もちろん充分に予備メモリーは持って行ったつもりではありますが、これから先にどんな状況が待っているかわかりません。かといって町中のどこにでもカメラ屋さんやコンビニがあるわが国と違い、おいそれとメモリー・カードが入手できるはずもなく、不安はつのるばかりです。そんな時、高速の彼方に巨大なショッピング・モール"real"を発見。予想通り量販カメラ店もあり、無事にCFカードを購入することができました。しかも驚いたのはその価格。日本で購入したのとまったく同スペックのSUNDISKの4GBが€24=2,600円ほどではないですか。円高の恩恵なのか、今さら思えばもっと買ってくればよかったと悔やむことしきりです。

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▲ランチタイムを逃してしまうと途端に食べられる店が少なくなってしまう。すでに店頭のパラソルも畳まれてしまった店で木村さんが交渉。'10.9.21 Dagebull Mole
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▲その店内(左)。とりあえず撮影現場で食せるようにシュニッツェルとポテトを"to go"で注文。'10.9.21 Dagebull Mole
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食事は例によってジャンクフードに毛の生えた程度のものばかり。へたにレストランに入ると時間を無駄にしかねませんので、勢い"to go"が中心となります。ちなみに、テイクアウト(一般的なイギリス英語ではtake−away)=お持ち帰りを意味するこの"to go"、アメリカでは日常語として使われていますが、しばらく前までは英語圏以外で見かけることはありませんでした。ところが今回のドイツではいたるところに表示があり、すっかりドイツでも市民権を得た言葉になっているようです。

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▲コンビニというものがほとんど存在しない代わりに、ガソリンスタンドでそれなりの食料は調達できる。例によってシュニッツェルとマッシュポテトを注文。パンも買って€9.3(約1000円)。バイトと思しきお姉さんが何やら言っているが、シチュエーションからして「温めますか~」に違いないと電子レンジを指さすと、さっそくチンしてくれた。'10.9.19 Rostock
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※明日は不在のため休載させていただきます。あしからずご了承ください。

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第9回:ターフ軌道に再トライ。

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▲ささやかな木橋を渡るカール・マルクスNs2F形。ここデルシュテッドには4輌の同形機がおり、うち3輌が可動状態にある。'10.9.20 Dellstedt
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Schulpでは解体作業の真っ最中と、すっかり出ばなを挫かれた感じのターフ軌道訪問ですが、その代わり(?)木村右史さんと出会うことができてまずはひと安心。さっそくこの日の次のターゲットにリベンジを期することにします。

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▲荒涼としたフィールドの採掘現場。水分をたっぷりと含んだターフはずぶずぶと足を沈めるが、かつて訪れたアイルランドのピート・フィールド(→こちら)の底なし沼状態から比べればまだまし。'10.9.20 Dellstedt
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狙うはSchulpから一時間程度の距離にあるDellstedt(デルシュテッド)のターフ工場です。ここも規模こそ小さいものの、資料によれば今やフェルトバーン博物館でもない限りなかなか見ることのできなくなってしまったGmeinder(グマインダー)をはじめ、戦後直後にカール・マルクス機関車工場と改名した東ドイツのコッペル製DLなど10輌近くの古い内燃機関車を擁しており、その面でも期待されます。

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▲ほか3輌のNs2F形たち。庫内で待機しているのが1953(昭和28)年製の製番46441、後ろ姿が1958(昭和33)年製の製番262001、もう1輌は横で部品取りの廃車体となってしまっている。'10.9.20 Dellstedt
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▲庫内奥に潜む1952(昭和27)年製グマインダーの銘板(左)と、庫外のカール・マルクス(製番262001)の銘板。'10.9.20 Dellstedt
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またまた田舎道を探しあぐねた末に辿り着いた工場前には製品のターフが山のように積まれ、ローダーが大型トラックへとせわしく積み込み作業を続けています。なにはともあれ操業はしているようで、さっそく木村さんが来意を告げに行きました。ところが、これまた残念、なんと天候不良が続いて採掘ができないため、9月に入ってから軌道は動いていないと言うではないですか。しかもこの分だと再稼働する前に冬が来て今シーズンが終わってしまうだろうとのこと。またしても空振りのようです。

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▲盛大なエンジン音を響かせて工場脇を走るカール・マルクスNs2F。せわしく動くサイドロッドがチャームポイント。'10.9.20 Dellstedt
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動いてはいないものの、現場はたいへんフレンドリーで、庫内に収納されているグマインダーなども自由に見学することができました。そのうちにオーナーのEhlersさんが現れ、あれこれと説明をしてくれます。これまでと違って木村さんが一緒ですから、通訳を買って出てくれ、逐一状況を把握することができました。

101127n008.jpgお住まいの横、線路脇に建てられた工場には機関車の修理に必要な資材が山のようにストックされており、工作機械もちょっとした町工場並に揃っています。Ehlersさんは機関車はもとよりローダーの類いにいたるまで、たいていの修理は自らの手でこなしてしまうそうです。しかも「実は戦前製のグマインダーも別のところに保管してあります」と自慢そうに語られるにいたって、どうやらご本人も実業のみならずかなりの"趣味人"とお見受けしました。
▲本線脇の工場にはエンジン関係をはじめ、ありとあらゆるパーツ類がストックされている。'10.9.20 Dellstedt
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しばらくお話をうかがっているうちに、ご好意で工場横に停まっていたカール・マルクスNs2Fを撮影用に動かしていただけることになりました。ターフ工場のなかには厳しく立ち入りを制限しているところも少なくないと聞くなかで、稼働状態は見られなかったものの、デモ運転までしていただけようとは思ってもおらず、ありがたい限りです。

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▲撮影中の私。珍しい東洋人のお客さんに興味津々なのか、Ehlersさんの愛犬トビー君がじゃれついてきて離れない。'10.9.20 Dellstedt P:木村右史
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ここDellstedtはフィールドまでの本線延長も1キロ程度と短く、ロケーションとしてはとりたてて見るべきところはありませんが、機関車のランナップと、そして何よりも皆さんの温かい対応が強く印象に残りました。いつの日か再訪してみたいものと思いつつ、Ehlersさんと愛犬トビー君に見送られて工場をあとにしたのでした。

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第8回:遅かりし"Schulp"。

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▲遅かりし! 氷雨そぼ降るヤードには役目を終えたピートワゴンたちが横倒しになって最期の刻を待っていた。'10.9.20 Schulp
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バート・ドーベラン、リューゲン島とバルト海沿岸部に残る蒸機ナローの"表敬訪問"を終え、いよいよ本来の目的であるインダストリアル・サイトへと向かいます。まずは今回の旅の発端でもあるターフ軌道へ...。

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▲今回訪れたSchleswig-Holstein州の2ヶ所のターフ軌道。
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ターフ(Torf)とはドイツ語で「泥炭」の意。英語ではピート(Peat)と呼ばれ、ミズゴケなどの有機物が堆積し、最終的に石炭となる遙か前の炭素含有量の少ない状態のものを言います。石炭化は泥炭→褐炭(亜炭)→瀝青炭→無煙炭と進行しますので、泥炭は燃料としては決して良い状態ではありませんが、欧州各国では古くから暖房用に用いられてきました。さらに北欧やアイルランドでは火力発電用として大規模に採掘が行われており、アイルランドで活躍する総延長1,500㎞にも及ぶナロー網もこの泥炭運搬用です(アーカイブ「アイルランドに欧州最大のナローゲージ網を訪ねる」参照)。

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▲長年この軌道を支えてきたエンジニアの手によって、再生資源となりそうな金属部が次々と外されてゆく。空き地と化したヤードに虚しい金属音が響く。'10.9.20 Schulp
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北ドイツにはいまだに20か所を超えるターフ軌道が存在すると言われていますが、近年、環境保護の観点から泥炭の採掘が制限されてきており、一部地域では2012年に採掘が禁止されてしまうとの説もあります。そんな状況ですから、とにかく現地に行ってみないことには動いているものかどうかさえわからず、毎度のことながらなんともリスキーな現地入りとなりました。

101123n008.jpgまず狙いをつけたのはハンブルクの北150キロほどの田舎町Schulp(シュルプ)にあるという小さなターフ工場(Torfwerk Anton Gunter Meiners,Schulp)です。北ドイツに残るターフ軌道も大規模なところは急速に近代化が進み、使用している車輌も現代的な"新車"ばかりとなってしまっている中で、このSchulpは珍しく半世紀近く前のDIEMA製DLを使い続けています。しかも被牽引車であるピートワゴンも木製の好ましいタイプとあって、最初の訪問地に選んだのですが、実はその日のうちに北海側に抜けねばならないため、その道中という利便もありました。
▲ふと奥に目をやるとなにやら"ご同業"らしき人影が...しかも日本人? '10.9.20 Schulp
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昨日までと打って変わって天気は雨。しかも気温は5℃ほどしかなく、凍えるような寒さです。グーグルマップを頼りにおよそ観光地とはほど遠い田舎町を進んでゆくと、町外れにそれらしきヤードが。しかしどうも様子が変です。大量のピートワゴンが横倒しになっており、しかも近づいてみると何やら解体作業の真っ最中ではないですか。「遅かった!」
がっくり肩を落としながら目をこらすと、彼方にファンらしき人影...しかも日本人らしき人影が。えっ、木村さん? この日北海沿岸の駐車場で落ち合おうと連絡を取り合っていたベルリン在住の木村右史さんではないですか。なんという偶然。蛇の道は蛇とは言うものの、まさかよりによってこんな所で再会しようとは思ってもみませんでした。

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▲ピートワゴンの解体が進むヤードの片隅で置き去りにされていたDIEMA製DS14形DL。この工場で使用されていた4輌のディーマはいずれもキャブレス。'10.9.20 Schulp
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▲フィールドからの撤去を終えてうず高く積まれた軌匡(左)。右は取り卸し設備で、前方にはすでに草むしてしまったフィールドへの本線が見える。'10.9.20 Schulp
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木村右史さんは高名なインダストリアル・デザイナーで、かれこれ30年あまりベルリンでお仕事をされておられます。もちろん生粋のナローゲージ・ファンでもあり、今回の訪独に際しても数々のリサーチとアドバイスをしてくださっています。ここまでは言葉も不自由な一人旅でしたが、木村さんと合流したとあってはまさに百人力です。

