鉄道ホビダス

2010年7月アーカイブ

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▲鹿児島交通の拠点であった加世田駅の全景。ひときわ鮮やかなオレンジ色の気動車群とは対照的に、使われなくなった機関車や木造客車があちこちに置かれていた。 (『新 消えた轍』より)
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2004~2007年にかけて刊行し、たいへんご好評をいただきました寺田裕一さんの著書『消えた轍 ローカル私鉄廃線跡探訪』がこのほど装いを一新、内容も大幅に増補改訂して全10冊のシリーズとしてスタートを切りました。

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▲3年前に廃止となった鹿島鉄道。霞ヶ浦沿いを走るその姿は、多くの人たちにとって、つい昨日のことのように思えるはず。 (『新 消えた轍』より)
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あらためて寺田裕一さんの既刊『消えた轍』についてご紹介しますと、戦後昭和30年代以降の廃止で、かつ1977(昭和52)年廃止の尾小屋鉄道よりも以前に廃止された旅客営業する鉄道線について、現役当時の姿を可能な限り詳細に紹介するとともに、その廃線跡を寺田さん本人が全国津々浦々訪ね歩く企画でした。当初、『レイル・マガジン』の連載記事としてスタートしたこの企画は、全4巻で単行本化いたしましたが、すでに品切れになっている巻もあり、ご要望に応えして、このたび『新 消えた轍』として新たに発刊することとなったものです。

100730nshimabara.jpg新版では既版の路線に加え、その後廃止になった路線を加えることとなり、同じく寺田さんの著書である『日本のローカル私鉄』、『日本のローカル私鉄2000』に掲載した記事などに加筆訂正する形で、全10巻を再構成することとなりました。これには熊本電鉄御代志-菊池間のように部分廃止された路線や、岩手開発鉄道のように旅客営業を廃止した路線も含まれ、昭和30年代以降、現在までに旅客営業を廃止したほとんどのローカル私鉄が収録できることになりました。これらを一冊にまとめられるのは、これまでローカル私鉄にこだわってまとめ続けられてこられた寺田さんならではといえるでしょう。

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▲巻末には各鉄道の推移表を掲載。これは耶馬渓鉄道→大分交通耶馬渓線の輸送量および収入の推移と車扱貨物取扱高の推移表。 (『新 消えた轍』より)
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また、今回は再録の路線についても、廃線跡はすべて寺田さんが再取材し、写真は最新の状況に更新しているほか、巻末には収録したほとんどの鉄道に関する旅客数や貨物輸送量、車輌数などの詳細データを網羅した推移表を掲載しているのも見逃せません。ちなみにこの推移表、寺田さんご本人が膨大な量の統計を当たって昼夜兼行でまとめられた労作で、今後は廃止ローカル私鉄を語るうえで大きな基礎資料となってゆくに違いありません。

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▲『新 消えた轍』シリーズ全10巻のラインナップ。 既刊4・10巻、および続刊3・9巻以外はイメージです。
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なお、全10巻を北から順に1~10と付番していますが、皆様のご要望に応え、旧版が品切れになっている箇所を優先するため、第1回配本は4巻・10巻となっております。第2回配本は8月末、第3巻:東北、第9巻:中国の予定です。その後の続巻については順次お知らせいたしますが、基本的に二か月に1巻、来年夏までの一年間で全巻を発行する計画です。なお、第1回配本の内容は以下の通りです。
4 関東
九十九里鉄道/鹿島臨海鉄道/鹿島鉄道/茨城交通茨城線/日立電鉄/筑波鉄道/上武鉄道/山梨交通電車線/小名浜臨港鉄道・江名鉄道
10 九州・四国
大分交通/荒尾市営電気鉄道/鹿児島交通/島原鉄道/宮崎交通/熊延鉄道/山鹿温泉鉄道/熊本電気鉄道/高千穂鉄道/日本鉱業佐賀関鉄道/伊予鉄道森松線/土佐電気鉄道安芸線/琴平参宮電鉄

●続巻の内容(内容は変更になる場合があります)
1 北海道
根室拓殖鉄道・釧路臨港鉄道・雄別鉄道・尺別鉄道・十勝鉄道・北海道拓殖鉄道・夕張鉄道・三菱美唄鉄道・三井芦別鉄道・ちほく高原鉄道・三菱石炭鉱業大夕張鉄道
2 北海道・北東北
寿都鉄道・定山渓鉄道・旭川電気軌道・羽幌炭砿鉄道・天塩炭砿鉄道・留萌鉄道・南部鉄道・南部縦貫鉄道・下北交通・弘南鉄道黒石線・小坂製錬小坂鉄道
3 東北 (8月末発売予定)
松尾鉱業・花巻電鉄・秋田中央交通・羽後交通・宮城バス仙北鉄道・秋保電気鉄道・仙台鉄道・庄内交通・山形交通・日本硫黄沼尻鉄道・岩手開発鉄道・くりはら田園鉄道
5 上信越
草軽電気鉄道・上田丸子電鉄丸子線/真田傍陽線/西丸子線・越後交通・頸城鉄道・長野電鉄木島線・新潟交通・蒲原鉄道
6 中部
静岡鉄道駿遠線・遠州鉄道奥山線・豊橋鉄道田口線・三重交通松阪線・東濃鉄道・三井金属神岡鉄道・北恵那鉄道・神岡鉄道
7 北陸
富山地方鉄道笹津/射水線・加越能鉄道加越線・北陸鉄道・京福電気鉄道丸岡線/永平寺線・福井鉄道鯖浦線・尾小屋鉄道・のと鉄道
8 近畿
江若鉄道・北丹鉄道・淡路交通・別府鉄道・三木鉄道・能勢電鉄国鉄前線・加悦鉄道・野上電気鉄道・有田鉄道・和歌山県営
9 中国 (8月末発売予定)
玉野市営電気鉄道・両備バス西大寺鉄道・井笠鉄道・日ノ丸自動車法勝寺鉄道・一畑電気鉄道広瀬線/立久恵線・尾道鉄道・防石鉄道・船木鉄道・長門鉄道・下津井電鉄・岡山臨港鉄道・同和鉱業片上鉄道

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▲博物館館内への搬入を待つC62 17。手前の足回りはC57 139号機のもの。'10.7.27 P:金盛正樹
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来春開業予定のJR東海博物館(仮称/アーカイブ「JR東海博物館(仮称)展示車輌を発表」参照)はすでに展示棟建物本体が完成、今週27日(火曜日)よりいよいよ展示車輌の館内への搬入が始まりました。

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▲博物館建物本体はほぼ完成し、これから外装・内装工事をはじめとした作業が進む。'10.7.27 P:金盛正樹
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その先陣を切ったのは1954(昭和29)年に東海道本線木曽川橋梁上で狭軌蒸気機関車の世界最高速度(129㎞/h)を記録したC62 17号機。2月に東山総合公園から搬出された同機(アーカイブ「C62 17号機"JR東海博物館"へ」参照)は、すでにお化粧直しを終えて見違えるような姿となっており、搬入にあたっては名古屋機関区の誇りでもあった赤い地色のナンバープレートを取り付けられて、しずしずと館内へと搬入されました。

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▲仮設線路を館内へと移動するC62 17の巨体。すでにお化粧直しは終わっている。'10.7.27 P:金盛正樹
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▲名古屋機関区の象徴ともいえる赤地のナンバープレートが取り付けられようとしている(左)。右は搬入を待つC57 139とケ90。'10.7.27 P:金盛正樹
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▲すでにC57 139も展示整備を終えている(左)。ブルーシートに包まれたほんとうに小さな機関車はケ90(右)。'10.7.27 P:金盛正樹
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▲広大な保存車輌展示スペースを見下ろす。掲げられている完成予想図と見比べるとその規模の大きさに圧倒される。'10.7.27 P:金盛正樹
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▲いよいよ館内へと移動したC62 17。これから細部の調整が行われる。'10.7.27 P:金盛正樹
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▲博物館予定地の前にはシートに包まれた展示車輌が搬入の日を待っている。'10.7.27 P:金盛正樹
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この日はED11 2の館内への搬入も行われ、引き続き31日(土曜日)には新幹線試験電車300X(955−6)、8月9日(月曜日)には0系新幹線(21‐86)と続々と搬入が続く予定で、いよいよ夢の博物館が本格的に動き始めたわけです。ちなみに、当初発表されたラインナップにはなかった117系電車(3輌編成)が保存車輌の仲間入りをすることになりました。屋外展示場に置かれて休息・飲食スペースとしても活用されるそうで、これで展示車輌は総勢39輌を数えることになります。

取材協力:JR東海

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313系1300番代登場。

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▲313系1300番代の編成外観。種別・行先表示器のフルカラーLED化等は1000番代グループ増備車から継承されている。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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先日はJR東海の117系「トレイン117」編成をご紹介いたしましたが、同時に313系1300番代も報道公開されました。

