鉄道ホビダス

2010年8月23日アーカイブ

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▲日本のレイアウトの概念を変えた坂本 衛さんの「摂津鉄道」蔵本村のワンシーン。とても半世紀前に製作されたとは思えない完成度の高さ。'10.8.21
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昨日までの3日間、東京・有明のビッグサイトを舞台に開催された第11回国際鉄道模型コンベンション(JAMコンベンション)は、全日好天に恵まれ、昨年以上の大盛況で幕を閉じました。会場狭しと繰り広げられたモデラーズ・パフォーマンスでは、例年にも増してさまざまなトライアルが見受けられ、一方、メーカーやディストリビューターのブースでは今回初めて発表となる新製品の数々が注目を集めていました。

100821n693.jpgもちろんJAMコンベンションの特色のひとつでもある"クリニック"も、連日各種のプログラムが用意されていましたが、ひときわ注目されたのが、今年度の「鉄道模型功労者」に選ばれた坂本 衛さんと、「エポックメイキング・モデル」に選ばれたエコーモデルの阿部敏幸さんによる特別講演(21日16:00~17:30)でした。「鉄道模型功労者」は2000(平成12)年の第1回コンベンション以来、特定非営利活動法人・日本鉄道模型の会(JAM)がその功績をたたえるべきであると考えた個人、あるいは団体に贈られてきた賞で、坂本さんは16番レイアウト「摂津鉄道」を通じ、日本のレイアウト界に「情景表現」を取り入れ、新世界を開かれた功績を主に顕彰されての受賞となったものです。
▲クリニック第2教室で開催された特別講演は満員の大盛況。左から坂本 衛さん、エコーモデルの阿部敏幸さん、そして司会進行を務めさせていただいた私。'10.8.21 P:牧窪真一
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▲「摂津鉄道」のセクションは3シーンのみ現存しており、今回のコンベンションではその実物が展示された。写真は中心となる蔵本村のセクション。'10.8.21
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いっぽう、「エポックメイキング・モデル」は今年から設定された賞で、数多の模型製品の中で感謝を捧げたい製品、企画に対して贈られるものです。エコーモデルは創業以来37年にわたって様々な車輌部品や情景部品を製品化し、しかも常に品切れを発生させない安定供給に努めてこられました。その弛みない継続的努力に対して第1回「エポックメイキング・モデル」が贈られることになりました。

100821n707.jpg坂本 衛さんは1935(昭和10)年のお生まれ。1953(昭和28)年に国鉄に入られ、駅務から車掌を経て、1987(昭和62)年にブルートレインの専務車掌として退職されるまで一貫した鉄道人生を送ってこられました。その坂本さんが自作した車輌を走らせる場を作りたいとレイアウトを志向されたのは東海道新幹線開業前のこと。伝説となる「摂津鉄道」が連載として『鉄道模型趣味』誌上を飾るのは1964(昭和39)年になってからでした。当時は組立式のいわゆる"お座敷レイアウト"が全盛の時代。そんな時代に日本の当たり前の田舎の風景を、自作のストラクチャーとシーナリィによって再現しようと試みられたのですから、その衝撃は現代では想像さえできないほどのものでした。
▲近作を前にご自身の模型感をユーモアたっぷりに語る坂本 衛さん。'10.8.21
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▲坂本さんが「摂津鉄道」で切り拓いたシーナリィ技法は現在も受け継がれているものが少なくない。右は農業倉庫のセクションに見られる畑の畝だが、ご本人によれば失敗作とのこと。農業を営んでおられたお父上曰く、この形状の畑の場合、両端に90度向きの違う畝2本を入れ、なおかつ長手方向両端には全長に渡る弓状の畝を入れるのがセオリーとのこと。'10.8.21
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遅れること数年、阿部さんもご自身のレイアウト「城新鉄道」(弊社刊『昭和の鉄道と暮らし エコーモデルその世界』参照)の製作を開始されます。エコーモデルの原点はまさにこの「城新鉄道」で、そこで育まれたモデラーとしての熱い思いこそが今回の「エポックメイキング・モデル」の受賞対象ともなった数々のパーツを生み出し、そしてその卓越した供給態勢を培ってきたと言えます。今回の講演ではそんな背景に鑑みて、阿部さんにもレイアウトのお話を中心にうかがうことといたしました。

100821n715.jpgさて、その坂本さんと阿部さんですが、驚いたことにこの日が初対面だそうで、特別講演もたいへんな盛り上がりとなりました。坂本さんが「国鉄」をキーワードに日本の原風景を再現しようとされたのに対し、阿部さんは同じ日本の原風景を「小私鉄」の世界で表現されようとしたところに微妙な違いがあるのも興味深い点です。言うならば、最終的に目指す世界は同じで、プロセスが国鉄と私鉄に分かれていたことになりましょうか...。
▲16番モデラーであれば知らない人はいないエコーモデルの阿部さん。どんなパーツも品切れさせることなく100%供給し続けるのが理想と熱く語る。'10.8.21
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エポックメーキング・モデル賞に選ばれたエコーモデルのパーツ群。どんな時もメジャーは必ず持ち歩いているという阿部さんならではの拘りが凝縮している。P:RMM(青柳 明)
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今でこそありとあらゆるマテリアルが市販されていますが、「摂津鉄道」の時代には鉛筆削りのカスで下草を作り、ミシンを用いて稲株を作るといった"無いものは作る"創意工夫こそがレイアウト・ビルダーの醍醐味でした。当時を振り返って坂本さんは「それまでのレイアウトは"公園"を作っていて、"自然"を作ろうとしなかった」と語っておられます。また、「水の色は青、地面は茶色といった先入観」を振り払うことがスタート地点だったと、今の時代にも通じる示唆に富んだ述懐もあり、半世紀前に道を切り拓かれたパイオニアならではのお話に、会場を埋めた皆さんも終始真剣に聞き入っておられました。

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▲昨年作られたという坂本さんの近作6275。なんと先輪とテンダ車輪以外はすべてスクラッチで、Φ19㎜の動輪もご覧のように自作(背後にスポークを抜く前の輪心とタイヤとなる真鍮パイプの輪切りが見える)。'10.8.21
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ところで、完成すれば6畳間ほどの大きさになるはずだった「摂津鉄道」はついに完成を迎えることはありませんでした。坂本さんご自身が腰を痛められてしまったことが原因だそうですが、シーナリィ付きのセクション・レイアウトという概念を初めて知らしめてくれた「摂津鉄道」が、もしあの時代に完成し、運転されたならば、わが国のその後のレイアウトの方向性もまた変わってきたのかも知れません。会場内からは残された3つのセクションをベースに、残りの部分を皆で手分けして新製し「摂津鉄道」を完成させてはという声も上がりました。半世紀を経てコンプリートされる歴史的レイアウト...そんな限りない夢も見させてくれた特別講演でした。

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