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▲歴史を感じさせるバックヤードの機関庫。煉瓦造りの4線庫の扉を開けると、取り残されたディーマの後姿が...。'10.9.20 Schulp
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さっそく木村さんが尋ねてくださったところでは、やはりこのSchulpも環境問題から操業を続けられなくなり、昨年で採掘を中止したとのことでした。すでに土地は売却されてしまっており、ちょうど最後の残務整理の最中だそうで、恐らく今頃は工場もろとも更地と化してしまっているに違いありません。

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▲庫内に残されていたのは1957(昭和32)年製と4輌のうちで最古のDL8形(2t・10PS/製番2051)。イグニッションキーも差されたままになっていたが、すでにバッテリーは上がってしまっていた。'10.9.20 Schulp
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この付近のターフはかつては暖房用として需要があったものの、1970年代以降は急速に衰退し、一時は事業として成り立たなくなってしまう状態にまで陥ってしまったと言います。それが再び盛り返してきたのが、何と園芸用の需要、いわゆるピートモスでした。ここSchulpで採掘されたターフは遙か日本にまで輸出されていたそうで、ひょっとすると近所のホームセンターに並んでいたピートモスも、この軌道で運ばれたものだったのかも知れません。

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▲新青森駅14番線に到着した試乗列車のE2系J15編成。'10.10.29 新青森 P:RM(新井 正)
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12月4日(土曜日)の東北新幹線八戸~新青森間開業まで、ついに残すところ十日を切りました。来春には九州新幹線全線開業やE5系「はやぶさ」(→こちら)の運転開始も予定されており、ここしばらくは新幹線の話題でもちきりとなりそうです。JR東日本に限って見ると、この新青森開業以後、当面、独自に建設・開業する新線は新・在ともになく、その面でも今回の新青森開業はとりわけ力の入ったものとなりそうです。

101125n004.jpgさて、本誌12月発売号ではこの東北新幹線新青森延伸開業と、それにともなうJR東日本・JR北海道の12月4日ダイヤ改正関連を誌面展開する予定ですが、当日の各駅の表情、ダイヤ改正で登場した列車、12月3日限りで運転を終えた列車など、両日に撮影された写真を広く皆さんから募集したいと思います。なにぶん本誌の入稿締切間際での募集だけに、充分なリードタイムがございませんが、そこはデジタルデータ最大のメリットを活かし、「RM News」や「今日の一枚」にご投稿いただいている皆さんのご協力をお願い申し上げます。
▲八戸駅新幹線改札口に掲示された開業カウントダウンボード。今頃はひと桁となっているはず。'10.10.29 P:RM(新井 正)
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▲八戸駅で顔を揃えた左からIGRいわて銀河鉄道7000系、JR貨物EH500-8、JR東日本E751系「つがる」。八戸駅に姿を現すE751系「つがる」は12月3日をもって見納めとなる。'10.10.29 P:RM(新井 正)
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■応募要項
「鉄道ホビダス」の「RM News」の投稿フォーム(→こちらをクリック)からご投稿願います。
※投稿受付はオンラインのみとなります。
★お送りいただく際に以下の点にご注意ください。
①投稿フォームのタイトル欄には、必ず最初に「12月4日ダイヤ改正」と記載してください。
②対応ファイル形式は350dpi以上で1.5MB以上2MB以下のJPEG形式となります。
③この募集に関しましては、住所の記載が必須となります(誌面で採用させていただきました場合は、掲載誌をお送りいたします)。
④同様にメールアドレスの記載も必須となります。編集部より連絡を差し上げる場合がございます。
⑤お送りいただくファイルのファイル名は「撮影者氏名_ 撮影日_ 撮影場所」(名前・撮影場所はローマ字ではなく漢字)にしてください。
⑥投稿フォームに記事欄には、撮影された列車の列車名、列車番号など、できるだけ詳細に内容をお書き願います。
⑦応募締め切りは、2010(平成22)年12月6日(月)12:00まで
となります。
※他商業誌との写真・文字原稿の二重投稿は固くお断りいたします。
※ご投稿いただいた写真・文字原稿は本誌の他、弊社ウェブサイト、弊社の他の出版物、並びに弊社提携サイトにて掲載することがありますので、予めお含み置きください。

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▲新青森駅駅舎。東京起点674㎞870mに位置し、1階が在来線(奥羽本線)ホーム、2階がコンコース階、3階が新幹線ホームとなっている。'10.10.29 P:RM(新井 正)
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つい先日は注目のE5系「グランクラス」の全貌が発表され(アーカイブ「ベールを脱いだE5系"グランクラス"」参照)、この冬、北東北は一気に新時代に突入することになります。

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消えゆく大阪市電の遺構。

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▲人工着色された二階付電車9号車の絵葉書。松島・花園橋のト書きが見られる。花園橋で撮影された3号と5号の写真はこれまでにも発表されているが、9号はきわめて珍しい。提供:宮武浩二
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先日、11月14日(日曜日)に大阪市住之江区の緑木車両管理事務所で「市営交通フェスティバル」が催され、普段は一般に公開されていない市電保存館の市電たちも見ることができてたいへんな賑わいだったそうです。

101116guidebook.jpg現在この緑木車両管理事務所内には市電6輌(二階付電車5号車、11型30号車、501型528号車、散水電車21型25号車、1601型1644号車、3001型3050号車)と、地下鉄100型105号車、ニュートラム101-06号車、地下鉄旧7001号車の3062号車、創業期の二階付電車の台車であるヘルブラント台車などが保存されていますが、これらの写真、図面、車歴などにエピソードなどを交えた『保存車両ガイドブック(緑木編)』が好評を博しています。製作したのは大阪市交通局の関連企業である「交通サービス株式会社」。B5判20ページほどの冊子ながら、車輌関係の資料はもとより、大阪市電の路線捌開業日、廃止日入りの路線図なども収録されており、たいへん見ごたえのある内容となっています。現在、大阪市営交通案内所等5か所(新大阪、梅田、難波、天王寺の案内コーナーと市営交通案内所)で販売(価格は500円・税込)されています。

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▲ヒストリーはもとより、特徴的な機構解説やOBの皆さんによるエピソードなど必読の内容の『保存車両ガイドブック』(オールカラー)。
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▲大阪市交通局本局横の植え込みの中に建てられている陶板製の市電記念碑。P:宮武浩二
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さて、大阪市電が消えてから今年で41年。歳月とともにその痕跡も次々と消えていってしまっています。そんな中、市電九条車庫の跡地も大きく変貌を遂げようとしており、RMライブラリー『全盛期の大阪市電』の著者でもある宮武浩二さんからレポートを頂戴いたしました。たいへん興味深い歴史的考察もあり、ここにご紹介してみることにいたしましょう。

1011116n0674.jpg大阪市西区にある大阪市交通局本局横に、市電の碑が立っています。これは本局新庁舎の完成を記念して建てられたもので、1903(明治36)年の市電開通当時の花園橋を描いたものを陶板にしてはめ込んだものです。本局の建つ場所は、元は市電九条車庫の跡地で、幾多の変遷の後、現在は北側半分が大阪市消防局と大阪市交通局庁舎が、さらに道を挟んだ北側にあった大阪市電気鉄道部の事務所の跡は関西電力の九条営業所になっています。現在南側の開発工事が行われており、すでに南側半分は総合病院に、残り半分も商業施設が建設されようとしています。
▲記念碑のアップ。開通当時の花園橋を行く二階付電車が鮮やかに描かれている。P:宮武浩二
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▲造成中の旧車庫跡地。かつてはここに煉瓦造りの工場が建っていた。P:宮武浩二
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写真はその建設予定地で、掘削機のあるあたりが煉瓦棟の工場の跡地です。明治末期には、ここにアメリカから輸入され大阪港で陸揚げされたブリル社の台車やGEの主電動機を運び込み、同じく車輌メーカーから運び込まれた車体(11型木造単車)を組み立てていました。左側の道路沿いは九条車庫のトラバーサーがあった場所で、二階付き電車なども入庫していたところです。その後この場所に火力発電所2棟が建設されることとなり、車庫及び工場機能は他所に移されました。明治時代の大阪市電の拠点として栄えた九条の地も大きく姿を変えようとしているのです。

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▲左上に見えるテント張りのバス停が境川町の電停にあたる。P:宮武浩二
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また、画像に見えている道路は市電高津今里線が走っていたところで、バス停のテントのある場所に今里車庫行きと玉船橋行き「境川町」の電停がありました。一方南北の道路には市電築港線が走っており、有名な二階付き電車が走っていた由緒ある路線です。

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▲境川町を行く市電を被写体とした絵葉書。画面右に分岐するのが九条車庫への入出場線。提供:宮武浩二
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この付近を古い絵葉書で紹介しますと、境川町の絵葉書に見える右に分岐する線路が車庫線です。ついでと言ってはなんですが、もう一枚面白いハガキをご紹介しましょう。築港桟橋のハガキで、裏には京都電気鉄道の野中運輸課長宛に大阪市電気鉄道の中西より年賀状として発送されたものです。明治40年1月1日の消印があり、ちょうど九条車庫が明治39年12月に竣工しているのでその時に送られたものと思います。京都と大阪の交流の証拠ともいえます。

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▲大阪市電気鉄道から京都電気鉄道の運輸課長に当てて送られた明治40年の年賀状。提供:宮武浩二
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▲お別れ会神事 前日にて御殿場線の蒸機運転が終わり、無事に走り続けた機関車たち全機6輌が区に集結した。拍手の中、ねぎらいの言葉に続きお神酒が機関車に。'68.7.1 国府津機関区 P:青木一郎 (『わが国鉄時代 vol.5』より)
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投稿型ブログ「わが国鉄時代」から誕生したムックもついに5巻目、みなさまお待ちかね『わが国鉄時代 vol.5』が発売となりました。今回の表紙も前回に引き続いて少年がテーマ。水ぬるむ季節、蓮田の綾瀬川で魚とりに興じる少年の背後には、クロ485を先頭にした上り「ひばり」が颯爽と駆け抜けます。

waga_JNR005_250px.jpg前書きには鉄道友の会副会長・元国鉄大宮工場長の久保 敏さんに、少年時代を振り返っていただきました。ガラス乾板のカメラを手に向かった近所の多摩川橋梁で、東横線の試験塗装のデハ3506+デハ3507+クハ3657にレンズを向けた日は、60年前。「久保少年」の憧れは今も褪せることなく乾板に残っています。