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▲クモハ313-1300番代(写真はクモハ313-1303)。豊橋(中津川)方の制御電動車で、屋根上にシングルアーム式パンタグラフを2基、床下にVVVF制御装置を搭載する。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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313系1300番代は、外観上は313系1000番代グループの増備車と同様ですが、編成はクモハ313-1300番代+クハ312-1300番代の2輌編成で、ワンマン準備工事車となっています。

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▲クハ312-1300番代の前位側に設けられているクロスシートの優先席。枕カバーと吊手をオレンジ色として優先席部分を明確化。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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▲クモハ313-1300番代の優先席はロングシートで、後位側車端部に設置されている。出入台に黄色の識別帯も追加されている。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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313_1300_006.jpg客室内は優先席部分をわかりやすい表示にしているのが特徴です。クロスシートの優先席は枕カバーを、ロングシートの優先席はモケットをオレンジ色として、優先席部分の吊手をオレンジ色の吊手として優先席部分を明確化しています。さらに出入口付近床面には黄色の識別帯を追加し、大型トイレはレイアウト変更を行なって更に使いやすくするなど、バリアフリーにも配慮されています。

▲クハ312-1300番代に設けられている大型トイレ。さらに使いやすくするため、レイアウト変更を行なっている。なお、写真の背面側には折りたたみ式のおむつ交換台も備わる。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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▲クハ312-1300番代(写真はクハ312-1304)。米原(名古屋)方の制御車で、3位側に大型トイレを備える。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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今回導入された313系1300番代は神領電車区の配置となっていますが、現在は2輌+2輌の4輌編成で、大垣車両区117系を置き換えるかたちで東海道本線の運用に使用されています。しかし、後々には神領電車区へ配備され、中央本線名古屋口や関西本線で活躍することが予定されています。

取材協力:JR東海

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▲「トレイン117」編成となった、大垣車両区117系S9編成。快速「そよ風トレイン117」のヘッドマークも用意されている。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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JR東海では、この夏に飯田線豊橋―中部天竜間で快速「そよ風トレイン117」を運転しますが、その列車に使用される117系の「トレイン117」編成が26日に報道公開されました。

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▲ウィンディスペースとなったモハ116-45の外観。飯田線沿線の山、川、風をイメージした配色となり、"Train 117"のロゴが入る。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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「トレイン117」編成となったのは大垣車両区117系のS9編成。改造にともなう改番は行なわれず、中部天竜方からクハ116-203(1号車)+モハ116-45(2号車)+モハ117-45(3号車)+クハ117-23(4号車)となっています。

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▲窓向きに木製ベンチが配置されたウィンディスペース。床面は青系、車体腰部の内装は木目調とされている。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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100727N117_0004.jpg2号車のモハ116-45は「そよ風トレイン117」の乗客が自由に利用できる"ウィンディ スペース"となり、外観は飯田線沿線の山、川、風をイメージした配色に変更されています。扉間の客室内部分は、沿線の景色や自然の風を体験できるよう窓向きに木製ベンチが配置され、カーテンロール部分も木目調とされています。さらに下段窓は下まで閉じないようにされているほか、乗降扉のところには展望柵が設けられ、ここからそよ風を取り入れるよう工夫がされています。
▲乗降扉部分に設置された展望柵。スリット部分は吹き抜けだが、四角部分はガラス窓がはめられている。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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一方、指定席となる1・3・4号車には大型のテーブルが設置され、ゆったりとしたスペースで飲食などを楽しむことができます。この大型テーブルは、腰掛3つに対して1つの腰掛の背ズリ部分を撤去したうえで設置されていますので、運転台背面部分など、一部の腰掛部分には大型テーブルは設置されていません。
快速「そよ風トレイン117」は、いよいよ8月1日(日)より運転を開始いたします。

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▲指定席車輌の客室内。腰掛の背ズリを撤去して設置された大型テーブルが特徴。'10.7.26 大垣車両区 P:RM(伊藤真悟)
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■快速「そよ風トレイン117」運転概要
・運転日:2010(平成22)年8月1日(日)~9月26日(日)までの土、日、祝日
     ※10月以降も運転を予定
・運転区間:豊橋―中部天竜間 1日1往復
・運転時刻:豊橋 8:58→中部天竜10:50/中部天竜13:33→豊橋15:01
・列車編成:117系車輌(4輌編成、定員100名)「トレイン117」編成
・料金:全車指定席の快速列車のため、利用するには乗車券の他に指定席券(510円)が必要。指定席券は乗車になる日の1箇月前の10時から、駅・旅行会社の窓口で発売
※都合により、"トレイン117"編成で運転できない場合は、別の車輌(全車自由席、ウィンディスペース及びテーブル取付けなしの車輌)で運転。その際は指定席券のみ全額無手数料で払い戻し

取材協力:JR東海

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▲ボールドウィンと並ぶ"動態"のホイットカム。ボールドウィンのキャベッジ・スタックから昇るスモークは、結婚式の披露宴の演出に使われるものだそうだ。'10.7.25
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昨日、群馬県沼田市利根町の林野庁森林技術総合研修所林業機械化センター展示棟で5回目となる「根利森林鉄道まつり」が開催され、私もひさしぶりに根利(...町は利根町で地域は根利...)の地を訪れました。

100726n578.jpg毎年秋に行われていた「根利森林鉄道まつり」ですが、今年は10月3日(日曜日)に開催される第34回全国育樹祭に、ボールドウィン3号機をはじめとする車輌たちが展示されることになったため、異例の夏休み期間中の開催となったものです。今年のイベントは「よみがえれボールドウィン実行委員会」と「森の駅づくり実行委員会」との共催となり、JR沼田駅と会場を結ぶ無料シャトルバスが設定されるなどこれまでにない配慮もなされ、普段は静かな根利の集落も朝から多くの来場者で賑わいました。
▲記念式典では来賓の方々による記念植樹も行われた。さらに希望者には西洋シャクナゲの苗木もプレゼントされた。'10.7.25
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11時から行われた開会式では林業機械化センターの安藤 勝所長の挨拶ののち、来賓の方々によって記念の植樹がなされ、お待ちかねのホイットカムのデモ走行となりました。「よみがえれボールドウィン実行委員会」の皆さんの努力によって甦った加藤製ガソリンエンジンは、原始的なマグネット点火式。4気筒直管のエキゾーストノートはそれはそれは官能的で、詰めかけた皆さんも熱心に動画を撮影しておられました。また、ボールドウィンの煙室にはアナログな家庭用扇風機が仕掛けられ、結婚式の披露宴で用いられるスモークが出されるという心憎い演出もなされました。この煙、なんとも甘い香りで、バガス(サトウキビの絞り滓)焚きの機関車を思い起こさせるものでしたが、思えばこのボールドウィンのB1リアタンク機はもともと製糖工場などのプランテーション用に開発されたもの。期せずしてぴったりだったのかも知れません。

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▲ガソリンエンジンの盛大なエキゾーストノートを響かせて公開運転に臨むホイットカム。昨年修復された運材台車にはささやかながら木材も載せられた。'10.7.25
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そして今回のイベントの目玉のひとつが、12時から始まった特別企画・トークイベント「根利の森林鉄道を語る」です。『木曽谷の森林鉄道』をはじめとする多くの森林鉄道関係著作で知られる、わが国の森林鉄道研究の第一人者・西 裕之さんを迎え、林業機械化センター所長の安藤 勝さん、「よみがえれボールドウィン実行委員会」会員で、幼い頃、根利の軌道を通学路にされていたという東宮 進さんを交えて1963(昭和38)年まで存在した沼田営林署利根森林軌道を語ろうという企画で、私が司会進行を務めさせていただきました。

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▲12時から始まったトークショー「根利の森林鉄道を語る」には多くの方が詰めかけ、約1時間半にわたるディープな話に耳を傾けた。'10.7.25 P:木村一博
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▲藤原 章さん製作の"山トロ"の堀田式ブレーキを解説する西 裕之さん(左)。右は林業機械化センター所長の安藤 勝さん(左)と根利の軌道の現役時代をご存じの東宮 進さん。'10.7.25 P:木村一博
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地元の子どもたちも聞きに集まっているとあって、なるべく平易に...と心がけたつもりではありますが、話が盛り上がってくると、当地で使用されていた特殊軽量機関車の形態分類やら、森林鉄道用の制動装置として画期的発明だった堀田式ブレーキの作用やら、次々とディープな話が飛び出してきました。そして極めつけは、今回初めて確認されたトラック改造のゲテモノ機関車の存在。沼田営林署管内では戦前に空トロ引き揚げ用に自家製機関車が製造され、戦後まで使用されていたのは一部の研究家には知られていましたが、その未発見の写真が出てきたのは大きな収穫だったといえましょう。

