鉄道ホビダス

2010年8月 5日アーカイブ

赤川仮橋を訪ねる。(上)

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▲猛暑とはいえ、たっぷりとした水量をたたえた淀川には涼風が吹きぬける。'10.7.17
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先日、所要で大阪を訪れた際、淀川に架かる通称・赤川鉄橋を訪ねてみました。最近とみに人気を集めている"赤川鉄橋"は、正式には城東貨物線淀川橋梁と言います。片側に併設された木製の人道橋・赤川仮橋が有名となり、いつしか橋梁そのものが赤川鉄橋と通称されるようになったようです。

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▲木製の欄干には「赤川仮橋」のプレートが付けられている。今日も羽目板の音を鳴らして自転車が駆け抜ける。'10.7.17
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この橋梁、大阪在住でない方にとっては位置関係もよくわからず、貨物線だけに運転情報も限られているとあってついつい及び腰となってしまいがちですが、実は新大阪駅からも至近距離にあり、出張の帰りなどに訪ねてみるには絶好のロケーションです。詳細は後述するとして、あらためてこの世にも不思議な併用橋を見てゆくことにいたしましょう。

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▲時ならぬ轟音を響かせて淀川橋梁を渡る高速貨84レのDD51 837〔吹〕。'10.7.17(16:40)
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片町線の貨物支線として城東貨物線が開業したのは1929(昭和4)年3月。これに先立ち淀川を渡る18連のワーレントラス橋が汽車会社・川崎造船で製造されましたが、将来的な輸送需要の増加を見越して複線仕様で造られ、そのまま架橋されました。軌道は複線の下流側のみに敷設され、上流側のスペースを使って、いつしか人が行き来できる"仮橋"が設けられました。ここに橋長610mと長大な鉄道橋梁に木製の人道橋が"間借"するという奇妙な共存関係が生まれたのです。

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▲広大な河川敷は市民の憩いの場。木製の仮橋が都会のオアシスの光景に見事に馴染んでいる。'10.7.17
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実際に現地を訪れてみるとわかりますが、左岸の大阪市都島区と右岸の大阪市東淀川区を結ぶ淀川の橋は、上流側は菅原城北大橋、下流側は長柄橋まで2キロほどなく、ちょうどその中間に位置する赤川仮橋が渡れないとすると、住民の皆さんはかなりの不便を強いられることとなります。

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▲風雨にさらされながらも辛うじて残る汽車会社・川崎造船の製造銘板(左)と、河川法許可標識(右)。正式名称は「市道 JR貨物線 赤川仮橋」となっている。'10.7.17
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このため、現在でも大阪市建設局の手によって例外的な人道橋として維持管理されており、「河川法許可標識板」によれば、目的は「道路(旭西淀川自転車道線)赤川(人道橋)」、占有期間は「平成19年4月1日から平成24年3月31日まで」と表示されています。あくまで期間限定のやむを得ぬ便宜処置といった感じで、この更新がこれまで幾度となく繰り返されてきたに違いありません。

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▲湧き上がる入道雲、土手の草いきれ...大阪駅から至近にありながら、淀川橋梁(赤川仮橋)は不思議な魅力に満ち溢れている。'10.7.17

きちんと整備されているとはいえ、いかんせん木造の"仮橋"、しかも0.6キロ以上の長さがあるとあって、初めて渡る者にとってはちょっとした冒険気分も味わえます。実際、岸側では微風程度の風が、河川中央部に行くとかなりの風速となり、足元のギシギシといった羽目板の鳴き声とあいまってゆく足を鈍らせます。もちろん、日常的にこの赤川仮橋を利用している地元の方はまったく意に介さないようで、買い物かごを満杯にしたママチャリが結構な勢いで行き交っている姿を目にするにつけ、この橋梁が何十年にもわたって地域の生活の中に生き続けてきたことを思わずにはいられません。

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