さて、今回も多数のご投稿をいただいて大変活き活きとした誌面となりました。写真の枚数だけ思い出もあるというキャッチフレーズで始めた投稿ブログですが、WEBではもう2000枚も間近、本も今回のvol.5までで1000枚近くの思い出がきらめいています。印象的な写真をいくつかご紹介しましよう。

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▲長い影 常紋信号場構内の金華側には有名な「お立ち台」があって、25‰の上り勾配を最後の力を振り絞って登っていくD51の姿を捉えることができた。夕暮れ間近、あと一息で信号場まで登りつめるD51の側面に、我々撮影隊の長い影が迫ろうとしている。'75.3.17 石北本線 常紋信号場―金華 P:遊川 清 (『わが国鉄時代 vol.5』より)
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青木一郎さんの「お別れ神事」では役目を終えて引退したD52が並ぶ国府津機関区でのお別れ式の様子です。お神酒をかける職員をゼンマイ式の8ミリカメラが記録しています。拍手が聞こえてきそうな温もりのある一枚です。

遊川 清さんの「長い影」は午後の斜光線を浴びて力闘するD51 444にお立ち台でカメラを向ける撮影者の影が延びているというもので、常紋の雰囲気をご記憶の方なら、1592レという列車番号とともに懐かしく思い出されることでしょう。

101122nueno_kani24.jpg佐々木靖之さんの「上野駅14番線」では、発車を待つ「ゆうづる」のカニ24を撮ったさりげない写真ですが、ディーゼルエンジンの排気が蛍光灯の輪郭をぼかし、油煙の香が漂い騒音が聞こえてきそうな、旅情漂う懐かしい写真です。

▲上野駅14番線 当時の上野駅の夜は、まだ北へ向かうたくさんの寝台特急群で賑わい、郷愁が漂っていました。地平ホームの最後尾は、電源車のディーゼル発電機の排煙が立ちこめ、騒音が構内に響き渡っていました。'84.8 東北本線 上野 P:佐々木靖之 (『わが国鉄時代 vol.5』より)
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また、「ポンパ号がやって来た」ではDF50に牽引されて日豊本線に忽然と現れたカラフルなC11 91と奇抜な編成の思い出が綴られています。ディスカバージャパンと日立のカラーテレビのコラボレーション企画ですが、"ポンパ"とはテレビのスイッチを"ポン"と押すと"パッ!"と点くというところから名づけられたもので、待機電源を持つテレビの登場をC11が全国に広めて回りました。

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▲臼杵駅3番線にて公開展示中のポンパ号。砂箱のストライプ、蒸気溜の水玉模様がとてもキュート。ホーム上は順番を待つ人で大混雑。画面に小さく写った「キャンギャル」のお姉さん、今頃ちょうど還暦を迎えた頃でしょう。'70.12.20 P:藤田高士 (『わが国鉄時代 vol.5』より)
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小西 明さんの「雪の青森駅」は連絡線の桟橋を望む陸橋から停車中の「はくつる」を撮ったもの。これらの写真に限らず、さりげない構図の中に消えてしまった光景が活き活きとよみがえってきます。「記録」しておきたいのは車輌だけではないことに、もっと早くから気づいていればと、今になって思い返す方も多いことでしょう。

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▲雪の青森駅 手前の列車は103レ「八甲田」、隣のホームには3レ「はくつる」が停車。連絡船への乗客が桟橋へ向かって行った後、静寂が戻った。岸壁には3便 津軽丸が停泊していいた。'66.1.8 青森 P:小西 明 (『わが国鉄時代 vol.5』より)
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101122nsyuuyuuken.jpgそしてお楽しみの付録ですが、今回は懐かしの均一周遊券カバーを原寸でポスターにいたしました。北海道周遊券から九州周遊券まで全12種類、国鉄無煙化前後を旅した皆さんであれば、このカバーをご覧になっただけで"あの頃"が一気によみがえってくるはずです。旅行会社で購入すると社名の入ったカバーでしたが、国鉄の窓口では「日本国有鉄道」の文字が燦然と輝く(?)カバーが長旅の友となってくれました。しかし、後年はせっかく国鉄窓口で購入してもカバーを付けてくれないことも多く、旅の幕開けからがっかりした経験をお持ちの方も少なくないでしょう。今回は「わが国鉄時代」だけに、全種「日本国有鉄道」のカバーを復刻しております。

「それは、輝きつづける、われらが日々。」
冬の日、コタツに入って国鉄時代にタイムスリップしてみてはいかがでしょう。

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▲厳冬の中野駅。踏切が凍結し、この日の1番列車は9時過ぎになってようやく姿を現した。'81.2.11 P:寺田裕一 (RMライブラリー『南部縦貫鉄道』より)
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12月4日にはいよいよ東北新幹線が全線開業しますが、今月のRMライブラリーはこの開業に合わせて『南部縦貫鉄道』をお届けします。
南部縦貫鉄道は、『レイル・マガジン』本誌でも現役時代に幾度となくご紹介しているので、休止がついこの間のように思い出されますが、休止されたのは1997年5月ですから、もう13年も前のこととなります。当時、新幹線はまだ盛岡までで、野辺地へは「はつかり」乗り換えで十三本木峠を越えていました。そう考えると、時代の変化の速さを感じます。

101119nRML136s.jpg改めて南部縦貫鉄道について簡単にご紹介しますと、七戸を中心に、東北本線が通らなかった旧陸羽街道沿いの街々が鉄道を切望し、資金を出し合って戦後に建設した鉄道です。青森県内で東北本線と旧陸羽街道沿いの街を結ぶ鉄道は、十和田観光電鉄と尻内(現・八戸)~五戸間を結ぶ南部鉄道が戦前に完成していましたが、街と最寄り駅を東西方向で結んだこの2路線とは異なり、南部縦貫鉄道は「縦貫」というその名の通り、千曳から街道沿いに南下するコースを取り、天間林、七戸、そして三本木(十和田市)を結ぶ予定でした。

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▲野辺地駅の「レールバスのりば」へ続く跨線橋通路。この板張りの通路こそ、「縦貫」の玄関だった。'82.2.25 P:寺田裕一 (RMライブラリー『南部縦貫鉄道』より)
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千曳-七戸間の開業は1962(昭和37)年。すでに自動車が普及し、地方私鉄は冬の時代を迎えつつありましたが、その中でこの鉄道建設を後押ししたのが、「むつ製鉄」計画でした。国策会社と三菱グループによって推進されたこの計画は、南部地方で採れる砂鉄を原料に製鉄事業を行うというもので、天間林村の採掘場からむつ市に建設される製鉄所までの砂鉄輸送に南部縦貫鉄道が利用される見込みでした。しかし、安価な鉄鉱石の輸入が始まると、わざわざ砂鉄から製鉄をする意味がなくなり、「むつ製鉄」計画はあえなく頓挫、南部縦貫鉄道には建設による負債だけが残されたのです。

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▲開業時の起点は東北本線と陸羽街道が接する千曳駅だった。左上は縦貫開業から3年後の1965年9月に荻原二郎さんが撮られた、千曳駅での貴重な記録。 (RMライブラリー『南部縦貫鉄道』より)
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とは言え、沿線の街にとっては悲願の鉄道とあって、更正会社として営業を続けられました。1968(昭和43)年の十勝沖地震では大きな被害を受けましたが、近隣の南部鉄道がそのまま廃止されたのとは対照的に復旧を果たし、同時に東北本線の路線変更に伴う野辺地延伸も行われました。そして、いつの頃からか、南部縦貫鉄道が希望の光としていたのが、東北新幹線だったのです。まだ具体的な計画が確定するはるか以前から、新幹線完成の暁には七戸に駅ができ、そうすれば南部縦貫鉄道が十和田湖、下北半島方面への連絡路として活用される...というものでした。地元ではかなり早い段階から「営農大学校付近に駅ができる」と言われており、付近には「新幹線」なる屋号のパチンコ屋まであったのは、ご存知の方も多いかと思います。

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▲1980年冬の記録。当時はまだ、朝ラッシュがあり、続けて到着する2本の列車が野辺地駅で並ぶダイヤであった。 (RMライブラリー『南部縦貫鉄道』より)
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本書は、このような南部縦貫鉄道の沿革を中心に、1970年代から廃止まで、著者の寺田裕一さんが通いつめる中で見聞したことと、多くの写真を交えながら辿るもの。もちろん、その主役たる2輌のレールバスや各駅の解説も収録しています。最初から最後までまさに唯一無二の存在として多くのファンに親しまれた「縦貫」を収めた一冊、是非書架にお揃えください。

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▲縦断面図を見ると、開業時の起点であった西千曳が意外にも一番高い位置にあったことが判る。後平停留場の七戸方に「営林署軌道跨線橋」の標記があるのにも注目。 (RMライブラリー『南部縦貫鉄道』より)
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ところでこの南部縦貫鉄道のレースバスの保存に尽力されている「南部縦貫レールバス愛好会」では、東北新幹線七戸十和田駅開業を記念して、開業初日にあたる12月4日と翌5日に南部縦貫鉄道 旧七戸駅の駅舎公開と機関庫内公開を予定しているそうです。両日とも機関庫からレールバスを出庫させて展示(今回のイベントではレールバスの体験乗車は実施しません)する予定ですが、なんぶん降雪期でもあるため、状況によっては外に出せない可能性もお含みおきくださいとのこと。ただしレースバスが出庫しない場合でも機関庫内の見学は実施される予定です。東北新幹線延伸区間の初乗りにお出でになった際には、ぜひ思い出の南部縦貫鉄道七戸駅を訪ねられてはいかがでしょうか。

南部縦貫鉄道 旧七戸駅の駅舎公開と機関庫内公開
■日時:2010(平成22)年12月4日(土) 13:00〜16:00
                                       12月5日(日) 10:00〜14:00
※時間は変更となる場合がある。
■会場:南部縦貫鉄道 旧七戸駅(青森県上北郡七戸町笊田48-1)
※東北新幹線七戸十和田駅より縦貫タクシーで6分 (七戸十和田駅からのタクシーは、南部縦貫(株)の運行する縦貫タクシーを利用して来場を。)