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▲協三工業製DLとボールドウィンとのツーショット。来場者の皆さんが撮影しやすいようにと、数々の配慮がなされていたのも印象深い。'10.7.25
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林業機械化センター所長の安藤 勝さんも若き頃はあの木曽・王滝営林署に勤務しておられ、しかも林鉄ファンにとっては"聖地"でもあった助六製品事業所でモーターカーの運転までされたとのこと。東宮さんの実見された方ならではのお話にも引き込まれ、予定の1時間を30分もオーバーしてトークイベントは成功裏に終了いたしました。
なお、小ブログ読者の方も多数お集りいただきました。あらためて御礼申し上げます。

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▲試運転中のキハ189系とキハ181系が並び、新旧の競演が実現。'10.6.24 山陽本線土山 P:橋本浩志 (「今日の一枚」より)
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去る7月21日のJR西日本の定例社長会見で、特急「はまかぜ」の新型特急気動車189系への置き換えが11月7日(日曜日)からと正式に発表されました。

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▲名残の余部橋梁を目指し、延長運転された「はまかぜ」。天気はこの後、暴風雨に...。'10.7.16 山陰本線香住―鎧 P:和泉信弘 (「今日の一枚」より)
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すでに本誌でもお伝えしているように、189系は現在運用されている181系気動車の置き換え用として新たに開発されたもので(アーカイブ「"はまかぜ"用キハ189系誕生」参照)、安全性の向上や環境負荷の低減が図られているほか、腰掛の改善、モバイル用コンセントの設置、車内表示器の文字大型化、多目的室・多機能トイレの設置など、新時代を担う特急気動車の基幹形式として3輌編成7本(21輌)が誕生します。

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▲(左)白煙をあげて、全開で駆け抜けて行くキハ181系「はまかぜ」。'10.7.4 東海道本線長岡京―山崎 P:伊達木剛/(右)下り最終「はまかぜ」。鳥取への旅は複々線の高速区間で始まる。'10.6.29 東海道本線さくら夙川―芦屋 P:稲田耕三 (「今日の一枚」より)
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▲98年間働き続けた余部鉄橋最終日...辛い別れの日がやってきました。'10.7.16 山陰本線 鎧―餘部 P:高島正樹 (「今日の一枚」より)
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189系が営業運転入りするとなると気になるのが181系の去就です。当然のことながら「はまかぜ」での運用は189系就役の前日、11月6日(土曜日)が最終となります。ただし、発表では「定期運転が終了した後も、一部は臨時列車として運転しますが、今年度末に全車が引退する予定です」とのことですので、あと半年あまりはどこかでその名残の雄姿を目にすることができるかも知れません。

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▲「はまかぜ」用の新型特急気動車キハ189系。ロザは組み込まれずオールモノクラスの3輌編成を基本としている。'10.4.9 豊岡鉄道部 P:岡田誠一
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偶然にも今年は特急気動車の嚆矢キハ80系が運転を開始してから50年目に当たります。「はつかり」がディーゼル特急として運転を開始したのが1960(昭和35)年12月10日のことですから、ちょうど半世紀を経て、その流れを汲む国鉄型特急気動車が終焉を迎えることとなります。

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▲内部駅で発車を待つモ261+サ124+ク114の3連。画面右手前側に車庫設備がある。'10.7.19 内部
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R0011408n.jpg四日市から終点の内部まではわずか5.7㎞ですが、内部線電車はこの区間を16分ほどかけてゆっくりと走ります。単純計算すると表定速度は実に21㎞/hほど。全車冷房設備はありませんから、この季節は手の届きそうな天井に誂えられたささやかな扇風機と、開け放った窓からの風だけが頼りとなります。ただ、実際に乗車してみるとさほど苦にはならず、むしろ健気に走るモ260の吊り掛け駆動音とともに、外気をふんだんに取り込んで走る車内は、何か懐かしい思いに包まれるから不思議です。
▲内部駅本屋。この本屋の風情は30年前とほとんど変わっていない。'10.7.19 内部
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▲合理化が進み、近鉄四日市以外で駅員が配置されているのはここ内部駅のみ(左)。駅を出るとすぐ右に車庫線が見える(右)'10.7.19 内部
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30年以上の空白を経て降り立った内部駅は、駅舎こそ変わっていないものの、周辺は大きな変貌を遂げていました。かつては広々としていた駅周辺には新興住宅が立ち並び、線路が突き当たるかたちの国道1号(新・東海道)もすっかり整備されて大型車輌がひっきりなしに行き交っています。

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▲駅(画面左手奥)に隣接した車庫設備。正式には名古屋運輸統括部運輸部車両課富吉検車区内部車庫と複雑な名称。'10.7.19 内部
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R0011394n.jpg内部・八王子線に所属する14輌の電車は、すべてこの内部駅に隣接する車庫で管理されています。古いネガを見返してみると、モ220形をはじめとした旧型車が趣のある庫内で所狭しと整備されている様は実に魅力的で、三重交通時代にタイムスリップしたかのような錯覚さえ覚えます。もちろん現在は設備も近代化されているようで、全般検査等は主要部品ごとにトラックで別工場へと陸送されることになっていると聞きます。
▲これが内部線の終端車止。駅周辺はすっかり開発が進み住宅が密集している。画面奥のビルは病院。'10.7.19 内部
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▲32年前の内部駅。背後に見える病院はまだ高層ビル化されていない。ホームに停まっているのは北勢鉄道時代に生まれたモニ220形226。'78.4.2 内部
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▲30年前の内部付近にはまだまだ長閑な風景が広がっていた。彼方に四日市コンビナートの煙突が見える広々とした農地をモニ220の2連が行く。'78.4.2
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わずか一往復しただけの慌ただしい訪問でしたが、久しぶりに"近鉄ナロー"を味わうことができて有意義な一日でした。北勢線は三岐鉄道に移管されてから急速に近代化が進み、ついこの前までは同一歩調だった内部・八王子線とは今ではまったく別の道を歩み始めています。いずれにせよ、762㎜軌間で残されている通年営業の営業鉄道はこの内部・八王子線と三岐鉄道北勢線のみ。2010年の今日にあってはまさに奇跡的と言っても過言ではなく、今後を温かく見守ってゆきたいと思います。

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▲追分-小古曽間をゆくク161車内。 クリックすると「今日の一枚 The Movie」の動画にとびます。

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▲大近鉄に奇跡的に残る"特殊狭軌線"内部・八王子線。標準軌(1435㎜)の半分ほど、762㎜軌間の軌道を三重交通生え抜きのサ130形改造のク114を先頭にした内部行きがゆっくりと走る。'10.7.19 小古曽−内部
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ひさしぶりに近鉄ナロー、内部・八王子線を訪れました。近鉄四日市駅を利用する機会はここ十年ほどの間で何回かあったのですが、内部・八王子線はホームを覗く程度で乗車することはありませんでした。あらためて振り返ってみると、最後に終点の内部まで乗車したのは何と30年以上も前のことになります。

R0011480n.jpg近鉄の中でも"特殊狭軌線"と称される内部・八王子線は、三重軌道に端を発し、2フィート6インチ(762㎜)軌間のまま間もなく開業100年を迎える由緒ある路線です。同じ四日市を起点とした湯の山線もかつては762㎜軌間で、現在は三岐鉄道となっている北勢線、それに松阪を起点として大石まで延びていた松阪線とともに、三重交通のナローゲージ路線として独特の世界を醸し出していました。東海道新幹線が開業した1964(昭和39)年に松阪線は廃止、湯の山線は標準軌に改軌され、"特殊狭軌線"として近鉄に引き継がれたのは内部・八王子線と北勢線だけでした。そしてご承知のように存廃の岐路に立たされていた北勢線は2003(平成15)年4月1日付けで三岐鉄道に譲渡され、内部・八王子線だけが大近鉄の中の"特殊狭軌線"として残されることになったのです。
▲近鉄四日市の内部・八王子線乗り場へは、いったん名古屋線、湯の山線の改札を出て連絡階段を渡らねばならない。'10.7.19 近鉄四日市
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内部・八王子線は、正確には旧東海道沿いに四日市から内部(うつべ)まで5.7㎞を結ぶ内部線と、同線の途中駅・日永から西日野まで1.3㎞を結ぶ八王子線を合わせた通称です。現在では両線の運行はほぼ一体化しており、近鉄でも両線を分けずに内部・八王子線と称しています。ちなみに八王子線の名称ともなった西日野~伊勢八王子間(1.6㎞)は水害で罹災して1976(昭和51)年に廃止となっています。

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▲内部・八王子線のホームは本線の高架下にある(左)。右は運転台向きに並んだ一人掛けクロスシートのク110形車内。'10.7.19 近鉄四日市
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近鉄四日市駅の内部・八王子線の乗り場は、名古屋線、湯の山線の本屋改札をいったん出て、コンコースの突き当りの連絡通路・階段を降りた場所に位置し、まったく独立した奇妙なシチュエーションとなっています。しかもホームは高架下の狭隘なスペース。頭端式2線のホームに、見るからに小さな電車が出入りする様は現代の感覚からすると何とも不思議な光景です。

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▲日永で接続する内部線上り四日市行き(右)と八王子線下り西日野行き(左)。八王子線側のホームは半径100mの急曲線上にある。'10.7.19 日永
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▲日永駅ホームなどの急曲線に対処するために車端部が絞られているのがわかる(左)。右は日永駅下り方のスプリングポイント。'10.7.19 近鉄四日市/日永
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▲軌間が狭く線路内に上下のATS地上子を設けることができないため、内部・八王子線では上下列車用の地上子をそれぞれ軌間外の進行右側に設置している。左はその車上子。'10.7.19 内部
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内部・八王子線で活躍する車輌は260系14輌(3連4本、2連1本)。四日市方のモ260形は全長15.6mの電動制御車で、もちろん吊り掛け駆動。形態的にはあまり面白味のないスタイルですが、いかにもナローらしい一人掛けのクロスシートは一度体験してみたい当線ならではのものです。

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▲内部・八王子線用車輌は5編成14輌。基本的には各車がレインボーカラーと称する7色に塗られている。'10.7.19 小古曽−内部
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かつてはマルーンレッドにオレンジの2色を用いた近鉄塗装だった車輌ですが、2004(平成16)年から沿線の幼稚園・保育園の子どもたちの意見を参考にした7色(赤系・橙系・黄系・黄緑系・緑系・青系・紫系)に塗色変更されており、現在では広告ラッピングを施した車輌も見られます。シックな装いのかつての220系に親しんだ身にしてみれば何とも微妙な思いですが、内部・八王子線が奇跡的にナローのまま残されていることを思えば、やむを得ぬことなのかもしれません。

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▲木造客車を電車化したクハニ1272を先頭にした朝の4連。後ろに続くのは定山渓鉄道、南武鉄道の車体流用電動車である。 (RMライブラリー『弘南鉄道』上巻より)
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毎月お楽しみいただいているRMライブラリー、今月と来月は髙井薫平さんによる『弘南鉄道』の上下巻をお届けします。

100720nrml132s.jpg弘南鉄道は弘前市の東側の街々を結ぶ弘南線と、奥羽本線に並行して大鰐までを結ぶ大鰐線の2路線、それに少し前まで国鉄黒石線を引き継いだ黒石線がありましたが、弘南鉄道として開業したのは弘南線のみでした。弘南線はもともと、奥羽本線のルートから外れた尾上や大光寺村(現在の平川市平賀周辺)を結ぶ目的で、1927(昭和2)年に弘前~津軽尾上間が開業しました。電車のイメージが強い弘南鉄道ですが、電化は戦後の1948(昭和23)年になってから、しかも当初は電車が間に合わず、駿豆鉄道から購入した電気機関車が非電化時代からの客車を牽引していたそうです。ちなみにこの客車は電車の増加に合わせて運転台が取り付けられ、制御車としても長く活躍しました。

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▲沿線各駅の移り変わりは長年にわたってファンとして弘南鉄道を見続けてきた著者ならではのもの。 (RMライブラリー『弘南鉄道』上巻より)
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一方、大鰐線は戦後の1952(昭和27)年に弘前電気鉄道として開業しました。特徴的だったのは、この鉄道の設立に三菱電機が資本参加し、電気関係はもちろん、線路敷設や橋梁工事など土木工事を含めた建設の一切を三菱電機が設計・施工したことです。これは当時、電鉄設備関係の営業を積極的に展開していた三菱電機のデモンストレーション的な側面があったと言われており、弘前電気鉄道の本社も三菱電機弘前営業所と同じビルにありました。しかし、実際の経営は他の戦後のローカル私鉄と同様、容易いものではなく、開業18年目の1970(昭和45)年には弘前電気鉄道が解散する形で、路線は弘南鉄道に大鰐線として引き継がれました。

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▲加太軽便鉄道(のちの南海)が電化に際して新製したデニホ51を先頭にした凸凹6輌編成が朝のラッシュに活躍する。'56.6 平賀 P:三竿喜正 (RMライブラリー『弘南鉄道』上巻より)
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▲電車化当時は南海電気鉄道をはじめ西武鉄道などから雑多な電車が集められて運用されていた。本邦初公開の貴重な写真も数多く掲載。 (RMライブラリー『弘南鉄道』上巻より)
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本書はこの弘南線、大鰐線の2路線について、開業から現在までの歴史と共に、吊り掛け電車の時代を中心に歴代の車輌を解説するものです。髙井薫平さんは1957(昭和32)年以来、何度も現地を訪ねられていますが、今回の執筆にあたり、再び弘南鉄道本社を訪問され、資料収集や現状の調査などされています。今月の上巻ではその沿革、施設、運転などを解説したのち、弘南鉄道開業時の蒸気機関車から1961(昭和36)年の1500V昇圧時までの弘南線の車輌について解説します。

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▲昇圧後はいわゆる買収国電が主流となって増加する輸送需要に対処した。故事来歴を秘めた電車群は当時の弘南鉄道の大きな魅力でもあった。 (RMライブラリー『弘南鉄道』上巻より)
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なお、続く来月発売の下巻では、大鰐線となった弘前電気鉄道の電車から、昭和40~50年代に導入された17m国電や元東急3600系、そして現在までを収録する予定です。

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余部鉄橋 ついに最終日。

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▲まさに天空に聳える余部鉄橋の威容。98年にわたった歴史が今終わろうとしている。'06.6.16
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明日7月16日(金曜日)、あの余部鉄橋がいよいよその使命を終えます。2007(平成19)年5月に着工した新橋は、3年の歳月をかけてすでにほぼ完成しており、香住~浜坂間は最終的な工事のため一カ月ほど運休したのち、8月12日(木曜日)より新橋を用いての運転が開始されます。

(香美町HPの余部橋梁(新橋)工事状況ライブカメラは→こちら

100715n002.jpg今日、香美町役場に電話でお話をうかがったところでは、最終日16日は通常は香住止めの大阪からの特急3D「はまかぜ3号」が余部鉄橋を越えて浜坂駅まで延長運転(餘部駅にも停車/餘部15:48、浜坂16:02着)されるほか、橋梁下では15時から歴代町長や橋梁ゆかりの人たちによる感謝と惜別の儀式「100年間本当にありがとう。そして、本当にお疲れさま!」が企画されており、神事ののち、余部鉄橋(P4基礎)に献酒、事故慰霊碑へ献花などが行われます。儀式終了後、参加者の皆さんは餘部駅へ移動、こぞって16:16発の180Dを見送られるそうです。
▲その基礎部。解体された鉄骨は各種の研究機関に送られるほか、地元の香美町では記念グッズの製作も予定しているという。'06.6.16
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余部鉄橋に心から感謝する惜別の儀式について(抜粋) (香美町)
新余部橋梁が今年8月12日完成(開通)の運びとなる中で、いよいよ余部鉄橋との最期の別れが近づいてきた。明治45年「東洋一の架橋」として完成以来今日まで約100年間、山陰の地域輸送を支えてきてくれた余部鉄橋。余部の住民誰もが生まれた時からそこに有り、あたり前の風景として暮らしに溶け込み、長年愛着をもってつき合ってきた。餘部駅開設の喜びや列車転落事故の悲劇、多くの落下物や騒音にも悩まされてきた。
しかし、鉄橋への愛着は深い。鉄橋が無くなる事は本当に寂しく、残念...。しかし、私たちは今、鉄橋に別れを告げよう。厳しい風雪に耐え、長年の辛苦を乗り越えてきた余部鉄橋に、潔く別れを告げよう。
「100年間、本当にありがとう。そして、本当にお疲れさま!」

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▲まだ新橋梁の工事が始まる前の余部橋梁を渡るキハ181系の特急「はまかぜ」。この餘部駅方の3本の橋脚は今後も保存され、展望施設等に利用される予定。'06.6.16
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鉄橋を通過する営業最終列車は鳥取行き特急5D「はまかぜ5号」。さらにその上り返却回送が深夜に鉄橋を渡り、98年間にわたって全国にその名を知られた大トレッスル橋はその使命を終えます。

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▲ほぼ完成した新橋梁と、海側に隣接した旧鉄橋をゆく普通列車。'10.6.22 P:香美町役場提供
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橋長310m、幅員7.5m、高さ41.5m、橋脚4基、橋台2基からなるエクストラドーズドPC橋(コンクリート橋)の新橋梁は現在の橋梁より7m山側に建設されていますが、東側(鎧側)のトンネルとの取り付け部は旧鉄橋を撤去してからでないと接続工事ができず、翌7月17日(土曜日)からさっそく旧橋の撤去が始まるそうです。ちなみにこの接続工事は4m南側にオフセットして建設されている約95m分の橋桁(3800トン)を、既設鉄橋を撤去後、4m北側へ横移動、さらに、さながらやじろべえのように5度回転させて接続するという最新技術の頂点ともいえるもので、一世紀前のトレッスル橋の構築と同様に未来永劫語り継がれてゆくに違いありません。