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足尾歴史館再訪。

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▲「足尾のフォード」と仲良く並んだ「加藤くん」。足尾ガソリン軌道・歴史館線にお貸して2年、今日も元気に走り回っている。'10.11.6
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先日、わたらせ渓谷鐵道を訪れた際(アーカイブ「わたらせ渓谷鐵道の秋」参照)、ひさしぶりに足尾歴史館にうかがいました。長井一雄館長の情熱と、同館理事で自動車修理業を営む町田 洋さんの卓越した技術力によって「足尾のフォード」が奇跡の復活を遂げたのが昨年夏のこと(アーカイブ「復活!足尾のフォード」参照)。実はその後も着々と整備が進んでおり、歴史館前庭に広がるエンドレス「歴史館線」(アーカイブ「ガソリンカー祭に参加」参照)周辺はまさにナロー車輌のワンダーランドの様相を呈してきています。

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▲警笛も増設され、いよいよ絶好調のフォード。小柄ながらAフォード・エンジンのパワーもなかなかのもの。'10.11.6
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とりわけ驚きだったのが、臼井茂信さんの有名な写真「フォード万歳」で知られる"客車"が完成間近だったことです。かねてよりフォードに続いて客車も復活させたいとお話はうかがっていたものの、まさかこれほど早く実現しようとは思ってもみませんでした。お邪魔した時は最終的な塗装仕上げの最中でしたが、今度の日曜日(11月21日)には下記のように完成披露を兼ねた試乗会が開催されるそうです。

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▲お披露目を待つ客車。臼井茂信さん撮影の有名な写真(昭和9年撮影)で広く知られるようになったものがプロトタイプ。P:高橋政士(写真提供:NPO法人 足尾歴史館)
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「足尾のガソリンカー完全復元記念」開催
昨年、アメリカ・フォード社のエンジン搭載のガソリンカーが復元したのに引き続き、当時の旅客用客車の復元がこのほど完了、これで"足尾のガソリンカー"の完全なる復元作業が完成した。これを記念して、NPO法人 足尾歴史館では「復元された客車」の試乗会を11月21日(日)に開催する。
■開催日:2010(平成22)年11月21日(日)
■開催時間:10:00〜16:00
■開催場所:足尾歴史館 野外展示場(足尾ガソリン軌道・歴史館線)
■交通
 わたらせ渓谷鐵道「通洞駅」下車徒歩3分
 JR日光駅・東武日光駅と通洞駅間の日光市営バスもあり
 (1日4往復、片道約40分 要問合 TEL:0288-93-3113 市民課)
■乗車料
 ガソリンカーの乗車は無料。
 ※足尾歴史館の入館は有料
■お願い
 駐車場は限られているので、わたらせ渓谷鐵道か日光市営バスを利用して来場を。
■問合せ先
 NPO法人 足尾歴史館
 〒321-1523
 栃木県日光市足尾町松原2825
 TEL/FAX:0288-93-0189

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▲横浜から救出された「渡辺おじさん」(アーカイブ「古典ガソリン機関車救出作戦」参照)も足尾歴史館にやってきている。フリクション・ドライブの超古典ガソリン機関車で、エンジンもライカミング製の博物館級。'10.11.6
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エンドレスの中央には懐かしい古典ガソリン機関車の姿が。そうです、横浜の加藤組さんが保管されていた「渡辺おじさん」(アーカイブ「古典ガソリン機関車救出作戦」参照)で、2006(平成18)年秋に小誌編集部が縁を取り持ってけいてつ協会に引き渡されたものです。もちろん状態は"救出"された時のままですが、歴史館の技師長役である町田さんはいつの日かこのプリミティブなフリクション・ドライブの機関車を動態に...と抱負を語っておられました。

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▲かつて「むさしの村」で活躍していた協三工業製Bタンクも足尾歴史館にやってきている。'10.11.6
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▲トワイライトゾ~ンが発端となって救出されることとなった森製作所製4t機(左)と向ヶ丘遊園からやってきたバッテリー機関車(右)。レストア作業に入っている森も可動状態となっている。'10.11.6
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このほかにもけいてつ協会が那須で保存していた車輌たちが続々と集結してきており、ナローゲージャーにとって足尾は目が離せない場所となりつつあります。もちろんわが愛機「加藤くん」(アーカイブ「"パリダカ"の増岡さんと足尾・日光のトワイライトゾ~ンを巡る」参照)も元気に走り回っておりますので、ぜひ一度お出でになってみてください。

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▲ひさしぶりに"愛機"のスロットルを握る。機関車そのものは絶好調ながら、しばらく運転していないと、クラッチ操作などぎくしゃくしてどうにも様にならない体たらく。'10.11.6
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6月30日を最後に19年間にわたって活躍を続けてきた「成田エクスプレス」を引退、その動向が注目されていたJR東日本の253系ですが、現在485系・189系で運用されている東武鉄道との直通特急「日光」「きぬがわ」の置き換え用として返り咲くこととなりました。
▲253系リニューアル車の外観イメージ。提供:JR東日本大宮支社
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6輌編成(4M2T)×2本がリニューアル工事のうえ投入され、形式・番代も253系1000番代となります。注目されるのは制御方式で、界磁添加励磁制御からVVVFインバータ方式へと変更されます。編成は普通車のみで構成され、編成定員は290名。世界遺産「日光」と首都圏の奥座敷「鬼怒川温泉」へ向かう観光特急にふさわしい色彩とデザイン、車内設備とされ、車体カラーは「赤」「朱」「黄」が用いられます。この車体カラーの「赤」と「朱」は日光のシンボルである二社一寺や神橋を、「黄」は野山に咲きほこる日光キスゲや美しい紅葉を表現しているそうです(明るい朱色は現在のJR・東武直通カラーを継承)。

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客室内のシートカラーは日光の大自然をイメージし、偶数号車は「青」、奇数号車は「橙」となり、「青」は華厳の滝や中禅寺湖を表し、「橙」はレンゲツツジや紅葉を表しています。このほか、シートピッチが1,020mmから現行485系や東武100系と同じ1,100mmに拡大されるほか、パウダーコーナー(化粧室)が3・4・5号車に、多目的室が2号車に設置され、2号車では車椅子利用の方が使用しやすい動線確保と一部トイレのスペースが拡大される予定です。また、海外からの利用客への情報提供サービスを充実させるために4ヶ国語対応(日本語・英語・韓国語・中国語)の案内放送・車内案内サインが設置され、1・3・4・5・6号車にはベビーカーやゴルフバック等の大型荷物収容スペースも設けられます。
▲2・4・6号車の客室内イメージ(左)と1・3・5号車の客室内イメージ(右)。
提供:JR東日本大宮支社

注目の運転開始は2011(平成23)年4月16日。これは日光に春を告げる「日光弥生祭」に合わせてのデビューだそうです。折しも同じ来春には長野電鉄に移籍した253系2編成(アーカイブ「253系初代N'EXは長野電鉄に」参照)が長野~湯田中間を結ぶ特急として走り始めるはずで、初代空港アクセス特急として親しまれた253系は、今度は観光都市の顔として遠来の外国人をもてなしてくれるはずです。


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JR東海キハ25形登場。

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▲313系0番代Y4編成(右)と並んだキハ25形試運転列車(左)。若干の差異はあるものの、基本的なデザインはほぼ同一である。'10.11.10 名古屋 P:RM(小野雄一郎)
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JR東海の旅客用気動車としては17年ぶりの新形式となるキハ25形が、去る11月10日に日本車両豊川製作所を出場し、豊川~豊橋~関ヶ原~名古屋間で試運転を行いました。
キハ25形は、2008(平成20)年12月に製作がプレス発表されており(「JR東海 新形式気動車キハ25形を導入」参照)、合計10輌が新製され、武豊線に順次投入されることがアナウンスされています。

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▲日本車両豊川製作所を出場し、試運転の折り返し地点で一休みするキハ25形。上がキハ25-1、下がキハ25-102。屋根には0番代、100番代ともに冷房装置を2台ずつ搭載している。武豊線への投入が予定されており、乗降扉の自動開閉ボタンの設置などが設置されている。'10.11.10 関ヶ原 P:RM(小野雄一郎)
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今回出場した編成は、豊橋方よりキハ25-1+キハ25-101+キハ25-2+キハ25-102の4輌で、0番代と100番代とでペアを組みそれぞれP1・P2と編成番号が振られています。
外観は、基本的には313系に準じたものとなっていますが、正面貫通扉上部のライトがないこと、スカートや連結器の形状などが異なる点がポイントといえましょう。また、エンジンの排気管は0番代・100番代ともに妻面から上方に伸びているのも特徴です。車体標記を見ると、0番代の定員は134名、100番代は140名で、0番代にはトイレなどが設置されており、6名分少ないようです。

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▲キハ25-1の前位側従台車C-TR255(左)。後位側の動台車C-DT67の形状もほぼ同一。また、ATS-ST・-PTを搭載し、〔海ナコ〕すなわち名古屋車両区配置となることが読み取れる。キハ25-2の後位を海側より見る(右)。0番代にはトイレおよび車椅子スペースが設置されている。妻面上部に伸びているのが排気管。'10.11.10 豊橋 P:RM(小野雄一郎)
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エンジンは、キヤ97系に搭載しているカミンズ・エンジン(C-DMF14HZC)に似ており、標記によれば、台車は前位側が従台車C-TR255、後位側が動台車C-DT67となっています。取材に出向いた小野君の感想では、エンジン音は従来のDMF14系列エンジンと比較して幾分か高音が抑えられ、アイドリング時はやや静かな印象だったとのことです。

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▲キハ25-102を屋根上から見る。313系の屋根と基本的な配置は同じようだ。'10.11.10 関ヶ原 P:RM(小野雄一郎)
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残念ながらブラインドが降ろされていたため車内の全容は伺えませんでしたが、垣間見えた感じや窓配置などから、313系に準じた配置となっていると推測されます。
ひさしぶりの新製気動車となる同車の詳細については、JR東海からのより詳しい発表を待ちたいと思います。