※これまでにご紹介した余部鉄橋関連のアーカイブ
まもなく見納め? 余部橋梁(2005年7月28日)
「余部鉄橋」記念事業を発表(2006年2月4日)
余部鉄橋の有終を刻む(2006年6月12日)
青木先生と余部橋梁を訪ねる(上・2006年6月17日)
青木先生と余部橋梁を訪ねる(中・2006年6月18日)
青木先生と余部橋梁を訪ねる(下・2006年6月19日)
ライトアップ! 余部橋梁(2006年7月13日)
余部鉄橋見聞録。動画付き(2006年9月22日)
「全国鉄橋サミット」迫る(2006年10月15日)
「全国鉄橋サミット」見聞録。動画付き(上・2006年10月23日)
「全国鉄橋サミット」見聞録。動画付き(下・2006年10月24日)
余部橋梁まもなく工事着工(2007年3月9日)
余部橋梁架け替え工事いよいよ本格化(2007年6月3日)
余部橋梁最後のライトアップ(2007年8月6日)
余部鉄橋 7月16日に最終列車(2010年4月9日)

※小ブログは16日は休載とさせていただき、連休明け20日より再開させていただきます。
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▲EF81牽引の最後となった昨夜の1列車「北斗星」。先頭に立つのは珍しくも87号機。'10.7.13 上野
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待望の「カシオペア」塗色機も登場して(アーカイブ「ついに"カシオペア"色EF510登場」参照)、上野口のブルートレインとして唯一EF81牽引で残されていた「北斗星」へのEF510形投入が注目されていましたが、本日7月14日上野発の1列車「北斗星」にEF510-501号機が投入され、ついに世代交代が完了しました。

100714n006.jpgEF81牽引最終日となった昨夜は、長年慣れ親しんだヘッドマーク付きのEF81に別れを告げようという人たちで、上野駅13番線は時ならぬ賑わいに...。ラストランの大役を射止めたのはこれまでほとんど特急牽引に充当されてこなかった87号機。赤い車体に銀の流星、そしてブルーのヘッドマークを掲げ、22年間にわたって見慣れた「北斗星」の姿も、この夜を最後に見納めとなってしまったわけです。
▲EF510への置き換え間近とあってホームには多くのファンが...。'10.7.13 上野
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▲13番ホーム先端で見なれたこの光景も今宵限り。名残を惜しむ人々の中には女性の姿も見受けられた。'10.7.13 上野
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「北斗星」へのEF510形投入は同時に田端運転所のEF81形が特急牽引から降板することも意味し、なおかつ上野駅へのEF81形の定期入線がなくなることをも意味しています。これまで旅客列車牽引に限定運用されていた「カシオペア」色の79・92・99号機の今後の動きを含め、田端運転所のEF81形の動向から目が離せなくなりそうです。

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▲いよいよ発車時間が迫る。24時間後にはここにEF510の姿があるはずだ。'10.7.13 上野
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そして何といっても注目されるのが、EF510形「カシオペア」塗色機がいつ実際に「カシオペア」に充当されるかでしょう。509号機に続いてもう1輌も遠からず田端運転所入りするものと思われ、EF510形「カシオペア」塗色機+E26系のフル・コーディネート編成が見られる日も近いはずです。

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▲定刻19時03分、いつになく長いホイッスルを響かせて、EF81 87号機は最後の花道に踏み出した。'10.7.13 上野
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秋田新幹線用E6系登場。

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▲約13mのロングノーズは茜色(あかねいろ)のデザインでより精悍さが協調されている。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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今年2月にその概要が発表され、実車の登場が待たれていた新在直通の秋田新幹線用E6系の量産先行車が完成、先週末、宮城県の新幹線総合車両センターで報道公開が行われました。

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▲初お目見えしたE6系の量産先行車。先頭形状の変更と車内設備の拡充にともなう1輌あたりの定員減に対処するため、在来のE3系よい1輌多い7輌編成(5M2T)として編成定員の同一化を図っている。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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このE6系量産先行車は新幹線区間を320km/h で走行するために、E5系で導入されたロングノーズタイプ先頭形状をはじめ、ブレーキ装置や全車フルアクティブサスペンションなどを同系から踏襲し、さらに、在来線区間における急曲線等に対応する車体傾斜制御なども備えたものとなっています。また、このE6系は、環境性能を確保し、バリアフリー設備を充実させるとともに、E3系の6輌編成と同じ定員を確保するため7輌編成となっている点も特筆されます。

100713n3856.jpgエクステリアデザインは微気圧波特性を最適化する性能が生み出したフォルムに、気品と大胆さを併せ持つ塗色とし、下記の各色が施されています。
上部色「茜色(あかねいろ)」
下部色「飛雲(ひうん)ホワイト」
中央及び上部ライン「アローシルバー」
▲その車体標記。編成番号は「S12」が与えられている。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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▲グリーン車客室内。電動レッグレストや可動マクラ、座席内蔵読書灯、フットライトなどを備える。定員は23名。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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▲普通車客室内。普通車座席にも可動マクラや読書灯が標準装備されている。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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またインテリアデザインは「ゆとり」「やさしさ」「あなたの」をキーワードに「丁寧な拵(こしら)えと誂(あつら)え」をコンセプトとしてデザイン。グリーン車には電動レッグレストや可動マクラ、座席内蔵読書灯、フットライトなどを備えるほか、テーブルの大型化や座席コンセントの設置など、ビジネスユースにも配慮した設備となっています。

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▲その運転台。東北新幹線内ではE5系と併結し、2013 年度末には最高速度320km/hでの運転となる。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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普通車座席にも可動マクラ、読書灯が備わり、車端および窓際には座席コンセントも設置されています。また、このE6系で特筆すべきはセキュリティーの向上とバリアフリーの徹底化で、デッキ部分に防犯カメラが設置されているほか、電動車椅子対応の大型トイレが12号車に用意されています。

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▲特徴的な前照灯部。トンネル微気圧波を低減するロングノーズタイプの先頭形状にあしらわれた茜色とライトケーシングが印象的。'10.7.9 新幹線総合車両センター P:RM(新井 正)
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このE6系は東北新幹線内では先に登場したE5系(アーカイブ「東北新幹線E5系は"はやぶさ"に決定」参照)と併結され、2012 年度末に最高速度300km/h で営業運転を開始し、2013 年度末には最高速度320km/h に速度向上を図る計画となっています。ちなみに、この2013年度末で現在運用されている「こまち」用のE3系はすべて置き換えられる予定です。

取材協力:JR東日本

※このE6系量産先行車については本誌8月発売号で詳しくご紹介いたします。

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▲軌間変更用の車軸のカラー(スぺーサー)部を見る。車輪は幅130㎜(フランジ含む)とかなり幅広。'10.5.29 那珂湊
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この4月にひたちなか海浜鉄道を訪れた際(アーカイブ「ひたちなか海浜鉄道を訪ねる」参照)、那珂湊に残る97式軽貨車とひさしぶりの対面を果たしました。しかし、この時はゆっくりと拝見する時間がとれず、再訪を期せねばと思っていたところ、幸い5月に再び那珂湊の地を訪ねることができました。

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▲薬剤散布用のグラスファイバータンクを載せたこの個体は"現役"。オリジナルの車匡が載っているのが特筆される。ブレーキハンドルが低いのも特徴的。'10.5.29 那珂湊
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▲上の薬剤散布用車の下り方端梁にはレール繰り出し用のローラーが残っている(左)。右は日本車輌東京支店製の銘板。「昭和19年10月 №4120」の打刻が読み取れる。'10.5.29 那珂湊
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ひたちなか海浜鉄道(旧茨城交通)湊線の97式軽貨車については、『トワイライトゾ~ン・マニュアルⅡ』(1993年)所収の「もしかして97 式? ~さまよえる軍用貨車の亡霊~」でレポートしたのを端緒に、その後も何回か取り上げてまいりました。ただ、これまで湊線に残存する97式軽貨車は6輌としてきましたが、今回那珂湊で現認した個体は9輌で、『トワイライトゾ~ン・マニュアル 5』所収「前が横になった話 ―さまよえる軍用貨車の亡霊'96―」で山廣康夫さんが克明に調査された中に含まれていない個体が3輌もありました。

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▲検修庫脇に積み重ねられていた1対の97式。'10.5.29 那珂湊
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▲その構造が間近で見られるのは貴重。右は蓋が外れて露出した軸受部で、97式の特長でもあるベアリングがよくわかる。'10.5.29 那珂湊
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97式軽貨車は当時(1937年)、国鉄(鉄道省)車輌でもまだ使用されていなかったベアリング軸受を採用、その転がりの良さゆえ、戦後も保線用車輌や仮台車としても重宝されたようで、近年でも各地でその発見報告がされています。ここ湊線でも薬剤散布用の事業用車輌等としていまなお活躍しているそうで、さすが軍用車輌だけあってその耐久力には驚かされます。

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▲オリジナルの車匡が残るもう1組。実戦ではこのようにボギー状態で様々な用途に用いられたという。'10.5.29 那珂湊
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▲貨物側線奥に積み重ねられた2輌(左)と、車匡上り方の個体(右)。車匡側面にはアルミ製の日車銘板(№1722)が残る。'10.5.29 那珂湊
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鉄道聯隊ゆかりの新京成電鉄が自社に残っていた97式軽貨車を修復・保存したのは記憶に新しいところですが(アーカイブ「くぬぎ山の97式軽貨車を見る」参照)、車匡やレール繰り出しローラーを含め、他所にないコンプリート状態で複数が残されている湊線の97式だけに、将来的にはぜひ保存の途を探っていただきたいものです。

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▲ついに登場した「カシオペア」専用塗色のEF510-509。落ち着いたシルバーの地に「カシオペア」のシンボルカラーである5色の帯があしらわれている。'10.7.8 尾久
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ついに「カシオペア」専用塗色のEF510が登場しました。機番は509。昨日(8日)昼前に所属区所となる田端運転所を出て東北本線を北上、郡山で駐泊し、本日(9日)夕方に帰所するという行路で試運転が行われ、初めてそのまばゆいばかりのシルバーの車体がお目見えしました。

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▲そのサイドビュー。側面には流星、前面前照灯周りには「カシオペア」のシンボルカラーである青・紫・赤・橙・黄の5本のストライプが入れられている。'10.7.8 尾久
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ちょうど別件で近くにいたこともあって、尾久駅で取材中の新井副編集長と合流、私も間近で現車を見ることができましたが、これまでの電気機関車のイメージを大きく塗り替えるハイセンスな意匠はきわめて好印象で、一刻も早くE26系「カシオペア」編成の先頭に立つ姿を見てみたいものと思いました。

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▲2エンド側正面。区名札差し下にはATS-P、ATS-Ps標記とともに「22-7 新製」の文字が入れられている。碍子には緑色の絶縁樹脂が塗られている。'10.7.8 尾久
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JR東日本では、今回新製するEF510形500番代計15輌のうち2輌を「カシオペア」用塗色とする予定で、この509号機に続いてもう1輌が「カシオペア」色となるはずです。注目される営業運転への投入はまだアナウンスされていませんが、先月26日から「カシオペア」運用には「北斗星」色のEF510形500番代が充当されている(アーカイブ「EF510-500 営業運転開始」参照)ことから、遠からず夢の競演が現実のものとなるに違いありません。

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動画 ▲クリックすると「今日の一枚 The Movie」の動画がご覧になれます。 

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出石鉄道跡は今...。

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▲上夜久野駅で顔を合わせたクモヤ443系と113系S編成。高橋さんは本来この撮影が目的で、その後、近くの出石鉄道跡へ向かわれたとのこと。'10.6.23 上夜久野 P:高橋 修
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RMライブラリーの新刊、安保彰夫さんの『出石鉄道 ―二千人の株主が支えた鉄道―』はおかげさまで好評をいただいておりますが、ご覧になられた京都の高橋 修さんがさっそく現地を訪ねられ、運行停止から実に66年目の現況をレポートしてくださいました。
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出石鉄道の廃線跡は私も4年ほど前に青木栄一先生と訪れており(アーカイブ「出石鉄道跡を探る」参照)、高橋さんからお送りいただいた写真もたいへん懐かしく拝見いたしました。しかし、わずか4年の間に消えてしまった痕跡も少なくないようで、あらためて時の流れの速さを実感します。

100708n0905.jpg立派な橋上駅となった江原駅を出ると線路跡は東へとカーブをきり、円山川を渡ります。計画時点からネックとなり、開業後も台風によって二度も流されたこの円山川鶴岡橋梁は、いうなれば出石鉄道のアキレス腱のような存在で、この橋梁が不運な天災に見舞われることさえなければ、その命運はまた別の展開を見せていたのかもしれません。ともあれ、この円山川鶴岡橋梁のコンクリート製橋台は右岸のものが残存しており、今となっては出石鉄道最大の遺構となっています。
▲JR江原駅の現況。橋上駅化されており、周辺に出石鉄道の遺構はまったく見当たらない。'10.6.23 P:高橋 修
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▲円山川に架かる鶴岡橋梁跡。川の中(右)にも橋桁の基礎らしき物が残っているのがわかる。'10.6.23 P:高橋 修
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田園地帯を貫く島口-鳥居付近には農地のまん中に線路跡が判然と残っています。そのいっぽう、4年前までは鳥居駅跡に残されていたホームのコンクリート擁壁などは2年ほど前になくなってしまったそうです。

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▲島口-島口間の線路跡。この付近では広大な農地を貫いて線路跡が続いている。'10.6.23 P:高橋 修
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▲旧鳥居駅付近の現況(左)。振り返った状況が右写真で、一昨年頃までは線路跡が判別できたという。'10.6.23 P:高橋 修
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また、鳥居-出石間に残されていた橋台も、現在河川工事の最中で、遠からず撤去されてしまうのでは...と高橋さん。実際に路線をクルマで走ってみると体感できることですが、全線11.2㎞、所要30分程度を要していた江原-出石間はまさにあっという間で、整備された道路とあいまって、この区間の鉄道を護ろうと苦闘してきた地元二千人の熱い思いとの時代の違いに愕然とする思いです。

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▲鳥居-出石間に残されている橋台。河川工事が行われており、近いうちになくなる可能性がある。'10.6.23 P:高橋 修
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出石鉄道に限らず、近年、廃線跡の痕跡が急速に消えつつあるような気がします。この夏休み、身の回りの廃線跡をもう一度見直し、記録してみるのも良いのではないでしょうか...。

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▲戦前の"ロマンスカー"1550型をイメージしてモスグリーンに塗られた「京阪ミュージアムトレイン」。今週土曜日から一般公開される。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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先般その完成予想図をお見せした「京阪ミュージアムトレイン」が完成、昨日、寝屋川車庫でひと足早く報道公開されました。1927(昭和2)年に日本最初の"ロマンスカー"としてデビューし人気を集めた転換クロスシートの豪華車輌1550型の塗装をイメージしたモスグリーンに塗られた2600系5輌編成は、今週末7月10日(土曜日)から中之島、枚方市、中書島各駅を移動式ミュージアムとして巡回します。

100707n5029.jpg「京阪ミュージアムトレイン」の種車となったのは2600系2602+2702+2802+2712+2812の5輌編成。それぞれの車輌には下記のようなテーマが設定され、車内には京阪所蔵の歴史的車輌部品や模型、副標、写真、ポスター等の宣伝物などこれまで公開されてこなかった貴重な資料がふんだんに展示されています。

【1号車テーマ:京阪電車100年のあゆみ】
明治43年4月15日の大阪・天満橋~京都・五条間の開業から100年にわたる京阪電車のあゆみを展示。
【2号車テーマ:なつかしの駅風景】
各駅のなつかしい駅風景写真を現在の様子とともに展示。
【3号車テーマ:京阪特急特集】
京阪特急にスポットを当て、特急に用いられた車輌を紹介するとともに鉄道部品を展示。あわせて、京阪電車で使用された列車種別標や副標なども展示。
【4号車テーマ:京阪電車でおでかけ】
これまでに製作された京都や琵琶湖など京阪沿線の観光スポットなどを紹介するポスターやパンフレットを展示。
【5号車テーマ:京阪電車グッズ大集合】
これまでに発売したオリジナル玩具等を展示。

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▲淀屋橋方先頭車2812は1552のエンブレムを掲げ、左右に円形のヘッドマークを掲出。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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▲車内展示のために側窓は遮蔽され、レトロな乗客のシルエットが影絵のように描かれている。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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▲「京阪特急」をテーマとした3号車車内。歴代特急車の概要とともに、種別マーク(実物)やシートなども展示されている。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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▲「京阪電車100年のあゆみ」をテーマとした1号車車内。8000系のモックアップなど、通常は目にすることのできない展示が並ぶ。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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▲展示の随所に『京阪電車 車両の100年』収録の片野正巳さんが描かれたイラストが添えられている。右は琺瑯製の特急種別表示(実物)。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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▲5号車のテーマは「京阪グッズ大集合」(左)。懐かしいヘッドマークにも再会できる。右は3号車2802の運転台で、編成中間となったこの運転台は機能を殺してあり、自由に入ることができる。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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車内の随所に100周年記念出版『京阪電車 車両の100年』の片野正巳さんのイラストがちりばめられており、数多く展示されている歴史的写真とともに、たいへん賑やかなミュージアムとなっております。7月10日(土曜日)を初日として7月・8月は中之島駅で11日間、9月に入って枚方市駅と中書島駅でそれぞれ2日間、合計15日間展示されますが、見どころが多いだけに、ぜひたっぷりと時間をとってご覧になられることをおすすめします。