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▲JR東日本本社15階に特別に誂えられたE5系「グランクラス」の実物シート。シート地には本革が用いられている。'10.11.15
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来年3月5日の運転開始が発表されたばかりの東北新幹線E5系「はやぶさ」ですが、注目の「グランクラス」(GranClass)の実物の座席とそのサービス内容が明らかになりました。

101115n3180.jpg本日午後、東京・新宿のJR東日本本社ビル15階「東雲」で行われた報道公開では、会場に実際の「グランクラス」用シートが設けられ、さらにはフリーサービスされる軽食の試食も行われました。これまでにもたびたびご紹介してまいりましたが、E5系「はやぶさ」の10号車に設けられる「グランクラス」は、これまでのグリーン車をさらにアップグレードした、航空機で言うところのファーストクラスに相当する国内初のカテゴリです。かつての3等級制(イ=1等、ロ=2等、ハ=3等)時代の「イ」の復活とも言えるだけに、報道公開にもJR東日本のただならぬ意気込みが溢れておりました。
▲満を持して「グランクラス」の記者発表に臨むJR東日本の原口 宰取締役営業部長。'10.11.15
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▲「グランクラス」には専任のアテンダントが乗務して各種の車内サービスに応えてくれる。'10.11.15

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▲シートメーカーとして世界的に知られるレカロと日立、それにJR東日本のコラボレーションによって実現したバックシェルタイプのシート。リクライニング角は最大45°となっている。 (JR東日本提供)
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シートはスポーツカーのシート等でも世界的に知られるレカロ(ドイツ)と日立、それにJR東日本の3者がコラボレートした本革製のバックシェルタイプで、定員18名というプリビレッジな空間にふさわしく、隣席とのパーテーションやダイニングテーブル、カクテルトレイなど、およそ考えられるすべてのコンフォタブル機能が盛り込まれています。敷き詰められた絨毯もウールの高級感溢れるもので、発表によれば従来のグリーン車室内より2デシベル程度静粛性を増しているとのことです。もちろん新青森方先頭の10号車に設定されているため、通り抜けによる騒音もありません。ちなみにこの「グランクラス」車輌、内装だけで1輌あたり1億円前後が掛かっているそうです。

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▲「グランクラス」利用者はお好みの時間に軽食などの車内サービスを受けられる。発表会会場には和軽食・洋軽食の実物が展示されたほか、試食用のミニサンプルも提供された。'10.11.15
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▲和軽食(上段)は東京発には青森の食材を使ったもの、新青森発には東京の味覚と、上下列車で別メニューとなる。また洋軽食も春夏と秋冬の2種類が用意される。 (JR東日本提供)
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内装もさることながら、注目なのが専任アテンダントによるさまざまな車内サービスです。座席肘掛に組み込まれているアテンダントコールボタンで専任アテンダントを呼び、10種類以上の各種ドリンクをはじめ、軽食もオーダーすることができます。もちろんこれらはすべてグランクラス料金に含まれていてフリー。しかも軽食を含めて随時オーダーすることができるというから驚きです。

101115n7909.jpg軽食は和軽食と洋軽食の2パターンが用意され、しかも和軽食の場合は下り新青森行きが青森の食材を使ったもの、上り東京行きが東京ならではのメニューと、上下列車で別の献立が誂えられます。洋軽食も春夏と秋冬でメニューが入れ替えられる予定で、リピーターにとっても大きな楽しみとなるに違いありません。また、車内でより一層リラックスできるように専用のスリッパ、アイマスク、ブランケットが用意されており、前2者はお持ち帰りも可能とのことで、ひょっとするとコレクタブルアイテムになるかも知れません。
▲グランクラスで提供されるさまざまなアメニティーグッズ。 (JR東日本提供)
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本日の発表ではこのE5系は320㎞/h運転を開始する2012年度末までには合計24編成が新製される予定で、「グランクラス」とともにわが国を代表する新幹線車輌となること間違いありません。ちなみに、現在放映されているテレビCM(8作中の6作目「敬礼編」が放映中)とは別に、新年からはこのグランクラスのTVCMが流されるそうで、果たしてどんな内容となるのか、こちらも今から楽しみです。

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▲グランクラスのインテリアとさまざまなサービス。 (JR東日本提供)
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▲「はやぶさ」に就役するE5系。8M2Tの10輌編成で車体はアルミニウム合金製。'09.6.17 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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いよいよ3週間後に迫った東北新幹線新青森開業ですが、昨日、最速となるE5系「はやぶさ」の運転開始日、および料金体系(申請中)が正式に発表されました。

091211hachinohemap.jpg「はやぶさ」の運転開始は来年2011(平成23)年3月5日(土曜日)。一日の運転本数・区間は、東京―新青森間2往復、東京―仙台間1往復。宇都宮―新青森間で国内最高速度300km/hでの運転を開始します。また、これにより東京―新青森間の最短到達時間は3時間10分となり、12月4日以降に運転される「はやて」に比べて下りで13分、上りで10分短縮されることになります。
▲東北新幹線新青森開業時の八戸~青森間概略図 (編集部作成)
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なお、「はやぶさ」の運転開始により、3月5日から一部「はやて」の運転区間が変更されます。「はやて12号」は始発駅が新青森から盛岡に、「はやて36号」は始発駅が盛岡から新青森に変更となります(「はやて36号」の新青森―盛岡間は、12月4日~3月4日まで臨時列車として毎日運転)。
■「はやぶさ」運転時刻
【下り】
「はやぶさ1号」
 東京 8:12→大宮 8:37→仙台 9:48~9:50→盛岡10:32~10:33→新青森11:22
「はやぶさ3号」
 東京 9:36→大宮10:01→仙台11:12~11:14→盛岡11:56~11:57→新青森12:46
「はやぶさ5号」
 東京21:36→大宮22:01→仙台23:12
【上り】
「はやぶさ2号」
 仙台 6:25→大宮 7:35→東京8:00
「はやぶさ4号」
 新青森 6:10→八戸 6:34→盛岡 7:03~7:04→仙台 7:47~7:49→大宮 8:59→東京 9:24
「はやぶさ6号」
 新青森18:14→盛岡19:03~19:04→仙台19:47~19:49→大宮20:59→東京21:24

「はやぶさ」の指定席特急料金(大人・通常期)は、東京―仙台間が5,110円で現行「はやて」等利用より+300円。東京―新青森間が7,000円で12月4日以降の「はやて」より+500円となります。

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▲ 「はやぶさ」の主な区間の指定席特急料金の認可申請額(大人・通常期)と、「グランクラス」の主な区間の料金(大人)。 (JR東日本提供)
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▲ 「グランクラス」の料金(大人・こども同額)。 (JR東日本提供)
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▲「グランクラス」の車内イメージ。フル規格の新幹線車輌としては初の3列座席となる。 (JR東日本提供)
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▲リクライニング角度の大きい背もたれ、座面、レッグレスト、フットレストの連動による快適な座り心地を追求した「グランクラス」シート。 (JR東日本提供)
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そして何よりも注目なのは「はやぶさ」のデビューとともにサービス開始となる新グレード「グランクラス」(GranClass)の料金体系でしょう。ずばりその料金は東京―仙台間で9,000円、東京―新青森間で10,000円となり、グリーン車料金よりも2~2.25倍。これにより「グランクラス」を東京―仙台間で利用した場合は、総額(運賃・特急料金・「グランクラス」の料金の合算)19,380円、同じく東京―新青森間で利用した場合は総額26,360円ということになります。なお「グランクラス」、グリーン車を利用する場合は特急料金が通常期の指定席特急料金から510円引きした額となるほか、東京―大宮間及び盛岡―新青森間の各駅相互間の指定席特急料金は「はやて」等と同額となります。さらに、盛岡―新青森間は全車指定席列車のみとなることから、同区間内のみを利用する場合は、「はやて」と同額の特定特急券が設定される予定です。

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▲E5系の新技術の概要。 (JR東日本提供)
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わたらせ渓谷鐵道の秋。

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▲見事に晴れわたった一日が終わろうとしている。紅葉狩りの観光客を満載した9722レ「トロッコわたらせ渓谷号」が水面にその姿を映じながら大間々へと下ってゆく。'10.11.6 神戸-小中
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先週末は、鉄道写真家の荒川好夫さんらに誘われて、紅葉のわたらせ渓谷鐵道へ行ってまいりました。前回"わた渓"を訪ねてから早いもので一年が経過してしまっており(アーカイブ「わたらせ渓谷鐵道トロッコ列車に乗る」参照)、ふたたび爽やかな秋空の下を足尾へと向かうこととなりました。

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▲神戸駅に到着する717D。ハイシーズンとあって一般列車も満員状態の盛況ぶり。'10.11.6 神戸
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▲美しく整備され、古き佳き木造駅舎の味わいを現代に伝えてくれる神戸駅。ここから「トロッコわたらせ渓谷号」に乗降する団体客も多い。ちなみに私にとって、この神戸(当時は神土)駅を最初に訪れてから今年で40年となる(アーカイブ「C12重連、一度きりの邂逅」参照)。'10.11.6 神戸
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11月も6日とあって沿線はさぞや見事な紅葉と思いきや、草木ダムから下流側はまだまだ色づきはじめで、少々肩すかしを食った感じです。地元の方にうかがうと、夏の高温や初秋の長雨の影響もあってか、今年の紅葉は例年よりかなり遅れているそうで、そればかりか色づく前に茶色く枯れ落ちてしまうものさえあるとのこと。おそらく今週末、もしくは来週あたりがピークとなるのでしょうが、果たして目の覚めるような艶やかさとなるものかどうか気がかりではあります。

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▲渡良瀬川の渓流に寄り添うように足尾を目指す9717レ「トロッコわたらせ渓谷号」。オープンエアの客車はさぞや気持ち良かろう。'10.11.6 神戸-小中
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このシーズン大人気なのがDE10が牽く「トロッコわたらせ渓谷号」です。4輌編成の専用客車「わ99形」の中間2輌(5070「やませみ」・5020「かわせみ」)は窓のない開放型客車となっており、オープンエアーの醍醐味を満喫することができます。また、昨年乗車した際には見られなかったアテンダントも乗務、沿線38施設が登録文化財となった同鉄道の見どころなどを案内してくれています。