100707fig01.jpg■展示日程
【中之島駅 3番線】
7/10(土)、7/17(土)、7/24(土)、7/31(土)、8/1(日)、8/8(日)、8/11(水)、8/12(木)、8/15(日)、8/22(日)、8/29(日)
【枚方市駅 5番線】
9/18(土)、9/19(日)
【中書島駅 4番線】
9/25(土)、9/26(日)
■展示時間
10時30分~16時00分(入場15時40分まで。全日程同じ)
(見学は無料・ただし、改札内への入場や当該駅までの運賃は必要)
※展示日時はダイヤの状況等により、変更・中止になる場合がある。また、車内の混雑状況等により、入場を制限する場合がある。

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▲僚車2600系と並んだ「京阪ミュージアムトレイン」。期間限定とはいえ、このモスグリーンの2600系が本線を走る姿も目にすることができるはず。'10.7.6 寝屋川車庫 P:高間恒雄
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なお、夏休み(7月・8月の展示のみ)限定企画として、車内に備えられているスタンプを押して中之島駅の改札外にある引換所に持ってゆくと、日替わりで図柄の異なるトレーディングカードがプレゼントされます(ただし、お一人様1枚限り。各日先着2000枚)。

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日鉱記念館の保存電機。

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▲お目当ての電気機関車は日鉱記念館本館と鉱山資料館を結ぶ見学順路に独立した建屋を伴って展示保存されていた。'10.4.3 日鉱記念館
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先日ご紹介した10000形=EC40形(1911年製・アーカイブ「EC40(10000)形を見る」参照)が国有鉄道の電気機関車の嚆矢であることは広く知られていますが、非営業用鉄道まで視野を広げるとその歴史はさらに20年ほど遡り、1891(明治24)年の足尾銅山が最初とされています。わが国に初めて電気鉄道が紹介された第3回内国勧業博覧会からわずか1年、しかもこの最初の電気機関車はG.E.製をコピーした足尾銅山お手製の"国産"だったというから驚きです。

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▲そのサイドビュー。パンタグラフは草軽電気鉄道と同様の垂直方向に上下する方式。1960(昭和35)年に専用鉄道が廃止されるまで使用されたと伝えられる。'10.4.3 日鉱記念館
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その後、シーメンスやボールドウィン・ウェスチングハウス、アルゲマイネといった輸入機が八幡製鐵所や三井三池鉱業所に次々と導入されますが、足尾に続いて自ら国産の電気機関車を製作したのが久原房之助が創業した日立鉱山でした。1908(明治41)年に常磐線の助川(現・日立)駅から精錬所のある大雄院(だいおういん)までの電気鉄道(5.4㎞、762㎜軌間)の敷設を開始、自家製の電気機関車を製作し始めます。

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▲そのフロントビューとリアビュー。妖怪一つ目小僧のようなキャブは後年の改造だろう。'10.4.3 日鉱記念館
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その日立鉱山専用鉄道で使用された電気機関車が、かつての鉱山跡地に立つ「日鉱記念館」に保存されています。説明看板によれば「明治末期 久原鉱業所日立製作所製」。「十三号と名付けられ、昭和三十五年まで五十年間、専用電気鉄道(略称・助鉄)および製錬所構内の輸送に活躍した」とあり、スペックは「自重8トン、牽引荷重能力40トン、四十五馬力電動機2台を装備」と記されています。

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▲鋳鋼製の台枠中央には社紋を伴って「日立製作所製」の陽刻が見られる。'10.4.3 日鉱記念館
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ただ、"明治末期"は少々疑問で、13号機は確かに同スペックながら、日立のサプライリストによれば1948(昭和23)年7月製の製番4423となっています。さらに国立科学博物館の産業技術の歴史資料には1926年製、"助鉄"に関しては最も詳しいと思われる『鉱山電車むかしばなし』 (1985年/柴田勇一郎)には1911(明治44)年7月製と記され、諸説入り乱れる状況です。かつて保存されていた日立製作所水戸工場から当地に移設されるなどするなかで、なんらかの齟齬をきたしたのかもしれません。ちなみにこの『鉱山電車むかしばなし』には、「日立鉱山が明治末期に使用した八屯電車は合理化当時四輌あり、明治四十三年製が三輌四十四年製が一輌で...(中略)...助鉄電車には使用されていなかった。水戸工場にあるこの電気機関車(注・保存機のこと)の番号は、何回かの車体塗替えで不明になっているが、合理化当時、この一輌を日立製作所に渡したという記憶はない」との記述も見られます。

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▲なんとも無骨なスタイルの13号機。専用の展示スペースに大切に保存されており、状態は良好。'10.4.3 日鉱記念館
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この機関車で面白いのは垂直式のパンタグラフです。有名な草軽電気鉄道のジェフリー製電気機関車が装備していたもの(RMライブラリー『草軽 のどかな日々』参照)とほとんど同形と言っても良く、その面でも興味をそそられる存在です。

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▲60年のアニバーサリーにちなんで、広田さんが最初に鉄道写真を写した記念すべきベビーパールを披露された。'10.7.3 P:清水幹夫
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去る7月3日(土曜日)、東京・麹町のJCIIフォトサロンで開催中の写真展「蒸気機関車の時代 ~昭和34年とF~」関連イベントとして、広田尚敬さんの鉄道写真活動60周年を記念した講演会「SL ~昭和34年とF~」が開催されました。小ブログでも予告をいたしましたが、募集定員の100名はすぐに埋まり、追加の20名ほどを加え、JCIIビル6階の会議室はたいへんな熱気に包まれて講演会が幕を開けました。

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▲6階の会議室はエアコンの効きが悪くなるほどの大入りに。正面のプロジェクターには作品の数々が映し出された。'10.7.3 P:清水幹夫
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この写真展のオープニング前日にスイスの撮影から帰国されたというバイタリティーあふれる広田さんですが、"鉄道写真活動60周年"と聞いて、いったい広田さんはお幾つなのだろうかと思わる方も少なくないでしょう。当然、参加者の皆さんも多くの方はご存じないようでしたが、実は御年74歳、つまり14歳の時に撮ったのが広田さん最初の"鉄道写真"でした。その時に使ったカメラがベスト判半裁のベビーパールで、なんとこの日はその実物をお持ちになられました。木箱にうやうやしく収められ、表書きに筆文字でベビーパールと記された古色蒼然としたこのカメラこそが、以後60年間にわたる広田写真の、いや日本の近代鉄道写真のまさに"原点"にほかならないのです。ちなみに、広田さんのカメラ遍歴はその後、リコーフレックス、レオタックスと続きますが、ベスト判(127)のフィルムを入手できず、ライカ判(35㎜)フィルムを装填してラチェットの巻き上げ音だけを頼りにフィルム送りをしたというこのベビーパールへの愛着はひとかたならぬものがあるようにお見受けしました。

100705n074.jpgまさにパイオニアならではのトークが続きます。初めて一脚を使われた、いや作られたのは篠ノ井線にD50を追った時のことだそうです。沿線の畑の桑の枝をもらって、そこに留めネジを取り付けて即席の一脚を作られたとのこと。ブローニー判(120)フィルム(61.5㎜幅)を暗室で縦にカットしてベスト判フィルム(46.7㎜幅)と16ミリフィルムに切り分ける話といい、今日では考えられない苦労と情熱に、会場内からも驚きの声があがっていました。
▲写真展会場は、この日もオープン直後から、老若男女多くのギャラリーの皆さんで埋め尽くされた。'10.7.3 P:清水幹夫
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『昭和三十四年二月北海道』のクライマックスシーンのひとつでもあるランケンハイマーの撮影秘話を語る広田さん(右)。左は私と、『Fの時代』を編集された小学館の江上秀樹編集長。'10.7.3 P:清水幹夫
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講演会は展示テーマである『昭和三十四年二月北海道』と『Fの時代』へと移り、編集を担当した私と小学館の江上秀樹編集長が両書ができるまで経緯を披露。続いて話題は銀塩モノクロ写真の行く末と、急速に進むデジタル化の将来展望へと進みました。長年にわたってわが国の銀塩モノクロ写真の中核におられ、この写真展のプロデュースもされたJCIIの本橋正義さんは、モノクロ、しかも一発撮りの銀塩ならではの撮影者の意志の投影力と、そのアーカイブとしての保存性は依然としてカラー、ましてやデジタルにはない美点と力説され、一方の江上編集長は最近取り組まれておられるiPadを中心としたデジタル配信の可能性を語られ、期せずしていわば時代の両極が垣間見られる展開となりました。