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▲繁忙期の一日の任務を終えた「トロッコわたらせ渓谷号」のDE10 1537(左)。窓のない「わ99形」(5070・5020)は専用のシートで覆われて次の出番を待つ(右)。'10.11.6 大間々
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ところで神戸駅に降り立って驚いたのは、駅前にずらりと並んだ大型観光バスです。どうやらバスで神戸までやってきてトロッコ列車に区間乗車する、もしくはその逆の団体客のようで、一時的とはいえ、駅前は一大観光地の様相を呈します。この賑わいは、放映中のアサヒビール(クリアアサヒ)のテレビCMに見事な紅葉の中を行くわたらせ渓谷鐵道が登場するのが大きな後押しとなっているようです。
ちなみに、"わた渓"では先月からはホームページ上でトロッコ列車の空席状況を見られるサービスを開始したほか、沿線の紅葉も動画を交えてリアルタイムに配信していますので、お出でになる際はご参考になさってはいかがでしょうか。


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▲DR標記の客車971-214。屋根上に「ひもブレーキ」のワイヤーとホイールが見える。資料によれば本車は1905(明治38)年Beuchelt製で、現在では模型製品化もされている。'10.9.19 Putbus (再掲)
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小ブログをご覧になられた海外鉄道研究会会員で、ドイツの蒸気機関車にたいへん造詣の深い清水昭一さんから興味深いご指摘をいただきましたので、さっそくご紹介いたしましょう。

先日の編集長敬白「北ドイツのナローを巡る。(5)」の下から2番目に載っている客車の写真に注目しました。屋根の上に滑車とロープが写っています。これはかつてドイツで使われていた「Seilbremse」または「Heberleinbremse」と呼ばれるブレーキシステムの名残です。最後にこのシステムが使われていたのは、東ドイツ時代のオシャッツからでていた貨物線で、マイヤー形機関車の活躍で知られていた路線です。現在保存鉄道として残っているこの路線でもSeilbremseはすっかり撤去されたようです。

101110Seilbremse.jpg近年見た写真ではこのリューゲン島に残っているくらいかも知れません。
このブレーキシステムは、地方ローカル線や狭軌鉄道用に作られたもので、空気ブレーキや真空ブレーキの貫通管の代りに列車全体にロープを渡し、それを引っ張ったり緩めたりして操作します。そのために機関車にはロープを巻き取るウインチがつきます。列車が分離したりしてロープが切れるとブレーキが掛かるフェイルセーフにもなっています。動作については図版を見て下さい。付け加えますと以前調べた時、HEBERLEINが1852年または1872年に発明または導入したもので、Seilbahnが索道と訳されることに従えば「索ブレーキ」と言うことになります。このユニークなシステムを私は親しみも込めて「ひもブレーキ」と呼んでいます。同様のシステムはイギリスなどでも考案されたようです。ドイツでもこのシステムは動態保存されていないようですが、一度は実際に見てみたいと思っています。
▲「LEXIKON DER EISENBAHN 1978」に見るSeilbremseの作動図解。上図(a)が緩解状態、下図(b)が制動状態。提供:清水昭一
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清水さんありがとうございました。あらためて写真を見直してみましたが、撮影した客貨車の中には廃車体を含めてこの「ひもブレーキ」を装備している車輌は他に見当たりませんでした。まさに後の祭りですが、ディテールまで撮り込んでおけばと反省しきりです。

※本記事をご覧になったベルリン在住の木村右史さんから補足情報を頂戴いたしました。
「ザクセンのナロー各鉄道には結構な数のへーバーラインブレーキ付き客車が保存されています。特に Pressnitztalbahnでは動態保存車として年に何度か実際に運用に就いているとのことです。バキューム、または空気ブレーキに比べ効きが遅いので、運転者には特別な実習を課しているそうです。」


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第7回:リューゲン島に生きる。(下)

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▲上り列車を牽く99 1784。後ろに続く客車と比べるとその巨体ぶりがよくわかる。'10.9.19 Posewald
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ローランド(Rugensche BaderBahn"Rasender Roland" )の大きな魅力はその車輌のバラエティーの豊かさにあります。プットブスのヤードには、まるで100年前に戻ったかのような古典客車や貨車がいたるところに並べられており、さながら博物館のような様相を呈しています。

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▲99 1784のプロフィール。ローランド最大の1E1タンク機で、運転整備重量はなんと58t、565PS。1953(昭和28)年カール・マルクス機関車工場製で2輌在籍している。それにしても全長11mを超える5軸はゲルスドルフだけで曲線対応しているのだろうか...。'10.9.19 Gohren
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そして蒸気機関車も実に多種多様で、レストア待ちなのか静態保存機なのかは定かでないものの、現認しただけでも十数輌が構内に置かれています。もちろん実際に稼働状態にあるものは限られており、主力は戦後1953(昭和28)年カール・マルクス製の巨大な1E1タンク機99 1782と99 1784の2輌と、ひとまわり小ぶりなコッペル製Dタンク機99 4011の3輌。このほかに99 4632と99 4633を戦前の姿に復元した52Mhと53Mhがグリーンに塗られて待機していますが、残念ながら訪問時には火が入っていませんでした。

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▲99 4011は1931(昭和6)年コッペル製のDタンク機。この日も99 1784とともに本務機として活躍していた。'10.9.19 Putbus
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▲グリーンの車体が美しい52Mhは1914(大正3)年バルカン製のDタンク。復元前は99 4632を名乗っていた。'10.9.19 Putbus
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この52Mhと53Mhはほぼ同形のように見えますが、資料によれば前者は1914(大正3)年、後者は1925(大正14)年製と十年以上も製造年次に開きがあり、自重も出力も後者の方が大きいようです。2003(平成15)年にグリーンに塗り替えられ、標記もDR形式から戦前のRuKB形式に変更されたとのことで、願わくば本機の走行シーンを見たかったものです。

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▲創業期から在籍しているというオープンデッキの荷物緩急車。ホイールベースが意外なほどに長い。'10.9.19 Putbus
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▲そのまま模型にでもしたくなるような二重屋根のボギー客車。車高がかなり低く、特徴的な台車を履いている。'10.9.19 Putbus
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▲本線脇の側線にはストックされている蒸機や事業用車が詰め込まれている。なかにはマイヤーの姿も...。'10.9.19 Putbus
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▲DR標記のままの古典貨車たち。貨物営業は1967(昭和42)年に廃止されたと聞くが、プットブス構内には数多くの貨車が留置されている。'10.9.19 Putbus
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▲いかにもナロー的な除雪車2題。右の鉄火面のようなプラウはどうやら内燃機関を搭載していて自走するらしい。'10.9.19 Putbus
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客貨車については資料も持ち合わせておらず、ただただ唖然として眺めるばかりでしたが、とにかく生きた博物館とでも言いましょうか、車齢100年近い木造客貨車がそこかしこに留置されています。中には木部が腐り落ちて原形を留めないものも散見されましたが、これまた観光鉄道にはない現役感を醸し出しており、ローランドの魅力をより一層深めているようにも思えます。

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▲晩秋の一日が終わろうとしている。リューゲン島はこれから厳しい冬を迎え、運転本数も一日6往復となる。'10.9.19 Seelvits
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わずか一日の滞在ではありましたが、ドイツ最北の蒸機ナローは、DR時代の面影を色濃く残す実に魅力的な路線でした。沿線ロケーションをようやく理解しかけたところで去らねばならないのは残念ではありましたが、いつの日か再訪を期してリューゲン島を後にしたのでした。


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第6回:リューゲン島に生きる。(中)

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▲ゲーレンを発車、森の中を力行する上り列車。先頭に立つのは戦後カール・マルクス機関車工場と改名したかつてのコッペル、1953(昭和28)年製の99 1782。'10.9.19 Gohren−Philippshagen
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リゾート地として知られるリューゲン島の中でもとりわけ風光明媚とされる東海岸付近を走るRugensche BaderBahn"Rasender Roland"通称ローランドだけに、さぞや海沿いの車窓を満喫できるかと思いきや、期待に反して車内から海を眺望できる区間はまったくありません。正確にはDRとの3線区間の終点・Lauterbach Mole(ローターバッハ・モール)のホームが港の横に位置していますが、ローランド本来の750㎜区間には"海"を感じさせるエリアはまったくないのが少々残念ではあります。

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▲ローランドの機関車はすべて起点のプットブスに向いており、下り列車は逆機牽引となる。'10.9.19 Sellin Ost−Baabe
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起点のPutbusを出た列車は、DR線を左に見ながら大きくカーブをきり、すぐに荒涼とした平地の真ん中を進みます。一部区間では道路が並行するものの、随一の撮影地でもあるSeelvitz付近には農道くらいしかアプローチできる道もなく、とてもリゾート地とは思えない見渡す限りの茫洋とした光景が広がります。しかもこのSeelvitz駅は、駅というよりも交換所といった趣で、簡単な待合室がある以外、付近にはまったく建物も見当たりません。

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▲上下列車はここSellin Ostで交換する。観光客ばかりでなく、地元の利用者の姿も多い。'10.9.19 Sellin Ost
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▲終点のゲーレンはビンツとともに沿線屈指のリゾート地。とはいえ、メインストリートと思しき繁華街は驚くほどささやで、決して賑わっているようには見えない。'10.9.19 Gohren
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しばらく丘陵地帯を走った線路は東海岸随一のリゾート地Binz(ビンツ)を経て今度は森の中へ。この付近もほとんど並行道路がなく、人家も見当たりません。Sellin付近からようやく街中に入り、ショッピングモールなどを横目に道路と並行して終点のGohrenを目指します。Gohren駅は海岸から小高い山を越えた内陸側に位置し、コーストサイドの市街地へ行くには駅前から急な坂道を登って行かねばなりません。すでに9月も後半とあって、瀟洒なメインストリートにも観光客はまばらで、これから長く厳しい冬をどうやって凌いでゆくのだろうと、思わず心配になってしまいます。