100705n082n.jpg数々の興味深いお話のなかでもひときわ皆さんの関心をひいたと思われるのが、広田さん自らが初めて語られた「誰でも"広田写真"が撮れる秘訣」でしょう。詳しくは実際に参加された方の"特典"としたいと思いますが、ひとつは集中力だそうです。撮影現場の周囲の状況を多感に感じ取り、集中すること、しかもリラックスして集中することだそうです。そしてもうひとつ。これはまさに秘中の秘の練習法ともいえるものですが、広田さんの写真集を2冊購入し、そのうちの1冊を惜しげもなく解体、製本をばらしてペラ状態にした写真を壁面に貼り、実際に現場にいる気持ちでファインダーに捉えて空シャッターを切る...その練習を繰り返すことだそうです。
▲銀塩モノクロ写真の魅力を熱く語るJCIIフォトサロンの本橋正義さん。JCIIフォトサロンはモノクロ写真の展示・収蔵に拘り続けている。'10.7.3 P:清水幹夫
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▲最後に行われたサイン会では恐ろしいほどの長蛇の列が...。'10.7.3 P:清水幹夫
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大盛況に終わった今回の講演会ですが、写真展はまだまだ8月1日(日曜日)まで続きます。JCIIの本橋さんのお話では、これまでの写真展と比べて入場者が格段に多いのはもちろんのことながら、お一人お一人の"滞留時間"が長いのも大きな特徴だということです。皆さん、印画紙に焼き込まれた銀塩粒子の一粒一粒に食い入るように見入っておられるとのこと。ビネガーシンドローム(アーカイブ「"ビネガーシンドローム"感染拡大中」参照)の影響もあって、今後これだけの規模の広田さんの銀塩モノクロ写真展は開催できないかもしれません。ご覧になっておられない方は、ぜひこの機会にJCIIフォトサロンに足をお運びください。

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●タイトル  広田尚敬作品展「蒸気機関車の時代~昭和34年とF~」
●期  間 2010年6月29日(火)~8月1日(日)  
●開館時間  10:00 ~ 17:00   ※ 入場無料
●休 館 日  毎週月曜日(祝・祭日の場合は開館)
●展示点数  約70点(全作品モノクロ)
●所 在 地 東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1階 JCIIフォトサロン
(東京メトロ半蔵門線・半蔵門駅下車、4番出口から徒歩1分

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▲昨秋の「根利森林鉄道まつり」でボールドウィンと並んだ"動態"のホイットカム。いずれも「よみがえれボールドウィン実行委員会」の皆さんの手で素晴らしい状態に修復されている。'09.10.4 P:木村一博
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例年秋に行われていた「根利森林鉄道まつり」(昨年の様子は→こちら)が、今年は今月(7月)25日(日曜日)に開催されます。これは今年秋に群馬県で開催される第34回全国育樹祭に、ボールドウィン3号機をはじめとする車輌たちが展示されることになったためで、「よみがえれボールドウィン実行委員会」では、「森の駅づくり実行委員会」との共催で、「根利森林鉄道まつり」の前倒し開催を決めたものです。

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▲照明に照らし出されるボールドウィン。秋には全国育樹祭会場で展示される予定となっている。'06.10.29 P:木村一博

_mg_0091an.jpg■開催日:2010(平成22)年7月25日(日)
■開催時間:11:00~15:00(10:30受付開始)
■会場 
 林野庁森林技術総合研修所林業機械化センター展示棟
 (群馬県沼田市利根町根利1445番地)
■アクセス
①関越道沼田ICより国道120号、県道62号で約30分
②無料送迎バスの運行 JR沼田駅・会場、所要時間約70分
【行きの便】
 JR沼田駅前9:30発→会場10:40頃着
  ※JR上越線下り727M(9:09着)、2001M〈水上1号〉(9:25着)、上り732M(9:14着)と連絡
 JR沼田駅前12:20発→会場13:30着
  ※JR上越線下り〈SLみなかみ〉(11:30着)、733M(11:57)着、2003M〈水上3号〉(12:07着)、上り738M(11:58着)と連絡
【帰りの便】
 会場15:30発→JR沼田駅16:50頃着
  ※JR上越線下り743M(17:05発)、上り2006M〈水上6号〉(16:59発)、748M(17:08発)と連絡
▲利根森林軌道跡。素掘りのトンネルなど遺構が残されている。'07.8.4 P:木村一博

■イベント内容
○修復車輌(ボールドウィン3号機、協三DL、ホイットカム、運材台車)の展示、撮影会
○ホイットカムのデモ走行(13:00頃から)
○よみがえれボールドウィン実行委員会活動報告パネル展示
○根利森林鉄道(利根林道)遺構調査報告パネル展示
○鉄道グッズ、オリジナルTシャツ販売
○記念植樹、苗木の配布

※夏季のため飲食物の販売はないので、各自で用意のこと。

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▲林業機械化センターに仮設された線路を疾走するホイットカム。今回も動態デモ運転が予定されている。'09.10.4 P:木村一博
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なお、今回は特別企画としてトークイベント「根利の森林鉄道を語る」も開催されます(12:00頃から)。
   司会進行 名取紀之(レイル・マガジン編集長)
    ゲスト 西 裕之(森林鉄道研究家)
         安藤 勝(林業機械化センター所長)
         東宮 進(よみがえれボールドウィン実行委員会)
このトークイベントでは『木曽谷の森林鉄道』をはじめとする多くの森林鉄道関係著作で知られる、わが国の森林鉄道研究の第一人者・西 裕之さんを迎え、根利地区に1963(昭和38)年まで存在した沼田営林署利根森林軌道のお話をうかがいます。「よみがえれボールドウィン実行委員会」では、これまでにもたびたび現地調査やオーラルヒストリーの聞き取り調査を行っており、当日は臨場感溢れるお話で盛り上がるのではと、司会進行を仰せつかった私自身が楽しみにしております。

■問合せ先 
 よみがえれボールドウィン実行委員会事務局
 TEL:0278-20-1818 (丸山製作所内)
■備考
 この第5回根利森林鉄道まつりは、「緑と水の森林基金」、「緑の募金」等の公募事業の一部を活用して実施されます。

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EF510-500 営業運転開始。

100701n002.jpg今年2月から各種の試運転を続けてきたJR東日本の「北斗星」「カシオペア」用EF510形電気機関車(アーカイブ「EF510-500 ウォーミングアップ開始」参照)が、去る6月25日上野発の寝台特急8009レ「カシオペア」から本運転を開始しました。先陣を切ったのは501号機。同日以降、「カシオペア」運用にはEF510が充当され、「カシオペア」誕生以来エスコート役を務めてきた田端運転所のEF81は、前日24日上野着の8010レ牽引を最後に「カシオペア」仕業を離れました。

▲営業運転入り初日、8009レ「カシオペア」の先頭に立つ501号機。'10.6.25 尾久―赤羽 P:久保田健一 (「RM News」より)
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▲建設中のスカイツリー®を背に、EF510-504に牽かれて一路北を目指す「カシオペア」。'10.6.27 上野―尾久 P:海老江和賜 (「今日の一枚」より)
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▲青森駅で上り「カシオペア」に連結するEF510-504。'10.6.28 青森 P:宮川 輔/一路上野を目指して東北本線をひた走る。'10.6.27 久田野―白河 P:村松隆宏 (「今日の一枚」より)
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いよいよ営業運転を開始した期待のEF510ですが、お気づきのように塗色はいわゆる「北斗星色」です。今日現在、田端運転所に新製配置されたEF510形は8輌。いずれも「北斗星」色で、2輌が登場するとアナウンスされている「カシオペア」色(アーカイブ「EF510形500番代を正式発表」参照) が新製配置されるまでの間は、この「北斗星」色機が「カシオペア」の先頭に立つこととなります。

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▲EF81牽引最終日の「カシオペア」。長年慣れ親しんだこのシーンも見納めとなった。'10.6.24 蓮田―東大宮 P:宮城浩志 (「今日の一枚」より)
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そしてその注目の「カシオペア」色機も、遠からず田端運転所入りするはずです。シルバーをベースにした車体に、側面には流星、前面前照灯周りには「カシオペア」のシンボルカラーである青・紫・赤・橙・黄の5本のストライプがあしらわれた「カシオペア」色機が、いつ8009レの先頭に立つのか、今から楽しみです。

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▲「カシオペア」のEF510と顔を合わせた「北斗星」のEF81 95。間もなく上野駅に定期入線するEF81も見られなくなる。'10.6.29 上野 P:小林健人 (「今日の一枚」より)
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ちなみに、「北斗星」にもEF510形が充当されると、田端運転所のEF81はついに特急運用を離脱することになります。95号機をはじめ、数々の名場面を演じてくれた彼らが花道を去るのには、また別の寂しさを感じずにはいられません。

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