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▲最もポピュラーな一般客車の室内。2+1配置のクロスシートはビニール張りの簡素なもの。極寒の地だけに各車にストーブが設けられている。'10.9.19 Gohren
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シーズン期間中(2010年は5月13日~10月3日)の運転はPutbus~Gohren間が7往復(うち5往復は3線区間をLauterbach Moleまで延長運転)、Binz~Gohren間の区間運転が6往復と、Putbus~Gohren間ではほぼ2時間ヘッド、Binz~Gohren間ではほぼ1時間ヘッドと、かなりの列車頻度となっています。

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▲交換する上下列車。各列車の上り方には自転車積載用の荷物車が連結されている。'10.9.19 Sellin Ost
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全線の所要時間は1時間15分ほど(Putbus~Gohren間)。もちろん観光客が主体ではありますが、地元の利用客もおり、ことに夏場(5月29日~8月28日)はGohrenの最終列車到着が23時28分と、とても観光路線とは思えないダイヤが組まれています。


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第5回:リューゲン島に生きる。(上)

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▲リゾート地と聞いたものの、沿線には寂寞とした光景が広がる。黄昏の中、掠れたような独特の汽笛が響き渡る。'10.9.19 Seelvits
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ドイツ国内に残る旧東独国鉄系蒸機ナロー各線のなかで、北ドイツ・リューゲン島内に26㎞ほどの路線を持つRugensche BaderBahn"Rasender Roland"通称ローランドほどアプローチしにくいところもありません。列車の場合、本土側の一番近い主要都市Rostockからでも約2時間、ハンブルクやベルリンからだと日帰りで乗車・撮影を楽しむのはほぼ困難と言ってよいでしょう。

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▲早朝、Putbusの機関区を出区してゆく99 4011(右)。左に並んでいるグリーンの2輌は52Mhと53Mhで、1925(大正14)年バルカン製のDタンク機。'10.9.19 Putbus
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そんな決して足の便が良いとはいえないリューゲン島だからこそ、他の路線と比べて旧東ドイツ国鉄(DR)時代の面影を色濃く残しており、先にご紹介したバート・ドーベラン以上に日常風景の中をゆく蒸機ナローを見ることができます。

101105n0064.jpgリューゲン島はバルト海に浮かぶドイツ最大の島ですが、18世紀まではスウェーデンとの間で領有権が二転三転しており、現在でもスウェーデン、デンマークとは国際フェリーで緊密につながっています。逆にドイツ本土とはStralsund(シュトラールズント)との間の海峡橋で鉄道・道路ともに結ばれているものの、高速道路橋が完成したのは比較的近年で、それまではクルマで渡るにも不便な島だったようです。
▲これが機関区の入口。左の煉瓦庫が検修設備となっている。'10.9.19 Putbus
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▲島内路線図。太線部が現存の750㎜区間で、Putbus~Lauterbach間は標準軌とのデュアルゲージとなっている。破線部はかつての750㎜区間で、Wittower~Fahrhof間は航送連絡となっていた。これらはほとんどが1960年代後半に廃止されている。
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そんなリューゲン島に750㎜軌間の軽便鉄道が初めて開通したのは1895(明治28)年のこと。現在でも機関区など主要設備のあるPutbus(プットブス)とBinz(ビンツ)の間10㎞ほどでスタートしたこの750㎜ゲージ軌道は、その後島内に路線網を伸ばし続け、最盛期には航路を含めて100㎞近い大ナローゲージ網をかたち作ることになります。

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▲Putbus駅構内は標準軌と750㎜が複雑に入り組んでおり、このようなクロッシングも見られる。'10.9.19 Putbus
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▲左はトランスポーター・ワゴンと思われる車輌。右は750㎜用のリレーラー。'10.9.19 Putbus
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▲現存する他のナロー路線に比して車輌の近代化が遅れている、つまりは旧来の車輌が数多く残されているのもリューゲン島の魅力。いまだにDR(東ドイツ国鉄)標記の客貨車も数多くみられる。'10.9.19 Putbus
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しかし1960年代に入ると次々と路線が短縮され、結局Putbus~Gohren(ゲーレン)間24㎞のみが残されることとなります。東西ドイツ統一後、1996(平成8)年に民営化、1999(平成11)年5月にはPutbusから港のあるLauterbach(ローターバッハ)まで2.6㎞のDR線上に3線区間を設けて、総延長26㎞あまりの現在の路線形態となりました。

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▲小気味よいブラスト音を響かせて上り列車の先頭に立つ99 4011。1931(昭和6)年コッペル製のDタンク機。'10.9.19 Sellin Ost
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生まれ変わる大阪駅。

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▲新大阪方から見た大阪駅の現状。左は増床工事が進められているアクティ大阪で「SOUTH GATE BUILDING」に生まれ変わる。右は「NORTH GATE BUILDING」で、旧11番線の撤去用地も利用して建設が進められている。'10.10.26 P:高間恒雄
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JR西日本の大阪駅が大きく変貌を遂げようとしています。梅田貨物駅地区の再開発に先行して進められているこの大プロジェクトは、駅南北の巨大な複合施設ビルをつなぐかたちで駅全体を覆うドームを設けるもので、完成すると、ヨーロッパのターミナルに見られるような、ホームに発着する列車を眼下に見られる本邦初の空間が出現します。

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▲東側上空から見た完成予想図(上)。駅全体は大きなドームで覆われ、ホーム上屋は両端を残して撤去される(下)。提供:JR西日本
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アクティ大阪は増床工事を経て「SOUTH GATE BUILDING」に生まれ変わり、いっぽう北側には新北ビル「NORTH GATE BUILDING」が建築中で、来春には両者を合わせた「OSAKA STATION CITY」がグランドオープンする予定です。

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▲低層棟屋上に設けられる予定の「天空の農園」からの眺望。梅田貨物駅が一望できるが、現在「大阪駅北地区開発計画」が進められており、数年後にはこの眺めも激変するはず。'10.10.26 P:高間恒雄
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注目なのはこの「SOUTH GATE BUILDING」と「NORTH GATE BUILDING」を結ぶ巨大なドーム下の5階部分に設けられる「時空(とき)の広場」で、ホーム階をさながらジオラマでも見るかのように一望に見渡すことができるようになります。その下の2階部分には南北をまたぐ連絡通路が新設され、その中央には橋上改札が設置されますが、この南北連絡通路は一足先に先日11月1日より供用が始まっています。

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▲駅構内がさながらジオラマのように眺められる「時空の広場」から見上げたドーム。'10.10.26 P:高間恒雄
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▲工事たけなわの「NORTH GATE BUILDING」の専門店ゾーン(左)と「時空の広場」(右)。背後は大幅に増床されるJR大阪三越伊勢丹百貨店。'10.10.26 P:高間恒雄
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「NORTH GATE BUILDING」は約150mの高さの高層棟(14~28階)と、約78mの高さの低層棟(B3~13階)からなり、低層棟の屋上には「天空の農園」と名付けられた"畑"が設けられるそうです。ゆくゆくは野菜畑・果樹・茶畑・ハーブ、さらには水田として活用され、駅利用者の癒しの場としてもその効用が期待されています。

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▲一足早く11月1日から使用が開始された線路上空の南北連絡通路。工事完了時には橋上駅舎が新設される。'10.11.1 P:高間恒雄
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▲南北連絡通路からホームを見る。手前のホーム上屋は撤去される予定で、完成の暁には広々とした空間が生まれる。'10.10.26 P:高間恒雄
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この「NORTH GATE BUILDING」最上階の28階には大阪を一望できる展望レストランがオープンするほか、「OSAKA STATION CITY」全体としては実に8か所ものさまざまな広場が設けられる計画で、グランドオープンの暁には、京阪神はもとより、わが国を代表する駅施設として内外の注目の的となるはずです。

取材協力・資料提供:JR西日本


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▲姫路文学館北館二階の特別展示室で開催されている特別展「鉄道と旅と文学と」の会場。文学...とばかり思って入場すると、驚くべき貴重な史料の山。'10.10.31
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先週小ブログでご紹介した(→こちら)兵庫県姫路市の姫路文学館で開催中の『鉄道と旅と文学と』展にうかがってまいりました。10月31日(日曜日)に宇田賢吉さんとのトークショーが企画されており、特別展開幕からちょうど一か月経っての遅ればせながらの見学ですが、はっきり言って驚き入りました。タイトルがタイトルだけに、鉄道、それもハードに関する展示はとりたてて期待していなかったのですが、実際に展示室に入ると立ちすくむばかりの貴重な展示品の山。掛け値なくこれはもう必見です。

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▲姫路文学館は建築家・安藤忠雄氏の設計による近代的な建物(左)だが、敷地内には姫路の実業家浜本家の別邸だった「望景亭」(右/登録有形文化財)もあり、今回の特別展では公募された鉄道写真の展示会場としても活用されている。'10.10.31
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主催する姫路文学館でも当初は「文学」と「鉄道」をどう結びつけ、それを視覚的に展示してゆくのかさまざまな議論があったようですが、地元のファンの皆さんが組織する「姫路鉄道文学会」が一年以上をかけてその準備をサポート、今回の専門博物館にも比肩できる充実した展示内容を実現したとのことです。

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▲「鉄道と旅」を代表する作家として内田百閒の遺稿なども展示されている。また、宮脇俊三「最長片道切符」の原稿や実際の切符なども目にすることができる。'10.10.31
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▲三浦綾子「塩狩峠」や志賀直哉「網走まで」といった鉄道をモチーフとした文学作品がそれぞれ鉄道模型のジオラマをともなって紹介されている。ジオラマの製作は「姫路鉄道文学会」のメンバー・折山大士さん。'10.10.31
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もちろん館の趣旨からしてまず「文学」ありですが、内田百閒、宮脇俊三といったいわば鉄道寄りの作家紹介はもちろんのことながら、三浦綾子「塩狩峠」、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、芥川龍之介「トロッコ」、宮本百合子「播州平野」といった作品紹介にはことごとく作中のシーンを再現した鉄道模型ジオラマが添えられており、よりビジュアルにその作品世界を感じ取ることができます。恐らくこのような試みは本邦初と思われますが、このジオラマ自体、「姫路鉄道文学会」のメンバー・折山大士さんが本特別展を目指してお一人でこつこつと作り続けられたものだそうで、これまた頭が下がります。

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▲C62 2号機のデフレクターの"つばめ"。レプリカか...と思いきや、何と1957(昭和32)年1月に宮原機関区から小樽築港機関区に甲種回送された際に同送された"予備品"だというから驚き。'10.10.31
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そして特別展示室に入って思わず固まってしまったのが蒸気機関車、とりわけC62形関連の展示です。2号機右デフレクターの"つばめ"予備品をはじめ、小樽築港機関区に所属したC62の機関車履歴簿原本の数々には、まさに"立ちすくむ"思いです。現在も保存されている2号機、3号機を除けば、末期の樽築にいたC62では15号機のものが見られないくらいで、ほぼすべてがこの姫路文学館に集結していると言っても過言ではありません。

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▲これまた凍りつくような逸品、C62 32号機の機関車履歴簿原本。恐ろしい(?)ことに、この展示ケースの中にはC62 16、C62 27、C62 32、C62 44と、「まりも」「ていね」「ニセコ」時代を飾った小樽築港のC62たちの履歴簿原本が惜しげもなく展示されている。'10.10.31
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▲C60 13、C61 14、C62 3、C62 47といったナンバープレートの姿も(左)。右はC62関連の展示ケースで、中にはC62 3号機の試運転時の機関士用時刻表(実物)なども...。'10.10.31
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▲こちらはC58 179やD51 1061といった新見区で活躍した機関車のナンバープレート。手前はC58 31(左)とC58 426(右)の機関車履歴簿原本。C58 31の方は「故障及習性」のページが開かれており思わず見入ってしまう。'10.10.31
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もちろん地元の鉄道史料も数多く展示されており、近郊の別府鉄道や、果ては明延鉱山の一円電車に至るまで私鉄・専用線関連の展示も抜かりなく行われています。また、浅草を舞台にしたジオラマ映画「ゆめまち観音」に使用されたジオラマの一部も展示されており、浅草界隈の賑わいが凝縮されたファンタジーの世界を垣間見ることもできます。

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▲浅草を舞台にしたジオラマ映画「ゆめまち観音」に使用されたジオラマも展示されている。写真は「夢町楽天地」(山本高樹作・江戸ネット所蔵)'10.10.31
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もうひとつ興味深かったのがマッチ箱に描かれた「鉄道」です。かつて姫路は全国のマッチの7割以上を生産していたそうで、当然ながら様々なマッチ箱が作られてきました。その中から今回は鉄道を箱絵としたものが展示されていますが、さすが本家本元、その数や尋常ではありません。時代を如実に反映した箱絵に見入っていると時間の経つのを忘れてしまいそうです。

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▲かつて姫路は全国の生産量の7割以上を占めるマッチの産地だった。それだけに鉄道に関係するマッチも多く、会場内に設けられた小部屋では鉄道と旅にまつわるおびただしい数のマッチ箱が展示されている。'10.10.31
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さて、おかげざまで宇田賢吉さんとのトークショー「仕事としての鉄道 趣味としての鉄道」も大盛況のうちに幕を閉じることができました。羽川英樹アナウンサーの絶妙な司会のもと、宇田さんからは数々の秘話も飛び出してあっという間の楽しい時間でした。

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▲31日午後には宇田賢吉さんと私のトークショーも開催された。司会はアナウンサーの羽川英樹さん。250席は満席となってご清聴いただいた。'10.10.31 P:田路和男
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この姫路文学館の特別展『鉄道と旅と文学と』は11月28日までの開催。まだまだチャンスがございますので、ぜひともご覧になられることをお勧めします。それと、最後になりましたがたいへん嬉しく感じたのが特別展示室の各所に見かけた小さなカードです。
曰く、「出店者の方々のご好意により、特別に写真撮影していただけます。皆さまのHPやブログなどで、ご紹介いただけますと幸いです」。

■開催期間:2010(平成22)年10月1日(金)~11月28日(日)10:00~17:00(入館は16:30まで)
※休館日:毎週月曜日と10月12日、11月4日、11月24日
※10月11日、11月3日、11月23日は開館
■開催場所:姫路文学館(姫路市山野井84番地)
TEL:079-293-8228
■交通
○JR・山陽電車姫路駅前から神姫バス11・12番系統に乗車約7分、「市之橋・文学館前」
下車、北へ徒歩3分。
○土・日・祝日は城周辺観光ループバスも運行。「清水橋・文学館前」下車、西へ徒歩3分
■観覧料
一般:500円、大学・高校生:300円、中学・小学生:200円
※20名以上の団体は2割引、常設展との共通券で2割引
※ICOCA提示で2割引
※PiTaPa、スルッとKANSAI対応の磁気カード、山陽電車の1dayチケット提示で2割引
■主催:姫路文学館
■協力:姫路鉄道文学会
■後援:朝日新聞社・神戸新聞社・産経新聞社・毎日新聞姫路支局・読売新聞姫路支局・NHK神戸放送局
■協賛:網干自動車教習所・(株)江戸ネット・山陽電気鉄道(株)・(社)日本燐寸工業会・神姫バス(株)

●詳しくはこちら(姫路観光コンベンションビューロー ウェブサイト内)
http://www.himeji-kanko.jp/index.php/Events/View/EventsID/412/
●姫路観光コンベンションビューロー ウェブサイト
http://www.himeji-kanko.jp/
●姫路文学館 ウェブサイト
http://www.city.himeji.lg.jp/bungaku/


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▲日本鉄道模型ショウへの「行きがけの駄賃」とばかりに始めた京急蒲田駅の定点観測も3年目。変貌著しい日々はまさに定点撮影にうってつけだ。ちなみに空港線蒲田~大鳥居間1.3㎞の高架化完成は平成25年度の予定。'10.10.30/ '09.10.24/'08.11.1
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先週末の10月30日~31日、東京・蒲田の大田区産業プラザPIOで、日本鉄道模型連合会(JMRA)主催の「日本鉄道模型ショウ」が開催されました。今年で31回目を迎えるこのイベントは、16番を中心にかなりマニアックなメーカーやショップが集うことですっかりお馴染みです。

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▲台風14号の接近で大荒れの天気にも関わらず来場者は引きも切らず、会場内は終日熱気に包まれていた。'10.10.30
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あいにく30日(土曜日)には季節外れの台風14号が接近、大荒れの天候が予想されましたが、さすがにコアなモデラーの皆さんにとっては台風ごとき何のその...開場前からたいへんな熱気に包まれておりました。いっぽう私はというと、毎年京急蒲田駅から会場へ向かう途中の歩道橋から空港線の定点撮影を行っており、この日も前年に撮影したプリントを片手に一年ぶりの定位置へ。ところが、A4普通紙に出力した見本写真は風雨で瞬く間にぐちゃぐちゃになってしまい、高架化工事の進捗をゆっくり眺める間もなく、ほうほうの体で会場へと向かったのでした。

R0012943nn.jpg初参加というメーカー・ショップに出会えるのも毎年の楽しみですが、今年はなんとカウンターの内側にあの"B滝さん"の顔が。弊社を卒業していったB滝さんこと滝澤隆久さんが"AOBA MODEL"という模型メーカーを立ち上げられたのです。鉄道ホビダスで発売中の「観音トム」「木造ワム」それに「電動貨車デワ」の仕掛け人でもあるB滝さんだけに、初陣を切って発売されたのはトワイライトゾ~ンでもお馴染みの「木槽車ト31形」。木槽車といえば聞こえは良いですが、実体は糞尿貨車で、B滝さんいわく「えんがちょな木製タンク車」です。なんともいかにもなセレクトで幕を開けたこの"AOBA MODEL"(→http://aoba-model.shop-pro.jp/)、第二弾として栗原電鉄の凸電ED20形を計画中だそうで、これから目が離せないメーカーになりそうです。
▲B滝さん登場! 弊社を卒業したB滝さんはなんと"AOBA MODEL
"なるメーカーを立ち上げた。処女作はいかにもな"糞尿貨車"ト31。'10.10.30

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▲今年の大きなトレンドとして注目されたのが天賞堂、クラウンモデル、プラッツ、ロクハンの各社による「Zゲージ連絡会」のブース。Zゲージが再び大きなウェーブとなりつつある。写真はプラッツが発表した新幹線0系のサンプル。'10.10.30
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▲会場に足を運んでみないとわからない逸品との出会いもこの「日本鉄道模型ショウ」ならではの楽しみ。左はアールクラフトのブースで見かけた難易度ウルトラ級の鉄道模型社製エッチング板を組んだED54で、コンテストの入賞実績もある方(故人)が完成させたもの。同社のブースにはこの方の素晴らしい作品がずらりと並んで販売されていた。右はCJ-PRO出品の新ポイント制御システム。電話の"ピ ポ パッ"信号でたとえ100個のポイントも一括操作できるアイデア賞もの。'10.10.30
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会場中央にブースを構えてひときわ注目を集めていたのが日本型Zゲージのメーカーが組織した「Zゲージ連絡会」です。鉄道模型イベントに初登場となるロクハンと、マイクロトレインズ、クラウンモデル・プリムトラックの3社のレール(ロクハンは11月末日に発売予定)の接続運転も披露され、Zゲージ新時代への期待が高まりつつあります。

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▲RMモデルズが端緒となって誕生した「路面モジュール」もついに10年目を迎えた。2階の小展示ホールではこのアニバーサリーを記念した大公開運転会が開催された。写真は小ブログでも紹介した大田治彦さんの『西鉄電車おもいでアルバム』にインスパイアされて縁日シーンを再現したという上野徹・栄子さんの「西鉄福岡市内線筥崎宮」。'10.10.30
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二階の小展示ホールではNゲージ路面モジュール大公開運転会が開催され、こちらもたいへんな賑わいを見せておりました。路面モジュール"路モジ"は今を去ること10年前、RM MODELS2000年9月号(№61)誌面でスタートを切り、読者の皆さんとともに規格から作り上げていったものです。その後、いち媒体の枠を超えて大きな広がりをみせ、"T-TRAK"としてアメリカ大陸にも渡ったほか、小型車輌+小レイアウトといったムーブメントが、「鉄コレ」や「ユニトラム」といった製品の出現にも少なからぬ影響を及ぼしてきました。立ち上げからその中心にいたRMMの羽山副編集長にとっても、とりわけ感慨深い10周年となったようです。


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